悲しい事に紛れも無く俺は童貞であり子孫を残す行為は行なっていない。つまりお父さんと呼ばれるのは不自然でありおかしいことなのだ。だが刷り込みなら仕方ない訳で・・・。「ぴー♪ぴー♪」可愛らしく鳴きながら俺の肩の上に乗っている生まれたてのハーピー。そもそもハーピーという生物は獰猛、姑息で群れを成して生活する奴らしい。だがこの幼女はやたら人懐っこい。まあ、俺を親として認識しているからだろうが。険しい岩山など、人が立ち入らないような場所に住んでいるこいつらの住処に偶々俺が登って来て偶然孵化の時に遭遇してしまったというわけだ。嗚呼、本来のこの幼女の親よ。何か娘さんは俺を親だと勘違いしたみたいです。申し訳ない。『相棒、育てる気なら今のうちに躾はしとけよ。ハーピーは頭もいいからな。ちゃんとした躾を行なえば野性みたいに人を襲うことは無くなる』「ちょっと待て。育てるって俺は子育てを本格的にしたことはないぞ?」精々瑞希や真琴が小さな頃に子育てを手伝った程度である。オムツ替えたりご飯作ったり洗濯したりミルク作ったり・・・その結果瑞希は家事が苦手になってしまったが。そういえばこれじゃいかんと思って瑞希に家事を教えようと思った矢先の異世界召喚だったもんな・・・。『まず、人間の言葉を喋れるようにしなきゃな。まあ、放っておいても頭いいから覚えるだろうが、何事も躾ってのは必要だ』俺は『意思疎通◎』のおかげでありがたい事に動物との意思疎通は可能だがそれ以外の人間の為に言葉の壁は取っ払うべきだった。「意思疎通を可能にしようと言うのか・・・元の世界に帰りたいと言うのに何でファンタジー世界のモンスターの子育てをしなきゃならんのだ」「ですがお兄さん、ちゃんと躾けないとそのハーピー、お兄さんの世界に普通に付いて来ますよ?そうなると不味いんじゃないんですか?」「いや、確かにその通りなんだがよ、それは此方の世界でも不味いだろ」『構わんだろうよ。ハーピーよりヤバイ生物を使い魔を連れて街中を闊歩しているメイジなんぞこの世界にはごまんといる。ほれ、あの赤い髪のねーちゃんの火トカゲなんか正にそうだろ。野生のハーピーは確かに害獣だが、お前さんの保護下においてちゃんと躾けてやれば人間世界にきちんと溶け込めるんだぜ?』「でもよ、それってメイジが連れているから安心であって、メイジじゃない俺が連れていても何も安心はねえだろ。それに使い魔はあくまで相棒的存在であって、親子的存在じゃないだろうよ」『そんなに難しく考えなさんな。ハーピーとはいえ飼いならせばその辺のペットと変わらん』スマンが無機物よ、俺はそもそもペットは飼った事がないので戸惑ってるんだが?そもそもハーピーの赤ん坊は何食うんだ?ミルクか?「お兄さん、小さなハーピーの主食は小動物及び昆虫ですよ?」『大きくなってくると家畜を襲う奴や時には人間を襲う奴もいるがな』つまりはあれか?俺にその餌を調達しろというのか?「仕方ないでしょうお兄さん。そのハーピーはお兄さんを親と刷り込まれてるんですから、餌の調達の仕方もお兄さんが教えないと」そうは言うものの、この岩山にまともな生物がいるとは思えないのだが・・・周りを海に囲まれた孤島の岩山の山頂から見えるのは空を飛びまわる水鳥のみである。残念だが俺にあの自由に飛び回る鳥を撃ち落す術はない。・・・鳥が駄目なら魚を釣るべきである。幸い周りは大海原。魚は結構いるはずだ。ハーピーが魚を食うか知らんが。「テンマちゃん、協力してくれるか?」俺の意図を汲み取ったのか、テンマちゃんは軽く鳴いて頷いた。この天馬は本当に賢い。俺はテンマちゃんの背に跨りひとまず地上まで降りた。喋る鞘が文句を言っていたが無視した。お前は俺に赤子を肩に乗せたまま岩山を素手で降りろと言うのか。地上で両手の簡単な治療を済ませた後、『釣り上げ』用の釣竿を取り出した。以前はこの釣竿で多量の風石を釣り上げたのだが、ぶっちゃけあのまま釣りまくっていれば世界救えたんじゃないか?