エルフの国ネフテスの首都を脱出した達也たちは、イルカが引く小舟で航海中である。小舟の上ではティファニアと真琴が寝息を立てている。今起きているのは達也とルクシャナだけである。日はすでに落ち、夜の海を照らすのは双つの月だけである。夜の海は、月明りで満ちて、さざ波に反射して銀色に光っている。ティファニア達が眠ってから静かになった。達也とルクシャナは彼女たちが寝てから一言も会話をしていない。波の音だけが彼らの耳に入るだけだ。村雨もデルフリンガーも軽口を叩かず黙ったままである。互いに無口ではない二人である。こう沈黙が続くと何だか気まずい。全然警戒していないわけではない。達也からすれば、自分たちを襲ったエルフのアリィーの婚約者がルクシャナで、ルクシャナからすれば、婚約者を得体のしれない力で負かしたのが達也である。寧ろもっと警戒すべきである。例えば負けた婚約者の仇などと言ってルクシャナが達也のお命を頂戴してもおかしくはないのだが、ルクシャナはそうする気は全くない。この男がいきなり発情して襲い掛かってきても逃げ切ろうと思えばやれることもない。しかしそんな兆候は全くない。悔しい話だが自分より魅力的な女性と言えるこのハーフエルフの少女にも何もしないヘタレなのだ。ルクシャナはそんなヘタレの達也に対し、ようやく口を開いた。「貴方さぁ・・・禁欲主義とか崇拝してるの?」「さっきから大人しいと思ってたらいきなり何を言い出すんだお前は」「だっておかしいじゃない。そこの妹ちゃんは除外するとして、とびきりの美女が二人いて、貴方ムラムラしないの?」「してるよ」正直、予想外の答えだった。かなりあっさりと、普通に達也は自分たちにムラムラしてると答えた。自分の婚約者だったら照れて怒るのだが・・・意外に奔放なのだろうか?「じゃあ何もしないの?とくにその娘はどう見たって貴方に好意を持ってるじゃない。恋人でもいるの?」「ああ」「あら、そうなの」なるほど、一途というわけか。大方、恋人を裏切りたくないというわけか・・・ん?でもこの男は確か自分で童貞って言った筈・・・?「やることはやれてないの?」「悪かったな童貞で!?」「いやいや、それは貴方の恋人が可哀想だなって」「俺の童貞は可哀想ではないというのか!!?」「いや、貴方の童貞は捨てようと思えば捨てれるでしょ。問題は待ちぼうけをくらってる恋人でしょ。待ってる身にもなりなさいよ。どんどん神経をすり減らして、ある日を境にポッキリ逝っちゃうかもよ?そこいらの男に何かの間違いで身体を許すかもしれないじゃない」「・・・・・・」「恋人でも夫婦でも絶対の絆なんてないのよ。強固なように見えてよく見ればボロボロなんてよくあるわ。世間では仲睦まじい夫婦って評判だった二人が些細な事で別れる事なんてエルフの世界でもある事だもの。契りが夫婦より強固ではない恋人関係なんて更に綻びがありそうなものよ」自分とアリィーの関係もいつどうなるか分からない。アリィーの事は確かに好きだ。だが、自分が彼に飽きてしまう事も、彼が自分に愛想を尽かす事も十分に考えられる関係なのだ。・・・まあ、そういう可能性があるから恋愛は楽しいのだというのがルクシャナの持論ではあるが。「貴方はその時どうするの?恋人が、別の男に抱かれたら?」我ながら意地の悪い質問である。だがルクシャナは知りたかった。この男は愛する者が自分を裏切る行為をしたらどうするんだろう。達也は暫く考えて言った。「寝取られかぁ・・・」「そう、想像できる?」「まぁ、つらい」「そうよね。それで?」「怒るよね」「そりゃね。で、どうするの?」「まぁ・・・此方にも非は大有りだしな」「うん」「遺憾ながら恋人関係を解消するよ」「許して恋人関係を解消ではなく?相手の男は身体目当てかもしれないし、恋人も一夜の過ちかもしれないのに?」