『ハードボイルドな探偵事務所。そこには音楽というものが欠かせない――言ってみれば流れる音楽こそがその事務所の空気というものを決定付けているのだろう。
当然この鳴海探偵事務所にも音楽は欠かしたことはない。俺はコーヒーのカップを置くと、年季の入ったラジオに近づきスイッチを付ける。
ラジオから流れ出すのは天使の如き歌声。俺は再び椅子に体を埋めると、相棒と共にその歌声に耳を傾けた』
「……2人とも何やってんの?」
「馬鹿!放課後ティータイムの歌声を邪魔すんな!」
至福の時間を邪魔された故か思わず声を荒立てる翔太郎だが、亜樹子が訝しげな顔で尋ねるのは寧ろ当然だろう。
彼女の目に映っているのは男2人がラジオの前にかじりつき、亜樹子でさえ赤面するような小っ恥ずかしくなるような歌詞の歌を大声でデュエットしているというサバトじみた光景。
それはきつい……と、言うよりは痛い。
「放課後ティータイムぅ?」
押しも押されぬ新進気鋭のガールズバンドの名前を、ミーハーな気のある亜樹子が知らないわけはない。
だが悲しいかな、亜樹子が突っ込みたいところはそこでは無いのだ。
しかし如何せんその思いはフィリップには伝わらなかったようだ。
亜樹子のリアクションにフィリップが猛然とマシンガントークを炸裂させる。
「アキちゃん、何を言ってるんだ!放課後ティータイムといえば、今最も熱いガールズバンドじゃないか!」
「ちょ、フィリップくん落ち着いて――」
「初CD『ふわふわ時間』はオリコンの集計では、発売前日の2009年7月21日付デイリーチャートで1位にランクインした後、同年7月25日付デイリーチャートまで5日連続1位を記録。さらに同年8月3日付週間チャートでは初登場1位を獲得。そしてつい最近では武道館でのライブまで成功させた。ビジュアルだけでなく確かな演奏技術に裏打ちされたハイレベルな音楽は玄人さえも唸らせ「フィリップ!」……!?」
「真に彼女達を愛するのなら、今やるべきは語る事じゃない」
「……そうだね、翔太郎。どうやら僕は一番大事なことを忘れていたようだ」
「いいさ、行くぜ相棒!」
「「ふわふわ時間! ふわふわ時間!」」
「……だめだ、こりゃ」
「やっぱ最高だな、HTTは」
「ああ。あれは全力で検索するにはふさわ『え~、ここで放課後ティータイムの大事なお知らせを発表しま~す』
歌も終わり、何やら満足げな表情を見せる2人だったが、パーソナリティーである『園崎若菜』、通称『若菜姫』の『大事なお知らせ』という言葉に二人は即座に表情を引き締める。
イケメン×2は相変わらずキメ顔のタイミングを間違えていた。
『この度!放課後ティータイムの次のライブが風都タワーで行われることになりました!みんなぜひ見に来てくださいね!』
「放課後ティータイムのライブが……風都で?」
呆けたように黙り込む翔太郎。しかしそれも一瞬。
次の瞬間、彼の喉から古い事務所が震えるほどの絶叫が放たれる。
勿論、叫んでいないだけでフィリップも興奮を隠し切れていない。
「素晴らしい!すぐに更なる検索を始めなければ!」
――と、いうか隠そうともしていない。
そしてそんな2人のテンションに亜樹子はとてもついていけない。
そんな非常に珍しい光景が見受けられる中で
後にこのライブが大事件に発展するなど
無論、今の彼らには彼らは知る由もない。
『そう。俺は忘れていたんだ。探偵事務所には、音楽以上に事件こそが良く似合うという事を』
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