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No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
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[19023] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/05 23:41
太陽の光に当てられたゲレンデが白く輝く。
人がいるので白銀の世界とまでは言えないが、普段見られない風景であることには変わりない。
昨日降っていた雨の影響も少なく、今日は絶好のスキー日和だ。けれども、俺の心が浮かれることは一切なかった。

「佐藤よ、緊張しているのか?」

スキーウェアを着込んだ石川が声をかけてきた。

「当たり前だろ、これが最後になるんだから。石川こそ、目の下にクマができているぞ」
「ふん、お前もな」

昨日、宿泊棟に帰ってから俺はすぐに布団に入ったが、十分な睡眠は取れなかった。
無理矢理寝ようとして目を閉じると、瞼の裏にゲームのエンディングクレジットが映る。
バッドエンドになった時に現れる短縮版のエンディングクレジット。
目標であるはずのそれが、どうしても自分自身の失敗を暗示しているようで、気分が悪くなった。
違うことを考えようとしても、今度は松永とのやり取りを思い出してしまう。眠ることを諦めた頃には、朝日が登っていた。

「田中は、結局来れなかったな」
「39度の熱も出せば、外出禁止になるのは必然。奴はタオル一枚で俺の妨害に隠れてついてきたからな、仕方あるまい」
「それにウォークラリーの時は雨にも振られたし、体調を崩すのも無理ないか……今頃は一人、部屋で寝ているんだろうな」

仕方ないことかもしれないが、こんな時に限って田中が風邪を引くなんて。本当に田中は一人で寝ているんだろうか。

「不安か?」

ゲレンデを見ながら、石川が呟いた。
 
「松永が裏切っていたことは聞いた。俺と田中が、裏切っていないか不安になったのであろう?」
「そんなこと――」
「無理をするな。田中がいつぞやに言っていたように、お前は考え事が顔に出やすいのだ」

不安なんてないと否定することはできなかった。

「信じろ」

石川は普段と変わらない様子でそう言った。

「佐藤よ、俺は悔しいのだ。だから、お前と協力をして妨害をしようとしているのだ」
「織田に柴田さんを取られたからか」
「一理ある。しかし、それだけではない。生まれが恵まれていた俺は不自由のない暮らしをさせてもらっていた。
殆どのことが自分の思い通りになる、そんな世界で暮らしていた。だがな、それは思い込みだった。
この世界には俺の知らない何かが有り、今や想い人の一人も振り向いてもらえないのだ」

スキー場のリフト乗り場を見ると、6人の男女が乗り込む準備をしていた。織田のグループだ。
ついに俺が関わろうとする最後の妨害が始まろうとしている。

「思い通りにならないことが悔しくて、俺に協力してくれているのか?」
「いや、それが悔しいのではない。思い通りにならないことは愉快だ。痛快だ。やりがいになる」
「それならどうして悔しい?」
「お前だ。苦しんでいる親友がいるのに、助けることができない。それが悔しいのだ。
それは田中が協力している理由もきっと同じだ。お前だからこそ、俺たちは協力している」

石川の言葉には、協力者ではないという明確な根拠があるわけではない。
昨日、松永に言われたような曖昧な理由での主張。でも、俺にとっては心強く信じるに足る言葉だった。
昨日の一件がなければ、この言葉さえを信じることができなかっただろう。
松永が田中と石川を疑うように仕向けたのも、そうした理由があったのかもしれない。

「さて、そろそろイベントが始まるな。佐藤よ、場所を移すぞ」

俺たちはスキー場から少し離れたレンタルショップの裏側に場所を移した。
この日のために準備をしたものが、人目を避けるように置かれてる。
被せられていたブルーシートを取り払い、今日の足となる赤い車体が姿を現した。

