さあ、ドッキリもいよいよ終盤である。まさかの王族がターゲットという命知らずにも程がある行為だが、此方としても一応男爵という爵位をくれた姫様にお礼の言葉を言いたい。感謝するしないは別として何か名誉を承った以上、礼を述べるのは人として当たり前のことではないかいな?「だからって早朝じゃなくてもいいでしょ!?公式に呼ばれた時にお礼を言えば良いじゃない!」「物事は早く終わらせる事が大切だろう。公式に呼ばれる時より前に俺は元の世界に帰っちゃうかもしれへんやないかー」何故かインチキ関西弁で受け答えする俺に胡散臭げな視線を送るルイズ。「これはあまりにも畏れ多い行為だぞ!?タツヤ、君は命を投げ捨てるつもりかい?」「大丈夫だギーシュ。俺はここで命や貞操を投げ出すつもりは一切ない」「待て、後者の心配をする必要が何故あるんだ!?」以前の件(※99話~100話)もあるので、俺はアンリエッタが凄まじき肉食女性という事を確信している。というかアレを経験しといて無警戒で会える野郎は危機管理がなさ過ぎる。我が親友が命を落としてしまったのは実に残念な事である。彼が生存していれば紆余曲折の末、結ばれて後継者の為にいやんばかんうふんそこがお乳なのあはんみたいな行為に耽り、我が親友は搾り取られ腹上死という男の夢を完遂したのだろう。実に彼は無念だったと思う。童貞のまま死ぬとは彼の無念を思うだけでも涙が出そうである。童貞脱出の道はかくも命懸けであることは俺も只今実感している訳だ。昨今の性関連は俺が元の世界にいた時点で童貞は小学生で捨てたという奴もいた。全然捨てれない奴も居る。後者は素直に援助したいが前者にはただ一言『死ね』という言葉を贈りたい気分である。後そんな小学生に股を開くな!昔の元服ですら15歳だろうが!いきなり大人の階段上るんじゃねえ!?・・・俺は例え杏里が中古だろうと構わない。二回目の帰還の時、彼女は俺以外の男の部屋に行って襲われかけた直後だったらしい。もし襲われて世間で言う杏里が寝取られる(と言っても当時は恋人じゃないのでこの表現は可笑しいが)事になっても奪い返すので此方としては全く問題はないが、世間はそうは見てくれないという事を杏里は分かっていたんだな。俺はウェールズが死んでからのアンリエッタを見ながら思うことがある。彼女のように何らかの理由で恋人が死んだら俺はどうなってしまうのかと。ある人はあの世の恋人が悲しまぬように気丈に新たな恋を探し、ある人はその人との愛に殉じ、またある人は後を追い、ある人は廃人同然になる・・・。さあ、俺はどうなる?どうなるんだろうな?あと二つは論外だもんな。まあ、例え大切な人が死んでも生きている限り人は進まなきゃならない。俺たちの時計はまだ止まってはいない。チクタクと時は刻まれている。大切な人が死んでもその人との思い出は自分が生きている限り生きているというのは聊か陳腐であるが、忘れる必要はない。全ては人生の糧。人の事を思う事は確かに尊き感情だ。俺も杏里は大好きだし、家族も大事だ。友人も大切だ。だからと言ってあまりに思いすぎて自分が壊れてしまっては駄目だと思う。それを愛が深いという者もいるだろう。だけど壊れた姿は哀れなだけじゃん。まあ、人間そんなに強い奴ばかりでもないし俺の考えはある一個人の考えに過ぎない。俺は霊魂やらの存在を信じざるを得ない状況にあるしな。俺なんかの為にたまにでてくる親友や、あのやかましいダークエルフもどうやら側にいてくれてるようだ。というか前者はいいのか?恋人の側にいなくて?もしかしたら霊魂って分身できんの?