ロッテの怒りが頂点に達した頃。
屍人鬼の大男は、少年少女を監禁した部屋の前で、だらしなく足を崩して座り込み、ぷかぷかとパイプの煙を燻らせていた。
「暇すぎる……。“釣り餌は生きていなければ”なんて、どうせ後でブッ殺すんだから、先にヤッちまえばいいのによぉ~。あ~、すげぇイライラするぜぇ」
大男はそう吐き捨てると、不愉快そうに泥のついた足でパイプの火を揉み消した。
「大体、何で俺が、こんな所で見張りをしなきゃいけね~んだよ。全く、少しは使われる立場になってみろってんだ」
ついには本人が居ない事をいい事に、主であるジルヴェスターにまで悪態を突く始末。
大男は完全に弛んでいた。
まあ、それも仕方のない事だ。
小さな子供二人を閉じ込めた部屋を見張るだけの、欠伸がでるほど退屈な仕事。片方はメイジとはいえ、杖を取り上げられた状態であるし、何が出来る訳でもあるまい、と考えるのが普通だろう。
「ん?」
だが、ここで散漫になっていた大男の注意を引きつける出来事が起こった。
『フーゴ、ここからなら逃げられそう』
『しっ!大きな声を出すなよ、気付かれちまう』
それは、部屋の中から聞こえて来る少年少女、二人の会話だった。
(何だ……?何を言ってやがる。この部屋には、この扉以外に出口なんぞないはず)
そう思いながらも、大男は扉に耳をピタリとつけて中の様子を窺う事にした。
『じゃ、レディーファーストね』
『どうでもいいから、さっさと行けよ』
『それじゃお言葉に甘えて。よい、っしょっと。……この穴きっつ』
『け、太り過ぎじゃねーの』
二人の会話の他に、ぎしぎし、と何かが軋む音が部屋の中から聞こえてくる。
(抜け穴、だと?馬鹿な。そんなものがあるわけがねえ。何回も入念に調べたはず…………ん、待てよ?はぁん、こいつは)
二人の会話の内容に、ピン、ときた大男は、中の二人に聞こえるように大声で呼びかける。
「逃げる振りをして、俺に扉を開けさせようって魂胆か?くっくく、所詮は餓鬼の浅知恵ってもんだぜ。そりゃあよ、使い古されてカビが生えているような手だ!」
その呼び掛けに、一瞬二人の会話は途切れたが、応答はなかった。
(ちっ、だんまりかよ……。聞こえてんのは間違いね~はずだが。ま、一応注意だけはしておくか、注意だけはな)
大男は、先の会話は二人の演技だという自分の考えを正しいと判断はしていたが、大事を取って、聞き耳だけは立てておくことにした。
万一、自分の判断が外れていて、本当に逃げられてしまったら、彼の主からどのような仕打ちを受けるかわからないからだ。
『……よっし、二人とも何とか通れたわね。あのウスラ馬鹿が勘違いしてるうちに、急ぎましょう』
『おう、さっさと帰ろう』
その会話を最後に、二人の会話は終わり、部屋の中から聞こえてくる音が消えた。
(くかか、ウスラ馬鹿だとよ。一丁前に挑発かよ。……まあ、縄くらいは解いたのかもしれんが。しかし、そこまでよ。それでお前らの冒険は終わりだ。せいぜい中で気張ってろや。っくく)
結局、大男は無視を決め込むことにした。
少しすれば、ボロを出して音を立てるさ、と考えたのだ。
それからおよそ半刻後。
大男の予想は見事に裏切られていた。
「…………おかしい。さすがに長すぎる」
半刻近い時間が経っても、部屋の中からは、虫の這いずる音すら聞こえてこなかった。
(……まさか、本当に抜け道があったのか?そういや、猫が何とか通れるくらいの穴があったような気も……あいつらは小柄だし、それを広げればひょっとして……。いや、そんなはずは)
長い沈黙の時間が、ついに大男の心に焦りと迷いを生じさせた。
“交換しますよ?”
