閃光に包まれたその時、達也は『声』を聴いた。一瞬の出来事であるが、達也には長く感じた。その声は妖精の美少女の声ではなく、落ち着きがありながら、どこか茶目っ気のある懐かしい声だった。光の中で自分の身体に変化が起こる。皮膚がどんどん鉄の色になっていく。口の中が、唾液が鉄っぽい味で満たされる。しかし不安はどんどん消えていく。心に宿るは安心感。そしてその『声』ははっきり聞こえた。『お久しぶりね、達也くん』自分が握る刀からその声はした。「その声は・・・」『覚えてるかしら?』「ニュングの嫁さんの・・・シンシアさんだっけ?」『あらあら、そんなにお似合いに見えたの~?』微妙にウザかった。『惚気は後にして、とりあえずあのエルフの坊やを倒したいの?』「ああ」『なら、任せなさいな。お姉さんの助言でエルフの青二才の度肝をヌいてあげましょ』何かニュアンスが可笑しい気がしたが、アリィーを何とかしたいのは達也も同意である。あのイケメンを倒すならダークエルフの知恵は必要かもしれない。『今の貴方の味方は私と、この大地。それだけで十分よ。そしてその大地の力がこの氷を砕いてくれる』喋る刀(シンシアVer)がそう言ったと同時に目の前で氷は砕けていった。俺も驚いて声を上げそうになったが、シンシアは続ける。『先ずは精神戦ね。達也くん、あの御嬢さんに挨拶しなさい』アリィーに集中しなくていいのか?『ここであの坊やに集中すれば、氷を砕いたことでいっぱいいっぱいだと思われるわ。それは坊やを調子づかせることになる。それは面倒なのよ。だから同行しているあのハーフの御嬢さんに声をかけて余裕であるポーズを見せなさい。それにあの御嬢さんも貴方を心配してるだろうし!』「・・・・・・・・・」俺は目を丸くして此方を見るアリィーから視線を外し、頬が涙で濡れているティファニアの方を向いて言った。「テファ、安心しな。護るって言ったろうよ?」「ああ・・・タツヤ・・・」・・・くっせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!自分で言っといて何だがこのセリフ臭すぎだろ!!?なんかテファの顔を直視するのが恥ずかしかったので、隣にいた真琴にはサムズアップだけしといた。真琴はそれだけで満面の向日葵畑のような笑顔になってくれた。『合格です。次ですね。良い?達也くん。あの坊やは簡単に言えばこのあたりの精霊と友好関係を結び共同で貴方をフルボッコにしようとしているわ。ここは理解可能ね?』理解できないと言ってる場合じゃないし、理解するしかないだろ。アリィーはエルフで精霊魔法の使い手。人間からすれば精霊と手を組んでると言ってもいい。『ですが今の達也くんの状態は特殊です。詳しく説明する暇はないけど、あえて説明をするなら、地の精霊は今、達也君に寝取られちゃったの。大人になるって悲しい事よね』俺は火竜山脈で見た引き籠りの地の精霊を思い出した。あの時は一応女性型・・・元々はアリィーの味方・・・アリィーの女・・・それを寝取った?『ま、エルフは精霊は自分たちに力を貸すのがもはや当然とか思ってそうだからね。普通に共存したいならそもそもこのあたりの精霊の力を全部奪う形で行使する必要ないし』俺の方がマシに見えたとか?『そりゃ精霊も精霊石持ってる方を優先するわよ。何となく持ってるようだけど、精霊から直接もらったんでしょ?それ』ん?王家の宝石とか風石とかとは違うのこれ?『全然違うわよ。精霊が直接渡す精霊石は精霊の半身と同じ。いわば自分の身を渡したと同義よ』それは一体どういう事なんでしょう?『エルフやその道の研究者が聞いたら呆れるわね。その精霊石は貴方と精霊の橋渡し的なアイテム。いわばエンゲージリングみたいなものね。何か気に入られるような事でもしたの?』土は知らんが、水の精霊にはアンドバリの指輪を返却した覚えがあるが。『間違いなくそれね。精霊が生み出したアイテムは人間にとってもエルフにとっても希少。