<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.18987の一覧
[0] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (士郎×氷室)  【 完結 】[中村成志](2011/01/03 16:45)
[1] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (一)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[2] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[3] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三)[中村成志](2010/05/23 21:05)
[4] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四)[中村成志](2010/05/24 20:11)
[5] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五)[中村成志](2010/05/25 21:11)
[6] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/05/27 20:52)
[7] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/05/29 18:27)
[8] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 氷室の視点[中村成志](2010/05/31 19:40)
[9] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/02 19:41)
[10] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 氷室の視点[中村成志](2010/06/04 19:32)
[11] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/27 21:37)
[12] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十)[中村成志](2010/06/08 21:02)
[13] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十一)[中村成志](2010/06/10 18:41)
[14] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十二)[中村成志](2010/06/12 19:47)
[15] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十三)[中村成志](2010/06/14 19:03)
[16] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十四)[中村成志](2010/06/16 18:38)
[17] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十五)[中村成志](2010/06/18 19:18)
[18] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十六)[中村成志](2010/06/20 18:43)
[19] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十七)[中村成志](2010/06/22 20:48)
[20] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十八)[中村成志](2010/06/24 18:38)
[21] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ一)[中村成志](2010/07/03 15:45)
[22] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ二)[中村成志](2010/07/05 21:14)
[23] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ三)[中村成志](2010/07/07 20:30)
[24] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ四)[中村成志](2010/07/09 20:10)
[25] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ五)[中村成志](2010/07/11 18:05)
[26] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ一)[中村成志](2010/07/21 20:15)
[27] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ二)[中村成志](2010/07/24 20:31)
[28] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ三)[中村成志](2010/07/27 20:33)
[29] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ四)[中村成志](2010/07/30 20:36)
[30] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ五)[中村成志](2010/08/02 19:38)
[31] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ六)[中村成志](2010/08/05 19:54)
[32] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)[中村成志](2010/08/08 19:58)
[33] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ八)[中村成志](2010/08/11 20:27)
[34] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ九)[中村成志](2010/08/14 19:21)
[35] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十)[中村成志](2010/08/17 19:38)
[36] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十一)[中村成志](2010/08/20 19:09)
[37] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十二)[中村成志](2010/08/23 20:01)
[38] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十三)[中村成志](2010/08/26 19:26)
[39] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十四)[中村成志](2010/08/30 18:46)
[40] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十五)[中村成志](2010/09/03 19:14)
[41] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十六)[中村成志](2010/09/07 19:15)
[42] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ一)[中村成志](2010/09/11 18:37)
[43] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ二)[中村成志](2010/09/15 20:44)
[44] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ三)[中村成志](2010/09/19 18:57)
[45] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ四)[中村成志](2010/09/23 19:58)
[46] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ五)[中村成志](2010/09/27 19:12)
[48] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ六)[中村成志](2010/10/01 19:45)
[49] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ七)[中村成志](2010/10/05 21:30)
[50] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ八)[中村成志](2010/10/09 20:10)
[51] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ九)[中村成志](2010/10/14 19:11)
[52] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ十)[中村成志](2010/10/18 20:00)
[53] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ一)[中村成志](2010/10/22 20:27)
[54] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)[中村成志](2010/10/26 19:41)
[55] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ三)[中村成志](2010/11/02 19:32)
[57] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ四)[中村成志](2010/11/07 18:29)
[60] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ五)[中村成志](2010/11/11 20:05)
[61] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ六)[中村成志](2010/11/15 20:03)
[62] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/11/19 23:55)
[63] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/11/23 19:40)
[64] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ一)[中村成志](2010/11/27 19:05)
[65] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ二)[中村成志](2010/12/01 19:48)
[66] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)[中村成志](2010/12/05 15:12)
[67] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) 番外編 ~ あるいはエピローグ[中村成志](2010/12/11 18:49)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[18987] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)
Name: 中村成志◆01bb9a4a ID:5e8fe465 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/19 23:55



「その人のことを、聞かせてくれないか」

 夕陽の照る橋の上で、私は彼に言った。










     クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)










