クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (二ノ三)「《尿路結石》?」「……ああ」 息を整えつつ聞き返す士郎に、私は布団から目だけを出し、うなずいた。 尿路結石。 読んで字のごとく、尿路系に石が結晶する病気だ。 発症すると激痛を伴い、血尿、排尿不全等につながる。 壮年男子や更年期を過ぎた女性に多い病気だが、近年、若い女性の間でも増加傾向にあるという。 ただ、その原因の多くが、糖分や脂質の取りすぎにあるそうで、そのどちらも過度には好まない私が発症したのは、もう体質としか言いようが無いらしい。 全く、父系にも母系にも、尿路結石の発症者などいないというのに…… ベッド上に体を起こし、そんな話を両親としていたら、ノックもそこそこに、いきなり士郎が病室に飛び込んできたのだ。「っか、鐘! だ、だい、じょう…ぶ、か!!?」「…… !!」 一瞬、呆然とした私は、次に自分の格好に気付き、あわてて布団に潜り込んだ。 いくら士郎とはいえ、いや、士郎だからこそ、愛用のパジャマ姿など見られたくない。 ……ちなみに、クマ柄だ。 しかし士郎は、そんな私の混乱に全く気付かず、ベッド際に走り寄ってきた。「怪我か?病気か? 熱は?意識ははっきりしてるみたいだけど、どっか痛いところは……!?」 息せき切って走ってきたのだろう。 呼吸を整えもせず、矢継ぎ早に質問を重ねてくる。「ま、待て、落ち着け士郎。 だ、大丈夫だ。 今のところ、体にまったく問題は無い。 だ、だから……」「本当か? なんか、顔が赤いぞ。やっぱり、熱が高いんじゃ……」 あ、当たり前だろう。 そんなに息を荒くしたまま、のしかかるがごとくに覗き込まれてみろ。 ……ま、まあ、決して不快なわけでは無いのだが… あ、馬鹿!額に手を当てたりするんじゃない!! 必死の攻防を繰りひろげる私たちを、両親はあっけにとられて眺めていたが、「……いや、士郎君。 鐘の言うとおりだよ。少なくとも現在は、病状は安定しているし、すぐに命がどうこうという病気じゃない」「そうですよ。 心配してくださるのはとても嬉しいけれど、少し落ち着いて…… お茶でもいかが?」 さすが現市長夫妻と言うべきか。 すぐに立ち直り、横から士郎に声をかけた。 その声で、士郎は初めて両親がいることに気付いたらしい。 ぽかん、と口を開けたあと、あわててベッド際から離れ、直立不動の体勢をとった。「す、すみません!! いきなり飛び込んできて、大騒ぎして……! あ、あの、お久しぶりです、それから、えっと… は、初めまして、衛宮士郎です!!」 混乱丸出しの挨拶をしたあと、最敬礼する士郎。 そんな彼を、父と母は優しくなだめ、とにかく椅子に座らせることに成功した。「改めて、久しぶりだね、士郎君。 鐘と仲良くしてくれていることは、この子から聞いているよ。 できれば、もっと違った場所で会いたかったが……」「初めまして。鐘の母です。 お噂は、この子から聞いてるわ。 本当に、鐘の言うとおりの子なのね」 万感籠もった目で士郎を見つめる父と、その隣で穏やかに微笑む母。 ……そう言えば、士郎と父は、あの日、藤村雷画氏立ち会いの下、衛宮邸で顔を合わせたきりだった。 母とは、むろん初対面。 あのときの騒動の原因であった《許嫁》の一件を思えば、特に父の、士郎に対する思いは浅からぬものがあるだろう。 ……それにしても、お父さん、お母さん。 私が、士郎の話ばかりしているような口ぶりは、止めてもらえませんか……? そんな私の気持ちも知らぬげに、両親は士郎に、私の病状を説明している。 ……正直、そのことも頬を熱くしている原因の一つだ。 あの痛みを思えば、そんなのんきなことを言う方がおかしいのだろうが、 若い婦女子にとっては恥ずかしい病名であることは間違いない。「まあ、そんなわけで、石さえ尿管に触らなければ、通常とほとんど変わるところはない。 もちろん、治療が必要なのは言うまでも無いがね」「はあ。 治療、ですか……」 一応、命に別状は無いと知って、ほっとしたらしい。 士郎は安堵の表情を浮かべたが、すぐにまた、不安そうに私を見た。 治療、という言葉が、引っかかっているのだろう。 だから、彼を安心させるため、私もベッドの上から言葉を添えた。「そんなに心配することはない。 治療、手術と言っても、副作用の出る薬を用いたり、体にメスを入れたりする訳じゃない。 この病気の場合、体に負担の少ない治療法が確立されていてな。 『体外衝撃波結石破砕術』と言うんだそうだが……」「体外、しょう…… なんか、すごい名前だな」 余計に不安そうな顔をする士郎。 まあ、字面だけを見れば、その不安も無理もない。 私も初めて聞いたときは、どこの格闘ゲームの必殺技だ、と思ったくらいだから。 しかし、原理は簡単だ。 要するに、音波の一種を結石に当て、石を細かく砕くのだ。 尿管に触らないくらい細かくなれば、あとは自然と体外に排出される。 この施術が確立されてからは、尿路結石の治療の安全性は飛躍的に向上したそうだ。「……はあ。 医学の進歩って、すごいな。 そんなこと、ほんとに出来るんだ」 彼は感心したような、何か腑に落ちないような、複雑な顔をして首を捻っている。 気持ちは、分からないでもない。「そんなわけで、その機械とそれを使える医師が、2日後には空くそうだ。 だから、明後日に手術、そのあと3~4日の入院、それから大事を取って、2日ほど自宅安静、といったところらしいな」 あえて事務的に、今後のスケジュールを告げる。 そのことによって、彼の不安を取り除くことが、目的の一つ。 そして…… 彼の顔をもう一度見たが、不安そうな、 いや、心配そうなその色は、薄れてはいなかった。 ---------------------------------------------------------- このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、 『エンゲージを君と』(Nubewo 作) http://58.1.245.142/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=type-moon&all=1034&n=0&count=1に触発され、書かれたものです。 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、 その文責はすべて中村にあります。