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No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
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[19023] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/21 04:13

「ちっ、もう屋上で寝られる季節じゃねえな」

屋上から吹きこむ風が肌寒い。開けかけた扉をそっと閉めた。
絶好のサボり場はこれから冬季休業に入るようだ。
さて、どうしようか。
めんどくせえ教師の授業なんざ、聞いてもしかたない。というか、分からねえ。いっその事、学校をフケっちまおうか。
額に手を置き、溜息をつく。……このままでいいのかねえ、俺。
何が原因だったか憶えていない。キッカケなんて無くても人は駄目になっていく。
落ちこぼれ、問題児、屑。今の自分を表す言葉なんて沢山ある。
俺の人生は間違いなく下り坂の真っ最中だった。

「ん?」

手にヌメッとしたものを感じた。慌てて額から離すと、指の先が赤くなっていた。
昼前に上級生に絡まれたことを思い出す。その時の傷が開いたんだろうな。
学校にいてもケンカ、街に出てもケンカ。売った覚えはないのに勝手に買われるケンカ。
一日に一回は誰かの顔を殴っている気がする。おかげで、入学してから半年は経つのに友人は0。笑えねえ。
時間が経っていたせいか、血はドロリと垂れ落ちてきた。今はサボることより血を止めることが先決だ。
階段を下りていき、保健室まで向かう。その途中、図書準備室の扉が開いているのを見かけた。
図書室、ましてや準備室になんか入ったことがないから、物珍しさに中を覗き込んだ。

「中々綺麗じゃねえか」

かび臭い部屋だと想像していたが、綺麗に本が並べられていた。
ぐるりと見渡して、目についたのは寝心地よさそうなソファー。
そこに横になった自分の姿を想像すると、眠気が出てきた。
梅干しを見たら唾が出るのと同じ。寝心地が良さそうなもんがあるんだったら寝るしかない。
ソファーに体を預けると、チョコレートのような甘い匂いがした。
窓から差す日差しが暖かい。自然と瞼が重くなる。
ああ、止血しねえといけねえのに。






正しい主人公の倒し方 第二十一話
 ~ふりだしに戻って、今に進む~







目を覚ますと、黒髪の女が椅子に座っていた。

「あっ、起きましたか」

時計を見ると、3時間ほど針が進んでいた。と言うことは放課後か。
結局、今日も授業に出ることなく下校することになった。はは、これじゃあ学校に来る意味ねえじゃねえか。
寝心地が良かったソファーを離れるのは、名残惜しいがずっといてもしかたない。
ソファーから立ち上がり、女に声をかける。

「邪魔して悪かった。すぐに出る……痛ッ」

肩に痛みが走った。思わず摩ると、少しだけ腫れていた。
まさかあの時に当たった突きが響いているとは思わなかった。
時間が経ってからくる痛みは侮れない。2,3日は動かしづらいかもしれねえな。
二回ほど肩を回して調子を確認してから、扉に向かった。

「少し待ってくれませんか」

思わず振り返ってしまう。
俺を引き止めたのは、聞き惚れてしまうような穏やかで優しい声だった。
そして、続いた言葉に俺は度肝を抜かされた。

「脱いで下さい」

扉の前で、立ち止まること十五秒。

「……は?」
「早く脱いで下さい」

二の句が継げない。
頭がどうかしてるんじゃないのか、この女は。
俺はこの女の名前すら知らない。だいたい顔を見たのも1分前の出来事。
しかし、女は俺を真剣に見つめている。そして「脱げ」と言う。
なんだ、この部屋で休憩していたからその料金を払えということか。
お前みたいな貧乏人に金を求めてもしようがねえ、だから体で払えと。
よく分からん。けれども、払う金もない俺は、言われた通りベルトを緩めてズボンを脱いでいく。
現れたのは、赤いボクサーパンツ。俺のお気に入り。
流石にこの女もパンツまで脱げって言わないだろうな。

