焼け落ちたマントは着けたままで俺は吸血鬼と対峙した。屍人鬼を失い一人となったのにエルザはなおも余裕の表情である。おそらくこの程度では彼女は負けはしないと踏んでいるのであろう。対する俺たちは全然無傷のエレオノールと真琴とシエスタ、やや疲労が見えるワルド、そしてマントが燃え、分身を一体使った俺である。「魔法が使えない貴族かぁ・・・まんまと騙されちゃったよ、おにいちゃん」ワルドもエレオノールも完全にメイジだし俺は魔法は使えない。この世界の常識からすると俺がワルドたちの召使と説明されても誰も疑問に思わないのである。「それに屍人鬼まで倒しちゃうなんて素敵だわ」「・・・あんまり嬉しくないんだが」「うふふ。いつも屍人鬼を倒しちゃうのは大嫌いなメイジだったからコレでも驚いているのよ」エルザはクスクスと笑いながら言う。その様子は外見とは裏腹に悪意に満ちているような気がする。ねっとりと絡みつくような視線を俺に向け、エルザは言葉を紡ぐ。「でもここまでだよおにいちゃん。メイジでもないおにいちゃんが吸血鬼の私を退治なんて出来っこないんだから」「だそうなので頑張れワルド!」「いきなり戦いを諦めてどうする貴様!?」「つれないこと言わないでおにいちゃん・・・。そっちのおじさんと遊ぶのは飽きはじめていたのよ?おにいちゃんなら私を楽しませてくれると思うわ・・・私もメイジ以外と遊ぶのは楽しいからね」一方的な嬲り殺しを楽しむタイプだこの幼女。舌なめずりした後の口元に光る唾液が月明かりの中では妖しげだ。「随分メイジを毛嫌いしてるんだな」「ええ、両親がメイジに殺されたのは事実よ。それも私の目の前でねぇ・・・。それから三十年以上一人旅を続けて様々な場所で生きていたわ・・・メイジは大嫌いだけど好き嫌いは良くないから優先的に食べるようにしてるの。でも賢いメイジも中にはいてね・・・殺されかけた事もあったわ・・・。まあそういう場合は後になって仕返ししてきた。今は私を焼き殺そうとしたおねえちゃんを探していたんだけど・・・その前に獲物がやってきたんだ♪」「執念深い化け物だな。そのような女にだけは好かれたくないものだ」そう言ってワルドは詠唱をしようとするが、エルザの先住の魔法によって伸びる木の枝がそれを阻む。「ちぃっ!」すぐさまワルドは簡単な詠唱で風の刃を発生させてその枝を切り裂いていく。更に枝はエレオノールたちにも襲い掛かろうとするが、エレオノールが自分達の周囲に土の壁を作り枝の侵食を押さえた。だがこのままではエレオノールは攻撃に参加する事が出来ない。ワルドも同様だ。伸びる枝から逃げ回る事で攻撃の機を逃している。「私のご馳走は疲れてどうしようもなくなった後の恐怖に歪んだ人間の顔を見ながらの吸血・・・それが大好きなの」なんとも悪趣味な嗜好である。あれ?ちょっと待てワルドとエレオノールが攻撃に参加出来ないという事は・・・俺、孤立してるやん。「おにいちゃんには後でゆっくりと絶望をあげるわ。仲間がやられていくのを見たらどんな顔するのか考えただけでもゾクゾクしちゃう・・・」つまりコイツは俺などいつでも狩れると言いたいのだ。確かに俺は魔法は使えない。攻撃手段も刀しかない。だが、そんなものを黙って見ている程悠長な精神は持っていない。「勝った気になるのは早すぎるだろ、エルザ!」俺はその場から駆け出して、刀を抜いてエルザに斬りかかった。エルザの先住の魔法で現れる木の根を切り飛ばし、彼女に接近する。それを見ていたエルザは俺の周囲を囲むように木の根を出現させた。「大人しくしててね・・・おにいちゃん」木の根が俺の身体を拘束しようと伸びる。切り払い、振り払いを続けるも、無数の枝はすぐに俺の身体に絡みついていく。伸びてくる枝たちが次第に俺の身体を包んでいく。その光景をうっとりした目でエルザが見ている。