「ああ畜生! 神よ! 何で俺はモテないんだ!? 神よ、見ているんだろう!? 俺はただ軽く4,5人ほどにモテて、その女の子達が俺を奪い合うシュラバーを見たいんだ……ただそれだけなんだ! それなのにどうして未だに俺を慕う女の子の一人もいない!? おお、神よ! 貴方は残酷だ!」
「うるさいなあ、もう。お前が授業中にそんな事を喚きだすから、隣の俺までこうして廊下に立たされたんだぞ」
現在4時間目の真っ最中。
俺と先ほどから神神うるさい友人・佐藤清は現在教師の命令により、廊下に立たされている。
それというのも、先ほど俺が言った通り、この頭が少しアレな友人が授業中にもかかわらず、机の上に上り自分のモテなさを主張し出したからだ。
俺は完全なとばっちりである。
「ああ、神谷! 俺って本当に何でモテないんだろう? 何で? どして?」
「そりゃお前……」
さて、少し言葉を選ぶべきだろう。
この友人、心が異様に繊細なので、ここで俺が少しでも辛辣な言葉を選んでのならば確実に泣く。
女の様に泣く。
何とも面倒臭い。
「その……顔、かな?」
「か、顔? 顔がなんなんだ? 顔がツヤツヤなのがか!? このツヤツヤさが近寄りがたいのか!?」
「そもそもお前何でそんなにツヤツヤなの?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれた。――ニスを塗ってきたのさ!」
今朝からの異臭はそれが原因か。
こいつの思考回路が分からん。
何故ニスを塗る?
肌が綺麗に見えるからか?
「しかし、そうか……ニスは駄目か」
「ああ、駄目だな」
「発光塗料はどうだろう?」
「輝かせる事を中心に考えるな。そもそも元の顔が駄目なんだよ」
とまあそんなどうでもいい事を廊下で話した。
あと佐藤清は泣いた。
■■■
その日の放課後である。
俺は廊下での佐藤清の言葉を思い出しながら、下校していた。
(――ニスを塗ったのさ!)
……ああ、いや違う。
ニスの事じゃない。
あまりにニスのインパクトが強くて、霞んでしまった。
そう、
(――神よ!)
神の話である。
神。神だ。
神なんているのだろうか?
俺は神の存在を意識した事はない。
実際に目にしたものしか信じないからだ。
しかし、これだけ世界のあらゆる人間がその存在を信じているのなら、もしかしたらいるのかもしれない。
やっぱり雲の上とかにいるのだろうか。
そこで人間達を見下ろしたりして、天候を操作したり、災害を起こしたりするのだろうか。
……とまあそんなどうでもいい事を考えながら、帰宅する。
俺が住んでいるアパートは築30年の結構なボロアパートだ。
階段を上ればギシギシと音が鳴り、ドアを開ければドアがギシギシと音を立て、床を歩くとギシギシと底が抜けそうな音。
ついでに隣の部屋からも毎晩ギシギシと嬌声。
そんな自分の部屋のドアをギシギシと音を立てて開く。
「あ、お帰りなさいませー」
少女が出迎えてくれた。
一人暮らしをして気付いたことが、一つ。
「お帰りなさい」「行ってらっしゃい」
この言葉、何気ないこの言葉が非常に嬉しいという事だ。
「ただいま」
靴を脱ぎつつ、返答する。
少女は部屋の中心に存在する卓袱台の前に座っており、白米をパクパクと食べていた。
オカズなしである。
「おいしいか?」
「ええ、それはもう! このザラザラとした食感がたまりませんねー」
「まだ炊いてないからな」
俺も卓袱台の前に座り込み、少女を正面に位置取る。
さて。
俺の記憶が正しければ、俺は一人暮らしだったはずだ。
実家に妹はいる。
しかし目の前の少女の格好、白いワンピースに金髪……イメチェンしたとしても、ここまではチェンしないだろう。
つまり別人だ。
俺にこの様な外人の女の子の知り合いはいない。
つまりこの少女は知らない人だ。
成る程、知らない外国人が家に上がりこんでる、と。
そして炊いていない白米をバリバリ食べている。
「ポリスメンを呼ぶか」
「ポリスメン? 何ですかそれ?」
「国家権力だ」
「ほほう、何だか良く分かりませんが、強そうですね」
外国人に分かりやすく英語で言ってみたが、今ひとつ理解していないようだ。
「俺は、今から、ポリスメンを、コールする。オーケー?」
「あははははは」
「笑うなよ」
「だって凄いカタコトですもん。あははっ」
少女は朗らかに笑った。
まるで天使の様な笑顔だった。
少女は一しきり笑った後、茶碗に残った白米をザラザラと口の中に流し込んだ。
バリバリ。やめて欲しい。
「けぷり。ごちそうさまでしたー」
「それ、俺の、夕食」
「……へ? そ、そうだったんですか!? これは申し訳ないです!」
少女、平謝り。
と、何かに気付いたのか、自分のワンピースの下から手を入れてゴソゴソと動かした。
そして何かを取り出す。
「これで何とか!」
「何これ?」
「お、お土産です」
開けてみる。
天使の形の……パイ?
