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No.18987の一覧
[0] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (士郎×氷室)  【 完結 】[中村成志](2011/01/03 16:45)
[1] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (一)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[2] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二)[中村成志](2010/05/23 08:29)
[3] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三)[中村成志](2010/05/23 21:05)
[4] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四)[中村成志](2010/05/24 20:11)
[5] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五)[中村成志](2010/05/25 21:11)
[6] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/05/27 20:52)
[7] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/05/29 18:27)
[8] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 氷室の視点[中村成志](2010/05/31 19:40)
[9] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (八) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/02 19:41)
[10] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 氷室の視点[中村成志](2010/06/04 19:32)
[11] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (九) 衛宮の視点[中村成志](2010/06/27 21:37)
[12] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十)[中村成志](2010/06/08 21:02)
[13] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十一)[中村成志](2010/06/10 18:41)
[14] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十二)[中村成志](2010/06/12 19:47)
[15] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十三)[中村成志](2010/06/14 19:03)
[16] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十四)[中村成志](2010/06/16 18:38)
[17] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十五)[中村成志](2010/06/18 19:18)
[18] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十六)[中村成志](2010/06/20 18:43)
[19] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十七)[中村成志](2010/06/22 20:48)
[20] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十八)[中村成志](2010/06/24 18:38)
[21] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ一)[中村成志](2010/07/03 15:45)
[22] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ二)[中村成志](2010/07/05 21:14)
[23] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ三)[中村成志](2010/07/07 20:30)
[24] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ四)[中村成志](2010/07/09 20:10)
[25] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ五)[中村成志](2010/07/11 18:05)
[26] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ一)[中村成志](2010/07/21 20:15)
[27] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ二)[中村成志](2010/07/24 20:31)
[28] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ三)[中村成志](2010/07/27 20:33)
[29] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ四)[中村成志](2010/07/30 20:36)
[30] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ五)[中村成志](2010/08/02 19:38)
[31] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ六)[中村成志](2010/08/05 19:54)
[32] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)[中村成志](2010/08/08 19:58)
[33] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ八)[中村成志](2010/08/11 20:27)
[34] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ九)[中村成志](2010/08/14 19:21)
[35] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十)[中村成志](2010/08/17 19:38)
[36] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十一)[中村成志](2010/08/20 19:09)
[37] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十二)[中村成志](2010/08/23 20:01)
[38] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十三)[中村成志](2010/08/26 19:26)
[39] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十四)[中村成志](2010/08/30 18:46)
[40] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十五)[中村成志](2010/09/03 19:14)
[41] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ十六)[中村成志](2010/09/07 19:15)
[42] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ一)[中村成志](2010/09/11 18:37)
[43] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ二)[中村成志](2010/09/15 20:44)
[44] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ三)[中村成志](2010/09/19 18:57)
[45] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ四)[中村成志](2010/09/23 19:58)
[46] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ五)[中村成志](2010/09/27 19:12)
[48] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ六)[中村成志](2010/10/01 19:45)
[49] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ七)[中村成志](2010/10/05 21:30)
[50] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ八)[中村成志](2010/10/09 20:10)
[51] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ九)[中村成志](2010/10/14 19:11)
[52] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (四ノ十)[中村成志](2010/10/18 20:00)
[53] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ一)[中村成志](2010/10/22 20:27)
[54] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ二)[中村成志](2010/10/26 19:41)
[55] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ三)[中村成志](2010/11/02 19:32)
[57] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ四)[中村成志](2010/11/07 18:29)
[60] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ五)[中村成志](2010/11/11 20:05)
[61] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (五ノ六)[中村成志](2010/11/15 20:03)
[62] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (六)[中村成志](2010/11/19 23:55)
[63] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (七)[中村成志](2010/11/23 19:40)
[64] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ一)[中村成志](2010/11/27 19:05)
[65] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ二)[中村成志](2010/12/01 19:48)
[66] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (終ノ終)[中村成志](2010/12/05 15:12)
[67] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) 番外編 ~ あるいはエピローグ[中村成志](2010/12/11 18:49)
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[18987] クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)
Name: 中村成志◆01bb9a4a ID:76af8d97 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/08 19:58



     クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (三ノ七)





