<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19023] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/25 19:59

いつもと同じように学食で昼食を取るが、物足りなさを感じる。
その理由は普段ならここにいるはずの一人がいないからだ。
俺と田中の間に交わされる言葉はない。
ただ黙々と目の前にある飯を食べているだけ。

「……なあ、田中」

口にしてから、特に話題を考えていなかった事に気づいた。

「……坦々麺うまいか?」
「ふつうだぜ。別にマズくもうまくもねえよ」
「そうか」
「……佐藤こそレギュラーカレーうまいか?」
「いいや、具がなくて貧乏くさい。ボンカレーの方がまだ旨い」
「そうか」
「そうだ」

会話に盛り上がる予兆が見られない。
木戸に立てかけし衣食住。きっとどの話題を振っても会話のキャッチボールは続かないだろう。
気不味い雰囲気の中、坦々麺のスープを一気飲みした田中は立ち上がった。

「用事があるから先に戻るぜ」

引き止める理由もないので、俺は黙って頷いた。
田中は食器を乗せたトレイを持ち、そのまま去った。
残された俺は、黙々とスプーンを動かしてカレーを口へと運んだ。
掛け違えたシャツ。どの箇所で間違えたのか分からない。しかし、間違いがあることだけはすぐに分かる。
最後の一口を食べようとした時、溜息が聞こえた。

「辛気臭い顔してるわね」

振り向くと、呆れ顔をした松永久恵がいた。

「不幸せを貼り付けたみたいな顔になっているわよ」
「……お前の歯には青海苔がついているぞ」
「えっ、本当!? どこ?」
「嘘だ。それより女なら手鏡ぐらい持っていたらどうだ?」

今にも爪楊枝でシーハーシーハーしようとしている女を止めた。
辛気臭いと言われて悔しかったから冗談を言っただけだが、意外な面を見せられた。
意外というより親父臭い面かもしれないが。

「冗談なら止めてよね。せっかく佐藤に『いい』話題を持ってきてあげたのに」
「どうして『いい』の後で首を傾げるんだ、この女は」
「五月蝿い男だわ。そんなんで女に――。とりあえず、放課後に来て欲しい場所があるの」

中途半端に終わった言葉が気にはなったが、俺は頷き返しておいた。
掛け違えたシャツ。
数時間後、俺は誤解をしていたことに気づいた。
どの箇所で間違えたのかではない――間違いは始めからあった。
掛け違えた場所は襟元。物語が始まる前から間違いはあった。






正しい主人公の倒し方 第二十話
 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~







「それにしてもこの前は驚いたわ」

放課後、呼ばれた場所に着いた俺は松永にそう言われた。
この前というのは、協力を仰いだ日のことだろう。
彼女はスカートのポケットから、この間渡したメモを取り出した。
そこに書いてある項目の一つを指す。

「だって、あなたの名前『佐藤尚輔』が書かれているんだから」
「前に言ったように俺は俺じゃなかった。だから、佐藤尚輔がどんな奴だったのか知りたかった。それで、分かったからこうして呼び出したのか?」
「ええ、少しだけ。でも、とても大切な少しが分かったのよ。佐藤はここがどういう場所か分かっているでしょ?」

俺は辺りを見回した。
沢山の本に埋もれたこの場所は、図書準備室。
本棚にはきっと一生読まない、いや縁のないだろう本や資料がたくさん置かれていた。
俺が知っているのは、あるヒロインがこの部屋によくいることぐらいだ。
それがどうしたのかと松永に聞く前に、準備室の扉が開かれた。
予期せぬ来訪者がいたことに驚いたのだろうか。
準備室に入ろうとしたその女子生徒は、俺をじっと見つめた。
それから、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
彼女は俺の前で立ち止まり、眉間に皺を寄せながら見てきた。

「……馬鹿」

彼女は呟いた。

「うっ……ぐす…………うわあぁぁぁあん」

そして泣きながら俺にしがみついてきた。
腰に両手が回され、俺は動くことができなくなった。
彼女は子どものように辺りを憚ること無く声をあげて、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
それを見た俺は、ただ戸惑うばかりだった。唐突すぎるこの状況を、俺のちっぽけな脳味噌では理解できない。
松永に助けを求めようとした時、その女性は俺に話しかけてきた。

