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No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
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[19023] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/17 02:17

「一番好きな桜の咲き時は?」


 正門にある桜を見上げ、幼なじみの加奈は何気なく僕に尋ねた。

 一分咲きと答えると「物足りないね」と言われた。
純粋に思ったことを答えただけなのに、鼻で笑われてしまった。
まるで「そんなんじゃ人生損しているわね」と言わんばかりの得意顔。
僕としては満開になってしまった桜の花より蕾の方が好きなのだ。
格好良い言葉で例えるなら、未完の美。楽しんだ後より、楽しみを想像するほうが好きだ。
顔には出さなかったけど、それをダメ出しされて悔しかった。どうすれば、加奈にも分かってもらえるのかな。

 七分咲きと答えると「満足出来るの?」と返された。
元気な加奈に再び会えた喜びを隠しながら、前とは違う答え方をしてみた。
けれども、この答えは加奈のお気に召さなかったらしい。私だったら~と以前にも聞かされた話が始まった。
自慢げに話す加奈の姿が懐かしくて、黙って聞き役に回る。
目頭が熱くなって、その事を加奈に心配されたけど、僕は「大丈夫だよ」と答えた。
だって、また加奈とこうやって話せるなんて思っていなかったから。

 満開と答えると「欲張りだね」と笑われた。
三度目の繰り返しを経て、ようやく満足のいく答えができたようだ。
僕らしくない答えだったと思うけど、加奈の笑顔は可愛くて、それを見られただけで満足だ。
だから、この笑顔を守らないといけない。皆を助けないといけないんだと桜の前で決意をした。

 葉ざくらと答えると「ひねくれている」と注意された。
加奈の言葉を僕自身の心の有り様を示しているようだった。
誰かを助けようとすると、誰かが不幸になる。その見えない鎖が、僕の精神を磨り減らしていく。
「どうせ」「何をしても」「変わらない」そんなことを思い始めてしまった。そんな弱い自分が嫌いになる。

 花も葉も全て散った後と答えると、返事をしてくれなかった。
駄目だった。何度繰り返しても、誰かが不幸になる。繰り返しの中で起きたことは、僕以外誰も覚えていない。
一緒に頑張ってくれた康弘も、今朝に戻ると何も覚えていなかった。世界に一人取り残されているような感覚。
世界は僕を置いてくことも追いぬくこともせず、ただ廻っている。そんな世界で僕はまた一年を過ごさないといけない。
やり直さないという選択肢も浮かんだけど、どうしてもそれだけは選ぶことはできなかった。

 二年生の春から始まって、一年経つと決まって同じ夢を見る。
暗い中に一本の道があり、頭の中に『繰り返しますか?』という言葉が響く。
そのまま道を進んでいくと、急に明るくなって、また二年生の春に戻っている。
体は二年生の当初のものに戻ってしまうけど、僕は今までの出来事を忘れていない。
繰り返しを選んでから数日経つと、加奈に再び聞かれる。


「一番好きな桜の咲き時は?」







正しい主人公の倒し方 第三十四話
 ~ハッピーエンドを目指して~







「そんなことを有り得るのか……?」

絞り出した声は震えていた。

「証拠が欲しいのかい? 残念ながら、繰り返している証拠は持っていないよ。
未来の出来事を言ったとしても、それはゲームでも起きることだ。君と僕はゲームをプレイした時点で、同じ知識を共有しているからね」

織田の言う通りだ。未来の出来事は、ゲームをプレイした者ならある程度分かる。
それに、ゲーム以外にも起こりえる未来の出来事を言ったとしても、ここで確かめる方法はない。
ただ俺は、どうして織田が突然こんなことを言ったのか分からず、困惑していた。

「繰り返していることを証明することはできないけど、なんで繰り返しているのかは説明できるよ」
「できるなら……説明してくれ」
「僕にもまだ分からないことは沢山あるけどね。この世界がゲームが元になっていると知ったのは、今回が初めて。
でも、それを手にしたら僕がこうして繰り返している意味も少しだけ見えてきたんだ。佐藤君は、僕が渡した『School Heart』をプレイしたよね?」
「ああ……」
「プレイしてるから分かると思うけど、あのゲームは何周もプレイすることを前提で作られている」

