晩餐会がお開きになり、俺たちは用意された部屋で休む事になったのだが、どうも寝付けない。同じ部屋に居るルイズとテファはぐっすり寝ているのにも関わらずだ。時刻はもう深夜になろうというところか。俺は夜型人間にでもなったというのか?ルイズやテファがえらく俺を心配していたが、やはり晩餐会の場で居眠りしたのは不味かったのだろうか。そのようなことを考えていると、誰かが部屋の扉を控えめにノックした。扉を開けると、オッドアイの眩しいジュリオがランプを持って立っている。「やあ、起きていたんだね」「こんな夜遅くに訪問なんてお前には気配りというものはないのか」「悪いとは思っているよ。もし寝ていたら朝に来る予定だったんだけど、起きてて良かった」「何しに来たんだ?ルイズへの夜這いなら出ようか?」「違うよ。僕の目的は君だ」俺は密かにこの同性愛をカミングアウトした神官と距離をとった。「いや、違うから。そう言う意味じゃないから。君に見せたいものがあって来たんだよ」「同性愛の境地とでも言うのか。他をあたれ」「だから違うって」ジュリオは必死に誤解を解きたいようだが、誤解されるような事を言うお前が悪いのだ。会話というのは人にわかるように言わなければいけないだろうよ。基本的に。ジュリオに連れてこられたのは、大聖堂の地下にある肌寒い場所だった。俺は深夜にこんな気が滅入りそうな場所に連れてきたジュリオに文句を言った。「随分と不気味な所だな。お化け通路とかいって商売したらいいんじゃないか?」「ははは。確かにね。でも此処は大昔の地下墓地がそのまま残っているから、本物が出るかもよ?」「まあ、お寺の地下だから墓地があっても不思議じゃないけどよ・・・ここが貴様の墓場だ!とか言うのは勘弁しろよ?」「言わないよそんな恥ずかしいこと・・・」寒さに少し震えながら通路を進み、その先にあった錆び付いた鉄の扉をジュリオと一緒に開けて、真っ暗な部屋に出た。部屋自体はかなりの広さのようで、声が遠くまで響く。「すまない。すぐに灯りを点けるからな・・・」そう言ってジュリオは魔法のランタンに手を突っ込み、ボタンを押す。すると、部屋中に取り付けられたランタンが、一斉に光り輝いた。そして明るくなった俺の視界に飛び込んできたのは・・・銃器だった。それもハルケギニアのものじゃない。ハルケギニアにはあのような形状の銃はない。よく見ればアルファベットの文字でENGLAND ROFの文字が躍っていた。・・・どう見ても地球製の武器・・・だよな?この世界にFNブローニングM1900とかブローニング・ハイパワーとかあるわけないしな。サブマシンガンとかアサルトライフルとか論外だろう。「東の地で僕たちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃこういうものがたまに見つかる。エルフ達に見つからないように、此処まで運ぶのは結構大変だったらしい」「東の地ね・・・」シエスタの曾お祖父さんも確か東の地から飛んできたらしいな。まあ、関連性は薄いかもしれんが。「まあ、正確に言うと『聖地』の近くでこれらの『武器』は発見されている。これで全部じゃない。見てみろ」ジュリオは奥にある佇む小山のようなものを指し示す。油布をかけられて全体は見えない。ジュリオがその油布を引っ張る。「これは・・・!」何のことはないが、此処にあるには異質なものであった。二階建ての家のような大きさの塊は俺の世界では戦車と呼ばれる。さて問題の戦車なのだが・・・おいおいおい!?何でまだ未配備のはずの戦車が此処にあるんだよ!?「最近見つかったものでね。この中では一番新しいものだよ。凄いよなぁ、車の上に大砲を乗っけるなんて。大きいだけでなくこれはとても精密に出来ている。僕らはこれを『場違いな工芸品』と呼んでいる。どうだい?見覚えがあるんじゃないか?」あるも何もこれは・・・そりゃあ此処に一年以上いる間に配備されたのかもしれないけど、こんな物が消えたら大変だろう。自衛隊は。俺の目の前には日本の新戦車、コードネーム『TK-X』が佇んでいた。こんなの俺にとっても場違いな工芸品すぎるわ!!自衛隊の皆さーん!?ここに新兵器がありますよー!?「僕らはこのような武器だけではなく、過去に何度も君のような人間と接触している。だから、君が何者だか、僕はよく知っている。此処とは違う世界から来た人間・・・そうだろう?」俺はジュリオの指摘を否定せずに頷いた。「だからなんだって言うんだよ。武器の自慢をしたかっただけなのか?」「まさか。僕が言いたいのは君と僕たちの目的地は一緒なのさ。聖地にはこれらがやって来た理由が隠されている。そこに行けば、必ず元の世界に戻れる方法も見つかる筈だ」「言葉が矛盾しているな。『必ず戻れる方法が見つかる筈』?断定と仮定が混じってるぜ?