まあ、そういう存在があると分かった以上、死んでもそいつは見守ってくれているというのが実感できる運が良いのか悪いのか分からん境遇にある。普通はそんな実感ないしな。俺が特殊なだけだな。アンリエッタは新たな恋を探しているようだが、その相手に俺だけは勘弁してくれ。というか前回のアレは何かの間違いと言え。童貞にして美少女に対して身の危険を感じたのはアンタが初めてだ。「それでは数々の危険は承知の上でドッキリを遂行したいと思います」「冷や汗をダラダラ流すぐらいならやめちまいなさいよ」「タツヤ・・・今なら戻れるわ。ね?やめよ?」世間様から『聖女』と呼ばれている二人は此度のドッキリに引き気味である。だが、ターゲットを前におめおめ帰ることなど一番やってはいけない事である。「問おうギーシュ」「何をだい?」「お前たちは何故、ばれれば死ぬと分かっていた覗きを遂行した?」「そ、それは君を元気付ける為に」「だが俺は不在だった。それなのにお前たちは女体の為に命を賭けた。何故だ?」「・・・それは・・・!」「それは単純だとも。見たいからだ。人間の好奇心は時に理性をも超越しなければならない。それは何故か?その好奇心なくして人類の発展などないからだ!ギーシュ、お前たちが女体を見たいと思った気持ちは理解できる。ならば俺の今の欲求も理解してくれ」「君の欲求とは?」「姫様のリアクションが見たいです」「それだけの為に命と名誉を捨てようと言うの、タツヤ!?」「ルイズ、男という生物は馬鹿な生き物なんですよ」「限度があるわ!?」「ルイズ。確かにこのドッキリで失うものが出て来るかも知れない。だが考えてくれ。テファのようなハーフエルフやエルフ達と比べたら俺たちの命なんてちっぽけな物だ」「それがどうかしたの?」「分からんか?俺たちは短い命で何を成すかで人生の価値が決まるのだよ。確かにお前の言う名誉を守ろうとするのを良しとする生き方もある。だがしかし、それは安定を求めた無難な生き方だ。あの時ああしてればという考えに陥りやすい生き方だ。今、この時そのような選択をしていいとは俺は思わん。例え先に待つのが闇でも、今この時は俺は閃光のように生きて闇を光に変えてやろうではないか」「せ、閃光のように・・・ですって・・・!?」衝撃を受けたように固まるルイズ。そう、このドッキリという名の娯楽において安定など無意味な言葉だ。理性的に最高な刺激を求める為、安定など最初から投げ捨てている。人生は何時だって挑戦であり試練である。そのような人生に安定など求める事は人生終盤に差し掛かった者のみが言えることである。「そう、閃光のようにだ。大丈夫だ姫様が起きたらすぐ逃げるから」「・・・むむむ・・・」「どうして迷うのか理解に苦しむが、陛下には危害は及ばないのか?」「可笑しい事を。俺は姫様の騎士なんだぜ一応。危害なんて加えるかよ」「・・・いやしかし・・・」「ギーシュ。これはあくまで娯楽だ。それに俺はこの方の悲しむ顔は苦手でな」「・・・その言葉、訂正はないな」「男たるもの、淑女に対しては紳士でなくちゃな」「・・・それって遠回しに私を淑女としてみてないって事になるんじゃないかしら?」「お前が淑女?またまたご冗談を」「このヤロー!馬鹿にして!私だって社交界ではラ・ヴァリエール家の三女は上品だとか言われてたんですからね!」「上貧の間違いでは?」「胸部を見ながら言うな!?」軽妙なセクハラトークはこれぐらいにしてそろそろ本題に入ろう。静かに寝息を立てるトリステインの王女の傍らに立ち、その寝顔を俺は眺めた。やばい、泣きそうだ。どうもこの人見たら杏里そのものに見えるから困る。うーん、王族の女性はやはり臭いが違うな。