それを真面目に、それも人間が返却したことが水の精霊は感動をしたんでしょうね。エルフは長命でしかも約束は【いずれ必ず】守る種族だから精霊は一定の信頼を置いて精霊魔法の行使に力を貸してるけど、人間は特殊な人間が風石などの裏ワザを用いなければ似たような魔法は使えない。人間は短命だし欲深いから精霊のアイテムを返さないというのが精霊達の中で思われていたのに、今回貴方があっさり返したから例外もあるとして誓いと友好の証を授けたのでしょう』風の精霊を止めて世界を救えなんて言われましたが。『その期待に応えたら精霊達は貴方にかなりの信頼を置くでしょうね。精霊に近いとされているエルフですら、約束を反故にすることが結構多いんだもの、同じ人間が困難と思われる頼みごとを遂行してくれてるのは精霊には新鮮な気分でしょうね』そういうもんかねぇ・・・?『今の達也くんはエルフみたいに『契約』をして精霊の力を行使するというこの世界の常識を完全に無視して精霊の力を使える状態なのよね。私が存命だったころに人間で無理矢理精霊の力を行使しようとした阿呆がいたみたいだけど、大抵、結果は何も起こらないか、精霊の力がその人間を蝕み、狂人状態になっていたわ。あ、そうそう。私の旦那も精霊の力を借りてた時があったけど、流石に正式な契約をしてたわ。ま、彼一人じゃ契約なんて無理だったし、ダークエルフである妻の私の内助の功で契約できたってもんよ』惚気はいいから。話を聞く限り、俺の今の状態はよろしくないのか?『逆よ。大変宜しいわ。何たって貴方は精霊に助けも何も求めていない。よって今の状況や、吸血鬼との戦いのときの変化は、この世界の精霊が『勝手に』貴方に力を貸している状態なのよ』・・・力を貸してくれるってのは正直有難い。物語の主人公さんならば、自分の持つ力を発揮し、ほぼ一人でテファを助けてしまうんだろう。たった一人で。頼もしい姿を美少女に見せて。それはヒーローとしてなら素晴らしい。まさに絵になる光景だ。俺にそのような主人公補正がついていたら愛里は助かってたんじゃないの?分かってる。そんな地上最強の生物まっしぐらの王道補正は俺にはない。『達也くん・・・弱いのが悔しい?』笑いたきゃ笑えよ。『・・・・・・』それにアンタの話を聞いて自信がついたんだ。『え?』今は刀と化しているシンシアが意外そうに言う。その時、呆然としていたアリィーが口を開いた。「だからどうした!氷を砕いたところで、貴様に何ができる!?」『あの氷を砕くほどの能力があるとは考えないのかしらね?達也くん、今の貴方の身体は地の精霊の加護を凄く受けてるわ。生半可な攻撃は耐えれるし、打撃系の攻撃も手とかが硬化してるから・・・聞いてる?』シンシアの声は呆れるような声だった。しかし今の俺にはそれさえも遠く聞こえる。叫びが聞こえる。何を言っているのかは知らない。でも叫び声なんだ。この耳に、肌に、魂に、その叫びは俺に何かを訴える。この叫びは決して俺を応援するようなものではない。かといって俺に対して向けられたものでもない。この叫びは・・・この叫びは・・・?―――オオオオオオオオ・・・・・・―――アアアアアアアアアアア・・・・・・―――ウウウウウウウウウウウウ・・・・・・・・耳を塞ぎたくなるような負の思念が俺の身体に流れ込んでくる。なんだ?この不愉快な叫びは・・・?何だこの声は?この声を出してるのは誰なんだよ?―――!!!?突如叫びが止んだ。同時に不愉快な気分も薄れてきた気がした。だが、その直後、俺は確かに声を聞いたんだ。―――我々の声が聞こえたのか?え?―――聞こえているのか?我らの、忘れられた『声』が。忘れられたって・・・どういう意味だろうか?―――どうやら聞こえているようだな、貴様には。アンタは誰だよ。―――我々は貴様等が虚無と呼び、名を無くし、世界に『忘れられた』精霊だ。名無しの精霊?―――火、水、風、土・・・四大の属性の精霊はその存在が認められたというに、我々は存在をなかったことにされた。