彼女の小さな手が振り下ろされると、枝の締め付けが強くなった。「痛いのはすぐに慣れるよ・・・待っててね。すぐに食べてあげるから・・・」そう言ってエルザが後ろを向いたその時だった。「なら前菜をくれてやるぜ!」「!?」突然エルザの口に何かが押し込まれた。突然の事に目を白黒させるエルザは見た。「う・・・げほっ!お、おにいちゃん・・・!?何で・・・」まあ簡単なことなのだが先ほど枝に絡みつかれて締め付けられた際、変わり身の術を使いました。その結果エルザの背後に降り立つ事が出来た。問題はエルザの口に押し込んだのが何かという事である。その答えは突如ふらついたエルザがよく知っていた。「・・・・・・!?これは・・・まさか・・・」「そうさエルザ。お前が今食べたのはニンニクだ」「レディの嫌いなものを無理やり食べさせるなんて・・・ひどいわね」「偏食は身体に毒だぜ、お嬢さん?」吸血鬼はニンニクが苦手というのはこの世界でも通じるようだ。エルザは胸を押さえ苦しんでいるようだ。この隙にワルドに頑張ってもらいたいが、彼は未だに枝と格闘中である。・・・分身がもう使えないのが痛いが、ニンニクを食べさせた以上此方が優位だろう。「酷く胸焼けのする前菜をありがとう、おにいちゃん。ますますおにいちゃんをじっくりと食べたくなったわ」「誰が前菜が終わりといったよ?」「え?」俺は呆けるエルザに向かってストックしているニンニクをもう一つ投げた。ニンニクは手のひらサイズの為『ホーミング投石』の効果でエルザの口を狙って飛んでいく。更に今度は食べやすいように四つに分かれて飛んでいる。コレは『分身魔球』の効果だな。食べやすい大きさのニンニク達は次々とエルザの口の中に入っていく。「あ・・・ああぁぁぁぁぁ・・・!!」苦悶の声をあげながらその場に膝をつくエルザ。ニンニクが身体に沁みて苦しんでいるのか?どちらにしても弱っている事には違いない。ワルドの動きを追っていた枝たちも動きを止めてしまっている。そしてその隙をワルドが見逃す筈がなかった。彼が放った風の槌がエルザの小さな身体を跳ね飛ばし、エルザは交通事故でもあったかのように地面に叩きつけられ数回バウンドして倒れた。倒れ伏すエルザの身体は時折びくりと痙攣しているかのようだった。「油断はするな。吸血鬼のしぶとさは並じゃないらしいからな」ワルドの警告どおりなのか、ボロ雑巾のようになっていたエルザは何事もなかったかのように立ち上がった。・・・だが、何か様子がおかしい。顔が紅潮し、目が赤く光り、口元からは涎が垂れている。更にその息は荒く、肩で息をしているのがよく分かるぐらいだ。「・・・明らかに様子がおかしいな」「身体が・・・からだがあついの・・・カラダガ・・・オカシイノ・・・」「明らかにやばくね?なあワルド、ニンニクって吸血鬼が苦手なものなんだよな?」「う・・・うむ。それは最早常識なのだが・・・」「そうダヨ・・・わたシは・・・ニンニクがダイキラい・・・だって・・・」エルザは俺たちに向けて幼女とは思えない酷く淫靡な笑みを浮かべた。「自分が自分でなくなっちゃう気分にナルンダモノ・・・」次の瞬間、エルザはワルドに踊りかか、彼の腹に拳を叩き込んだ。あまりに一瞬の出来事にワルドは反応できず、その拳をまともに受けてしまった。更にエルザの反対側の手が振り下ろされると、地面から伸びた太い枝がワルドに襲い掛かり彼を岩に叩き付けた。「か・・・!!??」ワルドはあまりの痛みに思わず呻いてしまった。細い枝がその間に彼の身体に巻きつき、ワルドは身動きが取れなくなった。攻撃はそれで終わりではなくワルドに巻き付いた枝は彼の身体を大きく持ち上げそのまま振り下ろし大地に叩き付けた。その次は崖の岩肌に、その次は大地に、その次は木に・・・。