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No.18987の一覧
[0] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (士郎×氷室)  【 完結 】[中村成志](2011/01/03 16:45)
[1] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (一)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[2] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[3] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三)[中村成志](2010/05/23 21:05)
[4] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四)[中村成志](2010/05/24 20:11)
[5] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五)[中村成志](2010/05/25 21:11)
[6] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/05/27 20:52)
[7] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/05/29 18:27)
[8] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 氷室の視点[中村成志](2010/05/31 19:40)
[9] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/02 19:41)
[10] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 氷室の視点[中村成志](2010/06/04 19:32)
[11] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/27 21:37)
[12] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十)[中村成志](2010/06/08 21:02)
[13] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十一)[中村成志](2010/06/10 18:41)
[14] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十二)[中村成志](2010/06/12 19:47)
[15] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十三)[中村成志](2010/06/14 19:03)
[16] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十四)[中村成志](2010/06/16 18:38)
[17] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十五)[中村成志](2010/06/18 19:18)
[18] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十六)[中村成志](2010/06/20 18:43)
[19] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十七)[中村成志](2010/06/22 20:48)
[20] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十八)[中村成志](2010/06/24 18:38)
[21] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ一)[中村成志](2010/07/03 15:45)
[22] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ二)[中村成志](2010/07/05 21:14)
[23] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ三)[中村成志](2010/07/07 20:30)
[24] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ四)[中村成志](2010/07/09 20:10)
[25] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ五)[中村成志](2010/07/11 18:05)
[26] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ一)[中村成志](2010/07/21 20:15)
[27] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ二)[中村成志](2010/07/24 20:31)
[28] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ三)[中村成志](2010/07/27 20:33)
[29] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ四)[中村成志](2010/07/30 20:36)
[30] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ五)[中村成志](2010/08/02 19:38)
[31] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ六)[中村成志](2010/08/05 19:54)
[32] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)[中村成志](2010/08/08 19:58)
[33] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ八)[中村成志](2010/08/11 20:27)
[34] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ九)[中村成志](2010/08/14 19:21)
[35] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十)[中村成志](2010/08/17 19:38)
[36] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十一)[中村成志](2010/08/20 19:09)
[37] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十二)[中村成志](2010/08/23 20:01)
[38] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十三)[中村成志](2010/08/26 19:26)
[39] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十四)[中村成志](2010/08/30 18:46)
[40] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十五)[中村成志](2010/09/03 19:14)
[41] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十六)[中村成志](2010/09/07 19:15)
[42] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ一)[中村成志](2010/09/11 18:37)
[43] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ二)[中村成志](2010/09/15 20:44)
[44] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ三)[中村成志](2010/09/19 18:57)
[45] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ四)[中村成志](2010/09/23 19:58)
[46] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ五)[中村成志](2010/09/27 19:12)
[48] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ六)[中村成志](2010/10/01 19:45)
[49] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ七)[中村成志](2010/10/05 21:30)
[50] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ八)[中村成志](2010/10/09 20:10)
[51] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ九)[中村成志](2010/10/14 19:11)
[52] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ十)[中村成志](2010/10/18 20:00)
[53] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ一)[中村成志](2010/10/22 20:27)
[54] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)[中村成志](2010/10/26 19:41)
[55] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ三)[中村成志](2010/11/02 19:32)
[57] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ四)[中村成志](2010/11/07 18:29)
[60] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ五)[中村成志](2010/11/11 20:05)
[61] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ六)[中村成志](2010/11/15 20:03)
[62] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/11/19 23:55)
[63] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/11/23 19:40)
[64] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ一)[中村成志](2010/11/27 19:05)
[65] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ二)[中村成志](2010/12/01 19:48)
[66] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)[中村成志](2010/12/05 15:12)
[67] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) 番外編 ~ あるいはエピローグ[中村成志](2010/12/11 18:49)
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[18987] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)
Name: 中村成志◆01bb9a4a ID:f76ce11f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/23 19:40