「それにしても、石川はこんなものまでよく準備できたな。こいつなら織田よりも早く移動できる」
「小型雪上車、またの名をスノーモービル。田中はこれを『クリムゾンメテオ』と命名したがな」
「中二臭くて痛々しいネーミングだな……」
「俺としては『紅蓮』を推したいところだ」
「それもなんというか……」
「それなら、佐藤は何と名付ける?」
「えっと…………赤色一号?」
「佐藤よ、俺はお前に初めて失望した。何なのだ、その着色料のような名前は」
「名前とか今考えるべきことじゃないだろ。イベントがもうすぐ始まるし」
「佐藤は浪漫というものを理解していないな。発進前の点検をしておくから、その間に考えておけ」

石川はやれやれと肩をすくめてから、各パーツの点検を始めた。
点検を手伝うこともできないので、俺はこいつの名前を考えることにした。
このスノーモービルに合うような名前か……。
外装は赤をベースとして黒と黄色のラインがつけられており、全体的にがっしりとした厚みのある印象を受けた。
そこからアグレッシブな感じを名前に入れたいが、良い単語が思いつかない。
いや、外見を重視せずに、願いを込めた名前もいいかもしれない。そうなると……。

「オイル良し、ブレーキ良し、トラック良し。佐藤よ、いつでも発進できるぞ」
「ちょっと待ってくれ、名前がまだ――」
「織田たちのリフトホルダーにも細工を済ませてある。彼らが遭難する前に、こちらから動くとしよう」
「おい、お前が考えろって言っただろ。無視するなよ!」
「はははっ、そんな真剣に考えなくても良いぞ」
「お前な……」
「田中が言っていたのだ『あの馬鹿は心配症だから、緊張をほぐしてやれ』と。緊張は取れたか、親友よ」

そんなことを言われたら、怒る気にすらなれない。
こいつらは信じられる、だから悩んでいる暇はない。思考を妨害をするだけのものに切り替えた。

「ああ、もう大丈夫だ。これが最後のイベントだ、気合を入れていくぞ」









正しい主人公の倒し方 第三十一話
 ~早く行け、馬鹿者~









イベントの内容は、スキーコースから外れた織田のグループが遭難してしまうというものだ。
ヒロイン全員と逸れてしまい、織田は一人で彼女たちを見つけることになる。
時間内に3人以上のヒロインを見つけることができればイベント成功。
また、このイベントは織田のパラメータによって大きく影響を受けるものである。
織田の運動力が高いほど、捜索できる時間は増える。学力が高いと手掛かりを見つけることができると言った具合だ。
もちろん、ハーレムルートに進めた織田のパラメータは全てが高水準だ。イベントの成功率は通常のルートよりも高いだろう。

「それでも負けちゃいけないんだ……」

ウォークラリーの成功と松永の話から、イベントの分岐点になら俺達も介入できる可能性があると知った。
このイベントには3人以上見つけられなかったら失敗という分岐点がある。
だから、俺達は織田よりも先に3人のヒロインを見つけて保護することにした。
他にも5通りほど妨害方法を考えていたが、その中で最も有効だと思うものがこれだった。
失敗というシナリオに進ませる妨害なら、修正力の影響も少ないだろうと俺達は判断した。

「雪が強くなってきたな。佐藤よ、ゴーグルは装着しているか?」
「着けているけど、視界が悪い。そっちこそ運転は大丈夫か?」
「心配するな。この俺が運転しているのだぞ」

俺たちは赤いスノーモービルに乗って、雪山を疾走していた。石川が運転し、俺は後部座席に座っている。
スノーモービルに乗る機会は今回が初めてだが、そのスピードに驚く。
時速は40キロほども出ていないが、目の前にある風景がすぐに移り変わる。
風、音、振動、あらゆるものがスピードとの一体感を生んでいる。自動車などとは違う、画面越しでは味わえないこの感覚にやみつきになりそうだった。

