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No.18987の一覧
[0] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (士郎×氷室)  【 完結 】[中村成志](2011/01/03 16:45)
[1] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (一)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[2] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[3] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三)[中村成志](2010/05/23 21:05)
[4] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四)[中村成志](2010/05/24 20:11)
[5] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五)[中村成志](2010/05/25 21:11)
[6] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/05/27 20:52)
[7] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/05/29 18:27)
[8] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 氷室の視点[中村成志](2010/05/31 19:40)
[9] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/02 19:41)
[10] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 氷室の視点[中村成志](2010/06/04 19:32)
[11] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/27 21:37)
[12] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十)[中村成志](2010/06/08 21:02)
[13] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十一)[中村成志](2010/06/10 18:41)
[14] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十二)[中村成志](2010/06/12 19:47)
[15] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十三)[中村成志](2010/06/14 19:03)
[16] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十四)[中村成志](2010/06/16 18:38)
[17] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十五)[中村成志](2010/06/18 19:18)
[18] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十六)[中村成志](2010/06/20 18:43)
[19] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十七)[中村成志](2010/06/22 20:48)
[20] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十八)[中村成志](2010/06/24 18:38)
[21] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ一)[中村成志](2010/07/03 15:45)
[22] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ二)[中村成志](2010/07/05 21:14)
[23] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ三)[中村成志](2010/07/07 20:30)
[24] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ四)[中村成志](2010/07/09 20:10)
[25] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ五)[中村成志](2010/07/11 18:05)
[26] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ一)[中村成志](2010/07/21 20:15)
[27] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ二)[中村成志](2010/07/24 20:31)
[28] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ三)[中村成志](2010/07/27 20:33)
[29] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ四)[中村成志](2010/07/30 20:36)
[30] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ五)[中村成志](2010/08/02 19:38)
[31] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ六)[中村成志](2010/08/05 19:54)
[32] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)[中村成志](2010/08/08 19:58)
[33] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ八)[中村成志](2010/08/11 20:27)
[34] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ九)[中村成志](2010/08/14 19:21)
[35] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十)[中村成志](2010/08/17 19:38)
[36] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十一)[中村成志](2010/08/20 19:09)
[37] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十二)[中村成志](2010/08/23 20:01)
[38] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十三)[中村成志](2010/08/26 19:26)
[39] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十四)[中村成志](2010/08/30 18:46)
[40] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十五)[中村成志](2010/09/03 19:14)
[41] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十六)[中村成志](2010/09/07 19:15)
[42] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ一)[中村成志](2010/09/11 18:37)
[43] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ二)[中村成志](2010/09/15 20:44)
[44] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ三)[中村成志](2010/09/19 18:57)
[45] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ四)[中村成志](2010/09/23 19:58)
[46] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ五)[中村成志](2010/09/27 19:12)
[48] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ六)[中村成志](2010/10/01 19:45)
[49] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ七)[中村成志](2010/10/05 21:30)
[50] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ八)[中村成志](2010/10/09 20:10)
[51] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ九)[中村成志](2010/10/14 19:11)
[52] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ十)[中村成志](2010/10/18 20:00)
[53] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ一)[中村成志](2010/10/22 20:27)
[54] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)[中村成志](2010/10/26 19:41)
[55] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ三)[中村成志](2010/11/02 19:32)
[57] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ四)[中村成志](2010/11/07 18:29)
[60] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ五)[中村成志](2010/11/11 20:05)
[61] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ六)[中村成志](2010/11/15 20:03)
[62] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/11/19 23:55)
[63] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/11/23 19:40)
[64] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ一)[中村成志](2010/11/27 19:05)
[65] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ二)[中村成志](2010/12/01 19:48)
[66] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)[中村成志](2010/12/05 15:12)
[67] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) 番外編 ~ あるいはエピローグ[中村成志](2010/12/11 18:49)
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[18987] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)
Name: 中村成志◆01bb9a4a ID:134f20b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/26 19:41



     クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)





 アイデンティティーの欠片をできる限り掻き集め、どうにか行動できるようになるまで十数分。
 ようやく、私と士郎は当所の目的地に向かうことが出来た。

 すなわち、ヴェルデ地下の総合食品売り場。

 そう。
 今日は、かねてからの懸案であった

 『士郎の料理教室』

 初日なのだ。



 前々から話の出ていたこの試みが、今日―――2月の第一日曜日にまで延びたのには、もちろん理由がある。

 端的に言ってしまえば、私の大学受験のためだ。


 1月の最終週、私は近郊の美術大学を受験した。

 士郎と付き合い始めてから……否、私が士郎を意識し始めてから、
 正直言って、受験勉強どころではない日々が続いたような気もするが。

 しかし、部活動や様々な事件を経験しつつも、決して絵筆を忘れたわけではないし、ましてや勉学をおろそかにしたつもりも無い。
 自惚れと言われるかもしれないが、技術・知識ともに多少の自信はあったし、専門教師の方々にも
 『まず合格圏内』
 と言われていた。

