野郎の裸を見て汚らわしいと言うのならば温泉旅行など行けはしない。俺はそこまで潔癖ではないが、中年男性と自分の分身の全裸を直視するのは些か微妙な気分である。大体なぜ分身は俺の分身のはずなのに微かに違うんだ?性格は俺よりは好青年タイプなのは知ってるが、まさか肉体的にも違うとは。「な、何だよ・・・自分の分身の裸をまじまじと見てさ・・・」分身は引いたように俺に言う。俺は肩を竦めて言った。「お前の分身も引き籠ってるな」「違う!これは引き籠ってるのではなく、人より股間の皮が余った結果だ!?」分身の分身は本体の俺とは違う分身であった。『はい、それでは私の歌に合わせて踊りましょうか』「何のお遊戯会だよ」歌姫(笑)は分身の裸など目もくれずに胡散臭い笑顔で手を叩いた。とりあえず踊ることは決定しているのだが曲目は俺も分からん。俺でさえそうなのだから先生や分身も困り果てた顔で言った。「踊れと言われてもね・・・私は研究の毎日で舞踏は苦手だし・・・」「曲調も分からなければ踊りようがないぞ?」舞踏会に使われるような音楽は俺の携帯電話には入っていないはずである。しかし歌姫(笑)はちっちっちと舌を鳴らして言った。『曲を聞いて踊りを考えるなんてナンセンスですよ二人とも。どの様な曲が流れても悠然と自然に身体が動く・・・その動きこそが精霊の心を動かす踊りとなるのです』要はこの歌姫は、考えず、感じたまま踊れと言いたいらしい。お前はどこのアクションスターのような事を言うのかと突っ込みたくて仕方がない。しかし自然な踊りが精霊の興味を引くという考えは案外悪くないのかもしれないな。『お二人の踊りが上手くいき、更に私の放つ音楽との相乗効果によって精霊さんの興味を生みだせば最高です。さらに私の歌う姿にムラっときた達也君が襲いかかってくればベストです』「先生、分身。適度に頑張ってください」『ダメです!?適度だと達也君がムラムラしません!』「というか見なきゃいいんだな」『見て!?私の晴れ姿を見て!?』「我々としては見ては欲しくないな・・・」そもそも俺の興味を引きまくってどうするのだ。この馬鹿歌姫は趣旨を既に間違っている。とにかく不恰好でもいいから感じたままに踊ればいいのだ。ダメならダメでまた考えればいいのだから。『それじゃあ音楽流しまーす』そう言って歌姫(変態)は鼻歌でメロディを流し始めた。……コルベールは神妙な面持ちで音楽に聞き入ろうとしていたが俺と分身はその音楽が何なのか初めですぐに分かった。そして歌姫(痴女)はおもむろに口を開いた。『ふぇにーすもーんじゃー♪』「舞踊どころか殴り合い推奨音楽じゃねえか!?」分身がこんなので踊れるかと言いたげに抗議したその時だった。突如コルベールが分身に対し、右の拳を突き出した。「!?」分身はかろうじてそれをかわして後ずさる。いきなり何をすると言いたそうにコルベールを見て彼の表情が固まった。俺がコルベールの方を見ると、彼はボクサーのようなファイティングボーズをとり、ターン、ターンと独自のステップでリズムを取りながらゆっくりと分身に接近していた。その目はすでに狩人、悪魔の如き冷徹な目で分身を射抜いていた。俺も思わず身の毛がよだつような感覚だったが何せコルベールは全裸、ステップを取りフットワークを見せるたび彼のアレもフットワークを取っているのを見てしまい笑いをこらえるのに必死だった。「シッ!!」「どわっ!?」ニ撃で死亡する分身にとってはこの状況は凄まじく不味い。どうやらあの曲の効果は対象人物をボクサーとして戦わせる効果があるようだが、分身はあくまで分身で人物とは見なされなかったからコルベールだけがボクサーになってしまったのか!?……ちょい待て。何故ボクサーなんだよ!?「おい馬鹿、何でここで全裸ボクシングを推奨する音楽を流してんだ!?」『達也君、考えてみてもください。優れた拳闘者の戦いはまるで舞踊の如き華麗さ。そう!戦いとは時には自然な舞踊の形になるのです!』