恋愛シミュレーションゲームの多くは、攻略対象がいる分だけ複数回プレイをしなければいけない。
さらに『School Heart』の場合は、莫大なイベント量と複雑なルート分岐があるため他のゲームより多く周回する必要がある。
周回すること前提作られたゲームは『School Heart』に限ったことではない。RPGなどの他のジャンルでも見られるものだ。

「だからかな。主人公である織田信樹は何度もニューゲームを選択しないといけない。
誰かと幸せな結末を迎えたとしても、誰かが不幸になる結末が待ち構えていて、繰り返しを選ぶ。
いや、そうじゃないね。『New Game』を選ばされている。神様なんて信じないけど、彼が世界を作ったとしたら性格が歪んでいると思うよ」
「誰かが不幸になる? それはどういう意味なんだ?」
「エンディングNo.52と言えば君は分かるかな?」

エンディングナンバーの40以降は基本的にグッドエンディングではない。確か50番台は柴田加奈に関するエンディングが多かった気がする。
No.52は柴田加奈が車椅子に乗っていたエンディングだったと朧気ながら思い出し、織田に頷き返した。

「例えばゲームだったらグッドエンディングってあるよね。僕は初めての……伝わりづらいね。一周目は斉藤さんと付き合ったんだ。
三年生の春を迎える直前まで斉藤さんとの幸せな関係が続くと思っていたけど、それは唐突に終わった。加奈が事故にあったんだ」
「もしかして柴田さんはNo.52のように……」
「うん、その通りだよ。エンディングNo.52のように車椅子生活を送ることになった。
結局斉藤さんとも別れて、後悔をした日の夜に夢を見た。そこで『繰り返す』か訊ねられ、僕は繰り返しを選択した」

「そこから悪夢が始まった」と織田は言い、彼が体験したヒロインの結末を語る。
ハッピーエンドではなくバッドエンド。ゲームのエンディングであったそれらは、俺が予想していたものより悲惨だった。
疎遠となったヒロインの裏側の話。ゲームでは語られることのなく曖昧にされていた箇所を抉り取っては差し出してくる。
剥き出しの結末は不快で、汚く、聞くに堪えないものだった。それを織田は淡々と話していく。

「僕の妹は引きこもったりするだけで可愛い方かもしれない。秀実ちゃんの退学した理由は男に――」
「止めろッ……! 止めてくれ……」

作り話なら出来すぎている。そうでないなら惨すぎる。
昨日今日話していた女の子たちが辿る未来の可能性。それを想像しただけでも、吐き気が込み上げてきた。

「秀実ちゃんはね、みんなと仲良くなるためにハーレムルートへ進むように言ったんだ。けれども、僕の求めたものは違う。
これまで僕が選んでこなかった選択、それがハーレムルート。その結末なら誰もが幸せになっている。だから、僕は目指す必要があった」

織田は視線を落とすことなく、俺を真っ直ぐ見つめてくる。
言葉の端々から強い信念を感じる。不気味なまでに拘っていた『皆を幸せにする』という言葉。
今まで鼻で笑い飛ばしていたそれが、急に現実味を帯びて俺の心を蝕んでくる。
こんなとんでもない話をして、俺の動揺させているだけかもしれない。
しかしながら、真実であった場合どうなるのか。だからこそ、迷いが生まれてしまった。
もしも、本当に織田が繰り返していて、そんな結末を迎えてしまうなら俺のしてきたことは何なんだ?
ある時、織田は『君のしていることは無意味に近い』と言った。今の状況を当てはめれば、それは言葉通りじゃないか。
自分の為に、そして主人公を倒すためにしてきた俺の行為は、全て無意味。
結果としてみれば、俺の行動はヒロインたちを不幸に進めるもの。自己満足に浸るだけの無意味なもの。
主人公の行動こそヒロインを幸せにするための布石。
主人公は倒すべき存在ではないのか……?


