新しい朝が来た。俺は沸き上がる歓声で目を覚ました。「うるせぇな・・・」まるで早朝に爆走する選挙カーに対する不愉快さに似た感情を俺は覚え、窓を開けた。「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」すぐに窓を閉めて、カーテンも閉めた。どうでも良いがこの公害レベルの歓声も何処吹く風で眠っているルイズとフィオは図太い。しかし世の中はこいつ等のような図太い人間だけではなかったようである。別の部屋にいたティファニアとマリコルヌが俺たちの部屋にやって来たのがその証拠である。「何だよ一体・・・頭がガンガンする・・・」「一体、何がどうなってるの?タツヤ?」「知らん。朝っぱらから元気な奴らが周囲の状況も省みずに騒いでるんじゃねえの?」「敵が攻めてきたのかも知れないのに暢気な考えだね君は。どれ・・・」マリコルヌが窓に近づき、カーテンの隙間から窓の外の様子を窺おうと俺たちの部屋に入り・・・「おおっと!二日酔いによる影響で足がもつれたぁー!」そう言って何故か窓の方とは逆方向のルイズたちが眠るベッドの方向にダイブした。彼は緩やかな放物線を描き眠る乙女(笑)達の元に飛び込んでいった。俺は一瞬の隙を突かれ、如何する事も出来なかった。時が緩やかに進む感覚。そう感じるのに自分の身体は動かない。ゆっくりと、実際は結構な速さでベッドに近づく英雄マリコルヌ。その表情は愉悦の表情と共に勝利の確信が見て取れた。マリコルヌのターゲットはどうやら方向や角度からしてフィオのようである。ルイズは狙われていない。良いのか哀れなのか分からん。ルイズが狙われてないのなら俺の出番はないな。彼女は実は意識は覚醒しており、その際一計を案じていた。意中の彼の心をかき乱す為に扇情的な寝相をあえて作り、彼を釣る。正常な一般男子ならば、胸チラパンチラな今の自分の破廉恥ともいえる努力の餌に食いつくはず!しかも今は出血サービスで臍も出しちゃったりなんかして!くっくっくっく・・・目を閉じてるから彼の様子は詳しくは分からないがこれでムラムラするはず!殿方は朝は何かと元気だと姉から知識を得た自分に死角はなし!さあ、達也君!どーんと来ちゃってください!彼女はささやかな期待を胸に秘めていた。これも愛ゆえの暴走というものである。しかし本当に達也がドーンと来ちゃったら検閲という悲しみを背負わざるを得ない。そんな事は彼女にとってはどうでもいいことであるのだが、そうは問屋が卸さなかった。何かが近づくのを察知したフィオは薄目を開けて様子を見た。気味の悪い恍惚の表情を浮かべたマリコルヌが、空を飛んでいるのが見えた。彼女はその瞬間、目を見開いた。魔法で吹き飛ばすか?詠唱が間に合わない!ならば!「私に対して朝駆けとは!」フィオは叫びながら身をよじり、マリコルヌのダイブを避けた。ベッドから転げ落ちて床を転がり、戦闘態勢を取るフィオ。だが、見据える先のマリコルヌは達也に拳骨を喰らっていた。「痛い!?」「何考えてんだお前は」「すやすや眠る女の子と添い寝するのが僕の夢の一つなんだよォ~っ!?後生だタツヤ!手出しはしないから女の子と同じベッドで寝かせてくれェ~!!香りと温もりを僕にくれェ~!!」マリコルヌは泣きながら達也に懇願している。そもそもこの部屋割りの時も一番彼が渋った。曰く、何故異性で同じ部屋に割り振られているのかという事なのだが、基本部屋割りはくじ引きだから。今回は何故かそのくじ引きにルイズとフィオも参加していたせいで話がややこしくなった。本来は女子は女子で固まって部屋を割り振られるのだが、本来女子が使っていた部屋が部屋のメンテナンスとか何とかで使えなかった。仕方ないのでキュルケとテファとタバサが同じ部屋に泊まり、余ったルイズとフィオと同じ部屋になる男をクジで決めた。いいのかそれで。俺がその当たりをひいたのだが、その際、マリコルヌは・・・。『こ、これはまさしく陰謀だ!!』