俺たちのロマリア行きは公式のものではない。よって、国から正式に飛行船などが借りれる筈もなく、至急来いと言われても困る。フネがないならいけなくても仕方がない。大体ロマリアは遠いのだ。至急といっても無理無理。「その筈なのに何故俺たちはフネに乗っているのでしょう?」「学院長が骨を折ってくれてね。学生旅行用のフネを貸してくれたのだよ」学生旅行用のフネといっても、無駄に無駄を積み重ねた改造の結果、無駄に性能がある訳の分からんフネである。オスマン氏が購入したフネにコルベールが弄繰り回した結果なのかと思えば、彼以外の何者かが関与したっぽい『武装』もある。表向きは学生旅行なので、引率者としてコルベールがこのフネに乗っている。「なあ、ギーシュ・・・このフネの名前って何だっけ?」「『ガンジョーダ』号」「・・・・・・どんなネーミングセンスだ」「何せ故障が一度もないと謳われてるからね。元々の名前は地味なものだったらしいけど、皆そう呼んでるし」無駄に性能があると先程述べたが、ではどの辺が性能が高いのかといえば・・・快速船で一週間かかる距離を二日で行く馬鹿っぷりといえば理解してもらえるだろうか?このような速さで飛行すれば普通のフネは何処かぶっ壊れるらしいが、何故かこのフネは平気らしい。正に頑丈にも程があるフネであるが、旅行用のフネに速さを追及してどうするのだ?船酔いを訴える者も後をたたない。ルイズなんか三途の川を渡りかけていた。『ウ、ウフフ・・・綺麗なお花畑・・・あれ?何故ウェールズさまがいらっしゃいますの?え、家庭菜園で御座いますの・・・?』我が親友よ。君は早く成仏するべき。何故三途の川近くでのんびりしまくっているのだ?本当はこのフネの上で、決起集会を行なう予定だったのだが、船酔い患者の多さに事務的な報告しか出来なかった。そりゃあ至急来いとは言われたけどさ・・・。護衛対象のルイズが船酔いで倒れてはいるが、もう一人の護衛対象ティファニアも少し疲れた様子で船室にいるはずである。テファのほうはレイナール達が護衛している。ルイズの方を俺とギーシュが護衛しているのだ。船室の個室を堂々と使えるのはこの二人のみである。他は相部屋とかばっかりである。厳正なるくじ引きの結果、俺の部屋はギーシュとゲスト二人と同じになった。ん?ゲスト?タバサとキュルケである。一体何処から嗅ぎつけて来たのか、俺たちの極秘任務に同行するとか言い出した。学生旅行に女子が二人しかいないのは色々可笑しいというのが彼女達の言い分だが、だったらモンモランシーを連れて来ればよかった!とギーシュがほざきやがったのでマリコルヌが大いに切れた。ところで厳正なるくじ引きだった筈なのだが、先にも報告したように、俺がいる部屋の割り振りに不正があるという疑いがかけられた。無論俺がそんな事をして何が得と言うわけでもないのだが、女子二人が都合よく一緒になり、都合よく俺とギーシュと同じの部屋になったのが気に入らないらしい。お前らな、修学旅行で男女同じ部屋になるというのはギャルゲーやらでは男の夢かもしれんが、実際なったら気まずすぎるんだぞ?お前らがどのような幻想を抱いているかは知らんが、俺としては男どもで集まって好きな女を言う事を罰ゲームにして何かしらのゲームをしたい。「タツヤ・・・旅行気分でどうするんだよ・・・」「ギーシュ、ロマリアの人を騙すためには心底旅行を楽しんでます的な空気を発散しなければならないのに、この惨状はなんだ?ルイズは船酔いでバケツと友達状態だし、ティファニアは悩ましい吐息を出して寝込んでいるとマリコルヌが報告していたし、キュルケも顔面蒼白だったじゃないか。タバサは風竜を使い魔にしてるだけあって平気そうだが・・・」「・・・何で君は平気なんだろうな?」「さあ?」俺のルーンの力の中に『重力耐性』というものがあるが、それはGに耐性が出来るだけであり、乗り物が揺れることなどによる酔いには耐性が上昇するということはない。元々俺は乗り物に強いほうなのかな。『おえっぷ』俺たちがいるのはルイズのいる船室の扉の前である。扉の中からルイズの乙女にあるまじき声が聞こえてくる。