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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 11話 牛は嘶き、馬は吼え
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:a1a3dc36 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/02 17:32
 商家への紹介状を受け取った私達は、リーゼロッテが持っていたなけなしの金を叩いて、北部行きの駅馬車に乗り込んだ。
 あまりこの吸血鬼に借りは作りたくなかったのだが、文無しの現状では甘んじるしかあるまい。

 駅馬車とは、客から運賃を取って、街から街へと運ぶ乗合馬車、つまりバスのようなものだ。

 ヨーロッパにおいて、公共交通機関の走りとして乗合馬車が走り始めたのは17世紀のフランスでの事。
 それまでは、管理費のかさむ馬車は裕福な上流階級の人間しか利用できなかったという。

 大きな街では下水道も発達しているというし、インフラの面ではルネサンス期のヨーロッパよりも、ハルケギニアの方が大分進んでいるのではないだろうか。

 ま、農村に居た頃は、そんな風には全く思っていなかったが。
 都市と辺境ではかなりの格差があるのだろう。

 この駅馬車は、通常の馬車よりも速く、1日に150リーグ近い距離を走破する。

 それでもフェルクリンゲンから目的地までは、道が曲がりくねっている事もあり、4日の時間を要した。



 その間、私はリーゼロッテから読み書きを教わっていたのだが、複雑怪奇なガリア文字を覚えるだけで精一杯だった。
 もうほとんど暗号にしかみえない……。

 結局、私が4日使って覚えられた単語は、数と挨拶程度の単語だけ。文章を読み書きするどころではなかった。
 あまりの覚えの悪さに、リーゼロッテには阿呆を見る目で「頭悪いのう」などと蔑まれるし。

 あぁ、思いだしたら悲しくなってきた。

 どうしても文字に抵抗感があるんだよね。まぁ、平仮名、片仮名、漢字を併用している日本語よりは簡単なのかもしれないけど。

 ただ、口語自体は話せるので、文字と単語の綴りさえ覚えてしまえば、そこからは苦労することはないだろう。いや、多分。




 
 さて、そんなこんなで、私達が現在やって来ているのはツェルプストー辺境伯領ケルンの街。
 ゲルマニア西部において、最大の規模を誇る商業都市である。

 この街に、ボスの従兄弟が経営するという“カシミール商店”は存在する。
 ウィンドボナではなかったが、これだけの都市にある商店だ。かなり期待しても良いかもしれない。



 ここで私が疑問に感じたのは、広いゲルマニア国内でも有数の規模を誇る大都市であるのに自治都市ではない事。

 その政治形態や、文明の進み具合からして、大都市においては商工業者を中心とした平民達が封建領主から脱却し、王や皇帝の庇護下で、自治都市を形成しているのではないか、と思ったのだが……。

 ちなみに、神聖ローマ帝国の皇帝などは、都市の自治権を庇護する代わりに徴収される商業税によって、収入の8割を賄っていたといわれている。
 それだけ都市部の収入はオイシイのだ。ゲルマニアも皇帝の権力を増したいのなら、これを逃す手はない気がするんだけどなあ。

 自治都市が繁栄していない理由は、やはり“系統魔法”が一因にあると思う。

 単なる暴力装置でなく、ハルケギニア社会の形成自体に寄与している系統魔法の存在によって(実際に見た事は未だに無いけれど)、それが使えない平民の発言力が、昔のヨーロッパに比べて圧倒的に低い事が一つの要因になっているのかもしれない。

 自治都市とは元々、都市の支配に不満を持った平民達が経済力と武力を持って、封建領主に対抗して生まれたものであるのだから。
 
 故に、ハルケギニアにおいて、その街が繁栄しているかどうかは、その領主の器量によってかなり左右されると思われる。
 ここまで発展した都市であるケルンを領地に内包していると言う事は、ツェルプストー辺境伯の経営手腕が優秀である事を示しているのではないだろうか。



 その人、つまり今代のツェルプストー家当主であるクリスティアン・アウグストは、このケルンではなく、もっとトリステイン国境寄りのアーヘンという地域に城のような邸宅を構えているらしい。
 有事の際は、国境近くで外敵を撃退して都市部への被害を防ぐという狙いなのだろう。中々に頼もしい。

 この人物が、“原作”の主要人物の一人、キュルケ嬢の血縁者なのかどうかは断言できない。
 もしかすると、ここは“原作”に似て非なるハルケギニアなのかもしれないし、“原作”と同じハルケギニアであったとしても、年代的に全くずれているかもしれないからだ。

 一度だけ見たことのある物語の登場人物であるモット伯爵も、実は別人なのかもしれないし、子孫や祖先なのかもしれない。
 しかし私が見たモット伯は引き締まった30代前半くらいの美丈夫だったのだが、物語の中に出て来るモット伯ってそんな容姿だったっけ?

