「ハカセー、いるかい?」
朝早くからスーツに着替えたカーマインは指導員の仕事で学園内の巡回を行う前に、麻帆良工学部にある研究室へ訪れていた。研究室は色々なものが並んでいる。研究用のコンピュータや専門書の山、生活感のある冷蔵庫やキッチンも備え付けてある。
「う~ん……」
うめき声はポツンと置かれたソファーから漏れた。ソファーには毛布がかかっており、その下でモゾモゾと何かが蠢いている。やがて毛布の下から少女が現れた。寝癖で髪の毛がボワボワと逆立っている。ネギの担当するクラスの生徒でもある葉加瀬聡美だ。彼女はその優れた頭脳から、中学生であるのに大学部の研究室に所属している秀才である。親しいヒトからはハカセの愛称で親しまれている。
「進展があったって聞いたからきたんだけど……ひどい格好だな。年頃の女の子がそれじゃあイケナイんじゃないか?」
彼女の格好はシャツに下着とラフ過ぎる格好であった。散らかし放題の研究室を見ても、私生活では問題があるのが分かる。
カーマインは足元に落ちていた白衣を払ってハカセに手渡した。彼は英語を話しているが、ハカセは海外の論文を読んだり研究者との交流があるので英語は堪能なのだ。
「ああ、いらっしゃいカーマインさん。例のヤツ出来てますよ」
「おお、もう出来たのか! いや、それよりも先にスカートを履いたほうがいいぞ」
ハカセが下着のままなのを指摘してカーマインは目を逸らした。所謂マナーというものである。
ハカセが着替え終えるのを待って、二人は研究棟の隣にあるドーム状の建物に足を踏み入れる。そこは、中央にある一メートルほどの大きさの丸っこい機械を囲むように機材が並んでいる部屋であった。
「これが……」
「そう! 『万能ジャック』こと“ジャック01”です!!」
ハカセの声と共に、中央の台座に繋がれた機械、ジャックは四つのカメラアイを青く発光させる。ジャックは宙へと舞い上がった。胴体に収納されていた二本の腕がカチカチと音を立て、青い目がハカセとカーマインを見つめる。
「おおッ!!」
「すごいでしょ! カーマインさんの注文通り、ドアロックの解除、ハッキング、通信リンク確立、光学迷彩。何より、ジャックをこれだけ静かに浮かせるには苦労しましたよ。幸い私には……」
カーマインの感嘆の声に気分を良くしたのか、ハカセはカーマインには理解しがたい専門用語を並べ立て、いかにジャックが優れているかを具体的な数値を提示しながら語った。
ジャックはカーマインがハカセにアイデアを提供したものだ。モデルは、以前彼が所属していたCOGのデルタ部隊に支給されていたサポートロボットだ。ハカセが述べたように様々なスキルを持つ正しく『万能ジャック』と呼ばれる高性能さをもつ。
「……ということですかね。製造と維持にまだまだ難がありますから、一体しか作れていませんけど」
長々と話を続けていたハカセはそう締めくくった。
「指示をするにはどうすれば?」
「音声認識出来ますので、ユーザー登録してあるカーマインさんが話すだけで命令出来ますよ。AIを積んでいるのである程度の応用力もあります」
「ようし。ジャック、この部屋を一周回ってみてくれ」
ジャックはピピッと音をたてて命令を受理し、行動に移った。音もなく上昇したジャックは壁面ギリギリを飛行して再び元の位置に戻る。スムーズでキビキビとして動作だった。
「凄いな、完璧じゃないか。次は光学迷彩を起動してくれ」
ジャックは指示通りに迷彩を起動させる。彼のボディがユラユラとぼやけたかと思うと、背景と同化する様にその姿を溶け込ませた……と思いきや、直ぐに迷彩がはがれてその姿を晒した。
「あれ? おかしいな~、昨日までは正常に動作したのに……」
ハカセはジャックを呼び寄せてボディを弄繰り回す。ジャックは小動物のように身もだえした。くすぐったがっている様にも見える。
「う~ん……まだ調整が必要みたいですね。すいませんカーマインさん、わざわざ来てもらったのに。調整次第連絡しますから」
「いやいや、問題ないよ。俺もこんなに早くできるとは思いもしなかったから」
ハカセの言葉にカーマインはそう返した。仕上がりがどうこうというより、ジャックが動くさまを見て興奮した様子である。
「あと、運ばれてきたヘリなんですが、殆ど作り直しなんでまだ時間がかかりますけど、直せますよ」
「ヘリも!? 凄いな……学生にそこまで技術力があるとは思わなかったよ」
