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No.19099の一覧
[0] 神なんて死んでしまえ(現実→TSでエルフ、ファンタジー世界に 無能力転生 テンプレ)[キサラギ職員](2015/09/03 06:46)
[1] 一話 転生、そして[キサラギ職員](2013/01/19 02:22)
[2] 二話 火災とナイフと[キサラギ職員](2010/06/06 18:39)
[3] 三話 方針を決めよ[キサラギ職員](2010/06/06 18:40)
[4] 四話 情報収集[キサラギ職員](2010/06/06 18:41)
[5] 五話 焚火の中の串肉[キサラギ職員](2010/06/06 18:41)
[6] 六話 蜘蛛来たりて[キサラギ職員](2010/06/06 18:42)
[7] 七話 仕留めたはいいものの[キサラギ職員](2010/06/06 18:42)
[8] 八話 水面の彼女[キサラギ職員](2010/06/06 18:43)
[9] 九話 赤山を目指せ[キサラギ職員](2010/06/06 18:43)
[10] 十話 蜘蛛調理及び罠の危険性について[キサラギ職員](2010/06/06 18:44)
[11] 十一話 エルフの里[キサラギ職員](2010/06/06 18:44)
[12] 十二話 遺書、もしくはただの手紙[キサラギ職員](2011/06/14 02:24)
[13] 十三話 出発の条件[キサラギ職員](2011/06/14 23:49)
[14] 十四話 勝てなくて[キサラギ職員](2011/06/16 22:06)
[15] 十五話 成功したはいいものを[キサラギ職員](2011/06/17 23:22)
[16] 十六話 ひらめき[キサラギ職員](2011/06/18 01:49)
[17] 十七話 秘策[キサラギ職員](2011/06/19 00:13)
[18] 十八話 ミスリルの剣[キサラギ職員](2011/06/21 01:44)
[19] 十九話 里を目指せ[キサラギ職員](2011/06/21 23:59)
[20] 外伝 森淵の攻防[キサラギ職員](2011/06/23 22:26)
[21] 二十話 乾いた旅路[キサラギ職員](2011/06/23 21:16)
[22] 二十一話 お水をください[キサラギ職員](2011/06/24 00:47)
[23] 二十二話 岩の墓場[キサラギ職員](2011/06/24 23:01)
[24] 【見なくても問題ない簡易設定集】[キサラギ職員](2011/07/16 01:08)
[25] 二十三話 蜘蛛再び[キサラギ職員](2011/06/25 23:12)
[26] 二十四話 野生は甘くない[キサラギ職員](2011/06/27 21:02)
[27] 二十五話 病[キサラギ職員](2011/06/28 21:01)
[28] 二十六話 渓谷の里へ[キサラギ職員](2011/06/29 14:24)
[29] 二十七話 地底[キサラギ職員](2011/07/01 12:28)
[30] 二十八話 試練を受けよ[キサラギ職員](2011/07/04 01:28)
[31] 二十九話 地底生活と事情を持つ彼ら[キサラギ職員](2011/07/04 01:11)
[32] 三十話 戦闘とコーヒー[キサラギ職員](2011/07/05 20:36)
[33] 三十一話 さらば渓谷の里[キサラギ職員](2011/07/06 12:22)
[34] 三十二話 襲撃[キサラギ職員](2011/07/08 15:12)
[35] 三十三話 殺し合い[キサラギ職員](2011/07/13 00:11)
[36] 三十四話 巨老人の里、朧に[キサラギ職員](2011/07/14 01:14)
[37] 三十五話 湖をこえて[キサラギ職員](2011/07/16 00:10)
[38] 三十六話 巨老人[キサラギ職員](2011/07/19 01:34)
[39] 三十七話 重荷[キサラギ職員](2011/07/20 01:51)
[40] 三十八話 方針と訪問[キサラギ職員](2011/07/22 13:00)
[41] 三十九話 信じることは[キサラギ職員](2011/07/27 01:54)
[42] 四十話 兄と妹が似た者同士とは限らない[キサラギ職員](2011/09/11 23:42)
[43] 四十一話 後ろは見えません[キサラギ職員](2011/08/01 03:17)
[44] 四十二話 触手![キサラギ職員](2011/08/02 01:50)
[45] 四十三話 悶々[キサラギ職員](2011/08/03 03:27)
[46] 四十四話 報酬と[キサラギ職員](2011/08/05 02:59)
[47] 四十五話 強襲[キサラギ職員](2011/08/06 01:26)
[48] 四十六話 戦闘は続く[キサラギ職員](2011/08/08 21:07)
[49] 四十七話 連合[キサラギ職員](2011/08/13 16:25)
[50] 【第二章】 四十八話 新たな旅立ち[キサラギ職員](2011/08/17 03:10)
[51] 四十九話 ワイバーン旅[キサラギ職員](2011/08/19 03:15)
[52] 五十話 胸サイズと帰還と再会と[キサラギ職員](2011/08/21 12:59)
[53] 五十一話 ダークエルフ[キサラギ職員](2011/08/26 15:44)
[54] 五十二話 解析[キサラギ職員](2011/08/30 02:31)
[55] 五十三話 モンスターと言うけれど[キサラギ職員](2011/09/01 02:54)
[56] 五十四話 三国開戦[キサラギ職員](2011/09/03 02:11)
[57] 五十五話 廃村へ[キサラギ職員](2011/09/04 15:39)
[58] 五十六話 目立ってはいけない[キサラギ職員](2011/09/05 01:36)
[59] 五十七話 逃避行[キサラギ職員](2011/09/08 12:26)
[60] 五十八話 旅道中にて[キサラギ職員](2011/09/11 16:47)
[61] 五十九話 交渉事がウマくいくためには[キサラギ職員](2011/09/13 01:01)
[62] 六十話 円卓[キサラギ職員](2011/09/17 13:39)
