俺もこの世界に来て少し時間が経ちすぎたのだろうか?トリステイン魔法学院に来て何故か俺は『帰ってきた』などという事を思ってしまった。俺がこの魔法学院に戻ってもギーシュ達のような歓迎などはされまい。一般的な貴族のボンボンから見れば俺はあくまで平民から成り上がった存在でしかないのだ。「魔法学院は今日も平常運行ってわけか」「何よタツヤ?盛大な宴でもあると思っていたの?」ルイズがニヤニヤしながら俺に言う。この野郎め、自分は聖女などと言われてるから歓迎されてるからって俺に対して優越感を覚えてると言うのか。「まあ、平常運行なだけでもいいほうじゃない?アンタの今の立場はここの学院生徒にとっては羨望を覚える方が少ないはずよ」・・・それはつまり俺の現在の待遇に嫉妬した若き貴族の坊ちゃん嬢ちゃんから非道な虐めを受ける可能性が大という事か?出る杭は打たれると言うがそれはこの世界でも通用するという訳だ。「やはり上履きを便所に捨てられるという仕打ちを受けるのだろうか?」「微妙に低レベルな仕打ちね」「タツヤは見た目が大した事がなさそうだしね」ギーシュが何気に傷つく事を笑いながら言う。人間やはり見た目が大事なのだろうか?見た目で人間を判断してたら何時か痛い目を見るとはよく言ったものだ。残念ながら俺は苛められて快感を覚えるような性癖の持ち主ではない。別に俺はマゾヒストの方を批判しているのではない。性癖は人それぞれだからいいんじゃないの?そうは言うのだが限度というものはあります。その限度をブッちぎってるのが残念ながらこの場には二人か三人はいる。ルイズとかシエスタとかマリコルヌとかルイズとかシエスタとかルイズとか。「・・・もしそのような事を考えている輩がいたら考え直したほうがいいな」「随分と自信満々じゃない、タツヤ」キュルケが頼もしそうに俺を見ていた。反面、ルイズは胡散臭そうな表情で俺に言った。「その自信は一体何処から来るのよ?」「もし俺に手を出せば確実に怪我をすることになるだろうな」「それでこそ私の雇い主ね、ウフフ」「た、タツヤさんに最初に雇われたのは私です!?でもタツヤさん、あまりそういう事をしたら・・・」「ああ、そうだよな。そういう事をしたら痛いから気をつけるよ」心配そうな表情のシエスタと何だか誇らしげなエルザに俺は言った。「怪我するのは俺だしな」「アンタかよ!?」「一瞬君を頼もしく思った僕らの気持ちを返せ!?」ルイズとギーシュが非難声明を俺にぶつけるが俺に返り討ちを期待するなよ。大体俺は喧嘩とか好きな人種じゃないのよね。自らに降りかかる虐めは無視するタイプなのですよ。この世界では耐え忍ぶという行為は駄目なのだろうか?ルイズもかつて苛められていた頃もあったが彼女は嫌味で返してたしな。「お前さんたちが俺に対してある程度の信頼を置いてくれるのは嬉しいよ?だがな、あまり信頼されても困るわー」俺は全知全能の神様じゃないのであまり頼られても困る。それでも彼なら何とかしてくれると言われるような男ではないと自己分析できる。俺だけで何とかするんじゃなくて皆で何とかして欲しい。サウスゴータの戦いはあくまで例外中の例外なのだ。水の精霊に頼まれた世界を救ったりどうしたりするのも俺は皆を巻き込む気満々なのだ。この世界はルイズたちの世界だ。彼女達の世界の危機は俺が頑張って救うことはない。「謙遜しているようには思えないわね」「だって謙遜してないもん」日本人は謙遜を美とする傾向が強いが、人間は素直が一番である。向上心を持って『まだまだ』と言うのと謙遜して『まだまだ』と言うのは意味合いが違う。謙遜しすぎる人間は逆に自分の価値を貶めてるという事もあるのだ。適度に謙遜、適度に自重、たまに自己主張。コレこそ世の中を上手く渡る為の術だと思った時期が俺にもありました。俺の回りにいる輩は自己主張も激しいし自重も不足気味で謙遜は垂れ流すものみたいな考えが多い気がするのはなんでだろうね?この世界では事なかれ主義は通用しない。それは平和に守られた俺の世界でも眉を顰められるような主義主張なのだ。戦争やファンタジーに塗れた世界でそんな平和主義を貫けるほど俺は楽観主義じゃない。