もともとは、ヘリを直してくれるという学園側の好意によってカーマインはハカセと知り合いになったのだ。ジャックはあくまで話のタネでしかなかったのだ。それを形にしてしまう辺り、ハカセの技術力は数年先をいっている。
「ヘリはまだ無理ですけど、ジャックはスタンガンか何かをつけてパトロールが出来るくらいまでに仕上げて提供しますよ!」
「楽しみだよ。本当に」
寝起きにも関わらず、ハカセは決意表明をするとジャックにコードをつないでカタカタをキーボードをタイプして作業を開始した。カーマインも指導員の仕事があるのでハカセに別れを告げて仕事に戻った。
カーマインは指導員の仕事で担当エリアである女子中等部と大学エリアを交互に巡回を続けていた。
「なんだか今日はみんなピリピリしているなぁ」
彼はは道行く生徒たちが教科書片手に登校しているのを見てずいぶん真面目なんだなと考えていたが、明らかに雰囲気が違うのに気づき、首を傾げていた。
そのとき、カーマインの視界にカラフルな色が飛び込んできた。
それは服のそれであったが、来ている連中が問題だった。この麻帆良学園では私服の登校は許可されていない。すなわち、私服を着た成年間近の若い男達は部外者だと判断できる。仮に生徒だとしても注意の対象だ。
指導員は警備員の仕事も兼ねているのでカーマインも例に漏れず声をかける。
「君たち、此処は部外者は立ち入り禁止だよ」
「アッ? 何ですか、英語でも言われても分かんないんですけど」
つい英語で話しかけてしまったのは失敗だったが、彼らには日本語で話しかけても無意味だとカーマインはすぐに分かった。
「っていうか、何だその格好? コスプレかなんかですか。ダッセぇ」
「早く行こうぜ、逃げられた女を探さないと」
年上に対する敬意も払う様子がない少年達はカーマインを無視してそのまま校舎へと向かう。ほおっておくわけにも行かず、カーマインは彼らの前に立ちふさがると日本語で再度警告した。
「文句があんなら、止めてみろよ。こっちは10人。あんたは一人だ。どっちが強いかなんて直ぐにわかるでしょ?」
数を数えるくらいの教養はあるようだ。もっとも、戦争が起こっているわけではないのだから数えられない方がこの国ではおかしいのだが。
カーマインはそのままじっと少年達の前に立ちふさがったままだ。しびれを切らした如何にも下っ端な金髪の少年がカーマインに詰め寄る。
「さっさと退けよ。痛い目みたくないでしょう? ガイジンサン。俺、空手やってるの。ワカル? カ・ラ・テ。お兄さんなんか一瞬だよ、イッシュ……ぷろぉ!?」
歯並びの悪い金髪の少年は宙を舞った。緩やかな曲線を描いて飛ぶそれは少年達の頭上を越えて舗装された石畳に墜ちて動かなくなった。
「ヤッパリ、馬鹿ニハ“コレ”ダロウ?』
カーマインは拳を顔の前で構え、日本語でチンピラに聞こえるように言った。銃器をもって殴れば敵を死に至らしめるほどの腕力を持つカーマインの一撃は貧弱なガキを宙に浮かせることなど造作もないことなのだ。
「やるじゃねえか外人さん。人が空飛ぶになんて始めて見たぜ」
そう言って、少年達の中から一人、カーマインの前に立ちふさがる。段々と暖かくなってきたとは言え、まだまだ肌寒い季節の中、彼はたっぷりと筋肉の付いた二の腕を見せびらかすようにタンクトップという出で立ちであった。
「テメェ死んだぞ!? ケンちゃんが相手じゃ骨も残らねえぜ!!」
「「やっちゃえケンちゃん!!」」
おそらく少年達のリーダー格なのだろうとカーマインは判断した。リーダーの登場に周囲の少年達が活気づく。
「今謝るなら許してやってもいい。そのかわり、黒髪のポニーテールの女をここにつれてこい。そしたら腕の一本で許してや……アベシッ!?」
「「「ケンちゃーん!!!?」」」
「弱ッ……」
ケンちゃんは先ほどの少年のようにきれいに弧を描きながら倒れた少年の上に落ちた。下敷きになった少年が声にならない悲鳴を上げたが些細なことだ。
カーマインはそれなりにやるのかと思って少し本気を出したのだが、如何せん見せかけだけの肉体改造は戦場を生きた男の拳にはかなわなかったようだ。
「なんて卑劣な奴だ……口上の途中で殴りかかるなんて」
「許せねぇ。落し前つけてもらうぞ!!」
「やっちまえ!!」
明らかな実力差を見せつけながらも戦おうとするのは男としては評価できるとカーマインは好感を持った。もっとも、今回については無謀であり逆恨みだ。
「落第点だな」
カーマインは素手で二人を殴って痛くなった拳を振ると、おもむろに腰元に手を伸ばし、取り出したものを駆けてくる少年達に向けた。