『タ、タツヤ・・・助けて・・・バケツを・・・バケツを交換して・・・』俺とギーシュはその願いを無視したかったが、フネ全体が酸っぱい匂いになるのは御免だったのでギーシュは新しいバケツを取りに行き、俺は船室に入った。「タ、タツヤ・・・私が死んだら姫様には『ルイズは立派に散りました』と伝えてほしいわ」「わかった。汚物まみれになりながらも最期まで船酔いと戦い事切れたと伝えよう」「話聞いてた?」「俺は事実になりそうなことを言ったまでだが」俺はハンカチでルイズの口元を拭い、水を飲ませた。弱っている人間に対しては俺はそこまで強くは出ません。精神的には弄りまくるが。「このフネの形状自体はそんなに変なところはないから、学生旅行ですって言ってもロマリア官史は特に何も言わないとは思うけど・・・蒸気とか風石とか組み合わせてこんな速さだから、内部構造を見られたらやばいわね」「その前にテファが危ないよな。確かロマリアじゃエルフはもとよりハーフエルフは異端も異端だろ?」「信仰心がそこそこ薄いトリステインでさえエルフを恐れるんだから、ロマリアならば相当よ?もしかしたら有無を言わずに・・・」「融通の利かない所のようだな、ロマリアって所は」「そんなものよ。宗教に縛られすぎの国ってものはね。そういう訳だから、剣とかは袋に詰めたほうが良いわよ。携帯しちゃいけない規則だから」成る程、郷に入っては郷に従いなさいということか。自分の常識が他の常識ではないから、他の場所に行く時はそっちの常識に合わせねばならない。それが出来ない奴が自分の常識を他に強制しようとするから面倒な揉め事が生まれるんだよ。ド・オルニエールをロマリアの神官達が見たらブチ切れるんじゃないのか?祭ってるのはブリミルじゃなくてミジャ●ジさまだし。まあ、実際動くのはそのブリミルじゃなくて俺たち生きてる人間だし、心の拠り所として神様を崇拝するのは良いかもしれないが、その神様が他人の神様とは限らんのだからな。まあ、八百万以上神様がいるよ~とかいう我が故郷も色んな宗教に喧嘩売っているのだが。「相棒、そんなに考え込む事はねえんだぜ?現代の神官はおそらくブリミルの事を何も知らねえから。俺のおぼろげな記憶では何でこんなに崇拝されてるんだよって程の野郎だったからな」この喋る剣はどうやらブリミルが生きていた時代に存在した年代ものの剣である。記憶は飛び飛びであるが、ブリミルの事は少し覚えているらしい。でも俺はブリミルの人となりには興味はない。ただ『虚無』魔法を使えた人であるとの認識である。大体始祖の祈祷書の注意書きすら隠してしまっているドジ男に何を期待しろと言うのか。「何事も先駆者ってのは過大評価されるってものなのさ」「どんだけ始祖ブリミルを軽んじた発言してんのよアンタ」そうだねルイズさん。一応毎日の食事は始祖ブリミルに感謝して食べてるモンねお前らの学院では。ちなみにド・オルエニールでは普通に『いただきます』だった。俺が広めるまでもなくいただきますが既に浸透していた。領民曰く、『ブリミルを祭ってみたはいいが、状況が良くなる事は全くなかったから』だそうである。そんな領民がよくあの神様を祭る事を許してくれたものだが、『豊穣の神っぽい』という理由で祭る事にした。何だそれ。さて、『ガンジョーダ』号は当初の予定通り二日でロマリア南部の港、チッタディラに到着した。チッタディラは大きな湖の隣に発達した城塞都市であり、フネを浮かべるのに何かと都合が良いということで湖がそのまま港になっている。岸辺から見えるいくつも伸びた桟橋には、様々なフネが横付けされていた。これだけ見るとただの港のようである。ガンジョーダ号は見た目は地味なタダのフネの為、特に注目はされなかった。「どう見ても学生旅行のご一行様だな」俺はデルフリンガーと村雨を袋に入れた状態でフネを降りる。この辺はまだいいが、都市に入れば武器などそのままで携帯してれば要らん揉め事になるらしい。そもそも入国の際にむき出しの武器を携帯して入れると考える方が可笑しかったんだよな。「あのフネは何で動いておるのだ?」