高級感がある。しばらく眺めていると、眠っている姫の口がかすかに開いた。「んん・・・ルイズ・・・これはわたくしのモノです・・・あん・・・違います。タツヤさんもわたくしのものです・・・貴女のものはわたくしのもの・・・わたくしのものはわたくしのものなのです・・・ふにゃ・・・」「違います姫様、あのドレスも人形も靴も全て私のです」何かトラウマでもあるのかルイズはそのような事を呟き始めていた。テファがそのようなルイズの様子に引きながらも心配している。というか俺はルイズの使い魔だがルイズの所有物にまで成り下がった覚えはありません。元の世界に帰すという約束をした以上ルイズにとって俺は俺の世界からの借り物に過ぎないと思うんだが。「では、失礼しますよ、姫様」ジャイアニズムな夢を見ている最中非常に悪いのだが、ド・オルエニールが誇る魚肉ソーセージ、通称魚肉棒の味見をしてください。王室お墨付きならこの食品はかなり売れてくれると思うんだ!そんな訳で俺はこの魚肉棒をアンリエッタの口元に近づけたのだ。そして魚肉棒が彼女の口元に触れたその瞬間、アンリエッタは一瞬眉を顰めたが、何と寝たままの状態で口を開け、魚肉棒にむしゃぶりついたのだった。一瞬この人は食事の夢でも見ているのかと和みそうになったが、なんだか様子がおかしい。食べ物の夢を見ていると仮定してみると可笑しい点がたくさんあります。具体的な描写は出来るだけ避けたいが、あえて言うならばそれは吸う物でも舐めるものでもない。これはあくまで食べるものだ。「おいし・・・」味は自信ありである。OK、これで言質は取れた。女王も認めるこの美味さ!これでこの魚肉棒は老若男女に馬鹿売れ間違いないぞウワハハハ!肝心の魚肉棒はかじられた形跡もなく唾液塗れだがそれでも姫が恍惚の表情(寝てるけど)で唸るこの美味さ!これはド・オルエニールのみならずトリステイン独自の名物になりそうな勢いである。「そういう言質の取り方は駄目だろう」「そうは言うが堂々と出向いてこれ食えと言って王室警備の皆さんが認めると思うか?」俺は寝ているアンリエッタの口から魚肉棒を取り出し、彼女のベッドの近くの机に置いた。アンリエッタは寝てはいるがその息は荒く、口元には唾液が少量だが光って見えた。その有様を見て俺は思った。ここで終わらせようと。ささっと目を覚ましてもらって挨拶して帰ろう。挨拶の内容は男爵にしてくれてありがとうでいこう。とりあえず口元を拭いてやらないとな、一応高貴な方だし・・・。俺はハンカチを取り出しアンリエッタの口元に近づけた。だが、その判断は間違っていた。「!!!!」俺の伸ばした右腕が何者かの手に掴まれていたのだ!俺は戦慄しながらも冷静にその手の主を目で追った。「フフフフフ・・・・ウフ・・・ウフフフフフフフ」その先には身の毛もよだつような微笑を浮かべ、此方を見つめている女王様がいらっしゃいました。ルイズ達はいつの間にか起きていたアンリエッタのこの微笑を見て固まっている。そりゃそうだ、この場にいる以上俺たちは一蓮托生だし。だが俺はジェスチャーでルイズたちに逃げろと伝えた。一番初めに反応したのはギーシュだった。彼は頷くとテファとルイズをつれて回転する壁の向こうに逃げた。そうだ、いいぞ、逃げるんだ皆・・・!出来れば俺も助けるという期待もしたけど儚い夢だった。恐怖に潰されそうなのを堪えていると、アンリエッタは不気味な笑いを続けながら言った。「今日は善き日です、そうは思いませんか?」「ま、まだ日の出には早いですよ?」「いいえ、善き日です。国の世継ぎを授かるには・・・ね。