 予想に違わず、と言うべきか。
 士郎が次に足を向けたのは、ヴェルデ地下街の総合食料品売場だった。

「俺も普段はほとんど深山町で買い物するからな。
 ここのスーパーは詳しくないんだけど、まあ、基本はいっしょだから。
 まずは、一通り見ていこう」

 詳しくない、と言った割に、彼は流れるような動作で店内に入り、入口に置いてあるカゴに手を伸ばした。
 その取っ手を掴んだところで ぴたり と止まり、

「 ――― 」

 こちらを向いて、決まり悪そうに笑いながら手を離した。

 まあ、それはそうだろう。
 目的地がだんだん所帯じみてくるのに加え、彼の動作があまりに自然だったので、私も、途中まで気付かなかったのだが。

 今は一応、デート中。
 しかも、クリスマスという年に一度のイベントなのだ。
 まさか、レジ袋ぶらさげてこれからのスポットを回るわけにもいくまい。


「……悪い。
 つい、習慣でな」
「いや。
 よくぞ掴んだところで手を止めたものだと思うぞ。
 会計を済ませて店を出るまで気付かないだろう、と予想していたからな」

 からかい半分、本気半分の笑顔で士郎をにらむと、彼は肩を縮めて頭を掻いた。


 改めて、手ぶらのまま店内を回る。
 まずは、生鮮食品からだ。
 ……しかし、素朴な疑問なのだが。
 スーパーマーケットという所は、どうしてどこも、入口付近に野菜や果物が陳列されているのだろう?


 士郎は、食材の一つひとつを手に取り、それを私に示しながら、懇切丁寧に解説してくれる。

 曰く。

 ジャガイモは、大きすぎる物はスが入っている可能性が高いので要確認。
 表面に水滴が付いている人参は、長く放置されていた証拠と見るべき。
 この胡瓜は、皺の寄りがぼやけているから、鮮度が高いとは言えないだろう。
 魚は、水をかけて生きが良いように見せかけている場合があるから、目を見て判断すること。

 等々。


「……君は、本当に年頃の男子生徒なのか?」
 彼の知識の豊富さと眼力の鋭さに、本気で敬意を表しながら、私はつい、とっても素直な感想を漏らした。

「べ、別に好きで覚えたわけじゃないぞ!
 ほ、ほら爺さん…俺の親父は家事なんてなんにもやらなかったし、そのあとはずっと一人暮らしだったんだ。
 やむにやまれぬと言うか、必要に迫られて、だな……!!」

 アジの開きのパックを持った手をぶんぶん振り回しながら、必死になって士郎は力説する。
 しかし、先ほどのDIYコーナーの時を上回る生き生きとした表情を、今の今まで見せつけてくれていたんだ。
 その言には、到底頷けない。


「まあ、いいじゃないか。
 別に非難しているわけでもないし、からかっているわけでもない。
 これだけ熱心で優秀な教師に、生徒が感激したのだと思ってくれ」
 彼の肩を ぽんぽん と叩いて慰めるが、士郎は

(……なんか、鐘ってだんだん遠坂に似てくるよな)
 とか
(桜もそうだったし……女の子ってみんなそうなのかな?鐘だけは違うと思ってたのに……)
 とか、
 今にもしゃがんで床に鼠を描きそうになっている。

 ……こういう屈折した心理表現は、やはり思春期男子特有のもの、と安心して良いのだろうか?



 そんな掛け合いを挟みながらも、衛宮敎授の講義は続く。
 そして精肉売場で、アブラミの色による鮮度の見分け方を教わっていると、


「衛宮ではないか?」

 後ろからかけられた声に、士郎と私は、豚バラ肉から目を離して振り向く。
 そこに立っていたのは、

「珍しいところで会うものだな。
 今日は、こちらまで出てきて買い物……というわけでもなさそうだが」

 端正な面貌。
 筋の一本通った涼やかな立ち姿。
 冷静で怜悧な声音。

 柳洞寺の跡取りにして、穂群原学園の元生徒会長、柳洞一成だった。


「なんだ一成。そっちこそ珍しいな、こんな所へ。
 生徒会の用事か?」
 屈託無く、士郎が返事を返す。

 元生徒会長、と私は言ったが、柳洞一成は、つい一週間前まで、《元》の付かない現役の生徒会長だった。
 だが、
『年が明けても三年生が会長なのは、さすがにまずいのではないか』
 という、生徒会の苦渋の決断により、学期末にようやく新会長が選出された。
 今は、新旧引き継ぎの時期なので、士郎もこんな質問をしたのだろう。


