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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ 
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:56d7cea6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/01 18:59
 ゲルマニアの南西部からヴァリエール領へと延びる主要な街道、ロラン街道──
──からは北に大きく外れた、ハノーファーから旧エスターシュ大公領を繋ぐメルヘン街道。

 この街道を通る旅人や商人はあまり多くはなく、人通りはまばらである。
 ロラン街道沿いの方が、旅人向けの宿場町や、魅力的な観光資源、もしくは取引先のある都市部が多いからだろう。
 そのためか、メルヘン街道は整備もあまりされておらず、見通しの悪い雑木林が鬱そうと茂っている所も多い。

「ホント~っに、女の二人連れなんだべな? 実は護衛の傭兵がいました、なんて事はないんか?」
「オラの従弟からの報告だかんな、間違いねぇって! 隣の村さ泊まったのは行商人は二人連れ、それも別嬪の姉妹だったそうだべ!」

 その茂みの中、こそこそと、息をひそめて話す男達の声があった。

「うはっ、そりゃ、積荷以外にもお楽しみがありそうだにぃ」
「ひひ、これも、オラ達の日頃の行いがいいからだのぉ」

 良く言うぜ、こいつぅ、などと返しつつ、馬鹿笑いが起こる。その数は合計して五つ。
 
「おっ、来たぞ、来たっ! あれだっぺ? 二頭立てのでかい幌馬車って!」

 助平な妄想で男達が鼻の下を伸ばしているうちに、お目当てが現れたらしい。
 男の一人が指さした方には、男達の方へと近づく、葦毛と青鹿毛の若駒が牽く幌馬車の姿があった。

「おほっ、ほんとにすっげえ上玉じゃねっか!」
「オラは右のブロンドちゃんも~らいっ!」
「おい、ずりぃぞ、あっちの娘はオラが、いや両方オラが!」

 気の早い男達は涎を垂らして、御者台に座った獲物の奪い合いを始める。

「シッ、少しだまってろい。ここで気付かれでもしたら元も子もねえべよ?」

 リーダー格らしき男が口に人差し指を当てて、仲間の無駄口を制止する。

 ごっとん、ごっとんと呑気な音が鳴るのに合わせて、馬車との距離は100、90、80メイル……、と順調に詰まっていく。
 特に急いでいる様子もなく、その速度はごく緩やか。男達の息遣いが荒くなる。

 しかし、彼らはまだ動かない。ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がした。仕事前の緊張感というやつか。

 そして馬車との距離が30メイルを切ろうか、といった時──



「よっしゃ、出るべよっ!」
「応っ!」

 リーダー格らしき男が号令を発すると、木立の中に身を潜めていた一団が勢いよく街道へと飛び出した。

 その手には各々、使いこまれた弓や斧などが握られており、彼らがおおよそ平和の使者ではない事を物語っていた。

「止まれっ! 止まらなければ射掛けるどぉっ!」

 男の一人がギチギチと弓を構えながら、もう眼前に迫りそうな馬車に向けて叫んだ。

 武器を携え、闇に紛れて、旅人をつけ狙う。所謂、彼らは野盗、と言われる人種だった。

 我慢強く距離を潰したのは、馬車の方向転換を防ぎ、加えて正面突破しようと速度を上げる事もできないようにするためだろう。
 慌てる乞食は何とやらというやつで、100メイルも手前で「止まれ!」などと言っても、急いでUターンされれば逃げられてしまう。
 どうにも田舎臭い彼らだが、略奪行為はこれがはじめてではないらしく、それなりの経験を積んでいるとみえる。

「へへ、止まったべ」

 恫喝に対する返答はなかったものの、馬車はぴたりと静止した。

 車上の娘達はおそらく恐ろしくて声も出ないのだろう、と男達は一様にかさついた唇の端を吊り上げた。
 盛りのついた豚にも劣る下卑た笑みだ。ああ、けだもののターゲットとなってしまった可哀想な娘達は一体どうなってしまうのだろうか?



「両手を挙げて車を降りろぉっ! 抵抗しなければ命までは取らねえ──っ!?」

 ヒュヒュンッ、と一閃。

 まさかりを振り上げ、声高に強請るリーダー格は、風切り音をさせて通り過ぎる何かに気付き、んっ? と眉を顰めた。

「ぐおっ」「あがっ」「ひぎぃ」「らめぇ」

 直後、ほとんど同時に四つの短い悲鳴があがる。鶏を締め落としたような不吉な声だ。

「どうしたっ?!」

 リーダー格は、前を向いたままで仲間達に問うが、それに答える者はいない。
 仕事の最中だってのに何を遊んでいやがる、と内心で悪態を吐きながら、彼は仕方なしに仲間達の方へと向き直る。