「家の使用人たちにも捜索させているが、期待しないほうが良さそうだ」
「そうだな。俺たちの方も未だに何の反応もないしな……」

ハンドル部分にはスマートフォンを固定するためのホルダーが付けられている。その画面の中心部には俺と石川を示す赤丸が2つ映っていた。
スキーのリフトホルダーに発信機を取り付けてあるのだ。織田たちのリフトホルダーにも同様に発信機が仕込まれている。
ただし、この発信機の範囲は1キロしかない。勾配があり見渡しもきかない山地では、その範囲はさらに狭まれているだろう。

「佐藤よ、この妨害が終わったら旅に出ないか?」

急カーブを曲がり、平坦な道に出ると石川が俺に聞いてきた。

「突然どうしたんだ?」
「夏休みの時、俺は修行をしていた。佐藤は引き篭っていた。田中は……何をしていたか知らんが、俺たち三人は思い出に残るようなことはしていない」
「今のところ三人でしたことと言えば、ギャルゲしかないもんな」
「そうだ。それではあまりにも侘しい。だからこそ、これが終わったら旅に出ようではないか」
「知っているか、そういうのはフラグって言うんだ。ゲームをした石川なら分かるだろ?」
「『お約束』というやつか。だがな、俺たちは織田の成功フラグを折りに行くのだ。一々その程度のことに臆する必要はあるまい」
「そうだったな。それなら、今度三人でどこか行こうか」

約束を終えた時、ハンドルに付けられたスマートフォンから音が鳴った。
画面を見ると、現在地から北西と北東に赤丸が表示されていた。どちらとも直線距離にして500メートルもない。

「どちらの方が近いんだ?」
「北西の方が近いだろう。佐藤よ、今から速度を上げる。手を離さないようにしろ」

左に反れた道を見つけ、すぐに車体を傾ける。画面の赤丸の一つが近くなっていく。その赤丸と重なる手前で、石川が異変に気づいた。

「おかしいな……」
「スノーモービルに不調でも出たか?」
「いや、そうではない。人の気配がまるでないのだ」

元々人も来ないような雪山の奥深くだ。人の気配がないのは当たり前である。
しかし、石川の予感は的中していた。
目的地となっていた赤丸が画面の中心部に入った時、辺りには誰もいなかった。
代わりに、雪の上にはリフトホルダーが落ちていた。スノーモービルから降りて、俺はそれを拾い上げる。
リフトホルダーの裏に書かているナンバーは0549。明智さんが着けているものだった。

「やられたな……わざと落としたのか?」
「故意に落としたものではあるまい。俺達以外はリフトホルダーの細工をしたことをを知っている者はいないからな」
「そうだよな、明智さんは協力者じゃないんだ。今から、もうひとつの方へ向かうか?」
「いや、それは止めておこう」

石川はスマートフォンを指さした。

「北西にあった赤丸も先ほどの位置から動いていない。リフトホルダーを身に着けているのであれば、動きがあるはずだ」

もうひとつも外れの可能性があるということか。
これが偶然か、織田の行動か、または修正力によるものなのかは分からない。
辺りをもう一度見渡しても、雪が振り続けているせいで足跡すら見つからなかった。
でも、リフトホルダーがあるからには彼女は一度ここに来たはずだ。

「佐藤よ、すぐに発進するぞ。ここで時間を潰すのは無駄だ」
「いや、待ってくれ。もしかしたら一人は近くにいるかもしれない」

俺はポケットからもう一台の発信機を取り出した。
それは俺が自前で用意したものであり、石川が用意したものよりも性能は遥かに劣る代物だ。
範囲も狭いし、何よりも一人しか反応しない。だから、今日の妨害でも使うことはないだろうと思っていた。
けれども、彼女が『あれ』を身に着けているなら反応するはずだ。
グローブを取り、寒さを我慢しながら現在地を入力する。
かじかんで手は思うように動かせないが、それを堪えて待っていると反応があった。すぐに発信機の画面を石川に見せる。