ウフ、ウフフ、ウフフフフフフフフフ」「それはせめて昼ぐらいで判断してください。それでは」俺は掴まれている手を振り払おうとする。しかしその手は離れず、反対に俺はアンリエッタによってベッドに引きずりこまれてしまった。目の前には寝起きのせいか濁った瞳に見えるアンリエッタの顔があった。彼女の顔は見るからに上気しているんですが、風邪ですか?「今日という今日は逃がしませんよ・・・フフフフフフフフ」「束縛されるのは嫌です!?」「安心なさってください。すぐに好きになりますわ」アンリエッタの吐息が鼻腔をくすぐる。なまじ杏里に生き写しなだけに挫けそうだ。そもそもこの様な美少女、しかも高貴でエロい女性に誘惑されたら大抵の野郎はその誘惑の激流に身を任せ同化しそうだ。だが残念なことに俺はその大抵の野郎のカテゴリーから弾き出された野郎らしい。暴走する肉食獣に簡単に屈するほど俺は諦めは良くないのだ。俺は近づいてくるアンリエッタの目に向かってフッと息を吹きかけた。「ひゃんっ」思わず目を閉じてしまうアンリエッタ。その手の力が緩まったその瞬間、俺はベッドから転がり落ちるように脱出した。俺は即座に立ち上がり、アンリエッタと距離をとった。アンリエッタはゆらりと立ち上がり、右目を押さえて俺を恨めしげに睨んだ。しかしそれは一瞬の事ですぐさまニヤリと微笑んだ。「前のようにアニエスの助けを期待してはなりませんよ?この早朝にわたくしの寝室に侵入するという事は不埒者として成敗される覚悟があるという事ですわ」「助けを呼ぶ必要はないですよ。アニエスさんには迷惑をかける事はないですから」「・・・アニエスには随分とお優しいのですね・・・・・・妬ましい」いや、アニエスは俺に対してほとんど被害を与えるという事はなかったので印象は良いぞ?何処の世界においても強く優しい人格者は好かれると思うんだが。「初めに言っておきますよ、姫様」「まあ、愛を囁いてくださいますの?」「ウェールズじゃあるまいし、んな事しませんよ」そう言って俺はその場に跪いた。「この度は私に男爵の位をお与えくださり感謝いたします。この世界に留まり続ける事は叶いませんがそれでもいる限り、私は陛下をお慕いする事を誓います」要は社交辞令とは言え、これぐらいのお礼は言っておかなければいけない。何せ俺を男爵にしたのは他ならぬ彼女なのだ。アンリエッタはしばらくきょとんとしていたが、顔を引き締め女王の顔になった。「貴方の忠誠は貴方の魂にあります。ですが・・・これからもよろしくお願いいたします、タツヤ殿」「はい」「そんな事より、そろそろわたくしに愛を誓ってくださりませんか?」「流すな!?あとウェールズはどうした!?」「ウェールズ様のことは今もお慕いしています・・・。ですが彼は申されました。新たな恋をせよと」ああー、そんなこと言ってたね。「わたくしは無理だと思っていましたが・・・この心の中に彼以外の殿方が巣食うようになったのです」うっとりしたような様子でアンリエッタは俺を見る。いや、そりゃあさ、生涯その人に愛を捧げなきゃいけないって事はないさ。姫様もまだ若いから生涯死んだウェールズに操を立てろとか俺も言わないけどさ。俺としても好意を向けられるのは悪い気はしないよ?でも俺は売約済みなんだよな。「ウェールズ様も無茶な事をするお方で、わたくしは心を痛めていました。ですが貴方はそれ以上にわたくしの心を蹂躙していく事を何度もしました。七万に単身挑んだり、ガリアに乗り込んだり、ジョゼフと一騎討ちをなさったり・・・この度のガリアでの吸血鬼騒動も貴方が解決したと現女王から伺っています。