「いや、今日は寺の用向きだ。
 年の瀬は、準備もなかなか煩雑でな。
 入り用の物を調達に来たところだ」

 なるほど、彼の後ろでは、私服姿ながら剃髪した、若い僧らしき人が軽く頭を下げている。

「大抵の品は深山町で揃えるのだが、やはり新都でないと手に入らない物もあってな。
 ここの店主と、先ほどまで仕入れの交渉をしていた」

「そっか。お寺は、年末年始はやっぱり大変だな。
 今年は、俺はいつから行ったらいい?
 なんでも言いつけてくれ」

 真顔でそう尋ねてくる士郎に、柳洞は一瞬目を見開き、

「 ――― 」

 それから、長いため息をついた。


「馬鹿なことを。
 俺の会長交代のときのゴタゴタで、貴様にはあれほど迷惑をかけてしまったのだ。
 この上、お家の事情でまで甘えられるものか」

「お家の事情、って……
 なんだ、毎年手伝ってたじゃないか。変な遠慮しなくても……」

「たわけ」

 なおも食い下がろうとする士郎に、元生徒会長は一喝を入れた。


「貴様にはもう、存分に時間を割かなければならない人が出来たのだろう。
 その人を置いて、何をしようと言うのだ。
 俺とて、馬に蹴られたくはない」

「「え……」」

 士郎と私の呟きが、思わず重なる。
 私たちを見る元会長の視線は、若干、私の方に多く注がれているような気がした。


「……」
 思わず、私と視線を交えた士郎は、

「あ、ああいや……、まあ、それはそうなんだけど……
 あ!た、托竹さん、お久しぶりです!!」

 真っ赤になって視線をさまよわせていたが、元会長の後ろにいる若い僧に、あわてて歩み寄った。
 そのまま、僧と談笑を始める。
 ……どうやら、話を誤魔化したつもりらしい。

 当然、あとには私と元会長が残った。


「……私を見ても驚かないのだな、寺の子」
「まあ、聞いてはいたからな、役所の子」

 二人とも、あえて懐かしい呼び名で声を掛け合う。

 地元の古刹の跡取りとして生まれた男子と、
 地方政治に従事し、今は市長である政治家の娘。

 地元有力者の子ども同士、歳が同じこともあって、二人は幼少の頃から面識はあった。

 逆に言えば、その程度の付き合いだ。
 顔を合わせれば、二言三言声を掛け合い、そのまますれ違う。
 そう、ちょうど今のような雰囲気で。


「少し意外だな。君が、私と士郎のことを知っていたとは」

 清廉潔白、女嫌いとの噂まで立っているこの男のことだ。
 男女の交際などという浮いた話にも、全く興味を示さないと思っていたが。

 まあ、私と士郎の場合、私の入院騒ぎでなし崩しに公認になったようなものだ。
 この男と士郎は友人なのだし、彼が少しくらい興味を持っても……


「当然だ。衛宮が話してくれたからな」
 そんな思いに耽る私に、元会長、いや柳洞一成は、意外な言葉をかけた。

「……士郎が?」

「うむ。
 十月の終わり頃だったかな。生徒会室で聞いた。
 『氷室と付き合うことになったから、承知しておいてくれ』
 と」
 そう言葉を続けた柳洞は、私の目をじっと見つめている。


 十月の終わり頃というと、初めてのデートが終わり、やっと付き合い始めた頃ではないか。

 あの頃。
 別に隠すことでもないが、二人の仲はあまり大っぴらにはしないでおこう、と話し合ってはいた。
 私は、これまでのいきさつもあったので、蒔寺と由紀香にだけは話していたが、
 士郎は、あの《五日間》から察するに、家族にも知らせていないものだと思っていた。

「俺も驚いた。
 いや、衛宮とお主が付き合い始めた、ということにもだが、聞けば遠坂や間桐桜、藤村教諭にも伝えていないと言う。
 それを、俺などに話しても良いのか、と言ったのだが……」

 柳洞は、苦笑しながら眼鏡の位置を直す。

「『なんでか俺にも分からないけど、一成には話しておかなくちゃいけない気がしたんだよな』
 と。
 彼奴は、いつもの顔で笑っていた。

 ……不覚にも、胸が熱くなったぞ。
 俺は、あの男にそんなにも信頼されているのか、とな」

 少し頬を染めながら、満足そうに目を閉じる柳洞。


 ……そうか。

 士郎に関して、今まで私は、藤村教諭や間桐嬢を始めとする《家族》のみに目を向けていた。
 それは、そうせざるを得ない経緯もあったのだが、
 当然のことながら、彼にはそれ以外の世界もあったのだ。