「えっ? アッ? あっ、あれぇええ?!」

 次の瞬間、彼は素っ頓狂な声を挙げた。

 それもそのはず。

 だって、先程までピンピンとしていた四人の仲間達は、死に損ないのような蒼白な顔で地に伏していたのだから。



「ねえ?」

 そして彼の背後から掛けられるのは、感情の見えない女の声。

「はうぁ!」

 冷たい金属棒を背筋に差しこまれたような感覚に、リーダー格は腰を抜かしそうになった。
 何とか耐え凌いだ彼が素早く身体を反転させると、腕に巻きつけた黒光りする不気味な器械をこちらへと向ける娘がいた。

 真白いワンピースに真新しい麦わら帽子、いい感じに使いこんだラム革のブーツ。
 栗毛のパーマネントヘア。まだ幼い顔立ちに泣き黒子。それでいて胸はデカい。

 なるほど、こりゃあたしかに別嬪だぁね。しかし、こいつは何かヤベェ! と男は獣の本能でそう感じた。
 
「ま、まさか、こいつらをやったんは、おっ、おめぇさか?!」
「……夏になるとさ、子供が虫捕りするじゃない? ほら、クワガタムシとかカブトムシとか」

 男は内に芽生えた恐怖を取りつくろうように、大仰にまさかりを構え直して、呂律の回らない口で問う。
 一方、泣き黒子の少女は気怠そうに片目を瞑り、がしがしと頭を掻きながら、まるで関係のない話を切り出してきた。彼女に会話をする気はないらしい。

「ふざけんなっ、まともに答えろぉっ!」
「その手段の一つに、灯を使って虫をおびき寄せる、ってのがあるけどさ。アレって蛾だの羽虫だの、余計な虫ばっかり集ってムカつくわよね? ほんと、思わずブッ(※一部音声を自粛させて頂いております)したくなっちゃうくらいに」
「ワケのわかっ──」

 男の罵りはそこで途切れた。いや、途切れさせられてしまった。
 剥き出しのどてっ腹に、弾丸のような速度で繰り出された前蹴り。本人は何をされたのかわからないほどの早業だ。

「おっ、おぅぇえええ」

 肝臓に突き刺さった訳の分からない、しかし強烈な衝撃。男は握っていたまさかりを地面へ放り出し、昼に掻きこんだ芋の粥を胃から逆流させた。

「うえ、きったな……クソ虫の体液なんて見たくもないんだけど?」

 俯いたままで娘の方を見やると、彼女はまるで肥え溜めに住むゴミ虫を蔑むような目で男を見下ろしていた。

──やられる。

 何をされたのかは良く分からないが、とにかくやっぱり、こいつはヤベェ、マジでヤベェ!

「てめえらぁっ、何してやがるっ! さっさと起きて、こいつをヤれっ!」

 目の前にいる少女の危険性を敏感に感じ取った男は、無理矢理に吐瀉物を飲みこんで、仲間達に助けを求めた。

「ああ、駄目、駄目。そいつらに撃ち込んだのは即効性の毒だから。まず、起きあがれやしないわよ」

 しかし栗毛の娘は、男の希望を握りつぶすかのように冷たい声でそう宣告した。

 あぁ、毒か。毒を喰らっちゃ立ち上がれないわな。いや、毒だって?!

 よくよく見れば、倒れ伏して呻く男達には、クロスボウ用の短い矢≪ボルト≫が深々と突き刺さっていた。
 そこでようやく彼は、彼女が自分に向けていた妙な器械が弩であると気付いた。そして現在、自分達の命運が彼女の掌に握られている事にも。

 どうして? 立場が逆だろ? 俺達が狩る側で、こいつは狩られる側のはずだろうが!
 
 混乱の極地に達した彼の頭に浮かんだのは、そんな身勝手な言い分。
 本来、奪う者とて命がけであるはずべきなのに、彼等はそんな当然の事を忘れてしまっていたのだ。

 そ、そうだ、もう一人の娘は?

 ふとそんな事が気になった男は、馬車の方へと視線をやった。
 それは圧倒的な恐怖から目を逸らすための逃避だったのかもしれないし、連れがいるならば、何も命を取るまでは、と止めに入ってくれるかも、と期待したのかもしれない。