この世界に第9条なんぞ存在しない。平和の為に武器も魔法も捨てろなんて言ったら恐らく可哀想な人扱いだろうな。自己の身を守るため俺は剣や刀を手にしてきたし、使えるものは何でも使った。徒手空拳で敵を制することなど俺には不可能である。指先一つでダウン的な芸当は俺にはできません。「歓迎されないからって拗ねちゃ駄目よタツヤ」キュルケが笑いながらそんな事を言う。どうやら俺は皆に誉めてもらいたいのだと思っているかのような言い振りだが誉めて伸びる子かもしれないじゃないか!まあ姫様直々にお褒めを頂いた身分で何を言っているかといわれればそれまでだが。「小者臭がするねぇ・・・。ねぇ、タツヤ。君の意見を聞きたいのだけれどいいかな?」マリコルヌが何気に失礼な発言をしたのが気になったのが質問には答えよう。「なんだよ?ルイズのパンツの色は主に黒中心だぞ」「サラッと人の下着の嗜好を暴露してんじゃないわよ!?」「というか僕の質問内容を全てそっち方向に考えないでくれ!?」「むむむ」「むむむじゃないわよ!?」「はぁ・・・全く君は・・・。時々分からなくなるんだが何故君が男爵になれただろうね?」「マリコルヌ、出世とは運とコネが大事だぞ」「コネかぁ・・・!コネが大事なのかぁ・・・!!」そもそも俺が騎士になったのはルイズの母であるカリーヌの画策のせいである。あの人の考える事はよく分からんがとりあえず気には入られているらしい。ルイズが主でなければここまでの出世はない。ルイズが主でなければ俺はアンリエッタとは出会ってすらいないのだ。おおよそ実力でのし上がった貴族の皆様には申し訳ないのだが俺が男爵になれたのは運とコネの力です。「ぴ・・・?」その時、俺の肩に乗っていたハピネスが何かを察知したように騒ぎ出した。その直後、やや懐かしい声が聞こえてきた。「おーーい!」太陽の光に反射した頭部が神々しいあの方は、ミスタ・コルベールである。彼は俺たちのほうに向かって飛んできた。先生直々に出迎えなのはいいのだが中年男性一人じゃやけにせつない。コルベールは俺たちの前に降り立つと、生徒や俺たちの姿を見回し笑顔で言った。「やあやあ、無事に戻ったようで何よりじゃないか。時にタツヤ君、男爵になったのだったね、おめでとう」「これで責任のようなものがずっしりと背中にのしかかるような気がします」「何、人間たるもの責任の一つ二つ軽々と背負って一人前さ。・・・むむ?タツヤ君、そちらのお嬢さんと君の肩に乗っているのは・・・?」「第二メイドのエルザと、ペットのハピネスです。見ての通りハピネスはハーピーの子どもです」「・・・タツヤ君、私は君が未成年者略取をするようには思えないのだが・・・」コルベールの視線はエルザに注がれているようだ。「先生、エルザは魔法で幼女化している老女です」「誰が老女よ」エルザが文句を言ってるが無視である。この辺りははっきりさせて置かなければいけない。考えてみろ、もしこの学院にペドフィリアがいたらどうする?万が一そのような性癖の奴がこのエセ幼女に恋したらどうする?詐欺に引っかかったも同然だぞこの場合。「魔法で若返ったと言うのかね!?どのような・・・」俺は身を乗り出しそうになったコルベールを手で制した。何となく分かる。この人はべらぼうに賢い人だ。恐らく若返りの魔法を応用して頭を若返らせようと考えてるのだ。しかし老いというのはいずれ実感せねばならぬ悲しい現実である。その現実を直視して前向きに生きていく、これも人のあるべき姿ではなかろうか?「先生、これは化粧のようなものです。根本的な解決にはなりません」俺がそういった瞬間、コルベールは落胆したかのような表情になった。というか貴方も授業で時々化粧して入りますやんか。主に頭に化粧して。「根本的・・・タツヤ君・・・私の根本は本当に絶望的なのでしょうか・・・?」「な、何か急に沈み始めたぞ・・・?」げっそりしたような様子のコルベールにギーシュは引き気味である。そりゃウケとか関係なく被り物をしてくるほどこの先生は自分の容姿に悩みを抱えてらっしゃるのだ。改善の余地なしと思ったら落ち込みもするのかもしれない。