LXI、
戦時中とは危険がつきものである。
治安維持の空白を狙った盗賊や、脱走兵、傭兵かぶれ、スカベンジャーなどが国内外問わず徘徊しているのだ。賞金稼ぎもまた、空気のように地上をうろついている。
セージ達が遭遇したのは賞金稼ぎは賞金稼ぎでも、エルフを狩る者達だった。
不幸な出会いはとある町に近づいた時に起こった。
町から何やら一団が出てくる。旅商人を装っていればばれないだろうと高を括った二人に引き寄せられるが如く馬に乗った武装集団がやってきた。彼らは何やら紙切れと二人を見比べているようであった。
ルエが傍らの“女の子”に耳打ちした。
「エルフ側の迎え……とは思えませんね」
「連合の救出部隊にも見えないな……盗賊か?」
警戒を強める二人は、迂闊に動けなかった。
下手に荒事を起こせば相手が攻撃の正当性を得てしまうからだ。
逃げ出そうにも相手は馬でこちらは徒歩。逃げ切れないのは目に見えていた。
馬に乗った彼らが前を塞いだので二人は左右を抜けんとしたが、また馬で塞がれる。大回りしようとしてところ馬で通せんぼ。後退せんと振り返れば、斧を構えた大男が二人馬から降りてこちらを睨みつけていた。総勢十人はいようかと言う集団に囲まれていい気分はしない。フードが耳を覆っているのをさりげなく調べれば、丁寧な口調で訊ねる。旅商人を装うべく鞄を揺らして見せる。
「先を急いでいるのですが……」
するといかにもと言った威圧的な風貌をした軽薄そうな男が馬上で顎をしゃくる下品な動作をした。煤けた緑の鎧が印象的だった。
「お二人さんに時間は取らせねーぜ? まぁ、そのウザッたいフードを脱いでくれれば去るさ」
「フードなんてどうでもいいじゃないですか」
「どうでもいいかどうかは俺らが決める。早くしろガキ」
言うなり男は腰の剣を抜き、切っ先をセージの顔元に近寄せてきた。フードを剣で退かそうと言う魂胆らしかった。手で払えば怪我をする。一歩引き、顔をそむけて対処する。フードは生命線である。北の騎兵達がうろつく場所においては耳を隠す重要な衣服なのである。態度から賞金稼ぎの類であると分かったので、フードは取らない。
なぜ居場所がばれたのだろうかという疑問は、今考えるべきではなかった。二人は行動を迫られていた。
セージはドンパチは御免だとニコニコ笑ってみせると、フードに手をかけて降ろした。ただし耳は巧妙に手元で陰に入れることで遮蔽した。ルエもセージに倣いフードを降ろす。
「何も無いでしょ?」
「申し訳ございません。妹は少々反抗期なもので」
『設定上』二人は兄と妹であるため、ルエがセージを妹扱いして頭を小突いた。セージは文句を言わず受けた。
フードを降ろしたことで顔が面に出たが、相手は頷かなかった。
「オイ……ふざけてんじゃねーぞ、五数える間にフード取らないと服ひっぺ剥がしてやる。下まで降ろしやがれ」
彼は目を吊り上げ苛立ちを露わにした。二人は悟る。顔を出して追及を引っ込めなかったということは、目的は顔に非ずということであると。耳を見せろとはっきり言わずとも、理解した。彼らは危険だった。ルエは経験がないようだったが、セージはこの手の乱暴者はどうすべきか身に染みて理解していた。
一団の殺気が蔓延し始めたのを感じた。肌が焼かれるようにチリチリとする。首筋に鳥肌が立つ。それとなく手を降ろすと、セージはクロスボウを。ルエは短剣に触る。
セージ、ルエ共にとうの昔に覚悟は決めていた。
いつの日かエルフを捕まえてやろうと意気込む輩と相まみえるであろうと。
セージは相手がいちを数える前にルエの横っ腹を突き合図。に、と唇が動く瞬間にはルエはセージの意図を読み取り身構えていた。長年の、とまではいかなくとも同じ釜の飯もとい獣の肉を食らってきたのだ、場の空気と行動一つで情報伝達は可能だった。
「みぃーっつ……よーっつ」
取り囲む男達が一斉に武器を抜き出した。多くは剣や槍ではなく、捕縛器具付きの棒や、痺れ薬の類が仕込まれているであろう吹き矢であった。一斉に寄ってたかって蛸殴りにされれば二人は一たまりも無く地に伏せるだろう。