「やったな、鐘。」

 隣から受験票を覗き込んでいた彼が、私の肩をやさしく抱く。

 確かに、ある。
 キャンパスの中、掲示板に張られた数百の数字の羅列。
 その中に、私の受験番号は紛れもせずに書かれていた。


 ほうっ と息を漏らす。
 試験を受けたとき、手応えは確かにあった。
 教師たちからも、お墨付きはもらっていた。

 しかし、こういうことに《絶対》は無い。
 背に負っていた荷が、静かに降ろされるのを感じつつ、私は一瞬目を閉じ、

「―――ありがとう、士郎。本当に」

 目を開け、彼を見上げて微笑んだ。



 2月中旬の土曜日。
 今日は、私が受験した美術大学の、合格発表日だった。

 昨今はインターネットや電子メールで結果をすぐに知ることが出来る。
 だから、わざわざキャンパスまで足を運ぶ必然性は無い。
 だが、私は自分の目で確かめたかった。
 ひとつの努力が実を結んだのか否か、体で感じたかったのだ。

 それに、わざわざ付き添ってくれたのが士郎。

「子どもではないんだ。
 一人で行ける」

 そう言ったのだが、こういうときに彼は頑固だ。
 あるいは、私自身が気付かずにいた強がりを、彼は見抜いていたのかもしれない。

 その証拠に、肩に置かれた掌が、本当に嬉しい。
 自分で思っていた以上に、私は不安で、緊張していたのだ。


 もう一度だけ、番号を確かめてからキャンパスを出る。
 校門にある、梅の古木の花は、もう散りかけていた。



 両親に、結果を伝える携帯メールを送る。
 本当なら、今日は私の家で、士郎を交えた祝いの席を開く予定だったのだ。

 しかし、例によって父は急な公務で深夜まで帰れず。
 母も、関わっている会でトラブルがあったとかで、外出している。

「夕食までに帰れなくはないけれど、これじゃ充分な準備も出来ないわ。
 残念だけど、日を改めましょう」

 本当に残念そうに、母は言っていた。

 父母と喜びを共に出来ないのは私も残念だが、何も形だけがすべてではない。
 折り返し送られてきた返信メールの言葉だけで、私は充分に幸せだった。

 それに、《捨てる神あれば拾う神あり》とも言う。
 その代わりに、と言っては何だが……


「じゃ、まずどこへ行こうか。
 家に着くのは夕方でいい、って言ってたから。
 イリヤはむくれてたけどな」

 新都駅の改札口を出た彼が、私を振り返る。

 そう。
 私は今日、初めて士郎の家に泊まりに行くのだ。



 以前からイリヤさんにねだられていた、士郎の家での宿泊。
 あの年賀が終わった夜、両親に伺いを立てると、
 『いつでも、行ってきなさい』
 快く許可をくれた。


 その後、私の受験などがあり、延び延びになっていたが、
 私の家での晩餐が難しくなった、と数日前、彼に伝えたら、

「えっと、…なら、―――どうだ?」

 と、彼が口籠もりながら代替案を出してくれたのだ。

 両親は、もちろん快諾。
 いやむしろ、もろ手を挙げて送り出そうとしていた風にも見えたのだが……


 とは言え、彼の家で二人きりになれるわけではない。
 むしろ今日は、衛宮家の家族が勢揃い。
 イリヤさんは勿論、藤村先生、桜さん、遠坂嬢も、やる気満々といった状況らしい。
 ―――なんの《やる気》なのかは、よく分からないが。

 本当なら、この足で彼の家に向かっても良いのだが、

「どうせ今夜は、ドンチャン騒ぎになるのが目に見えてるんだから。
 昼間くらい、恋人同士で合格のお祝いをしなさい。
 ちゃんと彼女を満足させてあげないと、はっ倒すからね」

 士郎が家を出るとき、遠坂嬢からきつく申し渡されたのだそうだ。


 遠坂嬢と言い、私の両親と言い、そして彼と言い。
 私の大学合格を、疑わず信じてくれていたことに、胸が熱くなる。
 私を包んでくれているものの大きさを改めて感じるのは、こういう時だ。