「ふぁあ……」

 しかし。
 御者台にゆったりと腰掛けた長い長いブロンドの女は──美しい唇をこれでもかと開き、大欠伸をしていた。

 これから彼の指が切り落とされようと、四肢がもがれようと、たとえ頭を撃ち抜かれようとも、まるで興味がない、というように。

──殺られる。

 今度は一片のぼかしもなく、彼の芯に響く死神の声。
 
 そして、それが聞こえるや否や、彼は地に頭をこすりつけて懇願するのだ。

「たっ、助けて……」

 と。

「はあ? 何をムシがいい事を言っているの?」

 しかし泣き黒子で栗毛の少女は許さない。男の哀願に対して、心底意味がわからないというように首を傾げる。

「おっ、おら達はあんたらを殺そうとしたわけじゃねえって! ただ、その、ちょおっと、ほんのちょびっと荷を頂こうと思っていただけでよ!」

 身ぶり手ぶりを交えて、必死に言い訳をする男。ヤニの溜まった彼の目からは、悔恨か、それとも恐怖によるものか、大粒の涙がぼろぼろと零れていた。

「同じ事じゃないの?」
「……ち、ぢがうだろぉっ!」
「何が違う? 荷を盗むという事は金を盗むという事。そりゃあ、命を盗るのと同意義よ。“金は命よりも重い”。盗賊稼業をやっている癖にそんな事も分からないの?」

 彼女の理論は略奪などという行為をしている彼らにとっては、まさに常識であった。
 いや、それはもしかすると、世界共通の常識なのかもしれない。

「い、いやだっ! もうしませんからっ! う、生まれ変わりますからっ!」

 ぴたりと正論を突きつけられた男は、もはや言い逃れも出来ず、只々命を乞う。
 しかし、彼女は歪な弩をゆっくりと構え──零距離で彼の眉間へと突きつけた。

「そ。じゃあ、来世ではもう少しまともな存在に生まれる事を祈りなさい」
「へ、あ、ひ、ひあぁぅうっ!」
「──バイバイ♪」

 にっこりと微笑んだ天使のような死神が、愉快そうに声を弾ませて別れを告げる。
 かちり、とトリガーを弾く音がして、男の意識はそこで絶望に塗りつぶされた。







「えぇ? そ、それで、こっ、殺しちゃったのかい?!」

 古びた木造の建屋の中、料理の仕込みをしていた男は、ごつい顔を盛大に顰めて、大きな身体を仰け反らせた。

「まさか。弾倉は空っぽでしたって。恐怖のあまり気を失ったみたいですけどね」

 貸切のカウンター席に陣取り、ずず、と茶をすすりながら他人事のように言う件の少女。
 
 というか、私である。

「で、でも、毒を撃ち込んだって!」
「シマヒドクヘビの歯毒を少々、ね。半日くらいは死ぬほど苦しいでしょうが、まあ、死にはしませんよ(多分)」
「そ、そうか……」

 殺しちゃいないという申告に、大男──此処、“魅惑の妖精亭”の主人であるスカロン──はほっと胸を撫で下ろした。

「殺すと後が面倒だもんねぇ。野盗っていってもぉ、たぶん貧農の副業ってところだろうし? ほら、トリステインの北側って貧しいっていうからぁ」

 背に赤ん坊を背負って、棚の整理をしていた年上の女性が、緩~い口調で話に加わる。

 彼女はスカロンの妻であるドリス。背負われているのは二人の愛娘、ジェシカ。母娘ともにゲルマニアの出身である。
 店を切り盛りしながら子育てというのは中々に大変そうで、私には到底無理そうだな、などと大人びた事をぼんやりと考えた。

「妾としては殺してしまった方が後腐れがない気もするがな」
「もぅ、ロッテちゃんってば、物騒ねぇ。賊とはいえ、外国人が領民を殺すと領主がうるさいのよぉ?」

 奥の席でくつろいでいたロッテがそれに突っかかるが、ドリスはすぐさま反論を繰り出した。ちなみにこの二人は“蟲惑の妖精亭”では同僚だった仲だ。
 私としては、概ねドリスの意見に賛成である。余所の土地で切った張ったの騒ぎを起こしてしまうと、大体はこちらが悪い事になってしまうだろうから。

「むぅ、しかし、ああいう輩は役人に捕まってしまえば、まずコレものじゃろう?」

 ロッテは首を親指でギィ~っ、と搔っ切る仕草をする。
 彼女のいうとおり、少なくともゲルマニアでは、徒党を組んだ強盗行為というのは、盗んだ金銭の多寡に限らず極刑である。

 それだけ厳しい法があっても、略奪行為に手を染める者は後を絶たない。まったく、度し難い阿呆共だ。
 そこまでのリスクを取るのなら命を晒してでも上を目指してみろっての。自分から最下層に落ちてどうするんだか。

「襲ったのが貴族ならねぇ。平民、それも外国人相手なら、せいぜい何年か強制労働ってところかしらぁ?」
「かっ、人の財に集るクソ虫共など全て打ち殺せば良いじゃろうに」

 やや過激だが、こちらはロッテのに賛成である。
 変な所で人道的というか、ユルいのよね、トリステインって。

「そうねぇ、一見優しそうにみえるけどぉ、それだけこの国は平民を軽く見ているって事かも?」
「ふん、妾から見ればメイジも平民も、生物としての格はさして変わらんがな」
「……あは、ロッテちゃんてさぁ、やっぱりそっちの高ビーな貌が本性なんだぁ? お店ではいつも猫っかぶりをしていたみたいだけどぉ、それって女の子達には不評だったわよぉ?」
「くく、どの口でほざくか。あの店で一番の嫌われ者はお主だったじゃろうが。えげつないやり方で他の娘の客を奪いよって」
「さぁて、何の事かしらぁ……?」