男は柄を握り直し、更に切っ先をセージの顔に接近させつつ、5を数えた。
「いつーつ」
「やれ!」
号令があるや、ルエと男たちが一斉に動いた。ルエは自己防衛。男たちは捕縛の為であった。
「“旋風”!」
「……なんっ!? “守りの壁”!!」
ルエが抜剣、短く詠唱した。反射的に軽薄そうな男が魔術で守りを展開した。
短剣が神々しく光り輝いた。術紋がイメージ補強媒体と魔力の効率的運用を補助する。完全な制御化にある風は術者とセージを台風の目に、害をなす存在にのみ牙を剥いた。
馬が転ぶ。積み荷が中身をブチ撒けた。軽装の者は木の葉のように空へ舞い上がり、重装備の者はおもちゃ同然に地面で弄ばれ砂と口付けた。だが中には地面に剣を突き立てて耐える者、馬にしがみ付いて空へ舞うことを防いだもの、魔術による防壁で風を受け流した者がいた。その数、五人。
「やはり、てめぇらエルフか!」
男が威勢よく指差した。風でフードが剥がれ落ち、特徴的な尖り耳が露わになっていたのだ。
セージはにやりと白い歯を見せつけてやった。
「ご名答!」
一団を纏める頭らしき軽薄そうな男は、薄い唇を噛み締めてセージに斬りかかった。彼は咄嗟に魔術を唱えて風を防いでいた。人間にも魔術を使えるものは居るのだ。
真正面から力のせめぎ合いをやるのは、馬鹿である。体力に乏しい女の子の選ぶ戦法として最低のものである。戦いは常にのらりくらりとしてなくてはいけない。
剣をロングソードで迎撃した瞬間、すかさずバックステップを踏んで腰位置からクロスボウを二連射せん。
だが、矢は男の鎧に命中し、ぴたりと止まってしまった。ただの皮の鎧ならば貫通を許すはずにも関わらずである。
男はロングソードによる刺突を実行した。
「無駄だァァ!」
「堅い!? ええい!」
点の攻撃を面で打ち払う。火花が散った。男の突きを只管叩いて落とす。
男の攻勢は剣をまるで槍のように扱う嫌らしいもので、しかし顔面や腹部を決して狙おうとせず、足や腕などを集中して突くと言う、捕縛を諦めていないことを示していた。
男が腰を引いたその瞬間、空気の塊があたかも鉄砲水のように放たれ、数人を巻き込みつつ蹂躙した。セージが眼球を横に向け、また戻す。背中から風の翼を生やして防御体勢を整えたルエによる魔術砲撃だった。一度風の衣を纏った彼には真っ当な攻撃は通用しない。矢を放てば進路がねじ曲がり、魔術は四散し、斬りかかれば吹き飛ばされるのだ。ルエに手出しができなくなれば、必然的にセージに攻撃が集中するが、想定の範囲内であった。
明白な殺意をもって斧を振り被る大男に、めんどくさそうに手を翳す。
「“火炎放射”」
元の世界の火炎放射器そっくりな火の迸りが人差し指から生じ、大男を抱擁する。同じ型の斧を握りしめたもう一人の大男にもかけてやる。あっという間に火達磨が二つ完成した。地面を転がって鎮火を試みる二人に構わず、飛来する複数の吹き矢を大気の噴射で緊急回避した。イメージはルエの風の翼そのものである。
セージは跳躍し、大気の噴射を用いて放物線を描くことを拒絶した。まるで氷上を滑るが如く低空を高速で飛び、やっとこさ立ち上がった一人の男の横っ腹を斬りつけた。
「ぐおっ……」
「あばよ!」
一撃離脱。
ロングソードを握り直し、大気噴射で方向転換。地に轍を刻みつつ走る、走る、走り、跳ぶ。向かう先は軽薄そうな男。鎧が頑丈なのは承知していた。斜め上から斬撃をもたらす経路を取り突っ込む。男は辛うじて横っ飛びに避けた。だがこれは布石だった。足一本を設置して軸とすればくるり一回転、魔術を投げつけん。
「“火炎弾”!」
「なん、糞ォ!」
セージの拳からバスケットボール大の火の玉が発生、男の胴体に吸い込まれた。小爆発。男が仰け反り転倒した。心臓に近い場所に魔術を叩き込んだのだから戦闘はできまいと次の標的を探そうとしたセージに、攻撃を仕掛けてくる者が居た。先ほどの男だった。全身火達磨になるでもなく、あろうことか鎧に焦げ一つ無かった。