「そ、そんなことありませんわミスタ・コルベール!まだ貴方には希望が側頭部から後頭部にかけて残っているではありませんか」ルイズがその毛を元にまた生える見込みがあるとコルベールに言った。「そうですよ先生!例え上の毛が失われてもそれはそれでカッコいいと思いますよ!」スキンヘッドでカッコいい人物なんか俺の世界ではごまんといる。例え毛が失われてもそれが全て絶望というわけではないのだ。「どんな励まし方だね君たちは」ギーシュが呆れたように言うとコルベールがカッと目を見開いて言った。「失敬な!私は禿げてはいません!?」「言ってません!?」何時にもましてそういう話題にデリケートになっている様子のコルベールだが、いっそ剃ってしまえばいいのに。だが彼にはそうは出来ない一種のプライドというものがあるのかもしれない。ただでさえ教師は心労が重なる職業である。貴族の子ども達を預かるのだからそれは責任重大であろう。その重圧が彼の頭部に影響を及ぼしてもおかしくはない。コルベールの現状はいわば苦労の象徴と捉える事も出来る。脱毛という耐え難い辛苦に見舞われても教員としての責務を果たす彼に俺は心から敬意を表している。・・・しかしコルベール先生はこうなってるのに何で学院長はフサフサなんでしょうな?「ま、まあいいでしょう。タツヤ君、実は君に頼みたい事があるんだがいいかな?」「なんでしょうか?」「実は火竜山脈にとある薬草を採取しにいきたいんだ。そのための足として『シデンカイ』を使いたいんだ。アレを一番うまく使えるのは君だからね、是非とも同行してもらいたいんだ」まあ正式に言えばデルフリンガーと一緒にいる俺が一番紫電を上手く操縦できる。コルベールも整備のついでに操縦方法も覚えてはいるのだがやはりまだ俺のほうが操縦は出来るらしい。ガソリンやらエンジンやら作れてもやはり紫電改は彼にとってはまだまだオーバーテクノロジーの塊なのだ。TK-Xとか論外すぎである。アレは現代っ子の俺でもあまりよく分からん。「火竜山脈ってキュルケの使い魔の故郷じゃない」「そうね、フレイムは火竜山脈のサラマンダーよ」火竜山脈はロマリアとガリアの国境に位置する山脈である。あの戦争の時にギーシュ達はこの山脈の虎街道にて作戦を遂行していた。キュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムはこの地の出身である。火竜山脈のサラマンダーは最上質であり、それを召喚したキュルケは相応の実力を持っている魔法使いという証明にもなっている。それはそうとその火竜山脈に同行とか、最近ガリアから戻ってきたのにまたガリアに行くのかよ。コルベールには結構世話になっている身としてこの頼みは無碍にはできません。「火竜山脈って名の如く火の竜とか出るんじゃないのか?危険じゃねえの?」「まあ、確かに魔物はいるかもしれないわ。でも火竜が出たなんて最近はないわ」「火竜山脈の危険は魔物ではなくどちらかと言えば地震だな。あそこには活火山もあるから」キュルケとギーシュの火竜山脈の説明に俺は不安になる。天災の前に人間は往々にして無力である。「安心したまえタツヤ君、私が付いているのだ。大怪我などさせんよ」非常に頼もしい言い方であるがそれって大怪我でない怪我はするんだよね?「あ、あの先生、同行者は他にいないんですか?」同行者がいたほうが俺の生存率は上昇するかもしれない。ああ、シエスタと真琴は駄目だな、危険らしいから。「そうだね・・・こう言ってはなんだがミス・ヴァリエール達は最近色々あって授業に出ないことが多かった」コルベールの言葉に苦笑する魔法学院生徒ども。ああ、公欠扱いにも限界があるとは何と俗っぽいんだ。「折角帰ってきたのだから、居なかった分の授業を受けるべきだな」「先生、ルイズやギーシュ達は兎も角、私は出席率は高いと思われますが?」キュルケが手をあげてコルベールに意見した。だがコルベールは首を振って言った。「しかし、他の生徒よりは低い」「ぐぬぬ」ぐぬぬじゃなくてもっと反論してください!?学生の本分は勉学にある。