「天使パイです。色々悩んだんですけど、やっぱりそれが一番かなー、と思いまして」
……まあ、もらえる物はもらっておこう。
「では神谷一さん」
俺の名前……。
何で知ってるんだ?
「私が今日、この場に来た理由はご存知ですね?」
「ご存知でないが」
「はいっ、今日この日から貴方は神様――え? 今なんと?」
「ご存知でないと」
少女は何か信じられない物を見る目でこちらを見てくる。
「で、ですが事前にメールで通達を……!」
「ノー携帯、ノーパソコン」
「 マ ジ で ?」
「ああ」
時折り、友人からは「お前は本当に文明人か?」と言われる。
しかし無いものは仕方が無い。
「じゃ、じゃあ今日の事は何も知らないんですか?」
「ああ」
さっぱりである。
「……え、じゃあ私が一から説明しなきゃならない……のでしょうか?」
「聞くなよ」
「だ、だって私まだ新米で……は! そうだマニュアル!」
!←を頭に浮かべて、再びワンピースの中をゴソゴソと捜索。
そして分厚い本を取り出した。
「何それ?」
「天使マニュアルです。略してテンアルです」
テンむすみたいな略し方だ。
む、お腹が空いてきた。
「え、えーと、あ、『アジの開きを投げつけられた場合』……あれ、えーと……」
「索引で探したらどうだ?」
「あ、そうですね! じゃあ『じ』で探します」
本を捲る少女を見ながら、土産のパイを食す。
パリパリ。
……まずい。
塩と砂糖を間違えたケーキの味がする……。
「じ、じ、じ……『辞典が対象の頭に突き刺さってしまた場合』……これじゃない。えーと、『ジャックと太郎が久美を差し置いていい感じになってしまった場合』……何ですかこれ?」
本当になんだそれ。
「え、えーと……あ! あった! 『事前連絡が上手くいってなかった場合の対処方法!』 えーと、ふむふむ……分かりやすく説明をする、と。対象の頭が悪そうだった場合、子供に話す様に、出来るだけ拙い言葉を使う、と。……よし」
そして俺を見る。
ニコリを笑う。
俺の頭を撫でる。
「えーとですねー、あなたはー、なんとー、次のかみさまにえらばれちゃったんですよー! わーい、やったね! これからー、わたしといっしょにー、かみさまについておべんきょうしましょう! わたしはてんしのリルエちゃんでーす。りっちゃんってよんでね?」
「りっちゃんは俺に喧嘩を売ってるの?」
■■■
「と、いうわけで! 理解していただけたでしょうか?」
「まあ大体」
つまり目の前の少女は天使として、次の神様である俺の補佐をする為に、俺の元へやってきたのだ。
なるほど。
まさか俺が神だったとは……。
全く信じられん。
そもそも、
「本当に天使なのか?」
「むむっ。疑いますか? では証拠をお見せしまよう!」
そう言うとリルエは立ち上がり、俺に背中を向けた。
「いきます!」
リルエの言葉と共に、背中が発光。
徐々にワンピースの背中、肩甲骨辺りが膨らんでいく。
これは……一体?