 夜中、喉の渇きで目が覚めた。
 晩のパーティーで、少々ワインを過ごしてしまったらしい。
 ふと視線を下にやると、私の胸に抱きついたまま眠っている銀色の髪。

「ん……カネ…」

 その髪が、少し身じろぎをする。
 イリヤさんは、本当に私の胸がお気に入りらしい。
 今日初めて士郎の家に宿泊した私の布団に、先日の年賀で宣言したとおり、当然のように潜り込んできた。

 その際、
『さ、シロウも早くはやく』
 と、布団の中から手招きしたので、家族内で一騒動あったのだが……

 結局、(当然のことだが)士郎とは別室。
 私は、一つ布団でイリヤさんと枕を並べている。


 さて、いったん気付くと、喉の渇きが耐え難くなってきた。
 枕元の腕時計を見ると……もうすぐ、午前1時か。
 イリヤさんを起こさないよう、そっと布団を抜け出す。

 音を立てないよう台所まで行き、水を一杯勝手に飲ませてもらう。
 このへんは、正に勝手知ったる他人の家だ。

 一息ついてから部屋に戻ろうとすると、

「 ――― ? 」

 庭に面した廊下が、かすかに明るい。
 足を運んでみると、雨戸の一枚が開けられ、そこから光が漏れている。
 誘われるように外に出れば、空には月。
 青白い光が、冴え冴えと庭を照らしている。

 しばらく、その光景に見とれたが、やはり早春の夜は寒い。
 身震いを一つして屋内に戻ろうとしたとき、


(トレース・オン)


 どこからか、声が聞こえてきた。

 ?
 誰か、まだ起きて……
 そちらに、我知らず足を向ける。

 土蔵。

 重そうな扉が、半開きになっている。
 私は、何の気無しに中を覗こうとして……










     クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)










 誰もいない教室で机に直に座り、片ひざを抱えて、夕陽をぼんやりと見ていた。
 考えているようで考えていない、そんなとりとめのない頭の状態は、久しぶりだ。
 もう少しこの感覚を味わってから帰ろう、と思っていたら、

「遠坂嬢?」

 後ろから、声をかけられた。

 呼び方一つ、声ひとつで分かる。
 私をこう呼ぶ人間は、たった一人。

「氷室さん、帰られたんじゃなかったの?」


 氷室鐘。
 明日まで、私の同級生。
 頭脳明晰、スポーツ万能、沈着冷静、容姿端麗、……スタイル抜群。
 およそ欠点が見つからない女性でありながら、性格の地味さ故か、あまり目立たない。
 あらゆる事に秀でながら―――あらゆる意味で、普通の女性。

 ついでに言えば、あの馬鹿の恋人。


「いったん家まで帰ったんだが、部室にちょっとした忘れ物をしてね。
 せっかくだから、教室の見納めをしようと思って来たんだ。
 ―――君は?」

 紙袋を掲げて見せながら、彼女が問い返す。
 なるほど、今日もあいつが家まで送っていったはずなのに、横に張り付いていないのはそういうことか。

「私も似たようなものね。
 さっきまで卒業式の打ち合わせをしてたんだけど、なんとなくここに来ちゃった。
 ……やだ、もうこんな時間?」

 腕時計を見て、ちょっと驚く。
 こんなにぼんやりと時を過ごしたのは、本当に珍しい。


「卒業生総代ともなると、忙しいな。
 それにしても、ミス・パーフェクトが物思い、か。珍しい。
 まあ、今日が実質最後なのだから、無理もないか」
 ちょっと皮肉な笑みを浮かべながら、彼女が言う。

 私と話すときは、彼女はいつもこんな口調になる。
 いや、そうじゃなくて、もともとこういった話し方が彼女の持ち味なのだ。
 ……まったく、あいつの前ではスーパー乙女のくせに。

