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No.18987の一覧
[0] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (士郎×氷室)  【 完結 】[中村成志](2011/01/03 16:45)
[1] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (一)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[2] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[3] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三)[中村成志](2010/05/23 21:05)
[4] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四)[中村成志](2010/05/24 20:11)
[5] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五)[中村成志](2010/05/25 21:11)
[6] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/05/27 20:52)
[7] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/05/29 18:27)
[8] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 氷室の視点[中村成志](2010/05/31 19:40)
[9] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/02 19:41)
[10] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 氷室の視点[中村成志](2010/06/04 19:32)
[11] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/27 21:37)
[12] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十)[中村成志](2010/06/08 21:02)
[13] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十一)[中村成志](2010/06/10 18:41)
[14] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十二)[中村成志](2010/06/12 19:47)
[15] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十三)[中村成志](2010/06/14 19:03)
[16] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十四)[中村成志](2010/06/16 18:38)
[17] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十五)[中村成志](2010/06/18 19:18)
[18] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十六)[中村成志](2010/06/20 18:43)
[19] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十七)[中村成志](2010/06/22 20:48)
[20] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十八)[中村成志](2010/06/24 18:38)
[21] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ一)[中村成志](2010/07/03 15:45)
[22] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ二)[中村成志](2010/07/05 21:14)
[23] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ三)[中村成志](2010/07/07 20:30)
[24] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ四)[中村成志](2010/07/09 20:10)
[25] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ五)[中村成志](2010/07/11 18:05)
[26] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ一)[中村成志](2010/07/21 20:15)
[27] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ二)[中村成志](2010/07/24 20:31)
[28] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ三)[中村成志](2010/07/27 20:33)
[29] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ四)[中村成志](2010/07/30 20:36)
[30] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ五)[中村成志](2010/08/02 19:38)
[31] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ六)[中村成志](2010/08/05 19:54)
[32] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)[中村成志](2010/08/08 19:58)
[33] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ八)[中村成志](2010/08/11 20:27)
[34] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ九)[中村成志](2010/08/14 19:21)
[35] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十)[中村成志](2010/08/17 19:38)
[36] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十一)[中村成志](2010/08/20 19:09)
[37] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十二)[中村成志](2010/08/23 20:01)
[38] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十三)[中村成志](2010/08/26 19:26)
[39] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十四)[中村成志](2010/08/30 18:46)
[40] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十五)[中村成志](2010/09/03 19:14)
[41] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十六)[中村成志](2010/09/07 19:15)
[42] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ一)[中村成志](2010/09/11 18:37)
[43] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ二)[中村成志](2010/09/15 20:44)
[44] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ三)[中村成志](2010/09/19 18:57)
[45] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ四)[中村成志](2010/09/23 19:58)
[46] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ五)[中村成志](2010/09/27 19:12)
[48] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ六)[中村成志](2010/10/01 19:45)
[49] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ七)[中村成志](2010/10/05 21:30)
[50] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ八)[中村成志](2010/10/09 20:10)
[51] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ九)[中村成志](2010/10/14 19:11)
[52] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ十)[中村成志](2010/10/18 20:00)
[53] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ一)[中村成志](2010/10/22 20:27)
[54] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)[中村成志](2010/10/26 19:41)
[55] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ三)[中村成志](2010/11/02 19:32)
[57] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ四)[中村成志](2010/11/07 18:29)
[60] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ五)[中村成志](2010/11/11 20:05)
[61] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ六)[中村成志](2010/11/15 20:03)
[62] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/11/19 23:55)
[63] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/11/23 19:40)
[64] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ一)[中村成志](2010/11/27 19:05)
[65] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ二)[中村成志](2010/12/01 19:48)
[66] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)[中村成志](2010/12/05 15:12)
[67] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) 番外編 ~ あるいはエピローグ[中村成志](2010/12/11 18:49)
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[18987] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)
Name: 中村成志◆01bb9a4a ID:987d98c8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/05 15:12



     クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)





 掌を離さなかった。

 事故現場からここまで、ずっとだ。


 病院に運ばれ、医師に診察を受けるときだけはさすがに離れたが、
 それ以外は、ずっと彼に付き添っていた。



 現場に駆けつけた救急隊員は、私が抱きかかえている士郎を一目見ると、躊躇無く救急車に乗せようとした。
 それほど、誰が見ても彼は傷つき弱って見えたのだ。

 だが、彼はそれを拒否した。

「事故に、会ったのは、彼女だ。彼女を…」

 切れ切れの息の中で、ようやく口にする。

 しかし私も、傷はなにも負っていない。
 尻餅をついて、服が汚れた程度だ。
 それよりも彼を、と隊員に懇願する。

 お互いに譲らない私たちに困惑したのか、隊員は結局、私たち二人まとめて病院に搬送した。



 深山町の総合病院は、大きいとは言えないが新しくて清潔だった。
 救急車で運ばれた場合、外傷は無くても一応診察を受けることになっているらしい。
 だが、ここでも彼はそれを拒んだ。

 自分は、怪我などしていないと。
 恋人の危機を目の当たりにしたので、動転しているだけだと。
 顔面を蒼白にしながら、必死に主張する。


 我慢強いことに掛けては人後に落ちない士郎が、
 あの《五日間》の苦悩でさえ、特定の人以外には気付かせなかった士郎が、
 これほどまでに苦痛をあらわにしている。
 しかも、それを頑なに認めようとしない。

 士郎は確かに頑固で、一度決めたら絶対に引かない、というところがある。
 しかし、決して頑迷でも、自分を把握できない愚か者でもない。
 普段の彼なら、どうしても自分の手に負えないときは、他人の助けも求めるだろう。

 なのに、この頑なさは異常だ。
 ……まるで、苦痛の原因を知られるのを、恐れているかのように。


 押し問答がしばらく続いたが、医師も最後は匙を投げざるをえなかった。



 診察を終え、いったんロビーに出ると、みんなが待っていた。

 花見に参加するはずだった衛宮家の面々、柳洞をはじめ友人たち。
 そして私の両親。

 みな心配そうな顔をしているが、とりわけ士郎の状態に驚いたようだ。
 事故に会ったのは氷室なのに、なぜ衛宮がこんなに衰弱しているのか、と。
 だが、説明できるほどの事情も私は知らないし、そんな心境でもなかった。
 ただ、みんなに頭を下げるだけだった。



 その後、使われていない相談室のような一室に通された。
 父母と、藤村先生が付き添ってくれる。

 警察官から事情聴取を受ける。
 事情も何も、交差点で立っていたら、いきなり車が突っ込んできたのだ。
 それ以外のことなど、語りようがない。
 警察官もその辺のことは分かっているのか、聴取は簡単に終わった。

 ―――あの時、視界を掠めた銀光、目の前に突き立った剣のことは黙っていた。
 気付けば、そんなものはどこにも無かったし、無いものを語るのも馬鹿げている。
 ……それに。
 語ってはいけない、と、心のどこかが警告していた。


 警察官が出て行き、しばらく待たされた。

 隣に座っている、士郎を見る。
 彼は、表情を僅かに歪め、必死に何かに耐えている。
 顔は相変わらず血の気が全く無く、
 冷たすぎる指先は、微かに震え続けている。

 時折、 ゴクン と士郎の喉が動く。
 私に崩れ落ちてきたとき、士郎の口の端から流れ出た、一筋の血を思い出す。
 では、彼が今飲み込んでいるのは……


 向かいに座る両親も、藤村先生も、心配そうな目で じっ とこちらを見ている。
 しかし、何も言わない。言えないのか。



 どれくらい時が過ぎただろう。
 先ほどの警察官が、また入ってきた。
 相手の事情聴取も終わったらしく、私たちに概要を説明してくれる。


 スポーツカーを運転していたのは、私たちと同じく、学校を卒業したばかりの未成年。
 免許取り立てで、昨日の夜から車を乗り回し、その帰りだったという。
 酒気まで帯びていたというのだから、呆れたものだ。