と、俺に掴みかかる勢いであった。いやさ、俺としてもね、野郎どもと同じ部屋の方が気楽だよ。でもルイズと同じ部屋で寝るとか今更だし。フィオもあれでそれなりの常識はあると信じます。多分。色気も何もないが、マリコルヌは過剰に二人の身を案じていた。フェミニスト根性に感心していたのに、今しがたの行動は一体どういうつもりなのか。「こんな事ならモテている時に本懐を遂げていれば良かったと思う次第だよ」「後悔先に立たずだな、マリコルヌ。その気持ちは共感できないこともないよ」俺としても杏里が此方を好きと早い段階で分かっていたら回りくどい方法でデートとかせずに短期間でウフフな事になっていたと思うと残念としか思えん。そうでなかった結果俺はこのハルケギニアという異世界に来てしまったわけで何故か戦争にも参加してるんだが。「己の欲望のはけ口に私を利用しようとするとは・・・下劣極まりないですね」吐き捨てるようにフィオが言うが、正直お前が言うなと言いたい気になるのは気のせいでしょうか?フィオの罵倒にマリコルヌはうっとりとした表情を浮かべかすかに身悶えている。朝っぱらから何というものを見せてくれるのだこいつ等は。そして我が主は何時まで寝ているのだろうか。その豪胆さには舌を巻く勢いだが、そろそろ起きてもいいだろう。俺は宿側から支給された抱き枕を抱いて寝ているルイズの肩を揺り動かした。「おい、起きろよルイズ」だがルイズは起きる気配もなく。寝起きはいい方だと思っていたが、眠りが深いのだろうか?「う~ん・・・見なさいタツヤ・・・私はやはり成長期真っ只中だったのよ・・・見なさいこの胸!」どうやら夢の中で彼女は自身のコンプレックスを払拭しているらしい。だが、都合のいい夢を何時までも見させているわけにはいかない。「ルイズ、きっとそれは蜂に刺されたんだ。つまりはその胸の肥大化は蜂の毒によるものであり、したがってお前はもうじき死ぬ」「んなわけあるか!!」そう言ってルイズは跳ね起きた。そんな彼女を呆れたように見る一同。ルイズはそれを見ると、自分の胸を確認していた。・・・どうやら現実を認識したようだ。彼女の目からは涙が一筋流れていた。「儚い夢だったわ・・・」「豪快な寝言だったな。あと言っておくが、お前の胸が大きくなったらカトレアさんと見分けがつかなくなる。それは面倒くさいからやめろ」「何でアンタに私のバストアップを制限されなきゃならないのよ!?」「心配しなくても成長の恐れはない」「断言した!?」「ルイズ、その体型も悪い事ばかりではないぜ?何せ実年齢より若く見られるからな」「若くっていうか子ども扱いされるの間違いよねそれ」「敵の油断を誘えるぞ、やったねルイズちゃん!」「今の私は聖女扱いされてるんだけど?油断も何も過剰に警戒されて然るべきなのよ?」「加えて我々はこのガリア侵攻軍の中でも先鋒として一応の活躍をしています。活躍というのはすぐに敵側にも伝わりますからね。達也君にもそれなりの警戒網は張られるでしょう」したり顔でフィオが俺に忠告する。聖女とされているルイズやテファを護って戦う俺たちは何故か先陣をきって戦う羽目になっていた。なので良くも悪くも目立つのだ。「結局、外の騒ぎは何なのかな?」テファがそう言って窓を開けて目を細めた。「なんだか人がたくさんいるよ」「どれどれ・・・?」マリコルヌが『遠見』の呪文を使って外の様子を見始める。そのうちある一点を指差して言った。「あれはロマリア軍・・・友軍だね。あれ?軍勢の中心に祭壇のようなモノが見えるぞ?」ロマリア軍の中心には何やら大きな櫓が出現している。今から演説でも始めるのか?敵の真ん前で大胆な・・・。そう思っていると誰かが壇の上に上がってきた。「教皇聖下だ!」「説法でもする気かしら?」「話し合いで解決するとでも思ってんのかな?」「・・・とにかく何か動きがあることは明白。私達も動きますよ」俺たちはフィオの提案に乗り、リネン川のほとりへと向かった。