 何か違うような……。



「しっかし、虚無の曜日でもないのに、昼間から凄い人混みね」

 私はケルンのメインストリートに溢れる人々を眺めて感想を漏らした。

 人、人、人。

 この辺り一帯の商業の中心地だけあって、狭い道は商人風の男達でごった返していた。

 ハルケギニアでこれほどの人の群れを見たのは初めてだ。まるでお祭りでもやっているかのような喧騒である。

 肉の焼ける香ばしい匂いや、蜂蜜や果物の甘い香りが、空き腹の私の鼻腔を刺激する。

 その匂いの源となっている道の両脇に所せましと立ち並んだ露店には、様々な食料品を始めとして、細工品、毛皮、毛織物などの衣類、果ては怪しげな秘薬のようなものまで、様々な品が並べられている。

 ここまで多くの露店が出ているなんて、いくら都市でも、平時ではあり得ないのではないだろうか。

「この程度で、人が、多いなどと、リュティスに比べれば、全然っ」

 人の波に流されながら、苦しそうにほざくリーゼロッテ。
 いや、全然説得力ないから。

「ま、それは置いておいて、カシミール商店を探しましょう“ロッテ姉様”」
「やはり気持ち悪いのぅ、それ」

 リーゼロッテの苦情は無視して、紹介状と一緒に渡された地図を見ながら、カシミール商店を目指して歩き出す。



 ケルンに着く前に、私とリーゼロッテの関係は姉妹という事で通すように決めたのだ。
 見た目は全然、これっぽっちも似ていないので、腹違いの姉妹。そういう設定だ。

 その際、リーゼロッテの呼び名は“ロッテ姉様”もしくは“ロッテ”。
 私の呼び名は名前自体が短いので、普通に“アリア”だ。
 
 姉妹なのだから、愛称で呼ぶのが妥当だろう……。



 何故、そんな設定をしたのかというと、誰かに関係を聞かれた時に、姉妹と言っておくのが最も角が立たないから。
 まさか吸血鬼とその食糧でござい、なんて言う訳にはいかない。

 それに、口入屋のボスから聞いた話によると、商店の下働きといっても、住み込みではなく、間借りしなければならないらしい。

 都市によっては低所得者向けの集合住宅がある街もあるらしいが、ケルンにはそれはない。
 なので、複数の商店が共同で出資している寮に住み込みではなく、“間借り”しなければならない。家賃は給料から差っ引かれるとのことだ。
 これは通いの従業員への配慮と言う事だが、要は「従業員だからってタダで住ませる場所ねぇから!」って感じかな。

 その際、一応家賃を納める形となるのだし、家族という事ならば、その間借りした部屋に住めるのではないかという浅い考えだ。
 今後もロッテから読み書きを教わらなければならないし、下手に離れて住んで、この吸血鬼が血に飢えでもしたら、街中に犠牲が出てしまいかねないので、できるだけ一緒にいた方がいいだろう。



「はぁ、参ったわ。人多すぎ、街広すぎ、道複雑すぎ……」

 地図上ではそう距離はないはずなのだが、多すぎる人と複雑な街並みによって、なかなか目的地まで辿りつけない。
 もし辺境伯に会う機会があれば、是非とも街の区画整理を提案したい。道が複雑なのも有事の際の備えなのかもしれないが。

「のぅ、少し休まんか?……丁度、そこの店にベリーのタルトがあるようじゃし。甘い物好きなんじゃろ?」

 疲れた顔のロッテは道端の露店を指さす。その露店には、簡易な造りのカウンターと椅子があり、そこで休む事ができるようだ。

「いや、それは私じゃなくて貴女が食べたいんじゃ……って。そういえば、貴女って食べ物の味分かるわけ?」

 声をひそめて疑問を口に出す。ロッテもその問いに対して、囁くような声で返答する。

「わかるに決まっておろう、そのくらい。中には血や汗しか食べられんようなヤツもおるようじゃが……。それではとても街や村では暮らせんじゃろ。人間社会におるのに、食を摂らない者など目立ってしょうがないからの」
「あれ?それなら血とか吸わなくてもよくない?」
「それとこれとは全く話は別じゃ。妾は確かに人間の食物もいけるが、それだけでは腹は満たされん。酒にもあまり酔わんしな。酔った気分にはなれるが」
「ふーん。良く分からないけど、消化器官が人間とは別物なのかしら……。でもお金あるの?」
「金貨はもうないが、銀貨ならまだ沢山あるぞ?」