「ヒットマンスタイルの踊り子なんて見たくもねえよ!?」『興味深い趣向だが、もう一方の戦いは華麗とは言えんな』ファフニールの言うとおり、分身は丸裸で逃げ惑うばかりで全然華麗ではない。いくら分身とはいえ第三者視点で自分の情けない姿を見るのは何か腹立つ気分である。「おい、分身!逃げてばかりじゃなくてお前も攻撃しろ!」「無茶言うな!?ニ撃で死亡だぞ!?」「介錯で死ぬのと殴打で死亡とどっちがいい?」「死に方を選びたくはねえ!?と言うか死ぬのを前提に聞くな!?」「ならば戦え!それが大地の精霊を震わす踊りとなる!」「…くそぉ!!」分身がこの先生き残るにはボクサーと化した先生に対してニ撃を貰わず戦い抜かねばならない。ガードすら許されぬボクシング対決はまさにムリゲー状態だが先生はプロボクサーではない。…まあ元軍属なので些か徒手空拳の経験もあるだろうが俺たちは現在進行形で鍛えているのだ。俺の分身ならばその経験を活かし活路を見出すべき。「考えてみろよ分身!先生はどうやらボクサータイプの戦いをしてる!」「そ、それが如何したってんだよ!?おわわ!?」先生のジャブから逃げるように飛び退く分身。洞穴に流れる音楽は確かにボクシングが題材の映画に流れる曲である。実際あの歌姫(外道)もそれを承知でこの選曲だろう。だがその音楽の効果はコルベールだけに適用され、分身には適用外である。こうなるとあのテーマはコルベールの応援ソングのようにも聞こえてしまうのだがここは応援適用外の分身を応援してやろう。「だが分身!お前までボクシングをする必要はない!」俺はそう言って喋る鞘を分身に放り投げた。『ちょっと待て何すんだ相棒!?』この鞘め、完全に傍観しようとしてやがった。だがここからは気を抜いては分身の命にかかわる。村雨だと先生を万が一斬殺するかもしれないからここは鞘で何とか。分身は喋る鞘を受け取り、コルベールに対して構えた。コルベールがバックステップし、一呼吸置く。分身の全身は冷や汗で輝いているように見える。「フッ!」コルベールが息を一瞬吐いたような音を出すと分身の懐に潜り込もうと身を屈ませ接近してきた。『来るぞ!』「分かってる!」右脇腹を狙った拳を鞘で受ける分身。だがそうなるともう一方ががら空きになってしまう。コルベールはさらに踏み込みを強くして右拳を分身のこめかみ狙いで繰り出した。「させるかァ!!」分身は気合を入れるように叫んでその右拳を更に身を屈ませることによって回避しようとした。その目論見通り右拳は空を切った。「やった・・・!」分身が思わずそう言ったその時だった。俺はほっとしたような表情の分身に叫んだ。「下だ馬鹿!」そう言った瞬間、コルベールの振り上げられた左拳が分身の顎を直撃した。衝撃からか、分身は限界までと言っても良いほど天を見る格好となっていた。だがまだ一撃、セーフである。しかし相手はボクサーになりきった元軍人。敵が立つ限り仕留めにかかるのがルールである。コルベールは分身の胸部目掛けて右拳を放とうと踏み込んだ。『ふぇにーすもーんじゃー♪』いやお前黙れ!?お前の選曲でこうなってるんだよ!?「死ぬかァァァァァァッ!!!!」分身はその目を血走らせ咆哮し、鞘を思い切り振りおろした。その気迫に押されたのかコルベールは拳を引込め、分身と距離を取った。一方分身は鞘を駆使して攻めに転じた。昔の戦闘経験からか、コルベールはその一撃一撃を躱し、捌き、防いでいく。『ほう…漸くそれらしくなってきたな』ファフニールは感心したように呟いた。若干切れて遠慮がない分身とトランス状態のコルベールの異種格闘戦は言われてみれば何かの舞踊のように流れるような動きをしていた。ぎこちなさは微塵もそこにはなく、死なないように必死で戦う分身と数々の戦闘経験から生まれる戦いをするコルベールがなかなか噛み合ってる。っていうか鞘振り回す相手に拳一つで戦ってるコルベールは魔法使いなんですが?