今より、遥かに、遥かに古の話だ。その長き年月の中、我々の力を応用し始める者も現れた。そして、我々の本来の力を行使する可能性を持った者も・・・。だが、それでも我々は本来の名を取り戻すことは出来なかった。今まで我々の声を一端でも聞けたものは5000年前に一人存在した程度。その者ですら、我々の叫びの真意にはたどり着けなかった。独自の解釈をしていたからな、あの飄々とした人間は。だが・・・お前は奴よりはっきりと我々の声が聞こえているようだ。姿は見えないが、その声には期待が込められているように感じた。―――成程・・・お前は奴と違い、直接我々の力を行使できる者ではないようだ。それに今のその姿・・・何者かとの契約による副産物とみえる。俺の脳裏に残念な美少女の半泣き顔がよぎった。―――先天的に資格を有さず、後天的に無理矢理その恩恵を受けた者が、我々の声を聞くか・・・面白き事だ。貴様、面白いぞ。ここで俺はこの声の主が1人ではないことに気付いた。『我々』と言っている時点で気付いても良かった。―――既に忘れ去られた我々と契約しようとする者は人間にもエルフなどにも存在しない。一抹の期待をこめて先天的にお前たちが言う『虚無』の者が我らに気付くか待っていたが・・・とうとう1人その域に達したのみ。―――それから5000年、我々は未だ忘れられたままだ。 ・・・何が言いたいんだよお前らは結局さ。―――貴様、我々の力を借りないか?はあ?いきなりなんだよ?押し売りか?後でデカい請求とかあるんじゃないか?―――我々はただ、自らの存在を世界に蘇らせたいだけだ。お前にはその宣伝をしてもらいたい。精霊の分際で目立ちたがり気質かよお前ら!?―――もう虚無や、四大の派生扱いは我々も止めてもらいたいのでな。・・・変な扱いされそうなんだが。―――世界に住まう精霊属性が4つしかいないと勘違いしている方が可笑しい。―――確かに我々は四大より劣る存在やもしれん。地味なのかもしれん。だが、我々は存在している。・・・地味だから派手に生まれ変わりたいと?―――それもある。・・・俺の意思を確認しに来たのは何故だ?―――貴様の今の状態は、四大の精が勝手に力を貴様に流し込んでいる。そのような状態で貴様は力を使いこなせるとは到底思えん。いずれ貴様の自我は飲み込まれ、精霊と化すだろう。精霊が一方的に力を与えるというのはその者を気に入り、取り込もうとするということだ。今はその紋章のせいで進行は遥かに遅れているが、貴様の今の身体は通常の人間からはやや逸脱してしまっている。精霊寄りになってしまっていると言えばいいか。精霊に・・・俺が?でも今の状態は精霊化じゃないか?―――それは説明しづらいが・・・すべてはその紋章の効果であろう。今のお前はその紋章によってかろうじて精霊化の進行を食い止めている状態なのだ。でも一方的って・・・俺は水の精霊からも土の精霊からも宝石を貰って認められたと思ったんだが。―――精霊石は精霊の身体の一部。直々にもらったという事は、確かに信頼はされているのだろうが、それは正式な契約ではない。しかもお前はそれを通じて紋章の力とはいえ、精霊化までしてしまった。その際に歪な状態になってしまった。―――通常は精霊石の力を媒体に魔法を行使する。それだけならば何の問題はない。しかし精霊化するという事はその力を直接取り込んだということだ。・・・話が長くなりそうだなぁ・・・もっとわかりやすく説明をしてくれ。―――では説明しよう、貴様にもわかりやすくな。偉く親切なことである。―――つまり、元々四大は精霊石を駆使してもしくは何らかの形で利用し、他の精霊への身分証明、そして現在不安定な風の精霊の安定を図ってもらいたいと考え、貴様に精霊石を譲渡したんだろう。確かに水、火、土の三大の力があれば風を抑えることも可能であろう。だがそれは貴様にその力を行使できる仲間がいることを、四大が知っている事が前提にある。精霊石を渡したという事は、少なくとも精霊がお前の近くにそういう者がいると感じたからなのだろう。