 ……が。
 彼女の気持ちは非常に嬉しいのだが、どうも言い回しが微妙なような気が……


 とにかく、この好意に甘えない手はない。
 夕方までのひととき、私は思う存分、彼のそばにいることに決めた。



     * * * * * * * * * *



 一度私の家に戻り、用意しておいたボストンバッグを持って、再び玄関を出る。
 心ゆくまで彼との時間を過ごした新都の空は、もう夕陽に染まり始めていた。


「疲れてなければ、歩いていこう。
 気持ちのいい天気だし、まだ時間は充分にあるしな」

 私のボストンバッグを自然に手に取りながら、彼が言う。
 自分で持てる、といいかけて、止めた。
 彼はすでに、当たり前のように歩き始めている。
 良くも悪くも、これが彼なのだ。

 2月にしては、暖かい一日。
 夕方になっても、それは変わらない。
 むしろ、風が心地良いくらいだ。
 そんな中、彼と並んで歩く。
 そんな何気ないひとときが、たまらなく愛しく感じる。


 新都大橋の歩道を渡る。
 右手には、未遠川の河口。そして、海。
 その上に、夕陽がゆったりと輝いている。

 ふたり、どちらからともなく、立ち止まる。
 橋の欄干に手をかけ、無言で海を、沈みゆく夕陽を見つめる。

 金色の光が、やさしく私たちを包む。
 彼は、穏やかな顔をして夕陽に視線を向けている。



 私は、肩に提げたハンドバッグの中から小さな箱を取り出し、

「―――士郎。」
 振り向いた彼に、差し出す。

「 ?
 これって……」
 受け取りながら、不思議そうに首を傾げる士郎。
 その仕草に、思わず笑ってしまう。

「質問しよう。
 今日は、何月の何日だ?」
「何日って、2月の……あ…」

 そう。
 今日は、2月14日。
 バレンタインデー、と全国的に呼ばれる日だ。


「相変わらずだな、君は。
 今日回った新都でも、嫌になるくらいキャンペーンをやっていただろうに」

「あ、いや……
 今まで、全然縁がなくてさ。
 俺には関係ないもんだと思ってたから……」

「―――そう言われると、傷つくな。
 私は、そんな薄情な恋人と思われていたのかな?」

「い、いや、違うよ!
 単に、頭に無かっただけで―――
 け、決して鐘のことを、だな……!」

 ……いじめるのは、この辺にしよう。
 本気で彼は、焦って手を振り回している。

 私は、言葉を継ぐ代わりに、夕陽を受ける彼に向かって、笑顔を送った。


「―――ありがとう、鐘。
 すごく、うれしい」

 私の気持ちを汲んでくれたのだろう。
 彼も、箱と私を見比べ、最高の笑顔を贈ってくれた。





 再び、二人並んで夕陽を見つめる。
 黄金の輝きは、余すことなく辺りを照らしている。

 そんな輝きを見つめながら、彼が ぽつり と呟く。


「―――そうか。
 もう、2月の半ば、なんだな」


 その口調には、覚えがある。
 いつか、何回か聞いた響き。
 彼の眼差しにも、覚えがある。
 かつて、何回か見た視線。

 それはいつも、ある人のことを考えていたときに―――





「その人のことを、聞かせてくれないか」





 自然に、口から出ていた。

 驚いたように、彼が私のほうを向く。
 私は、その視線をしっかりと受けとめる。


「聞かせてくれないか。
 君が今、考えていた人のことを」

 自分でも、穏やかな声だと思う。
 その人。
 彼の、かつての恋人のことを聞こうとしているというのに。


 いつか、聞きたいと思っていた。
 彼が本当に愛し、彼を本当に愛した人のことを。
 いつか、自分に本当に自信が持てたときに。

 今の私が、自信を持てたわけでは、勿論無い。
 だが、いつのころからだろう。
 『自信』うんぬんに、以前よりはこだわっていない自分に気付いた。
 だから、自然に口から出ていた。