 ロッテとドリスの視線が交錯し、見えない火花をバチバチと散らす。

 元“蟲惑の妖精亭”のフロアレディとしてトップの地位を争っていた彼女達(尤も、ロッテは入店以来No.1の地位を手放した事はないが)。
 清純派の私には何の事やらさっぱり分からないが、二人の間にはドロドロとした女の因縁があるらしい。

「こらこら、二人共、喧嘩はよさないか。特にドリス、いい歳して大人げないぞ」
「冗談よぉ、うるさいパパですね~。女に『いい歳して』だなんてデリカシーもないですね~」
「むっ……、うっ、うるさいとは何だ、うるさいとは!」
「大きな声を出さないでくれるぅ? ジェシカが怖がっちゃうでしょう」
「ぐ、ぐむっ……」

 スカロンが女の争いに苦言を呈すが、ドリスはどこ吹く風で、これ見よがしにジェシカをあやしてみせる。
 ジェシカは両親の不穏な空気など一切読まず、きゃっきゃと上機嫌に笑っていた。ふぅむ、こりゃ、将来は肝っ玉母さんになるね。

「しっ、しかしだね、アリアちゃん、そんな危険な真似はこれっきりにしなさい。賊に出会ってしまったら逃げるのが一番だよ。カシミールさんにも言われなかった?」

 劣勢に立たされたスカロンは、行き場を失ったお説教のはけ口をこちらに向けてきた。
 いつの世も夫婦喧嘩で男が勝てるためしは無いらしい。

「ええ、言われました。でも、昨日は逃げる暇がなかったというか、ね?」
「本音は?」
「むしゃくしゃしてやった。相手は誰でも良かった。でもあまり反省はしていない」
「いや、反省しようよ?!」

 一瞬でスカロンに建前を見抜かれ、私はあっさりと自白した。
 うん、いいノリですね、スカロンさん。

「……まあ、それは冗談として。なんというか、昨日は……野営続きで溜まった疲労と、もう少しでトリスタニアという油断もあって、相手に気付くのがちょいと遅れたんですよ。それに加えてあちらさんは弓を持っていましたし。馬にでも撃ち込まれたら、もう目も当てられませんからね。仕方なく、飽くまでも仕方なく実力行使をさせてもらった、というワケです」
「ほほう、やつ当たりの意志はなかったというのか?」
「黙秘権を行使します」

 話に割り込んで来たロッテの言論を封殺。

『っくく、しかし見事な手並みだったぜ。お前さん、商人よりも傭兵に向いているよ』
「余計なお世話よ、クソッタレ」
『ま、客はぜんっぜん閑古鳥だってのに、賊だけは毎日のように満員御礼じゃな。苛立つ気持ちもわかる』

 厳重にベルトへと括りつけてある地下水が知った顔(?)でほざく。

「くは、ナイフにまで同情されておるわ」
「いや、笑いごっちゃないわよ。はぁ、ああいう奴らにこそ“毒殺姫”の名が広まればいいのになあ」

 未だ危機感のかけらもない共同経営者の姿に、私はワリとマジで泣きそうになった。
 


 さて、そんなワケで、私達は現在、トリステイン王国・王都トリスタニアへとやってきていた。



 此処に辿り着くまでの行商は────地下水の言うとおり、大・惨・敗☆

 いや、冗談めかしている場合ではないのだけれど。
 しかし、ぐうの音も出ないほどに、むしろ笑っちゃうくらいに散々だったのさ。

 通る地域が悪かったのか、私の商売が下手なのか、それとも商品が客のニーズに合っていないのか、はたまたトリステインという国自体が商売に向いていないのか?

 とにかくモノが売れない!

 ただ、完全に脈がないの? というとそういう訳でもない。

 道すがらの村で店を開けば、人の集まり自体は良いし、私の下手な啖呵にも笑ってくれるし、お客から商品について色々と質問される事もある。
 なので、私の商いの仕方がそれほど間違っているとは思えないんだよね。

 が、いかんせん、財布の紐が固いというか…………要するに蓄えがないっぽい(もっと言うと貧乏!)のである。
 事実、それまでは興味津々という感じだったのに、値段を聞いた途端に愕然とした顔をして去っていく人が多かった気がする。

 トリステインは農業国なのだから、農村部はそれなりに富んでいる所も多いんじゃねえ? と思っていたのだけれど。
 フタを開ければ、私の生まれた貧乏村とそう変わらない生活レベルの農村も珍しくはなかったのだ(さすがに木製の農具を使っているほど悲惨な村はなかったが)。