確かに土ならギーシュ、火ならキュルケ、水ならタバサやらが使えそうではあるが・・・―――精霊はお前自身ではなく、お前の周りにいる仲間たちと共に風の精霊を止めてほしいと思っていた。が、ここで誤算があったのだろう。お前のその2つの紋章だ。ルイズとの契約によってつけられた紋章と、フィオが死に際の執念でつけた紋章のことである。俺の両手に宿る二人との契約の紋章は今、輝いている真っ最中であった。―――1つだけであれば精霊化などしなかったであろう。ただ、2つだけであっても精霊化などしない。いや、普通はしない。人間が精霊化するなど、それこそ精霊石ではなく精霊との契約を経て、精霊との融合でもしない限り不可能だ。だが、貴様は精霊化をしてしまった。―――信じられないが、信じることはできないが、お前のその紋章は積極的にお前を生き延びさせようとしている。まるで意思のあるかのように。俺はフィオがつけた紋章を見た。俺を視線を向けたのと同時に紋章は輝きを増した気がした。5000年以上生きて、ただ俺に逢うために、俺を護るためにその命を終わらせたダークエルフ。死んでも憑りついて俺を護るあの馬鹿は、死ぬ直前に俺に呪いをかけた。―――隷属の証である筈の紋章・・・だが貴様のその紋章にはその紋章をつけた者こそが貴様に永久の隷属・・・否、貴様たちの言葉で言えば愛情を証として残したように感じる。あの女・・・俺にマーキングして死にやがったのか。なんて女だ。俺はフィオの紋章を恨めしそうに見た。紋章は3回ほど点滅した。おのれ、してやったりというわけか。そういう執念を持ちながら、俺の童貞を奪えんとは、流石は俺の鋼の意思と評価をせざるを得ない。そう考えた瞬間、紋章がチカチカと激しく点滅し始めた。ククク・・・哀れなりフィオ!貴様の執念は俺の一途な意思に見事に阻まれたということだ!ウエッヘッヘッヘ!どうだ悔しいか?アーッハッハハハ!―――何が要因かは知らんが、とにかくその紋章はお前の意思に反応し、精霊石を介して無理矢理精霊の力をお前に流し込み、お前を精霊化させた。その際に精霊からお前への直接の繋がりが出来たのだ。だからと言ってそれで何で精霊がお気に召して、俺を精霊にしようとすんだ?―――非常に言いにくいが、『無理矢理』というのが不味かった。―――通常は何らかの形で『契約』を交し、何らかの『媒体』を通じて力を行使することでエルフや人間は精霊の恩恵を受けている。簡単に言えば合意の上で代わりを産みだして、そこから力をあげているのだ。エルフも人間も、使える力は決まっている。精霊からすれば痛くもかゆくもない。まあ、やたらに力を行使され迷惑がっていることも多々あるし、今の風の精霊の暴走も原因はそこにあるからな。しかし、お前の場合は前代未聞のことだった。え?何か俺はしちゃったの?―――お前はその媒体を通じてとはいえ、いきなり本体から力を頂いてしまった。―――俗っぽい事を言えば、今まで純潔を頑なに護っていた乙女を貴様が●●●してしまったのだ。……What?あんたらはなんばいいようとね?●●●?日本語っぽくすると●●?あ、やっぱ隠れる。これじゃ何のことかわかんねーじゃないか・・・でも、それじゃ逆に恨まれないか?―――さらにわかりやすく言えば、今のお前はその後『責任を取れ』と言われ異様に懐かれている状況だ。それ、なんて都合のいいエロゲ?―――貴様、大したものだな、精霊に●●●同然のことをした挙句、その精霊に責任を取って貴様自身も精霊になるように工作されるとは。●●●した精霊はヤンデレ風味でした、死にたい・・・ってどこの鬼畜最低主人公だ!それに俺は童貞だ!●●●した事実などない!―――まあ、その様な力を得た以上、認知しろということだ。さて話を戻すぞ。お前の意思を確認する意味。簡単な事だ。これより我々はお前と正式に契約を交わしたいという意味だからな。―――我々の声を聞けるものなどこれより先にいるか分からん。