[63] 六十一話 賞金稼ぎ[キサラギ職員](2011/09/18 13:16)
[64] 六十二話 船旅[キサラギ職員](2011/09/23 17:11)
[65] 六十三話 鎧の人物[キサラギ職員](2012/01/03 01:33)
[66] 六十四話 賊という名前の遊撃[キサラギ職員](2012/01/13 03:16)
[67] 六十五話 バレてないですよ[キサラギ職員](2012/01/13 03:15)
[68] 六十六話 服[キサラギ職員](2012/01/10 01:59)
[69] 六十七話 潜入せよ[キサラギ職員](2012/01/30 21:20)
[70] 六十八話 襲撃者を襲撃する者[キサラギ職員](2012/01/30 21:22)
[71] 六十九話 街を脱して[キサラギ職員](2012/01/30 21:23)
[72] 七十話 ルールは守りましょう[キサラギ職員](2012/03/26 03:22)
[73] 七十一話 穴があったら[キサラギ職員](2012/03/31 01:30)
[74] 七十二話 久しぶりのあいつら[キサラギ職員](2012/03/31 01:31)
[75] 七十三話 正しい蜘蛛の取り扱い方[キサラギ職員](2012/04/01 21:08)
[76] 七十四話 出発の矢先[キサラギ職員](2012/04/07 02:39)
[77] 七十五話 火葬[キサラギ職員](2012/04/08 13:18)
[78] 七十六話 もじゃもじゃのアイツ[キサラギ職員](2013/01/19 02:24)
[79] 七十七話 束の間ティータイム[キサラギ職員](2013/01/20 12:21)
[81] 七十八話 信仰は怪しく[キサラギ職員](2013/01/22 00:27)
[82] 七十九話 波乱の予感・・・[キサラギ職員](2013/01/22 00:28)
[83] 八十話 してやったり[キサラギ職員](2013/01/22 16:37)
[84] 八十一話 あの心臓を狙え[キサラギ職員](2013/01/23 00:24)
[85] 八十二話 再会前のトラブル[キサラギ職員](2013/01/25 20:47)
[86] 八十三話 終結[キサラギ職員](2013/01/29 01:06)
[87] 八十四話 そのために必要なこと[キサラギ職員](2013/03/18 03:18)
[88] 【三章】八十五話 旅立つあなたへ[キサラギ職員](2013/03/18 03:19)
[89] 八十六話 新しい仲間 というわけでもない[キサラギ職員](2013/02/17 11:14)
[90] 八十七話 やりすぎ狩人[キサラギ職員](2013/02/17 20:27)
[91] 八十八話 割に合わない[キサラギ職員](2013/03/18 03:20)
[92] 八十九話 ウェアウルフ[キサラギ職員](2013/03/18 03:21)
[93] 九十話 切ない一撃[キサラギ職員](2013/03/18 03:24)
[94] 九十一話 エルフを狩るものたち[キサラギ職員](2013/02/19 21:17)
[95] 九十二話 迎撃の鏃[キサラギ職員](2013/02/19 21:21)
[96] 九十三話 労働[キサラギ職員](2013/02/19 21:26)
[97] 九十四話 銅の傭兵団[キサラギ職員](2013/02/19 21:28)
[98] 九十五話 首輪付き[キサラギ職員](2013/02/21 02:23)
[99] 九十六話 名前とは[キサラギ職員](2013/02/21 02:45)
[100] 九十七話 嗚呼、肉体労働[キサラギ職員](2013/02/21 02:45)
[101] 九十八話 鉱山事情[キサラギ職員](2013/02/21 02:46)
[102] 九十九話 反対に反対する[キサラギ職員](2013/02/23 00:07)
[103] 百話 鮮血[キサラギ職員](2013/02/24 02:03)
[104] 100話記念その1 「もしもルエがTSしたら」[キサラギ職員](2013/03/01 21:34)
[105] 100話記念その2 「2章と3章のあれこれ」[キサラギ職員](2013/03/03 02:47)
[106] 百一話 発、鉱山[キサラギ職員](2013/03/05 02:47)
[107] 百二話 ぶっかけハプニング[キサラギ職員](2013/03/08 02:04)
[108] 百三話 看病?[キサラギ職員](2013/03/09 21:39)
[109] 百四話 干し、星、[キサラギ職員](2013/03/10 01:03)
[110] 百五話 木[キサラギ職員](2013/03/13 02:22)
[111] 百六話 木々[キサラギ職員](2013/03/13 02:33)
[112] 百七話 森[キサラギ職員](2013/03/17 00:53)
[113] 百八話 我ら多きが故なり[キサラギ職員](2013/03/18 03:07)
[114] 百九話 毒[キサラギ職員](2013/03/19 02:26)
[115] 百十話 親玉[キサラギ職員](2013/03/20 00:40)
[116] 百十一話 蝶のようなもの[キサラギ職員](2013/05/06 00:47)
[117] 百十二話 到着[キサラギ職員](2013/05/06 00:52)
[118] 百十三話 酒場[キサラギ職員](2013/07/09 02:06)
[119] 百十四話 潜入成功[キサラギ職員](2013/07/11 03:35)
[120] 百十五話 骸が歩く[キサラギ職員](2013/07/11 03:38)
[121] 百十六話 罠に嵌まる[キサラギ職員](2013/07/30 23:50)
[122] 百十七話 罠だらけの遺跡[キサラギ職員](2013/07/30 23:51)
[123] 百十八話 野?宿[キサラギ職員](2013/08/05 00:57)
[124] 百十九話 水場が無い![キサラギ職員](2015/09/03 06:26)
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[19099] 八十二話 再会前のトラブル
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/25 20:47
LXXXII、