「ず……」
「ず? どうしたんだ。お前が言うように脱いだぞ」
「ず、ズボンではありません! 上着、上着を脱いで!」
「なんだ、そっちの方か。ほらよ」

ズボンを穿き直して、今度は上着を脱ぐ。肩を見ると、案の定赤く腫れていた。
女は顔を赤くしながら恐る恐ると近づいてきて、腫れた箇所を少しだけ触った。
細く冷たい指。何をするのかと思っていると、ヌメッとした感触が俺の肩を襲った。
メンソールに似た鼻につく匂い。女が傷薬を塗りこんでいたからだ。

「あのな……」
「なんですか?」
「手当してくれるなら始めから言えよ。それに、どうしてこういうことができるんだ?」
「えっ?」
「俺とお前が会ったのは、今日が初めてだ。ここまでする義理がねえだろ」

傷薬だけのことではない。
俺は額に貼ってある絆創膏をなぞりながら言った。
寝る前に流れていた血は止まっている。多分これもこの女がやったのだろう。

「気まぐれです」

女は言い淀むことなくキッパリと言った。他に言葉は付け加えない。
それを聞いて俺は、笑ってしまうほど気分が良くなった。痛快。実際に口から笑いが漏れてしまった。
責任とか親切なんかより、俺には納得できてしまう理由だ。それに澄ました顔をして言うのだから更に気に入った。
女は塗り終えた傷薬を救急箱にしまう。それから、備え付けの棚からコーヒーカップを取り出してこちらに見せてきた。

「塗り薬が乾くまで、お喋りしませんか。恩を感じたなら、少しだけでも付き合ってください」

俺も気まぐれに付き合うことにした。
上半身を明かしたまま、先ほど寝ていたソファーに座りなおして待つ。
女はポットを沸かして、手際よく準備を進めていく。
手持ち無沙汰の俺は、ソファーから女の後ろ姿を見ることにした。
日本人形みてえな黒髪。すらりとしたモデルみてえな体。改めて見ると、結構な美人だった。

「はい、どうぞ」

机の上に出されたコーヒー一杯。心が落ち着く濃厚な香り。黙って一口もらう。

「熱ッ! 苦ッ!」

気取ってみたのが失敗だった。本当はコーヒーの香りなんて分からねえし、猫舌の俺は普段こんなもの飲まねえ。
口の中が熱さで痛い。そして、どろりとした苦味がヤバい。
吐き出してしまいたくなるのを我慢して、必死に喉へ落としていく。それ見ていた女は、右手で口元を隠しながら笑った。

「……ちっ、笑うなよ」
「ふふ、すみません。はい、砂糖とミルクになります」
「あるんだったら始めから出せよ、チクショウ」

受け取った砂糖とミルクを全てコーヒーへぶちまける。
もはや黒さの欠片もないコーヒーに息を吹きかけて、ちびちびと飲んでいく。
今度は普通に飲めた。旨い。

「どうですか?」
「まあまあかな。それでアンタは――」
「アンタではありません。明智美鶴と言います」
「おっとすまねえ。自己紹介もまだだったな。俺の名前は佐藤尚輔だ。それで美鶴はこの部屋にいつもいるのか」
「……始めから呼び捨て」
「なんだ、駄目だったか」
「お気になさらずに。そうですね、図書委員なのでほぼ毎日ここにいます。何か気になることでもありましたか」
「寝る時によ、チョコレートみてえな甘い匂いがしたんだ。ここで菓子でも作ってんのか」

今も微かに匂うこの香り。気にはなるけど、嫌いじゃない。

「いいえ、作ってませんよ。コンロを使うのもお湯を沸かすときだけです」
「それなら何の匂いだったんだろうな」
「きっと本の匂いですよ」

そう答えた美鶴の顔は嬉しそうだった。友達を見つけた子どものような屈託の無い笑顔。

「尚輔さんは――」
「呼び捨てでいい」
「尚輔は本が好きですか?」

考えるまでもなく、首を横に振った。本なんて読んでも眠たくなるだけだし、読みたいとも思わない。
教科書なんて枕がわりになるくらいだ。枕にするなら国語の教科書がベスト。数学は薄すぎるから使えねえ。
俺が本好きではないと知った美鶴は、しょんぼりとした顔になった。
クールな感じがすると思っていたけど、感情が表情に出やすい質だ。ますます気に入った。

