塩を調達。蹄鉄も修理した。準備が整った一行は町を発った。
相談の末、一目を避けて旅をすることとなった。エルフを狩るような連中が跋扈しているというならば可能な限り戦いは避けなくてはならない。戦って得るものがあるならばいいとしても、戦って傷つくだけならば、避けるべきなのだ。
だがそれも、相手側からやってきた場合は別である。
馬列の行き先を塞ぐかのように赤茶けた服装をした連中が現れた。木陰に隠れていたらしく視認が遅れた。前方の障害物を避けられないと判断した馬が嘶き大慌てて減速するとその場で砂煙をあげて停止した。
赤茶けた服装の一団は馬の前と後ろを塞いでしまうと、剣呑な目つきで三人をじろじろと見遣った。
盗賊だろうか。緊張したセージであったが、どうやら様子がおかしい。脅し文句の一つ、攻撃の一つ飛んでこない。盗賊と勘違いしたかメローが早速杖で近場の男をミンチに変えようと準備し始めるのを制する。
セージはそれとなく腰の小型二連クロスボウに触れつつ、冷静な口調で訊ねた。
「メロー、やめろって。それで道塞いじゃって何か用? オッサン方」
集団のリーダー格らしい燃えるような赤毛の男が正面に出てきた。三十代くらいであろうか。若さと老いが程よく同居する年頃。体は衣服の上からでも見て取れる程に鍛え上げられ、しょい込んだ太く頑丈そうな金属製のメイスが威圧感を醸し出している。首には穴の空いた模様すらない銅の硬貨がネックレスとしてぶら下がっている。
セージにはわかった。実力者だ。おまけに周囲を取り囲まれている。多勢に無勢。一方的に虐殺される予感がした。
ふとセージは、記憶の引き出しを探り、デジャヴに近い感覚を味わった。どこかであったことがある気がするのだ。
赤毛の男は腕を組みむっつりと口をへの字に曲げたまま馬の側面へと歩いてくると、そのまま後ろへ回り、また戻ってきた。そしておもむろに口を開く。
「旅の者よ。我ら銅の傭兵団が訊ねたいことがあり馬を止めた。我らが離反者の目撃談を探している…………ん? おい、待て。貴様………貴様がなぜそれを持っているのだ」
いかにもという高圧的な態度で質問せんとする男だったが、中断せざるを得なかった。癖でネックレスを触ったところ、周囲の者らのポケットと、セージのポケットが輝いたのだ。
男は信じられないという顔でネックレスをセージの方へ近づけた。あってはならない反応であるからだ。
セージはポケットを探ると、財布から一枚の硬貨を取り出した。何の変哲もない銅貨。特徴の一切を排除した模様も飾りもない無柄のそれ。男のネックレスに反応するかのように輝いている。
「あれ? あれえ?」
「セージ。その硬貨はいったいなんですか?」
「知らん。え? なんだっけこれ……」
背後からルエが質問をぶつけたが、首を捻るしかなかった。この硬貨はなんだ、どこで手に入れたものだと。暫し考えて喉の奥から小さい合点の声を上げる。そうこれは以前とある村で出会った女性から譲り受けたものだ。なるほど、あの赤毛の女性――アシュレイが言っていた傭兵団なる組織は彼らだったのか。数年越しの謎が解けた。
一方で銅の傭兵団を名乗る一団は、その硬貨の出現に驚きを浮かべていた。
リーダー格の男は目を丸くして銅貨を凝視していたが、やがてネックレスを首に戻し、声を落とした。
「その硬貨は我が傭兵団と契約を結んだものだけが所有を許される証。しかし、だ。いまだかつて我らと契約を結んだエルフ族はいない。譲渡するのは契約違反だ。これがどういう意味か分かるか?」
周囲のざわめきが一斉に静まり返る。水に凍りを垂らすが如く。