その間また忘れ去られることになるだろう。これは我々にとって存在を取り戻す好機なのだ。貴様と契約するのならば、な。―――正式な契約ならば、お前が精霊化するようなことはない。 ―――正式な契約ならば、我々はお前の望む限りで力を貸す。―――さあ、選べ、我が声届きし人間よ。我々の要望を受け入れるか。―――我々の名を世に放つか。答えてくれ。質問するけどいい?―――認めよう。寿命が縮まるとか、不幸になるとかのペナルティとかない?―――性質上弱点はある。しかしそれは相性での話。そのような難点は正式な契約上起きない。―――もし起きても、それはお前自身の性質だ。・・・何で俺はアンタらの声が聞こえるんだろうな。―――まず、お前のその紋章からは『虚無』の力が放たれていること。それで尚且つ精霊化という通常ありえない形になっていること。そしてこの地にはエルフ達によってすごく消費されている精霊の残骸が漂っており、我々の叫びが通りやすかったことがあげられる。―――すべては運命・・・というには陳腐だろうな。通常は虚無の力を先天的に宿している者でも限られた者だけが声を聞けたのだ。だから・・・貴様は特別だったんだよ、おそらくな。・・・いろんな奴のせいで特別になってしまった気がするが・・・ええい!また姿が変わるとかないよな!?―――その姿は四大が優先される。姿かたちは変わらんよ。ならば契約成立だ、忘れられた精霊達!―――賢明な判断だ。ならばこれより我らは貴様に手を貸す。我は石の精霊。土に近き虚無の精だ。―――私は古の精霊。火に近き虚無の精。お前の名を教えろ。俺は因幡達也。認めたくはないけど・・・ただの使い魔だ!名乗りを上げた瞬間、身体が熱くなる。だが、外見上は全く変わらない。時間はどれくらいたった?ずっとぼーっとしてた気がする。『達也くん?聞こえてる?もしもーし?』シンシアの声が耳に入る。目の前には俺を睨みつけるアリィーの姿。『達也くん、ここは耐久力と上がった攻撃力を活かして接近戦を・・・達也くん?』「ああ、アリィー、お前の言うとおりだ。俺一人じゃまたその水竜に蹂躙されちまうだろうな。しかもお前はこの辺の精霊と『お友達』ときたもんだ。大変だなこりゃ」「その通りだ。このあたりの精霊は僕が・・・何!?」アリィーが驚愕の表情を浮かべた。恐らくこのあたりの精霊を支配しているのが自分だけではないと分かったのだろう。エルフ達は虚無の力を悪魔の力とみなしている。その力は使わない。ならば残りの四大精霊の力のうちの土の力を俺に奪われたことに今、気付いたのだ。そして、今の俺は土の力だけでは成しえないことを行なう。一人では勝てない。そう思うが故の力。友が決闘の際に見せたあの『魔法』。ギーシュ、お前の戦い方、参考にさせてもらうぜ!俺は刃先に、地に意思を念じた。俺が今、地の精霊であるなら!俺に今、新しい力が宿っているというのなら!この大地が命が育まれる場だというのなら!俺はその命を利用してやる!体内の熱が喋る刀に集まるのを感じた。「教えてやるぜイケメン!友達ってのは、たまに裏切ることもあるんだぜ!」らしくもなく叫んで俺は刀を振った。『達也くん!?この力は・・・??』自分の目の前から続々と湧き出る土色の分身。傍目からは無数のゴーレムを呼び出したと錯覚するだろう。それだけなら、シンシアは俺に何をしたのかと言わなかったのかもしれない。「大地は全ての命の還る場所・・・無数の命が貴様の相手だ!アリィー!!」そう言い放った俺に、シンシアは呟くように言った。『まさかこのゴーレムたちの素体は・・・』「この大地に眠る死者たちの残骸・・・ぶっちゃけ遺骨さ。見ろよ、エルフがいる地にこんだけあったぜ」運河を埋め尽くさんとするような数の土の屍人形。しかし今は蘇ったばかりで少々動きが鈍い。アリィーはそんな存在を水竜とともに蹂躙していく。「おーおーせっかくの軍勢がゴミのように」『しかしこれは相手への精神ダメージが大きいわ。達也くん、時間差で作り出すことはできる?』