「否定はしないけど。
 でも、それはあなたも同じでしょう?
 女史―――いえ、『穂群の呉学人』が、忘れ物にこと寄せて教室まで感傷に浸りに来るんだから」

 なので、私もいつもの口調でカウンターを返してやる。
 だがこの女は、今度ははっきり ニヤリ と笑って、

「まあ、客観的に見れば珍しい部類に入るのだろうな。
 『あかいあくま』には及びもつかないがね」

 ―――見事な、クリス・クロス。
 こんな異名を彼女に教えるヤツは、一人しかいない。
 ……今夜の魔術講義、覚悟しときなさいよ。





 彼女と肩を並べて、校門を出る。
 夕陽は、もう山の端に掛かろうとしていた。

「忘れ物は明日でも良かったのだが……
 来てみるものだな。
 遠坂嬢といっしょに帰宅できるなど、幸運だ」
 私の隣では、氷室さんが相変わらずの笑みを浮かべて歩いている。

「……確かに、氷室さんといっしょに下校するのは初めてでしたわね。
 特に最近は、その隙も無くて。
 蒔寺さんが嘆いていましたよ。
 『アイツ、最近夫婦で帰ってばっかりで、付き合いが悪くなった』
 って」
 完璧な優等生ボイスで逆襲してやると、案の定、

「ふう―――な、なにを……」
 とたんに、真っ赤になって口ごもった。

 氷室ころすにゃ刃物はいらぬ、士郎の『し』の字も言えばいい ってね。
 大いに溜飲を下げるとともに、―――なにか、少しだけうらやましかった。



 二人で、夕暮れの坂道を下る。
 確かに、珍しい。
 氷室さんとこうして帰ることも、そもそも、私が誰かといっしょに下校することも。
 そんなことをしたのは、桜と……あいつとくらいだ。

 とにかく、都合が良いとも言える。
 彼女には、確かめておかなければならないことがあった。
 それも、それと気付かれずに。


「―――そういえば氷室さん、この間のお泊まりではごめんなさいね。
 結局、ドンチャン騒ぎになっちゃって」

「いや、非常に楽しかったよ。ぜひまた、お願いしたい。
 …まだ学生の分際で、あれだけ飲んでしまったのもどうかと思うがね」

「まあ、明日には卒業なんだし。それくらいはいいんじゃない?
 じゃ、夜もぐっすり眠れた?」

「いや、それがな……」
 苦笑して、彼女が続ける。

「飲み過ぎたのが仇になって、夜中に目を覚ました。
 喉がひどく渇いてね。
 それで、失礼とは思ったが台所で水を……」
 言いさして、何か考える表情をする。
 ―――ここで、せかしてはならない。

「…そういえば遠坂嬢。
 士郎は、夜中でもよく修行をするのか?」

「修行?」
 何食わぬ顔で、問い返す。

「いや、雨戸が開いていたので外に出てみたんだが、土蔵を覗くと士郎が何かやっていてな。
 声をかけようとしたんだが……」



     * * * * * * * * * *



 土蔵の中を覗こうとして―――何かに押し戻された。
 目に見えない、何か。

 思わず二、三歩後ずさる。
 気のせい……では無い。
 確かに何かが、土蔵全体から膨れあがり、私の身体を圧している。
 武闘家である美綴嬢なら、それを《気》と呼ぶのだろうか。

 半開きの扉から、僅かに中が見える。
 座っているのは―――士郎。
 土蔵の明かり取りから差し込む月光に、体が淡く照らされている。
 両手に持つ何かが、月光を受けて時折 ぎらり と光る。
 体全体から、陽炎が立ち上っているように見える…のは、錯覚か?

 どのくらい、その見えない《何か》に圧倒されていただろう。
 《何か》はやがて、潮が引くように徐々に終息していった。

 士郎が ほうっ と息をつくのが分かる。
 そして彼は、ゆっくりと振り向いた。


「あれ、鐘?」

 きょとんとした顔で、彼は声を出した。
 さっきまでの緊張感は何だったんだ、と言いたくなるくらい、のんきな声だ。

「どうした?こんな時間に」
 その、いつもどおりの声に ほっ として、

「それはこっちの台詞だ。
 こんな夜中に、こんな所で何をやっている?」
 土蔵に入り、彼に近づく。

 近くで見た彼は、この寒さだというのに総身が汗で濡れ尽くしていた。
 手に持っているのは、刀剣―――日本刀か?