 試験直前に慌てて詰め込み作業を行うのは、私の美学にも反する。
 なので、年が明けても普段と変わりなく過ごそうと思っていた。

 ……のだが。


「いや、ラストスパートで気を抜いちゃいけない」

 実に、正しいことを言い出す男がいた。
 お察しのとおり、衛宮士郎である。

「それでなくてもここのところ、鐘の周りはごたごた続きだったからな。
 万が一にも俺のせいで、鐘の受験に影響があったら、俺は一生お前に顔向けできない」

 そう言って、より一層の勉学を熱心に主張する。


 さらに、有言実行の人でもある彼は、年明けから、極力私の時間を拘束しない方向で行動した。
 すなわち―――デートの時間が、ほとんど無くなったのだ。

 1月中旬に両家を行き来した《年賀回り》は、その意味では希有な例外だったと言える。


 もちろん、会う時間が全然無かった訳ではない。

 受験間近のこの時期、三年生はほぼ自主登校。
 学園の授業など有って無きが如しだったが、彼も私も毎日登校した。

 私たちは何も、有名大学に入るために穂群原学園に通っているわけではない。
 三年間、充実した日々を送るため。
 人生の一頁を実りあるものとして綴るためだ。

 当然、昼休みなどは昼食を共にしたし、
 下校時もいつもと同じく、彼はアルバイトの有る無しに関わらず、私を送ってくれた。


 が。

 逆に言えば、二人きりになれる時間などそれくらい。
 例えば帰り道に、ちょっと公園にでも寄っていかないか、などと控えめに誘っても、

「いや、今が大事な時期なんだから。
 大切にした方がいい」

 などと、聞きようによっては違う方向にも取れる台詞を述べて、彼は頑なに私を自宅まで送り届けてくれる。


 これが、まったく機械的に、何も感じずに行動しているのならばともかく、
 むしろ彼の方が、私といっしょにいたい気持ちを抑えるために、身を裂かれるがごとくの表情を浮かべ、
 しかも必死にそれを隠しているのが丸わかりなのだ。

 そんな顔をされてまで自説を主張できるほど、私は神経が太くない。

 ……蛇のなまごろし、とまでは言わないが、
 彼と充分な時間を過ごせないストレスを考えれば、多少なりとも寄り道でもした方が、勉強がはかどるような気もするのだが。


 そんなわけで、年明けからこちら、私はある意味、悶々とした時間を送ってきた。
 ある時など、やはり無欠席で通学してくる美綴嬢に

「よう氷室。衛宮断ちはずいぶん辛いと見えるねえ。
 ま、辛抱辛抱。
 あと少しだよ」

 などと、豪快に肩を叩かれたりしたくらいだ。

 彼女なりの励ましなのは分かるが……その『衛宮断ち』というのは、何なんだ。



 とにかく、ある意味私にはもっとも辛い一ヶ月間が過ぎ、晴れて今日……


「ほんとにがんばったなあ、鐘。
 疲れとか、残ってないか?」

 満面の笑みを浮かべる士郎の隣を、やはり会心の笑みで歩くことが出来る。

「本当に心配性だな、君は。
 試験が終わってから、一週間も経っているんだぞ」

 確かに、完璧を期すためのラストスパート、プラスその…多少の欲求不満もあって、試験終了後はいささかぐったりもしていたが。
 本当に久々の、士郎と過ごせる一日を前に、そんなものはとっくに吹き飛んでいる。
 むしろ、少しでも近くで彼を感じていたい、という欲求を抑えるのに、一苦労なくらいだ。

 だが今は、休日の午前中。
 場所は、人々が集う駅前。

 そんなところで、まさか早々に腕を組んだり、ましてや抱きついたりなど……


( ――― かくごは ― )