 聞きたい。

 《セイバー》。

 その人は、君にとって、どういう存在だったのか、を。



「―――。
 まず、謝る。
 ごめん、鐘」
 どれほど時が経っただろう。
 彼が、私に向かって真摯に頭を下げる。

「確かに今、俺はアイツのことを思ってた。
 鐘が隣にいるっていうのに。
 自分に腹が立つよ。
 同じことを何回も繰り返して、なんでこんなに進歩が無いんだか……」

 唇を噛む彼に、首を振る。
 それはいい。
 そんなことは、当たり前のことなのだ。
 命をかけて愛した人を、そんな簡単に忘れてしまったとしたら。
 その時にこそ、私は君を蔑む。

「それと―――今までアイツの話題を避けてたことも謝る。
 鐘にとって、愉快な話題じゃないだろうと思ってた。
 でも、もし鐘さえよければ……」
 彼は、いったん大きく息を吐く。

「聞いてほしい。
 アイツのことを。
 たぶん今も、俺の中にいる、彼女のことを」


 私は、ゆっくりと、強く、うなずいた。





「さっき、思ってたんだよ。
 アイツと会えなくなってから、ちょうど一年になるんだな、って」

 彼は、夕陽に視線を向けながら、話し始める。

「アイツとは、去年の2月の頭に初めて会ってさ。
 ―――月が、すごくきれいな夜だった」



 まばゆいばかりの黄金の髪。
 翠緑玉の瞳。
 白磁を砕いて擦り込んだような肌。
 なにより、高貴にして高潔な意志を感じさせる、その佇まい。

 地獄に堕ちても忘れることは無いだろう、と彼は言う。


 身長は150cm半ば。折れてしまいそうな細身の体。
 明らかに私たちより2~3歳は若い外見。
 どう見ても《少女》そのものだった彼女は、

「なのに、呆れるほど強くてさ。
 俺の剣の師匠になってくれたんだけど、もう情け容赦の欠片もなくて、失神させられたのも数えきれない。
 藤ねえでさえ、片手で軽く捻られてたくらいだ」
 《冬木の虎》と異名を取った藤村先生を手玉に取るとは、確かに並みの腕ではない。

「おまけに、えらく頑固でな。
 言い出したら絶対に引かないし、何遍言い争いしたことか」
 それは……君といいコンビじゃないか。

「怒るとほんと怖くて。めったに笑わないし、嬉しそうな顔することも少なかった。
 あ、でも可愛い物―――ぬいぐるみとか抱いてたときは、ほんとにかわいかったな。
 あの時だけは、年相応に見えた」
 ヴェルデのファンシーショップで見た、仔獅子のぬいぐるみを思い出す。
 あの仔獅子が、似合う人だったのだろう。

「あと、言うと怒られたけど……えらく食いしんぼでな。
 藤ねえと、いつも熱いバトルを繰りひろげてた。
 一度冗談で、
 『昼メシ抜き』
 って言ったら、その後の稽古がもう……」
 本気で彼は、身を震わせている。
 なるほど、年賀の時に遠坂嬢や桜さんが『藤村先生のライバル』と言っていたのは、彼女のことだったのか。


 今までの話をまとめると、
 外見は美少女そのものだが、剣の達人にして頑固一徹。
 しかし、可愛い物と美味しいものに目がない。

 ……想像できるような、出来ないような。



「アイツと会ったきっかけ……
 ごめん。
 それは、鐘にも言えない」

 今まで苦笑しつつも楽しそうだった士郎の声が、ふいに真剣味を帯びる。
 私も、改めて背筋を伸ばす。

「ただ、日常の出会いじゃなかった。
 ―――前に、遠坂が言ってたろ?
 『私と彼は、言ってみれば戦友よ』
 って」
 昼休みの屋上。私と士郎が、言わば初めてまともに接触したとき。
 遠坂嬢は、確かにそう言っていた。

「遠坂と俺と、アイツ。
 俺たちは、紛れもなく《戦友》だった。
 あるゴタゴタに巻き込まれて……そこで、俺たちは出会ったんだよ」
 一年前の《ゴタゴタ》。
 あのころ多発した、怪異な諸事件が思い浮かぶ。
 しかし、私はそれを脳裏から払った。
 今は、それについて考える時ではない。