男だったら拳一つで勝負せんかいと言った奴は戦いで投石してたし、勝負は臨機応変にスタイルを変えるべきと思うのだが、さすがに男らしい戦い方を先生はしていると言わざるを得ない。『やい、相棒の分身野郎!死にたくねえならもっと機敏に動け!相手の挙動をよく見て先も考えろ!自分の出来ることを見極めて判断して動け!そして攻めるときは迷うな!』「俺は・・・俺は死に要員なんかじゃない!俺だってやれるんだァ!!」血を吐くような叫びの後、猛然とコルベールに襲い掛かる全裸の分身。いや~戦いだけ見てるとすごいシリアスなんだけど全裸なのが実に惜しいね。でも宴は無礼講だから仕方ないな。「俺は・・・俺は死なない!!」「!!」分身の鞘の一撃がコルベールの防御を弾き、決定的な隙が出来た。「喰らえ!!哀と怒りと悲しみのぉぉぉぉ!!!」喜怒哀楽の哀だけ強い分身のようである。「メェェェェェェーーーーーーンンッ!!!」コルベールの汗で光る頭部に打ち込まんとする分身。その光る頭部に鞘が吸い込まれていくのがやけにスローに感じた。そしてそのスローとも思えた一瞬の時にトランス状態のコルベールは驚くべき行動に出た。彼は両方の拳を握ったままその鞘を両側から受け止めたのだ。簡単に言えばグーでやる真剣白刃取りか。・・・って何ィィ!?「鞘を止めた所でェ!!」そう、鞘を両手で止めればその他ががら空きになる。だから分身は空いた腹部に蹴りを入れようと目論んだが、コルベールはそれを膝で受けようという姿勢を見せた。「ちッ!!」分身が飛び退いたその時、トランス状態だったコルベールが初めて口を開いた。「何人たりとも・・・」「・・・?」「私の頭皮と毛根を傷つけんとする者は・・・許さん・・・許さんぞぉぉああああああ!!!」その時、コルベールの拳から炎が噴きあがって行くのが見えた。「私の拳が怒りの炎で真っ赤に燃えていく・・・!頭皮を守れと轟き叫ぶ!!」そこにいるのは分身を確実に仕留めに掛からんとする修羅が一人。絶対的死の運命が目前にあるにも関わらず、今の分身の表情はどうだ?不敵な笑みを浮かべているじゃないか。「先生、貴方の拳が怒りで真っ赤に燃えるならば、俺の掌にあるこの鞘は生きるための執念を纏い輝き叫びます!俺は!生きます!」コルベールが纏う炎が魔法のそれだと確信したのか、分身は喋る鞘を構えて表情を引き締める。ボクシング対剣術の異種格闘技戦は互いの気力勝負となりそう・・・なのだが、何で全裸やねん。『ふぇにーすもーんじゃー♪♪』歌姫(馬鹿)は未だノリノリで鼻歌中である。…天照大神を大岩から出すときはちゃんとした裸踊りだったが、これただ戦ってるだけだよね?何かフォローが必要なのかもしれない。正直分身死ぬだろうからな。「聴こえるだろう大地の精霊!この二人は世界を終わらせないために戦ってる!それに比べお前は何だ?最低限の仕事をしてるから引き籠ってても問題ないと?」『小僧・・・』「一つ言ってやる大地の精霊。最低限の仕事しかしない奴はその程度の評価されない。つまり今のアンタに感謝する生物は明らかに水の精霊より少ないのだ!水の精霊はこの様な状況で世界を終わらせまいとの考えは持ってるんだからな。星の精霊ならば今こそアンタも働くべきなんじゃないのかよ!」俺がそう叫ぶと、岩の向こうから響くように声が聞こえてきた。『別に感謝されるために大地に恵みを与えているわけではない。そこで行っている茶番で我を引き出そうとするのは辞めて立ち去れ・・・』『ですが大地の精霊よ。この小僧は水の精に認められし者です』『人間に風の精霊を如何にか出来る?世迷い事ではないか。この星が滅ぶならばそれが星の運命、我ら精霊達の寿命だという事だろう』「ちゃんと動けば生きれるかもしれない可能性を座して取り逃がすのかよアンタは」それは今戦っている俺の分身の否定である。それは今まで戦ってきた俺や仲間たちを否定する言葉である。『いずれ星は寿命を迎える・・・それは生物の摂理だ』「だが、それは今じゃねえんじゃないのか?」『・・・何故貴様はそこまでこの世界を延命させたいのだ?