彼女は一応魔法学院に通う身であるので学院が主催する勲章授与式には出なければいけないのは当然だった。一応家の体裁というものを心得ている彼女はこの退屈な式が終わるのを心待ちにしていた。聖女などと言う肩書きがあるので一応愛想笑いを浮かべて適当に手を振る。その適当振りはキュルケやモンモランシー辺りにはばれるだろうが、それ以外にはわかりっこないであろう。目の前で魅惑的な女性が身をくねらせているがあれの正体はジジイである。盛大な拍手と沸き上がる歓声。悪い気はしないし誇らしい気分にも浸れる。やはり人々の賞賛は気分のよいものであるのだ。その心地よい賞賛の時間は終わり、彼女は魔法学院の寮に戻り、身支度を簡単に終わらせた。「マコト・・・待っていて!おねーさんが今、行くわ!!」血走った目で部屋を出るルイズ。だが、愛しの義妹(自称)の元に行かんとする犯罪者正規軍(使い魔・談)の前に立ちはだかる女性がいた。彼女と同じく『聖女』扱いされるティファニアと彼女と共にルイズの部屋に訪問しようとしていたギーシュとキュルケであった。「ル、ルイズ・・・ちょっといいかな?」一刻も早く真琴の下に向かいたいのに出鼻を挫かれてしまった。少々不満な気分でいっぱいだがルイズは友人に当り散らす事もなく、テファの話を聞こうと思った。「何?これから行く所があるから手短にね?」「ご、ごめんね?実はね・・・戦争も一段落したから子供達に逢いに行きたいと思ってるんだけど・・・」「え?」「何だかんだでタツヤの領地に長くいたことがあるのは君だけだしね。僕ら騎士隊としても彼が治める土地を訪問したいんだよ」「私も興味あるから行きたいんだけど、その為には道案内が必要と思わない?」これは僥倖な申し出である。ルイズはやや冷静になった脳でそう考えた。勢いだけで無断でド・オルエニールに向かうより多人数で許可ありで行った方が後味悪くないのだ。これで自分は大手を振ってド・オルエニールに行ける。駄目よルイズ。まだにやけるのは早いわ。「ええ、いいわよ。丁度私も行こうと思っていたから」「そ、そうなの?有難うルイズ!」ルイズの手を取って喜ぶテファに若干の罪悪感を覚えながらルイズは微笑むのだった。そうしてルイズ達は達也が治めるド・オルエニールに来たのだが、どうも領地の様子が可笑しい。騎士隊といっても全員で来る訳ではなくギーシュとマリコルヌとレイナールといういつもの面々が同行していた。トリスタニアやルイズの実家の領地に比べれば遥かに田舎であるド・オルエニールであるが、達也が来た時ほどに荒れておらず、きちんと整地がなされつつあった。ド・オルエニール産の水と野菜は流通の品として市場に出回るまでになっていた。しかしながらそれだけでは領地は発展しない訳で・・・。『農業中心といってもトリステイン内でも上位五番目にも入っていない規模だからな。蚯蚓やモグラがいなければもっと上を目指せるんだが・・・』などと達也は言っていたが『水』を地元の名物として前面に出して売り出す事を他の領地はしていなかったのでこの部門としては他の領地より一歩先に出ている。だって水は蚯蚓とモグラとは関係ないし。ハルケギニアにおいて『水』を売るということは別に珍しくはない。ガリアではラグドリアン湖の水を汲んで加工してそれを貿易の品として利用している。だが、それはあくまで貿易品としてのものであった。達也やゴンドラン率いるド・オルエニールは達也の知識をもとに領地の水を飲料水として売り出していた。この品のメインターゲットは平民であると決めて売り出していた。しかし最初はただの水を買うという事をトリステインの平民達は避けていた。そりゃ川の水とか汲んでその水を利用して生活している平民が多いハルケギニアで水を買う行為は道楽にしか思えなかったのだ。更に水を汲むにも運ぶ方法が限られる平民達はわざわざ遠くに水を買うより地元の河川の水を汲んだほうが手間もかからなかったのだ。達也達は『飲料水』として売り出していたのに平民達は生活必要水が売られていると思っていた為、その意識のズレが全然売れないという事態が生まれてしまった。ゴンドランはこの事実に頭を悩ませていた。