――違う。


自問を繰り返す中で、辿り着いた。
挫折したり、裏切られたり、迷ったりしたが、どれも俺自身が選んできた道だ。
『皆を幸せにする』なら、今を切り捨てていいのか?
斉藤さんは、2つの好きが分からず苦しんでいた。
明智さんは、佐藤尚輔への思いが消えることを悲しんでいた。
秀実ちゃんは、思い描いていた幸せの形が違って悩んでいた。
俺が妨害を始めた理由は、背景であることへの嫉妬だった。
けれども、彼女のたちの気持ちを知った今、主人公を倒すための目的は変わっている。
いつだったか、田中から好きな女性のタイプを聞かれたことがあった。『笑顔が可愛い子』という答えは、今でも変わっていない。
織田の行動で悲しんでいる子がいる。笑顔が少なくなる。それが現実であり事実だ。
それなら、俺はやっぱり織田を許せない。不幸な結末が先に待っていたとしても認めたくない。
自己満足でもいい。俺は自分の行動を正当化する。
嘲笑われてもいい。俺は主人公を倒さないといけない。
弱気な自分を捨て、余裕を見せるように口元を歪める。
その見掛け倒しの行為は、思いのほか様になっている気がした。
ようやく落ち着きを取り戻し、織田に話しかける。

「皆を幸せにする結末のためにハーレムルートを目指す。悲劇を起こさないために何度もこの一年間を繰り返す。
格好良いじゃないか、織田。お前はまさしく『主人公』だよ。でも、俺はそんな主人公を倒したいんだ。そしてハーレムルートを終わりにさせたい」
「ゲームをして結末を知っている君なら、少しは分かってくれる気がしたのにな……」
「分かるさ。あんなに魅力的な女の子たちが不幸になるなんて俺も認めたくない。
だけどな、今を見てみろよ。お前の行動で傷ついている子がいる。現実とゲームは違う。ハーレムルートなんて選んじゃいけないんだ」
「けど、ハーレムルートなら皆を幸せにするできるんだ。それまで歩んで来なかった可能性に賭けるしかないじゃないか」
「なぁ……それならどうして俺にゲームソフトを渡した?」

夏休み初日、それはルート分岐が決まる時に織田から渡された『School Heart』。
妨害からも俺が敵視していることは伝わっていたはずなのに、織田は俺にゲームを渡した。

「あの時点でお前は俺が妨害をしていることに気づいていた。俺がゲームを持てばシナリオが分かる。
選択肢もどんなものがあるか分かる。俺の妨害が有利になるだけだ。何故そんなメリットがない行為をした?」
「それは………」
「お前は『後は何があっても悪いようにはならない』と言いながら俺にゲームソフトを渡した。その言葉の意味は分からないが、分かることは一つだけある」
「…………」
「認めろよ。お前の心のどこかに、こんな糞ったれなハーレムは嫌だって気持ちがあったことを」

織田は僅かに顔を歪めた。

「……そうかもしれない。ハーレムルートが決まった時、僕の心にはまだ迷いがあった。だから君にあのゲームソフトを渡したのかもしれない。でも、引き返すには遅すぎるんだ」

織田は俺から視線を外して、大時計を見た。それから再び屈伸をして、睨みつけるような視線を送ってきた。
どうやら、また通せんぼうが始まるようだ。
俺は腕時計の時刻をちらりと盗み見た後に、織田と向き合う。織田は今まさに駆け出そうとしていた。

「残り10分かな。それまでに僕は彼女たちの元へ行く」

時が来た。親友が仕掛けた罠が作動する。

「残念ながら、タイムリミットだ。お前はもうヒロインの所にはいけない」
「えっ……?」

時計の針が動いた瞬間、織田は地面に膝をつけた。
目を何度も擦りながら睨みつけてくるが、瞼が重いようで視線が定まっていない。
何が起きたのか戸惑っている織田に、俺は腕時計を見せる。

「田中に頼んで時計駆動器を10分進めさせてもらった。だから、大時計にある時刻は偽物だ」
「それだと――」
「現在時刻10:00。イベントが開始された時刻にお前はヒロインの元にいない」

おそらく織田は睡魔に襲われているのだろう。
今夜ヒロインと会わなければ、宿泊棟で寝てしまうイベントがある。
イベントの発生に場所は問わない。それは妨害の経験から知り得たものだ。
そして、修正力は『シナリオを正常に進行させる』ために存在している。
だからこそ、『ヒロインと会わなかった』というシナリオの方向へ修正力が働き、織田は眠気に襲われている。