「アイツは……俺を守ってくれた。
 初めは義務から。
 途中から、自分の意思で。
 
 最初から、
 『私はシロウの剣です』
 って言ってくれて。
 最後は、
 『シロウは、私の鞘だったのですね』
 って、言ってくれた」

 《剣》と《鞘》。
 なんという、強固な結びつきだろう。
 そこまで二人は、互いを委ね合っていたのか。


「……アイツには、願いがあった。
 ほんとに普通の女の子なのに、それまでアイツはとんでもない重責を負わされてたんだ。
 自分が望んで背負ったんだ、って言ってたけど……
 それを背負いきれなかった、それで多くの人が傷ついたことに、アイツ自身が苦しんでた。
 
 アイツの願いは、その苦しみを消すことじゃなくて……
 その苦しみの元である、自分を消すことだったんだ」

 彼の爪が、 ガリ と橋の欄干を削る。

「そんなのって、あるか。
 アイツは、ほんとに頑張ったんだ。
 苦しんで、闘って……
 なのに、そのあげくに、自分自身を否定するなんて」
 ……彼の話は、正直、抽象的でよく分からない。
 しかし、伝わってくる物は、ある。
 彼は紛れもなく、本気で怒りを感じている。

「アイツに、《楽しむ》ってことを教えてやりたくて。
 人が幸せなのを見て喜ぶんじゃなくて、自分自身が楽しむ、ってことを実感させてやりたくてな。
 ―――無理やり、デートに連れ出したんだ。
 新都を、一日中引っ張り回した」
 ……彼らしい。
 人が苦しむ様を、憤ることも。
 目的に突進するための、手段の愚直さも。

「アイツはアイツなりに、その日を楽しんでくれた。
 自惚れかもしれないけど、俺は今もそう思ってる。
 でも……
 アイツの頑固さは筋金入りでな。
 認めないんだよ。
 楽しいなんて認めたら、自分が傷つけた人たちに申し訳ない、って」
 ……ますます君に―――特に、以前の君に似ている。
 今まで私や周りの人たちが感じた苦悩を、そのとき彼も体験した、ということか。

「で、派手に言い争って、大ゲンカして。
 その時は、アイツのことを放っぽらかして帰っちまったんだ。
 あんまり腹が立ったから」

 そう言いさして彼は、初めて気付いたように辺りを見回した。



「……そうか。
 なんで、こんなとこでアイツのこと思い出したのか、分かった」
「 ? 」
 彼の独白に、視線だけで質問する。

「ここなんだよ。
 アイツと大ゲンカしたの。
 俺が放っぽって帰って……数時間後にまた来てみたら、そのままの姿勢でアイツはここに突っ立ってた」

 彼の言葉に、私も辺りを見回す。
 そうか、ここが……

「……おもしろいもんだな。
 忘れてたと思ってたのに、こうして話し出すと、次から次へと思い出してくる。
 未練なんて無い、って思ってたんだけど……」
 そう言って彼は、苦い笑いを浮かべる。

 だが、そうではない。
 それは、未練などではない。
 むしろ、私は嬉しく思う。
 士郎。
 君が、初めて愛した人を、そんなにも鮮明に憶えてくれていて。



「―――いろいろあって、そのゴタゴタも片付いて。
 アイツは、元いた場所に帰っていった。
 俺が、アイツにどれくらいのことをしてやれたのか、分からないけど。
 最後に見せてくれた笑顔……
 あれで、けっこう俺もやれたんじゃないか、って。
 アイツの答を、見つけてやれたんじゃないか、って、そう思ってる」

 そう言い終わり、彼は大きな息をつく。
 長い話が終わった、と、その息が告げている。



「……もう、彼女に会えることは?」
 私は、たったひとつだけ質問をした。

「無い」
 彼は、きっぱりと言った。

「あっちゃ、いけないんだ。
 アイツは、本当に満足して帰っていった。
 もう一度会えるとしたら、それは満足してなかった、ってことだ。
 そんなの、俺が許さない。
 アイツも……きっと、許さない」