「そうなんですか、残念です……。それなら図書室には来たことありますか?」
「この学園に来て半年になるが、一回も入ったことないな。図書室より先に準備室に入るなんて思いもしなかったぜ」
「尚輔は転校生だったんですか?」
「はっ? 俺は転校生じゃねえぞ」
「もしかして1年生?」
「そうだよ。もうピカピカでもなんでもない1年生だよ」
「てっきり同級生か先輩かと思っていました……」

ごめんなさいと謝ってくる美鶴。そんなに老けてんのかねえ、俺は。留年とかしてねえのに。

「そういえば、その肩の怪我は何か部活でしたものですか?」
「いいや、俺は帰宅部だ。これはケンカでできた奴」
「喧嘩ですか……」
「なんだよ、その目は。文句あるのかよ」
「あります。喧嘩なんて互いを傷つけるだけです。感心しません」
「……ちっ、分かった分かった。これからはあんましやらないようにするさ」

それからしばらくの間、コーヒーを飲みながら互いのことを話した。
初めて会ったばかりだから、自己紹介に近い内容になってしまったが、会話は弾んだ方だと思う。
二杯目を飲み終える頃には、肩の傷薬も乾いていたので制服を着た。
コーヒーのお礼を言いつつ、一言。

「本とか読まねえけど、またここに来ていいか」

美鶴は飲みかけのコーヒーカップを一度置いてから、頷いてくれた。
俺は扉に手をかけてから、振り返る。

「それと、あんがとな」





夏が近づいてきた証拠なのだろうか。
蝉の声が聞こえ始めたのは、つい三日前。
ジジジジと羽を擦り合わせる音は、窓を閉めきったはずの自習室に響き渡る。

「それじゃあ、第5回定期報告会を始めるわよ」
「どうしたんだ、疲れた顔をしているぞ」
「そういうあなたもね」
「……現状は悪くなるばかりだからな」

自習室で行われる報告会。ここで俺と松永は放課後に時間を合わせて情報交換をしている。
しかし、報告の大半は織田の進行状況であり、その内容は聞いていてうんざりするものばかりだ。
ルート確定まで2週間。柴田加奈・織田市代の必要好感度は達成したと見ていい。
残る斉藤裕・羽柴秀美、それと明智美鶴の好感度を上げさせないようにするしかない。

「ねえ、佐藤。悪い話、どちらとも言えない話、良い話どれから聞きたい?」
「良い方から」
「言い忘れていたけどね、私はデザートを残しておく主義なの。もう一度聞くわ。どれから聞きたい?」
「……悪い方からでいい」
「先週の日曜日に斉藤裕が織田君と遊園地に行ったという情報を入手。これって結構ヤバいんじゃなかった?」
「そうだな。かなりヤバいな」

将棋で例えるならば王手。チェスならチェックメイトと言ったところだ。斉藤裕の必要好感度は達成寸前まで来ているようだ。

「次はどちらとも言えない話ね。捉え方次第で良くも悪くもなりそうだわ」
「分かった。話してくれ」
「私の調べた結果、文化祭であなたが会った新間孝蔵という人間は存在しなかった」

新間孝蔵、文化祭の誘拐犯になるはずだった男だ。彼は俺を襲う前に名乗ったが、それが実名だという確証はない。
文化祭後の彼の所在が気になって松永に頼んでいたが、この結果はどう捉えるべきだろうか。
迷っていると、松永は人差し指を立てて話しかけてきた。

「可能性その1、新間孝蔵は偽名であり彼はまだ生きている」
「現実的な考え方だな。俺もそれが可能性としては一番高いとは思ったが、あの状況で偽名を言うメリットが思いつかなかった。
事件を起こすことが目的なら、わざわざ偽名を言う意味がないからな」
「ええ、私もそう思うわ。次にその2、新間孝蔵は実名であり彼はこの世界からいなくなった」
「それは有り得ない……と否定できないな」
「その3、私が調べきれなかっただけ。これは外してもいいわ」
「大した自信だな。信用してもいいのか?」
「あなたが言った特徴と合わせるといなかったわ。あなたが会った新間孝蔵は北海道在住の95歳? 鹿児島県在住の88歳? 不安なら、顔写真でも持ってこようかしら」
「……そこまでしなくていい。俺が見た新間孝蔵は歳こそ取っていたが、そこまで高齢ではなさそうだった。本当によく調べてくれたんだな」
「私を誰だと思ってんのよ。知識と不思議の探求者、松永久恵よ」
「決め顔で言ってて恥ずかしくないか」
「……若干ね。そんなことは置いといて、私たちが検証しなければいけないのは可能性その2よ」