 村を出て、山を越え、旅を続けたセージは、首なし騎士やら熊やら化け物の苦労がなんだったのかというスムースさで進んでいった。街道を進むこともあった。賊の出現を警戒して夕方夜間の暗闇に紛れて歩くことも。この世界に来てから歩いて歩いて歩きまくってきたセージは常人以上に歩くことに慣れており朝から夜まで歩くこともできるようになっていた。
 そして、ある日の夕方に、合流地点まで到達することができたのである。
 小高い丘の上にキャンプがある。連合軍を意味する印が誇らしげにはためいている。いや、本当にそうなのか? 罠ではないのか。合流地点が戦場になっていたという、事前情報との齟齬にセージは戸惑いを隠せなかった。
 革の鎧もあれば鉄の鎧もある。人、馬、生けるものはない。死体だけだ。
 槍が大地を埋め尽くしている。ある槍は馬の顔面から胴体へ。ある槍は一人の男の胴体をしっちゃかめっちゃかにしていた。
 剣が墓標のように散らばっていた。ある剣は折れて復元せず打ち捨てられている。ある剣は首の半ばまで埋まっている。
 腐臭。戦場跡を満たす不快な臭いに鼻がおかしくなりそうだった。
 セージは比較的綺麗な一体を見分した。傷を負っているせいか腐敗が進行している。肌の色は黄銅色を通り越して青白い茶色の域である。目は落ち窪み口から得体のしれない液体が地面へと伝っている。これでは死亡時期を知ることはできない。病死した死体などなら、ある程度推測できるのだが。
 ともあれ、長居して愉快な気持ちにさせる環境ではなく、不快になるだけだ。
 セージはテントが張ってあるキャンプへと近寄って行った。
 キャンプにはためく連合軍の旗。そして、連合軍のエンブレムが刻まれた武器。ここに至ってようやくセージは安心を確信した。
 護衛の兵士を認め、駆け寄っていく。擬装用の指輪をはずしてポケットへ。魔術による隠ぺいが解除されて耳が露わになった。手を振りつつ駆ける。キャンプに顔見知りがいるに違いない。胸が高鳴った。