「やっと……やっと戻ってきてくれた……尚輔……どれだけ待たせるんですか………馬鹿……」

いよいよ分からなくなってきた。
どうして彼女が、どうして明智美鶴が、俺の名を知っているのか。
『SH』における年上ヒロイン。攻略対象の中で登場が最も遅い人物。
俺が佐藤になってからまだ彼女とは会っていないはずだ。けれども、彼女は俺を知っているようだ。
増すばかりの混乱。思考を切り替えてくれたのは、松永だった。

「ねえ、佐藤。あなたは『記憶を失ったカップル』の噂知ってる?」

学園で一時話題になったその噂を思い出した。

「あの下らない噂なら知っているが、それがどうしたんだ」
「その噂のカップルってあなたたちのことなの」
「何だって……」
「佐藤尚輔と明智美鶴は付き合っていた。そして、佐藤尚輔は記憶を失った。これが真実よ」

松永は明智美鶴の肩に手をかけた。

「明智さん、彼は本当にあなたとの記憶を失っています。そして、ごめんなさい。
私はあなたを騙してここに呼び出しました。あなたに会えば、もしかしたら彼が何か思い出すかと思ったんです。
でも、それは違って……本当にごめんな…い……」

最後の言葉が聞こえなかったのは、彼女も泣き出してしまったからだ。
俺の胸に顔を埋めていた明智美鶴は顔を上げた。目の下まで真っ赤にしながら俺に縋るように尋ねてきた。

「尚輔……本当に私の事覚えてないんですか?」
「……すみません。俺はあなたのことを知らない」
「本当に?」

俺は首を横に振り、「知らない」と答えた。そして、また彼女は泣き出す。
俺が知っているのは、ゲームでの彼女でしかない。
だから、俺は彼女に真実を告げた。

「俺は佐藤尚輔ではないんですよ」


ようやく話せる状態に戻ったのは、それから十分ほど経ってからだった。
松永は気を利かせたつもりなのか「事後報告よろしくね」と言って、ついさきほど準備室を出た。
つまり、この部屋には二人しかいない。
俺と明智美鶴はお互いの顔が見えるように対面してソファーに座っている。
改めて俺は目の前の美人を見ることにした。
先ほど泣いたせいで目の周りは赤くなっていたが、それを差し引いても彼女は綺麗な顔立ちをしている。
流れ落ちるような艶のある黒髪、おっとりとした優しそうな目、淡い桜色をした口唇、日本人らしい美しさを持った女性だ。
松永の言葉を信じるなら、そんな彼女と俺は恋人同士だったそうだ。
いや、この場合は佐藤尚輔だ。俺はこの女性のことをゲームの情報以外では一切を知らないのだから。
俺が何を話そうかと決めかねていると、先に彼女が口を開いた。

「とりあえず、お茶でも飲みましょうか」

ソファーから立ち上がった彼女は、部屋の隅にある棚からコンロを取り出した。
それから慣れた手つきで準備を進めていく。気がついたら机の上には珈琲カップがひとつ。
ミルクとシュガースティック、それとクッキーも用意されていた。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

カップを手に取り、一口啜る。酸味が少なく程よい苦味、インスタントにしては上出来な入れ方だった。

「美味しいですね」
「お粗末さまでした。本のことを考えると、こんな部屋で火を扱うのはいけないことです。でも、本をゆっくり読みながらお茶をする時間は素敵だと思いませんか?」
「……はい、素敵だと思いますね」

俺の返事を聞いて、彼女は少し寂しそうな顔をした。

「やっぱり貴方は尚輔じゃないんですね」
「どうしてそう思ったんですか?」
「貴方は珈琲に何も入れずに飲みました。彼は珈琲を好き好んで飲むような人ではなかったし、飲んでも砂糖とミルクを沢山入れていました。
もう一つは、先ほどの質問に同意してくれたこと。私個人としては嬉しかったんですけど、彼だったらそんな答え方はしないと思ったからです。
記憶を無くしているというよりも、貴方は別人のように思えました」