松永は人差し指と中指を立てた。

「あなたはこの世界がゲーム通りに進行してるって言ったわね。それで新間孝蔵の行動をゲームと照らし合わすとどうだった?」
「だいたい合っていたんじゃないか。事件が起こる前からフラグはしっかり立っていたし、実際に奴は誘拐をしようとしていた」
「けれども、結末だけは違った」
「そうだな。奴は誘拐をせず俺をナイフで刺して事件を起こそうとした。意識がなくなる瞬間までは覚えているが、起きたら怪我も事件もなくなっていた」
「やっぱりね。……あのね、佐藤。これから話すことは私なりの仮説。だから、信じてくれなくていいし、外れた方があなたのためになるわ」

いつになく松永は真剣な表情をしていた。

「世界からいなくなった。つまり、それまで新間孝蔵と関わった人の記憶、彼が残したもの全てが消えてしまったということ。
普通だったらこんなことが起きるはずない。けれども、それが起こり得る可能性として私は説明書を持っている」

そう言ってから、松永は白チョークで背面黒板に樹形図らしきものを書き始めた。
線は何本にも枝分かれしていき、途中で合流しているものもある。
その一ヶ所の端に『GOOD』と書き込み、その下に『BAD』と書いた。

「私の考えだとね、新間孝蔵が消えた理由はゲームの進行を邪魔したからだと思うのよ」
「その理由は?」
「う~ん、例えばの話になるけどゲームのバグで絶対に倒せないモンスターに会ったらどうする?」
「ラリホ……睨むなよ、逃げるが一番だろうな」
「そう、普通だったら逃げるわね。だから、この世界でも同じようなことが起きたのよ」

松永の説明を理解できていない俺は、ぽかりと口を開けてしまった。
そんな俺を見て、松永は口元をニヤリと上げて得意顔になった。
分からない説明をしておきながら、その表情は若干いらつく。

「新間孝蔵が起こした想定外の行動。佐藤をナイフで刺したことね。もしこれがそのまま現実として起きていれば、どうなっていたと思う?」
「警察が来て、はい終了……なんてことはないな。事件のせいでしばらくは休校になるだろうし、マスコミへの対応やらで学園生活にも影響が出る」
「Exactly. そんなことになったら『School Heart』は恋愛シミュレーションではなくてミステリーかサスペンスになってしまうわ」

松永は樹形図の数本の線に被せるように佐藤殺傷事件と書いた。
それから赤チョークで樹形図の始まりから『GOOD』までの道筋をなぞっていく。ただし事件と被さった線は避けるように。
ここでようやく彼女が言いたかったことが分かった気がした。
自分なりの解釈でまとめよう。松永が黒板に書いた樹形図は、シナリオの分岐を表している。殺傷事件という想定外のバグが起きて、物語は直線せず避けるという選択が取った。
どうして、そのまま直進をしなかったのか。それは後のシナリオに大きな影響を与えてしまう危険性があったからだ。その代償として、新間孝蔵の存在は都合よく無かったものとされた。
そうは考えてみたが、腑に落ちないところも納得いかないところもいくつかある。
けれども、俺はこの考え方を支持したくなった。理由の1つに俺の妨害がうまくいっていないことがある。
『School Heart』というシナリオの進行に、不必要な事柄は回避されるという現象。それは俺が嫌なほど体験している。
そして1つ疑問が湧いてきた。それでは誰がいったいこんなことをしているのか?