 「おーい! エルフだよエルフー! 連絡いってると思うけど、セージってもんなんだけどー!」
 「そこで止まれ!」
 「へっ………。止まったけど、なに、身体検査かなにか? 変なとこ触るなよな」
 「違う。貴様に要件がある」

 キャンプを取り囲むようにして護衛の任務にあたっていた男たちが、セージを見るや槍を向けた。ある兵士は手に魔力をたぎらせ、ある兵士は拘束用らしき縄を持って、セージを包囲する。
 ただならぬ雰囲気にセージは両手をあげて敵意がないことを示した。兵士たちの中でリーダー格らしい屈強な男は何やら紙切れとセージの顔を見比べると、合図した。
 慌てたセージは後ずさろうとするも、後ろにも兵士がおり、逃げ場がなかった。

 「ちょ、待って! 捕まる理由が……!?」

 訳が分からず首を振って弁解しようとするも、顔の前に突き出された槍の迫力に押し黙らずにいられない。兵士たちの顔は皆無表情だ。もし魔術を使う素振りを見せようものなら即座に槍で肉体を刺し貫かれるだろう。イメージ構築に二秒として発音から作動まで三秒と見積もっても一秒目に心臓が槍で潰される。
 抵抗がないとみるや兵士がセージの腕を強引に後ろにやろうとする。
 痛い。

 「いてっ………わかったから、無理にやんな! ……ほら。結べよ」

 抵抗すればかえって怪しまれる。セージは腕を折らんばかりの乱暴さで腕を縛ろうとする兵士に吼えると、自ら腕を後ろで組んで見せた。
 リーダー格の男はセージに詰め寄ると、手配書らしきものを突き出した。セージの人相書きと容疑と指示が連なっている。

 「セージと言ったな。お前にはスパイ及び裏切り容疑がかかっている。拘束後連行することになっている」
 「スパイぃ?」

 声が裏返った。




 キャンプから運ばれたセージは腕を縛られ胴体も簀巻きとされ、目隠しと猿轡を施されたのち、馬車へと放り込まれた。酷い扱いは慣れたものだが不意打ちにもほどがある。
 スパイ、裏切り容疑。エルフは一枚岩のような印象を受けるものの、必ずしもそうではない。長老の円卓会議に参加すればわかるとおり、里には里の、個人には個人の意見があるのだ。それはエルフにしても人間にしても普遍的な事実である。だからエルフの裏切者がいても不思議などない。
 ―――だけどよりによって俺かよ。
 連合国側に属する小さな城の牢屋に服一枚で放り込まれたセージはむくれていた。魔術を阻害する術式が組まれた簡素な牢屋は薄暗く蜘蛛やネズミが徘徊する場所であり、異様に湿気が高いことも重なって、気分は最悪だった。