 ロッテは腰元に下げた袋をじゃらじゃらと鳴らす。
 まあ、それなら大丈夫だろう。お言葉に甘えて、目的地に着く前に腹ごしらえでもしておくか。



「はいよ、ベリータルト2人前ね」
「おぉ、来た、来た」

 舌舐めずりしながら、待ってましたとばかりに皿にがっつくロッテ。
 そんなにコレが食べたかったのか。確かに美味そうではあるけども。

 それにしても、随分と人間臭い吸血鬼だ。ロッテが変わり者なのか、それとも吸血鬼っていうのはみんなこんな感じなのだろうか。

 私はタルトを貪るロッテを横目に、露店を切り盛りしているオバちゃんに話しかける。

「この街っていつもこんなに賑やかなんですか?」
「おや、アンタ達も余所から来たのかい。いや、今は特別さ」
「特別?」
「ああ。つい最近に領主のツェルプストー家に第一子が生まれたばかりだからね」
「へぇ、そうなんですか。でもそれって人が多い事と関係あるんですか?」
「ツェルプストー家はここらの商人の元締めみたいな存在でもあるからね。祝いの挨拶がてら商売しに来てる連中が多いのさ」

 そういえば、ツェルプストー家というのは、商会もやっていたんだっけ。

 なるほど、それで各地の商人達が祝辞を述べにやってきているという訳か。まあ商売の方がメインなんだろうけど。
 しかし全員がそうではないとしても、この人数は凄い。よほど影響力のある商会なのかな。

 しかし、第一子ねえ……。もしかするともしかして。

「その第一子って女の子ですか?」
「ああ、そうだけど」
「その子の名前は……“キュルケ”だったり?」
「確かそんな名前だったかねえ、って。様をつけなさい、様を」

 眉間に皺を寄せて、小声で注意するオバちゃんだが、私の耳にはその声は届いていなかった。



 これは。



 思わぬ収穫だ。



 ツェルプストー家の第一子であるキュルケ嬢が、“あの”キュルケであれば……。
 今は“原作”の物語よりも前の時代と言う事になる。
 
 年数でいえば、え、と。魔法学院が確か、日本の高等学校くらいの年齢からだったはずだから、15年以上は前と言う事か。
 “原作”のキュルケの年齢っていくつだったっけ……。段々と“原作”についての知識が薄れているなぁ。

 とはいっても。

 将来、物語が“原作”通り始まったとしても、私が何をしようと、それに関わる事はないだろうからあまり気にしなくてもいいかもしれない。
 もしかすると、物語自体が始まらない可能性もあるわけだし。

 一応物語全体の流れだけは忘れないようにしておくか。いつか何かの役に立つかもしれないしね。

「……え」

 私がそんな事を考えているうちに消えていた。

 私の皿にあった美味そうなタルトが……。
 犯人と思しき、隣の席に座る吸血鬼は素知らぬ顔で欠伸をしていた。

「アンタ、ねえ……」
「ん?“姉様”に向かってそんな口の聞き方はいかんぞ?」

 “姉”の余りの意地汚さに呆れた顔で注意しようとする私だったが、その“姉”は私が言葉を出す前に、自分の人指し指を私の唇において黙らせる。

「結局自分が食べたかっただけなのね……。ま、貴女の金だし、私が文句を言う筋合いもないけれど……」
「くふ、そういう事じゃ」

 悪びれもせず、口の周りにべっとりとついた蜂蜜を、舌で器用に舐め取るロッテ。

「……食べ終わったなら行くわよ」

 結局少しも腹を満たせなかった私は、苛立ちながら席を立った。





 あの人混みで一杯のメインストリートに戻るのは嫌だったので、地元民だという露店のオバちゃんから教えてもらった別ルートを通ってカシミール商会へと向かう私達。
 
 メインストリートから少し裏に入った所にある道は、道幅は狭いものの、驚くほどに空いていた。
 
「さすがに地元の人ね。これならそう時間はかからないかも」
「もう少し食べたかったのう……」

 名残惜しそうに、露店のあった方向を振り返るロッテ。

「そんな余裕ないでしょ、全く……。一皿6スゥもするのよ、あれ」
「ケチくさいのぅ。若いころから銭勘定ばかりしておってはロクな大人になれんぞ?」
「商人になろうって言う若人に言う台詞じゃない事は確かね」