「……いや、剣の稽古の一環でさ。
 精神統一のための瞑想をしてたんだよ。
 いろいろな時刻で試してみたんだけど、どうもこの時間帯が一番集中しやすいらしい」

「いろいろ―――と言うと、いつもやっているのか。
 ……そんな物を持って?」
 また ぎらり と光る刀を見やりながら、彼に問う。
 私は、少し怯えた目をしていたのだろうか。

「あ、……これ、遠坂が家にあったのを貸してくれたんだよ。
 こういったのを見てると、集中しやすいんだ。
 ―――怖がらせちゃったか?ごめんな」
 そう言って彼は、刀を横に置き、私に頭を下げる。
 そのそばには、そっくりな刀が鞘に収まって置かれていた。



     * * * * * * * * * *



「瞑想、と言っていたが、何か―――もっと激しいものを見ているような気がした。
 士郎は、あんな事を毎晩やっているのか……?」
 心配そうに眉根を寄せ、氷室さんが呟く。

 あの馬鹿。
 いくら修行マニアだからって、恋人が泊まりに来た夜にまでやってんじゃないわよ。
 おまけに、《あの日本刀》を投影してたわね。
 普段、嫌って言うほどしごいてやってるのに、全く……

「ま、いつものことよ。
 自分を鍛えるのは、あいつの趣味だからね。
 日本刀見てたのも、そう。
 あいつ、刀フェチだから」

「刀フェチ!?」
 彼女が、目を丸くして驚く。
 ……ちょっと、言葉が悪かったか。

「あ、いえ、別に刀に頬ずりしてるとか、夜な夜な辻斬りに出るとか、そういうんじゃ無いわよ?
 ただ、剣と相性がいいみたい。
 見てると、気力が充実してくるんだって」
 自分でも、あんまりフォローになってないな、と思いつつ続ける。

「そ、そうか……
 しかし、《剣》か。
 ―――、だから、《セイバー》さんなのか……?」
 彼女が、独り言のように呟く。
 …私は、あえてそれを無視して、

「別に集めてるわけでもないみたいだから、気にしないでいいわよ。
 高価な刀を買いあさって、新婚家庭の家計を逼迫させて、なんてことにはならないから」
 にしし と、我ながらどうよと思う笑みを浮かべて言う。

「し、しんこ……」
 たちまち真っ赤に染まるスーパー乙女。
 やれやれ、これで気が逸れてくれたみたいね。



 あいつから、
『鐘に、修行してるところを見られた』
 と言われたときは、肝が冷えた。

『大丈夫だよ。瞑想だって言ったら信じてくれたから』
 なんて、のほほんとした声で続けるので、張っ倒してやった。
 まったく、神秘の秘匿を何だと思ってるのよ、あいつは。


 私は、冬木の管理者だ。事態は把握しなければならない。
 最悪の―――本当に最悪の場合は、彼女の記憶操作まで考えなければならない。
 管理者として、それは当然のことなのだが……。

 今、私は本当に ほっ としている。
 あいつの言うとおり、彼女は魔術行使の現場そのものを見たわけではないようだ。
 ……私も、甘くなったんだろうか。
 あいつの言う『家族』って言葉に、浸ってるつもりは無いんだけど。


 それにしても。
 このことについては、一度あいつととことんまで話し合わなければならない。
 一般人に、もしも魔術行使の現場を目撃されたら。
 そして、それが《協会》に発覚したとしたら。
 ……《協会》は、私のように甘くはないのだ。