ワルドは己に巻き付いた枝によって滅茶苦茶に身体を叩きつけられ、やがてぐったりとしてしまった。「ワルド・・・!!」ワルドがやられた状況を目を見開いて見ていたエレオノールは土の壁を解除していた。それを現在のエルザは見逃すわけもなく、即座に枝をエレオノールたちに対して伸ばした。「エレオノールさん!」俺が叫んだのが聞こえたのかエレオノールは即座に厚い土の壁を展開した。その光景に俺は内心ホッとした。だが、その安堵もすぐに終わった。ワルドを屠った太い枝はエレオノールの土の壁など、濡れた紙を突き破るがの如くいとも簡単に貫いた。何かが叩きつけられる大きな音がする。「きゃあああああああ!!!」シエスタの悲鳴が聞こえる。「おねえちゃん!エレオノールおねえちゃん!」真琴の悲痛な声が響く。『相棒!ぼっとすんな!来るぞ!』喋る鞘の警告で我に返った俺は即座に刀を構える。その時には既に瞳を真紅で染めた吸血鬼が迫っていた。無造作に振るわれた吸血鬼の右の手を刀で受け止める。おいおい!刀に対して素手で攻撃してるぞこの幼女!?「ウフ・・・」ただ、哂っただけなのにこの悪寒。右手が血に染まろうと気にもせずただ笑う。さながら狂人の笑いに俺は恐怖を抱いた。視線の端には壁に磔状態にされているエレオノールの拘束を解こうと奮闘するシエスタと真琴の姿が見える。だがその足元には細い枝が徐々に迫っていた。「逃げろシエスタ、真琴っ!!」「「え?」」俺が叫んだその瞬間、枝はシエスタと真琴の足に絡みつき始めた。「い、いやあああああああ!!!??」「あ、あわわわわわ!?」二人の悲鳴が俺の耳に届くと同時に、目の前の吸血鬼は狂ったように笑った。「ウフ・・・ウフフ・・・ウフフフ・・・・あはははははははははは!!!!」そうして吸血鬼は俺の腹目掛けて蹴りを入れる。だが俺は当て見回りこみで後ろにいく。俺が攻撃しようとしたその時、人知を超えた速さでエルザは此方に爪を向けた。・・・コレでは刀を納めれない!居合が使えない!!攻撃される⇒当身で回り込むそうして当身を繰り返していく俺なのだが、このままでは当身の回数が・・・!!そして、その時は訪れた。エルザの小さな足から繰り出された蹴りが俺の腹にモロに当たったのだ。蹴られた俺は15メートルぐらいぶっ飛ばされて大木に激突した。意識が一瞬飛びそうになった。いや、飛んでいた。体が痛みで動かない。クソ!!だが、このぐらい全回復すれば回復するんだよね!両手のルーンが輝き傷を癒していくのが分かる。だが、回復も終わったその瞬間、再びエルザが俺を蹴り飛ばした。俺は今度は岩に叩きつけられてしまった。頭を強く打って気持ちが悪い・・・!!早く・・早く空気を吸わなきゃ・・・「う・・・かっは・・・」息を吸い込んで吐き出す。だが吐き出した息と同時に何か変なものを吐き出した。口元を拭うと手にはけして少なくない量の血がついていた。血を見た瞬間吐き気を催した俺は、鉄の味がするのも構わず唾を飲み込んだ。喉の奥から血がこみ上げていく感覚だ。動くと全身が俺のいう事を聞かない。視界に小さな足が見えた。その足が一瞬見えなくなると大きな衝撃と共に俺は空中に放り出されて地面に叩きつけられた。意識が混濁している。何かが見える・・・。威風堂々と佇むジョゼフが。父を思って泣き叫ぶ姫さんが。皮肉たっぷりの表情をしたジュリオが。読めない表情をしたヴィットーリオが。呆れたような視線のレイナールが。恐ろしい笑顔のカリーヌが。不敵な様子のゴンドランが。口げんかをしているエレオノールとカトレアが。傷塗れのアニエスが。生徒達を守る魔法学院の教師達が。マチルダに耳を引っ張られるワルドが。笑いあっているニュングたち三人が。彼女をくれと暴れるマリコルヌが。捕らわれの部屋で泣いているタバサが。やれやれといった風に肩を竦めているキュルケが。