その途中ギーシュ達や、キュルケとも合流したのだが・・・タバサの姿がない。「タバサは?先に行ってるのか?」「私が起きた時にはもういなかったわ。そっちと一緒にいると思ったんだけど・・・いないの?」キュルケは困惑した様子で俺に言う。「皆さん、見てください。面白いものが見えます」フィオが正面を指差す。俺たちがそちらの方向を見ると、まずはキュルケが目を見開いた。「あの旗は・・・ガリア王の旗!?」その旗の下にはロマリア教皇のヴィットーリオが立っていた。あの優男には特に良い感情を抱いていない俺は胡散臭げに彼の挙動を見守る事にした。教皇が手をあげると歓声は唐突に止み、一斉に祈りの体勢をとる。「おいおい!?戦場のど真ん中でお祈りかよ!?」特に祈っても風で戦況が左右される戦場でもあるまい。ロマリア軍が祈りを捧げている頃、ガリア側は陣形を整えているように見えた。やがて祈りが終わり、若き教皇は両手を広げた。「敬虔なるブリミル教徒の皆さんに、本日は吉報をお伝え致します。対岸にいるガリア軍の皆様にも是非とも聞いていただきたい」「ほう、ここで出てきたか。ロマリアの担い手」小型のフリゲート艦に乗り込み、シェフィールドの持ち込んだ通信機器を使い、戦況の様子を窺うのはガリア王のジョゼフである。その傍らにはシェフィールドが控え、後方にはアンリエッタとアニエスが後ろ手を縛られた状態で座らされている。アンリエッタはこの戦場であの教皇が何をするのか興味はあったので耳をすませた。「何かしら勝算があってのご登場だろうな。さて、教皇聖下。どのような奇跡を俺に見せてくれるのかな?なぁ?アンリエッタ殿」「随分と余裕がおありですのね」「実際余裕は多分にある。俺は今回最悪の地獄を見たい。憎悪と絶望が渦巻く戦場を作り出すための布石は既に打ってある。だがその前に舞台役者の主張を聞いてやろうではないか」ジョゼフは心底つまらなそうに言う。笑うまでもなく怒るだけでもなく、ただ退屈の極みであるかのように。一方、ロマリア軍の対岸にいるガリア軍からは当然のように野次が飛んだ。「戦争相手に説教かよ!侵略者!」「とっとと国に帰って家畜相手に説法でもしていやがれ!」「帰らないって言うなら、俺の魔法をお前らのケツにぶち込むぞ!」そんな罵声を無視して教皇は言葉を続けた。「ガリア軍の皆様、あなた方は間違っている。あなたがたが王と抱く人物は、このガリアの正統なる王ではありません。あなたがたが王として忠誠を捧げている人物は、次期王と目されていたオルレアン公を虐し、玉座を奪い取った強盗のような男です。貴方がたは、そんな男に忠誠を誓おうと言うのですか?それは神と始祖への侮辱であることを理解していただきたい」「強盗行為を今やっているお前らがそれを言うのかよ!恥を知れ!」「内政干渉もいいところだ!それこそ神と始祖への冒涜じゃねぇのか!」「アンタは知らんかもしれないがな、王族のお家騒動なんて歴史から見ても珍しい事じゃないんだよ!」「なり方はどうあれ、俺たちはジョゼフ様を王と認めた。正統な王ではない?彼はれっきとした王族であり王位継承候補であった。王になる資格は有していたんだ!」「俺たちはガリアの地に忠誠を誓っている。それを踏み荒らす貴様らを俺たちは許さない!」「どうやら見解の相違があるようだ。私たちは、あなた達を支配する為にこの地にやって来たわけではありません。あなた方の祖国に正統な王を戴かせる為にやってきたのです。我々は異教徒と手を組んだあなた方の王を、王と認めるわけにはいかないのです。それは、敬虔なるブリミル教徒である皆さんも、よくご存知のことです」外交戦略と言ってはそれまでだが、たしかにジョゼフ王はエルフとの交流に熱心であることは事実であり、それを不安に思う兵士たちも多い。エルフは古くから異教徒とされてブリミル教の敵とされている。だが、信仰心など欠片もないジョゼフはその敵と何やら交流している。基本的に現在のジョゼフが王であるガリアは信仰の自由が保障されている。