額にうっすらと汗を浮かべた大男の脳裏に蘇るのは、主のあの一言。
交換、つまり下僕を取り換えるという事。
ジルヴェスターのような、通常の吸血鬼は一人一体までしか下僕を作れない。
それは即ち、大男の消滅を意味していた。
(くそ、まずい。とりあえず中を確認だけはしておくか。……何、もし誘いだったとしても、ねじ伏せてやりゃあいい、所詮は餓鬼2匹よ)
大男はそんな打算をしながら、がちゃがちゃ、と焦りながら鍵を回し、開かずの扉を解き放った。
「ぐ……馬鹿な!」
転がるように部屋の中へ飛び込んだ大男は辺りを見回しながら叫ぶ。
部屋の中はもぬけの殻。
拘束されていた二人の姿は忽然と消えていた。
「くそっ!一体何処から逃げた?……ここかっ?ここか?それともここかぁっあっ!」
焦燥感から来る苛立ちを感じ、部屋に備え付けられていた家具を、次々と蹴り飛ばす大男。
板の割れる音、ガラスの飛び散る音、大男の怒声が奏でるアンサンブルが部屋中に響き渡る。
しかし大男がいくら部屋中をひっくり返しても、二人が見つかる事はなかった。
「はぁ、はぁ、畜生…………ん?」
一通り暴れて、少し落ち着きを取り戻した大男は、ようやくそこで違和感に気付く。
「……そういや、あいつらを縛ってた縄は……持って行ったのか?」
確かに、何かに使えると思って持って行った可能性はあるが、子供には結構な重さのはず。
ただ逃げるだけならば、無用の長物のはずだ。
「それに……ここにデカイ本棚があったような……?」
部屋の中で一際大きく目を引いていた家具だ。見間違いではなく、確かにあったはず。
その証拠に、本棚があったはずの場所の床板には、日焼けを免れた痕があった。
疑念を抱いた大男が、詳しく調べようと、のろのろと本棚があったはずの場所に向かった、その時。
「今っ!」
頭上から鋭い声が飛ぶ。
「何っ!?」
大男が反射的に上を見上げると、何か黒いモノが視界を塞いでいた。
「──っ!」
ぐしゃ、という頭蓋が粉砕される音。
ぐちゅ、という蛙が潰されたような嫌な音。
最後にどすん、と重い衝撃音が部屋に響き渡り、部屋全体に振動が伝わる。
大男の視界を遮ったのは、縄を括りつけられた、消えたはずの本棚。
成人男子3人分はあるであろう、重量級の凶器が突如、天井から落下してきたのだ。
大男は予期せぬ攻撃を躱す事はおろか、声を上げることすら出来ず、その場に崩れ落ちた。
「や、やったか?!」
小刀を手にして、剥き出しになった天井の木組みの上からフーゴが叫ぶ。
「ちょっと待ってて、確認してくるわ」
「お、俺も行くって……」
同じく天井の木組みに腰掛けたアリアがそれに応えると、二人は猿のように、するするとロープを伝って下に降りて行く。
実は、大男の推理は当たっていた。
あたかも部屋の中に抜け道があるように振舞っていた二人の掛け合いは全て演技で、大男を部屋の中に招き入れるための誘いだった。
大男の調べ通り、部屋の中には二人が抜け出せるような穴など存在していなかったのだ。
とはいえ、部屋に誘い込んだとしても、大男の計算通り、二人の負けはほぼ確定している。
大男にとって誤算だったのは、二人が凶悪な武器を用意していた事だ。
掛け合いの前、アリアの“考え”によって、二人は、この部屋で最も重量がありそうなモノである本棚に、自分達を拘束していた太い縄を入念に括りつけ、その縄を肩に担いで壁を昇り、剥き出しになった天井の木組みの丸太を滑車代わりにして、それを天井高くまで吊り上げていたのだ。
二人にとって幸運だったのは、その時の作業音に大男が気付かなかった事。
注意力が散漫になっていた大男はそれに気付けなかったのだ。
その後、自分達も天井裏に移動し、部屋の外にも聞こえるように、声を大にして台詞を読み上げ、その後はひたすら息を殺して待機していた。
「やはり引っかからないのでは」という不安と「早く来てくれ」という焦燥を感じながらも、勝利の引き金である、食器棚を支えている縄に小刀を這わせて。
故に、大男が初志を貫徹して、無視を決め込んでいれば彼の勝ちは揺るがなかった。
二人が逃げ出しさえしなければ、大男の勝ちなのだから。
しかし、彼は、二人と同じように不安と焦燥を感じ、そこから出た迷いに負けた。
つまり、彼は我慢比べに負けたのだ。
「私の勝ちね」
アリアは屍人鬼の遺骸を足蹴にしながら誇らしげに勝利を宣言した。
着地の衝撃に変形した本棚の下からは、どす黒いオイルのような体液が流れ出ている。
アリアが先程から、大男だったモノをげしげしと蹴り込んでいるが、何の反応も見られない。
どうやら、完全にその機能は停止しているようだ。
「う、うぇ……エグぃ……」
フーゴはぐしゃぐしゃになった黒い塊に、思わず吐き気を覚え、口を押さえる。