佐藤尚輔の顔をした誰か。きっと彼女の眼にそんな風に写っているのだろう。
そんな風に写ってしまう一端を俺は担っている。
彼女が信じる信じないは別にして、俺にはどうしてこうなったのか彼女に説明する責任があると思う。
どうやら腹を括るしかなさそうだ。

「明智さん」
「はい、何ですか?」
「今から話すことを信じてもらえるとは思っていません。それでも俺は貴方には知ってもらいたい」

体は佐藤尚輔であっても、俺が佐藤尚輔ではないこと。この世界がとあるゲームに似ていること。
織田がヒロイン全員を狙っていて、俺はそれを妨害しようとしていること。
俺は自分の体験と知識を包み隠さず彼女に話した。彼女はそんな馬鹿げた話を最後まで黙って聞いてくれた。
そして、話し終えた俺に向けて一言呟いた。

「……大変でしたね」

迷子になった子供を諭すような優しい声。思わず俺は聞き返してしまった。

「こんな話を信じてくれるんですか?」
「信じますよ。松永さんが何を調べていたか私は知っています。貴方の話と彼女が調べていたものが合っていましたから」
「それなら、どうして俺を怒らないんですか?」
「どうしてですか? 私が貴方に怒る理由なんてありませんよ」
「俺が佐藤尚輔にならなければ、貴方が知っている佐藤尚輔はきっと記憶を失わなかった。貴方の恋人が消えたのは俺のせいですよ」

焦っている俺の姿を見て、彼女はくすっと笑った。

「恋人ですか……。大丈夫ですよ、私と彼はキスはおろか、手を繋ぐことすらしてませんでしたから」
「えっ?」
「あら、意外でしたか?」
「意外というか、あの、佐藤尚輔と明智さんは付き合っていたんじゃないんですか?」
「ふふ、そうじゃないんですよ。一方的な片思いでしたから。それに、彼には一度フラれました。『アンタとは付き合えねえ』と低い声ではっきりと」

俺は頭を落ち着かせるために、珈琲を飲み干した。まずは一旦、頭の中を整理する必要がある。
明智美鶴――『School Heart』における唯一の上級生ヒロイン。
失恋経験はゲーム中にも語られていて、それは彼女が恋に臆病になった原因になっていた。
ゲームでは織田との付き合いで段々と克服していくが、まさかその失恋相手が佐藤尚輔だとは思ってもいなかった。

「……辛くないですか。その、俺は昔フった男の顔ですし、そんな相手がここにいるのは」
「大丈夫ですよ。もう前のことですから吹っ切れています。それに完全にフラれた訳ではないんです」
「どういうことですか?」
「彼と約束をしていました。彼は『今のままだとアンタを傷つけちまう。俺がここにまた来れた時に付き合おう』と言ってくれました。
だから、私は待っていたんです。尚輔がこの扉を再び開ける日を」

どこかで聞いたことのある言葉。

「それはいつ言われましたか!?」

ソファーから身を乗り出して、彼女に尋ねていた。
意外なところで見つかった接点。あの時の小さな呟きに意味があるかもしれない。
俺は高鳴る期待を抑えれずにはいられなかった。

「と、とりあえず座りましょう。話しますからまずは落ち着いて下さい」
「申し訳ありません。似た言葉を聞いたことがあって驚いてしまって……」
「似た言葉は『付き合おう』の事ですか?」
「いえ、『傷つけちまう』のところです。佐藤はそれをいつ言いましたか?」
「あれは……三月の下旬、春休みに入った後でした」

俺がこの世界に来たのは、四月の上旬。
その間に佐藤の身に起きた出来事を明智さんは知っているかもしれない。
それはこの世界を攻略するためのヒントになり得るかもしれない情報だ。
でも、それを彼女に聞く前に言うべきことがある。

「……すみません。俺なんかがここに来てしまって」

俺は頭を机に着きそうになるまで下げた。彼女と佐藤はここで再び会うと約束していた。でも、ここに来たのは俺だった。

「俺はあなたと佐藤の大切な約束を破ってしまいました」
「だ、大丈夫ですから顔を上げて下さい。貴方が約束を知らないのは当然ですから」
「約束を知らなかったとしてもあなたを傷つけたことに変わりはありません。俺はここに来るべきではありませんでした」
「そんなこと、言わないで!」

