クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十一)「あ、あー、ところでイリヤ。 今日は一人でこっちに来たのか?」 話題の方向を必死で変えようと、士郎が強引に話に割って入る。「え? そんなわけないじゃない。 ちゃんと、《自称保護者》といっしょに来たわ」 士郎いじりにも一応満足したのか、イリヤ嬢がそれに答える。 そして、左斜め後ろに目を向けた。 そこにあるのは、ヴェルデ構内のエスカレーター。 その影に。 黄色と黒の縞模様の服が、膝をかかえて ポツリ としゃがんでいた。「……なにやってんだ、藤ねえ?」 士郎がそこまで歩いてゆき、腰をかがめて声をかける。「……いいもん」 その縞模様の人物は、『私、拗ねてます』という声音もあらわに呟いた。「どーせ私は、みそっかすだもん。 どこ行っても邪魔者扱いされる、《自称保護者》だもん。 さっきからずっとここにいたのに、士郎も氷室さんも、こっちを見もしないで。 二人とも、お姉ちゃんより、そのロリっ子と遊んでるほうが楽しいんでしょ。 私はここで、エスカレーターとお友達になってるから、三人で仲良くお話してればいいじゃない」 そう言って、その人物……藤村教諭は、リノリウムの床にさかんに鼠を描いている。「……藤ねえ」 士郎も、その横に並んだ私も、困って顔を見合わせる。 ここまで子どもっぽい、藤村教諭の姿を見るのは初めてだ。 学園でもかなり活発で、もっとはっきり言えば、はっちゃけている人だとは思っていたが、同時に教師らしい、大度な人物でもあると感服していたのだが。「そんなに構うことないわよ。 甘やかすと、すぐにつけあがるんだから」 私たちの後ろで、イリヤ嬢が実に無情な声で告げる。「だいたい、自業自得なのよ。 今日、私たちが出遅れたのだって、タイガがずっとふて寝してたせいなんだから」「ふて寝?」 あまり聞かない単語に、思わず私が聞き返す。「なんだ藤ねえ、あれからずっと布団被ってたのか?」 士郎も、呆れた声を出す。「あれから、とは?士郎」「いや、実はな……」 苦笑しながら士郎が話す事の顛末に、私も開いた口がふさがらなかった。 昨日のクリスマスイブ。 衛宮邸では、家族によるパーティーが開かれた。 始めは食べて歌って、プレゼントの交換をして、と至極まっとうな流れだったのだが。 そのうち、藤村教諭が『じゃーん!!』 と擬声語を使いながら、懐から何かを取り出した。 日本古来のカードゲーム、花札。 遠坂、間桐、イリヤの三嬢も興味津々の顔つきとなり、『邸内は、賭け事禁止!!』 という家主の声も虚しく、 楽しかるべきパーティー会場は、一瞬のうちに賭場に変じたそうな。「……俺は次の日、つまり今日のこともあるから、ざっと後片付けだけして、さっさと寝たんだけどな」 翌日起きたときの惨状から察するに、藤村教諭の大負け。 ちなみに、イリヤ嬢が一人勝ち。 遠坂、間桐両嬢は、トントンかちょい負け程度。 そして、居間の隅には布団にくるまって背を向けている、藤村教諭の姿があったという。「しかし、ってことは遠坂や桜もほとんど徹夜だったのか。 それにしちゃ、駅前で会った時はいやに元気だったなあ」 士郎が、感心したように呟く。 同感だ。 ……まあ、その理由は、言わずもがなだろうが。「じゃ、イリヤも寝てないのか。 ……大丈夫なのか?」 心配そうな声音で、士郎が尋ねる。 確かにイリヤ嬢は、溌剌としてはいるが、どこか線の細い感じが見受けられる。「私は平気よ。 昨日、たくさんお昼寝したし、帰ったらすぐに休むわ。 ……それに今日は、シロウを探すついでに、たっぷりとカタを払ってもらわなきゃならなかったし」 彼女はそう言って藤村教諭を見、またニンマリと笑う。「うう…… 助けてよう、士郎。 イリヤちゃんってば、ひどいんだよ。 行く先々で、目に付いたいろんな物買わせるし、お昼にはスペシャルハンバーグランチ奢らせるし、 さっきなんか、喫茶店で千五百円のデラックスストロベリーパフェ注文するんだよ」 士郎の服の袖を掴み、藤村教諭が涙ながらに訴える。「しかも、お昼ごはんもパフェも、美味しいとこだけ食べて、後は全部残すし。 私のお昼は、イリヤちゃんの残飯だったんだよう」「何言ってるの。 昨日の賭けのカタと思えば安いものじゃない。 かわいそうだから、ここのぬいぐるみで打ち止めにしてあげようと思ってたのに」「ぎゃーっ!! この上、まだ散財させる気か、このオニっ子ーーーっ!!」 教諭の絶叫が、ヴェルデ構内に響きわたる。 ……藤村教諭の気持ちも分からないではないが、とても同情できる経緯ではない。 