 当事者の私が言うのも何だが、結局、ありふれた事故だ。
 それが、これほど待たされたのは、一つには私の父が冬木市長だ、ということもあるらしい。
 政治がらみの故意、という線も警察は見ていたようだ。


 そんな説明を聞きながら、正直、私の意識はそこから遠かった。
 そんなことは、今はどうでもいい。
 私の隣で、必死に平静を装おうとしている、彼の容態こそがすべてだった。


「保護者の方、よろしいですか?
 相手方のご両親も来られていますので……」
 警察官に促され、両親と藤村先生が出て行く。
 これから、民事だ賠償だと、面倒なことがあるのだろう。


 二人きりになる。
 私は、言葉を発さない。
 彼は、そもそも言葉を発せるような状態ではない。

 時折、 ゴクン という音だけが響く。
 その音を聞くたび、胸が張り裂けそうになる。

 そんな私を見て、彼はさらに辛そうな顔をする。
 ―――なぜ君は、こんな状態の時にまで、人のことを……





「ちょっと、いいかしら?」

 コンコン とノックされ、ドアが開けられる。
 入ってきたのは、遠坂嬢だ。
 ―――そういえば、先ほどロビーでみんなに会ったとき、彼女だけはその姿が無かったような……

 遠坂嬢は、士郎を ちらり と見て、微かに眉をしかめた。
 そして、私に普段の笑顔で語りかけてくる。

「氷室さん、申し訳ないけど、ちょっとこの馬鹿、貸してもらえない?
 すぐに返すから」

「っ!」

 普段どおりの口調が、逆に神経を逆なでする。
 今は、そんな軽口を叩いている場合ではないはずだ。

 思わず非難の声を上げようとして、

「 ――― 」
 笑顔の瞳に宿る、真摯な光に気付く。
 口調は軽くても、彼女は決してこの場を茶化しているわけでは無い。

 だが、今の状態の士郎から離れる、というのも……


 悩む私の肩が、 ぽん と叩かれた。
 振り返ると、士郎が微笑んで立ち上がろうとしている。

 思わず支えて、いっしょに立ち上がる。
 彼はそんな私の手を押さえ、
 『心配ない』
 という風に ぽんぽん と軽く叩いた。

 そのまま、震える足で扉へ―――遠坂嬢のところへ歩いてゆく。
 彼女は、そんな彼を感情の測れない視線で見つめている。手は、一切貸さない。

「ごめんなさいね、氷室さん。
 すぐ戻るわ」

 遠坂嬢は笑って手を振って、士郎と共に部屋を出た。



     * * * * * * * * * *



       ~ Interlude in ~



「――― あっち、向きなさい」
「いいから。背中めくって。……動くんじゃないわよ」
「 ・・・・・・ 」
「はい、終わり。これで少しは楽になるでしょ」
「全く―――。無茶したもんね。
 タイムラグ無しの遠距離同時展開投影なんて、今のレベルのアンタがやったら、こうなるの分りきってたでしょうに」
「現場の方は心配しなくていいわよ。
 警察が本格的に調査し始める前に、痕跡は出来る限り消してきたわ。
 他に目撃者はいないみたいね。運転してたヤツも、酔っぱらってて細かいことまでは覚えてないそうよ」