「今の恋人とは夫婦になりたいと考えてるよ。大好きだしな。でもまだ恋人なんだよ」「奪い返すとかそういう事は言わないの?」「やだよ面倒くさい」ルクシャナは目の前の男の返答に対し、意外と失望感も何もなかった。なんとなく、これが普通なんだろうなと思った。奪い返すのが面倒であると言ったのも、余計なトラブルを起こさない為だろう。痴情のもつれというのはなかなか面倒であるというのはルクシャナも分かっているつもりだ。「意外に冷めてるのね」「普通に悲しいし、普通に落ち込むし、死にたい気分にもなるだろうけどな。ただまあ・・・失恋で人生パアになっちまってもダメだろ」「でも新しい恋人はもうできないかもしれないのよ?」「それはまぁ、イヤだけど、まだ20も生きてない人生で生きがいになってくれた女に出会えたってだけで儲けもんだろ」「そんな女性とすっぱり別れることが出来るの?」「すっぱりは無理。会うたびに語尾に『びっち』をつけて会話してやる」「まあ、何て器の小さい男なのかしら!彼女が気を病んで命を絶ったらどうするの?」「新しい恋人との性活が上手くいってなかったんだなと、墓前で涙する」「ド悪党ね貴方」「元恋人の扱いなんてそんなもんじゃない?」そんなものなんだろうか?まあ、考えてみれば達也は今の彼女と別れても軽口くらいは叩ける関係は続けていけると発言しているから、少なくとも険悪な関係にはならないと思っているのだろう。自分を裏切った相手でも墓参りはする・・・多分この男は今の恋人が相当好きなのだろう。「この娘への対応からして、恋人さんにかなりご執心と思ったけど・・・そう、そういう時が来たらそうするのね」「そうだな。そういう時があればな」「ふーん?何よその言い方。引っかかるじゃない?」「そうか?」「余裕そうよ貴方。まるでそんな事はありえないと言いたそう」「絶対の絆は無いのは肯定するぜ。そういう事が起きれば、遺憾ながら俺は別れるという選択を選ぶ。引き留めたり、相手の男と血みどろの争いもしない。俺は童貞だし、アイツに寂し過ぎる思いをさせているのも知ってる」達也からすれば絶対に帰れるという保証はどこにもない。約束したとはいえ、永遠に会えないかもしれないのが、今の達也と恋人の杏里との確かな距離なのだ。会えるという確率より、会えないという確率の方が絶対に高いこの状況で何を達也は信じているのだ?「恋人の心はそんなにヤワじゃないとでも?」「随分やわらかいぜ?」「じゃあどんな余裕よ」「余裕じゃねえよ。不安さ。そういう仮定の想像は幾度もしたことある。何せ超遠距離状態なんだ。素敵な男に出会い、惹かれることもあるかもしれない。そりゃもう俺なんかじゃ眩しすぎて仕方ねえ男がな」俺は死んだウェールズの事を思い返す。彼は正しく白馬の王子そのものであったし、俺なんかとは格が違う男子だった。おそらく生きていたら、もうすでにアンリエッタとの結婚を正式に発表してただろう。残されたアンリエッタは何故か俺にウェールズの幻影を見ているようだが、それはあくまで幻影であるに違いない。俺は白馬の王子にはなれない。紳士を志してはいるが、王子というには品格が足りなすぎる。品格といえばルイズに対して結婚詐欺を働いていたワルドもそうだ。猫をかぶっていた時の奴は、ルイズにとっては王子様であったのだろう。今や嫁に尻に敷かれるマダオであるが、多分ラ・ヴァリエール家に婿として来てもそうなっていたと思う。「例え戻った先が非情な現実だとしても、俺にはまだ希望は残ってるんだよ」そう、たとえ最愛の恋人が自分を裏切ることがあっても。俺にはまだ、帰りを待ってくれている女性はいるのだ。その女性は間違いなく、間違いなく俺の帰りを待っている。俺はすやすやと眠る真琴を見た。