子ども達と歌を歌っているテファが。こちらに向けて鳴いているテンマちゃんとハピネスが。仲睦まじく寄り添いあうアンリエッタとウェールズが。一人手持ち無沙汰にしているベアトリスが。恋人に追いかけられているギーシュが。料理を運んでくるシエスタやマルトーたちが。母にどつかれる父が。此方に笑顔で手を振る瑞希と真琴が。・・・走馬灯か?縁起でもないだろうよ。大体皆、俺の評価を上げ過ぎだろう。それほどの事をしたと人は言うがこっちは必死だっただけなんだ。逃げて守って利用して・・・男として情けないったらありゃしないじゃん。見える・・・俺をこの世界に連れてきた奴の姿が・・・。『タツヤ、アンタは私の宝物よ』うるせぇ、バーカ。恥ずかしいこといってんじゃねぇよ。『むきー!!人が折角誉めてるのにいいいい!!!』消えていく姿は最後まで怒っていた。悪いな、ルイズ。本当に恥ずかしいのでつい。しかし、いよいよ年貢の納め時なのかな俺も・・・。身体は痛むはずなのに感覚をあまり感じない。頭もぼんやりとしている。何かが抜け落ちていく。あと少しで決定的になる何かが・・・。その時、また何か見えた。少女の足だった。『あきらめないで、たーくん』――――え?『たーくんはまだやることがあるでしょ?』――――お前は。『わたしができないことをたーくんがやるんでしょ?』――――お前は――少女の足が消える。そして俺は見た。俯き泣いている少女がそこにいた。少女はやがて成長しても泣いていた。――何、泣いてんだよ。少女・・・三国杏里は顔を上げ、何やら此方に来て悪態をついている。声は聞こえない。いつもこの文句は聞き流している。どうせ誰のせいだと思ってるんだみたいな事を言ってるんだろうな。すまない、杏里。俺、挫けそうだったよ。そうだよな、俺、お前の恋人だもんな。お前のもとに生きて帰んなきゃいけないよな。例え戦争だろうが特攻隊所属だろうが魔法世界で吸血鬼と戦おうが関係ない。俺はどんな事があっても・・・生きて帰ると決めてる。そうさ、真琴も連れて帰ってやるよ。絶対にだ。約束は守るよ。妄想の産物かもしれない。いや、走馬灯だから確実にそうだろう。だが、消えていく杏里は確実に笑顔だった。意識がハッキリすると同時に猛烈な痛みがこみ上げる。そうだ。意識が戻っても状況は最悪に近い。身体は相変わらず動かないし、口からは結構血が流れてしまった。瀕死の状態であるのは変わらないのだ。『相棒、相棒!気付いたか!?』喋る鞘が今まで俺に呼びかけを行なっていたようだ。気付いたけど状況は最悪だぜ、相棒。『相棒、確かにニンニクは吸血鬼が嫌いな食べ物だというのは大正解だ。だがあの様子を見て俺は推測したんだが、どうやらニンニクは吸血鬼にとっては人間でいう酒と似たような効果があるようだ!人間は酔うと理性が吹っ飛ぶ状態になる事があるだろう?酔った勢いの過ちとかよくある話だが、吸血鬼にとってニンニクは理性をすっ飛ばす食べ物だったんだ!吸血鬼は妙に自尊心は高いからな。理性を飛ばす食べ物を嫌う筈だぜ!今のアイツは本能に従って行動してる酔っ払いだ!』吸血鬼の好物は若い女の血という。成る程、正気を失ったエルザはゆっくりと真琴たちのほうに近づいている。血は若ければ若い方がいいという・・・彼女の赤い目が射抜いていたのは枝によって動けず涙目の真琴だった。「ウフ・・・ウフフ・・・」ワルドもエレオノールも重傷を負って気絶している今、意識があるのは俺と錯乱しているシエスタと恐怖で泣きそうになっている真琴だ。あの野郎・・・真琴の血を吸ったらシエスタ、エレオノール、ワルドと来て俺を殺す気なんだろう。「させ・・・るかよ・・・!!」気を抜けばすぐに気絶してしまうほどの痛みに耐えることが出来るのはどうしてだ?決まっているだろう。大切な妹が襲われようとしているのに暢気にオネンネなんて出来ない。