「アンタね。私のこと何だと思ってるのよ。
 仮にもこの地の管理者なんだから、それくらいのこと知るだけのコネクションはあるわ」
「……で、どうするつもり?」
「とぼけんじゃないわよ。
 私は『他には』目撃者はいない、って言ったの。
 唯一の目撃者を、どうするつもりか、って聞いてるのよ」
「―――殺気立つのは勝手だけど。
 士郎。
 アンタにさんざん話したわよね。
 魔術師にとって神秘の秘匿は絶対。
 一般人にその行使を目撃されたときは、速やかにその痕跡を消すべし。
 その話をアンタ、どう聞いてたの?」
「そうね。
 管理者としては、彼女の記憶を操作するのが一番確実だわ。
 でも……」
「話は最後まで聞きなさい。
 一般人なら、そうせざるをえないわ。
 でも、魔術に関わるものすべてが、魔術を使えるわけじゃない、ってことよ」
「いい例が私の母だわ。
 あの人自身は魔術回路の無い、普通の人間だった。
 でも、魔術に関わる家で育ち、血統としては申し分なかった。
 だから、父と結婚して私と……いえ、私が、生まれたのよ」
「やめてよ、そんな目。
 私が言いたいのは、アンタが取るべき道は二つだ、ってことよ。
 一つは、さっき言ったように彼女の記憶操作をすること。
 この場合は、アンタにそんな技術は無いから、言ってくれれば私がやるわ。
 もう一つは、アンタのことを彼女に洗いざらい話すこと。
 そして、秘密を守るよう誓ってもらう。
 でも、説得に失敗したらそれこそ記憶操作だし、それ以前にバケモノ呼ばわりされることも覚悟しておくのね」
「士郎。
 アンタに、任せるわ。
 ひとつだけ言っておくけど、このままうやむやにして以前のまま、っていう道だけは無いと思いなさい。
 事態はもう、そんな状況は通り越してるわ。
 それに、アンタが彼女といっしょにいる限り、これからも同じような事は必ず起こる。
 考えようによっては、いい機会だわ」
「……そんな顔しないの。
 あくまで私の勘だけどね。彼女…たぶん知ってるわよ」
「もちろん、具体的には知らないはずよ。
 でも、アンタが普通の人間とは全然違うことは、嫌ってほど分かってるでしょうし、
 アンタが、他人と違うことが《出来る》のも、……気付いてると思う。
 けれど、仮に知っていたとして―――今まで彼女の態度が変わったことがあった?」
「自分の恋人を信じなさい。
 アンタが好きになって、アンタを好きになった人でしょう?
 彼女の《普通さ》は、きっとあたしやアンタの想像以上よ」
「……さあて。
 そろそろ戻りましょうか。
 あんまり放っぽっとくと彼女、ヘソ曲げちゃうわよ」
「ん?
 なに、士郎」
「………。
 バカ。」



       ~ Interlude out ~



     * * * * * * * * * *



 それほど間を置かず、士郎と遠坂嬢が戻ってきた。

 彼を一目見て、 ほっ とした。

 顔色が、回復している。
 まだ万全とは言えないものの、先ほどまでの、死人を思わせる肌の色に比べれば、格段の差だ。
 方法は分からないが、遠坂嬢が何らかの処置をほどこしてくれたのだろう。