可愛い妹。俺はこの娘を兄として守らなければいけない。「あきれた。恋人がいながら愛人でもいるの?その娘じゃ飽き足らず?」「飽き足らずって何だよ!?手もつけてねえ!?」「じゃあ、捨てられたって分かったら、次はその娘と添遂げる?それが希望と抜かすなら・・・」「そのようなことを考える貴女の思考回路は取り換えた方がいいのではないでしょうか」「蛮族に頭を心配された!?」「ククク・・・俺にはすぐに下品な方に物事を考えるお前の方が野蛮に見えるぞォ!」「下ネタは全知的生命体が潜在的に好むネタじゃないの!?」「どこの常識だそれは!?安易に下ネタに走るのは見苦しいんだぞ!」「高尚な笑いは蛮族には分からないじゃないの!下ネタならわかるでしょ!」「お前の言う高尚な笑いってなんだよ」「そうね、例えばアディールには大衆用の料理店があるのだけど、そこにアリィーと行ったのよ」「ほう、ちゃんとデートとかしてんだな、羨ましいことだ」「店員に食べる料理を言う時、アリィーはメニューを指差して『これとこれを頼む』と言ったのね」「少々気取ってるが、まあ、恋人にいいところを見せたかったんだろーな。それで?」「店員はアリィーが指差してる品目がわからなかったのか、『お名前をお願いいたします』と言ったのよ。そうしたらアリィーったら『僕はアリィーだ』と答えたのよ。どう?笑えるでしょう?」「確かに笑える話だが、それはアンタの恋人が愛すべき馬鹿と言っているように聞こえるぞ」「そうなのよ、そういうところが可愛いのよあの人」「惚気かよ!?このスイーツ脳め、偶には苦い思いもしやがれ!」他者の惚気を聞くことがこんなにも面倒くさいものとは。俺も杏里の話を他人にするときには気をつけないといけない。このスイーツ脳エルフの問いは杏里のみが俺の帰る理由で無い事の再確認でもあった。そうさ、確かに杏里にはとても会いたい。多分杏里も俺に会いたいと思ってくれている。でも、それだけじゃない。俺の帰りを待つのは何も杏里だけじゃない。元の世界に帰って抱きしめたい女性は杏里だけじゃない。それを浮気心かと思えるか?断じて否である。彼女とは恋人でも愛人でもなんでもない。だけど、帰ったら抱きしめて再会を喜び合いたい。幸福にも俺はそんな女性が元の世界に二人もいるのだ。やがてルクシャナも眠り、俺は小舟の上で一人夜空をぼんやり眺めていた。そうしたら眠くなるかなと思っていたが、気絶していたせいなのか、まだ眠くならない。ところでここは小舟の上なのだが、トイレは如何しよう。そんな事を考えていると、突然声をかけられた。「まるで光の畑だね」「テファか」「タツヤ・・・わたしたち、これからどうなるのかしら?」エルフのゆったりとした服に身を包んだティファニアが呟く。「まあ、ルクシャナには悪いけど、第一目標はトリステインに戻ることだな。そのついでに聖地とやらが見れればいいけど、贅沢は言ってられん」この地に旅行しに来たわけじゃないので一刻も早く帰りたい。まあ、そのためにはルクシャナのわがままに少々付き合わなきゃならんのが難点である。「タツヤは・・・すごいよ」「何がさ」「だって、こんな状況なのに、やることがわかってる。わたしなんか全然だめ。怖くて何も考えられない。タツヤが戦っていたときだって、わたしはなにもできなかった・・・」そう言うと、ティファニアは、首を傾げて目をつむった。起きて早々鬱になるのは月曜の朝だけにした方がいい。「そりゃお前さんはか弱い女の子なんだ。仕方ないさ」「でもルイズもアンリエッタ女王陛下だって、タツヤの言うか弱い女の子よ。わたしったらいざという時に勇気が出ない。どうしてなのかな・・・」「あの二人がか弱い?」俺はルイズとアンリエッタのこれまでの所業を思い返した。・・・・・・・・・う、ううむ。