「ここから、どれくらい掛かりそうだ?」
「2、3分で着くはずだ。だが、その付近の急斜面や岩があり紅蓮で通れないところがある」
「紅蓮って、スノーモービルの名前はそれで決定していたのか……」
「赤色一号より良い名だ。それはそれとして、目的地まで近づけるだけ近づいてから佐藤を降ろす」
「了解した。そこから俺は歩いて向かえばいいんだな」
「俺も紅蓮と共にすぐに向かおう」

落ちていた明智さんのリフトホルダーを拾い上げて、すぐさまスノーモービルに乗る。
石川はアクセルレバーを押し込んで、スノーモービルを加速させた。
カーブに差し掛かると体を曲がる方向へ傾けて、減速を抑えながら進ませる。
赤丸が近くなると急勾配の下り坂と岩があり、そこで石川はブレーキを入れた。

「ここから直進していけば赤丸に追いつくはずだ。無理だけはするな」

その言葉に頷いてから、俺はスノーモービルを降りた。
スノーモービルが走り去っていく音に少しだけ不安を覚えたが、俺は坂を下ることにした。
一度下ってしまうと上がることはできないだろう。俺は急斜面を滑るようにして進みながら、目的地へと向かった。
木々と雪の間に見える、微かな人影。ようやく見つけたその後姿に向かって、喉の奥から声を上げた。

「明智さん!」

ジャケットに着いた雪を振り払いながら、彼女の元へ駆け寄った。明智さんは俺を見ると、驚いたのか目を大きく開いた。

「な、なお……」

俺は出来る限り、丁寧な口調で彼女に尋ねることにした。ここに来たのが、佐藤尚輔ではなく俺だと言うことを知ってもらうために。

「大丈夫でしたか? どこか怪我をしていたりしていませんか?」
「……いえ、どこも怪我はしていません」
「ああ、良かった。明智さんがここにいる事情は知っています。それで俺達は助けに来たんですよ。
もし寒いようでしたら、このカイロを使って下さい。ポケットに入れておくだけでもだいぶ違いますから」
「ありがとうございます……」
「もう少しでスノーモービルが来るはずです。それに乗って、ゲレンデ近くまで戻りましょう」

彼女の口数の少ないことが気になったが、ひとまずヒロインを助けられたことに安心した。
これで修正力によって始めからイベントに介入できない可能性は消えたからだ。
それから待つこと数分、スノーモービルの駆動音が近づいてきた。

「待たせたな、佐藤」
「思っていたよりも早かったよ。明智さんは俺の後ろに乗って下さい。本当なら3人乗りは違反ですけど、こんな状況では仕方ありません」
「……分かりました」

先程まで乗っていた位置より少し前に乗り、明智さんはその後ろに座った。
彼女が俺の両肩に手を乗せたのを確認してから、石川に発進しても良いと合図を送る。
スノーモービルは勢い良く走り出した。できるだけ早く、そして安全にスノーモービルは雪の上を疾走する。
本来ならば田中を含めた三人でこのイベントを妨害するつもりだったので、ヒロインを見つけたら一人ずつ付いてゲレンデまで送る予定だった。
田中がいないため、こうして一人目はスノーモービルで送らなければならなくなったわけだ。
三人乗りということもあり、石川は緩かな道を選びながら進み、ゲレンデが見えたところでスノーモービルの速度を落とした。
俺は肩に乗せられていた明智さんの手を叩き、降りるよう促した。

「この道を真っ直ぐ歩いていけば戻れます。けれども、絶対に戻って来ないでください。また巻き込まれる危険がありますから」

明智さんともにスノーモービルから降りて、ゲレンデへの道を指さしながら注意する。
修正力に感情の操作があるなら、何かの間違いでまた彼女が戻ってきてしまう可能性もある。
念の為に石川は通信機で家の使用人と連絡を取っていた。後、数分もすれば彼女の身は無事に保護されるだろう。
だから、今の俺にできることと言えば、こうして注意することだけだ。