 代わりに―――、なぜだろう。
 その表情は、別の意味で、苦渋の色に満ちている。

 彼と、彼女の間に、どんな会話が……


「氷室さん、寂しい思いさせてごめんなさいね。
 約束どおり、コイツ返すわ」
 遠坂嬢だけは、普段の口調のまま私に話しかける。

「じゃ、私はみんなの所に行ってるから。
 ほら士郎、がんばんなさい。
 氷室さん。
 この馬鹿、任せるわ」

 そう言って彼女は、士郎の背中を押し、手を振りながらドアを閉めた。





 しばらくして、両親と藤村先生が戻ってきた。
 おおまかな話し合いは、なんとか終わったらしい。

 時計を見ると、もう午後を大きく回っていた。
 時間の経過など気にする余裕は無かったが、ずいぶん長くかかったものだ。


 ロビーで待っているみんなに合流する。

「みなさん、本当に済みませんでした。せっかくのお花見を……」

 士郎と二人で、頭を下げる。
 今からではもう、花見など行う時間は無いし、そもそもそういった気分にもならないだろう。


 櫻はすぐに散る。
 それぞれに忙しい彼らが、近日中にまた集まるのは難しい。


「気にすることなんかないさ。
 あんたたちが悪いわけじゃないんだから」
 いつものように からっ と笑いながら美綴嬢が言う。

「そうよ。
 オハナミを経験できなかったのは正直言って残念だけど、ソメイヨシノって来年も咲くんでしょう?」
 イリヤさんも、にっこり笑って続ける。

「それに、お花見じゃなくてもいいじゃないですか。
 4月が過ぎて皆さんが落ち着いたら、ピクニックにでも行きましょうよ」
 桜さんが、掌を打って微笑む。

 他のみんなも そうだそうだ とか、 どこへ行こうか とか、盛り上がっている。

「……ありがとな、みんな」

 士郎が、ぽつり と呟く。
 それはそのまま、私の気持ちでもある。

 その言葉に、私たちにとってかけがえのない人達は、みな笑顔で返してくれた。



 とりあえず今日は、この場で解散。
 父母は自動車で来ているので、一緒に帰ろうと言う。

 傷一つ無かったとは言え、交通事故に遭ったのだ。
 その言葉に従うのが普通なのだろうが―――


「すみません、お父さん、お母さん。
 先に帰っていていただけますか?」
 私の言葉に、両親が驚いた顔をする。
 周りのみんなもだ。

「鐘!?」
 一番驚いているだろう、士郎に目を向けながら、私は続ける。

「ちょっと、彼と話したいことがあるんです。
 体は大丈夫ですし、彼が送ってくれると思いますから。
 ―――いいだろう?士郎」

「あ、ああ。
 それはもちろんいいけど……鐘?」

 彼の目には、驚きだけでなく疑問の色がある。
 なぜ、今この時に……と、視線が語っている。

 桜さんをはじめ他の友人達も心配そうな顔をしている。
 比較的冷静なのは、遠坂嬢とイリヤさんくらいだ。
 静かな目をして、私と士郎を見つめている。


「……分かったよ、鐘。
 私たちは、先に戻る。
 士郎君、鐘をよろしく頼むよ」
「何かあったら、すぐに連絡するのよ。
 じゃ、お願いね士郎君」

 私の視線に宿るものを、感じてくれたのだろう。
 両親は笑って許してくれた。





 春の日差しの中を、ゆっくりと歩く。
 荷物はそれぞれの家族に持って帰ってもらったので、二人とも手ぶらだ。

 その手を、私の方からつなぐ。
 彼が、少し驚いた顔をする。
 普段なら、陽の高いうちから街中で手をつなぐことはあまりないのだが、
 今日は……今日だけは、彼の体温を感じていたかった。



 士郎は、相変わらず思い悩む表情をしている。
 彼が、何をそんなに悩んでいるのかは分からない。
 分からないが―――


『ちょっと、彼と話したいことがあるんです』

 両親にそう言ったが、本当に話したいことがあるのは、士郎の方のはずだ。


 先ほどの、遠坂嬢の言葉。

『この馬鹿、任せるわ』

 それは、卒業式前日の夕方。
 彼女と二人で下校したときに託された、彼女の願い。

 あえてその台詞を繰り返すことにより、彼女は私に、何かを伝えようとした。


 彼女が伝えようとすることならば、
 そして、彼がこれほどまでに悩むことならば、
 それはきっと、大事なことなのだろう。


 だから、私は求めた。
 彼と、二人きりで帰ることを。

 思い悩む彼を、いつまでも見ていたくはないから。





 手をつないだまま、新都大橋にさしかかる。


 ふと、思う。
 この橋の上で、士郎とどれほどの時を過ごしただろう。

 士郎の家は、この橋のこちら側にあり。
 私の家は、向こう側にある。

 私が彼に会うために、
 彼が私に会うために、
 私たちは、幾度となくこの橋を渡った。

 そして、数々の想い出が生まれた。


 私の想いに気付かない彼に無理やり抱きついたのは、この橋のたもと。
 彼が『デートしてくれ』と言ったのも、そう。
 初めてのデートの待ち合わせ場所は、橋の真ん中。
 彼に初めて『好きだ』と言われた。
 桜さんと、友情にも似たライバル関係を築いた。
 クリスマスの夜の抱擁。
 ―――彼の口から《彼女》のことを聞いたのも、この橋だった。