現実はなかなか上手く行かない思いつつ、俺は海釣りを開始した。テンマちゃんも大海原に向かって飛んでいった。『ていうかお前の弁当を食わせろよ・・・』「あれは俺のメシだ」「妙な所は厳しいですねぇ」幼いハーピーは自分の周りを飛ぶ蝶を目で追っている。時々俺の肩から落ちそうになるのでその時は俺が身体を支えてやる。コイツは生まれたばかりなのでまだ飛べない。羽ばたこうとするが飛べない。後気付いたのだが、ハーピーって軽いんだな。人間の赤ん坊より遥かに軽い。肩に乗っててもあまり重さを感じない。大きさは生まれたての赤ん坊より少し小さいぐらいなんだがな・・・。それよりすぐ戻るって言ったのにルイズ達はなにやってんだ?達也が不満に思っていたその頃、修道女達と談笑していたルイズ達の前にジュリオが戻ってきた。彼の隣には長い銀髪の修道女が立っていた。「待たせたね」「その子がアンタの彼女ってわけ?」「ああ。紹介するよ、彼女はジョゼット。僕の正真正銘の恋人さ」ジュリオがそう言うとジョゼットの顔は真っ赤になって行く。アーアー、幸せそうでいい事ですねー。ジュリオやジョゼットのようにトントン拍子で上手く行く恋愛もあれば、ギーシュとモンモランシーのような喧嘩ばかりの恋愛もあり、達也のように苦難に満ちた恋愛もあり、自分やアンリエッタのように悲しい結末の恋愛もある。ともすれば恋愛に嫌われまくっている自分の姉のような存在もいるのだ。世界は不平等に満ちている。それは恋愛だってそうなのだ。ワルドを王子様として見ていた過去をルイズは思い出し、現在のジョゼットの顔を見て思った。昔の自分はこのような恋愛に憧れて、裏切られたんだと。やれやれ、人の幸せを素直に祝福しないだなんて、私も姉様みたいになりそうね。今は二人の新たな門出を祝うべきだ。「上手く行ったのね、一応おめでとうと言っておくわ」「聖女の君から祝福されるとは幸先がいいね。此処は有難うと言わせてもらおう」ルイズはジョゼットの雰囲気が何処か感じた事のあるもののように思った。一体何処で感じたものだっけ・・・?気のせいだろうか?修道女達はジュリオの発言にきゃあきゃあ言って喧しい。修道院長はそんな彼女たちを嗜めていた。ジョゼットはそんな修道女たちの前に行き、一人ずつに挨拶していた。ジュリオはその彼女を止める事も無く、優しい目で彼女を見ていた。「流石に此処にいる全員を外に連れ出すことは出来ない・・・」「アンタの目的はジョゼットさんを掻っ攫うことでしょう?他の女まで掻っ攫えば愛想つかされるわよ」「此処の修道院にいる皆は僕の妹のような存在だからな・・・」「だから外の世界を見せたいと思ってるの?」「そうさ。此処の環境はかなり極端だからね。まあ、そのお陰で危険からも身を守れているんだが、心情としては人並みにおしゃれとかさせてあげたいよ」「今は欲張るのはよしときなさいよ。アンタの今の立場は微妙なんでしょ?今は聖下の後ろ盾も無いんだし」「ままならないな・・・本当、どうして現実はこう思い通りにならないんだろうな」「世界は個人中心に回ってないからじゃない?というか恋人を連れ去る事が出来るのに思い通りにならんとかどんだけ贅沢なのよアンタ。テファを見なさいよ。あの子の方が思い通りにならないことが多すぎても弱音はかずに頑張っているのよ?」人間とエルフの子というだけで、ティファニアは同じ学院の生徒の友人を作るのにも一騒動あったのだ。異端審問されかけた彼女だが、それでも彼女は友人を勝ち取った。ルイズは彼女の弱音を聞いた事がない。彼女は強い娘だと思う。達也?アイツは基本弱音と文句ばっかりではないか。どちらかと言えば情けない部類の男だと思う。長生きはするだろうが。やがてジョゼットは挨拶を終えてジュリオのもとに帰ってきた。彼女の目は少々赤くなっており、涙の別れをした事を窺わせる。戻ってきた彼女の前に修道院長が立つ。ジョゼットは彼女に向けて深々と頭を下げた。「お世話になりました。