ブリミル教をただ一つの宗教とする人々からはそれは愚行にしか見えぬものであり、彼が『無能王』と罵られる要因となっていた。ジョゼフの求めるものは混沌と自己の感情が揺り動かされる事となることであり、信仰の自由も彼が気まぐれに宣言したことであった。それが結果的にエルフとの交流というブリミル教ではタブーとされる行為を平然と行なうことになったのだ。無論、異教徒との外交に対して反対する声もあったが、ジョゼフはそう言う声を一笑に付した。『何故エルフ達と交流するかだと?その方が面白い事になると感じたからだよ』そう言ってジョゼフは反対派を煽るような発言をしている。うまく行く訳がないと前評判を嘲笑うかのようにジョゼフは東方やエルフの里から仕入れた技術を率先して取り入れた。元々強国であるガリアはハルケギニアでも頭一つ飛びぬけた技術を持つまでになっていた。・・・だが、その技術とエルフの技能の結晶である筈のヨルムンガルドが謎の兵器によって粉砕されたと言う事実はガリアにも衝撃を与えた。「それではあなた方が抱くべき、正統な王を紹介致しましょう。亡きオルレアン公が遺児、シャルロット姫殿下です」教皇がそう言うと、壇の下から、神官たちを取り巻きに、タバサが現れた。その格好は豪奢な王族の衣装である。眼鏡がない。ああ、わかっていない。「やってくれたわね・・・どう説得したかわからないけどあの子を祭り上げるなんて」キュルケがハルケギニアの姫に仕立て上げられた親友を見て、怒りを堪えるように呟いた。ルイズは眉を顰めており、ギーシュ達は驚愕の表情を浮かべていた。「・・・中々、エグイ真似をするじゃないですか。今の教皇は。ですが・・・」フィオはガリア軍の方向を見やる。タバサの登場に動揺しているのか、ガリア側は騒がしい。「シャルロット様?あの折に暗殺されたのでは?」「いや、身分を剥奪され、トリステインに御留学されたと聞いている」「落ち着け諸君!」動揺するガリア軍を一喝したのはソワッソン男爵であった。「あのお方が真に今は亡きオルレアン公の遺児、シャルロット様御本人ならば、穏やかに過ごさせずこのような場に担ぎ出したロマリアのその卑劣さを責めよ!偽者であった場合はガリア全土を愚弄する行為と憤慨せよ!そう、どちらにせよこの場にあの方がいらっしゃるのは不自然であり、担ぎ出されることはシャルロット様としても不名誉なものと思え!」「今、ディテクト・マジックが終わった。あの方には何の魔法もかけられていないようだ」男爵の近くにいる鉄仮面をつけた騎士がそう言って膝をついた。同じくタバサを調べていた何人かの貴族たちが膝をついていたのも見える。ロマリア側がどのような手を使ってタバサを担ぎ出したかは知らないが、まあ碌な勧誘の仕方ではないのだろう。ガリア軍は目の前にいるのが本物のシャルロット姫である事を知り、動揺が広がる一方である。そんな中、懐かしそうにソワッソン男爵は言う。「お懐かしゅうございます、シャルロット姫殿下。このような形で再度出遭いたくはありませんでした」男爵の横から、ある貴族が鉄仮面をむしりとり、腕を振って叫んだ。「私は東薔薇騎士団団長のバッソ・カステルモールと申す者!故あって傭兵に身をやつしているが、諸君、突然だが私はここにシャルロット様を玉座に迎えての、ガリア義勇軍の発足を宣言する!我と思うものはシャルロット様の下に集え!」突然のカステルモールの宣言にガリア軍はどよめく。その心の隙をヴィットーリオは突いた。「ガリア軍の諸君、君たちの聡明で勇敢な頭脳で考えたまえ。君たちの無垢で善良なるその良心に問え。この旧い、由緒ある王国に相応しい王は誰か?リュティスで今も尚惰眠を貪る、無能王か、ここにおられるこれからこの聖エイジス三十二世自らが戴冠の儀式を執り行う予定の、才気溢れる若き女王か?よく考えたまえ」その宣言に何人かのガリア兵士や貴族がカステルモールに続いていく。恐らくあれが反ジョゼフ派なのだろう。