我には分かる。貴様はこの世界と違う理の世界に生きる者。この世界がどうなろうとも貴様には関係はあるまい?』「この世界が嫌いじゃないからだよ大地の精霊。理由はそれだけで十分だぜ引き籠り!」『理解が出来ないな・・・』「他人の考えてることなんざ分からんよ!俺たちはそいつじゃないんだからな、でもお前さんの今の姿勢は理解したぜ俺は」『何・・・?』俺は村雨をに手をかけ、大岩に近づいた。背後で気を溜めている二人は無視して俺は大岩の前に来た。「自ら部屋から出ないってなら、部屋から引きずり出すまでだ!」そして一気に村雨を引き抜いた。生物でもない無機質な大岩は俺の居合によって亀裂が入った。即座に俺は村雨を戻し、次々と居合を繰り出した。生物には全くダメージのない居合だが、生物以外なら斬れる。洞穴の温度が上がっていくのを感じた。背後のコルベールの体が手を中心に真っ赤に輝いている。対する分身は目を閉じ鞘を構えて清水の如き静けさを保っていた。「たまには・・・」俺はようやく動くのをやめて村雨を軽く振って後ろを向いて分身の方へ歩いて行き、集中しまくってる分身を忍び足を使ってばれない様にこっそりと背後に大岩が来るように移動させた。「外の空気を吸うことも・・・」俺が後退したと同時にコルベールは分身に向けて駆けだす。分身の鞘を握る手が一瞬動く。「健康には」俺の前にコルベールの後ろ姿が重なった瞬間、俺の背後にはガタイの良いスマイルが眩しい良い男が現れた。「いいぜ!」その瞬間いい男は俺に向かって思い切り飛び蹴りをブチかました。久々の分身移動であるが、分身の後ろには大きな岩があるので必然的に正面に突っ込むことになる。しかしその正面にはトランス状態のコルベール。そうなるとどうなるか?簡単だ。俺はコルベールごと分身の方へ移動するのである。そして分身の背後には居合によって亀裂まみれになったいかにも崩れそうな大岩。フフフ…完璧だ。これであの大岩は破壊できる!しかしこの時俺は失念していた。そしてすぐに思い出した。コルベールたちは今裸であったことを!そして今俺は先生のケツに頭がジャストミートしそうな態勢で蹴られて飛んだ。ま、不味い!このままでは景観的にマニアックな状態に陥ってしまう!「先生、すみません!」俺はとっさに手を突き出し、自らの顔を守った。そして先生にぶつかった衝撃の直後、分身と思われる者の声が聞こえた。「ちょ!?う、うおあああああああああああ!!!??」「ぐあああああああああ!???」アレ?悲鳴が二つ?まあいいや。そう思った瞬間、何かが崩れるような音がした。『崩れた!?』ファフニールの声がする。良かった、大岩は崩れたのか?『達也君!?』謎の歌姫(笑)の声も聞こえる。衝撃からすればどうやら俺たちは向こう側についたようだ。小石とかが目に入らないように瞑っていた目を俺は開けた。そこには白目をむきそうになっていた分身がまず目に入った。「漸く決まると思われた矢先に…何してくれんのお前…」その目は何故戦いに横槍を入れたのだと言いたげな目だった。いやお前そりゃ決まってるだろう。「前振りのくせにして長すぎると思う」「身も蓋も・・・な・・・い」そう言って分身は消えた。それと同時に砂煙も晴れて次に俺が見たのはコルベールの菊門に刺さった自分の手だった。・・・!!!??正確には俺の両手の中指と人差し指が突き刺さっている。俺は急いでその指を引き抜かんとしたらコルベールから静止の声がかかった。「や、やめた方がいい・・・タツヤ君・・・」「先生!?どういう事ですか!?まさかそっち方面に開眼したんですか!?」「違う!?私の性的嗜好はあくまで普通だ!?違うんだタツヤ君・・・その指を抜いたら・・・」「・・・先生まさか便意を催してたんじゃ」「それも違う・・・違うんだ」「じゃあ、何がいけないんですか!?」「私は・・・イボ痔なんだ」「・・・・・・・・・ふん!」俺は意を決して指を引き抜いたと同時にコルベールから離れた。その瞬間彼の臀部から血が噴き出した。