 当然、目玉商品であるシュペー作の農具など売れるはずもなく、綿布や綿糸、針などの生活雑貨が細々と売れるくらい。

「農村に直売りが駄目なら、領主に交渉や!」

 などと、ダメモトで領主の屋敷(ド・ロレーヌ伯、ラ・エンスヘッティ候)を訪ねてみたりもしたが、やはりというか、順当に門前払い。

 そりゃ、いきなり訪ねてきた押し売りを相手にする方がどうかしているわよね……。
 むしろ丁重にお断りされただけ紳士的な対応だったといえるだろう。

 まあ、そんなこんなで、トリステインに入ってから二週間。
 私達の旅は早くも暗礁に乗り上げていたのである。



 一方で、野盗・強盗の類だけは、頼みもしないのに毎日のように現れ、私達を辟易とさせた。

 私も最初のうちは狼に追われる羊のように逃げ回っていたんだよ?
 君子危うきに近寄らず、という事で、面倒には関わらないのが一番に決まっているしね。

 ドリスの言った通り、そのほとんどは、近隣の農民が小遣い欲しさにやっているアマチュア(?)だったのだろう。
 その戦力は見た目からしてショボく、動きも緩慢、統率も取れていないという集団ばかりだったので、簡単に逃げ切る事が出来た(ロッテのよく利く鼻のおかげもあった)。

 しかし、あまりにも襲われる回数が多すぎたのだ。酷い時は一日に二度も現れた。せめて一日一悪にしてほしい。
 ここまでくると、「カモが来た!」と近隣の村に報告する情報ネットワーク、もしくは盗賊組合でもあるんだろうか、と疑うレベルである。
 これだから親方も「生きて戻れ」などという事を口にしたのかもしれない。…… ま、多分あれは比喩的な意味(商人として殺されるな、競争に負けるな)で、物理的な意味とは違うと思うけど。

──日に日に赤字が多くなっていく帳簿、苦労して仕入れたのに売れ残る商品、二週間もの野営による心的ストレスと肉体的疲労、雨後のボウフラの如くワラワラと湧いてくる人非人達。

 踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂。正直、先の実力行使は、やつ当たり的な面もあったのは事実である。
 あぁ、思い返すとまた腹が立ってきた。思い出し笑いならぬ思い出し怒りだ。

 とはいえ、あれは怒り任せで考えなしの突発的行動というわけではないけれどね。
 次回もあの街道を使うかどうかはわからないけれど、もし使うとして、同じ相手に何度も襲われるのは御免だし。
 あれだけ脅しつけておけば、二度とふざけた真似をする気も起らないでしょう? 少なくとも私達に対しては。
上手くいけば周辺の野盗達の間で「女の二人連れはヤバイ、手を出すな」という噂が広まって襲われなくなるかもしれないし。

 デメリットとしては普通の村民にまでアブナイ奴らだ、という認識が広がりかねないという事かな?

 あ、なんか失敗したような気がしてきた……。やっぱり短気は損気なのかもしれない。



「はぁ、頭痛くなってきた。しかし、こうまでゲルマニアと勝手が違うとはなぁ」

 悩ましげな息を吐いて愚痴も吐く。
 今までとは違い、商い自体が上手くいっていないという事で、私の自信は揺らいでいた。

「う~ん、トリステインは今、あんまりいい状況じゃないからなぁ。国内外の政情不安から、大量の資産を保有しているはずの貴族層がお金を使うよりも、溜めこむ事に躍起になっている事が多いのよねぇ。この国じゃ平民のブルジョワなんてのもいないからぁ、みんな無い袖は振れないのよねぇ」

 さすが王都に店を構える酒場のおかみさん、ドリス。社会情勢に関しても詳しいらしい。

 やはり今のトリステイン自体、金の回りがよくないんだね。
 ま、それはゲルマニアで得られる情報で大体把握していたので、分かった上で敢えてやってきたのだけれども。

「たしかに不景気かもなあ。恥ずかしながら、ウチもいっぱいいっぱいな状況でね……」

 聞いてもいないのにスカロンが思わぬ告白をして肩を落とす。
 ありゃ、私はてっきり順風満帆なのかと思っていたんだけどなあ。

「またまた、本当は儲かっているんじゃないんですか? このお店って何百年も続く老舗なんでしょう?」
「前のオーナーの経営がいまいちだったらしくて。今は軌道に乗せようと色々試している所なんだけど、中々ね」