 あいつが、彼女と共に生きていくことを選んだのは、知っている。
 ならば、なおさら事態の重大さを、叩き込んでおかなくては。
 私が、―――日本にいる間に。



「そう言えば、遠坂嬢は留学するのだろう?
 ……すぐに、出発するのか?」

「えっ?」
 タイミング良く彼女に声をかけられ、思わず声を出してしまう。

「あ、いいえ。
 向こうは9月からが新学期だから、卒業してすぐに、ってことは無いわ。
 でも……何だかんだと用意があるから、出発は6月か7月くらいかな」

「そうか。
 ロンドンに留学とはうらやましいが……やはり長くかかるんだろう?」

「そうね。
 基本は4~5年だけど、せっかくだからしっかりと学びたいし。
 場合によっては、10年近くは……」

「―――そうか」
 彼女は、夕焼けに目を向ける。



 改めて、彼女の横顔に見入る。
 一年生の頃からの同級生。
 でも、いつも当たり障りのない会話だけで、突っ込んだ付き合いなどしてこなかった。

 もっとも、それは彼女に対してだけではない。
 私は、誰に対しても当たらず障らずの付き合いをしてきた。
 ……あいつに、出会うまでは。


「しかし……時々は帰ってくるんだろう?」
 希望を滲ませながら、彼女が問う。
 ―――この人も、ずいぶんと感情を表に出すようになった。
 以前は、《氷の女》の異名どおり、何があっても眉ひとつ動かさなかったのに。

「ええ、もちろん。
 向こうの休みは長いそうだから。
 こっちにも色々と責任があるから、出来る限りは帰ってくるつもりでいるわ。
 ……そうね。
 あなたたちがどこまで進展したかも、確認しなきゃいけないし」

「っ!
 ま、また君は、そういうことを……」

 本当にこの人は、あいつのこととなると、面白いくらい《女の子》そのものになる。



 ―――今でも、ときどき考える。
 もし。
 もしも、あのとき。
 セイバーが自分の世界に帰った後、私があいつにアプローチをしていたら。


 あり得ないことじゃなかった。
 聖杯戦争を共に生き抜き、その後も魔術の師として、近いところからあいつを見てきた。
 日が重なるごとに、あいつに惹かれていくのが……癪だけど、自分で分かった。

 でも、積極的に動かなかったのは、ひとつは桜のことがあったため。
 ひとつは、あいつがセイバーの事を忘れていなかったため。
 そして……やっぱり、私は臆病だったんだろう。

 桜と三人、なんとなく三すくみの恰好をしているうちに、あいつの前にこの人が現れ。
 あいつはこの人を……氷室鐘を、愛するようになった。


 時々、考える。
 私があいつといっしょになっていたら。

 私は、魔術師。
 当然、あいつの夢を叶えるために、ありったけの魔術を教え込んでいただろう。
 その結果、どうなっただろうか。
 あいつも魔術師として、生きていっただろうか。
 それとも……


 また、考える。
 もしも、桜とあいつがいっしょになっていたら。

 あの子はきっと、あいつと二人だけの幸せを求めただろう。
 ひょっとしたらあいつは、夢を諦めて、桜と幸せになる道を選んだかもしれない。
 でも、それは……


 しかし、あいつは彼女を選んだ。
 氷室鐘と、共に歩むことを選んだ。

 彼女が、私と…桜と、どう違うだろう。

 魔術師ある私とは、当然、百八十度違う。
 同じ一般人……である桜とも、彼女は、やはり違う。

 桜は、心から愛する人がそばにいれば、それで充足する。
 彼女は―――



「そう言えばあいつ、この間いきなり言ってきたわよ。
 『法政関係の勉強をしたいから、どっかいい所知らないか』
って。
 あなたに感化されたの?」

「私も驚いた。
 つい先日、同じように聞かれたばかりだ。
 特に法律を学びたい、と言っていたが……」


 私が言われたのは、ある夜の魔術講義が終わってからだった。

『何、あんた魔術やめるの?』

 尋ねた声は、我ながら冷ややかだったと思う。
 やっぱり、魔術師になるのを諦め、表の世界で生きていくことにしたのか。
 氷室さんといっしょに歩むために。

 ―――そう、思ったのだが。

『やめるわけないだろ。
 これからも講義はお願いしたいし、剣の修行も続けるよ。
 ただ……』
 そこであいつは、いったん言葉を切った。
 それは、言いよどんでいるのではなく、