「あの……」

それまで黙って聞いていた明智さんはためらいがちに声を出した。

「何でしょうか?」
「あなたの手を貸してください」

そのまま手を差し出すと首を横に振られたので、俺はグローブを外してから再び差し出した。
明智さんもグローブを外し、両手で俺の手をぎゅっと包み込んだ。
目を閉じたまま、何も言わず、十秒ほど握り、その後名残惜しそうに離した。

「これでいいです」

彼女がその短い間に、何を思っていたのかは分からない。
そろそろ捜索に戻らないといけないが、彼女と別れる前に謝らなければいけないことがあった。

「明智さん、昨日渡したキーホルダー持っていますよね。出してくれませんか?」
「はい、ありますけど……どうして持っていることを知っているんですか?」

キーホルダーはスキーウェアのポケットに仕舞われていた。俺はそのキーホルダーを受け取り、チェーンを回して抜き取った。
熊の部分は彼女に返し、抜き取ったチェーンを彼女に見せる。

「黙っていてすみませんでしたが、このチェーンは発信機になっていたんです。だから、遭難していた明智さんを見つけることができたんです」
「……」
「軽蔑しても構いません。こんな小細工でもしない限り俺は織田を倒せませんから」
「……聞きたいことがあるんですが、いいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「貴方はどうして織田君を倒したいんですか?」

昨日俺は久しぶり彼女に会いに行き、今日もこうして遭難していたところを助けた。
以前に事情を話した彼女なら、今回もゲームに関わっていることに気づいているだろう。

「……俺には今でも割り切れていないことが多くあるんです。自分とか、ゲームとか、色々なことに対して。
それをはっきりさせるために俺は織田を倒したいんです。倒してもそれがはっきりするかは分かりませんが、何かしないといけないんです。
それで、これが終わったら俺は俺らしく生きるつもりなんですよ。もしも佐藤尚輔が帰ってきた時に迷惑が掛からないで程度に」
「そうでしたか……でも、最後の心配はいりません」

彼女は今日初めて笑顔を見せた。

「尚輔は貴方が思っているより強い人です。そんな心配しなくても大丈夫です。だから、貴方の思うように行動して下さい」
「……はい、分かりました」
「頑張ってください、尚輔」

俺はもう一度力強く「はい」と返事をしてから、石川が待つスノーモービルに乗り込んだ。

「石川、待たせて悪かった」
「そんなことはない。あのような時間は必要なものだ。明智先輩とお前のためにもな」
「ああ、分かっているよ」

明智さんに見送られながら俺たちは進み始めた。
残りは二人、イベント開始から一時間が経過していた。





雪にまみれたスノーモービルが山を駆け巡る。
途中幾度か止まってしまう場面もあったが、二人で協力して軌道を修正しながら進めた。

「佐藤よ、行き先は決まったか?」

指先はだいぶ前からかじかんで、思うように動かせなくなっている。

「何の行き先だ?」
「旅だ。先程言ったであろう、三人でどこに行くかだ」
「それなら……温泉がいいな。ゆったりくつろいで、この疲れを取りたい」

雲行きが悪くなってきた。ゲームでも時間経過とともに天気が悪くなる描写があったので、想定内のことだが不安になる。
せめてあと一人を見つけるまで、吹雪にならないことを祈るばかりだった。

「温泉か。なるほど、それはいい案だ」

登り坂に差し掛かり、石川はレバーを強く押し込んだ。
加速しながら駆け上がり、あと少しで坂が終わろうとした時、スノーモービルが止まった。
その一瞬、嫌な予感がした。

