―――熱い。
ただひたすらに、熱い。
身体に開けられた三つの穴が、焼けるような熱をもってひりついていた。
ばっきばきに折れた肋骨も内臓を深く傷つけているようだったし、喉の奥からは血が込み上げてきて、ろくに息を吸う事もできやしない。
自慢の翼も根元から毟られているし、奇跡でも起きない限り助からない、致命的な損傷だった。
だと言うのに、絶命するにはまだまだ時間的な猶予がありそうだという、非情な現実。
……まったく、最悪だ。
真の意味で、死ぬほど苦しい。
「……ぅ……ゲほっげほっ……」
洒落にならない苦痛と息苦しさで、頭の中身が煮え滾る。
助からないのに、なかなか楽になることが出来ないというのは、本当に辛い。
妖怪の肉体というのも、良い事ばかりないと、心底思い知らされる。
無駄に耐久力を発揮されても、こんな時はかえって苦痛を引き伸ばすだけで、本当に生き地獄。
残念なことに、私は放っておけば再生するような、そんな丈夫な妖怪ではないのだから。
(――――……しょうがないなぁ)
夕飯を決めるかのような気楽さで、私は自決することにした。
どうせ死ぬんなら、苦しむ時間が短くなるぶん、そのほうが楽であるのだし、合理的。
最後の気力を振り絞って爪を伸ばし、首筋にそれを押し当てる。
「…………」
私をこんなにしてくれた目の前の人物に、へらりと笑いかけて、最後のお別れ。
「ごめ、ん、ね?今、まで、ありが、と。それ、と……また……ね」
「――――」
血塗れの傘を手をぶら下げた、風見幽香――幽香ちゃんに。
(バイバイ)
ズシュ!
…………死を目前にして、いつも最後に思うことがある。
この世に生命の価値があるとして。
きっと私ほど軽い存在は、いないんじゃなかろうか、と。
(…………『次』は、なにをしようかなぁ…………)
■□■□■□■□■□■□■□■□■□
…………ループがいつはじまったのか、それはもう覚えていない。
そもそもこれをループと言っていいのかすらも、わからなかった。
『範囲』が決まっていないからだ。
基本的に幻想郷が起点になってはいるようだけど、
恐竜がいるような過去に飛ぶこともあれば、魔法としか思えない科学技術の発達した未来に行ってしまったことだってある。
はじめはこの現象をどうにかしようと頑張ったこともあったけど、結局すぐに諦めた。
途方にくれたと言うのが正しいのかな?
何故こんなことがはじまったのか、まったくわからないのだからしょうがない。
どうしたら普通に人生が終われるのかなんて、見当もつかない。
妖怪は寿命も長いし気も長いから、今のところ人生を悲観するには遠い心境だけど、
絶望に追いつかれたらと思うと、そんな未来の自分を思うと、本気で怖い。
今でも突然死にたくなるときが、まれにあるから尚更に。
『前回』風見幽香に殺されたのだって、そんな衝動が襲ってきたからに他ならない。
せっかく何年もかけて仲良くなったところだったのに……。
――気にしたら負けだと思う。
いつも気にしないようにしているのだけど……うん、気にしないようにしよう。
……で、幸い、と言ってはなんだけど、このループは範囲も広く、ただの歴史の繰り返しってわけじゃないから、
飽きが来ないし、その点は面白かったりするのだ。
大まかな歴史の流れや人との関係がそれにあたるのだけど、それが絶対だと言う保障が実はまったくなかったりする。
私が干渉しなくても、歴史の流れが全然違うことが多々あるということ。
その日暮らしでなにもせず、第三者視点でただ幻想郷を眺めているだけでも十分に興味深いのだ。
それは私の、遣り直せる者だけがもつ楽しみ方の特権だ。
どんな流れも、どんな干渉も『次』にいってしまえば全て同じ。
まったく意味のないことだ、と思うようになったときが、きっと私の終わりだと思う。
「ちょっと、ボーっとしてどうしたのよ」
「…………………………ゃはは、ごみん霊夢。なんか、一瞬寝てたみたい」
「ぼけたんならどっか他所いきなさいよね。痴呆の相手なんかしないわよ」
『今回』は、どうやらここが開始地点らしい。
一瞬のノイズと空白。
博麗神社の縁側に腰掛けて、何時の間にか持っていたあつあつのお茶を、両手に持ってズズーっと啜る。
「また死ねなかったかー」
「…………なんか言った?」
「や、なんにも」
「あっそ。聞こえない言葉は独り言とかわんないんだから、言いたいことがあるなら、もっとはっきり喋んなさいよ」
「だからなんにもだって言ってるのに、もぅ。小姑みたい。そんなこと言ってると、霊夢がおばあちゃんになったとき、お世話してあげないですよ?」
「そんときゃ人里にでも下りてって、死ぬまで里人を扱き使ってやるから問題ないわ」
「霊夢だね」
「――意味わかんないんだけど」
さて、ちょうどいいので、ここで先ほどの歴史の違いというのを、確認してみようと思う。
何事もなかったかのように会話してるけど、実は現在の私と霊夢の関係がさっぱりわからず、
どこまで踏み込んだ付き合い方をすればいいのかも、不明ではあるのだが。
「霊夢ぅ、吸血鬼異変、覚えてる?」
「なにそれ?」
「……あー……みょんな子……辻斬りに心当たりは?」
「ないわね」
いくつか質問を重ねようと思ってたのに。
まさか最初からヒットするとは。
――吸血鬼異変。
妖怪でも人間でも、この頃の幻想郷の住人なら誰でも知っているような有名なものだと思う。
幻想郷に現れた吸血鬼と、幻想郷の妖怪達との間に起こった紛争で、最後には鎮圧されてめでたしめでたし、ってやつ。
巫女である霊夢が知らないはずがない。
つまりこの異変は『今回』の歴史では『なかった』のだ。
そして春雪異変すら終わっていない時期。
そうするとどうなるか?
ぶっちゃけ霊夢が死ぬ。
何故ならスペカルールが出来なくなるからだ。
これは気力を失っていた妖怪達を懸念して編み出された遊びなのだが、吸血鬼がすっかり気力をなくしていた妖怪達を支配する、
という問題が起きないと、なーなーになって編み出されないことがあるのだ。
あとはもうお分かりだと思うが、幻想郷の異変率は異常極まりない。
私が当事者だったらアフォかバーヤ!と投げ出すこと間違いなしの異変率である。
いくら博麗の巫女は殺してはならないなんてルールがあっても、事故なんていくらでも起こりうる。
それをスペカなしで人間である霊夢が乗り出したらどうなるか?
吸血鬼異変がないのだから、紅霧異変はこの場合スルー。
吸血鬼異変がなくても紅霧異変がおきる場合があるが、この場合スペカなしで吸血鬼勢とガチンコとかいう鬼畜モード。
それで勝ったとしても、次に春雪異変が起こるわけで、西行寺 幽々子にスペカなしであたる、というのも酷すぎる。
ゆかりん寝てるから止まらないし。
それでもなお霊夢がかなりの確率で勝ってしまうという恐ろしい事実があるのだが、結局のところ死に誘われた霊夢は数年で死ぬ。
それでも死なずに異変を解決していった場合、無双霊夢、鬼巫女が誕生して賽銭を捧げずにはいられなくなったりもするのだが……。
まぁ、つまるところなにが言いたいかというと、一つの異変のあるなしでここまで様々な分岐が起こりうるわけだ。
私が人生に飽きる暇がなかなかこない、というのもわかってもらえたかと思う。
それを踏まえた上で。
(今回はなにをしようかな?)