「しっかりしなさい、男の子でしょうが」
「んなこと言ったって……普通は吐くぜ?何だよ、このぬめっとしたの……おぇ」
たまらず後ろを向いて嘔吐するフーゴに、アリアはふぅ、と溜息を吐く。
「貴族がこの程度で吐いていたら話にならないでしょうに」
「……お前、なんでそんな平気なんだ?今は化物とは言え、元は人間なんだろ、コイツ」
フーゴは服の袖で汚れた口を拭って言う。
「飽くまで、元人間よ。最初から死んでいたんだから、成仏させてあげただけじゃない。むしろ感謝して欲しいわ」
「……はっ、大したヤツだよ、お前は」
「ふふ、言ったでしょ。化物退治には自信があるって」
フーゴの呆れたような褒め言葉に、アリアはふわりと歳相応ではない魅惑的な笑みを浮かべた。
「お、おぉ」
「ん?」
「……いや、何でもねぇ。それより早くこんな辛気臭い場所はずらかろうぜ」
「……そうね。ただ、ちょっと気になる事があるのよ」
アリアは小首を傾げながら、大男だったモノの前に座り込む。
「気になるって……その肉塊がか?」
「実は、ここで目が覚めた時から気になってたんだけどさ。泥が、ね。付いてるのよ」
「泥?」
「ええ。私の服にも。そしてこいつの足にも。あら、あんたの服にも付いてるわね……」
アリアはフーゴのズボンの汚れた部分を指して言う。
「泥くらいついてもおかしくないだろ。あいつら森を進んで来たんだろうし」
「だからおかしいのよ。今の時期、森には雪が降り積もってんのよ?泥なんてつくわけないじゃない」
「……む、確かにそうか」
「うぅ~ん」
アリアはそのまま考えに没頭しようとするが、フーゴがそれを制する。
「馬鹿、そんな事やってる場合か。さっさと逃げんぞ!」
その意見は非常に正しい。考えに耽っていられるほど、悠長に構えている場合ではない。
もし吸血鬼が戻ってくれば、今度こそ勝ち目はないのだから。
「……分かったわ。とりあえず、ここは出ましょう」
アリアは未だ納得がいかない顔をしながらも、フーゴの意見に従い、廃屋を後にした。
*
はぁ、はぁ、と少年少女の荒い息使いが、暗い森の中に響く。
外気は寒いとは言え、激しく運動する2人の身体は汗でほんのりと湿り、月明かりがそれをキラリと反射させた。
「あぁ、もう、歩きにくいったら……」
「ほれ、手、出せ」
深い雪にずぶずぶと足を取られて思うように進めないアリアに、フーゴが手を差し伸べる。
「それにしても、変ね」
素直に差し伸べられた手を取ったアリアが眉間に皺を寄せて言う。
「何が?」
「足跡が無いの、あの廃屋に運ばれてきた時の」
「南に向かってんだから方向は問題ないぜ、多分。足跡なんて、風に晒されて消えちまったんだろ」
「……そう、かな」
その答えにまたもや納得がいかないアリアは、とある推測を頭の中で構築しながら、道無き道を進むのであった。
どれだけ森の中を歩き回っただろうか。
「きヒャアああぁっ!」
不意に、ずしん、と何かが倒れる音と揺れとともに、耳をつんざく、気が違ったような絶叫が森に木霊した。
ただならぬ奇声に、何事かと二人はびくり、と警戒を強め、その場に伏せる。
「何なのよ、この声は?」
「あっちだ」
フーゴが顎でしゃくった方向を見れば、暗闇の中で激しく舞うように動く影が一つ。
「くはっ、くヒゃっ!出てこぬなら、全て薙ぎ払った後で、撃ち落としてくれるわっ!」
狂笑しながら暴れ回る影は、その宣言通りに“素手で”大樹を殴り倒し、蹴り倒し、放り投げていく。
「あ、あれ、もしかして。お前の姉ちゃんじゃ」
「ぁんの、単細胞。完全にブチ切れてんじゃない……」
その光景を見て、アリアは頭痛がするように米神を押さえた。
「いや、ブチ切れるとか、そういう話じゃねえって!何なんだよ、あれは……?今ぶん投げた丸太の上に乗って飛んでたぞ?!」
「だ、だから、伝説級のメイジ殺し、なのよ。うん。生きるイーヴァルディって感じ?その気になれば、ドラゴンだろうが、スクウェアメイジだろうが、エルフだろうが、軽く捻り殺せると言っていたわ、確か」
そんな事は誰も言っていない。
ドラゴンやスクウェアメイジは知らないが、【反射】持ちのエルフは多分無理だ。
「すげえ……」
「そうでしょう、凄いのよ。超凄いのよ。さすが、私の姉よね」
華奢に見えるうら若き美女が、ミノタウロスも泣いて逃げ出す膂力を披露し、暴虐無尽に森の中を暴れ回る。それも、不気味に嗤いながら。
俄かには信じられない光景に開いた口が塞がらないフーゴと、背中に嫌な汗を掻いて訳のわからない事を口走るアリア。
(もう、あの馬鹿!一体何考えてんのよ!……そりゃ、助けに来てくれたのは、ちょっと、嬉しいけどさ……。いやいやいや、そんなことを考えてる場合じゃない!)