 そして今も、衛宮士郎と氷室鐘は、手をつなぎながらこの橋を渡ろうとしている。

 どれもこれも、
 私たちにとって、かけがえのない時。

 おそらくこれからも、数えきれないほど生まれていくであろう想い出の、場所。





 橋の真ん中で、士郎が立ち止まる。
 うつむき、なにかを決心しようとしている顔。

 その横顔を眺めつつ、ふと、私はあることに気付いた。
 いや、以前から薄々感じていたことに、改めて目が向いた、と言うべきか……


「―――。
 かね……」
「士郎。
 君は、背が伸びたか?」

 深刻な口調で彼が話し始めようとした時と、私がのんきな質問を発したのは、ほとんど同時だった。

「……え?」
 彼が、目を丸くして聞き返す。

 それに構わず、私は彼の両手を両掌で握り、体ごとこちらに向かせる。

 そのまま背筋を伸ばし、彼に寄り添う。
 やっぱり、そうだ。


「士郎。
 君は、背が伸びている。
 おそらく、これからも伸びるのではないか?」

「―――え。
 い、いや、そんなことない、と思うけど……
 だって、こうしてみても、前と変わらないじゃないか」

 狼狽しながら、彼が言う。


 確かに、見た目の身長差は以前と変わらない。
 私の目の前に、ちょうど彼の唇が来る。

 初めてのデートのとき。
 彼の家に向かうバスの中で確認した高さと、同じだ。


『氷室は歩き方とかしゃんとしてるから、こっちも背筋正さないと目線が同じになっちまうんだよな』
『これくらいの差であれば私がヒールを履いたとしても逆転することはない』
『う、そっか。ヘタすると身長入れ替わるんだな、ヒールで』


 自分の背があまり高くないことに悩んでいた、彼の苦笑を思い出す。

 だが。


「―――士郎。
 ひとつ忠告するが、自分の恋人のファッションくらい、常にチェックしておくものだぞ。
 私は今、何を履いている?」

 いたずらっぽい笑みで、彼を見つめる。

「なに、って……、あ…」


 そう、今私が履いているのは、白のミドルヒールパンプス。
 踵の高さは、7㎝ほどだ。

 初デートの時の靴は、確か学校指定のローファーだったから、高さに4~5㎝の差はある。


「……気付かなかった。
 いや、そういえば服も靴も、なんとなくきつくなったな、って思ってたんだけど」
 彼が、驚いたように頭を掻く。

「言われて初めて気付くのも、君らしいな。
 まあ、私は別に、構わないのだが……」

 意味深に、言葉を切る。


「この分なら私も将来、ウェディングドレスを着られるかな?」

「 ――― 」

 彼が、言葉に詰まる。
 ……憶えてくれていたか。


 あのときの、身長談義の結末。
 士郎が気にするのなら、別にハイヒールなど履かなくても良い、と思い、
 そのあと、あることに気付いて……


『ウェディングドレスにはヒールがつき物だった、と思い出しただけだ』


 今でも、私自身は身長差など全く気にしていない。
 だが、彼のコンプレックスが取り除かれ、
 それによって、ウェディングドレスを着て彼の隣に立つことが出来るのなら……