そのことで貴方を正式にガリアの民にする魂胆も見えるほど・・・このままでは貴方もわたくしの元から去っていくのではないのかと思うと・・・わたくしは・・・!」まあ、どの道去るとは思うのだが、ガリアの姫に取られるのはそんなに癪なのだろうか?どちらにせよアンリエッタにとってウェールズの死は結構なトラウマのようだ。「しかし、神はそんなわたくしを見捨てはいたしませんでした。今日この時が千載一遇の好機!タツヤさん、わたくしは貴方に恋人がいる話は存じております。ですがそれが何だというのです?そんな事は今のわたくしには障害にすらなりません!」「ひ、人の嫌がる行為は慎むべきでは?」「そのような行為を避けていては外交は出来ませぬ。わたくしは女王としてそれを学んでおります。安心してくださいタツヤさん、わたくしも不幸ながら生娘。共に己を高めあいましょう!」「姫様、冷静になってくださいよ!理性なくしては人間は・・・!」「そうですね、理性を取るか欲望を取るか・・・上に立つものとしては理性を・・・と言いたいところですが今は欲望ですわ!!」そう言って猛然と俺に襲い掛かるアンリエッタ。その手には杖が握られており、口は呪文を紡いでいた。マリコルヌと同レベルかあんたは!?彼女が放つのは水の魔法。なにやら粘性がありそうな水の矢が俺に襲い掛かってくる。意思を持ったようにその水の矢は避けても追いすがってくる。コ、コイツはヤバイ!!「さあ、観念してください」アンリエッタが杖を振ると、水の矢は肥大化し、俺を包むようにして飲み込まんとした。今にも覆いかぶさりそうな粘性の塊を見て、俺は歯噛みした。そしてその瞬間、俺の両手のルーンが輝いた。「ウフフ・・・これはあとでお掃除が必要ですね」自らの魔法で拘束されたであろう達也の姿に期待し興奮した発情期の姫はゆっくりと歩を進める。恋の暴走とはとかく恐ろしいものであり、何をするかわからない。愛の暴走はすでにトリステイン魔法学院で起きたがアレは薬のせいだった。このアンリエッタという少女はそれを素でやってしまうあたり、流石王族は違うと言わざるを得ない。そんな見解で果たしていいのかどうかは不明だが、とにかくアンリエッタは期待に胸躍る気分で杖を翳した。「!?これは・・・!?」粘液に拘束されていたはずの達也はいない。・・・って待て、じゃあ達也は・・・!?「あまりがっつくのも問題ですぜ、姫様」「!!」振り向くと、回転扉を開けて微笑んでいる達也がいた。簡単に言えば達也は変わり身の術でやはり分身を犠牲に助かっていた。何で女性の誘惑から逃れるのに分身一体消費するのか不明だが、貞操の危機だから仕方がない。「何で?という顔ですね。俺はそれが見たかったんです」「タツヤさん・・・わたくしの気持ちを受け取ってはくれませんの?」「貴女の気持ちは痛いほど受け取りました。ですが姫、俺のちっぽけな腕では受け止め切れませんや。実に残念です」愛というものは確かに尊いがあまり大きすぎるとうざったくなるのだ。だから小さい中にも濃密なものの方が大抵上手くいくのだ。アンリエッタはきっとウェールズの時はいささか消極的だった自分に反省をした結果がコレなのだ。確かにアンタの愛情は分かるさ。ウェールズは?と聞いた俺が馬鹿みたいなほどにな。でもさ、今の俺じゃ貴女の愛情を受け止める事は出来ない。恐らくルイズの真琴に対する愛情も真琴は受け止め切れない。だから回りの俺たちが彼女を自制させている。それによってルイズは愛情を小出しする事を強制させられている。結果、真琴は彼女の好意を受け止めて慕っているのだ。・・・多分ルイズはその辺分かってないから暴走するんじゃないかな?「・・・ではせめて・・・せめて・・・!!」