分かってるだろう俺?死んだらいけないんだぞ?分かってるさ俺。だけどこのままじゃ死ぬよりキツイ光景が待ってると思うから・・・!!そうならないために人は・・・俺はここで痛みに耐えて踏ん張って頑張らなきゃいけないんだ・・・!!俺が暢気に気絶していたから亡くなった命もあるじゃないか!!だから・・・だから・・・普通は動かん身体でも無理を押して動かすんだよ!!「待ちやがれ酔っ払い幼女!!」渾身の力を振り絞って俺は叫んだ。口からまた血が零れる。その声が届いたのか、エルザはゆっくりとその顔を向ける。・・・テメエを酔わせたのは俺だしな、責任は取ってやるさ。「タツヤさんっ!!」「お兄ちゃん!」俺の声を聞いて安心したかのような顔で二人が叫ぶ。・・・戦うのは相変わらず嫌いだけど、誰かの希望になるってのも悪くない気分だな。なんだか死亡フラグ満載の心情だが、死ぬ訳にはいかないからそんなもの叩き折ってやる!!俺は刀をゆっくりエルザに向けて言った。「エルザ、確かによ、人が動物や植物を食べるのとお前が人の血を吸うのは食事として変わらないし悪とは言えないだろうな・・・だが・・・!!」俺はゆっくり刀を構えて言った。「そいつらを・・・真琴を傷付けようとしたお前は俺にとって極悪でしかないんだよ!」精神が高揚していくのが自分でも分かった。そう、分かったが故に―――『気力が最大値に達しました』俺の両手が眩く輝き―――『所持アクセサリ『水精のサファイア』の効果、発動します』水の精霊から貰った精霊石が呼応するかのごとく青白い光を放ち始め――『効果により――』やがて俺の視界は光に包まれていき――『水精の加護を一時会得致しました』やがて光は水飛沫の如く弾けた。燃え尽きたマントは再生し青く輝き、衣服は常に波打つようにうねっていた。その身体はびしょ濡れで常に水が滴り落ちていた。目は怪しく光り、黒い髪は艶々透明感抜群。更に弾けた光が彼の同体に集合し水の鎧と化した。そして持っていた刀の刀身がぼんやりと青白く輝き始めた。最後に彼は一瞬目を閉じ開く。その瞳はラグドリアンの湖の如く青く澄んでいた。「・・・うおおっ!?何じゃこりゃあーーー!?」俺は突然変わった自分の姿に動揺を隠せなかった。なんか液体に包まれたような感覚はこの鎧の中心にある水精のサファイアのせいだろう。・・・正直衣服が濡れて張り付いて気持ち悪い事この上ない。しかも何かうねってるし。髪質が何故かよくなった気もするのだが、正直何の意味があるのか。『そりゃこっちの台詞だぜ相棒!?一体どうなってやがるんだコレ!?』喋る鞘も大混乱中である。そういえばさっきから喋る刀は喋らんな。青白く輝いてるし何か能力でも備わったのかな?「オイ、喋る刀。調子はどうだ?」『いやん♪私と達也君の仲なのにそんな他人行儀な♪』何故かキャラが迷走していた。「オイ、どうしちまったんだよ!?村雨はもっと後輩根性丸出しだろう!」『今の私は村雨なんていう基本人格じゃないんですよ達也君!私は貴方の守護女神ともいえる存在のフィオさんですよ!』「オイ、デルフ、参ったぜ。この刀悪霊が憑いてやがるぜ」『特に珍しい話じゃねえしな。捨てれんのか?』『捨てるだなんてとんでもありません!!私と達也君は例え命尽き果てようとも離れられぬ存在!言わば一心同体にしておしべとめしべが最初からくっ付いている関係と言っても過言ではないのに捨てるとは何事ですか!』「過言過ぎるわ!死人の分際で何で刀に憑いてんだお前は!」『私もよく分からないんですけど分かる事が一つだけあります』「何が?」『愛の力です』「バカは死んでも治らんのかお前は!?」『愛は不滅です』俺の手に刻まれているルーンがチカチカと光っている。このルーンの中で見守ってるみたいな事言ってたなそういえば。