 そろそろ、水平線に接しそうな陽を見つめ、彼は言う。


 そうか。
 ならば……私に出来ることは、たったひとつ。





「士郎。」
 私の言葉に、彼が振り向く。

「約束して欲しい。
 今後、万一、君と私が別れるようなことがあったとして……」

「鐘!?」
 よほど意外な言葉だったのか、彼が非難するように叫ぶ。
 私は、それを視線だけで鎮める。


「万が一、だ。
 君から私との別れを告げるようなことがあったとして……」
 私は、大きく息を吸い、そして吐く。

「私のことを嫌いになったのならば、仕方がない。
 私より愛する人が出来たのならば、これも仕方がない。
 だが……」

 再び叫びそうになる彼の言葉に被せるように、私は言葉を接いだ。


「―――約束して欲しい。
 決して、それ以外の理由で、私からは離れない、と。
 それ以外の理由で、私の元から去ることなど、認めない。

 もしも……
 私に黙って消えようとしたとしても、
 私はついて行く。
 それこそ、地獄の底までついて行くからな」

 彼の視線をかっきりと受けとめ、私は宣言する。

 呆然と目を見開く彼に向かって、私はさらに言う。


「君の……セイバーさんに対する想いは、分かった。
 その人が、君にとって何だったのかも。
 だが、私は彼女のようにはなれない」

 《剣》と《鞘》。
 彼は、そう言った。

 私は、彼の《剣》になどなれない。
 なることなど、想像も出来ない。
 さりとて、彼の《鞘》にもなれそうもない。

 そう。
 おそらく果てしない夢を追うだろう彼に対し、私は足手まといにしかなるまい。


「―――っ、かね……!!」
 三度叫ぼうとする彼の口を、今度は右手指で塞ぐ。





 ならば。
「私は、君の《足手まとい》になる」





 衛宮士郎は虚ろな人間。
 人の幸福が何より嬉しく。
 人の不幸が、なにより辛い。

 こんな人間に最も相応しいのは、彼の剣となり盾となる存在。
 だが、私はそのどちらにもなれない。

 ならば。


「君の足手まといとなって、どこまでもついて行く。
 放っておいたら、どこへ飛んでいくか分からないからな。
 せめて、それくらいの重しは必要だろう?」

 私は、彼の足手まといにしかなれない。
 ならば。
 私は自分に相応しい存在となる。

 彼の足手まとい。
 彼の、場。
 彼が迷い悩むとき、ほんのわずかでも良い、足元を固める礎となれたら。



「―――鐘。」

 彼の腕が、動く。
 私を引き寄せ、抱きしめる。
 私も、その背に腕を回す。

 私が、最も安らげる空間の中で、もう一度私は繰り返した。


「……約束して欲しい。
 決して、私から、離れない、と」

「………
 ありがとう」

 彼が呟いた返事には、万の意味が籠もっていた。





 今、分かった。

 彼女から、私はバトンを受けとっていたのだ。


 虚ろだった彼の中に、『何か』を植え付けていったのが、彼女。
 ならば私の役目は、その『何か』を育て、彼を満たすこと。


 会ったこともない、おそらくこれから会うことも無い女性に、限りない親近感を覚える。
 バトンは、受けとった。
 こんな私が、どこまで出来るのか、見当もつかないけれど……



     ふわり



 と、肩に手を置かれた気がした。

 彼に抱かれながら、思わず後ろを振り返る。

 そこには、





「 ――― 」





 眩しすぎて目を細めたくなる、黄金の輝き。

 沈みゆく夕陽を受けとめて光る、新都大橋の橋柱が立っているだけだった。










    ―――――――――――――――――――



【筆者より】


 『バレンタイン編』、終了です。

 履歴を見てみると、士郎くんとセイバーが初めて会うのが2月2日。
 橋の上での大ゲンカが、2月14日。
 そして、別れが16日の朝。

 そんなセイバーの想いを、鐘ちゃんなりに受け継ぐには……?

 答の片鱗が、少しでも書けていれば良いのですが。



    ----------------------------------------------------------



 このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、

   『エンゲージを君と』(Nubewo 作)

に触発され、書かれたものです。

 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。

 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、
 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、
 その文責はすべて中村にあります。




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.031676054000854