 先ほどの《ネコ》女史もしかり。
 この柳洞一成や美綴嬢を始めとする、友人たちもしかりだ。


 藤村教諭たちは、たしかに彼の家族だが、家族であるが故に、言いづらいこともある。
 そういった事も、自分の信頼する友人には、包み隠さず話す。
 人として、ある意味当たり前のことだ。

 その《当たり前のこと》を、士郎がしてくれたということ。
 それが出来る友人を持っていてくれたことが、なぜか無性に嬉しかった。


「友として、信頼して打ち明けてくれたのだ。
 その信頼を汚すわけにはいかん。
 だから、徹底して知らぬ振りをした。
 たとえ、お主とすれ違ったとしても、な」

 なるほど。
 この男が、そこまで腹を据えていたのなら、私が気付かなかったのも無理はない。

「が、最近の状況を鑑みるに、どうやらお主等は《カミングアウト》とやらをしたらしいからな。
 なので、今日は俺も声をかけたのだ」

 ……堅物のこの男から《カミングアウト》などという言葉が出ると、妙におかしい。


「……ありがとう。
 私からも礼を言う、柳洞一成」
 自然に、彼に対して頭を下げていた。

 彼の親友でいてくれて。
 彼の大事なことを聞いてくれる友として、彼と付き合ってくれて。


「ば……馬鹿なことを。
 俺は、衛宮のためを思って行動したのだ。
 お主に礼を言われる筋合いは無い」

 あわてて目を逸らす柳洞。
 こういうときに、しきりに眼鏡の蔓をいじるのは彼の癖だ。


「……まあ、意外と言えば意外だったな。
 衛宮から初めて聞いたとき、正直、信じ難かった。
 お主には失礼だが、衛宮とお主が並んで立っている様を、どうしても想像できなかった」

 本当に失礼なことを言っているが、気持ちは分からなくもない。
 私自身、現在でも他人に自分たちがどう見えているか、想像も出来ないのだから。

「衛宮は普段があれだからな。
 率直に言えば、自分から彼奴を引っ張っていってくれる、そんな女性が似合いだと、漠然と思っていたのだが……」

 ……以前、そんな意見を聞いた気もする。
 《ネコ》女史からだったろうか。
 確かに、士郎の周りの女性からすれば、私はおとなしい部類に見られるのだろう。

 では、具体的には、彼にはどんな女性が似合うのだろうか。


「……それは例えば、遠坂嬢のような?」

 それとなく水を向けたとたん、柳洞は大きく身震いした。

「冗談でもよせ。
 あの女狐に衛宮を任せるくらいなら、うちで僧として末永く生きてもらった方がよほどましだ」

 本気で厭がっている。
 柳洞と遠坂嬢の確執は以前から聞いてはいたが、なるほど、これは相当なものだ。

 ……しかし柳洞一成。
 いかに士郎の身を案じているとは言え、今の発言は少々危険なのではないか?


 それが分かっているのかどうか、柳洞は こほん と咳払いをした後、

「だいたい、遠坂の名を出すまでもなかろう。
 衛宮には、もはやお主がいる。
 押しも押されもせぬ、立派な伴侶がな」


 しばらく、言葉の意味が分からず、きょとんと立ちつくす。
 そして、

「 ――― !!」

 自分でも滑稽に思うほど、一気に全身が熱くなった。

「な……なにを言っ…
 は、伴侶!?
 柳洞、そういう冗談、は……!」

「失敬な。
 俺は、こういったときに冗談や世辞など言わん。

 俺が先ほど『信じ難い』と言ったのは、あくまで第一印象だ。
 実際、何回かお主と衛宮が二人で居る所を見て、俺の杞憂だったということがよく分かった。
 特にたった今、お主たちが食材を選んでいた場面など、どこのおしどり夫婦かと思ったくらいだ」


 ……士郎とは違った意味で、この男は難敵だ。
 士郎は、殺し文句や恥ずかしい言動を、完全に素で言ってのける。
 対して柳洞は、その言葉の破壊力を充分に承知していながら、平押しに押してくる。