 「食事だぞエルフ」
 「ありがとさん。いただきまーす」

 のんびりと歩いてきた看守が牢屋備え付けの食事を入れる箱にパンとスープの入った容器を入れ、中に押し込んだ。粗末な食事だが栄養は満点だ。手に取ってぱくつく。焼きたてのパンをちぎって咀嚼するとスープ皿に直に口をつけて流し込む。程よい塩気と野菜のうまみが凝縮されていておいしい。
 看守はやることがないのかセージの食事を観察していた。
 セージは、食事をじろじろと見られて多少気恥ずかしさがあったが、看守の人間性を知っていたので追い払わなかった。
 看守がしゃがみ込むと顎髭を弄りつつ呟く。

 「にしても大変な目にあってるなぁ。スパイ容疑だって」
 「そうそう。どう、おっさん。俺はスパイとか裏切りものに見える?」

 試しに質問をぶつけて見せた。食事の手を止めて、肩のあたりでひらりと手を広げ、体をアピールする仕草。
 看守である男は唸ると首を振る。

 「俺には、手違いで連れてこられたみたいにしか見えないぜ。スパイにしろ裏切者にしろ手違い人違い勘違いが九割と相場は決まってるわけだし、エルフのお嬢ちゃんも、そうなんじゃないか」

 この看守、辺境の城にいるせいかやけにのんびりとしたお人よしであり、話をしてみると、犯罪者が収監されること自体ほとんどないため、暇していたそうである。
 犯罪者ならしめたものだとほくそ笑むだろうが、善良なものは好感を抱くだけだ。
 最後の人参のような野菜を口に放り込んだセージは、皿を箱に入れて外に押しやった。
 看守が去ると、途端に暇になる。容疑がかかっているだけなので、強制労働やら拷問やらはされない。少なくとも、尋問官やらが来るまで、やることがなかった。暴れると立場が悪くなるのは目に見えている。社会から外れた盗賊か何かなら脱出を計画しただろうが、今のセージはエルフという社会の一員なのだ、不用意なことはできない。
 ということで、筋トレをすることにした。セージの本職は前衛である。筋肉がなくては戦うことなどできない。
 まずは硬い床の上で両足を広げて体を倒す。日課のストレッチ。体を横にねじる。左右澄ませば、ようやく筋トレだ。

 「1、2、3、4……」

 腕立て伏せ。ほかに囚人がいないことが分かっているので数を声に出しながら。
 ほんのり汗をかいてきたところで腹筋。牢屋の鉄格子に足をかけ下半身を固定して、始める。首に腱が浮く。歯の隙間から漏れる吐息が微かに高音を伴った。布服の裾から小さなお臍が覗く。
 筋トレに集中しすぎたのか、セージは地下牢へ人が入ってくることを察知できず、接近を許した。

 「セージ! 大丈夫です……………か?」
 「………んー?」

 悲壮感を滲ませ息を切らしたルエが牢屋の前までかけてくると、セージが夢中で筋トレをしているのを見て、固まる。
 ルエは、きっとセージはあらぬ疑いをかけられてさぞ怖がっているだろうと駆けつけたのである。ところが会ってみれば呑気に筋トレしているではないか。拍子抜けしてしまったのだ。
 セージはルエの鳩がまめ鉄砲食らったような顔を見ると吹き出した。運動で呼吸が乱れていたのに吹き出して苦しい。埃っぽい床に転げて顔を覆う。

 「くっくっくっくく………っ。んふふふ、変な顔しやがってよーっ。……ぐへっ、ごほっ!? ほごりが……!」
 「……大丈夫ですか?」
 「大丈夫! だいじょーぶ!」

 埃を盛大に吸い込んで咽る、セージ。ルエが鉄格子にしがみつくようにして顔を近づけた。あきれ顔。
 ひょっとして。セージの脳裏にあることが過る。尋問官とやらはルエなのだろうか。すぐに考えを打ち消す。顔見知りに尋問させる無能はいない。となれば答えは一つしかないではないか。
 セージは床でごろごろと転げてから、やっと体勢を起こすと、格子を挟んでルエと顔を合わせる位置に寄った。