達也はじゃあどう考えても『飲料水』としか見えない量で売ればいいと考えた。今までは水を売ればいいんだと樽で売っていたが、もっと小さな器に水を入れればいいのだと思った。しかしながらハルケギニアにはペットボトルなどはない。そんな訳で達也は瓶に水を入れて売り出した。水と一緒に領地で収穫した果実のジュースも壜に入れて売ることにした。そもそもワイン瓶が存在しているから瓶については困る事は全くなかった。あくまで平民向けの飲料水の提供であるので値段も手頃、空瓶は小銭と交換するサービスも行なうと売り上げが上がっていった。『そういう概念がないからその穴をついただけなんだけどな。まぁ、売れているんだからいいだろ』商売においての正義は何だかんだ言いつつ売れることが正義なのである。将来ペットボトルのようなものも作れたら良いが不幸な事に達也はペットボトルがどうやって出来ているかをよく分かっていない。お前、ガソリンのオクタン価とかそういうのは分かるのに何でそれがわからないんだ!?何はともあれこの飲料水の売り上げのお陰でド・オルエニールは密かに潤っているわけだ。金銭面で潤いが出来てもまだ人材は不足している。土地柄ド田舎というイメージが強いのかなかなか若い夫婦が来てくれないのである。何せ領地で一番若い男女の結婚を前提にした付き合いをしている二人がジュリオとジョゼットなのだ。そんな人材不足の領地、ド・オルエニールに来た事はあるがすぐに領地から出てしまうことが多かった少女、ティファニアは今回、達也に会うことと、孤児院の子ども達とゆっくりとした時間を過ごす為にわざわざルイズまで連れてやって来た。ギーシュやキュルケ達はそもそも達也の領地に来た事がなかったので、その一見のどかな風景に『田舎だな』という感想が漏れそうな勢いであった。「自然豊かな土地って言うのかな?」「家と家の間がかなり離れているな。かなりの田舎だね」「ルイズ、タツヤのお屋敷は何処だい?」ギーシュがルイズに尋ねる。だが、ルイズは身体を震わせ俯いていた。「・・・?どうしたのルイズ?何処か悪いの?」キュルケが「頭が悪いのは知ってる」と言って場を和ませようとしたその時、ルイズは弾かれたようにいきなり走り始めた。「マコトーーーーーッ!!!!」「ちょっと待ってよルイズ!?何処へ行くんだ!?」血走った目で荒い息を吐きながら全力疾走するルイズ。幸いなのは彼女の基礎体力及び運動神経、更に言えば足の速さが大した事がなかったのでギーシュやレイナール、キュルケといった面々は彼女の全力疾走に楽々付いて行けたということである。なお、余談なのだが最後尾を走る事になったマリコルヌはキュルケとティファニアが走る様子を見てなのかある部分が膨張して一旦行方不明になった。これが若さゆえの過ちである。賢者となったマリコルヌも合流し、ルイズ達はそのまま達也のお屋敷前に到着した。「ぜぇ・・・ぜぇ・・・こ、ここが・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・タツヤの・・・うっぷ・・・んぐっ・・・屋敷よ・・・おえっ」「思ったより小さいな・・・」「というか全力疾走する必要があったのか?」「何を言っているんだいレイナール君。たまには走るのも鈍った身体に良いものじゃないか!」「マリコルヌ・・・どうして最後尾を走った君が爽やかになっているんだ?」「最後尾でしか見れない境地・・・僕はしかと見た!」レイナールは思った。全く意味が分からないと。マリコルヌはサムズアップしてその歯をきらりと光らせていた。「ここにタツヤがいるのね」「マコトもシエスタもいるはずだわ」ついでに自分の姉も居候しているのだが、キュルケはともかくギーシュ達は自分の姉の事をよく知らない筈だ。・・・紹介もしなきゃいけないんだろうな、多分。ルイズは身なりを整え、深呼吸を一回して、屋敷の扉を叩き、笑顔で言った。「マコト!お姉ちゃんだよ!」この発言にギーシュ達は若干引いたが、ティファニアのみはニコニコしていた。ルイズが勢い良く扉を開けると、そこにはいるはずのない女性が居た。「貴女に妹なる存在は居ない筈ですよ、ルイズ」ルイズはそのまま勢い良く扉を閉めた。