 どちらも、本音であることが分かるだけに始末が悪いのは一緒だが。


 柳洞は、笑みを浮かべながら続ける。

「まあ、俺もこれで、卒業を前にやっと肩の荷が下りた、と言ったところか。
 衛宮には、なんとしても幸せになって欲しかったからな」

 その笑みは、意地悪さを充分に含んではいたが、何故か暖かだった。

「衛宮は、もっと幸せになるべきだ。
 いや、衛宮のような男こそ、幸せにならなければならんのだ。
 なのに彼奴は、自分のことは全く投げ出して、他人の世話にばかり奔走する。
 このままでは、あの男はどうなってしまうのか、と案じていたのだが……」

 私が、あの《五日間》で骨身に染みた心配を、柳洞も口にする。
 さすが、士郎の親友に値する男だ。


「役所の子。
 いや、氷室鐘。
 俺の方こそ、頭を下げて頼む。
 衛宮士郎を、よろしくお願いしたい」

 そして柳洞は、彼らしい折り目正しさで、誠実に頭を下げてきた。

「俺に出来ることがあれば、なんでも言ってもらいたい。
 骨は惜しまん。
 どうか彼奴と、添い遂げてやってくれ」


 ……胸が、熱くなる。
 幼少の頃より、顔だけは見知っていた相手と、今、初めて出会ったような気持ちになる。

 だから私も、できる限り本音で、本気で礼を返した。

「……正直、『添い遂げる』という約束は出来ない。
 そんな自信は、今の私には無い。
 だから、別のことを誓おう。
 添い遂げるために、全力を尽くす、と」

「充分だ」
 柳洞は、満足そうに頷いた。


 ……それにしても。
「衛宮士郎とは、すごい男だな」

 生涯、ただの顔見知りのままだったはずの相手と、こんなにも気持ちを通わせてくれる。
 間桐桜嬢のときも味わったが、このような感覚は、彼を知るまで体験したことがなかった。

「全く、同感だ」
 柳洞も、感慨深そうに呟く。


「ん?
 なにがすごいんだって?」
 二人して深く頷いていたところに、当の『すごい男』が口を挟んだ。

 ……慣れているつもりではいたが。
 この男の、場の空気を読まない緊張感の無さは、もはや天然だ。

 柳洞と二人、がっくりと肩を落としながら、横目で彼を睨む。

「な、なにさ?」
 彼にしてみれば、不当で理不尽な視線なのだろう。
 後ずさりしながらうろたえている。


「一成君、そろそろ次に行かないと……」
 先ほどまで士郎と話していた若い僧が、穏やかに口を挟む。
 剣呑な空気を自然に和らげるのは、さすが修行の賜物か。

「ああ、そうですね。申し訳ない。
 ではな、衛宮。
 氷室、くれぐれも、よろしく頼む」
 一礼して、涼やかに背を向ける柳洞。

「ああ。こちらこそよろしくな、柳洞」
 その背に声をかける。
 その声音は、自分でも意外なほど穏やかだった。



「へ?
 鐘、『よろしく』って、何さ?」
 一人、話の見えない士郎が、疑問符を顔に張り付けている。

 ……少々、いたずら心が湧いた。

「気にすることはない。
 君の親友と、君の今後のことについて、いろいろと協議していただけだ。
 何も心配することはない」

 嘘は全くついていない。
 だが、この物言いで気にしない人間はいないだろう。


「ちょ、ちょっと待て!
 なんか、すごくあやしい匂いがするんだけど……
 鐘、一成と何話してたんだ!?」
 案の定、不安と怯えをあらわにする士郎。


「まあ、いいじゃないか。
 それより、授業に戻ろう。
 確か、アブラミと赤身の境界線がはっきりした物を選ぶのがコツ、だったな?」

「あ、ああ。そうだけど……
 じゃなくて!!
 本当に鐘、いったい……!!」


 必死に、さっきの会話について聞き出そうとする士郎と、
 あくまでとぼけ、豚バラ肉から目を離さない私。


 笑いを堪えるのに腹筋を総動員しながら、
 クリスマス・デートの第五場は過ぎていった。





    ----------------------------------------------------------



 このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、

   『エンゲージを君と』(Nubewo 作)
     http://58.1.245.142/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=type-moon&all=1034&n=0&count=1

に触発され、書かれたものです。

 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。

 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、
 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、
 その文責はすべて中村にあります。




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