 う~ん、歴史ある老舗といえど、その看板に胡坐をかいた商売は出来ないということだね。

「……ふぅむ、主の料理の腕は悪くないしのう。と、すると単純にホステスの質が悪いのではないのか?」
「そんな事はないと思うよ? ただ、すぐ辞めちゃう娘が多いのは問題だけど……」
「根性が無いのう。石の上にも三年という言葉を知らんのか。妾とて三年は“蟲惑”で勤めあげたというに」
「トリステインの娘は慎み深いからね。きっと、夜の仕事が合わないんだよ」
「くはっ、笑わせるな。ここに慎ましさのカケラもない助平がおるぞ」

 スカロンが故郷贔屓な発言をしてみせるが、ロッテはそれを鼻で笑って、私を顎で指し示した。

「誰が助平よ!?」
「わずか13歳にして男をこさえた娘が何を言う」
「いかがわしい事はしてないもんね! 大体、私はゲルマニアの女で、トリステインの女じゃありんせん」

 男をこさえる、ってなんか響きがイヤラシイ。

「あれぇ? 妹ちゃんって彼氏がいるのぉ?」
「え、えぇ、まぁ。といっても手紙のやり取りをしているだけですけどね」

 浮いた話の匂いに、ドリスがずずい、と身を乗り出してくる。
 まったく、女というものはいくつになってもこの手の話が好きらしい。

「そういえば、次の返事はこの街に送ってくれ、と小僧に宛てたのではなかったか?」
「ええ、後で受け取りに行くわ…………って。どうしてアンタが手紙の内容を知っているの?」
「くふ、妹が男に宛てた手紙を検閲するのも姉の役目というもの」
「そ、そっ、そんな役目あるかっ?!」

 フーゴへの手紙はこっ恥ずかしいので誰にも見られないようにしていたのに!

「へぇ、お姉さん興味があるなあ、どんな過激な内容なのかしら?」
「『春の暖かな陽射しとやわらな風は、貴方を思い出す時のように私の』」
「うあわああっ! やめてぇえっ!」

 手の平を返したように結託するドリスとロッテ。たまらず私が立ちあがってそれを遮る。

「信じらんない! 信じらんないっ! 何なのよ、この馬鹿姉っ! プライバシーの侵害もいいところよっ!」
「くっはは、ま、いいではないか、減る物ではないし。いや、しかしよくもあんな淫靡で破廉恥な文章を書けるものじゃのう。妾ともあろうものが、主の才能の嫉妬してしまったわ」
「うるさい、うるさい、うるさい!」

 手紙を盗み見られただけでも厭だというのに、それを他人に言いふらそうとするなんて!

「もう、恥ずかしがらなくてもいいのにぃ。ジェシカも聞きたいわよねぇ?」
「そっ、そんな事はどうでもいいじゃないですか!」
「やぁん、『どうでもいい』だなんて、その彼氏が可哀想だわぁ。ただでさえ遠距離なのにぃ」
「あぐっ……。そっ、そうだ! 儲からないというなら、昼にもお店を開いてみてはどうでしょう?」

 えぇい、このまま弄られてたまるかい。私は強引に話の流れを元へと戻す。
 しかし、ロッテもドリスもにやにや空間を形成したまま動かない。こ、このっ、年増女共めぇ……。

「すっ、スカロンさん、どうですかね?」

 私は助けを求めるようにスカロンへと熱い視線を送った。

「うん、でも、それは無理かな。組合法上、酒場の開けられるのは夕方からだからね。それはゲルマニアでも同じじゃないかい?」

 スカロンは否定をしつつも、話には乗ってくれた。
 どうやら酒場の開業は夕方からという決まりは国を跨いでも変わらないらしい。昼間から酒を飲んで酔っ払う者が増えては、治安や風紀が乱れるという理由だろう。

「いえ、お酒は出さなくていいんです」
「いやいや、酒場でお酒を出さないってどういう」
「夜と昼はまるっきり別のお店にしちゃうんですよ。昼は料理だけの食堂……は表通りに沢山あったんで、オールタイムで軽食と紅茶なんかを出す喫茶店≪カッフェ≫にしちゃうとか」
「カッフェ? それはサロンとは違うのかい?」

 サロン、というのは金持ちが集まって会話を楽しんだり(情報を仕入れたり)、ボードゲームに興じたり、お茶を楽しんだり、本や新聞を読んだりして時間を潰す会員制の娯楽所だ。一般庶民には一生関わりのない場所といえる。

「カッフェは、サロンのように会員制ではなくて、いうなら庶民向けの休憩所、かなぁ。友達同士で、恋人同士で、はたまた一人でも気軽に入れるような店が理想ですね」
「う~ん……。お金持ちと違って、庶民には潰すような暇もお金もないと思うけどなあ」
「あは、素人考えで一度やってみる価値はあるかな、って思っただけなんで。聞き流してくれても結構です。ただ、他国での成功例もありますし、近々トリステインにも波が来るかもしれませんよ?」