そ、そうだな。ルイズはえーと、脳がちょっとか弱いな。姫様のか弱さは、あ、貞操観念がか弱いな!我ながら見事な二人のか弱さフォローである。「ねえ、どうしてタツヤはそんなにしっかりしてるの?冷静で、やらなくちゃいけないことがわかるの?」「生きて早く帰りたいから」「それだけ?」「そんなもんだよ。まあ、人が勇気を出す場面なんて理由は様々さ。生存欲求のために戦う俺、名誉や誇りのために杖を取るルイズ、好きな人のために勇気を出すってこともあるな。ま、それは人によって違うがね」「・・・わたしはどれもないから勇気がないのかな・・・」ティファニアの表情が沈む。母の同族であるエルフの実態、ハーフエルフである自分の境遇。考えてみれば、この様な状況で生きたいと言うほどの心の強さが今のテファにあるのか。この娘は名誉や誇りと言った感情には無縁である。それに対して勇気を出せというのも酷だろう。「好きな人か・・・よくわからないけど・・・どうやったらわかるのかな?」「好きな人か」「うん」「まあ・・・参考になるかは知らないけど・・・まず、その人の事を知りたいって思う」「それで?」「知りたいが、全部知りたいに変わり、一緒に居たいと思い、いたらドキドキして、やがて抱きしめたいと思う。んで、潰れても良いほど抱きしめたいと思って、今度は苦しくなる」「苦しいの?」「ま、その人が自分に振り向くだけで苦しまないんだけどな。んで、やがてその人を自分のモノにしたいと考えてしまう。その人の心のみならず悪いところひっくるめて全部な。邪魔するものがあれば、それから奪っちまえ!と思ってもみる」「うん、それで?」「そんでもって力いっぱいキスしたいとか考えはじめ、心からその人に尽くしたいなどと考えることもある。そういう人が好きな人、ないしは愛する人って事じゃねえのか?」俺がそう言うと、両耳をつまんだティファニアは目をつむる。「・・・それじゃあ、やっぱりわたし・・・」自分で言ってて恥ずかしい気分だが、まあ愛する人の基準なら俺の答えは間違っていないはずである。しかしその気恥ずかしさはテファの一言でぶっ飛んだ。「・・・タツヤのこと・・・好きなんだ・・・」「・・・ど、どうしてそう思った?」「だって、わたし、タツヤの隣にいるとドキドキするんだもの」「緊張とかじゃなく?」「うん。イヤな気分じゃないもん・・・」漫画の主人公は展開の都合上、どうしようもなく鈍感だったりするが、生憎俺は狡い男である。自分が生き残るためならば、友人知人の好意まで利用しようとしてきた。そうして生きながらえてきた。無論俺に好意を示してくれたこの世界の友人たちには大感謝している。自惚れる気は全くないが、少々その気があるだろうという異性の存在も認知している。元の世界では女性に敵性生物扱い気味だった俺だったので、少し戸惑ったが、まあ、悪い気はしない。恋なんてふとした切欠で霧散するようなものだし、まあせいぜい夢見て勝手に幻滅するんじゃないかと考えていた。シエスタやらタバサやらキュルケやら・・・あの年齢は多感なのだ。もっと多くの恋ができるはずである。アンリエッタやガリアの姫らへんは知らんが。まあこの人たちが俺に恋心持ってるなんてそれこそ自惚れなんですけどね!まあ、俺は杏里がいるしな!と、高をくくっていた。既に心に決めた女がいるから大丈夫と思っていた。だが俺は今、自分で言ってしまった。邪魔するものがあれば、奪っちまえと。それは全ての人々の恋路に当てはまるというのに・・・失言である。その結果がこれである。我ながら阿呆である。「やっぱり、好きなんだわ。どうしよう・・・タツヤには心に決めた人がいるのに・・・」「人が人を好きになるのに理由もないし、好きなだけなら枷もないんじゃないの?」