LXV、
合流地点は街外れの古い教会だった。かつてこの地に存在した神を祀ったという場所は、見るも無残に燃えがらになっていた。詳しい過去を知る術はなかったが、酷く焼け焦げていることから、火事があったか、放火されたのだと理解できた。
セージとルエが戻って少しして、分かれた仲間も教会にやってきた。物資調達班もやってきた。
ここは教会堂のメインフロア。
神を祀り、祈りを捧げる場所。その空間は奇しくもキリスト式の教会に酷似していた。
「……なぜ我が参加してはならぬのだ……」
鎧の人物――ヴィーシカは教会の朽ちた椅子に腰かけ、唸り声をあげていた。意気消沈していた。黄昏ていた。
襲撃に参加する旨を告げてみたところ、ほぼ全員から反対意見を食らい、物資調達を行う羽目になったからだ。
ヴィーシカは己の足元に視線を落とし、次に背中の剣を引き抜くと、置いた。もはや鉄板に取っ手がくっついているとしか表現できないサイズのそれを片手で易々と抜いて床に置けるヴィーシカの腕力はいかほどか。
「むぅ………戦いに来たのに戦ってはならぬと言われてしまうとはな。なにが原因なのだ」
そう、その者は戦うために危険の大きそうな最前線をわざわざ選んで『お忍び』でやってきたというのに、これまでやったことと言えば船上警備と食料調達だけだった。
頭を悩ませる鎧の疑問に、答えるものがいた。
「そりゃ、長老さん。仰々しい装備の賊なんざ怪しすぎるからじゃないの」
鎧がガシャガシャやかましく背後を振り返れば、ラフな格好のセージがいた。
セージはとことこ歩いてくると鎧姿のすぐ隣に腰かけ、足を組んだ。ショートカットの可愛らしい女の子と、素材を岩に変えれば神殿に飾れそうな外見をした鎧の人物が同じ椅子に腰かけているさまは、第三者が居たのならば面白おかしく映るだろうか。
ヴィーシカは剣の柄を手で弄びながら首を振った。
「我は、長老ではない」
「嘘付き。話に聞いたけどフルアーマー装備の上にそのデカブツ振り回せるのって一人くらいしかいないとよ」
見てわかる程度には鎧の肩が震えた。なんてわかりやすい反応だろう。漫画のような反応に危うく唾液が噴き出そうになった。
長老とは思慮深く賢いものと思っていたセージだが、多少の認識修正が必要と分かった。ヴィーシカという長老はお世辞にも賢くはないし、会話術に長けているでもなかった。
ヴィーシカは剣を弄っていたが、俯き、もそもそと言葉を漏らした。
「原因は鎧と剣だったのか………妹の話を聞いていればよかったな」
「普通の服を持ってないの、長老さん」
「平素から鎧を着こんで生活しておるからに、普通の服などない」
どんな日常なのか。セージは鎧を着こんだ人物が『いい朝だ』と言いつつベッドから起き上がり、ご飯を食べ、仕事をして、鎧の上から水浴びをしてベッドに入る想像をしてしまった。変わり者などという領域を突破している。
「……用意してこなかったと………?」
「うむ。外見さえ誤魔化せればいいであろうと思ってな………む? いま、我のことを馬鹿だと思ったな?」
「はい」
「はいじゃないぞ。はいじゃない。自覚はある。脳味噌も筋肉と馬鹿にされてきたのだから」
「なら、俺が用意しますよ。成人男性の服ならすぐに」
「それで構わぬ。それと、もしあるのならば仮面のようなものが欲しい。我の顔は火傷が酷くてな、醜いのだ」
「あれば用意します。声も火傷で潰してしまったというのは、本当ですか」
「ウウム、そうだ。首をなます切りにしてやらんとしたら火を噴かれてな……顔に喰らってしまったのだ。吸い込んだのもその時だ」
セージはここで思った。頭は良くないが、話しやすい人であると。
そしてなぜ戦場に来たのかも理解した。頭がよくないことを自覚しているからこそ戦場に身を投じてきた長老なのだろう。名声通りの実力があるのであれば非常に心強い。実力と戦力不足に苦しんできた経験を持つだけに、名高い戦士の存在は胸に一滴の希望となりて注ぐようであった。
