学園へ繋がる長い坂を、僕はゆっくりと押し進めていく。
カラカラと回る車輪の音を聞きながら、舞い落ちていく桜の花を見る。
去年と比べて少しだけ痩せた頬。それは僕だけに限ったことではない。
車椅子に乗っている加奈も痩せていた。最近外出が少なくなった分、彼女の肌は白くなっている。
そして、桜の花と合わせて長い髪が風になびく。
来週から僕たちは3年生になるはずだった。
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正しい主人公の倒し方 第零話
~No.52~
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「もう桜の咲く季節になったんだ。毎年見ているけど、本当に綺麗だよね」
加奈は何も言わない。いつものことなので、僕は気にせず話し続ける。
「この桜を見た時に加奈は『一番好きな桜の咲き時は?』と尋ねたよね。あの日からもう1年だ」
加奈がそう尋ねたことすら、昨日ことのように思える。
去年の春も満開の桜だった。それから緑葉で埋め尽くされて、いつしか葉も全て散って、丸裸になっていた。
そして春になって、また僕らはこうして満開の桜を見ている。
「あの時、僕がどう答えたか覚えているかい? 確か『満開』だと答えたはずだ。
『欲張りだね』と言われても、僕は満開の桜が好きなんだよ。ほら、見てごらん」
僕がそう言っても、加奈は顔を上げようとしなかった。
車椅子のブレーキを掛けて、背もたれの角度を見やすいように調節する。
彼女の隣に立って、僕も桜の木を見上げる。
今年の桜もやっぱり綺麗で、こうして加奈と一緒に見られることを幸せだと思う。
「そういえば、来週から学校が始まるんだ。毎日は会えなくなると思う……ごめん。でも、心配しないで。
明後日には康弘と市代、それに石川くんも来るはずだから。きっと賑やかになると思うよ」
ポニーテールを下ろしている加奈の髪に、桜の花びらが一枚止まった。
払い除けようとしたが、それが髪飾りのように見えたのでそのままにしておく。
そうだ、来週の日曜日は加奈の洋服や化粧品を買いに行こう。
ファッションセンスには少し自信がないから、市代も連れて行こう。
我が妹なら、きっと加奈に似合う物を選んでくれるはずだ。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
もう走れない加奈の代わりに、僕は車椅子を押し進める。
あの日から歩みを止めてしまった僕は、死体のような存在でしかない。
目標を作ることを止めて、成長することを忘れてしまった。
それを知ったら加奈はきっと怒るだろう。怒られた僕はすぐに謝ってしまうだろう。
そんな弱気な僕を見て、加奈はまた怒り出すはずだ。いつの間にか取っ組み合いの喧嘩が始まる。
懐かしくて、起こるはずもない光景が瞼の裏に浮かんで、僕は涙を流した。
さあ、桜よ。いつまでも咲き誇れ。そして、君は人の役に立て。
僕は君との勝負に負けた。けれども、僕にとってその勝負は既に意味の無いものだ。
加奈にとって僕が価値のある存在であれば、それでいい。
僕の世界の中心は彼女だから。
桜舞う中、加奈は黙ったままだったが、僕には彼女が笑っているように見えた。