 私が今この街で飲食店をやるとしたら、カッフェ形式しかない、と思う。
流行の先端である、ガリアではすでに成功例もあるし、ゲルマニアにもポツポツと類似した店舗が出てきている。
 まさにカッフェは今、流行の胎動を始めているところなのだ。まあ、飲食業や接客業を営む予定はまったくないんだけども。

「へぇ、なかなか面白そうなコンセプトじゃない? 女の子同士で入れる飲食店ってなかなかないのよねぇ。カッフェだっけ? それ、詳しく聞かせてくれないかしら? 昼の仕事もあるっていうなら女の子達も長持ちするかもしれないしぃ」

 あまり乗り気でないスカロンに対して、ドリスは大いに興味を惹かれたらしい。
 はぁ、これでなんとか恋愛の話題からは離れられたか……。

「いいですよ、でも……その前に、ちょっとしたお願いがあるんですけど」

 私は上目遣いでスカロンを見つめて猫なで声を出した。
 交換条件、なんて訳ではないけれど、まずはここに来た本題を話しておかなきゃね。



「おっ、その“お願い”というのが此処を訪れた目的かな? でも、お金を貸して、とかは駄目だよ?」
「あは、まだ知り合いから借金するほど落ちぶれちゃいませんよ。えぇと、スカロンさんの生まれ故郷って農村としてはかなり裕福な地域でしたよね?」
「あぁ、なるほど、タルブ村と渡りを付けて欲しいってことかい?」

 一を聞いて十を知る、と言うほど大げさはないが、さすが商売人。察しがよくて助かる。

「ええ、ご明察です。無手で売りにいくよりも、スカロンさんの紹介があった方が良い結果が得られると思うんで。面倒だとは思いますが、村長か有力者の方へ一筆お願いできませんか? 勿論、“組合の名にかけて”商品の質は保証します」

 世間話からモードを切り替え、懐から組合員証を提示しつつ頭を下げる。

「うん、ま、そのくらいなら構わないよ。何せドリスの恩人の頼みだし」
「その節はお世話になったわぁ。ほぉら、ジェシカもお礼しなさい」

 スカロンに促されるようにしてドリスがジェシカの頭をちょこんと押してみせる。
 
 ふふふ、やはり恩は売っておくべきですなぁ。

 よぉし、これで少しは光明が見えてきたぁ!

「あ、でも僕の紹介だからといって、売れるかどうかは保証できないからね」
「えぇ、それは分かっています。あとは私の腕次第という事ですよねっ」

 私は声を弾ませていうが、スカロンの表情は渋い。

 ん、何か問題があるんだろうか?

「いや、そういう意味ではなくて……」
「は、はあ」
「実は去年、タルブ村はひどい悪天候に見舞われてしまったんだよ。主産業たる葡萄や小麦の収穫量は例年の半分程度しかなかったらしい。もっとも、飢饉というほどではないんだけど……」
「えっ、じゃ、じゃあ」
「うん、あまり高級品の売れ行きは期待しない方がいいかもしれないな」
「そ、そんなぁ……」

 スカロンの残酷な宣告にがっくりと肩を落とす。
 
 トリステインでは、というかゲルマニア外では唯一といえる知己と言えるスカロン。私はそのコネクションをアテにして、トリスタニアにまでやってきたのだ。
 以前、スカロンの祖父は富裕な農村地帯であるタルブの有力者であり、かつ領主のアストン伯にも一目置かれている存在だ、と聞き及んでいたから、もしかすると賢君と名高いアストン伯とも渡りがつけられるかも? なんて淡い期待をしていたのだ。

 アストン領は伯爵の領地としてはかなり広く、豊穣な土地であると聞く。
その領主の信頼を勝ち取る事が出来れば、確かな商売のルートを築く事ができるだろう。

 しかし去年がそのような状態であるのなら、領主も村民も買いを控えるに違いない。

「……でも、とりあえず、私、行ってみます。本来は裕福な土地ならば、モノは売れなくとも、顔を売っておくだけでも損はないと思うので」

 そう、商売は何も今回だけではない。今は買わなくても、将来的に買ってくれる可能性が高いお客は確保しておくべきだ。

「ふぅん、後の事を考えるとは、随分と余裕じゃのう?」
「そんな事はないわ……。ただ、他にアテがないだけよ。情けないけどさ」

 ロッテが中々に厳しい皮肉を言う。私はさしたる反論も出来なくて、その悔しさに歯噛みした。
 
 そう、全ては私の見通しが甘かったせいなのだ。

「でっ、でも、このままじゃ終わらないから、絶対に! たっかい関税を払ってまで、この国に来たんだもの。タダで通り過ぎるワケにはいかないわ」
「よしよし、その意気だよ。最初から上手くいく商売なんて、この世に存在しないんだからね。何、トリステインにだってチャンスは沢山あるはず。まだアリアちゃん達にはそれが見えていないだけさ」