育てていただいた御恩は一生忘れません」「いいのですよ、ジョゼット。必要とはいえ貴女のような若い娘をこのような所に閉じ込める事が始祖の御心に沿ったものではなかったのかもしれません。貴女はこれから外の世界で生きなければなりません。外の世界は理不尽な事や厳しい事が当然のようにあります・・・助祭枢機卿・・・ジュリオ殿と共にその困難に立ち向かえる強さをあなたが外の世界で育てていきなさい。そして彼と末永く幸せに暮らすのですよ?私はそれを望みます」ジョゼットは頷き、ジュリオのもとに近づいた。「行きましょう、お兄さま」「・・・荷物はないのかい?」「ええ。持って行かねばならないものなど、何一つありませんから」正直裸一貫で異郷に行くのはこの上なく心配だが、ジョゼットはジュリオといるだけでそれだけで十分だった。「そうか・・・。ジョゼット、君は僕が幸せにするよ」「はい・・・!」歯の浮くような言葉を言うジュリオに対して満面の笑みで答えるジョゼット。それを見て真琴は興味深げだし、シエスタは羨ましそうに見ている。ティファニアは感慨深げに二人を眺めていた。「何この桃色空間、ふざけてるの?」ルイズにいたっては苛々していた。やはりこの女はラ・ヴァリエールの娘だった。「では行こうか。それでは皆さん、始祖のご加護を!」ジュリオはジョゼットを抱えあげると、風竜の背に乗せた。更に聖女として同行したルイズとティファニアの手を取り、風竜に乗せた。ルイズ達は物凄く居心地が悪かった。そりゃ目の前でイチャイチャされたらげんなりもするわ。死ねばいいのに。ルイズのストレスは何故か上昇していた。さて、取り残される形となったシエスタと真琴は達也のもとに戻る為、修道院を出た。その場で待ってるかと思われたが、達也はその場にいなかった。「お兄ちゃん、何処に行ったんだろう・・・?」「あ、あそこにいますよ、真琴ちゃん」シエスタが指差した先には何処で調達したのか釣竿を海に垂らし、のんびりしている達也が居た。だが、その格好はボロボロであり、服は所々破れていた。・・・この人は一体何をやっているんだろう・・・?「おにいちゃーん!」嬉しそうに叫びながら兄のもとに駆けて行く真琴。シエスタは思考を中断してその後を追った。真琴の声に反応して、達也は振り向いた。「お、帰ってきたか」何か顔は生傷だらけになっているが、達也は笑顔で真琴を迎えた。・・・ん?ちょっと待て。彼の肩に乗っている生命体は一体なんだ?「わ~!かわいい~!」真琴の黄色い声でシエスタはそれが何なのかを認識した。ハルケギニアでは家畜や田畑に被害を与える害獣ハーピーの雛(?)だった。女性体しかいないこの種族だが、達也の肩にいる個体は女性特有の身体のラインは出来ておらず、幼子のような身体であった。まあ、当たり前なのだが。・・・何で達也の肩に普通にいるのか分からないし、真琴がハーピーの頭を撫でても、ハーピーは危害を加える気配も無いのも意味が分からないが。「修行馬鹿のせいで岩山を上る嵌めになってな。その時コイツのタマゴを見つけた」「孵化に立ち会ったんですか?」「うん。それでこのザマだよ。俺が親だと刷り込まれたみたいでさ」「それでタツヤさんは何を?」「コイツの餌を釣り上げようとしてるんだ。でも中々釣れないんだ・・・って、おおっ?」達也の握る釣竿がしなる。何かがかかったようだ。「なかなかの引きだぞこれ」「お兄ちゃん、手伝わなくていい?」「ああ、大丈夫だ。そろそろ釣り上がるから・・・それっと!」ところで失念していたのだが『釣り上げ』で吊れるのは『アイテム』である。何が言いたいかと言うと『魚類』は対象外であるという事だ。おそらく多くの生物が『アイテム』として対象外だということだろう。では俺が釣り上げたのは一体何なのか?「・・・なんだこれ?貝の水着?」俺が釣り上げたのはどう見ても女性の胸を隠す為に加工された貝の水着(?)であった。おいおい、何だよこれ?