 それは、とても素敵な未来ではないか。





 士郎は、視線をさまよわせ、戸惑っている。
 なぜ今、私がこんな話をするのか、測りかねているのかもしれない。

 だが、意図など無い。
 私は話したいことを、話したいようにしゃべっているだけだ。
 だから次の言葉も、自然に出る。



「ありがとう、士郎」

「……え?」

 彼が、不思議そうに呟く。


「私を助けてくれて、ありがとう。
 嬉しかった」

「 ……… 」
 彼は、呆然と私を見ている。



 あの時の銀光。
 連なった、剣。

 ほんの一瞬で消えてしまったけれど。
 あの光に私は、紛れもなく《士郎》を感じた。

 この半年間、いつも身近に感じ続け、
 時として全身で受けとめた、《士郎》自身を。


 あのとき、彼が何をしたのか、私には分からない。
 関心も、無い。
 彼が、命をかけて私を助けてくれた。
 それだけが、私にとっての事実だ。


 ゆえに、私は一寸の迷いもなく、言える。

「ありがとう、士郎。本当に。」





「―――。
 鐘。」

 士郎が、私を真っ直ぐ見つめる。
 もう、先ほどまでの迷いは、その瞳には無い。

「うん。」

 私も、彼を真っ直ぐに見つめ返す。


「鐘に、話さなきゃいけないことがある。
 今まで黙っていたことを、許してくれ、とは言わない。
 突拍子もない話に聞こえるとも思う。
 でも……」

 彼はそこで、息を継いだ。

「できれば、最後まで聞いて欲しい。
 そして―――答を、聞かせてくれないか?」

「分かった」

 彼の、いつもどおりの真摯な瞳に、私も真剣に頷きをかえした。



 大仰なことの嫌いな彼が、ここまで前置きをして言うのだ。
 それはきっと、彼にとって、重要なことに違いない。


 ……しかし。

 彼には申し訳ないが、それが必ずしも、私にとっても重要な事柄であるとは限らない。



 私にとって、本当に大事なことは、ただ二つ。


 一つは、士郎自身のこと。
 士郎が、自分の内に『楽しさ』を感じ、そして幸せになること。


 もうひとつは、私だけの《エンゲージ》。
 彼と出会い、付き合い始めてから、ずっと私の中にある、誓い。

 ――― 終生、彼と添い遂げる。



 この二つ以外に、私が本当に大切に思うことなど、有りはしない。



 だから、私は心気を澄ませる。

 彼が、どんな言葉をくれても、正直に反応できるように。




















 大きく息を吸い、彼は話し始める。

「俺は……魔法使いなんだ。」





 私は、驚く。

「凄いな。」










          (了)










     ―――――――――――――――――――



【筆者より】



 まず、最後まで読んでくださった皆様、
 並びに、このような無茶を快くお許しいただいたNubewo様に、心より感謝を申し上げます。


 62回、半年以上もかけて書いてきて、結局、士郎くんと鐘ちゃんのハッピーエンドまでには届きませんでした。

 でも、そこに至るきっかけ、そのまた取っ掛かりくらいは、示すことが出来たんじゃないか。
 そう、思っています。

 これから、この二人がどうなるのか。
 正直、筆者にも見当が付きません。
 案外、(文中のどこかにも書いたように)あっさりとケンカ別れということになるのかもしれません。

 けれど、この二人なら、七転八倒しながらも二人三脚で進んでいってくれるんじゃないかな、と期待もしています。
 ……自覚の無いバカップル振りで、周囲に砂を吐かせつつ。


 さて、平行世界『クロスゲージ』は終了しました。
 筆者は改めて一読者に戻り、
 正編『エンゲージを君と』の再開を、心待ちに待つことにします。


 改めて皆様、本当にありがとうございました。
 機会があれば、またお会いしましょう。





    ----------------------------------------------------------



 このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、

   『エンゲージを君と』(Nubewo 作)

に触発され、書かれたものです。

 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。

 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、
 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、
 その文責はすべて中村にあります。




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