普段見ることが無い少年たちでも、映画などで知っているそのシルエット。それは鈍い光を反射させる大型拳銃だった。
「「「銃だぁ!?」」」
少年たちが声を上げるが、カーマインは警告無しで発砲する。一人当たり一発ずつ。軍用拳銃のそれよりも大型なゴム弾が、人を面白い様に吹き飛ばす。
「まぁ許してくれよ。それに、此処に入ってきたこと事態が違法だからな、撃たれたって文句は言えないぜ」
平和な日本ではそんなこともないのだが、彼のいた世界のことを考えれば仕方がないことかもしれない。
大型すぎて懐には納められないスナッブピストルを腰のホルスターに戻し、顔や腹に青あざを作った少年達を後目に携帯を取り出して高畑に連絡をとるカーマイン。
「この学園じゃ滅多にケンカなんて起こらないってのに……」
麻帆良学園の生徒はハメを外すことはあるが表だってケンカなどということは殆どない。時より運動部が小競り合いをする程度で集団リンチということもない。それよりも多いのは部外者が騒ぎを起こすことだ。
少年達を一瞥して直ぐに目を覚ましそうにないのを確認すると近くのベンチに座り、別の連絡先に電話をかける。
「黒のポニーテールといえば・・・知り合いには一人しかいないな」
カーマインの予測は当たっていた。
「今朝通勤途中に絡まれてしまって……振り切ったつもりだったんですが……」
「つけられていたって訳ですね」
バイアスロン部顧問、長月ミサオとカーマインは昼休みのカフェでコーヒーを飲んでいた。カーマインは改造したヘルメットの隙間からコーヒーをストローで啜っていた。こんなゴツい男でも、蝶々が水や花の蜜を吸う様に似ているのは何故だろう。
「まぁ後は高畑先生が処理してくれるそうですから大丈夫だと思いますけど」
「ご迷惑をお掛けしてすいません。是非、お詫びをしたいのですが……」
「いや、仕事でしたことですし。第一長月さんに非はないでしょう?」
「それでもお礼がしたいんです。……そうだ!」
「あれで良かったのか?」
「あぁ、十分だ」
カーマインに伸された少年たちは、薄暗い路地にいた。そこには彼ら以外にも人影があり、それ人物は奇妙なことにガスマスクを着けていた。
「じゃあさ、報酬くれよ。ホ・ウ・シュ・ウ!!」
「いいとも。これが報酬だ」
ガスマスクが手を差し出すと、彼らはそれを手に取った。それは円柱型の手のひら程の大きさであった。
少年がそれを見てふざけるなと声を張り上げようとするが、その手にした物が急に煙を噴出し始めたため、驚きの声をあげた。
「なんだこりゃ……!?」
唐突に操り人形の糸が切れたかのように地面に突っ伏す少年たち。それをガスマスクの男はじっと見続けていた。
「へぇ~、この島全体が図書館になっているんですか」
二人の目前には、湖に囲まれた小島に建つシックな建物があり、そこにつながる橋に二人は立っていた。
「えぇ、"図書館島"といって麻帆良の名所なんですよ」
「確かに、これは凄い」
小島といっても、ちょっとした校舎よりも巨大な陸地に、小さな町があるように建物が建ち並んでいる。
そもそも本を貯蔵するだけなのに此処までする必要があるのか疑問ではあったが、スケールの大きさに圧倒されていた。
「ところで長月さん」
「何でしょう?」
「なんでこんな夜遅くに来るんですか……?」
対岸には光が点在し、図書館島も明かりが灯っている。辺りはすっかり暗くなっていた。
「私もカーマインさんも職務がありますからこんな時間になってしまって……迷惑でしたか?」
「そりゃあ嬉しいですけど、こんな時間にいい年した男女が二人っきりっていうのは……」
「大丈夫ですよ。カーマインさんのこと、信頼してますから」
「はぁ……」
「さぁ、行きましょうか」
以外に押しに弱いのか、カーマインは長月の勢いに押され、とっくに閉館のはずなのに何故か開けられている正門から図書館に入っていった。
地上部分にも図書館としての役割を果たすように本が並んでいるが、この島は地下に延びてさらに多くの蔵書を収めている。
図書館島地下三階、そこは広いホールの様になっており、数十メートルはあろうかという本棚が不規則に乱立している。地震が起きたら酷い有様になるんだろうなと、カーマインはどこか冷静に観察していた。
「こりゃあ凄いですね」
「もっと凄いところがあるんですよ」
そういうと、長月はカーマインの手を引いて階段を下りていく。
さらに深部に降りてきた二人は暗く、照明がない本棚の影に来ていた。
「さぁ、カーマインさん。こっちですよ」
「待って下さいよ!」
ほとんど視界がきかない暗闇のなか、カーマインは声を頼りに本棚を伝いながら進んでいた。