「タ、タツヤさん・・・何を釣り上げてるんですか・・・」「釣れてしまったんだから仕方ないだろう」俺は釣り上げた水着を手に取った。これは一体なんだろう?貝だから投げたら武器になりそうだが・・・そう思っていたらやっぱりいつものようにあの電波が飛び込んできた。『人魚のビキニ:ただし人魚なので上しかない。これを人間が着用すると水中でも苦しゅうない。男が着用すると視覚的暴力があるのでやめろ。胸が寂しい女がつけても悲しいだけ。それなりの人がつけてこそ映える。人工ではなく天然モノのレアモノである』・・・どうやら役立つアイテムのようだが、俺には装備できない代物のようだ。「シエスタ。どうやら俺はこれを君にプレゼントしなければいけないようだ」「え!?何ですか急に!?こ、こんな大胆なモノを私に・・・」「何かいいもののようだからな。いつも真琴を世話してくれてる礼のようなものだよ。受け取ってくれ」シエスタは俺から人魚のビキニを受け取った。彼女はそれを大事そうに受け取り、俺に深々と頭を下げた。「有難う御座いますタツヤさん」「いいよ、礼なんてさ。拾い物みたいなもんだし。さて、俺たちも行こうか。テンマちゃん!」俺が大声でテンマちゃんを呼ぶとテンマちゃんは空の彼方から猛スピードで駆けてきた。その口には小魚が数匹咥えられていた。これをすりつぶしてハーピーの子どもに食わせようと思うのだが、その旨をシエスタに伝えると彼女は俺の考えに反対した。「駄目ですよタツヤさん、タツヤさんは口移しでその子にお魚を食べさせようと考えられているんでしょう?人間の口の中は案外雑菌だらけだから、そんなことしたらその子病気になってしまうかもしれませんよ?食べやすい大きさに切ってあげてそのままお魚をあげても問題はないと思います」俺より多くの兄弟の長女であるシエスタがそう言うなら間違いは無いのかもしれない。それより口移しはいけない事なのか・・・覚えておこう。とはいえそうなると小魚をハーピーの小さな口に一口で入るぐらいの大きさに切らなければならない。「・・・まさかとは思いますがお兄さん。私を使うんですか?」「むしろお前以外に刃物はない」「そこのメイドさんが刃物とか持っているんじゃないんですか」「シエスタはあくまでメイドであって料理人じゃないからマイ包丁を持ち歩いてはいないぞ。諦めろ無機物B。これも平和利用だ」「私が生臭くなります・・・って話を聞いてくださいお兄さん!?」喋る刀の哀願を無視して俺は刀で小魚を切った。案外やってみるもので、小魚は不器用ながら一口大に切れた。それを俺たちはハーピーの子どもに与えた。ハーピーは嬉しそうに小魚を頬張りぴーぴー鳴いていた。その様子が愛らしいと感じたのか、真琴はハーピーの子どもを思わず抱きしめて頬擦りしていた。・・・いやー・・・和んだ。真琴に抱きしめられても平然としているハーピーだが大丈夫なのだろうか?『自分に餌をくれた存在だから敵ではないと認識してんじゃねえの?いくら頭いいと言ってもまだ赤子だかんな』「そういうもんなのか・・・奥が深いなぁ」「ねえねえ、お兄ちゃん!この子、何て名前なの?」突然そんなことを我が妹は聞いてきた。そう言えばそんなのまだ決めてない。「お兄ちゃん、私が決めてもいい?」上目遣いで聞いてくる我が妹。将来は男泣かせになりそうで怖いなあっはっは!「一応名前の案を言ってみな」「うんとね、この子髪の毛が蜜柑の色だから『ミカン』でいいよね!」いや、確かにオレンジ色のショートカットだけどそれでいいのか我が妹よ。と、思ったら真琴の所有する喋る杖が口を挟んできた。「真琴ちゃん、もっと可愛く『ミーちゃん』でいいじゃない」「ちゃっかり命名権を横取りしようとするな無機物C。あんまり変わらんだろ」大きな目で幼いハーピーは俺を見つめる。その目は『いったいどちらが私の名前なんだ』とでも言いたげだった。あのなお前ら、身体的特徴を名前につけたらもしこいつが髪を青に染めたらどうすんだよ。こういうのは変えようのないものを名前につけるんだよ。