だが、それは大軍からすれば少数といえる数ほどである。「諸君、始祖と神の僕たるこのわたくしが認めた真の国王を、玉座に座らせる事を拒むと言うのか?あなた方は賊軍の汚名を被るつもりか?」ヴィットーリオは若干強い口調で問いかける。ガリア軍の至る所で議論が起きはじめた。いまだガリアでは何だかんだでブリミル教の信者は多いのだ。そんな様子を俺たちは見ていた。成る程、自己の権威を最大限に利用した説得だな。「不味いわね・・・ガリアに動揺が広がってる・・・もっと多くのガリア兵が寝返ればこの戦いは泥沼になってしまう」ルイズは冷や汗を流しながらそんなことを呟いた。教皇の周りは聖堂騎士達が固めている。結論を急かすようにロマリアの艦隊が徐々に増えていく。それに呼応するかのように一人、また一人と義勇軍に参加を表明する者が増えていく。ジョゼフに不満を持つ者、勝ち馬に乗ろうとする者、信仰心により寝返る者・・・思惑は様々であった。そんな様子を見てヴィットーリオや聖堂騎士、そしてジュリオは口元に笑みを浮かべていた。「やれやれ・・・戦場のど真ん中で義勇軍を募るとは、元部下のカステルモール君も無謀な真似をする」「結果的に裏切り者が現れているではありませんか」「何、俺は他人の評価などあまり気にせず気ままに国政を行なっていたからな。当然反発は多いのだよ。むしろ裏切りが出ないほうが怪しいというものだ」アンリエッタの悪態も何処吹く風といった様子のジョゼフは空を見つめて口元を吊り上げる。「・・・まあ、だからと言って裏切り者を放置しておくほど俺はお人よしではないのだよ」ジョゼフがそういったその時、彼方の空に巨大な炎の玉が出現し、弾けた。「え・・・?」アンリエッタは呆けたような声を出してしまった。「・・・ん?予想していた威力より弱いな」ジョゼフの不満にシェフィールドが答える。「只今お試しになられたのは一番小さな火石です。ビターシャル卿は、此方の二番目の大きさのものを指したと思われます」「なるほどな。俺の早合点だったか」アンリエッタはロマリア艦隊の三分の一、そしてガリア艦隊の一部を焼き尽くした炎の玉を見て息を呑んだ。炎を上げて墜落していくロマリアの艦隊を見て、ジョゼフの言う『地獄』の意味が分かった。まるで小型の太陽の如く、全てを燃やしたあの炎はアニエスにも多大な衝撃を与えたようで、彼女も目を瞑り震えている。「あなたは・・・あなたは自分が何をやったかお解かりですか!?」「敵と裏切り者を焼き尽くした。まあ、少々味方も巻き込んでしまったがね。それがどうした?」心底不思議そうな声でこの男はアンリエッタに逆に問いかけた。絶句するアンリエッタに興味をなくし、ジョゼフは先程使った火石より大きい石を取り出した。「さーて、今度はこれを使ってみるか。どうなるかな、と」まるで些細な実験を試すかのような口調でジョゼフは言う。アンリエッタはこの男が詠唱するルーンがルイズのそれと同じ事に気付いた。「貴方がガリアの担い手・・・!!」「それを知った所で何になる?俺を殺すかね?それは無駄らしいぞ?何せ代わりは幾らでもいるらしいからな。せっかくこれから地獄を見せてやるのだ。素直に傍観者になっておきたまえ」「貴方は狂ってる!」「単身ここに乗り込んできた貴女も十分狂った判断をしたと思うがね。まあ、それは勇気かもしれんが。まあ、残念ながら俺は至って正常だよ。正常で尚、地獄を彩るのだ。それに・・・」ジョゼフは暗い笑みを浮かべて言った。「この地獄の演出者は俺だけではない」突然現れた炎の玉により、ロマリア艦隊ガリア艦隊双方のフネが多数消滅した信じられない光景を見て、リネン川に布陣した両軍は絶句していた。その場に会った数十隻の艦は燃え尽きていた。幾つかの艦が燃えながら墜落して行き、戦場では恐慌が発生した。大混乱に包まれる戦場で、悲鳴と怒号が飛び交っている。「おいおいおい!冗談じゃないぞ!?なんだ今の!」ギーシュが焦りを表情に浮かべて叫んだ。