痔って怖いね。コルベールは身体を暫く痙攣させたあとぐったりとしてしまった。多分死んでないんで大丈夫だろう。『大地の精霊よ・・・彼が水の精霊に認められし精霊石を持った人間です』ファフニールがそう言うのに気付いて俺は顔を上げた。そこに居たのは全身土気色、手足が岩石っぽい材質で身体に少し罅が見える明らかに人間とは思えない少女がいた。『ぐぬぬ・・・まさか我の特製の大岩を破壊するとは・・・!』土色少女は悔しそうに身体を震わせている。そうすると軽い地震が起きる。何コイツ。『大地の精霊なのだから洞穴に引き籠っても問題はないはずなのに何故悪いように言われねばならんのだ!ファフニール、そうだろう?』『今は非常時なのですから。水の精霊はきちんと働いてるではないですか』『あやつは糞真面目だし奉仕精神溢れすぎだから特殊なんだ!風の精霊は暴れてるし、火の精霊は気ままではないか!だったら我もこうしてここに籠ってのんびりしたい!』『だから非常時にそれはダメなんですって!?』思った以上に大地の精霊はニート目指して邁進していたようだ。籠るのは勝手だが今は用件を済ますため出てきてもらった。「話してるところ悪いんですが、精霊石をください」とっとと終わらせてとっとと帰りたい。俺の本心はこれで占められていた。だが互いに早く終わらせたいはずなのに、この引き籠り脱出を果たした大地の精霊は言った。『我ののんびり生活を邪魔した貴様なんぞにやるかバーカ!』土色の舌なぞ出して可愛らしくしたつもりだろうが非常にムカつく。ファフニールもイラっとしてるのか口元から火が漏れてる。『大地の精霊よ、それはないだろう』『我の倦怠生活を邪魔した無礼者に力を貸したくないだろうファフニール?』『いえ、力を貸しても構わんと判断します』『ちょっと!?裏切るのかファフニール!?』『小僧、精霊石を出して貰おう』「いいよ」俺が精霊石を出すとファフニールは続けて言った。大地の精霊は焦ったようにファフニールを見上げた。『小僧、それを大地の精霊に向けて掲げよ』「こうか?」『ファフニール・・・貴様ぁ!?』俺が精霊石を大地の精霊にかざした瞬間、精霊石が輝きだした。青色の光は徐々に形を作って行き、やがて青白い人型の形となった。『大地の精霊よ・・・私の声が聞こえるか?』それは水の精霊の声だった。『げェっ!!?水の精霊!?』「どういう事だ?こんな力があるなんて言ってないだろ」『精霊石は我が身体の一部。この精霊石と共に私はお前と共にある。お前が知らなかっただけでこうして姿を作って話すことも可能なのだよ』そういう機能があるなら初めに言え!?『お前の能力で解析していれば話し相手くらいになれることぐらい可能だったろうにお前は私の予想外の効果を発現させたではないか』エルザとの戦いの時か。というか話せるならあの時助言位しろよ。『お前が話しかけんから私も口出しはしなかった』普通にそう返され反論ができません。水の精霊は大地の精霊に諭すように言った。『大地の精霊よ、この非常時に怠けは私が許さぬ。否が応でも力を貸してもらおう』『ぐぬぬぬ・・・!風の精霊が暴れてるからという理由が不味かった』この精霊、マジで怠けてただけかよ。俺の肩に乗るハピネスも呆れ顔である。大地の精霊はしぶしぶ身体を震わせ、やや悩ましい声を漏らして精霊石を出した。何か黄色い精霊石だな。えっと、水がサファイアだったから・・・。『それが我が認めし証となる精霊石《地精のトパーズ》だ。別にルビーでも良かったけど地のルビーはお前たちが既に作ってるからそれに配慮したわけじゃないんだからね!』「・・・地精のルビーでも良かったんじゃないか?」『配慮を考慮しろ!?』「まあ、貰うけど本当にいいのかな」俺がそういうとファフニールが言った。『良いだろう。手段はどうあれ貴様は大地の精霊を引きずり出した。それで合格と思えば良い』「そうか、なら喜んでおこうか」俺はそう言うととりあえず新しい何かを入手した時に言っておきたかった言葉を言った。