「……」
 ふいに動きを止めた私を、彼が不思議そうに見る。

「どうした?」
「あ、ああ。なんでもない。
 それより、急ごう。
 もう、開店しているころだろう?」

 彼の掌を握り直す。

 そう。まだ午前中なのだ。
 手をつなぐくらいが、私たちには相応しい。

 二、三度頭を振って幻聴を払い、私は彼を引っ張るようにして足を速めた。



 約束の時間よりずいぶん早く出会った私たちだが、駅前でのゴタゴタが結果的に時間調整となり、ヴェルデに着いたときにはちょうど開店時間だった。

 二人でここに来るのは、あのクリスマス・デートのとき以来だ。
 あのときは、方々を回った末に地下へ行ったのだが、今日は真っ直ぐに足を向ける。


 地下総合食品売場は、開店直後だというのに、多くの人で賑わっていた。
 閑散とした様子を想像していた私が目を丸くすると、

「共働きとか、普段忙しくてなかなか買い物できない人たちが、まとめ買いに来てるんだよ。
 レクリエーションも兼ねてるんだろうな。
 車で来て、家族で買い物して、お昼をどっかで食べて……そんな感じじゃないかな」

 彼の説明に納得する。
 まったく、いつものことながら、こういった所帯じみたことに関する士郎の洞察は鋭い。

 私たちも、さっそく買い物籠を取り、人混みの中に加わった。


 以前来たときは、言わば総論的な士郎の課外授業だったが、
 その伝で言うなら、今日は各論、実地研修だ。

「前にも言ったけど、俺に教えられるのは和食、それもお総菜料理だけだからな。
 鐘は知識も充分だし、お母さんからも習ってるから、基礎の基礎からやる必要はないだろ。
 だから、ポピュラーで応用の効くものを作ろう」

 そう言って士郎は、さっそく食材に手を伸ばしている。
 ちなみに今日は、どんな物を作るのか、と尋ねると、


 ごはんと豆腐の味噌汁、肉じゃが、ほうれん草のおひたし。
 そして、私が唯一作れる『甘鯛のポワレ』の発展形として、鰤の照り焼き。

 それと、
「家の冷蔵庫にキャベツと人参が少し残っている」
 と私が言うと、

「よし。じゃ、それで即席漬物も作ろう。
 これ覚えとくと、便利だぞ」

 ……。
 以前にも感じたことなのだが。
 この男は、本当に年頃の男子学生なのだろうか?



 人混みの中には、家族連れや老夫婦だけでなく、見るからに新婚、といった二人連れや、恋人同士とおぼしきカップルも見受けられる。

 初々しいものだ、と幾分、以前のような視線で観察をしていて、

「……」

 思わず苦笑した。
 私たちこそが、その『恋人同士とおぼしきカップル』そのものだろうに。


 そう言えば、以前にここで声をかけられたことがある。
 柳洞一成。
 元生徒会長にして士郎の親友。

『お主たちが食材を選んでいた場面など、どこのおしどり夫婦かと思ったくらいだ』

 などと、私たちをからかっていた。

 いや、彼はそのようなからかいをする人物ではない。
 多少、皮肉っぽくはあったが、彼がそう言うのなら、私たちは本当にそのように……


(……人は、成長するものなんだぞ?)


「 ――― 」
 またも聞こえた幻聴に、動きが止まる。

 否。

 これは幻聴ではなく、私自身の……


 慌てて再度頭を振り、食材選びに専念する。
 まったく、受験が終わって気が緩んだのか、あの時のあの場面が……

「鐘。」
「な、なんだ!?」
「……いや、そんなに驚かなくていいけど。
 でも、とりあえず今日は、ベーコンは使わないから」





 いけない。

 意識すまいと思えば思うほど、頭の中にあの時のシーンがよみがえってくる。

 今までは、受験勉強に没頭することで、それを意識の外に追い出し。
 数日前からは、家の大掃除で気を紛らわし。
 つい先ほどまでは、士郎との久々の時間に有頂天となり、頭から消えていた光景。


(……あれから、どれくらいの時間が過ぎたと思っている?
 私は……一致した。
 君の準備は、……どうだ?)


「~~~~~!」

 自分自身が吐いた言葉が、ついに明確に脳裏に聞こえる。


 認めよう。

 士郎の家へ年賀に行った帰り道。
 私と彼が、確認し合った事柄。


(私たちの準備は―――整った。)


 あれ以来、あのことが頭から離れない。

 受験勉強という当面の障害が除かれた今、それを気にするなと言うのは、私にとって無理な注文だった。

 まして今日は、本当に久々の、士郎との一日。
 隣に彼がいる、という事実だけで、胸は高鳴り、頬が染まる。
 とどめは、私の家の状況だ。
 買い物を終えた今、私たちは《その状況の》家に向かいつつある。

 これだけ条件が揃っていて、なんで平静な顔ができようものか。

 なのに。


「……鐘。
 ほんとに大丈夫か?
 なんか、今日はおかしいぞ」

 この男は真顔で、本気の口調で、純粋にこちらを心配して尋ねてくるのだ。
 私は、自分では気の短い方だとは思っていないが、さすがに怒りを禁じ得ない。


 彼は、あの時の会話を忘れてしまったのだろうか?