カーマインの手が本棚に並んだ本に触れたとき、カチリと、何かスイッチを押すような音がした。
途端。
「カーマインさん!?」
「うおッ!?」
突然、カーマインのいた床が開いた。声を上げたカーマインの体は重力を思い出したかのように、その穴に吸い込まれるように墜ちていってしまった。
「あああぁぁぁ……!」
カーマインの姿が穴に消え、叫び声が段々と遠くなっていくのを聞いた顧問は、落とし穴の蓋が閉まるのをみて顔に笑みを浮かべた。
「計画通り……」
その笑みは普段の彼女を知る生徒達からは想像も出来ないほど黒かった。
カーマインは気づいていなかったが、近くの本棚の影に"落とし穴有り"と書かれた看板が立てかけられていた。本来の場所から移動させた犯人は言うまでもない。
「さて、後はアリバイを作らなくちゃな……」
そう言うと、長月はさっさともと来た道を歩いて行く。
しかし、足下に転がる何かを踏みつけて体勢を崩してしまった。
「おっと」
本棚に手を突いて転倒を免れた彼女だが、手をかけていた本が棚から抜け落ちると、足下から音がした。
「なッ!?」
急いで飛び抜けようとするが、足場そのものが抜け落ち、そのまま落ちていってしまった。
「なあああぁぁぁ……!」
深淵の闇に吸い込まれた長月の姿は、誰にも見つかることなく穴へと消えていった。
「なんだか、この世界に来た時を思い出すな……」
滑り台のようになっている落とし穴の先は楽園だった。そう言っても過言では無いだろう。落ちたはずなのにそこには光があふれ、小さな滝がある。
なんと表現すべきだろうか。恐ろしく澄んだ海と砂浜の中に、ぎっしりと本が詰まった本棚が漂着しているような光景が辺りに広がっていた。所々に図書館島に地上部のような趣の建物が点在している。
地底に対するカーマインの印象が完璧に否定されていた。
「……こっちにも地底人がいたりして」
前の“世界”での敵である地底人、ローカストやベルセルクを思い出して、カーマインは頭を振って想像をかき消した。
ちなみに、ベルセルクというのはローカストの雌のことを指しており、三メートルはあろうかという体格を持ち、その気性は荒く、銃の弾丸も弾くという皮膚を持つため歩兵が立ち向かうには軌道上にある衛生からのレーザー砲による砲撃しか対応策が無いという文字通りの化け物だ。
カーマイン自信、座学で知っているだけで実際に見たことはない。フェニックス軍曹に言わせれば会ったことが無い奴は幸せだとのことだ。
「ッ!?」
ベルセルクがお花を持ってスキップする姿を想像しかけたカーマインの耳に、遠くから女性の悲鳴のような声が聞こえ、カーマインは拳銃片手に駆けだした。
拳銃にはゴム弾が装填されている。変質者程度なら昏倒させられるほどの威力を秘めているため戦力としては十分だ。予備の弾倉もいくつか持っている。
しかし、すぐに足を止めることになった。悲鳴の方が段々とカーマインに近づいて来たからだ。
しかし、悲鳴を上げていると思われる人物どころか、人影も見えない。辺りを見渡し、首を傾げるカーマインはもう一度声の位置を探ろうと耳を澄ました。
カーマインが今立っている場所は、水に周りを囲まれた砂地だった。周囲は開けており、人が居たらすぐに視界に入るはずだ。しかし、影も形も見えない。
声の大きさから察するに、悲鳴を上げている人物はすぐ近くにいることは間違いなのだが。
「上?」
不意に上から声が聞こえるのに気づいたカーマインが見上げたとき、彼の視界には収まった物は、白い布地と健康的な肌。そして二つそろった靴底だった。
「ふんもっふ!!?」
数十キロの重さの物体が落下の衝撃を余すことなくカーマインのヘルメットに集中させた結果、カーマインは頭部を砂にめり込ませ、一点倒立をするはめになった。
止まっていた時が動きだし、彼の宙に浮いた足と、落ちてきた物体、麻帆良学園中等部の制服を着た女性の一束にまとめられた長い髪が地面に落ちた。
「拙者としたことが……」
カーマインの薄れかかった意識の中、そんな呟きが彼に耳に届いた時、彼の視界には血の色に染まったドクロを象ったレリーフが浮かび上がっていた。
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どうも幻痛です。
血の色に染められたドクロのレリーフはカーマインの体力を示しています。これがはっきりと見えてしまったらダウンの状態になります。
GoW知らない人置いてけぼりですね、すみません。