それは何処も一緒である。どうやら今回はコルベール先生とハピネスとの旅になりつつある。ルイズ、テファ、ギーシュ、キュルケ、レイナールにマリコルヌは学生の本分をまずは全うしなければならないし、真琴とシエスタはお留守番。残るはエルザだがコイツはルイズの魔の手から真琴を守る為に働いてもらおう。「まあ、タツヤ。火竜山脈は環境は厳しいところだが、先生がいるんだ。大丈夫だろう」「先生、タツヤをお願いします」「任せなさい」「お前は俺の親か」ルイズの口調は心配そうな様子だが俺は見た。下げる直前の奴の表情は開放感に満ちた笑顔だったのだ。馬鹿め!俺がいない間に真琴を好きにしようと考えているようだが既に先手は打ってある!「エルザ、俺がいない間、真琴と遊んでやってくれ。シエスタも頼む。ギーシュ達も一応見守っててくれ」「・・・分かったわ」「任せてくださいタツヤさん!このシエスタ、タツヤさんの専属メイド筆頭としてマコトちゃんを御守りいたします!」「出来るだけ早く帰ってくるんだね。君は副隊長なのだから」「副隊長、健闘を祈る」「タツヤ、災難だねぇ」他人の不幸は蜜の味の如くにやにやとしているマリコルヌが実にムカつく。「気のせいかしら?私にマコトを任せず、メイドに任せるように聞こえたんだけど」「そう言ったから安心しろ。お前の聴力は至極正常だと断言しよう」お前は真琴ではなく学生の本分に集中しやがれ。「フレイムを里帰りさせるのは当分先になりそうね・・・タツヤ、最近はないといっても用心に越した事はないわ」「いざとなったら逃げます」「アハハ、カッコ悪~」キュルケは笑って俺の肩を叩いた。格好悪くとも死ぬよりマシだ。死んだら本当に終わりだ。俺は死ねない。この世界では俺は死ねない。死んだらいけない。「タツヤ・・・」テファが涙ぐんだ瞳で俺の手を取っていた。彼女にとっての火竜山脈は戦場のイメージしかないのか、この面子の中ではかなり深刻そうな表情だった。「気を・・・つけて・・・ね」「ああ、適度に安心して待ってな」「おにいちゃん、また何処かにお出かけ?」「ああ、良い子にして待ってろよ。直ぐに戻る」「うん!」俺は冷静そのものなのでこう思えるのだが、薬草取りに行くだけなのにこんな死亡フラグ満載の状況を作る必要があるのだろうか?ちらりとコルベールを見ると、彼もばつの悪そうな表情だった。・・・まさかとは思うが実は下らない理由とかいうオチじゃねえだろうな?コルベールは目の前で行なわれている事象を見て背中が冷や汗まみれになっていた。彼は彼自身の欲望の為に火竜山脈に火燐草を採取しに行くのにこの様な戦地に送り出すような事をされては罪悪感で胸が痛すぎである。「それでは先生、互いに怪我ないように慎重に行きましょう」「失敬なタツヤ君、私は毛はありますよ」「ナイーブ過ぎでしょうアンタ!?」だがその罪悪感も脱毛危機の前では些細な事でしかなかった。こうして達也は頭髪問題に苦しむ中年男性のお悩み解決に付き合うことになったのだ。抹消された物語、【根無し放浪記】。その存在を認めれば始祖の地位が揺らぐ可能性があった彼は二人の異種族と共にある山脈を訪れた。そこには火を噴く竜が跋扈し、火山が時折噴火する厳しい環境であった。抹消された物語は誰も見ることはない。誰も認めはしない。現状ではただ一人の女性がその物語に目を通しているだけ。現代では始祖が世界の英雄でありまた異種族の悪魔でもあった。あくまでも伝説は彼にまつわる話ばかり。抹消された根無しの者の話など風化するばかりだった。今の人間たちには知る由もない。人間が異種族と結婚し子を設けている事。今の人間には知る訳がない。人間が少数で火竜を退治した事。今の人間は信じられるはずもない。人間が精霊と協力して竜退治した事。今の人間には知っているはずもない。世界の危機は密かに迫っていて密かに終わった事。そして誰も知るはずもない。その精霊に彼らが『世の理を無視する者達』と呼ばれていた事。だが、『彼ら』は知っている。五千年後、同じように呼ばれる者が世界に現れる事を。そしてその五千年後、達也はほぼ強制的にその山脈に向かう事になるのであった。(続く)