 てくてくと歩きながらそんなことを話す偽姉妹。
 
 しばらくして、姉の方が思い出したように切り出す。

「そういえば、お主が仕事に出ている間、妾は寝ていればいいのか?」
「いや、少しは働く意志を持とうよ。自分の喰い扶持くらいはなんとか稼いでくれないと」

 惚けた顔でニート宣言をするロッテ。私は即座に突っ込みを入れた。
 どうやらあの屋敷の生活で怠惰な思考が身についているらしい。

「でも妾は血だけあれば大丈夫じゃぞ」
「あんたは血と寝床だけあれば生きられるんか……それならそれでもいいけども。さっきみたいな散財はできなくなるわよ」
「む……確かにあれは捨てがたいのぅ……。それに街に住む以上は、舞台も見たいし、服も買いたい」
「ならそれは自分で何とかして。そこまでの余裕はないと思うから」
「やっぱケチ……」
「いや、ケチとかそういう問題じゃなくてね」

 おそらく、大きな商店であったとしても、初任給はそれほど期待できまい。下働きなので当然だ。
 勿論、無駄遣いするような金はあるわけがない。そんな金があったら貯蓄に回す。

「甲斐性のない旦那じゃのう」

 悪戯っぽく肩を竦めて言うロッテ。

 誰が旦那か。

「経済観念のない嫁はお断りよ。……ま、貴女の仕事については寝床が決まってからじっくり話合いましょう」
「はぁ、面ど…………。ぬ、あれがその商店ではないのか?」
 
 急に言葉を切ったロッテは、前方に見えてきた一際大きな石造りの建物を指さす。



 その堅固な造りをした建物の1階部分は馬車ごと入れるようになっており、大きな倉庫になっているようだ。
 しかも周りの建物が大体2階建なのに対して、一際目立つ3階建である。
 そして、小売するための店舗部分になっているはずの場所は見当たらない。

 これでは商店というより、商館《フォンダコ》と言った方がよい。
 しかし、確かに地図が示す位置と一致しているように見える。

 まさか本当に大商会だったのか?



 とりあえず、私は事の真偽を確かめるために、商館の門前で箒を掛けている坊主頭と言ってもいいくらいに、髪を短く刈り込んだ少年に声を掛けた。
 おそらく彼はこの商館の下働きの一人なのであろう。

「あの、すいません。ここがカシミール商店でしょうか?」
「あ?確かにここはカシミール商店だけど……。ここはお前みてーな餓鬼がくるとこじゃねーぞ?ほれ、どいたどいた」

 坊主頭は、私にかまっている暇はないとばかりに、しっしっと手を振る。人を餓鬼呼ばわりする割には、こいつも見た感じ10代前半だろうに。

 しかし、どうやら本当にここがカシミール商店らしい。
 あの口入屋のボスから辿ったツテとしては最上級ではないだろうか。



 あの屋敷の事件以来、私はツイているのかもしれない。そう、私は今ノッている!ついに私の時代が来たのだ──



 私が自分の世界に片足を突っ込みかけた時。

「キサマも餓鬼じゃろうが……。それより妾達はここの主人に用があるのじゃ。さっさと呼んでまいれ」

 ロッテが坊主頭に高圧的な態度で指示を出した。
 おいおい、まんま“お客様”の態度じゃないかそれじゃ……。

「え……、どこかのご令嬢でしたか……?す、すいません!今すぐ呼んできますので少しお待ちをっ!」

 ロッテを見て即座に坊主頭は態度を変え、慌てて回れ右をして、全速力で建物の中に消えて行った。

 ふぅ、やれやれ。どいつもこいつも……。
 
「お主、妾がおらんとどうしようもないのぅ?」

 ロッテは意地悪そうに、そんな言葉を投げかけてくる。……いまに見てなさいよ。





 程なくして、先程の坊主頭が、ずんぐりむっくりな中年男を連れて戻ってきた。
 おそらく彼が、この商店の代表であるカシミール氏であろう。

 彼は人好きがしそうな笑みを浮かべながら、こちらに向かって会釈する。

「どうもお待たせして申し訳ありません。それで、本日はどのようなご用件でしたか?」
「はい、私を従業員として雇って頂きたいのです。それで、フェルクリンゲンの商店からの紹介状を持って来まし、た?」