「はい、主に風石ですが、万が一のため蒸気の力を利用して推進力とする予備の装置もございます」コルベールがメガネの官史に説明しているが、実際は蒸気がメインで風石はフネの航行速度を上げるためのものに過ぎない。コルベールの説明に官史は眉を少々顰めたが、主に使っているのが魔法なので何も言わなかった。彼らが説明している間、タバサがティファニアの帽子の下に隠れている長い耳を人間サイズの耳に変える魔法をかけていた。・・・それっていいのだろうか?まあ、入国許可証は本物だし揉めるのも嫌だしいいのか?いいよな?いいよね?よーし。さて、何事もなく順調にロマリアの都市にも辿りついた俺たちはこれからどうすれば良いのだろうか?大体アンリエッタはお忍びでこの国に来ているらしいから、俺たちはアンリエッタに呼ばれてきたんだと馬鹿正直に言っても門前払いである。このロマリアにいる神官たちは態度が尊大で妙に鼻につく。また、路地を見ればボロボロの格好をした子どもが座り込んでいたりする。そのような存在に目もくれずに、この都市の神官達は煌びやかな格好で街を闊歩している。「えー、それでは本当にロマリアの歴史について講義でもしましょうか?」コルベールが俺たちに向かってそんな冗談を言うほど事態は詰まっている。迎えぐらい寄越して欲しいし、それが出来なくても場所の指定ぐらいしろよ。とりあえず俺たちはまだ人がいないであろう酒場で休憩する事にした。酒場に客は神官風の人が一人いるだけだった。「さて、想像以上だね・・・」ギーシュがワインを飲みながらそう言う。ハルケギニア中の神官から理想郷扱いされているロマリアだが、その実情は先の戦争で流れ着いた難民や孤児達が貧困に喘ぎ、その隣を平然と神官達が通り過ぎているものであった。大した神の使いがいたものである。「トリステインの貴族も結構自尊心は高いが、ロマリアの神官達はそれ以上だな」「始祖ブリミルが没した場所を護っているという自負が増長した結果なのかもね」「大通り以外の衛生状態はあまり良くないみたいだ。トリスタニアにもああいう場所はあるけど此処はそれの比じゃないよ」各々、ロマリアに来ての感想を言い合っている。コルベールはそのような生徒の様子を静かに見守っている。宗教家が下手に権威を持てばこうなる・・・か。俺の世界の歴史上の人物に、その宗教の総本山のような場所を焼き討ちした偉人がいるが、確かあの人も坊主が政治に介入するなと言いたかったからだっけ?政に宗教概念を持ち出されても困るしな、確かに。「何か通りに騎士とか多くなかった?」「団体行動しててよかったな。個人行動してたら間違いなく職務質問されてたぞ」「何で僕を見るんだレイナール」レイナールとマリコルヌが一触即発であるが、どうでも良いことなので無視しておく。ルイズは紅茶を優雅に飲もうとしていたが、予想以上の熱さに舌を火傷して涙目である。何してんだお前は。キュルケも呆れてそんなルイズを見ていた。タバサは読書中である。テファは右隣に座って紅茶を啜っている。俺は酒場のメニューにあったフライドチキン(?)を齧りながら、俺たち以外の客であるフードを被った神官風の男を見ていた。室内でフードを被る必要があるのか?コルベール先生だって被り物ははずしているんだぞ!コルベールもそう思ったのか、険しい表情でそのフードの人物に声を掛けた。「先程から我々を尾行しているようでしたが、今度は先回りですか?」キラリと光るコルベールのメガネと頭が非常に格好良い。やはりカッコいい人というのは毛の多さは関係ないのだ。とはいえ尾行?全然気付かなかったけど。フードの人物は笑い声と共に立ち上がった。「流石と言うべきですか。ジャン・コルベール。気付いていないとは思ったのですが」フードの下から出てきた顔に俺は見覚えがあったが、えーと確かジュリオだったな。俺がアルビオンでルイズとなんちゃって結婚式をしたあとにこいつにルイズを預けて俺は七万に向かっていったんだっけ。そういえばロマリアの神官だったな。ジュリオは俺とルイズを見ると、にっこりと微笑んだ。ルイズはフルーツをモシャモシャ食べながら手をあげて挨拶する。「やあ、実に久しぶりだ。