「難しい顔してるわね。もしかして誰がこんなことをしているのかと考えてるの?」
「その通りだよ。神様か仏様か人間様かどんな奴がこんな面倒くさいことをしているか不思議に思ってな」
「あ~、だったら止めておきなさい。そんなの」

意外にも彼女はこの問題に対して思考停止を選択した。

「あなたが佐藤尚輔になったことも人間様がどうこうできるものじゃない。答えてくれない存在に答えを求めるなんて愚の骨頂、あるいは時間の無駄。あなたは神と戦う気なの?」
「チェーンソ……いや、冗談だ」
「それにあなたが戦うべき相手は、そいつじゃないでしょ。織田伸樹という主人公じゃないかしら?」

言われてから「ああ、そうだ」と頷いた。ここで俺達が世界の真実について議論しても世界は変わらない。
林檎は上へは落ちないし、時間は過去へは進まない。ゲームの進行を邪魔すると何か起きる。その可能性だけを頭の片隅に置いておけば十分だ。
俺は考えるのを一度止めて、松永を見た。

「確かにどちらとも取れる話だった。それじゃあ、最後の良い話を聞こうか」

松永は口を開かなかった。そして、俺から顔を背けて、黒板に何か書き始めた。
俺は黙って見ていたが、黒板に現れたのは一時期ネットで有名になった絵描き歌だった。
つまるところ、今の話題と無関係。現実逃避の落書きだった。

「おい、良い話は何だ。……まさか無いのか?」
「……そのまさかよ。話していれば何か思いつくと思っていました。ごめん」

松永は落書きを止めて、こちら向いて謝ってきた。それに対して俺は何も言わずにじっとしていた。
何のリアクションも返って来ないことに困ったのか、松永は恐る恐る顔を上げた。

「……怒ってる?」
「いいや、怒ってないさ。むしろ気分が良いくらいだ」

不思議そうに見つめてくる松永に、笑って答えてやる。 

「自分の行動があながち間違いじゃないって分かったからだ」
「はあ?」
「新間孝蔵のミスは物語の進行を妨害したことだ。物語に影響を残してしまような事件を起こそうとした。
けれども、俺は違う。俺は可能性のある未来を目指そうとしてるんだからな。無茶な行動は避けて、妨害をすればいいんだ。織田をバッドエンドに連れていける自信がちょっとだけ湧いたんだ」
「それはまだ私の仮説だって言ってんでしょ。そんなに信じてもらっても……」
「俺だって100%は信じていない。それでもさ、俺みたいなモブキャラに一矢報いる可能性があるってことが嬉しいんだよ」

少しだけ、なんとなくだが、この世界に来た時の気持ちを思い出した。
主人公をバッドエンドに引き摺り込む。あまり良い物とは言えないかもしれないが、どう考えたって、これは物語に関わることだ。
だから、こんな気持ちになったんだろう。

「……あなたは正真正銘紛うこと無き馬鹿よ」
「褒め言葉ありがとう。やっぱりお前と話せて良かったよ。……それじゃ、俺はそろそろ行く」
「えっ、どこに行くのよ」

俺は鞄を手に取りながら言う。

「彼女のところさ」

図書準備室がある方向を差しながら言った。
それで理解してくれた松永は、俺に向かって人差し指を立てた。

「1つだけ覚えておいて。明智先輩は――」





「あら、いらっしゃい」

準備室に入ると、いつものように明智さんは準備室の奥にある少し大きめな椅子に座って本を読んでいた。
俺は挨拶してからソファーに座り、ノートを広げた。
傍から見たら勉強熱心な学生に見えるかもしれないが、書くのは先程松永と話したことだ。
学生の敵とも言える期末テストは日に日に近づいている。しかし、俺にとってはテスト期間よりも夏休み初日の方が重要だ。なにせその日がルート確定の日になるからだ。
何か妨害できそうなものはないか考えるが、集中が続かない。準備室内でも聞こえる蝉のせいだ。結局ニ、三行程度書き加えただけで終わってしまった。

「俺が消えるなんてことは有り得ないよな……」

もしかしたら、今までしてきた妨害が小さなことで良かったのかもしれない。
新間孝蔵が俺にしたような「直接的妨害」だったら、俺も消えていた可能性があった。
でも、小さな妨害のままでは織田に追いつけないことは承知している。