「大地の精霊石、ゲットだぜ!」「ぴっぴぃぴぃ♪」何となくなのかハピネスも喜んでいる。だがしかしやはりハーピーじゃ何だかしっくりこないな。やったらやったですげえ恥ずかしい。・・・ところで尻から血を出してる先生はどうしよう?紫電改まで連れて行くのは酷かもしれない。「あのさ、ファフニール」『なんだ?』「・・・先生運んでくれないか?あの人火の魔法使うし、火つながりってことで」『・・・・・・あの舞踊に免じて応じよう』何故こいつがあの戦いとしか思えない茶番にいたく心を揺さぶられてるのかは全くわからんが、とにかく火燐草も大地の精霊石も入手したことだし、用事はすべて済ませた。帰ろう帰ろう。こうして俺たちは火竜山脈を後にした。コルベールが気絶してるため紫電改は俺が乗りコルベールは衣服を着用させテンマちゃんに乗せた。その途中でさすがに目覚め運転を交代したのだがテンマちゃんの身体が血で汚れていた為帰りが行きより一日長くなってしまうようだ。そのテンマちゃんの汚れを落とすために立ち寄った町でコルベールは薬を調合してくれる店に立ち寄り毛生え薬を作ったようだ。「塗り薬とかじゃなくて粉薬で飲むものなんですね」「ああ、これでこの頭とお別れだと思うと感情的になるよ」「そうですね」これで授業中のコルベール仮装大会を見れなくなるのは寂しいがこのために苦労したんだものな。コルベールは宿で就寝前に薬を服用し、俺より先に眠りについた。起きたら新しい自分か・・・毛生え薬かあ・・・俺も世話になっちまうのかな。俺はその後厩に行き、テンマちゃんとハピネスと戯れた後再び宿に戻った。野郎と相部屋など憂鬱だがまあ費用節約のためだ、仕方ない。そう思いながら俺は部屋の扉を開け、ベッドに入りすぐに眠りにつこうとした。だが予感というものがあるのかふと先生の眠るベッドを見ると、毛布の間から『何か』が出ていた。それは徐々に伸びていくように見えた。まさか先生、あの薬は超強力な毛生え薬なのか?何か嬉しくなって部屋の明かりをつけた。「え?」明かりをつけて見えたのはコルベールの禿げ上がった頭部だった。ちょっと待て、じゃあ今伸びてるのは・・・?部屋の床まで達さんとするのはまさしく長すぎだが毛のようだ。・・・ちょっと待て、毛生え薬って、何処の毛が生えてんだ?俺は思わず息を呑み、一気にコルベールのベッドの毛布を剥ぎ取った。「!!?こ・・・これは!?」俺が見た光景、それはコルベールの下腹部、局部あたりの衣服が物凄くこんもりとしていた。そしてその隙間からするする伸びる黒い毛。「せ、先生!?」俺はコルベールを思わず起こした。コルベールは俺の様子からただ事ではないと思ったのか飛び起きた。だが、すぐに違和感に気付いた。「何だ・・・これは?」「先生の・・・毛です・・・っ!」「何!?」すぐに頭部に触れるがそこに毛はない。顎を確かめる。ない。胸を確かめる。少な目。腕は・・・ない。脛?ここが元凶ではない・・・。俺たちの顔は今物凄く青い事だろう。コルベールは恐る恐る自らの息子の安否を確認した。「・・・そんな・・・見えないだと・・・」コルベールがもっとよく見ようと衣服を広げたその時、ビリッという音と共に大玉転がしの大玉の様な塊になった毛が飛び出してきた。毛生え薬は毛生え薬でも上じゃなくて下の毛育毛すんのかよ!?っていうか育毛半端ねえ!?火燐草から作る毛生え薬は危険すぎる!?コルベールの表情は燃え尽きたように青さを通り越し真っ白だった。真っ白になったコルベールとは対照的に黒々とした毛はすでにベッドを埋め尽くさんとしていた。俺は合掌後、愛する我が仲間がいる厩で一夜を明かす事にするのだった。その時一瞬、宿屋の方から、「おのれ学院長ぉぉぉぉぉぉ!!!貴方のせいで私の希望が破壊されてしまったぁぁぁぁ!!」などと聞こえてきた。……世の中には恨みを買う悪い学院長もいるんだなぁ。怖い怖い。俺は肩を竦め、厩でテンマちゃんたちと一緒に眠るのだった。(続く)