驚きを隠せず、不意を突かれた格好となった。
男が剣を振り被る。
「しゃあああああ!」
「あっ!?」
体重を乗せた正面振り下ろしを捌き切れず剣が手からすっぽ抜けてしまった。剣は離れた位置に突き刺さった。サブウェポン兼日常用品であるナイフを抜き、相対せん。
「貰った!」
「甘い!」
横から伸びる槍を寸でのところで踊るようにステップを踏んで避け、顔面をナイフで斬り付ける。敵が崩れ落ちた。蹴っ飛ばす。
軽薄そうな男は鬼のような顔で剣を操り、無防備なセージの胴体へ刺突した。
セージは魔力の消費を考慮しない膨大な噴射を実行して飛び上がると、軽業師よろしく男の上空を通り背後に跳躍、着地、前転して柄を握る。剣を回収。腰を落した姿勢で構える。
男がロングソードを弄びつつゆっくりと接近してくる。
セージは見た、鎧が健在なことを。
「………随分と頑丈な」
「エルフってのは、耳に栄養取られて脳味噌が無いのか? ドラゴン皮に火を投げつけるアホはお前が初めてだ」
男はあきれた顔でセージを馬鹿にした。そう、彼の着込んだ鎧は貴重なドラゴン皮製だったのだ。高温ブレスにさえ耐えると言う耐熱性と、鉄の矢を文字通り皮一枚で受け止める強靭な素材で作られた一品は、セージの魔術や小型クロスボウを遮断する防御力を誇る。生半可な打ち込みでは鎧を貫けない。戦術変更を迫られた。
男が右指をパチンと鳴らすや、ルエの砲撃から逃れた一人がセージの背後から強襲をかけた。完全に不意を打たれた。ルエの作り上げた風の刃が無作法な強襲者を膾切りにしなければセージは死んでいただろう。鮮血がセージの背中を汚した。敵は倒れ、肉の塊となりて沈黙した。
気が付けば男は仲間を全て失っていた。
セージ一人、ルエ一人を相手取ったら話は違っていたかもしれない。だが、二人だった。それだけだ。
「………ああ糞、運がねぇな……」
男が天を仰いだ。血と火の臭い充満した戦場の上空に、ワイバーンが舞っていたのだ。数にして十騎がまるでハゲタカのように上空を旋回している。戦場に向かうワイバーンではないことは一目瞭然だった。戦いの場に留まってあたかもこちらを監視しているかのように思われたからだ。
ひよっこエルフ位ならねじ伏せる自信はあった。事実、今まで何人も捕まえては売りさばいてきたのだから。だが相手が悪かった。頭に殻を乗せたヒヨコと思い込んでいたが、若き猛禽だっただけのことだ。
敵を一掃したルエが地面に降り立ち、セージがロングソードを正眼に構えてじりじりと距離を詰めていく。
二人が冷たく言い放つ。
「降伏しろ!」
「武器を捨て降伏しなさい!」
男はロングソードを捨てようともせず、目を細めた。
軍属でもないのに降伏したところで殺されるのがオチだからである。所謂賞金稼ぎはしくじれば死ぬと相場が決まっている。
ふてくされた男は懐から金属製の酒入り容器を取り出し、ぐびりと一口。アルコールが口内を俄かに満たし血流に溶けていく。
「するわけねーだろ……」
それが彼の最期の言葉となった。
空から一条の何かが飛来するや胸を串刺しにして後ろに吹き飛ばし、地に縫い付けた。ドラゴン皮をも一息に貫通したそれは、金属と同等の強度を有しているであろう美しい氷の槍であった。男が吐血し、肢体が痙攣した。やがて男は静かになった。地上には馬や男たちの死体と氷と死体の歪なオブジェがあるだけであった。
セージは剣を収めると、上空を仰いだ。青き空を舞っていたワイバーンの群れは一騎が螺旋を描いて降下に移ると、次々と残りが後を追いかける格好で地上に向かってきた。高度が一定になると翼が大きくはためいてほぼ垂直に着陸した。
ワイバーンに乗っていたのは、エルフだった。
大きな宝石の付いた杖を傍らに携えた一人のエルフがワイバーンから飛び降りると、にっこり笑った。
「見つけるのに手間取ってしまったわ。久しぶりね」
「ヴィヴィ!?」
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再登場!!!!!!!!!!1111