 私がそこまで言うと、カシミールの笑みは見る見る内に消え、眉間にしわをよせて、物酷く険しそうな顔になった。

「フェルクリンゲンの商店ってのは、奴隷屋をやッてる奴の事か?」

 客ではないとわかった途端に、急に態度も口調も変わるカシミール。
 こっちが素の顔か……。これは厳しそうだ。

「あっ、はい、そうです」
「ちィ、あの野郎。まぁた面倒臭ェ事を押し付けやがって…………」

 カシミールは頭痛がするように手で額を押さえて、ぶつぶつと独りごちる。
 ええぇ、何コレ?最初からあまり歓迎されていない雰囲気が……。

「あの……?」
「あぁ、悪ィが仕事なら他を当たってくれねェか?ウチも子供を雇っている暇はねェからな」

 カシミールは不愉快そうに吐き捨てると、そのまま建物の中に戻ろうとする。



 え、何を言って……。

 話が違うじゃないか。



 私は慌ててカシミールを引きとめようとする。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「客でもねェ奴にかまってる暇はなくてな」

 にべもない。

 だが、「はい、そうですか」などと引き下がるわけにはいかない。
 ここで職に就けないような事になれば、破滅の道が待っているのだから。

「これ、待たんか。妾達とて遊びで来ているわけではないのじゃ」

 そこでロッテが助け舟を出す。私が就職できなければ、彼女にも打撃になってしまうのだ。

「なんだ?あんたは」
「その娘の姉じゃ」
「あんたも雇ってくれ、なんて言うんじゃねェだろうな?」
「いや、働くのは妹だけじゃ。しかし、妾達はお主の従兄弟の紹介状で、わざわざフェルクリンゲンからここまでやって来たのじゃぞ?それを無碍にするなどおかしいであろう」
「……ふん、そうかい。だが関係ねェ人間は黙っていて貰おうか。ここで働きたいってのはこの娘だけだろうが」
「ぬ……」

 カシミールは、そう言い切ってロッテを黙らせると、不意に私に向き直る。
 この人はロッテの色香や、高圧的な雰囲気にも動じない器量を持っているようだ。

「お前、生まれは?それに今いくつだ?」
「え、と。トリステインの農村の出身です。年は数えで10になります」

 その答えを聞いてカシミールは、はぁと嘆息を漏らす。

「俺だって意地悪でこんな事をいっているんじゃあない。……いいか、商家の下働きってのは商人の家系の、それも男がやるもんだ」
「でも!私は女だからといって甘い考えは持っていません!」

 必死にアピールする私だが、カシミールは更に続ける。

「それに年だって低すぎる。普通は6歳くらいから読み書き算術を習って、早い奴でも12歳から、普通は14歳くらいからってのが相場だ。そういう下地がない農民のお前じゃ話にならねェんだ。それに10歳の娘じゃ体力だってもたねェよ」
「農民の体力を舐めないでもらいたいですね。それに算術には自信がありますが」

 カシミールの言に、私は薄い胸を突き出して、強気に反論する。
 読み書きの事については敢えて口にしなかった。マイナス要素になる情報をわざわざ言う必要はない。

「……それじゃ、試してみるか?」

 カシミールは、腕を組みながら、口の端をニヤリと吊り上げたサディスティックな笑みを浮かべる。

「試す、とは?」
「要は試験ってやつだ。それに合格すれば下働きとして雇う事を考えてやってもいい」

 “考えてやってもいい”か……。
 くそ……。完全に足元を見られてるな……。



 しかし、引けない。やるしかない。



「わかりました。その試験を受けます」
「ほぅ……」

 考えるまでもなく即答した私に、カシミールは細い目をさらに細めて感嘆の声を漏らした。

「おい、いいのか?こやつ、試験などと言っているが、雇う気などさらさらないのかもしれんぞ……」

 リーゼロッテが不安そうな顔で私に耳打ちした。

「いいのよ。どうせ他にアテはないんだから。それにここで引いたら女がすたるってね」
「はっはは、威勢だけは中々のもんだ。……だが、今は仕事中だからな。その気があるなら夜にもう一回出直してこい」

 そう言い残すと、カシミールはくるりと踵を返し、こちらを一度も振り返ることなく、巨象のような建物の中へと戻っていった。



 まるで私の行く手を阻むかのように見下ろすその建物を、私は負けじと睨みつけたのだった。





続きます





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