「でも・・・タツヤはわたしのこと好きじゃないでしょ?だったらこの気持ちはどうしたら・・・」「まあ、日々を悶々として過ごしなさい。あとテファの事は好き嫌いで言えば好きだよ」テファの事が嫌いかと言えば絶対にNOである。では好きかと問われると、そりゃまあねと答えるしかできない。テファの気持ちに100%答えることが出来ない以上、テファには悶々としてもらうしかない。いやぁ、美少女の夜のおかずになるとか、男冥利に尽きるね!なーっはっはっはっは!聖女とか崇められたり、いきなり都会に出てしょぼくれたりして青春を過ごすより、年頃の娘なんだから、俗っぽく悶々としてても罰はあたるまい。多分アンリエッタあたりは間違いなく悶々としてんじゃねえの?主にウェールズのせいで。「そんなこと言われたら・・・わたし」「帰るのもそうだけど、お前や真琴がいるから俺は頑張れる。多分真琴も、健気に頑張って俺を信頼してくれてる。だからテファ。君の気持ちはすげえ嬉しいよ。言ってくれなきゃわかんない事もあるしな」「タツヤ・・・」「君が好きな男に任せな!美少女の信頼は男にとっての何よりのエネルギーだからな!」「タツヤ・・・わたし・・・タツヤを好きでいて良いの?」テファは泣きそうな表情で俺を見た。恋人がいる云々はもはや関係ない。自分を好きと言う女性が、自分に希望を預けると言うのならば、もはや理屈など関係ない。「嫌いって言われるよりは遥かにいい」「ありがとう・・・本当に優しいね」そのとき、波を越えて小舟が揺れた。俺はどうもなかったが、ティファニアが俺の方に倒れてきた。気付けば彼女の顔が目の前にあった。その頬は火照っており、月明かりに眩しかった。彼女はじっと俺を見つめていた。青い瞳は軽く潤んでいた。双つの月が雲に隠れ、辺りは暗闇に包まれる。波の音だけが聞こえた。不意に熱い吐息が近づく・・・ってちょっと待てィ!?いきなりすっ飛ばしすぎじゃなないか!?俺はテファを冷静にさせようと、とりあえず手を自分の唇前に移動させた。案の定、柔らかい何かが手に押し当てられた。「色々すっ飛ばし過ぎだよ、テファ」俺はテファを宥めるように言ったと思う。だが、彼女の返答は俺の手を降ろす事だった。「飛ばしてなんか・・・いないよ」次の瞬間、柔らかい何かが俺の唇に押し当てられた。あ、はい。嘘です。唇だけじゃありません。胸部に二つ、何かすごく強大ななにかも押し付けられてます。つーか何だ?そういうムードなんだねこれ。童貞だからムード云々に関しては手探りなんだけど。というか普通に口づけだな。その辺は純情で安心したといかそういう問題じゃない!?雲の切れ間から再び月が姿を現すその時に、テファは俺から身体を離した。「お月様が見ていない時は・・・夢の中の事なの」「なんだ夢か。夢なら仕方ないな」おどけて言ってみるが、実際は冷や汗ダラダラである。「でも・・・わかったよ」「何がだい?」「わたし、タツヤのこと好きと思ってたの、違うみたい」ここまでやって気の迷いとでもいうのかこの娘は。「なんだよ、ムードとやらに流されちまったってのかい?分かんねえなぁ」「好きなんかじゃない・・・大好きだもの」「それも多分夢オチなんだろ・・・?」テファはただ微笑んでいる。双つの月はすでに俺たちに光を与えていた。「わたし、タツヤから勇気をもらったよ」「そうか。頑張れよ」「うん」あんなにオドオドしていたのがウソのようなテファの表情に、俺は頭を掻いた。テファが頑張ると決めたんだ。俺も頑張らなきゃな。真琴のため、杏里のため、テファのため・・・そして元の世界で俺の帰りを待っている瑞希のため。俺はここで挫けちゃいけない。俺にだって希望はあるのだから。―――ところで先ほどから尿意が半端ないのだが、テファはもう一度寝てくれないだろうか?(続く)