セージは、その沈黙が一種の殺気であると探知した。どうやら硬貨は傭兵団と何らかの契約を結ぶことで入手できるものであるが、エルフ族と契約を結んだ記録がないらしい。確かアシュレイは指輪のせいでセージを人間と勘違いしていたはず。人間に渡すつもりでエルフに渡してしまったのだろうか。そして今、一行は指輪をしていない。
なんてこった。セージは頭を抱えたくなった。腰にやった手を頭にやって髪の毛を梳くと、指の合図を背後の二人にやって見せ、反撃を示唆する。
セージが手のひらに置いた硬貨を指で弾いて反対側の手中に移動させた。
「さー? 俺には何が言いたいのかさっぱりわからない」
「契約者を殺して奪い取ったか、買い取ったか……いずれにせよ契約違反だ。貴様らはこの場で拘束される。暴れない方が身のためだ」
男は冷酷な口ぶりで背中のメイスを抜くと、全身に力を滾らせた。傭兵らが馬の前後左右へと散らばって武器を抜く。剣、槍、クロスボウもある。盾を構える者もいる。人間に混じって獣人もいた。
セージは降参と言わんばかりに両手を挙げると、大げさに息を吐いた。
「了解了解。こう手を挙げれば武器に手は届かないだろ。好きにすればいい。まぁ魔術は使えるんだけどな。ルエ、やれ」
「〝風よ〟!」
会話の中で自然と指示が送られた刹那、三人の乗る馬を起点に竜巻が生じると、傭兵らを優に数m吹き飛ばす。メローが背中の杖を握ると矢を構えた。
セージは背中の槍を抜いて保護カバーを歯で噛み締め取り去れば、馬の背中を蹴って空中で優雅に一回転して着地した。
「甘いなぁ! 反撃するということは、やましいことがあるってことだ!」
「……ぐうっ!?」
が、次の瞬間、風などものともしなかったのか、赤毛の男の腰のバネを利用した中段蹴りがセージの腹部へと突き刺さった。間に挟まった槍などものともしない脚力が腹筋へと圧をかける。たまらずセージは後ろに倒れ込んだ。
わっと、まさに砂糖に群がる蟻のように、傭兵らが殺到する。風で転倒させて優位に立ったはずが、あろうことか先読みされていたかのように、僅かな間で立て直されて包囲されていた。
メローが矢を放つ前に髪の毛を掴まれ馬から引き摺り降ろされると、足で踏まれて地面に縫い付けられる。魔術を唱え馬の真上に跳躍したルエへ獣人が飛び掛かって叩き落とすと首を腕で締め付ける体勢に入った。手馴れている。熟練の戦士ばかりのようだった。
ルエは意識が徐々に落ちていくのを感じつつも、暴れていた。端整な顔立ちが歪んでいた。
「セージっ………逃げ……」
「くそッ……」
脚を振る反動で立ち上がり魔術を唱えんとしたセージへ、赤毛の男が瞬時に肉薄すると、メイスの柄を叩きつけた。咄嗟に槍でガードする。ドラゴン骨がたわむ。反撃の為に至近距離からクロスボウを放とうとしたが、横合いから男にタックルされて地面に転がってしまった。
地面から槍を使おうと躍起になるも、今度は青白い電流が赤毛の男から放たれ、肢体をがんじがらめにした。
「ぁぁぁぁあああああぁぁっ!!」
赤毛の男がメイスから電流を迸らせながらセージへと歩み寄ってくる。
人体を損傷するほどではないとはいえ、十分苦痛を感じる威力の電流がセージの体を蹂躙する。筋肉が勝手に動き、思考が滅茶苦茶となり、まともに考えることもできず、叫び声をあげる。痛くもあり苦しくもあり痒くもあった。
赤毛の男は容赦なくセージの腹部に蹴りを見舞った。一瞬、電流が止んだ。
「がふっ、ぐぇぇっ……」
セージが鎧越しにも伝わる衝撃に悶え体を丸める。既にメローは無力化され、ルエは気絶しているため、誰も心配してくれない。
赤毛の男は鉄仮面を被ったまま、爪先を振りかぶり、腹へと叩きつけた。鈍い音が響く。
二回、三回、四回。
セージはとうとう意識を保っていられず意識を手放した。