「これぞ天使の羽根です!」
成る程、良く見るとワンピースの首とスカートから羽根がヒラヒラと舞い降りてくる。
そして尚も膨らむ背中。
膨らむ。
膨らむ。
「これがエンジェルフェザーです!」
何故か英語に訳して、再び叫ぶ。
その言葉に呼応するかの様に、最後の爆発の様に背中が膨らんだ。
ワンピースを弾け飛ばし、神々しい天使の羽根が俺の目の前にあった。
正直見とれていた。
何て美しい光景だ、と。
こんなにも神秘的な光景は見た事がない。
「ふふふ……これで信じてくれましたか?」
「あ、ああ――でも」
「ああ、いえいえ。恐縮する必要はありませんよ? 私があまりに美しくて、貴方が自分を卑下したくなる気持ちは分かります」
「いやそうではなく」
「私はこの天使の慈愛で貴方を包み込みますから……から……からぁ……(エコー」
セルフエコーと共に、天使の笑顔でこちらを振り向く。
そして何かに気付いたのか、床を見る。
床には大量の羽根と……無残に飛び散ったワンピースの欠片。
「……あ……え……?」
つまり自分が全裸だという事に気付いたのだ。
俺はちゃんと言おうとした。
悲鳴は省略。
■■■
「え、えーと私が天使であることは理解できましたか?」
頬を赤くした天使がそこにいた。
ちなみに俺の学校のジャージを着ているので、ぶかぶかだ。
「ああ。しかし見事な羽根だった。思わず見とれた」
「でしょー? もうお手入れ相当頑張ってますからねー! ブラッシングに2時間は掛けますよー」
ズイと卓袱台から身を乗り出してきて食いつく。
「それで羽ばたいて天上から降りてきたのか?」
「あ、いえ。普通にバスで来ました」
バス……。
「地上行きのバスが出てるんですよ」
「羽根は使わないのか?」
「はい、飛ぶのは無理ですねー。ボディビルダーの筋肉みたいなものです」
天使の羽根とボディビルダーの筋肉か……。
あまり並べたくないなあ。
と、そこで俺はある事に気付いた。
天使にとってあるべきものがリルエには無かったのだ。
そう、
「天使のわっかは?」
「……とられました」
とられた?
「はい。犬に吠えられて、転んだ隙に……子供に……」
「子供に……」
「ええ……」
……何ともお通夜の様な空気になった。
その空気を誤魔化すかの様に、リルエがゴホンと咳をした。
「わ、私の話はいいです! それより神様の話です!」
「その話なんだが……」
俺は神様らしい。
しかし、全く自覚が無い。
「特にこれといって神様らしい変化が無いんだが」
「そんな事はありません。あなたが神様に選ばれた一週間前から変化は起こってるはずです! そうですね、例えば……傷の治りが早くなってるはずです」
「俺ここ一週間で怪我してないしなあ」
治り、と言われても。
リルエは俺の言葉に眉を寄せてうむむと唸った。
「では……とりあえず指でもへし折ってみますか」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
「ですから手っ取り早く神様である事を自覚するなら、指をへし折るのが一番かと」
「もう少し天使らしい方法は無いのか?」
もし神様じゃなかったら、へし折られ損じゃないか。
リルエに尋ねると、何かを思い出したのか、「そうです!」ポンと手を打つ。
「右手を前に突き出してください」
「ヘし折るのか?」
「へし折りません! それから右手に集中して下さい」
言われた通りにする。
目を瞑って集中。
「力を集中するんです。自分の中に何かあると感じませんか? それを右手に集めるんです!」
リルエの言う通り、胸の奥、心臓の辺りに何か暖かい物を感じる。
これを……右手に……。
あ、暖かい……右手が暖かいぞ。
目を開けると
「こ、これは……」
右手が輝いていた。
右手から発せられた光がまばゆく部屋を照らしている。
神々しい光だった。
「光ってる……」
「ええ、それが神の力です」
「こ、これは一体どういう力なんだ?」
もしかるすると、この光を当てることで、傷が治ったり、悪しき心を消したり出来るのかもしれない。
「まあ光るだけですね、基本的に」
「……」
「夜勉強する時に電気代を節約できます! やりましたね!」
あまりにもしょぼい能力だった。
それに俺は右利きなので、光らせながら勉強は出来ない。
「あ、ごめんなさい。目が痛くなってきたので、消してもらえますか?」
「……ああ」
徐々に光を失う右手を見ながら、俺の右手は電灯と同じ扱いなのか……と少し落ち込んだ。