ロウに手紙を送り返ってきたのを読んだところ、一緒に行かせたい奴がいるとのことだった。
ちなみに仲の良かったヴィヴィに誘いの手紙は送らなかった。もし手紙を送れば間違いなくついてくる。セージを愛してるからついていくと公言して憚らないルエはともかく、ヴィヴィを巻き込むのは筋違いではないかと考えたのだ。
およそ数日間。顔を合わせる度、仕事で力を合わせる度、気まずい雰囲気を体験したセージは、ワイバーンがやってくるのを今か今かと心待ちにしていた。渓谷の里の大木に偽装された見張り塔のさらに上によじ登ってである。
ルエが危ないからやめろと言ってくるのに耳を貸さず、仏像のように胡坐をかいて待つ。
目を細める。視力が悪いわけではないが、細めた方が気持ち見え易くなるのだ。
一粒の点。羽ばたいている。ワイバーンだ。
セージは係りの者に合図をすると、軽快な足裁きで梯子を下っていき、着地した。脚力のバネで衝撃を相殺する。
「…………」
「セージ、ワイバーンは来ましたか?」
セージはそっぽを向いてはぐらかした。誰が素直に答えてやるものか。
プンスカという擬音でも纏っているかのような雰囲気にて首を横に振る。
「来てない」
「なるほど来たんですね。さすがワイバーン。徒歩よりも馬よりも遥かに早い」
一瞬で看破されたが。
見ていると、見張り塔の真上をワイバーンが通過して、急旋回すると、塔を中心に円を描くように舞い始めた。基本的にワイバーンに助走は必要ない。僅かな面積さえあれば離着陸できる。着陸するのだろうと身構えていると目を見張る光景が演出されたのだった。
ワイバーンから人が飛び降りたのだ。事故のようにも見えた。
「な!?」
「馬鹿かよ!」
驚愕して人がミンチになる光景をイメージした二人の前で、その人物は空中でローブを翼のようにはためかせ―――否、本当に翼のようにバッサバッサと上下に動かしつつ速度を殺すと、ローブを広げ円を描くように滑空して降り立った。
ふわり、とローブが風にあおられた木の葉のように棚引く。
「ひさ……しぶり…………です……」
氷を小川に転がすような静かで聞く耳心地よい言霊。
ただのエルフだったら変わった奴だの一言で一蹴したろうが、その人物には当てはまらなかった。
二人して警戒態勢へ移行。セージは武器がないので右手を前左手を腰に添える構え。ルエは魔術詠唱の準備。
「ダークエルフ………なぜここにいやがる」
そう、降りてきたのはダークエルフだったのだ。ダークエルフ。本来存在しない種族。エルフを捕まえ強制的に改造することで戦いへの適性を持たせた種族というのもおこがましい戦争の痕跡である。初めて運用したのは例の王国だった。
ダークエルフはローブのフードをふわりと降ろすと、血色の瞳をぱちくりとさせた。黒々とした量の多い髪の毛がローブ越しに背中まで垂れているのが見えた。
「手紙………読んでない?」
「読んだけどダークエルフとは書いてない」
ロウの手紙には旅の応援に人材を派遣するとだけあった。ダークエルフとは書いていなかった。
ダークエルフは僅かに固まるも、すぐに妖しい笑みを口の端に湛えて、胸に手を置いて見せた。
「ロウさまのうっかり。くふふふふふ……………私、あなたと会ったこと、ある、よ。覚えてない?」
「会ったことが…………あるわけ………あ、あぁぁぁ!? 思い出した!」
セージは手をポンと打つと思わず相手の顔を指差していた。すぐに降ろす。ずっと顔に指を向け続けるのは悪い印象を与えるからだ。
「あの時の!」
「あの時とはなんですか? さっぱり覚えてなくて……」
「え、なにお前覚えてないの。ホラ、ダークエルフをさぁロウが捕まえてたじゃん。あの子じゃないの、大暴れしてた」
セージがルエにそのように教えると、ダークエルフは笑みをますます深めて軽く拍手した。パチパチパチ。静かなクラッピング。
「……せいかい」
相手は拍手を止めると、コホンと咳をした。
かつてダークエルフが連合に捕縛された際に治療に当たったのがロウであった。ロウの計らいで二人はダークエルフと一度会っている。印象に深く残ったつもりでも以後目にしなかったのですっかり忘れていたのだ。
ダークエルフは昔のような凶暴さは微塵もなく大人しかった。名残と言えば肌が褐色であること。そして刻印。喋り方がたどたどしいこととである。外見こそ違うが内面は大人しい。察するに完全に治療することができなかったのだろう。
黒く、夜を仕立てたような長く細いロングヘア。血のように赤く彫刻刀で切れ目を入れたように鋭い目立ち。目が大きく小柄なので幼く見えるが、じっと観察すると、実際のところセージと大差ない年齢なのが窺える。杖にしては奇妙な形のそれを背負い、黒いローブを着込んだ姿は、魔術師というより魔女を思わせた。