だいたい、家族とは言え、教え子達を相手に率先して賭け事を行う教師が有っていいのか? 士郎も、同じ気持ちなのだろう。 長いため息をつくと、「なるほど。 それは、イリヤが良くない」「士郎?」 彼の意外な言葉に、思わず声が漏れてしまう。 対して藤村教諭は、「うんうん! さすが私の弟だよう! さあ士郎!このオニロリっ子にガツンと言ってやって!!」 士郎は深く頷くと、「イリヤ」 イリヤ嬢の両肩に手を置き、少し腰をかがめて、真面目な顔で諭した。「食べ物は、粗末にしちゃダメだ。 いくら美味しくても、自分で食べきれないものは、始めから注文したりしないこと」「はい、ごめんなさい」 イリヤ嬢も、真剣な顔で頷く。「っっって、注意するの、そっちかい!!」 再び構内に響く、虎の咆吼。「藤ねえのは、自業自得を絵に描いたようなもんだろ。 俺があれだけ言ったのに、やめなかったんだから」「ううー 士郎のいじめっこー! ……ひむろさん?」 真剣に泣いていた教諭が、突然こちらを振り向く。「氷室さんは、私の味方だよね? 困ってる先生を見捨てるような、薄情な教え子じゃないよね?ね?」 そう言って、両掌を組んで目をキラキラさせながら、上目づかいにこちらを見つめてくるのだが……「……申し訳ありません、先生。 公平に見て、士郎の方が正しいかと……」「ぎゃーっ! 四面楚歌ーーーっっ!!」 床に突っ伏す教諭。「はい、みんなの意見が一致したところで、私たちもそろそろ失礼させてもらうわ。 これ以上、デートの邪魔しちゃ悪いし。 ほらタイガ、立って立って」 イリヤ嬢が、藤村教諭の手を引っ張る。「うー、士郎のいけずー。 氷室さんのばかー。」 まだ涙を湛えながら、教諭がやっと立ち上がる。「じゃあ行くわよタイガ。 一番おっきなぬいぐるみ買ってもらうんだから。 ……と、その前に……」 ファンシーショップに向かって歩きかけたイリヤ嬢は、ふと足を止め、こちらを振り返った。 そして、「ねえシロウ、カネ。 もう一度、二人で並んでみてくれる?」 彼女は、にっこりと笑って、私たちに小さな願い事をした。「「 ? 」」 士郎と私は、思わず顔を見合わせた。 先ほどと同じ笑顔のはずなのに、なぜか……「……これでいいか?イリヤ」 彼女の言葉どおり、二人で並んでみせる。 彼の左に私。 いつものポジションだ。 イリヤ嬢は、近くから、少し遠くから、右側、左側、後ろに回ったりと、 様々な角度から、私たちを見つめた。 ずっと同じ笑顔を湛えながら。 その後ろで藤村教諭も、やさしい目をして私たちを、そして楽しげなイリヤ嬢を見つめている。「……うん、 お似合い! どっから見ても、完璧なカップルだわ」 ひとしきり私たちを眺めた彼女は、本当に満足そうに頷いた。 ……その笑顔の、何も変わるはずのない笑顔のなにかが、私の胸に残る。「ねえねえ、カネ」 彼女が、ちょいちょい、といった感じで、私に手招きをする。「? 何か?」 私は請われるままに彼女に近づき、その前に立つ。 そして。 前屈みになった私の首に、「 ――― 」 彼女は、そっと腕を回してきた。 それは、先ほどの無邪気で強引な抱擁とは違い。「……シロウのこと、よろしくね」 小さな囁きと同じく、 柔らかく、温かな慈しみだった。「……イリヤ、さん?」 聞き返そうとしたときには、すでにその温もりは、私から離れていた。「じゃあねー、シロウ! カネ、今度うちにも遊びに来てねー! 絶対だよーっ!!」 藤村教諭の手を引き、手を振りながらファンシーショップの中に消えていく少女。 教諭も、やさしい笑顔のまま、こちらに手を振っている。「……おう! イリヤ、藤ねえ、暗くならないうちに帰れよー!!」 士郎が、少し遅れて返事をする。 私は、と言えば、(……シロウのこと、よろしくね) 彼女の囁きが耳から離れず、 手を振るきっかけを失ったまま、立ちつくすだけだった。 ---------------------------------------------------------- このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、 『エンゲージを君と』(Nubewo 作) http://58.1.245.142/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=type-moon&all=1034&n=0&count=1に触発され、書かれたものです。 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、 その文責はすべて中村にあります。