『それだけじゃ、足りないんじゃないかって思ったんだ。
 今までは、魔術と剣だけでやっていけると考えてた。
 けど、今の世界がどうなってるのか―――どういう法則で動いてるのか、
 それを知った方がいいんじゃないか、って』

 新たな自分の決意を、告げるためだった。


 あいつが、変わろうとしている。
 それは、私には少なからぬ驚きだった。

 ―――が、考えてみれば、別に意外でもない。
 衛宮士郎は《魔術師》ではなく、《魔術使い》だ。
 魔術によってこの世の根元に至ろうとする私たちとは、根本的に異なる。
 彼にとって魔術とは、剣と同じく、自分の夢を達成させるための武器に過ぎない。

 ならば、その武器を新たに増やすこと。
 それに考えが至るのも、言わば必然。
 そしてその武器は、ひょっとしたら、彼の夢を新たな局面に……


「全くあいつも、それならそうともっと早く言えばいいのに。
 それだったら私も、それ用に勉強の特訓してやったのにさ。
 今からじゃ、ろくなこと教えられないじゃない」
 少々オーバーアクションで呆れ、 うーん と背伸びをする。

「そうか。
 遠坂嬢は、彼の勉強の師でもあったな。
 ……で、どうかな?
 師匠としては、彼が法律を修めることが出来ると思うかね?」
 横で、彼女が微笑みながら尋ねる。
 顔では笑っていても、やっぱり心配なんだろう。

「まあね。
 あいつ、へっぽこだけど頭が悪いわけじゃないから。
 修行マニアでもあるし、一度決めたらいいとこまで行くんじゃない?

 だいたい、今どきの正義の味方が法律のひとつも知らないなんて、笑い話にもならないものね」


「正義の、味方?」


 何気なく言った一言に、彼女は訝しげに反応した。
 ―――まずっ。
 ひょっとしてあの馬鹿、氷室さんに話してないの?



 正義の味方。
 あいつの―――衛宮士郎の夢。
 自分でも、実現することなんて無いと知り尽くしている、それでも追いかけようとしている、夢。
 そんな大事なこと、なんで自分の恋人に話してないのよ、あいつは。

 ……自分の恋人だから、か。

 あいつの性格なら、軽々しく彼女には話せないわよね。


 さて、そうすると困った。
 あいつが話していないことを、私が勝手に伝えたことになってしまう。
 どうやって誤魔化そうか、頭を悩ませていると、


「……ふむ。《正義の味方》、か。
 なるほど。
 それは、良い言葉だ」
 彼女は、感心したように頷いている。

「彼の理想が、余すことなく言語化されている。
 まさに、彼の夢に相応しい言葉だ。
 ……《正義の味方》か。
 うん、《正義の味方》―――」

 本当に嬉しそうに、彼女がその単語を繰り返す。


 あのー……、ひょっとして、知ってました?



 いや、あの馬鹿が、彼女に気軽に打ち明けることなど、考えにくい。
 同時に、どんなに頑張ったところで、あのアンポンタンなくらい剥き出しの善意を、彼女に隠しおおせるとも思えない。

 つまり、あいつは必死に隠してるつもりで、
 彼女はとっくの昔に知っていて、
 私は、それに名前を付けてあげただけ、という……


 ―――だ・か・ら、バカップルって、嫌いなのよ!!