ルエも教えられてピンと来るものがあったのか顔をハッとさせた。
ダークエルフは背中に背負った杖の位置をもそもそと直すと、フードの乱れを正し、胸に手を置いて軽く腰を折った。
「名前……なまえ? ……メロー……なまえ、メロー………。ロウさまの言いつけで……来た」
かなりたどたどしい言い方。まるでカンニングペーパーでも読み上げるような慎重さ。
二人はともに軽く自己紹介した。
「これはご丁寧にどうも。僕はルエと申します」
「俺はセージね。一つ聞きたいんだけど記憶とか大丈夫なわけ? こういっちゃなんだけど冒険に出るわけで、名前も思い出せないようなのは連れていけない」
セージがそのものずばり切り込んだ。以前会ったときは記憶が書き換えられていた云々と聞かされていたからだ。記憶も怪しい仲間を連れていくのはいかがなものかと思ったのだろう、眉に多少皺が寄っている。
メローは首を傾げると、一言一言選んで発言した。
「記憶、無い。私の家族、無い、みたい。覚えてない。けど、役に立て………るよ。暴れない、役に立つために、がんばる……」
「………大丈夫なのかなぁ」
「師が送り出してきた人材です、大丈夫でしょう。ね、メローちゃん」
「ちゃんはヤ。メローじゃないとヤ」
セージはルエを牽制してから喉でウウムと唸り声を響かせるとメローをじっと見つめた。結局、数年掛かりで治療しても記憶は戻らずおそらく人格も別のものになってしまったのだろう。調べた結果特定には繋がったが家族は全滅しており行く当てがなくなったのでロウが引き取った、ということだろうか。
少なくとも著名な魔術師であるロウのお墨付きである。ロウを信じる意味で連れていくことを決心した。馬を待たせている地点まで案内しようと踵を返す。
「まぁいいや。よろしくメロー。俺の我儘に付き合ってもらって悪いな。馬を待たせてるから早くいかなくちゃ」
馬を待たせている地点へとやってきたセージは早速問題に直面した。一頭しか用意していなかったのだ。一頭に三人乗りはさすがに積載過多である。主にスペースが足りない。
泣く泣く貴重な路銀を支払いもう一頭手に入れる羽目になった。馬を連れてきた商人の顔がにんまりしたのが何ともむかつく。無論、足元を見られた。
セージはその昔馬を操ることができなかったが練習して乗りこなすとまではいかなくても、基本動作はこなせるようになっていた。
と、いうことでセージは一頭。ルエとメローで二人乗りである。
「馬、はじめて。ワイバーン乗ったことある」
メローは、恐る恐るといった風にルエの背中にしがみ付いていた。
ルエは手綱の持ち位置を微調整しながら背後の彼女へと優しく言葉をかける。
「大丈夫ですよ、怖くなんかありません。どこかの誰かさん曰くお尻が痛くなるだけですから」
「おい! 調子に乗りすぎだろいい加減にしろ!」
「しり? いたい? なにそれ」
ぽかんと赤い唇を広げ首を傾げる黒髪の少女へ、銀髪の青年は人差し指を得意げに掲げると、喋り始めた。
「ああ、昔々セージという少女がいました。彼女は」
「ルエ! 止めろって!」
その昔、乗馬の最中に尻痛い発言した記憶をネタに物語を作ろうとし始める銀髪の笑みに魔術で作り上げた空気の塊を投げつけて咳をさせてやる。
咽ながらも楽しげに笑うのを尻目に、鼻を鳴らす。
「まったく。吹っ切れたとかそんなレベルじゃねーぞコイツ。糞っ………俺ともあろうものが弄られ側にまわるなんて。いつか逆襲してやる。晩飯にアレとか混ぜてやろう」
ぶつぶつぶつ。誰にも聞こえないように口の中で濁して呟く。怪しげな企みは誰の耳にも入らなかった。
セージはその昔入手した地図に独自に情報を加えて使いやすくした地図を取り出すとじっくりと見つめて仕舞い込んだ。馬の背中を撫でて鐙に足をかける。
「ハッ!」
宣言なしに馬の腹を蹴ると掛け声を上げ二人を置いてきぼりに走り出す。
「セージ!? 待ってくださいよ!」
「置いてきぼりが嫌ならついてくるんだなーっとお!」
「は、はや………うま……早い……」
ドップラー効果を伴ってセージの声が遠ざかっていく。ワンテンポ遅れてルエの馬が駆けだした。やがて二つの陰は一つとなり森の果てへと消えていく。魔導技術が眠るという巨大な山までたどり着くのはいつになることやら。
蹄の旋律が聞こえなくなった頃、ルークが姿を見せた。相も変わらず女装である。仕事仕事仕事で抜け出せないのが理由なのは言うまでもなく。
彼はため息を吐くと前髪を掻き上げた。哀愁漂う憂いの色が顔面を彩っている。
「愛しき弟よ…………死ぬなよ」
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あと十話以上未投稿分あるんですが一気に投稿するのってどうなんでしょう
やけに不安定で怖いです