そしてギーシュ達のほうに振り返り、何事もなかったように言った。「どうやら間違ったようだわ。私ったら舞い上がっているみたいねしっかりしなさい私」その目に光はなく表情は虚ろである。「とにかく此処はタツヤの屋敷ではない事は住人を見れば確定的に明らかよ。ひとまず一刻も早く此処から離れて・・・」ルイズがこの場からの撤退を提案しかけたその時、屋敷の扉が突然吹き飛んだ。哀れルイズは扉もろとも吹き飛ばされた。「うにゃああああああああ!???」「ル、ルイズーーー!??」「い、一体何だ!?」レイナールたちの後方まで吹き飛ばされたルイズはそのまま地面に墜落しかけたが、キュルケ達の『レビテーション』により無事に着地した。「何を逃げようとしているのです?ルイズ」「あ・・・あああ・・・これは一体どういうことなの・・・?何故、何故ここに貴女がいるのです!?」「心配は無用ですルイズ。今回私は貴女ではなくエレオノールに用事があって来たのです。ですが当のエレオノールは雲隠れ・・・なので私はしばらくの間此処に滞在する事になったのですよ」「姉様が・・・雲隠れ?どういうことですか母様!?」「え・・・!?ルイズのお母さん!?」レイナールとマリコルヌはカリーヌに出会った事がないので驚いているが、ギーシュとキュルケとティファニアはアルビオンで彼女と出会っているため、げんなりした表情だった。「それは私が知りたい限りです。・・・丁度良かったわ、ルイズ」「な、何がです?」「婿殿は何処にいるのです?」「は?い、いえ・・・此処にいるんじゃないんですか?」「僕たちはタツヤに会いに来たんですが、タツヤはいないんですか?」これ以上余計な詮索をされるとルイズが気絶しかねないのでギーシュは助け舟を出すようにカリーヌに尋ねた。「ふむ・・・婿殿が貴女の側にいない時点でおかしいとは思っていましたがそうですか、知りませんか・・・全く、使い魔の管理も主の仕事なのですよ?」「め、面目ありません・・・」「それにしても妹君とメイドの彼女もいないとなると・・・」「なん・・・だと・・・!?」「家族旅行かもね」「何でそういう結論になるかは分からないが、タツヤが妹さんとメイドを連れて遊びに行くのはあるかもね」「成る程、家族旅行ですか。婿殿はエレオノールを家族として認識しているのですね」カリーヌの笑みが邪悪である事にルイズは気付くが、それ以上に彼女には悲しみを背負っていた。「おのれ・・・おのれタツヤ!!何処までも私からマコトを遠ざけると言うのね!?」「遠ざけるも何も君は例の事件では彼女に邪な気持ちを・・・」「アレは薬のせいよ!!??」「そうよ!?アレは本意ではなかったのよ!というかそもそも貴女の彼女が発端でしょうギーシュ!」「発端は彼女とはいえ騒動を広めたのは君らじゃないか!?」「うう・・・思い出したくなかった・・・」「僕はその時の記憶が曖昧なんだけど、一体何があったんだい?」「嫌な事件だったとだけ言わせてもらおう」そもそもあの事件を学院内でネタとして語れるのは達也含め数人ほどである。ギーシュは女性の気持ちを尊重して、ネタとしては語らない。レイナールはあの異常な状況を思い出したくもない。その他男子生徒はあのカオス空間に理解が追いつかない。マリコルヌは洗脳されて敵側であった。ルイズ達は大事なものを奪われました状態なので語れるわけもない。真琴やシエスタは詳しく知らないので語れるはずもない。あの事件をネタとして語る人物はオスマン氏、マルトー、ギトーなどの根性の座った者や、達也ぐらいである。達也の根性は座っているのではなく腐っているからだとルイズは思っている。ひでえ。・・・だが学院外にこの話題を持ち出した者はたった一人だけである。そのたった一人は現在、ガリアの王宮で夕食中である。宮廷での教育で育ったイザベラは魔法学院での生活に興味を抱いていた。イザベラ自身は魔法の才能は乏しい。だが学院生活にはある程度の憧憬の念があるのだ。タバサは無口だし、学院の事など喋る訳がないので、学院で使い魔生活をやっていたはずが何故か男爵にまでなった達也の話をイザベラは聞きたいのである。