「わかんねえけど・・・やれるかな」『ついでにできるようであれば、ゴーレムたちに命令を送ってみて』「あいよ」しかし戦いに関してはプロではない俺だ。やられるたびに避けさせたり、石の剣を持たせたり、遠距離攻撃をさせたりする工夫をしてみたが、どれも水竜に蹂躙されるだけだ。武器を変えてみても無駄か・・・『連携を取ってみたら?さっきも言ったけど時間差攻撃はやられる方はきついわ』「じゃあ、波状攻撃でもしてみるか」そういうわけで波状攻撃をしてみたが、アリィーも切れて俺に向けて攻撃してきた。しかしゴーレムを盾にすることで難を逃れた。明らかにアリィーはイラついている。「仕留め損なったか!」「頭を潰せばいいと思ったか?イケメンさんよ。焦ってんの?」『挑発としてはいいわよ』「黙れ!僕の優勢はまだ変わらない!」「ほう、まだ・・・ね?」『かかったわね。達也くん、今あのエルフはもしかしたら負けるんじゃと感じ始めてるわ。ココを逃すことは無くってよ』シンシアのアドバイスを聞き俺は、出来る限り嘲りを込めてアリィーを挑発した。「冷静になれば勝てる・・・エルフは人間より強いのにそんなこと考えてるのかい?」「!!!??・・・貴様ぁぁあ!!!」驚愕するアリィーの下でゴーレムたちに攻撃する水竜。ゴーレムたちは次々と吹き飛ばされ破壊されていく。『とはいえ、このままでは泥仕合ね』「あーあ・・・やっぱり一撃一撃の重さがなさすぎだなぁ・・・アリが象に攻撃してるようなもんだ」『そう、攻撃力が足りなすぎるわ』「時たまチクリと痛がるけど結局その程度だしな。正直気が遠くなりそうじゃねえかこれ」『小さくても攻撃してるのは変わらないわ。さあ達也くん、じゃあどうすればいいかお分かり?』無論、分かってるな?みたいに尋ねるシンシア。ここで分かんねえと言ったらただのアホだ。小さくて効果が薄いなら・・・大きくなればいい。「そういえばアリィー。俺は言ったよな?」「何?」「無数の命がお前の相手だってな。その言葉に嘘はない。今お前は無数の命を相手にして、その命をゴミのように蹂躙している。お前等が蹂躙した命は再び立ち上がり、どうにかしてお前等を打倒しようと今、頑張っている。何度も踏みつぶされ、消し飛ばされ、引き裂かれてもなお、立ち上がり、挑戦する。俺はコイツらの命を使っている。こいつらの挑戦を見守っている。だから負けるたび俺も考える」残骸と言えど命だ。散らされまくりは哀れであり、残骸元も報われまい。ならば一度ぐらい一矢を報いさせてやろうではないか。そのために考える。「こうすれば勝てるんじゃないか?こういうのをやってみたら?と考える。そして、伝える。アリィー、これが俺達の次の答えだ!」巨大なゴーレムたちがアリィーを取り囲む。「さっきまでがアリが象に攻撃しているような状況なら・・・こちらも象を連れてくればいい」『ま、70点ってところね』「え?」次の瞬間、二体のゴーレムが爆散した、ってええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?んなのアリか!?『相手はエルフよ。大きさの優位でも勝ち誇っちゃダメ。次の布石を打つべきよ』目の前で更にゴーレムが破壊される。血走った目で叫ぶアリィー。これがエルフの本気か。なら、手段は選んでおけない。俺は自分が乗っていた巨人サイズの土の屍人形に命令した。「思いっきりジャンプするぞ!」その瞬間、俺と屍は飛翔した。眼下ではゴーレムたちが全滅するのが見えた。「舐めるなぁぁぁぁぁぁあ!!!」叫ぶアリィーの姿。ごめん、ちょっとだけ舐めてた。俺はアリィーに内心謝り、刀の柄を握りしめた。そして竜の脳天を見据えて叫んだ。「俺以上に相手を・・・舐めていたのは・・・お前だよ!!」『振り下ろして!』シンシアが叫ぶと同時に竜の脳天に振り下ろされるゴーレムのハンマー。一瞬ながら長い時がたった気がする。水竜は白目をむき、ゆっくりと水面に崩れ落ちた。派手な水しぶきが立ち上がり、仰向けに水竜は運河に横たわる。