「ゆっくり休め、主人公。彼女たちが不幸にならないように、俺も動くから」

時計駆動器を進ませることは、田中が思いついたアイディアだった。
俺が徳川と会っていた頃に、田中は管理室に忍び込んで時計の針を動かしていただろう。
もしも織田が腕時計や携帯電話で時間を確認していたら意味がない妨害だ。しかし、危ない橋を渡った分の見返りは十分にあった。
勝利を確認するために織田を見る。そこには、立ち上がろうとする織田の姿があった。

「なっ、何故眠らないんだ!?」

織田は自分の腕に噛み付いて、眠気に抗っていた。

「……イベント発生時間には多少の誤差がある。それなら、まだ猶予があるはず。
僕は覚えているよ。君が文化祭の出し物を康弘より先に言ったこと。あの時から君に注意していたんだ」

体をふらつかせながらも、彼はこちらに近づいてきた。そして、睡魔を掻き消すように声を張り上げた。

「僕だって! こんな僕にだって小さなプライドぐらいある! だから、行かせてもらう!」

油断してしまった後の仕返しほど痛いものはない。
織田の剣幕に気圧されてしまい、先ほどよりも織田との距離が近いことに気づけなかった。
右か、左か? 迷う時間すら許されないほど、距離は詰められている。
一か八か、織田の視線から探ろうとすると、彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。
己の失敗に気づく。そもそも左右のどちらかに絞っていたのが失敗だ。
目前と迫った織田は、肩から俺にぶつかってきた。押し倒した俺の体に乗っかり、マウントポジションを取った。
俺は振り上げられた織田の腕を見て咄嗟に顔を隠すが、織田は腹を殴ってきた。
吐瀉物が込み上げ、顔を横に反らしながら吐く。

「ごめん」

吐いている間に、織田は立ち上がって俺の右腕を掴んだ。
腕を引っ張られ、背中を見せる形となり、徐々に捻り上げられていく。
靭帯が伸び始めて肩と腕の関節部が悲鳴を上げる。
限界を越えた瞬間、肩から泡が爆ぜたような嫌な音が聞こえた。

夜の森に叫び声が木霊した。

呼吸が詰まるほどの激痛が走る。
浅い呼吸を繰り返す度に、熱い痛みが広がっていく。
俺の肩が外れたことを確認すると、織田は呟いた。

「僕の命と君の命は、同じ価値だと思うかい?」

俺はその問いに答えることができず、犬のような短い呼吸を繰り返した。

「人の価値を何をしてどう生きたかと定義したら、僕の価値は殆ど無いようなものさ。
だって、君が言ったじゃないか。まるで洗脳のようだって。そんなことをしているような人間に価値なんて無い」

織田は虚ろな表情で俺を見下ろす。

「彼女たちを傷つけていることは分かっている。けれども、僕にとって彼女たちの幸せな結末が何よりも優先されるべきことなんだ。
それは僕が繰り返している理由でもあり、目的でもあるのだから。これを譲ってしまったら、僕は僕でなくなる」
「お、お前は……それでも……ハーレムルートを……目指すのか……」
「ああ、そうだよ。ゲームが終われば僕たちの関係はきっと崩壊する。だってそうだろ? 君が思うようにハーレムなんて現実では社会的には認められない異端な集団だよ。
それは本当の意味で彼女たちを幸せにはできない。だから、きっと崩壊する。その時になって、彼女たちが僕を恨むことになったとしても僕はそれでいい。
彼女たちが不幸にならない未来が訪れるなら、どんな苦痛も汚名も引き受ける覚悟はある」
「織田……お前は…………」
「それじゃ、行ってくるね」