ヴィーシカは剣を傍らの椅子に斜めに立てかけると、座ったまま肩を落とし、猫背にてセージの顔を見つめた。
「時に、いいか。名は……たしか」
「セージと言います」
「セージ……いい名前だ。時に聞きたいのだが幽体離脱の術でもしたことがあるのか?」
脈絡のない質問に怪訝な顔をする。幽体離脱の術なるものを試した記憶は無かった。
足を組み替えて、前かがみでヒソヒソと聞き返す。
ヴィーシカが右手と左手を重ねるようなジェスチェアを交えつつ説明をし始めた。この時点ではまだ核心に迫られるとは思ってもいなかった。
「どういうことです」
「セージ、君の魂は我の感覚では妙な繋がり方をしているのだ。一度切って繋げたとでも言おうか。他人の魂を持ってきたような。はっきり表現するのならば……」
「中身が別人だと……そう言いたいので?」
苦笑に疲労をふんだんに塗して本心を偽装した、口の端がぎゅっと引き攣る表情が〝女の子〟の顔に広がった。鎧姿には、少なくとも表面的な表情はない。
鎧がギシギシ音を立て、両手をコツンと合わせた。
「ウム。実に高度な術だが、魂だけ抽出して加工、別の肉体と結合し直せば、そのような繋ぎ目のある魂になるであろうよ」
ヴィーシカが言葉を切ったところで、視界に移りこんだ人物がいた。教会堂の隅で熱心に話し込む二人に興味をそそられたらしきルエがやってきたのだ。近くに寄れば、話が聞こえるだろう。必然的に。
セージの心に焦燥感が湧いた。魂の違和感どころか中身が別人だったことまで看破していることを聞かれたら、ルエがショックを受けるのではないだろうかと確信があったからだ。オカルト話は科学社会においては笑い話だが、魔術社会では本気で捉えられる危険性がある。
セージは脊髄反射的に、上半身の振りで下半身を引きずって椅子の上を滑るとヴィーシカの至近距離に侵入して、肩を引き寄せようとして予想以上の質量に諦め、自分からさらに寄って口止めせんとした。
「今の話は内密にお願いできますか」
「なぜだ」
「……、に知られたくないので」
「? いいだろう」
セージはルエを顎でしゃくった。ヴィーシカは一拍置いて承諾した。
危ないタイミングでルエが二人の隣に腰かけた。
「服の相談事ですか?」
「んーそうそう。長老殿が服をご所望」
「長老ではない。ともあれ服が必要だ。戦装束で戦に望めんのは残念であるが」
ルエはセージの核心に迫る情報が飛び交っていたことなど露知らず、フムと息を吐いて唇を触った。
「我々の任務はかく乱であって戦争ではありません。今のところ。目立つ鎧は論外だったのですが……服は用意しましょう」
「かたじけない」
ヴィーシカが身を縮めるようにして感謝した。
三人をよそに、遊撃隊のメンバーが教会の中央に集まり始めていた。まだ若い男を中心に何やら作戦会議を開こうとしているようだ。三人が雰囲気を読んで集まると、会議が始まった。
隊長――すなわち隊を率いる男の提案により、方針が決定した。
次の目的地は交易の中継地点として栄える商業都市。情報では、『王国』の商人の輸送路でもあるそうである。ここを叩き、『賊』の力を見せつけて不安を煽ってやるのだという。
武闘派のヴィーシカが顔を顰め、同類らしきヴィヴィも残念そうだった。
――が、都市だけに防衛戦力が駐在しているとわかると、二人とその他戦闘大好きな連中はこぞって喜んだ。
「え、そういう連中ばっかりなの?」
「そうですよ?」
「そうなのか」
「そうなんです」
驚愕の表情というより呆れの表情を浮かべたセージがポカンと口を開いて傍らのルエに尋ねてみると、当たり前のことではないかと言わんばかりに返された。
積極的に敵地に乗り込んで遊撃を行うような連中が戦いの嫌いな連中ばかりな訳があろうか?