アンリエッタはそう言って俺に近づいてくる。「この気持ちを静めるためにわたくしを抱きしめてくださいまし・・・!」縋るように彼女は言う。そう、彼女は国民に慕われて『聖女』扱いされているが孤独なのだ。頂点に立つものはどす黒いまでの孤独に耐えねばならない。この人はそこまで至るには人生経験が足りないのだ。彼女は寂しい人なのだ。それは分かるさ。俺を最初で最後の親友といったウェールズもそうだったんだろうから。潤んだ目で俺を見つめるアンリエッタの身体は僅かに震えている。俺はしばらく考えたあと、アンリエッタの腕をとって引き寄せた。「愛を囁く事は出来ませんし、抱きしめる事もしませんが・・・胸位は貸しますよ」「まあ・・・背中だけじゃなかったんですか?」「俺の背中は壁が使用中ですから」「・・・ありがとう」「どういたしまして」目を閉じて俺に身体を預ける一国の女王。コレくらいでアンリエッタの仕事が捗るなら安いモンだろう。なあ、ウェールズ?お前の恋人は随分寂しがってるぜ?見守るだけじゃなく夢枕に立つぐらいしてやれ。俺のそんな願いに反応するように左手のルーンが淡く輝く。そして俺の左手は俺の意思とは無関係にアンリエッタの頭を軽く撫でた。その時アンリエッタは驚いたように俺を見る。そして彼女の瞳は少し見開かれていた。「おかしいですね・・・今、一瞬、ウェールズ様とタツヤさんが重なって見えました・・・」「だとしたらウェールズはちゃんと貴女を見守ってくれてるんでしょうね」「・・・そうですか・・・そうだといいですね・・・」そう言った後アンリエッタは顔を埋めてしまった。きっと離れたら服が濡れてるんだろうなと思いながら俺はふと自分の正面にあった鏡を見つけた。鏡に映った光景を見て俺はアンリエッタに言った。「ええ、見守ってますよ。彼は」大きな鏡に映る俺とアンリエッタ。そのアンリエッタの傍らには彼女が愛した俺の親友が微笑んで立っていた。こうして寝起きドッキリは大成功に終わった。俺はアンリエッタを寝かしてそそくさ退散した。で、そのアンリエッタを起こしに来たのがアニエスである。「・・・冷静に考えれば何故私が・・・?」彼女は溜息を付いて寝室の扉をノックした。しかし返事はない。何かあったのか?「陛下!」と少し大声で呼んでみると、「は~い・・・」よかった、無事なようだ。アニエスはホッとして扉を開けた。そして固まった。アンリエッタの寝室は粘液塗れになっていた。「貴女は一体何をなさっていたのですか!?」「あと少しで本懐を遂げる所でしたのに・・・!!」「本懐って何ですか!?」「ですが諦めませんよ。次こそは・・・!フッフッフッフ・・・アハハハハ・・・ファハハハハハハハハハ!!!」高笑いをあげるアンリエッタにアニエスは冷たい目で言った。「まず部屋を片付けてください」「申し訳ありません・・・」アンリエッタは部下の冷たい目にただ平謝りした。そんな上司の姿に溜息をついたアニエスは、机の上にある桃色の肉棒に気付いた。「陛下、これは・・・?」「アニエス!それはわたくしのものです!」急に鬼気迫る勢いになったアンリエッタに若干引くアニエス。アンリエッタは達也が置いていった魚肉ソーセージを手にとってうっとりとした。何度も言うがコレは食べ物である。さっさと食え。「次はこのようなもので誤魔化しはされませんよ・・・」アニエスはアンリエッタのこの言葉に若干戦慄を覚えた。目の前では魚肉棒を勢いよく一国の女王が貪り食っていた。そして今日もトリステインの一日が始まる。なお、ド・オルエニール製の魚肉棒が市場に出回り始めたのはそれから僅か5日後の事だった。(続く)