「降りろ、佐藤!」

それは突然の出来事だった。
石川が背中を押し出して、俺を後部座席から突き落とした。
傾いて倒れていくスノーモービル。ハンドルから手を離そうとする石川。
宙に放り出された俺の視界には、それらの光景がゆっくりと映って見えた。
そして、突然早送りをされたかのように視界は空と雪を交互に映し出した。
慌てて手を動かして何かを掴もうと必死になるが、何もできずに転がり落ちていく。
もしもここで、岩に衝突したとしたら……。
恐怖で悲鳴を上げそうになるが、それすら許されず流されていく。
このまま俺は死ぬのか。いや、俺はこんなところで失敗してはいけない。あいつに負けちゃいけない。
掴むことを止めて、瞬間的に体を横へずらした。体の回転は止まり、引き摺られるように坂を下った。

「はぁ……はぁ……」

どこまで落ちたのだろうか。
まばらに降り落ちる雪が、俺の顔に触れては解けていく。
スノーモービルから落ちた時に受けた打撲以外に、怪我はなさそうだ。
ゆっくりと体を起こして辺りを見渡すと、数メートル先に石川が倒れていた。
その隣にはカウルが全壊したスノーモービルがある。ハンドルも曲がっており、もはや使い物にならないだろう。
力が十分に入りきらない足を引きずりながら、石川の元へ行く。

「大丈夫か、石川……」

返事がない。

「おい、嘘だろ……頼むから、返事をしてくれ!」
「聞こえているぞ……」
「石川!」

石川は瞼を開けて、首をこちらに動かした。それから心苦しそうに口を動かした。

「俺が運転を誤ったせいで岩に乗りあげてしまったようだ……すまない」
「謝ることなんてない。それよりも体は大丈夫か」

彼は首を横に振った。

「手と足を骨折したらしい。残念なことに俺はこれ以上妨害を協力できない。無念だ」
「妨害のことはいい……早く救助を呼ばないと」
「佐藤よ、あれを見ろ……」

石川が指差した方向には壊れたスノーモービルがある。
ハンドルは曲がっていたが、備え付けられたスマートフォンは外れていなかった。
それに映しだされた画面には、赤丸が表示されていた。俺はホルダーから外して、その赤丸の動きを見る。

「俺たちが落ちてから、すぐに反応があった。高低差のせいで発見されなかったのであろう。
それに、映された赤丸には動きがある。今から追えば、追いつくこともできるだろう」
「馬鹿野郎……怪我した友人を置いていけるか」
「馬鹿野郎は貴様だ。言ったではないか、俺はお前のために協力をしている。ここで俺に構って、今までの努力や苦労を無駄にするつもりか?」
「だけど、それとは……」
「案ずるな。このような事態に備えて、俺たちにも発信機が取り付けられている。通信機で使用人とも連絡が取れれば、じきに駆けつけてくれる」

それは連絡が取れたらの話だ。明智さんの時に通信機が使えたのは、山を抜けていたからである。

「佐藤よ、『School Heart』での俺はサブキャラクターだ」

俺の不安を他所に、石川は唐突に喋り始めた。

「あのゲームでの俺の役割は、織田という主人公を引き立てる存在でしかない。
ゲームプレイヤーからしてみれば、ヒロインにちょっかいを出す嫌なキャラクターだ。それでも、俺は『石川本一』という存在もキャラクターも好きだ。
先程の明智先輩との会話で出た『織田を倒したい理由』。あの理由だけが本心ではないのであろう?」
「……」
「割り切れないというのも理由の一つではあるだろう。しかし、隠されているものがある」

「言ってしまえ」と石川は目で語りかけてくる。心の奥に蓋をされた場所から、自分の本心を見つめる。
それは多分この世界に来た時からあるもの。不格好で、醜くて、人前に出せるようなものではなかった。
けれども、俺は勇気を出してそいつを石川に見せる。こいつなら俺の本心を受け止めてくるはずだから。

「ああ、そうだよ。俺は織田という主人公に嫉妬している。気に入らないし、気に食わない。
妨害を始めた理由も再開した理由も様々な事が影響しているけど、やっぱり根本にはそれがある。
誰かのためとかじゃなくて、俺自身が悔しいから。自分勝手な妬みが本当の理由だ」
「ふっ、やはりそうであったか」
「こんな不純な動機で俺は主人公を倒したいと思っているんだ。失望したか?」