ここに、勝敗は決した。俺は息を吐き出して心から言った。「すっげぇ。マジで勝っちまったよ」『言ったでしょう?エルフは根気がない奴が多いって』「でもまぁ、助かりました。ありがとう『シンシア』」『・・・どうも。私も久々にエルフに一泡吹かせることが出来て楽しかったわ。またね』「ああ、ニュングによろしく」巨人型屍人形から降りて、俺はシンシアに礼を言った。シンシアは消えて、俺の姿も元に戻った。後で見たのは駆け寄ってくるテファと真琴の姿であった。何か今日は凄い疲れた。俺はそう思いながら真琴たちに笑顔を向けるのだった。・・・と、ここまでは覚えてるのになぜかその後の記憶がない。何かいい思いをしそうになったのにできなかったような気がする。今、俺はどうなってるのかというと、運河を疾走中の小舟の上でテファの膝枕で横になってる・・・ようだ多分。多分って何故か?俺の視点からじゃ胸が邪魔で顔が見えんからだ。「タツヤ・・・頭は痛む?」「この声がどこから響くのかは俺には皆目見当がつかん」「お兄ちゃん・・・テファお姉ちゃんだよ、忘れちゃった?」「おお、真琴の姿は分かるが、テファの顔は見えんぞ」「相棒・・・お前さん、世の童貞どもから呪い殺されるような状況なんだぜ・・・」「デルフ、甘いな。かくいう俺も童貞でな。同族の呪いなど俺には効果がないのだ」「オメエの性事情なんて聞きたくなかったよ」「あら、貴方達ってそういう関係じゃなかったの?」意外そうな声で言うのはエルフの女性、ルクシャナである。「そういう関係に見られるのならば男にとって大変名誉だが、違うんだな。で、この舟って今どこに向かってんの?」「旧い友達のところよ」場所を聞いてもついてからのお楽しみとほざいたこの女は立場上、エルフの裏切者ではないのか?「ま、なんとかなるわよ。それに私、シャイターンの門に何があるのか興味でてきたし。これから先はほとんどノープランだけど、ま、仲良くやりましょ」あっけらかんに言うこの女を同行させて大丈夫なのだろうか?ひとまず一応の同盟成立という事だ。無下にはしないでおこう。俺との握手を終えるとルクシャナはテファの方を向いた。「あなた、いろいろ言われてきたと思うけど、私は貴女を羨ましく思うわ。蛮人との混血とかロマンチックじゃない」「そ、そう?」「ええ、エルフ達の非礼はお詫びするわ。でもほんと貴女の胸は凄いわね・・・蛮人の血が混ざるとこんなになちゃうわけ?」ルクシャナは目を細めると、テファの胸をはっしと掴み、ぐりぐりと捏ね回した。「ひう!あう!やめて!やめて!?」俺は即座に真琴の手を引いて恐らく初めて見るであろう生のイルカを指差した。「真琴、水族館のガラス越しじゃないホントのイルカだぞ~、凄いなぁ」「お兄ちゃん・・・テファお姉ちゃんが」「見てはいけません!あれはR15的映像なんだ!お前にはまだ早い!」「タツヤぁ~!助けてぇ~!!」「ほれ、相棒。嬢ちゃんを守るんじゃなかったのかよ」「アレは科学者特有の未知への探求心だ。人類及び生物の発展のために協力を惜しまない姿勢を俺は取っているんだ!」「だが、見たいだろ正直」「当たり前じゃぁ!!しかしここには年端もいかぬ娘もおるんや!ここで俺が欲望を解放したら示しがつかんのや~!!」「真琴ちゃん、お兄様はティファニア嬢を助けねばなりません。私達は邪魔しないようにイルカを鑑賞しましょう」「うん、オルちゃん先生」喋る杖が俺の退路を断ってしまった。俺はおそるおそる後ろを振り向く。ルクシャナはすでにテファの後方から胸を鷲掴みにしてこねくり回していた。「ひ・・・う・・・や、やめ・・・ゃぁ・・・ふぁぁ・・・」艶めかしい吐息と紅潮した頬。涙目で身をよじるテファの姿。見、見た!?見てしまった・・・!!?カ、カメラは!?カメラはないか!?携帯は・・・電池切れかクソっ!!?「た・・・・・・タツ・・・ヤぁ・・・たす・・・け・・・ひゃあん!?」身震いするテファを見て俺は言葉を失いそうになった。