そう言って、織田は彼女達のいる場所へ歩き始めた。その足取りは弱く、いつ倒れるか分からないものだった。だが、彼ならやり遂げる。そして、ハーレムは続行してしまう。

「待てよ……まだ……負けてねえぞ……」

俺は最後の気力を振り絞り、左手で体を支えながら立ち上がる。
気持ち悪さで視界が眩んだ。息を止めて、覚悟を決める。
左手で位置を調整して肩を押し込む。ガゴッと骨と骨が咬み合う音がした。抑えきれない痛みが悲鳴となる。
大丈夫だと何度も自分に言い聞かせて、呼吸を落ち着かせる。
痛みと痺れが残ったが、動かせないことはない。今までポケットに隠し持っていたそれを取り出し、声を上げた。

「俺はお前を認めない! 社会的とかそんなものじゃなくて、俺自身が納得がいかないからだ!
ヒロイン、いや彼女たちに何かあったら俺も命を賭けて不幸にさせないようにする。だから、まずはふざけたハーレムを終わらせる!」

俺の声に気づいた織田は振り返る。しかし、彼との距離は空いてしまっている。もはや追いつくことはできないだろう。

「そのナイフで僕を殺すつもりかい?」

鞘を外し現れたのは、刃渡り15センチ程のナイフ。俺は上着を脱ぎ捨てて、ナイフを構える。

「知ってるか、織田? 物語に影響を残してしまうような事件を起こすと、修正力によって『存在の抹消』が起きる。
シナリオから大きく外れた場合にその人物は消えるんだ。イベントともにな。
ゲームをして繰り返しているお前なら、過去に一度だけ『存在の抹消』が起きていることに気づいているんじゃないか?」
「もしかして文化祭の時に……!」
「ご名答。あの時、俺は新間孝蔵によって殺された。そして、文化祭で事件は起きなかった。だからな、お前を殺す必要なんてないんだ」

文化祭の時に新間孝蔵は『存在の抹消』を受け、事件に関するイベントは起きなかった。そしてイベントだけではなく、新間孝蔵と一緒にいた時間も改変された。
だから、もしも俺が同じような事件をここで起こせば、イベント自体が無くなるのではないかと考えた。
それを今から俺はそれを起こそうとしている。これからすることに確証なんて持てない。
『存在の抹消』を受けても、イベントが発生しなかったことになるか分からない。
それにイベントが発生しなかった場合でも、ゲームオーバーにならない可能性だって有り得る。
松永に相談したら絶対に止められていただろう。田中と石川なら殴られるかもしれない。
でも、やるしかない。主人公を止められるチャンスは今しかない。

「もしかして君は――」

そうだ、俺は今から命を賭ける。

「殺すのさ。俺自身を」

俺の行動に気づいた織田は道を引き返そうとしているが、もう遅い。
不思議と自分を殺すことに、緊張と恐怖はなかった。
緊張よりも期待が、恐怖よりも意地が俺の腕を動かした。
両手で握ったナイフを腹へ向けて差し込む。ナイフは服を切り裂いて、肌に突き刺さる。
かつて体験した嫌な感触が蘇る。痛みを我慢しながら、限界まで押し込んでいく。
まだ足りていない。これぐらいでは俺は死ねない。ナイフを引き抜くと、傷口から血が溢れ出てきた。
そして一呼吸を置いてから、もう一度ナイフを振り下ろした。その先が胃に当たったのか、口から血が出てきた。
なんだ、映画みたいに思いっきり吐くことはないのか。そんなつまらないことを思いながら、再びナイフを引き抜く。
いい感じだ。目眩がしてきた。体も震えてきた。もうひと押しだ。
三度目を下ろそうしたが、織田が俺の手を掴んできた。

「馬鹿なことは止めろッ!」

織田はナイフを俺の手から取り上げると、崖に向かって投げて捨てた。俺の体を横へ倒し、心配そうにこちらを見る。

「すぐに人を呼んでくるから持ちこたえて!」
「いや……そんなことはする必要ない……」
「喋らないで! そうだ、何か縛れるものは――」

上着を脱いでそれを傷口に当てようとしている織田をよそに、俺の意識は黒い靄で覆われていく。
久しぶりに感じたそれは、どこか気分の良いものだった。

「なあ……織田……」
「じっとして! お願いだから、無理して喋らないで」
「俺は……」

どうしてか分からなかったが、それを呟いていた。

「俺は……前に…出ることはできたのか……?」

そこで、俺の意識はビデオの再生が終わった時のように一瞬で途切れた。


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