「どうすればいいものか」

ペンを置いて、気分転換に最近のことを思い返す。
明智さんと出会った日から、俺は図書準備室に入り浸っている。妨害ができそうにないイベントの日はだいたいこの部屋にいる。
だがらと言って、明智先輩のイベントを妨害できているわけではない。
俺のいないところで織田は明智先輩に会っているという話を松永から聞いた。そして、自習室を出る前に聞いた一言も気になる。
悩んでいる俺とは対照的に明智先輩は蝉の音が気にならないようで、平然と澄ました顔で本を読んでいた。
数十秒に一回、細長い指がゆっくりと頁を捲る。

「……あの、何かありましたか」

俺の視線に気がついたようで、彼女は本から顔を上げてこちらを向いた。

「いえ、何でもありませんよ」

あなたの指を見ていました、なんて言えるわけがなく誤魔化すように立ち上がった。
古臭い本で囲まれた準備室の中を適当に見渡す。
中には納入されたばかりの新しい本も数冊置かれていたが、図書委員ではない俺が読むのは躊躇いがある。
何か面白そうなものはないかと、狭い準備室の中を散策した。
明智さんが普段から掃除をしているようで、床にも本棚には埃ひとつない。
俺は背表紙を見て、気になる本を見つけては引き抜きパラパラと捲る。そして、戻す。
そんなことを数回繰り返した頃、明智さんが椅子から立ち上がった。
彼女は読み終えた本を棚に入れて、辺りをキョロキョロと見渡した。

「何か探していますか?」
「ええっと、斉藤兵衛の『山下り』を探しているんですが」

聞いたこともない作家と題名が返ってきた。

「それはどんな本なんですか?」
「上京した主人公の青年が故郷との違いに戸惑いながらも、自分の居場所を探していく話です。
その中にある故郷の風景描写がとても良くて私のお気に入りなんです。蝉の声を聞いていたら、また読みたくなってしまって」
「いやいや、俺が聞きたかったのは本の形です。それを知らないと探せないので」

頬を赤らめて恥じらう明智先輩。

「……すみません! 茶色の背表紙の文庫本です。古いので文字が掠れているかもしれません」
「いいえ、こちらが悪いんです。聞き方が悪かったんですから。そうだ、読み終わったら俺にその本を貸してくれませんか?」
「えっ?」
「本の事を語る明智さんが楽しそうだったので、その本に興味が湧いたんです」
「はい、良い本なので是非読んでください!」

俺は早速、明智さんとは反対側の棚から本を探す。
近くの棚から一段一段隈なく見ていくが、それらしい本は見当たらない。
こっちにはなかったと別の棚を見ている明智さんに報告しようとすると、彼女は背伸びをしていた。
棚の一番上は、女性にしては背の高い彼女でも届かないようだった。俺は彼女の隣まで行き、茶色い文庫本を抜き取った。
掠れている題名の方を表にして、黙って彼女に差し出した。

「ありがとうございます」

本を受け取ったまま、明智さんはその場を動かなかった。
不思議に思っていると、彼女は何かを呟いた。そして、服の端を掴んできた。

「あの……」

細い指が、制服をちょこんと引っ張って離さない。

「……前にも同じことがありました。私が本を探していると黙って本を差し出してくれたんです」

彼女は縋るような瞳でこちらを見る。俺の制服をキュッと強く掴んだ。

「貴方は尚輔ですか?」

その質問の意図を理解するまで、少しかかった。乾く喉を我慢しながら言う。

「すみません。俺は俺のままです」
「……そうですよね。ごめんなさい」

お互い続く言葉が見つからない。
そのせいで、外から聞こえる蝉の音が一段とうるさく聞こえてしまう。
胸のざわつきと合わせるように蝉が鳴いている。

「……そうだ、期末テストが近いから勉強しないと」
「それなら、コーヒーを入れますね」

俺は逃げるようにして、ソファーに戻った。
苦し紛れの言い訳通りに勉強用のノートを広げて、教科書を開いた。
当然だが、したくもない勉強なんて頭に入るわけがなかった。
ただ教科書を眺めている時間は、明智さんが珈琲を持ってくるまで続いた。