しかし彼の叫びは俺たちの総意でもある。「あの威力・・・火石によるものだと思うのです・・・そんなに簡単に爆発はしないと思うのですが・・・」フィオが空を見ながら呟く。でも敵はその火石を爆発させる技術を持ってるんだろ!?「・・・虚無よ!あれがガリアの虚無だわ!」ルイズが叫ぶ。「成る程。それならば火石に細工をするぐらいは可能ですね。しかし・・・今の攻撃で戦場は混乱しましたね」「・・・!聖下が危険じゃないのか!?」マリコルヌがそう言うと、キュルケが肩を竦めて言った。「この場合、真っ先に退かせるでしょう?総大将なんだし」「教皇と同じ場所にいるタバサが危険だろ!」そう、教皇の傍らにはタバサがいるのだ。この混乱に乗じてタバサたちが危険に晒されないとも限らない。「諸君!ミス・タバサと聖下をお守りするぞ!」ギーシュの号令に俺たちは頷いた。だが、俺は見た。見てしまった。その護るべき対象の教皇ヴィットーリオが何かに射抜かれ、膝をつく姿を。「聖下ぁ!!!」ジュリオの悲鳴が聞こえた。「誰だ!聖下を狙うなどという神をも畏れぬ所業を行なったのは!!?」聖堂騎士の一人が怒鳴っている。・・・普通そう言われて名乗るものなのだろうか?暗殺者なら逃げるんじゃないのか?教皇の肩には矢が突き立っている。弓矢?「あの矢は・・・」フィオが険しい顔つきになった。教皇はタバサが水の魔法によって回復を図っているようだが、何故か顔色は悪くなる一方に見えた。「無駄だよ。その毒はお前達の『魔法』では解毒は不可能だ」女の声がした。俺たちがその声の方向に目を向けると、そこには軽鎧を着た弓兵の女性が立っていた。普通と違うのは彼女の耳が長く尖っていた事だった。「お・・・おい・・・まさかあれって・・・」レイナールが声を震わせてギーシュに聞いた。「まさかじゃなくても・・・エルフだろう」ギーシュの顔面は蒼白である。何でこんな所にエルフが・・・ってこっちにもダークエルフがいたね。「本来なら私の仕事はここで終わりなのだが・・・そうもいかなくなったようだ。四百八十六年と四ヶ月と二十三日ぶりだな。生き残り」「相変わらず粘着質な女ですね、ジャンヌ」「貴様らによって味わった辛酸を思えば、忘れる訳もない」「時には忘れる事も大事だと思いますよ。特に恨みなんてものはね」「貴様の恋談義を聞く暇などない。今回こそ覚悟するのだな・・・それと本当に久しぶりだな。タツヤ・・・」「・・・・・・・・」「私は五千年もの間、貴様への恨みを募らせ生きてきた。何故人間のお前が五千年の時を経てもなお生きているのは知らんが、私にとっては僥倖!長生きはするものだよ!!ハッハッハッハッハ!」「・・・誰?」「・・・何?貴様・・・よもや忘れたのか・・・!!私にあのような辱めを与えておきながら・・・!!」「アンタがどれ程の辱めをコイツに受けてんのかしらないけど、辱められた回数で言えば私は負けないわよ」「ルイズ・・・何で張り合ってるんだ?」「いや・・・私って懐が深いなーって、我ながら思うのよね」「結局自画自賛かよ!?」「話を聞かんか!?」ジャンヌが怒鳴る。・・・嫌、冗談だったんだがね・・・。コイツは俺が帰る直前に出会ったあのエルフの剣士らしい。フィオが怒るジャンヌを見て、彼女に同情の視線を送る。「さて・・・ココからは私事。私は本懐を遂げる為にお前達二人の命を貰う」ジャンヌは俺たちに剣を向けてそう宣言した。それを受けてフィオは杖をジャンヌに向けて宣言した。「ならば私は貴女を倒したのち、裸で逆さに吊るしあげましょう。ククク・・・」「やはり貴様は悪魔だよ。外を歩けなくなるじゃないか」「暗殺とかするような貴女が気軽に外に出歩かれても困るんですがね・・・」フィオは杖を振り回しながら、軽口を叩き、そして表情を引き締めた。「達也君、行ってきます。私の勝利を願ってください」フィオはジャンヌを見据えながら俺に言った。「ああ、頑張れ」「はい!」その瞬間、フィオの姿が掻き消えた。