まあ、聖地とやらにそれっぽいのがあるかもというのは俺も同意だけどな。で、これを見せてどうするんだい?」「今回は君にこの場違いな工芸品を進呈したくて連れてきた」「はあ?」「この武器は君の世界から来た。強引だけど君の世界のものなんだから所有権はまず君に優先される。僕たちじゃこれを取り扱う事は出来ないし、量産も不可能だ。君たちの世界はトンでもない技術を持っているね。エルフ以上に敵に回したくないよ」さてさて、この世界の軍隊と我が世界の軍隊がガチバトルしたらどっちが強いのだろうね。長期戦になったら俺の世界の方が強そうだが。比べるだけ無駄か。「聖地には穴がある。多分、何らかの虚無魔法が開けた穴なんだろう。だから聖地に行けば、君の帰る方法は見つかると思うよ」「片道のみの可能性はあるがな。・・・お前らにとってはエルフは敵かもしれないが俺にとってはそうじゃないしな。まあ、こういうのを見て喜ぶ人もいるし、この戦車は貰っていくがな」「銃は持っていかないのかい?」「銃には慣れたくないんでな」「やれやれ、変わっているね。便利だとは思うんだが・・・ま、いいだろう。夜分遅く悪かったね」ジュリオは肩を竦めて笑った。胡散臭い事この上ない笑顔だった。俺たちは武器庫から出て、俺とルイズとテファにあてがわれた部屋に戻った。戻る途中、ジュリオが俺に尋ねてきた。「今日は偉く熱かったじゃないか、タツヤ。戦争嫌いだという事は聞いていたけど、あそこまで露骨だとは思わなかったぜ」「熱かった?何のことかは知らんがまあ、失礼であったのは事実だ。謝っておいてくれ」晩餐会中に寝るのは流石に失礼すぎだったか。ジュリオはわかったと頷き、「今後、ああいう事は止めてくれよ?お互いの為にならないから」「ああ、すまないな」「それではお休みといっておこうか」「男に言われてもあまり嬉しくないな。お互いに」「全くだね。やはりお休みという相手は美少女に限る。今度個人的に飲みに行こう。僕が奢るから、女性について語り合おう」「語り合ってどうするんだよ・・・」意見が合わなければ拳で語り合いそうな話題だろう、それ。ジュリオが去っていき、俺もようやく睡魔がこんにちはな状態になった。・・・しかしだ。確かにベッドはあります。シングルベッドが3つあります。真ん中が開いているわけですが、ベッド間の隙間がないのが非常に困る。・・・まあ、いいか。俺は寝相は悪くはないし。そう自分に言い聞かせて俺は眠りにつくことにした。自分を呼び出した事で結果的に自分の命の恩人となった男と、自分のたった一人の肉親である姉は夫婦である。自分はそんな二人に扶養されているわけなのだが、定住する家がないのだけが問題である。そりゃぁ夫婦のあんた等は何処でも幸せなんだろうけどさ・・・。見た目は少女、いや幼女とも思える自分の容姿では旅をしていたら親子扱いされる。「そんな幼女に一人で薬草を摘んで来いとかどんな親ですか・・・」それも使い魔の仕事だとか言うが、明らかに扶養しているんだからそれくらいしようよという意味だった。少女は林の中を歩き、大きな木が生えている広場に出た。ここには花畑もあり、薬草も色々採れるのだ。「ここは夫婦で来たらいいと思うんですけど・・・変な所で馬鹿ですねあの二人は・・・」溜息をつく黒髪の少女、フィオは頭を掻きながら文句を言っている。独り言を聞くものは誰もいないから言いたい放題だった。フィオの容姿はその真紅の瞳、褐色の肌、そして長い耳を持った美少女である。彼女はエルフの中でもダークエルフと呼ばれる種であり、エルフ内でも忌み嫌われる存在だった。彼女の姉のシンシアも同じダークエルフだったのだが、ある日エルフの襲撃により滅びた村から逃げ延び、行方不明になっていた自分を探して彷徨っていた所を運良く自分達と合流できた。・・・フィオとシンシアの命の恩人がシンシアの夫の人間、自称『根無し』のニュングという男である。これが妙な自信家で前向きで面倒くさがりやで適当な男である。おおよそ正義やら悪やらの概念とは無縁の男に何故姉が種族の壁を突き抜けて結婚したのかは恋をした事のない自分にはわからないのだが、姉を惹き付ける何かがあの男にあったのだろう。このような身体に似合わず捻くれまくりの自分にも恋愛とかあるのだろうか・・・フィオがそのようなことを思いながら花畑を歩いていると・・・「行き倒れ?」花畑の中に倒れている若者がいた。疲れ果てて寝た筈なのにいきなり瞼の向こうが明るくなった気がした。まさかとは思うが誰かが起きて灯りを点けたのか?ええい、トイレなら灯りを点けずに行け!俺は目を開けると・・・ムカつくぐらいの青空が広がっていた。・・・え?少し視線をずらすと、俺を覗き込むようにして見ている少女がいた。「ああ、死体と思っていたら生きてたんですね」「お、お前は・・・」「ああ、お気になさらず。