目まぐるしく変化する思考によって、アリアの表情はしかめっ面から、急ににへらと笑ったと思えば、今度は凛々しい顔つきになったりと忙しい。
「ちょっと私、行ってくる。あの馬鹿を落ちつかせないと……」
「へっ、ここまで来て一人で行く気かよ。俺も行くからな」
アリアがコクリと頷くと、二つの小さな影は、暴れ狂う影に向かって走り出す。
「ロッテっ!」
ロッテの顔が見えるほどの位置まで来ると、アリアがロッテに呼び掛けた。
「け、クヒ、きゃあぁああっ」
しかし、極度の興奮状態にあるロッテは、それに気付かず、突進をやめようとしない。
嬉々として木々を倒して回るその姿は、まるで泥酔運転のブルトーザー。
「ありゃ、聞こえてねーのか?」
「全く、世話のやける……」
アリアは眉を顰めて、いつも腰に巻き付けている袋を手にした。
「喰らえっ、れーざーびーむ!」
謎の言葉を吐きながら、腕を大きく振りかぶって、それを全力で放り投げるアリア。
「ひゃ、ぶっ?」
鋭い縦回転の掛かった袋は、見事狙い通りにロッテの顔面に命中し、ぼふん、と音を立てて、緑色の粉末を撒き散らした。
「け、がふっ、ごほっ、うえぇええっ……!何じゃ、これはっ?!臭いっ……!ハシバミ臭いいぃっ!」
顔を両手で覆って、その臭いにのたうち回るロッテ。
そう、アリアが投げつけたのはハシバミ草の粉末がたっぷり詰まった袋だったのだ。
「どう、少しは正気に戻った?」
アリアは蹲るロッテを見下ろして、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「え、うあ、あ、お主?ぶ、無事じゃったのか?」
未だにツーンとする鼻頭を押さえて、狐につままれたような顔でアリアを眺めるロッテ。
「えぇ、おかげさまで」
「……ほ、そうか。全く、この弱者めが。簡単に捕まりおってからに……」
ロッテは悪態を突きながらも、安堵の表情を見せる。
「それは申し訳ありませんでした。でも、隠し事をしていたアンタが一番悪い」
「……う」
アリアにびし、と指を突きつけられて、言葉に詰まるロッテ。
「大体ね──」
「アリアっ、後ろだっ!」
そのままアリアの言葉責めに突入かと思われたが、そこでフーゴの切羽詰まった檄が飛んだ。
「へ?」
惚けた顔で言われるがままに後ろを振りかえるアリア。
振り向いた先には、鋭く尖った枝の槍。
「な……」
「チっ!」
思わず目を閉じて尻餅を着くアリアを尻目に、ロッテは舌うちを一回。
「せいっ!」
再びアリアが瞼を開けた時、枝は残らず地に叩き伏せられていた。
「おわっ」「ひゃっ」
ロッテは間髪いれずに、アリアとフーゴを両脇に抱えて、地を這うような姿勢で駆けだす。
「だ、大丈夫っすか?俺、結構重いっすよ?」
「そんな事を言っておる場合では……というか、主、誰じゃっけ?」
「あ、俺は妹さんの、えと、同僚で」
フーゴはロッテに抱えられたままの態勢で悠長に自己紹介を始めた。
「そんなのは後っ!とりあえず黙って逃げる!ロッテ、全速前進!」
「お、おう」
街の方向に向かって指示を出すアリアの気迫に、フーゴは黙って首を縦に振る。
「それは、駄目じゃ」
しかし、ロッテはその勧告に、頑として首を横に振った。
「何を──」
「ここであやつを倒さねば、また同じことの繰り返しじゃ」
アリアの言を遮って、強い口調でロッテが言う。
「……確かに。一理は、あるわね。でも、あんたさ」
「ぬ……?」
「相手が何処にいるか把握してないでしょ?」
「じゃからヤツを引き摺り出そうと、片っ端から木を倒していたんじゃ」