 「ふぅ苦しかった。解放のお知らせでも持ってきてくれたわけ? 岩と鉄格子も見飽きたんだけど」
 「はい。解放ですよ。実は、エルフ族の中に裏切者がいたようで、巻き込まれたようです。怪しいものたちは片っ端から捕縛されました」

 合点した。セージはずいと顔を鉄格子にはめ込むようにすると、声を潜める。

 「裏切者は見つかったのか」
 「はい。近く、罰が執行されるそうです。どのような罰かは秘密とされていますが……」
 「よかった。じゃあ、俺の容疑は晴れたということ」
 「長老たちによる指示があったそうです。彼女はスパイでも裏切りものでもない、と」
 「か、彼女………。うーん。まぁ、いいや。ルエの兄貴も噛んでるんだろうな、今度会ったらお礼を言わなくちゃ」
 「兄も喜ぶと思います」

 長老たち。感謝してもしきれない。最初の里で出会ったジェリコ。渓谷の里のルーク。巨老人。ヴィーシカ。おそらく、彼ら彼女らがセージの潔白のために政治という縄を操ったのだろう。今度会ったらお礼を述べようと心に誓う。
 潔白ならば、埃塗れの牢屋で筋トレする必要もない。セージは手でメガホンを作ると、入口の方にいるであろう看守に声を張り上げた。

 「看守のおっさーん! 鍵!」
 「ほいほい、叫ばなくても聞こえてる」

 待ってましたとばかりに看守が柱の陰からぬっと姿を見せると、頑丈な鍵を外した。警戒しているそぶりはない。ルエが看守と話し始めたのをしり目に悠々と牢屋の扉を背後にする。
 伸びを一つ。成長段階の胸と、すらりと締まった腰回りが僅かに伸長した。
 心なし空気もおいしい。

 「荷物は外で渡すからな」
 「はいよー。おっさん後でな」

 看守はセージに手を振って別れを告げると入口の方へと歩いて行った。
 セージは存分に伸びを楽しむとルエの方へ向き直って両手を広げて見せた。

 「ほらほら。久しぶりの再会だから抱き合おうぜ。ぎゅっと」

 ほとんど冗談に近い誘いである。セージの口元は緩んでいたし、手の開きに真面目さはない。埃と汗で汚れているのだから、汚くて抱き合えないとも考えていた。
 だがそれは、セージの考えである。冗談が通じないことはよくあること。ルエは僅かに瞳を潤ませて、セージを腕の中に抱きとめたのであった。男性特有の硬く凝縮された胸板の厚みがセージの体を包み込む。
 セージは困惑の度が超えて石像と化した。顔面に血液が集中する。
 ルエが、声を震わせて、至近距離にいる人へと言葉をかける。

 「逢いたかったです……とても心配したんですよ。もし、怪我でもしていたら、とか……。もし、死んでいたら、とか……。心配で心配で……胸が張り裂けそうでした」
 「え、おまえ、………。うぅ……ほんっと隠すのが下手というか……」
 「はい?」

 ルエが、セージの髪の毛を優しく撫でた。埃やゴミを手櫛で綺麗にする。
 こそばくて頭を振ると、すぐにやめてしまった。

 「なんでもない。ルエは……」

 言葉を切る。隠すことをやめたのか、と。
 セージは、ルエを前に、再認識した。いずれ答えを求められるだろう。答えを濁すことはできない。
 きつく抱かれて動けない。悪い気分はしなかったが、離れなくては、という心情がこみ上げてくる。
やんわり、それとなく、自然な風を装い、腕で己と相手の距離を作ると、出入り口の方へつま先を向ける。ルエが名残惜しそうに離れた。目線はセージの汚れた頬を追っていた。
 セージが腕のにおいをかいだ。汗のにおい。水浴びしなくては。何はともあれ、牢獄を出よう。出入り口を親指で示し、歩き始める。すぐ後をルエが続いた。

 「行こうぜ。牢獄で食っちゃね生活は二度とごめんだ」
 「そうですね」

 そして二人は横に並んで部屋を後にした。


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