私はただここに薬草を摘みに来た可憐な幼女ちゃんですから」「可憐な幼女はそんな自己紹介はしない!?」俺が飛び起きると自称幼女は「きゃあ~こわ~い」と棒読みで言った。人を舐めているようにしか思えないその態度、そしてその容姿。全てに見覚えがあった。少し肌の色は違うが・・・目の前にいる幼女は間違いなくあの変態ルーンがトチ狂って擬人化した時の幼女形態と同じ姿だった。目の前の幼女を見つめていると、「おお?あまりの愛らしさに言葉を失ってしまったのですか?蛮族にも私の魅力を理解できたとは驚きですが幼女愛好はどうかと」「自分で言ってて恥ずかしくないのか幼女(笑)」「おのれ蛮族!私を嵌めましたね!?この私に此処までの辱めを・・・!」「自意識過剰も大概にしろよクソガキ」「ガキではありません!私にはフィオという高次な名前があるので末代まで称えなさい」「普通」「普通って言うな!?不愉快な蛮族めェ!貴方なんかお姉さまと一緒にミンチにして家畜の餌にしてやる!」「何その悪役台詞」「・・・はっ!?私としたことが取り乱してしまった・・・!これも貴方の罠なのですね!?幼女を釣るなんて何て鬼畜!」「お前が勝手に自爆しまくっているだけだろう!?」疲れる。こいつ凄い疲れる。フィオと名乗る変態幼女は俺を指差して言った。「しかしこれしきの策にまんまとかかる私ではないのです。これで勝ったとは思わないことですね」「何の勝負だよこれ!?」フィオは俺に対して逆恨みに近い怒りをぶつけていたのだが、突然クールに振舞いだした。正直その対応は非常に厳しいものである。俺たちが馬鹿な口論を続けていると・・・「おーい、フィオー。何処でサボってるんだー?」男の声である。フィオはその声に振り向き、怒鳴った。「サボっていません!私を辱めた愚か者と言葉の暴力でフルボッコ中だったんです!」「声が半泣きに聞こえるんだが」「幻聴です!」「んんー?誰と話してんだよお前・・・知らない人と話しちゃいけないって言ってんだろうよ」姿を現したのはボサボサの茶髪と無精ひげを生やし、質素な服を着た男だった。「ニュング!そういう場合ではありません!この男は私を嵌めようとしました!」「勝手にお前が自爆しただけだろう。恥ずかしい幼女だな」「また私を辱める発言を・・・!!もう許せません!ニュング、この男の殺害許可を」「何言ってんのお前。恥ずかしい奴だな」「私の味方はいないのですか!!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。どうやら誰もいないようである。フィオは絶望的な表情になる。「何ですか!?ここは『ここにいるぞ!』とか言ってお姉様が現れる場面でしょう!?出てこないとか理解できない!?」「「俺はお前が理解できない」」会ったばかりの二人の男の気持ちが一つになった瞬間だった。悶えるフィオを無視してニュングは俺に話しかけてきた。「で、お前は誰だよ少年。フィオを半泣きにさせるとは幼女愛好の欠片もないような奴とは分かるが」「俺は幼女には優しいですが、幼女(笑)には厳しいんです。俺は達也です。タツヤ=イナバ」「聞き慣れない響きの名前だな。俺はニュング。人は俺様の事を『根無し』と呼ぶ。そんでこのちっこいのが俺の使い魔となっているエルフのフィオだ」「根無しは自称じゃないですか」「喧しい。ではタツヤ。後一人俺の愛妻を紹介したいからついて来い。そしてフィオ。お前は後でシンシアから説教な」「お姉さまは私の味方です!?」「それ以上に夫の俺の味方なんだよ。クックック」「お、おのれ・・・!!」歯軋りをするフィオに対して哂うニュング。どうやら複雑な関係のようだ。「俺の嫁は史上最高の嫁に違いないからお前は羨ましさに地団駄を踏むと良いよ、タツヤ」そんなことを言うニュング。正直俺の未来の嫁に対する挑戦とも取れる発言だが、他人の嗜好に目くじらを立てる必要はない。ニュングの妻のシンシアは確かに美人だった。だが、その姿は褐色の肌の擬人化ルーン、大人の女形態と同じ姿だった。・・・そもそもここはどういう世界だ?夢か?夢を見ているのか?しかし頬を抓ってみたら痛い。昨今の夢は実にリアルである。「その蛮族の少年は何処で拾ってきたのよ」「フィオが拾おうとして翻弄されてた。面白そうだったので持ってきた」「フィオが・・・?」「辱められました」「黙れ自爆幼女!」「フィオ・・・貴女また余計な好奇心が先行したのね・・・」呆れて言うシンシアの表情は何処か優しかった。『根無し放浪記』16巻第2章『花畑』。ニュング一行と謎の行き倒れの人間の少年はこうして出会った。―――本来なら出会うはずのない者達はかくして出会いました。―――5000年の月日を遡った彼と根無しの一行はつかの間の交流をしていきます。―――ここが始まりなんですよ、達也君。―――それでは、また。達也の左手のルーンは淡い赤色の光を放っていた。(続く)