顔を上げると、明智さんの頬に一筋の涙が伝っていた。

「私は久しぶりに貴方の顔を見て嬉しくなりました。でも、貴方はいなくてまた泣いてしまって。
悲しくないと言えば嘘になるけど、嬉しい気持ちで一杯なんです。貴方の元気な姿が見たから。
……それに、おかげで気持ちの整理がつきました。こちらこそありがとうございます。私は貴方が戻ってくるまで待つだけです」

明智さんは溢れた涙を堪えることなく流したまま微笑んでくれた。
今の俺は、彼女に安っぽい慰めの言葉をかけることはできない。
彼女を本当に慰められるのは俺ではなく、佐藤尚輔なのだから。

「だから、私は大丈夫です。……あっ、珈琲無くなっていましたね。おかわりは要りますか?」
「お願いします。うんと濃いのを一つ入れて下さい」
「分かりました」

手の甲で涙を拭きながら、彼女はコンロの方へ向かった。
俺は彼女を強い人だと思った。織田を倒したい一心で立ち直った俺なんかとは違う。
しばらく待っていると、カップいっぱいに入った珈琲が出された。注文通り、とびっきり濃くて苦い珈琲だった。
「どうですか?」と聞かれたので「丁度いい濃さです」と返す。
再びソファーに座った彼女は「あの……」と前置きをしてから訊ねてきた。

「貴方は先程この世界はゲームに似ていると言いましたよね」
「はい。この世界は『School Heart』と同じ登場人物が出てきて、イベントも同じように起きています」
「それなら、私はその織田伸樹という生徒に恋をしてしまうんでしょうか?」
「……分かりません。けれども、俺の知っている子は織田を好きになりました。有り得ない話ではないと思います」

黒い瞳が縋るように見つめてくる。

「私は……尚輔の事を忘れて恋をしてしまうんでしょうか?」

彼女は怯えていた。
新しく始まるであろう恋、それは昔の恋の終わりを意味している。
どちらが正しいのかは俺には分からない。

「可能性はないとは言い切れません」
「そうなんですか……」
「でも――」

俺は彼女を安心させるように優しく声をかける。先ほど彼女が俺にそうしたように。

「明智さんは絶対に佐藤尚輔を忘れないと思います」
「どうして……?」
「あなたと俺はつい1時間前に会っただけですけど、あなたがどんなに佐藤を想っているか分かりました。こんなに想っている相手を簡単に忘れられるはずがありませんよ」
「本当にそうでしょうか……」
「そうに決まっていますよ。『佐藤尚輔』である俺が言うんですから。大丈夫ですよ」

俺は親指を自分に差しながら、笑顔で言った。
それを見た明智さんの表情は、強ばっていたものから柔らかいものへと変わった。

「ふふ、本当に貴方は尚輔ではないんですね」
「『俺を片時も忘れんじゃねえよ』と低い声で言ったほうが佐藤らしかったですか?」
「いいえ、彼だったら恥ずかしくてそんな気障な台詞は言わないと思います」
「だとしたら、どんな態度を取ったんでしょうね」
「そうですね、顔を赤くしてそっぽを向いたんじゃないでしょうか」

顔を赤くして恥ずかしがっている佐藤の姿を想像して、二人して笑った。
手で口元を隠して笑う明智さん。その仕草には嫌味がなく、彼女らしく上品に見えた。
こんな美人に想ってもらえる佐藤の事を羨ましく、また申し訳なくも思う。
『School Heart』が始まってから俺と変わった佐藤尚輔。
もしかすると、『School Heart』が終われば佐藤尚輔は戻ってくるかもしれない。
その時、俺はどうなるのか。
漠然とした先には何が待っていて、何が残るのだろう。
明智さんの入れてくれた珈琲を飲みながら、俺はその漠然とした先のことを考えた。
結局いくら考えても結論は出なかった。