あまりに一方的な愛の力に俺はげんなりしそうだった。が、その時立ち上がった俺に攻撃をする為かエルザが猛獣のような勢いで俺に襲い掛かった。あまりの速さに防御が間に合わない!エルザの手が俺の胸を貫かんとする。その手はいとも簡単に鎧を貫き、俺の肉体を通り、エルザはそのままの勢いで俺の反対側に移動した。ハイ、俺は平然と立っている。・・・ん?俺が振り向くとエルザはもう一撃を俺の鳩尾目掛け殴りつけた。エルザの拳は俺の身体に吸い込まれ、反対側に飛び出た。ちなみに全然痛くないです。・・・あれ?エルザは俺を警戒するかのように飛びのき、睨みつける。・・・いや、何がどうなっているのかさっぱり分からんのは俺もだ。俺が首を傾げそうになっていると刀・・・フィオが予想を言った。『コレは予想なんですが・・・今の達也君の身体って・・・水の精霊と同じ状態になってるんじゃないですか?』「は?」『いやつまり、水精の加護だから体が水精と同じになっちゃったと。水の身体なんですよ今。水に打撃は無意味ですし』「クラゲより身体の構成が水分状態になったのか!?」『100%純水人間なんて素敵です、達也君』『だがそれって血とか吸われたら身体縮むんじゃないかね』余計な事を言うな喋る鞘。確かに今の俺の身体にストロー刺して飲まれでもしたら・・・想像したくない。と思ったらエルザはすぐに牙を向き出しにして俺に噛み付いた。「た、タツヤさーーーーん!!!??」シエスタの悲鳴が響く。やべ、一瞬の事で対応が遅れた。・・・だがエルザは俺の首に牙を突き立て血を飲んでいるはずなのに俺は全く平気なんだが。やがてエルザは困惑した様子で俺から離れた。『どうなってやがんだ?』「さあ?」『達也君、デルフさん、コレは達也君が簡易的な水の精霊化したことによって起こる事ですが・・・恐らく今の達也君の血は真水であり吸血鬼にとっても食料にはなり得ない事が考えられます』『だがしかしそれでも飲まれてんだから何かしら不調はあるはずだろうよ』『そこです。今の達也君は簡易的な水の精霊です。なので自然界における水は基本的に達也君の味方です。達也君の力に極力なるように努めるでしょう。ただでさえ水の精霊というのは穏やかで情に厚いですし。それゆえ今の達也君を構成する水分が失われる時、即座にそれを補給する措置が取られていると思います。つまり達也君が血を吸われている間、大気中の水分及び地下水を吸収しているから達也君自身はなんともないんですよ!』『なんだと!?本当なのかフィオ!』とりあえず吸血されない事は分かった。だがそれは防御が良くなっただけで、状況が良くなったわけではない。向こうの方が速度は速いし・・・居合では効果的なダメージは与えられない。水で効果的なダメージと言うとまず窒息か?『とりあえず今の達也君があのチビッコ吸血鬼の口を手で塞げば溺れさせる事は可能と思いますけど・・・』「そこまで近づくのに苦労するか」何か衣服が水を吸っているのか普段よりやや動き辛いのが今の状況だ。そのせいで反応は遅れてるし、隙も結構あるようだ。『他に水で出来る事に思い当たりませんか、達也君?』青白く光る刀、フィオは俺に考えを聞こうと意見を求める。「・・・魔法では水魔法が怪我人の治療に秀でてるらしいけど、今の俺はそういう治療できるのかな?」『出来るも何も普通の魔法より質の高い治療が出来ますよ多分。だって今は達也君は簡易的ですが精霊と同じ状態ですから』『本来の精霊なら触れずに治療も可能なんだが、今のお前さんが本当に精霊みたいなモンなら最低でも触れなきゃならんだろうな』とりあえず治療はできる身体だという事か。防御に加えて回復もできると来た。ここまではコレまでの能力でもありそうなものだ。後は水でできる攻撃か・・・。威力がありそうなものといえば消防車とかが使うホースからの放水だ。