・・・そういう環境に育った人が違う環境の同世代の話を聞きたいという気持ちは理解は出来る。しかし俺は学院で生活してたのであって、生徒じゃないからな。そこを踏まえて聞いてもらいたいのだ。「それでいいから、学院生活で印象に残った事ってあった?」「そうだな・・・魔法学院には結構危機的状況な場面があったんだ」俺がそう言うと、ワルドがびくりと反応した。いや、お前が何を思っているのかは大体分かるがな。「で、最も魔法学院が危機に瀕した事件がある。それはある女性の一途な愛ゆえに起きた悲劇でした」今度は俺と真琴の間に立っていたシエスタが反応する。シエスタ、お前の心配は正しい。ワルドは微妙な表情で、エレオノールは「それ言うの?」という顔である。なお、真琴とハピネスは食事に夢中である。「悲劇?何があったの?」「うん、ある所に巻き髪がすげえ女の子がいてな・・・」他の学院の奴らとは違い俺にとってあの事件は何の被害もない事件である。ただ、妹の貞操の危機に憤慨する身としてはこの事件を風化させてはならないのだ。とはいうものの、何も不特定多数にいう訳ではない。この場合、イザベラが俺に質問したから俺はそれに答えるだけなのだ。多分この事件はアンリエッタは知るわけがないのだが、何故かガリアの王女は知ることになる。だが、問題はない。ガリア人のタバサも被害者だからな!というか面白い話は皆で共有すべきである。これが全てである。この事件を話した結果、ワルドはスープを噴出し、イザベラ達は大笑いしていた。うん、まあ被害もない皆さんはこういう反応をするよね。「あ、そうそう。この事件においての被害者にタバサもいたから」と、俺が言うとイザベラとジャネットが物凄く動揺していた。まあ・・・色んな意味で動揺するとは思うが・・・。イザベラは頭を押さえて震える声で言った。「先を越されたと憤るべきなのか、同性に逃げたかと憤るべきなのか私はどちらに憤ればいいの!?」「王族の娘が汚された件については憤らないのですかお姫様」「学院女子全てが汚されたんでしょ?そのうちの一人でしかないじゃない」「詳細にいえば学院の女子生徒及び女性教員全員だな。シエスタとかは汚されてないし」「成る程、貴女のメイドは行き後れたという事ね」「行った奴は軒並みトラウマ持ったか新たな境地に目覚めたけどね」此処まで言って普通に食事している我が妹は豪胆であるとしか言えないが、この話を黙って聞いていたドゥドゥーがゆっくりと口を開いた。「その話を聞いていてある伝説のパーティーを思い出したぞ」「兄さん?伝説のパーティーって?」「その名も乱こあべしっ!!?」ドゥドゥーの顔に彼の愛しき妹の鉄拳がめり込んでいた。「年端も行かない子どもの前で何を言おうとしていたのかしら兄さん?」「クックック・・・」拳がめり込んだ状態でドゥドゥーは不気味に笑う。その不気味さは後ろで食事をしていたハピネスが恐怖で俺に擦り寄るほどだった。・・・奴の言いたいことは何となく分かるし、伝説のパーティーというものも何となく予想できる。「ジャネット・・・兄は悲しいぞ!お前は俺が言わんとしていたパーティーを知っている!!何処で知った!よもや参加したとか言うんじゃないだろうなぁ!?」「そんな訳ないでしょう!?私がそのような事をする女に見えますか!?」「見えない事もない」「兄さん!!??」「妹が汚れた事を知ってさぞや悲しみを背負ったなドゥドゥー・・・」「汚れた事にするな!?」「ねぇ、タツヤ。伝説のパーティーって何?らんこまでは聞き取れたのだけれど?」「知らなくていいと思います」目の前で醜い争いをする兄弟を無視して俺たちは食事を続けるのだった。――――私は悪くないのにどうして?――――生きていく為に必要な事なのになんで悪いの?――――私の何が悪いのなんて誰も説明できないじゃない。――――誰も、誰も、だれも。――――あのおねえちゃんだって私に答えを示さずに私を殺そうとした。――――だけど答えを知るまで私は死んでなんかやらないんだから。「ウフフ・・・ウフフフ・・・・・・」暗がりに聞こえる少女の声。かすかに見える肌には火傷らしき跡が見えていた。達也の吸血鬼討伐は明日からである。(続く)