落ち着け因幡達也。テファは清純キャラだが実際の純潔はあの悪夢の学園での事件で散らしちまってる!つまりは経験済みの偽・清純キャラ!・・・・・・あれ?そっちの方がエロくねえ?っていうかテファって胸が性感帯なんだな、参考になるって何考えてんだ俺は!?「ルクシャナ!やめるんだ!」「何よ、私はただ、知的好奇心を・・・!」不満そうに言うルクシャナに俺は言った。「それは知的好奇心ではない!無い物ねだりによる嫉妬だ!!」「何ですって!?このもやもやした感情は知的好奇心ではなく嫉妬だというの!?」「その通りだ!俺は知っている!無い物ねだりをしてもはや女というカテゴリをぶち壊した哀れな女を!お前はそんなダークサイドに行ってはいけない!」「あ、貴方って人は・・・!ついさっき同盟をした私を案じるというの!?」「フッ・・・俺たちは共犯者だろ?」サムズアップした俺を見て、ルクシャナはテファの胸から手を放す。解放されたテファは俺のもとにすり寄って涙目で言った。「やっぱりわたしの胸っておかしいのかな・・・」そのデカさはおかしいと言いたいが、そう言ったら泣くので俺は答えた。「テファは魔性の女ってことさ」「ま、魔性?」「それほど魅力的ってことだよ。ま、自信持ちなって」「タツヤ・・・」あかん。また余計なフォローをしてしまった気がする。俺は潤んだ瞳で俺を見つめるテファから視線をそらすのだった。一方その頃、エルフの里に向かうガンジョ―ダ号では。「ふぁ・・・ふぁ・・・びゅえっくしょおおおおらあああ!」豪快すぎるくしゃみの後に何故か気合いを入れたルイズの姿があった。「うおっ!?汚いよルイズ!?」決戦に赴くために新調したマリコルヌのローブは哀れルイズの鼻水と唾まみれになった。「全く・・・風邪でもひいたの?」キュルケが呆れたようにルイズに言う。「んー、体調に不調なところはないのになぁ・・・」「誰かが噂をしてるんじゃないか?」レイナールが言うとルイズは目を輝かせて言った。「きっとマコトだわ!きっと『ルイズお姉ちゃん、さみしいよォ・・・』などと私を求める声が届いたに違いないわ!嗚呼、待っててねマコト!私はエルフを殲滅しても逢いに行くから!」「もはや手遅れね」「今に始まった事じゃないだろう・・・」「・・・そうね」キュルケとレイナールは頭を抑えた。タバサはレイナールの意見に同意し、ルイズの奇行を眺めている。ルイズの様子を見ながら、苦笑しつつギーシュが言った。「大方、タツヤが君の悪口を言ってるんじゃないか?」そう言った瞬間、ルイズの動きが止まった。「おのれぇぇぇタツヤ!!私のいないところで陰口とは何と器の小さな男に成り下がったの!?そんな貴方にマコトの教育は任せられないわ!次に姿を見たら私直々に息の根を止めてやる!覚悟することね!」胸も妹も気品もない妹を見て、姉であるエレオノールは涙が出そうになった。その近くではエルザが「馬鹿じゃない・・・」と呟いていた。その傍らに立っていたシエスタはただ一人祈っていた。「ティファニアさん、マコトちゃん・・・・・・タツヤさん・・・御無事で・・・無事でいて・・・」少女は祈っている。何処かで彼と繋がっているであろう、空に向かって。少女はただ、彼の無事を空で祈っていた。そして陸でも―――「タツヤさん・・・薄情とは分かっています・・・でも・・・せめて生きて帰って・・・」一度想い人を亡くした少女もまた、祈っていた。始祖ブリミルの像に。そしているかもわからない神様とやらに。一国の王女である彼女も祈るしかなかった。一人では戦えない。彼が、そう言っていたから。せめて、思いだけでも彼の力になりたい――――想いだけでも、届けたい。あなたは一人じゃない。ひとりになんかさせない。「首を洗って待ってなさい!タツヤ!!」天に向かって叫ぶ馬鹿な少女もまた、彼の無事を信じているのだ。「死ぬ事は容易に選択できないな。僕も、君も。なあ、タツヤ」どこかにいると信じている親友に向けて、ギーシュは笑みを浮かべて呟くのだった。(続く)