ふと浮かび上がる疑問があった。
会議の途中、意見はないかと隊長に求められたのを見計らい、挙手する。
「まさか都市の防衛戦力と真正面からカチ合おうっていうんですか? 無謀にもほどがあります」
「安心しろ。街に潜入して弱点を探る」
「我々はエルフですよ、バレます」
「バレん。なぁ、魔術師」
隊長が言葉を投げかけた相手はヴィヴィであった。彼女は周囲の視線を真っ向から受けつつも、こほんと咳払いをして、懐から何やら三個の地味な指輪を取り出した。
隊の中の数人が、オオッと珍しいものを見たような反応を示した。
飾りも無く、銀製でもミスリル製でもなく、あたかも鉄パイプを輪切りにして加工したようなシンプルを極めた指輪は、セージの目からは何の効力も持たないおもちゃに見えた。
特徴があるとすれば、太い線と細い線と楔型を組み合わせた複雑怪奇な幾何学的な文字が刻み込まれていることだろうか。
ヴィヴィはその中から一つを白い指先で摘みあげると、掲げた。たちまち文字列が淡く輝き、楔型文字が指輪を横に等速度で滑り始めた。
「身隠しの魔術の亜種、外見を偽装する恒常性の指輪よ」
「へぇ~」
一同が驚いた。魔術は主に戦闘にしか用いてこなかったセージは『なんかすげぇ』としか思わず、ベクトルの違う驚きの声を上げた。
何やら周囲の様子がおかしい。あるものは口を覆い、あるものは腕を組み、あるものは隣の人物と議論に興じ始めている。
いったい、魔よけの指輪とどう違うのだろうか。
試しに尋ねてみることにした。
「すごいのか、あれ」
「はい。魔術の有無に関わらず持つ限り恒常的に外見を偽装するアイテムは姿隠しのマントや変化の術に相当する高度なものです」
と説明されてもセージはいまいち理解していないようで複雑な顔をしているが、例えば火。一瞬の点火はたやすくとも、長時間大火力ともなれば燃焼の要素を十全に満たさなくては、火は成立しない。更に火に指向性を与えて推力を生み出すなどとなれば、より高度な技術が無くてはならない。
ヴィヴィの持つ指輪はその高度な技術で作り上げられた一品であった。
指輪さえしていれば外見を自在に偽装できるのならば、暗殺から諜報まで楽々でこなせるであろう。
なぜ彼女が持っているかは話題にのぼらなかったが、この一連の作戦のために大金はたいて準備された品であることは、ほとんどの人間が気が付いていた。
議題は、その指輪を誰が嵌めるかということだった。
ニヤリ、あからさまな企み笑いを浮かべたものは、ヴィヴィ。強き者。汝の名前は女。
「私と、ヴィーシカ氏と、セージを推薦します」
「おいまて我はヴィーシカでは」
まさかの暴露に慌てたのはヴィーシカその人だったが、誰一人驚きもしなかった。バレバレだったからだ。むしろ『やっぱり』という微妙な雰囲気すら漂った。
鎧の人物もといヴィーシカは周囲に発覚してはいないかと恐る恐る視線を配ったが、様子のおかしさにコミカルな動作で停止した。
提案に異を唱えたのは隊長である。彼は腕を組んで首を振った。
そしてもう一人、ルエも反対意見を唱えようとしたが、タイミングを見失い、上げかけた手を下げた。言うまでもないが自分が付き添うという案をぶちまけようとしたのだ。
「セージは若すぎる」
「魔術と戦闘なら私とヴィーシカ氏で十分です。それに彼女はいずれの心得もありますしまるで使えないというわけではありません。若さでいったらあなたも若いじゃありませんか」
「……む。だがなぁ。みんなはどう思う?」
若さを指摘された隊長は一瞬キョトンとしたが、すぐに真顔に戻り、セージの顔をじっくり観察したのち、多数決を求めた。結果は半分と少しがセージの参加に賛成を示した。あっさり決められて、セージの意思が介在しなかった。
意見は、ヴィヴィとヴィーシカの組み合わせならばセージがいても問題ないというもの、潜入を体験させて経験を稼がせろというものなどであった。それと、本人は全力で否定したものの、ヴィーシカの元なら最悪の事態は回避できるという意見もあった。
一団の中でも一際幼いセージを守ろうという雰囲気があったのは否定できないが、いかんせんすらすらと通り過ぎていた。まるで誰かがセージを街に連れて行きたがっているように。
セージはことが終わって指輪を渡されてから、
「俺行くのか……」
と納得したような納得しないような顔で参加を承諾した。
実は一連の採決はヴィヴィが裏で手回しをしていたのだと、セージが気が付く余地は無かった。
「ふふふふふ」
人知れず笑う女、ヴィヴィ。
船でできなかったあれやこれやをやろうと画策していたのだ―――。
懐には銀貨。裏切り? いいえ、欲望の証です。
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次回、わくわくざb
次回! キャッキャウフフのk
次回! なんかあります。キサラギ職員先生の次回話にご期待ください!!