それから俺は準備室を出て、日が沈むまで図書室にいた。
本棚の整理、本の貸し出し、清掃。俺は図書委員の仕事を明智さんの代わりにしていた。
織田は期末テストの勉強をするために、この図書室に現れるはずだ。
そこで明智さんと出会って、交流を深めていく。俺はこの出会いを潰すことにした。
さきほどこの事情を明智さんに話すと、快く引き受けてくれた。今頃、彼女は準備室で読書か清掃でもしているだろう。

「意外と退屈な仕事だな……」

期末が近いためか勉強をしている生徒がちらほら見受けられるが、そこまで混んでいない。
勉強をする生徒は基本的に本を借りないので、一通り仕事を終えた俺は暇を持て余していた。
混乱していた頭は、もう落ち着いている。この先のことはゆっくり時間をかけて考えていくしかなさそうだ。
考え込んでいた俺は、カウンター前にいた利用者に気がつかなかった。

「あの……本を返したいんですけど」
「ああ、すみません。では、返却する本を……あれ、秀美ちゃん?」
「あれ、先輩?」

受け取る手と差し出す手。互いに本の端を持ったまま、俺と彼女は固まった。
表紙に書かれている『花のワルツ』の文字。
文学とはあまり縁のなさそうに見える彼女が、ここに来ているのは意外だった。

「どうして秀美ちゃんはここに来たんだ?」
「読み終えた本を返しに来ただけですよ。私が本を読むのにそんなびっくりしましたか?」
「正直に言うと、意外すぎて驚いている」
「えへへっ、実は文学少女という一面も持っているんです。惚れちゃいましたか?」
「……ノーコメントで」

俺の言葉に、むすっと頬を膨らませる秀美ちゃん。
こういう子どもっぽい仕草や普段見せる無邪気な表情。
そこから、彼女にこんな一面があるなんて想像もしなかった。
もちろん、ゲーム中にもこんな設定があるとは知らなかったという理由もあるが。

「そういえば、今日は明智先輩はいないんですか?」
「明智さんを知っているのか」
「はい! 面白い本をよく紹介してもらっています」

織田伸樹はまだ明智さんに会っていないはずだが、ヒロイン同士は互いを知っているようだ。
ゲーム中では語られていない設定がまた一つ増えた。ゲームの情報をアドバンテージと考えていただけに、少しだけ不安になる。

「明智さんなら準備室にいるはずだ。もし用があるなら尋ねればいい」
「いえいえ、たいした用事ではないので。……それよりも私は先輩と明智先輩の仲が気になったりするんですよー」
「……明智さんとは共通の話題がある仲だ」
「へえー、先輩って見た感じは本なんか破り捨ててしまいそうなのに意外と読書家なんですね」
「それは秀美ちゃんも同じだ」
「私はか弱い乙女です。そんな破り捨てれるような馬鹿力ありませんよ?」
「ちょっと待て。俺もそんな馬鹿力ないから」

良い感じに秀美ちゃんは共通の話題を勘違いしてくれた。
あまり追求されても返答に困りそうだったので、ひとまず胸を撫で下ろした。
ところで、秀美ちゃんはいつから明智さんと知り合ったのだろうか?
そんな疑問が浮かび、彼女に聞こうと思ったが、勉強をしていた生徒の一人がこちらを睨んできた。話し声が大きかったのかもしれない。

「それで先輩はどうして――」

秀美ちゃんが話そうとしていたので、俺は人差し指を口の前に添えた。
彼女はそのジャスチャーを理解したようで、言葉を飲み込んだ。
図書室では静かに。世界中にあるどの図書室でも共通しているそのルールを思い出したようだ。
受け取っていた本のバーコードを読み取り、秀美ちゃんに返した。

「元の場所に戻しておいて下さい」
「分かりました……」

秀美ちゃんは本を受け取り、顔を伏せて俯いてしまった。

「そんな寂しそうな顔をしないでくれ。俺はまだ仕事があるから離れられないけど、また今度クレープでも食べに行こう」
「……ほ、本当ですか? 絶対に行きましょう!」
「秀美ちゃん、図書室では静かにお願いします」
「す、すみません」