 夕陽はほとんど没し、坂の下の交差点が近づいてくる。
 彼女はそこから、バスに乗って帰るという。

「ありがとう、遠坂嬢。
 いっしょに下校することが出来て、楽しかった」
 彼女が言う。
 こんなに率直に微笑まれたら、私も素直にならざるを得ない。

「私もよ。
 一度、あなたとはゆっくり話がしたかったから……
 実現できて良かったわ」

「完了形で言うこともないだろう。
 君の出発の日まで、まだ間はある。
 それ以後の日々も、充分にある。
 ―――出来ればまた、もっと深く、長く、語り合いたいものだ」

 ……本当に、率直ね。
 でも、異論は無いわ。


 交差点に辿り着く。
 折良く、バスが近づいてくる音が聞こえる。


「遠坂嬢」
 彼女が、今までと同じ口調で問いかける。

「なに?」
「君は、士郎のことが好きなのか?」



 ―――。

 ……やって、くれるわね。
 今、このときに。

 でも、ここで慌てふためくなんて、私の自尊心が許さない。
 『いつも余裕を持って優雅たれ』
 遠坂の家訓も、許さない。

「ええ、好きよ。今でも」
 さらっ と言えたのは、必ずしも家訓のせいばかりでは無かったかもしれない。

「でも、正直言って付き合うのはゴメンだわ。
 あんなアンポンタン、四六時中そばにいられたら、私がノイローゼになっちゃう」
 ……これは、ちょっと無理が入っているような気もする。


「―――すまない。
 だが、これだけは聞いておきたかった。
 君自身の口から」
 彼女が、私に向かって頭を下げる。
 やめてよね。

「私にこれだけ言わせたんだから、あなたには背負ってもらうわよ」
 我ながら邪悪な笑みを浮かべながら、彼女に顔を寄せる。

「あの馬鹿、任せるわ。
 放っとくと、どこにすっ飛んでくか分からないから。
 しっかりと監視してやってちょうだい」

 私の言葉に、彼女は力強く頷く。

「承知した。
 私は、彼の足手まといになる。
 彼に、考える時間を与えるための重しとなり、地獄の底まで付いていく。
 ……たとえ、彼が何者であろうとも」


「 ――― 」
 気付いて、いるの?

 思わず、身構える。
 『管理者』としての使命が、頭をよぎる。
 もし、彼女が知っているのだとしたら、私は……


「そう、決めていた。
 君のおかげで、その決心がより強固になった。

 彼が、君に何を学んでいるか、そんなことには関心が無い。
 私は、彼と共に歩む。

 私の《エンゲージ》を、必ず守り抜いてみせる」

 きっぱりと、断言する。


 ―――かなわないわね、恋する乙女には。



 《エンゲージ》。
 彼女が何を誓ったか、それは分からない。
 訊くつもりは無いし、訊いていいものでもない。

 でも、これなら大丈夫ね。
 仮に、彼女が士郎の正体に気付いたとしても、彼女なら、

 この、二人なら……



 彼女が、バスに乗り込む。
 私は、それを見送る。

「ではな、遠坂嬢。
 明日の卒業式で会おう。」

「ええ、氷室さん。
 また、明日。」


 彼女を乗せたバスが、ゆっくりと坂を下りていく。

 バスが見えなくなってから、

「 ――― 」

 一息ついて、私は坂を登り始める。



 さあ、今夜もあの馬鹿に、しっかりと魔術を叩き込んでやらなきゃ。
 とりあえず今日は、普段の倍増し、ってことで。



 ふと空を見上げると、残照はもう、ほとんど消えていた。










     ―――――――――――――――――――



【筆者より】


 『卒業式前日編』、でした。

 『クロスゲージ』世界では唯一、鐘ちゃんと深い交流が無かった遠坂嬢。
 二人の間柄は、これくらいの《君子の交わり》が良いんじゃないかと。


 さて、やっとここまでやってきました。
 次のエピソードで、完結の予定です。

 あと少し、お付き合いのほどを。



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 このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、

   『エンゲージを君と』(Nubewo 作)

に触発され、書かれたものです。

 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。

 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、
 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、
 その文責はすべて中村にあります。




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