アルビオンで君を見送って以来だったな。折角歓迎のための余興を準備していたのに君たちと来たら普通に学生旅行を演じていたものだからその余興も無駄に終わってしまったよ。これからその後始末に骨を折ることになってしまう。どうしてくれるんだい?」「普通に出迎えると言う選択肢はない訳?」ルイズが呆れてジュリオに言う。ジュリオは肩を竦めながら言った。「まあ、此方としても外部から見たロマリア観を知ることが出来てよかったよ」「ところでお前は余興とか言っていたが何を仕込んでいたんだ?」俺はジュリオに聞いてみた。正直嫌な予感しかしなかったが、ネタ晴らしぐらいはしてもらっても良いだろう。「騎士や神官に聖下がかどわかされたと噂を流してね。反応を見ていた。そうすれば君たちのような存在は真っ先に疑われると思ったからね。だが君たちは僕の思惑を嘲笑うように完全に学生旅行ご一行様になっていた。本当にロマリアの名所で講義していたしね」これも一種の課外授業なのだから、授業をするのも当たり前と言っちゃあ当たり前だ。ただでさえ騎士団の面々は授業の進行が遅れているらしいから尚更現地で授業をしなければならない。俺は学院生徒じゃないので聞かなくても良いのだが、個人行動は慎むべきなので大人しくしていた。「これから君たちがすることになる任務は過酷だから、力だけでなく知恵も駆使しなければいけないと思ってこのような回りくどい事をしたんだが・・・」「運で乗り切ったというわけか」「いや、ある意味一番必要な要素ではあるけど・・・何か納得はいかないな・・・」ジュリオはつかつかとルイズとテファの元に向かい、優雅に一礼した。「お呼びだてしておきながら、非礼を働こうとした事をお許し下さい。このような場所でご挨拶をするとは思いませんでしたが」そのような気障な態度に騎士隊の連中は本能的に顔を顰めていた。こんな所とはなんだ。何気にメシは美味いんだぞ!見ろ!タバサなんか本を読みつつ口いっぱいにフライドチキンを頬張って・・・え?俺は自分の目の前にあった皿を見る。・・・皿は空である。フライドチキンを頼んだのは俺だけのはずだ。・・・・・・俺は目の前に座るタバサに声を掛けた。「美味しいか?フライドチキン」「ふぉてみょ(とても)」「やっぱりお前か!人の目の前にある食事を黙って取ってはいけないとお兄さん言ったでしょ!」「ふぉとぇみょほぉうぃしょうだっとぁ(とても美味しそうだった)」「そういう時は『食べて良い?』と事前に聞けよ」タバサはしばらく考えて口に頬張っていたフライドチキンの骨を一つ摘み、口から取り出した。唾液まみれの骨付きチキンを俺に向けて彼女は言った。「食べる?」「食うか!?すいませーん、フライドチキンもう一皿追加で」「いや、ほのぼの空気を出すのは良いがね君たち。これから我らが大聖堂に君たちを案内したいんだけど」「食事が先」タバサは明らかに俺のフライドチキンをまだ狙っていた。「いや、食事なら大聖堂にもありますから・・・」「すぐ向かう。急いで」「変わり身早っ!?」タバサの頭の中は主に食事と母親が中心となっているようだ。フライドチキンを待っている俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。しかし俺は意地でも動かん。貴様のせいで俺はフライドチキンを2つしか食えてないんだぞ!12個あったフライドチキンのうち10個がこいつの腹の中に!「お待たせいたしました。フライドチキンです」「いただきます」「ねえ、タツヤ、フライドチキン食べて良い?」「どうぞ」「わーい」ルイズはこうして一言断って食べるのである。何だかんだいってこいつはトリステインが誇る大貴族の三女であるのだ。タバサは王族の筈なのだが・・・?タバサは俺に何か訴えたそうに見つめてくる。「・・・・・・」「・・・・・・・・(もぐもぐ)」「・・・・・・・ううっ」「食べるか?」「うん」「うんじゃなくて早く案内したいんだが・・・あ、ついでに僕にも一個くれない?」その後、何故か酒場はフライドチキンの臭いが充満するのだった。大聖堂はどうしたお前ら。(続く)