「はい、どうぞ」

差し出されたコーヒーカップの隣にはシュガースティックとミルクが付いていた。
前に要らないと答えたはずだったそれらは、今日も付いていた。

『1つだけ覚えておいて。明智先輩は今でも佐藤尚輔を待っているわ』

松永、お前の言う通りだよ。明智さんは今だに佐藤尚輔のことを想っているさ。
俺は砂糖もミルクも入れずに、珈琲をゆっくりと飲んでいく。
こんな状況になってしまったのは誰の責任なのだろうか。
主人公である織田伸樹のせいなのか。この世界に来てしまった俺のせいなのか。それとも、この世界から消えてしまった佐藤尚輔のせいなのか。
問いただそうにも、問いただせる相手が見つからない。いや、違う。問いただせる相手は、ここに一人だけいた。――俺だ。
俺がいなければ彼女はこんな表情をせずに済んだ。

「どうしたんですか? もしかして濃すぎましたか?」
「いいえ、違います。美味しいですよ、この珈琲」
「それなら良かったです」

珈琲を飲み終えてから、一度大きく深呼吸をする。
文化祭の事件が終わった後、俺は一度佐藤尚輔として生きることを考えた。
けれども、それは『俺が演じる』佐藤尚輔であって、『明智さんが待っている』佐藤尚輔ではない。
だから、俺は鞄から黒色の手帳を取り出した。これは明智さんが佐藤尚輔に送った日記代わりの手帳だ。

「えっ、どうして……」

俺は無言で、それを彼女に渡した。
きっと佐藤は彼女には読んでほしくなかったと思う。
けれども、俺は彼女にこそ読んでほしいと思う。佐藤尚輔の気持ちが残っているのはこれしかないから。
明智さんはゆっくりと大切に頁を捲っていく。目を潤ませながら、短い日記を繰り返し読んでいた。

「それは佐藤の部屋で見つけたものです。これがあの時言えなかった佐藤の気持ちです」
「……意外でした。尚輔のことだからすぐに止めていたと思っていたので」
「俺も最近まで日記に書かれているのが誰のことなのか分かりませんでした。それで、お願いがあります」

彼女の鞄につけられた小さな熊のキーホルダーを指さした。

「ゲームセンターで佐藤に取ってもらったものですよね?」
「はい、そうですが」
「……あれを貰えませんか?」

過去との決別、それを表すための道具としてゲーム中にもキーホルダーは出てきた。
公園の湖に向かって、それを投げ捨てるというイベント。陳腐でありきたりな演出。
俺は彼女にそんなことをしてほしくなかった。

「……考えさせて下さい」

明智さんが目を瞑っている間に、俺は自分自身のことを見つめ直す。
一歩間違えれば思春期の少年が授業の暇つぶしに考えるような恥ずかしいテーマだが、それでも大切なことだ。
右手をぎゅっと握りしめて、ぱっと放す。それを三回繰り返した。
この手は3月まで佐藤のものだった。だが、今は俺の意思で動いている。
俺が佐藤尚輔になり変わることは不可能だ。それを彼女にも分かってほしい。

「いいですよ。けれども、無くさないでくださいね」
「ありがとうございます。大切に持っておきます」

明智さんは鞄からキーホルダーを外して、丁寧に渡してくれた。
合わせて、手帳も返してくれた。だが、それは受け取らないことにした。

「その手帳は明智さんが持っていてください」
「でも、これは尚輔のもので……」
「佐藤のものだからですよ。佐藤にも会っていない俺が持っているようなものではありません。だから、佐藤が戻ってきたら返してやってください」
「分かりました。必ず尚輔に返しますね」

彼女の返事を聞いた後に腕時計を確認すると、そろそろ織田がイベントを起こす時間だった。
俺は広げてあったノートやペンを片付けて、鞄へ入れた。

「もう行くんですか?」
「はい、コーヒーありがとうございました」

扉に手を掛けたところで振り返ろうとしたが止めた。
準備室を出てから、体を伸ばして気合を入れ直す。

「さて、頑張って妨害しに行くか」


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