・・・うーん、だが放水する仕組みが分からんとできないオチだろうな・・・。とにかくコレは保留だ。かめ●め波みたいに撃ちたいなとは思うけどな。そういえば水でモノを切る事のできる技術があったよな。「よし・・・」『何か考え付いたんですか?』手に対して集中力を高める。手に流れる水の流れが圧縮され細くそれでいて激しくなっていく感覚がする。手自体が鋭い剣に、指先が鋭いナイフになるかのごとき感覚・・・。そうなる為の水の流れを俺は作らんと集中していた。まだだ・・・まだ足りない・・・体中に水分が蓄えられる感覚がしている。身体の水分が指先に集まる為自動的に補給されるのだ。どうせ身体が水なんだから失敗しても痛くはない!「今度は俺の番だ!エルザ!!」研ぎ澄まされた集中が指に集まる。それを目の前の吸血鬼に向かって一気に解放!!「シャォッ!!」振りぬいた手刀はエルザに炸裂するが・・・「あれ?」結果はエルザの服が濡れただけだった。「・・・・・・・失敗か」『お前は何をしたかったんだ、相棒』所詮南●水鳥拳は俺しきの腕では会得できぬ代物だったらしい。いや、スパッと切れたらカッコいいなーと思っただけなんですけど・・・。あ、やべえ、集中切れたらなんだか尿意が・・・。水分を補給しすぎた弊害が来てしまったのか俺の水分100%の身体は大量の余分な水の出口の解放を所望している。俺の焦りが見えてしまったのか、エルザは俺に向けて無数の枝を向けてきた。枝は俺にからみつこうとするが・・・どんどん枯れていくのだが。『植物攻撃で大方達也君の水分を奪おうとしたんでしょうが多分、逆に枝の水分を吸い込んだんでしょう・・・あれ?達也君顔色悪いですよ?』さて問題です。膀胱決壊寸前に水分を取る事はよい事でしょうか?断じてNoであると言わせてもらいたい。俺の尿意は最早限界突破が時間の問題である。だが待て、こんな所で小便など・・・ん?小便?「エルザ・・・」俺は呻きにも思える声でエルザに優しく言った。「お前に同情はしないからな」俺は濡れたズボンの股間のチャックをゆっくりと開き・・・『え、達也君・・・』「ダムが決壊する前に放水開始!!」そのままの勢いで立小便を開始した。猛烈な勢いで俺の精霊化した息子から水が飛び出す。その威力は明らかに消防のホースのそれを超えていた。故にエルザはその水流の威力に負けてしまいそのまま岩まで後退させられ、岩を背に純水の尿の放水をぶっ掛けられ続ける状態となった。・・・一つ予想外だったのは尿によって排出される水分を補給される為俺の尿は精霊化が解けるまで全く終わらなかったということだ。俺はその結果時間にして13分ほど丸出しであり、その間ワルドを回復してエレオノールの傷の手当てを丸出しのまま頼んだりやることはやった。エルザは初めは抵抗していたがあまりの水の勢いに次第にぐったりして動かなくなった。やがて精霊化が解けて俺の立小便も終わり、俺はズボンにジュニアをしまい、汗を拭う素振りをして言った。「ふう、スッキリした」『そりゃあんだけ出せばな』「吸血鬼とはいえ幼女に放尿プレイとは鬼畜の所業だな貴様」この光景を見せないように俺はシエスタたちの死角でやっていたのだが、放尿途中で復活させたワルドや喋る鞘は無論見ていたわけだ。アホらしいといった表情のワルドは気絶しているエルザを縛り上げている。それを見た俺はワルドに言った。「幼女相手に縛りプレイとは外道の所為だな妻帯持ち」「やかましい!!」などと言いつつワルドは手早く猿轡をエルザに噛ませている。妙に手慣れているな?嫁相手にやってんのか?『ま、死ぬかと思ったが・・・』「ああ、方法がどうだろうと、勝ちは勝ちだ」全ては杏里のもとに帰る為・・・俺は恥も外聞も捨てて帰るために頑張る事を心に改めて誓うのだった。(続く)・な、なんて勝ち方だ・・・。