怒られても彼女の口元はにやけていた。
そんな喜んだ顔を見せられたら、クレープを何枚でも奢りたくなる。
財布が軽いと心が重いという言葉があるが、そんなことばかりではないと思う。

「残りのお仕事頑張ってくださいね、先輩」
「ああ、気をつけて帰れよ」

本を持った秀美ちゃんを見送った後、閉館の時間まで俺は仕事をした。
残っていた生徒を図書室から追い出して、窓や扉を閉めた。
椅子をきちんと並べて、消しゴムのカスや落書きある机を綺麗にする。
ある机の落書きに『二股とはいい度胸ね』という言葉とMastuのサイン、見覚えのある筆跡だった。
どうやら松永は図書室にいたようだ。
今度会ったら根掘り葉掘り聞かれそうだと思うと、気が重くなる。

「これで終わりかな」

最後に図書室の扉を閉めて、準備室へ向かった。
仕事が終わったことを明智さんに報告して帰ろう。
扉の前に立って、ノックを数回した。

「佐藤です。仕事が終わりました」
「……」
「明智さん、いますよね?」
「……ええ」

中から聞こえてくる明智さんの声が震えていた。嫌な予感がする。俺は急いで扉を開けて中に入った。
日が落ちたのに、蛍光灯をつけていない準備室は暗い。椅子に座っていた彼女は、顔を伏せて泣いていた。
何かに怯えているように、彼女は自分の肩を抱いてうずくまっている。数時間前あった温かい雰囲気は、この部屋から消えていた。

「どうしたんですか! 俺がいない間に何があったんですか!」
「会ってしまったんです……」
「誰に会ったんですか」
「織田伸樹」

どうしてだと思う前に、怒りがこみ上げてきた。

「織田の奴に何かされたんですか?」
「……いえ、何もされなかったです」
「なら、どうして泣いているんですか」
「忘れてしまったんです……。あの人と話している間、私は尚輔のことを忘れてしまったんです……」

奥歯を深く噛み締めて、悔しさを耐えた。
俺は彼女に絶対忘れないと言った。しかし、絶対は有り得なかった。
何が『大丈夫ですよ』だ。俺はどうしてそんな無責任な言葉を彼女に言ってしまったんだ。
後悔の念が押し寄せるが、まずは落ち着かなければいけない。
どういう訳か織田は図書室ではなく準備室に現れた。その後は、きっとゲーム通りにイベントが起きてしまったんだろう。
明智美鶴と織田伸樹の初めての出会いは終わった。他のヒロインと同じように攻略対象になってしまったということだ。

「明智さん。辛いかもしれませんが、詳しく話してくれませんか」
「はい……。織田伸樹はふらりと準備室に現れました。『部屋を間違えた』と言ってましたが、本当かどうか分かりません。
始めは私も警戒していたんですが、いつの間にか彼と仲良く話していました」

それは俺にも分かる。織田伸樹は人を惹きつける魅力がある。

「彼なら、もしかしたら彼なら私を――。気がつくと、そう思ってしまった自分がいたんです。
私の中の何かが壊れてしまいそうで……。尚輔に会うまで守っていたはずのものが……。
ごめんなさい。初めて会ったばかりなのに泣き顔ばかり見せてしまって……」

眩暈と吐き気に襲われそうになるが我慢した。本当に辛いのは俺じゃない。
織田がいなくなった後から、一人で彼女は不安を耐えていたはずだ。
俺は俯いている彼女の肩を抱いた。

「大丈夫です」
「えっ……」

確証も根拠もない、無責任な言葉。
彼女の目元に流れる涙をそっと指で拭う。それでも止めどなく流れ落ちる涙。
俺という存在が彼女の日常を壊したのは、紛れも無い事実だ。

「俺があなたを守ります」

俺がこれからしていくことは変わらない。織田の妨害を続けていくだけだ。
だから、そこに一つだけ責任を加える。彼女に言った言葉を嘘にしないため。
彼女が泣き止むまで、俺はずっと傍にいた。
ゲームでのルート分岐地点。
織田がヒロイン全員を受け入れるはずのその日。
残された期間は一ヶ月を切った。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026909828186035