 忘れるはずがない。

 あのとき私たちは、うるさいくらいに響くお互いの心音を聞きながら、固く抱き合ったのだ。
 鈍感ではあるが、誠実で細やかな彼が、あの時のやりとりを心に残していないはずがない。



 ならば……

 軽く歯噛みをする。
 彼がこんなに落ち着いていられるのは、やはり《経験の差》というものだろうか。

 私にとって彼は初恋の人であるが、彼にとって私は―――そうではない。



 《セイバー》。

 彼がおそらく初めて愛した女性。
 間違いなく、本気で愛した女性。

 もとより、詳しい話など聞いたことはない。
 それでも、彼と彼女の間柄は、通り一遍の表面的なものではなく、
 まさに命を賭け、お互いの存在を賭け合った、ギリギリの恋愛だったことくらいは、分かる。

 当然、そこには男女としての肉体的なつながりもあっただろう。
 無ければ、おかしい。


 それは、いい。
 嫉妬していない、とまで言えば嘘になるが、それは、彼の人生にとって本当に大切な経験だったのだから。


 悔しいのは、自分の経験の無さだ。

 もとより、士郎以外の男性にこの身をまかせることなど、想像もできないが、
 それでも、このような状況の中、落ち着き払っている彼の横で、
 勝手に狼狽し、赤くなっている自分を客観的に見つめると、みじめな気分になってくる。



 いつだったろうか。
 前にも、こんな気分を味わったことがあった。

 あれは確か……まだ私と彼が付き合う前。
 気持ちのすれ違いから私が彼を避け、彼がそれを捕まえて、

『氷室、俺と付き合ってくれ。』

 と言ったとき。


 あの時の士郎は、私には落ち着いて見えた。
 私がこんなに苦しんで、ぼろぼろになっているというのに。
 女性を捕まえて何かを言おうとしているのに、この男は取り乱しもせずに平然としているように、私の目には見えた。

『ずいぶんと君は大人じゃないか。それは過去に恋愛を経験している故の強みだろうか?』

 腹立ち紛れに、そんな酷薄な皮肉をぶつけさえした。


 今なら、それが間違いだったことが分かる。
 彼は、そんな器用な性格ではない。
 そんな器用な性格だったら、私も、周りの人々も、これほどまでに苦労はしない。

 あのとき落ち着き払って見えたのは、単に緊張から顔が強張っていただけであり。
 加えて、彼がここぞと言うときにだけ発揮する、勝負度胸の強さ故だった。
 本当はあのとき、私に負けないくらい彼も悩み、混乱していたのだ。



 だが。
 やはり、経験の差という物は、厳然として存在する。
 特に、こうした男女に関することについては、如実に差が現れる。

 彼も《あの時》以来、私に負けず劣らず、そのことを意識し、悶々としてきたはずだ。
 彼の性格を思えば、それは簡単に推察できる。


 しかし、それでもこうやって平然としていられるのは
 ―――少なくとも、平然を装っていられるのは、やはり彼のほうが、一歩先を進んでいるからだろう。

 そうでなくて、あれほどの会話の後、久々に同じ時を過ごす恋人の前で、
 しかも、これから向かうその恋人の家が、どんな状況にあるのかを知っていながら……



 ……知っていながら?


 彼は―――知っている、のだろうか?



「……士郎?」

「ん?」
 ずっと私を心配し、こちらの気配を伺っていた彼が、私の呼びかけに答える。

「なんだ?」
「その……私は、話したか?」
「なにを?」

 きょとんとする彼の瞳を見ながら、私は今までの記憶をフル回転させる。
 ―――あー。


「その……今日は、両親が………よ、夜までかえらない、ことを、だ」

「 ――― 」


 士郎の右手から、スーパーのレジ袋が、落ちた。





    ----------------------------------------------------------



 このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、

   『エンゲージを君と』(Nubewo 作)
     http://58.1.245.142/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=type-moon&all=1034&n=0&count=1

に触発され、書かれたものです。

 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。

 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、
 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、
 その文責はすべて中村にあります。




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