妬みという感情は、物語に出てくるような主人公達とは遠く離れたみっともないものだ。

「失望? いや、満足した。実に単純明快な理由ではないか」

石川は高らかに笑った。追い込められている状況なのに、場違いな笑い。

「よいか、佐藤。もう一度言うが、俺はサブキャラクターだ。このイベントが終わった後にも出番がある。
ここがゲームに影響された世界であるならば、俺の死はゲームを崩壊させるはずだ。故に世界は俺を殺さない」
「故に世界は俺を殺さないか。凄い言葉だな」
「どうだ、気障な台詞であろう? だから、行って来い」

本当に世界が石川を守ってくれる保証なんてどこにもない。俺は親友の眼をじっと見つめた。

「いいのか?」
「無論だ」

俺は石川に背を向けて、一歩踏み出した。雪に足が取られないように慎重に進んでいく。
俺が先にあと二人を見つけることができたら、織田はこのイベントで失敗する。この状況で無駄に時間を掛けてしまうことは許されない。
けれども、振り返ってしまった。どうしても友人を見捨てることができなかった。
石川は通信機も持たずに、ぐったりとした様子で俺を見ていた。
俺が振り返ったことに気がつくと、余裕を見せるようにやりと笑いやがった。
ああ、畜生。これで戻ったら俺が格好悪いじゃないか。
だから俺も無理をして笑い返しやる「本当に行っちまうぞ?」と。
石川は追い払うように手を振ってきやがった「早く行け、馬鹿者」。
それを受けて、俺は最後に拳を突きつけて見せる「ああ、分かったよ馬鹿野郎」。
もう振り向かない。
先ほどよりも力強く一歩踏み出すことができた。





俺が佐藤尚輔ではないときに住んでいた地域は雪が滅多に降らないところだった。
だから、誰も足を踏み入れていない雪を見ると、どうしてか足を入れたくなる。
普段なら、そんな衝動に侵されているだろうが今の俺にはそこまでの体力と時間がない。

「うぉっ!!」

考え事をしながら歩いていたせいで、足が雪に嵌った。
ついでに打撲をしていた腰まで衝撃が響き、堪えれない痛みを声に出してしまう。
いかにスノーモービルで楽に移動していたのか思い知る。
それでも無い物ねだりをしていても仕方ないので、痛みを堪えながら足を引き抜いた。

「そろそろ追いつくと思うけど、思うように進まないな」

スノーモービルから取り外したスマートフォンを見ながら、溜息をつく。
スマートフォンと言っても発信機の位置を確認するために利用しているだけなので、通話という本来の目的は使用できない。
俺と石川が落ちてから見つけた赤丸はすぐそこにいる。
動いたり、止まったりしているのでリフトホルダーだけ落ちているようなことはないはずだ。
これがヒロインだった場合は良いが、最悪の場合は織田という可能性がある。
今回のイベントで織田が俺のようなモブキャラと遭遇する場面はないので、何かしらの修正力がかかるだろう。
こうして、思うように進めないのも修正力の影響なのかと考えてしまう。

「発信機をそれぞれ個別認識ができるようしておくべきだったな」

でも、これは本番にならないと分からない失敗だ。それに、まだ妨害までが失敗したわけではないのだ。
気を引き締めて、再び足を動かした。
無心になって足を動かしていくと、ようやく赤丸が画面の中心に映し出された。
辺りを見渡すと、木の影に黄色いスキーウェアを着た女の子が隠れるようにして座っていた。
ノルディック柄のニット帽を深く被り込んでいるが、俺には彼女が誰なのかすぐに分かる。
その女の子に、久しぶりに声を掛けた。

「助けに来たよ、秀実ちゃん」

驚いたように秀実ちゃんは顔を上げ、それから俺を見るなり涙ぐんだ。


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