 そう力説するスカロンには後光が差していた。
 後で冷静に考えてみると、その言葉は自分にも言い聞かせていたのかもしれない。

「スカロンさん……」

 えぇ人やで……。
 不覚にも少しうるっ、ときちゃったぜ。

「はっ、意気ごみだけでモノが売れれば苦労はせんわなあ」
「ぐっ……」
「ほれほれ、もうそろモノを捌きにいかんと、店が閉まってしまうぞ?」

 ロッテは置時計の針を差して、感動に水を差す。
 むぅ、たしかに、もう昼時を過ぎている。トリスタニアに着いてからは、まっすぐに魅惑の妖精亭へと向かったので、まだ商社へ売り込みには行っていないのだ。

「はぁ、この街、入市税が高いから、あんまりモノ売りたくないのよねぇ。とはいっても、ナマモノもあるし、現金の持ち合わせもヤバイし……仕方ないか」
「くふふ、この街の劇場はレベルが高いというし、楽しみじゃのぅ」
「娯楽が目的かよ! もう少し危機感を持とうよ、切実に」
「悩んでおってもモノが売れるワケでもあるまいて。折角トリテインくんだりまでやってきたんじゃ。旅を楽しまねば損じゃぞ?」
「へいへい、そうですか。ま、手紙も受け取りにいかなきゃいけないし、行きますか」
 
 よっこらせっ、と重い腰をあげて席を立つ。
 楽しまねば、だと? 商いが順調であれば、さぞかし楽しいんだろうけどねえ。

「はは、行っておいで。ロッテちゃんのいうとおり、息抜きも必要だからね。トリスタニアの街は見どころが沢山あるからね。存分に観光してくるといい」
「楽しめればいいんですけどね……。はぁ、独立してからの方が溜息が多くなった気がするなぁ……」

 にこやかに手を振るスカロンに対して、力なく手をあげて消え入るように踵を返す。

「さぁて、まずは無難に王宮にでも見に行ってみようかのっ!」
「……では、スカロンさん。また後ほどお邪魔します」

 玩具を買いに行く子供のようにはしゃぐロッテに突っ込む元気もなく、私はふらふらと脱力した足取りでスイングドアを潜り、魅惑の妖精亭を後にした。

 





アリアのメモ書き トリステイン編 その1

毒殺姫の商店(?)、トリスタニアにて。
(スゥ以下切り捨て。1エキュー未満は切り上げ)


評価       危険な行商人
道程       ケルン→オルベ→ゲルマニア北西部→ハノーファー→トリステイン北東部→トリスタニア
         


今回の費用  売上原価 14エキュー
通信費(郵便代とか) 手紙代 1エキュー
       旅費交通費 民家宿泊費×6(6の農村へ立ち寄った) 2エキュー
       消耗品費・雑費  食事は買い置きの保存食で賄ったため0
       租税公課 トリステインーゲルマニア間国境関税 ケルン交易商会組合員のため割引(本来は全商品の一割) 50エキュー分の現物、18エキューの現金で納入
       
       計 85エキュー

今回の収益  売上 24エキュー


★今回の利益(=収益-費用) ▲61エキュー これはひどい


資産    固定資産  乗物  ペルシュロン種馬×2
                中古大型幌馬車(固定化済み)
(その他、消耗品や生活雑貨などは再販が不可として費用に計上するものとする)
       商品   (ゲ)ハンブルグ産 毛織物(無地) 
            (ゲ)ハンブルグ産 木綿糸     ▲
            (ゲ)ハンブルグ産 木綿布     ▲ 
            (ゲ)シュペー作 農具一式 
            (ゲ)シュペー作 調理包丁 
            (ゲ)ベネディクト工房 縫い針他裁縫用具 ▲
            (ゲ)ベネディクト工房 はりがね ▲
            (ゲ)ベネディクト工房 厨房用品類 ▲
            (ゲ)ベネディクト工房 農耕馬用蹄鉄 ▲
            (ト)トリステイン北部産 ピクルス(ニンジン・芽キャベツ・チコリの酢漬け) △ 所持金不足のため全て現金に換える。以下トリステイン産品も同様
            (ト)トリステイン北部産 フルーツビール △ 
            (ト)トリステイン北部産 燕麦  △
            
             計・858エキュー(商品単価は最も新しく取得された時の評価基準、先入先出の原則にのっとる)

現金   13エキュー(小切手、期限到来後債利札など通貨代用証券を含む)
預金   なし
土地建物 なし
債権   なし
       

負債          なし

★資本(=資産-負債)  871エキュー
       
★目標達成率       871エキュー/30,000エキュー(2.90%)

★ユニーク品(用途不明、価値不明のお宝。いずれ競売に掛けよう)
①地下水 短剣





つづけ

キリが悪い……。



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