コイツはハーピーだ。それはどのように抵抗しても変えようの無い事実だ。「ハーピーは害獣として認識されてる。だがコイツにはそんな害獣として育っては欲しくないと思う。一般的なハーピーが俺たちに不幸をもたらす存在ならこいつは俺たちに幸運を届ける存在になればいいなと俺は思う。そういうわけで俺はコイツの名前は『ハピネス』がいいと思う」「ぴぃ♪」「おのれ兄様!親の貴方が提案したらその子は賛成するに決まってるじゃありませんか!!」喋る杖が喧しいが、俺は気にせず真琴に聞いた。「どうだ?この名前」「幸せなら『ハッピー』の方がいいんじゃないの?」「まあ、愛称をつけるとなればそう呼んでも良いんだけどな」まさかいきなり妹に駄目出しを喰らうとは予想外だったが、真琴も了承してくれた。だがひとまずハーピーの名前も決まり、俺たちはテンマちゃんと共に新たなお供を連れてド・オルエニールへと向かうのであった。一方、先に島を飛び立ったジュリオ達。ジョゼットは色々あって疲れたのかジュリオの腕に抱かれて眠っていた。風竜の速度は快調であり、心地よい風がルイズ達の頬に当たる。ルイズはジョゼットが眠ったのを確認してジュリオに尋ねた。「幸せの絶頂のようね」「そりゃあね。でもまあ大変なのはこれからさ」「そうね。ところで快調に空を飛んでいるところ悪いんだけど」「なんだい?」「タツヤ達置いたままでド・オルエニールに入るつもりなの?」「・・・・・・招待者を置いたままにしていた・・・」「全く浮かれる気はわかるけどね、しっかりしなさいよ?貴方はこれから箱入り娘を魔境に放りこむんだから」「噂に聞くだけだが、タツヤの領地はそんなに酷いのか?」「見れば分かるわよ。見てるだけなら面白いし」巨大生物が闊歩してるなど実際見て見なければその異様さは伝わらない。ルイズの思わせぶりな発言にジュリオは少し不安になるのだった。その頃のド・オルエニールでは再び活動が活発化した巨大ミミズの撃退から戻ったワルドが事後報告を済ませようとしていた。その報告をゴンドランは静かに聞いていた。報告を終えたワルドは泥まみれの顔を拭い、ゴンドランに言った。「最近の蚯蚓どもは炎に耐性が出来た感じが否めませんな」「うむ、お陰で焼くのに少々時間がかかる羽目になったな」「火力が足りないのでは?」「何だワルド。私が歳とでも言うのか」「そんな事は言ってませんから杖をこちらにちらつかせるのは止めてください」「しかし火に耐性が出来たのは事実だ。これは厄介な事だな・・・」「ええ。そういえばロマリアとガリアの戦争が終わったのに奴は帰りませんな」「若か。若の妹様も行方知れずだし、無事ならばよいのだが・・・」「お陰でラ・ヴァリエール家の長女が毎日のように怒鳴り込んできますね」「全く、説教をお前に任せて私は寝たい」「お断りいたします。ラ・ヴァリエール家の者は苦手でして」「そりゃ私もだ・・・やれやれ厄介な事だ」ゴンドランは『厄介事といえば』と言って一通の封書を取り出した。「何ですかそれは」「見て分からんか?手紙だよ」「それは分かりますって」「トリステイン本国からと思ったら違ったよ。聞いて驚け、何故かガリアから若に向けての手紙が来てる。読むか?」おおよそ機密など何処吹く風というかゴンドランは予め内容を確認しなければならない立場である。とはいえほぼ無関係のワルドに見せるとかお茶目にも程がある。ワルドは手紙を受け取ると静かに目を通した。読み終わった後の彼の顔は少々げんなりしていた。「何でガリアからこんな手紙が来てるんです?一体あの男は何をやらかしたのですか?」「広報活動であろう。多分」「自信なさげじゃないですか。全くこの印はガリア王家のもので差出人はよりにもよって・・・」ワルドがつき返した手紙には確かにガリアの新女王のイザベラ1世の名がしたためられていた。ゴンドランとワルドは溜息をつき、どうして問題がこうもやってくるのか本気で悩んだのだった。【第六章:『五千年ごしの戦争』 完】(続く)