クロスゲージ (『エンゲージを君と』異聞) (十一)「衛宮、お前なんかしたのか?」 金曜日の昼、 みんなで弁当を囲んでいるときに、蒔寺がいきなり切り出した。『いつも通りに過ごそう』 という彼の言葉どおり、ほぼ確立されている昼食のローテーションも、普段どおりにしていた。 ただ、月曜日にイレギュラーで二人きりの食事をしたため、 次に彼と昼食を共にしたのは、蒔寺、由紀香も交えた今日だった。 あと数日で十二月だが、今日は天気も良く、久々に屋上で弁当を広げている。 私が食べている弁当も士郎のお手製だが、正直、あまり味がしない。 いや、月曜日から、何を食べても砂を噛んでいるようだ。 彼も似たような状態らしく、いつもより一回りは小さい弁当箱を、ぽつぽつと突ついている。「え?」 士郎は、その弁当箱から顔を上げ、声の主を見つめた。「え、じゃないよ。 お前、氷室になんかしたんだろう?」 眉をひそめ、挑みかかるような口調で、蒔寺が続ける。「蒔?」 私は、咎めるような声音で、彼女を制す。 しかし、蒔寺はちらりとこちらを見たが、追求は止めなかった。「今週になってから、ずっとメ鐘の様子がおかしいんだよ。 集中力は無いは、会話は上の空だは、四六時中沈んでて、この二、三日で見る見るやつれちまった。 おまけに、アタシらが何聞いても『何でもない』の一点張りだ。 コイツがこんなになる原因は、お前以外に考えられない」 士郎は、箸を置いて蒔寺の顔を見ていた。「蒔の字、やめろ」 私は、今度ははっきりと威嚇するような声を出した。 なるほど、私の親友であるとはいえ、蒔寺は士郎とは付き合いが浅い。 だから、今の士郎の状態が分からないのだろう。 本当は、誰よりも沈み、やつれているのは、士郎自身なのに。 私は、その苦しみの数千分の一を投射されているだけなのに。 蒔寺は、私の眼光に一瞬ひるんだようだったが、「いいや、止めないね。 お前に聞いてもラチあかないから、コイツに聞いてるんだ。 衛宮、答えろ。 返答によっちゃ、アタシはお前を許さないぞ」 ……彼女らしい、友情の表し方なのだろう。 その心遣いは嬉しい。 だが……「蒔、もう一度言う。それ以上は止めろ。 私のことで君を心配させたことは済まなく思う。 だが、これは士郎とは何の関係もないことだ。 もしこれ以上、士郎のことについて何か言うのなら……」「いいよ、鐘」 私と蒔寺の睨み合いに割って入ったのは、当の士郎だった。「蒔寺、まず、お前に心配かけたことを謝る。 確かにここ数日、鐘が落ち込んでるのは、俺のせいだ」「士郎!」 思わず叫ぶ私を、士郎が手で制する。「俺が馬鹿なことやって、ちょっと参ってたもんだから、鐘がそれを心配してくれてるんだ。 事情があって、詳しいことを鐘にも話せなくてさ。 だから、余計に心配をかけてるんだと思う。 それが、俺の未熟だって言うんなら、正にそのとおりだ。 すまん」 そうして、あぐらの姿勢のまま、蒔寺に深く頭を下げた。 ここまで誠実に謝られるとは、蒔の字も思っていなかったのだろう。 慌てたように、目を泳がせた。「……い、いや。 だ、だからって、だな……」「もういいんじゃない?蒔ちゃん」 振り返ると、今までずっと黙っていた由紀香が、何か諭すような目で蒔寺を見ていた。 蒔の字が、救いを見つけたように黙る。「衛宮くん、鐘ちゃん、ゴメンね。立ち入ったこと訊いちゃって。 でも、蒔ちゃんもこの五日間、ほんとに心配してたんだよ。 何か私たちに出来ることはないか、二人の役に立てることは無いかって」「ゆ、由紀っち……」 真っ赤になって慌てる蒔の字。 ……二人の友情が、身に染みる。 由紀香も、きっと蒔寺と同じくらい心配してくれたのだろう。「でも、今の衛宮くんのお話聞いて、分かった。 鐘ちゃんだけじゃなくて、衛宮くんもなんだか元気無いなって、ずっと思ってたんだけど、 むしろ衛宮くんのほうが、ずっと苦しんでたんだね」 ……由紀香も、気付いていたのか。 士郎の状態について、ほとんどの人間が顧みもしない中、 たとえ漠然とであっても、違和感を感じただけでもたいしたものだ。「なんだよ由紀っち。 結局、全然気付いてなかったのは、アタシだけってことか? そんなら、言ってくれりゃいいじゃんか」 蒔寺がむくれる。「違うよ。 私だって今、衛宮くんや鐘ちゃんに聞いて、初めて思い当たったんだもの。 それに、なんとなくだけど、私たちが深入りしちゃいけない事のような気がしたし……」 そんな蒔の字を、由紀香はいつものようにあやす。 それから、私たちに視線を向けて、「鐘ちゃん。衛宮くん。 今、私たちにできることは、何にもないみたいだけど。 なにかあったら、いつでも言って? そのときは、何でもするから」 ほにゃっと、いつもの暖かい微笑みを見せてくれる由紀香。 その隣で、蒔の字も真っ赤な顔をして頭を掻いている。「……ありがとな。蒔寺、三枝さん」「…今は言えないが、事情を話せるときが来たら、きっと話す。 それまで黙っている私たちを、許して欲しい」 士郎といっしょに、二人に頭を下げる。 正直、心が弱っていた時だけに、不覚にも涙が滲みそうになった。「……だけど、鐘ちゃん」「うん?」 暖かいままの由紀香の声に、顔を上げる。「いつの間にか、衛宮くんとお名前で呼び合うようになってたんだね」「「………あ」」 私たちは、二人揃ってバカみたいに口を開き、 しばらくお互いを見つめあったあと、「「………」」 申し合わせたように、これ以上ないくらい真っ赤になった。 ---------------------------------------------------------- このストーリーは、「SS投稿掲示板Arcadia」で連載されている、 『エンゲージを君と』(Nubewo 作) http://58.1.245.142/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=type-moon&all=1034&n=0&count=1に触発され、書かれたものです。 TYPE-MOON風に言えば、第十七話から分岐した、平行世界と考えていただければよろしいかと思います。 『エンゲージ~』を下敷きにはしておりますが、 今後書かれる、正編『エンゲージ~』第十七話以降とは、ストーリー的に《全く》関係は無く、 その文責はすべて中村にあります。