当然のように言うロッテに、右脇に抱えられたアリアは小さく溜息を着いた。
「これだけ暴れ回って出て来ないなら、多分、上にはいないわ」
「何?!ならばどこにいるというのじゃ」
「ヒントは泥と消えた足跡、よ」
「さっきもいってたな、それ」
反対の脇に抱えられたフーゴが思い出したように、合いの手を入れる。
「勿体ぶらんでさっさと教えんか」
「つまり、多分ここらへんのどこかに、あの廃屋と繋がっている地下道みたいなものがあると思うのよ」
「地下、じゃと?」
予想していなかったアリアの推論に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で聞き返すロッテ。
「そう。あのスカした吸血鬼はそこにいると思う。多分、私達を廃屋に連れて行く時もその地下道を使ったのよ。だから、私達の服や、屍人鬼の靴に泥がついていたし、廃屋からここに来るまで、あいつらの足跡は見つけられなかった」
「なるほど……」
フーゴはその推論に感心したように唸る。
「そういえばニオイも消えておったの。確かに、地下を通ったとすれば、説明はつくかもしれんが……」
「だからね、地面を掘り返したような痕がある場所を探せば」
「……無理じゃ」
アリアの推理には納得したものの、その勧告にはまたもや首を振った。
「は、何で?」
「この有様でどうやってそれを探すと言うのじゃ?」
ロッテは走りは止めずに、視線をぐるりと回す。
それに倣って辺りを見渡せば、枝の攻撃によって掘り返された痕やら、ロッテが縦横無尽に暴れまくった痕で、地面はすでにぐちゃぐちゃだった。
「これじゃ、確かに無理ね。かと言って、あの廃屋に戻るのは論外。危険すぎる」
「……やっぱり、街に戻ろうぜ。相手がどこにいるかわかんねーんじゃどうしようもねーよ」
「そうね。私もここは一旦、退いた方がいいと思う」
両脇に抱えた荷物は口をそろえて撤退を促す。
「ぐ、しかし……」
それでもなお、後退を渋るロッテ。
「ロッテ、気持ちは分かるけど…」
「待て、何か来る」
突然鼻をぴくぴくとさせ、こちらに迫ってくる何かに気付いたロッテは、ピタ、と立ち止まってそちらの方向を睨みつける。
「まさか、他の敵?」
「街の方からかよ……やべえぞ」
だとしたら、最悪だ。
街の方向からやって来ているという事は、退路が塞がれてしまうという事だ。
「いや……どうにも人間のようなんじゃが」
「へ?」
3人は呆けた表情でそちらに視線を向けた。
「なぁ、姉と妹、どっちの方が美人だと思う?」
「さあ……?」
「何だ、つまんない奴だなぁ。そんなんだから未だに独身なんだよ、お前」
「放っておいて下さい。貴方と違って一途なタイプなんですよ、僕は」
「ぷっ、一途とか言っちゃって。ついこの間、本命に振られたばっかりなんだろ?ん?」
「三度は言いません。放っておいて下さい」
「……正直、すまんかった。分かったから、雇い主に向かって杖を構えるのはやめような」
前方から何とも緊張感のない会話をしながら近づいてくる男が二人。
「お、あれじゃね?噂の姉妹ちゃん達は」
こちらに気付いたらしい燃え盛る炎のような髪をした男がこちらを指さして言う。
「……みたいですね。捕まっていたはずですが、自力で脱出したんでしょうか?」
「はっはは、そりゃ頼もしいコ達だな。お~い、無事か~?!」
暗闇に映える白い歯を見せて、暢気な口調で手を振るのは、ツェルプストー辺境伯、クリスティアン・アウグスト、その人であった。
まとめられねぇ……という事で後半に続く