そして、フィオはいつの間にかジャンヌの目の前に現れ、杖を振り下ろした。ジャンヌはその杖の一撃を剣で受け止めた。次の瞬間、フィオの身体から、彼女の分身体が八体現れた。「串刺しになりなさい!」フィオの分身体は一斉にジャンヌに向けて剣を突き出した。「小賢しい!!」だが、ジャンヌは目を細めて力任せに剣を振り回した。風の槌に殴られたかのようにフィオの分身は吹き飛ばされて消えていく。フィオは空中で体勢を整えて、杖をジャンヌに向けた。すると地中から石の槍が無数に現れて、次々とジャンヌに向かっていく。その中に何気に火の玉を織り交ぜている。その怒涛の攻撃を難なく捌いていくジャンヌ。人間なら分身の時点で死んでるが、このエルフは規格外である。「数撃てば当たる物ではないぞ!」「可愛げがありませんね」「そんな可愛げはいらんな」鍔迫り合いをしている二人の戦いを息を呑んで見ている俺たちだが、後ろでは教皇の顔色はなおも悪くなっている。「そんな可愛げを貴様が追求している間・・・私はな」ジャンヌは剣を握ってない方の手でフィオの杖を掴んだ。そしてジャンヌはフィオの腹を蹴り上げて重ねて剣を振り上げた。「剣の鍛錬に明け暮れていたのだ!!」剣の一撃を喰らったフィオは苦痛に顔を歪めて・・・何故か俺たちの居る方向に吹き飛んできた。「うにゃああああああ!???」悲鳴を上げながらフィオは気付いた。このままでは達也のいる方に突っ込んでしまう!「達也君ーー!!私を受け止めてーーー!!!」いや、受け止めたら此方も巻き込まれて怪我するだろう!?とはいえ避けたらフィオが戦えなくなる事は明白。しかし身を護りたい!そうして俺が取った行動は実に合理的なものだった。要は変わり身の術を使って分身に犠牲になってもらいました。「惜しい!分身じゃなくて本人に受け止めてもらいたかった・・・もう一回やっていいですか?」「やるか馬鹿!?」フィオは文句を言いながら立ち上がろうとすると、へたりと座り込んだ。「へ・・・?あれ?立てません・・・?」どうやら先程の一撃により、フィオは脳震盪を起こし、まともに動けないようである。・・・どっちにしても俺危険じゃねえ?「さあ、私の本命は貴様だ、タツヤ。剣を取れ」ジャンヌがそう俺に言う。フィオは脳震盪で動けないし、他の皆はエルフに勝てるかどうか・・・まあ、特に一人で戦うつもりはないんですけどね?俺はちらりとギーシュを見た。ギーシュたちは援護は任せろとばかりに頷く。俺は喋る剣を抜き、構えた。「いまだ諸君!タツヤを援護しろ!」ギーシュの号令により、水精霊騎士隊の面々が一斉に魔法を発動した。無数の魔法がジャンヌに襲い掛かるが・・・。「無粋だな」ジャンヌはそう言って手をかざすと、魔法が反転してこちらに戻ってきた。「げ!?」「馬鹿野郎!反射の魔法の存在を忘れたのか!!」デルフリンガーが怒鳴る。あ、そうだった。何とかいくつかは剣で吸い込んだのだが、後ろは情けない悲鳴があがっていた。俺は皆の様子を見るため後方を確認した。うん、皆無事・・・。「我々の決闘に他者の介入は不要だ。そして・・・決闘の最中に余所見とは余裕だな」ジャンヌの声が急にすぐ近くでしたので俺はとっさに剣で身を護ろうとした。鈍い音がして、手が以上に痺れる感覚を覚える。ジャンヌは少し低い体勢で剣を振り上げた状態で、笑みさえ浮かべていた。何でコイツは笑ってるんだ?随分と余裕じゃないかよ・・・。なんかその笑みが気持ち悪く感じる。吐き気すら覚えるほどの嫌悪感である。それから来る怒りなのか?身体が熱くなっていくのが分かる。・・・あれ?俺は今怒っているのか?何で俺は怒ってるんだ?何で・・・・・・・?達也が自分の身体の火照りに戸惑っていたその時、ルイズが見たものは達也を守っていた彼の喋る剣、デルフリンガーの折れた刀身が地面に突き立ったこと。その後胸から血を噴出しながらその場に大の字に倒れる自分の使い魔の姿だった。そして彼の返り血を受けて倒れる達也を見下ろすエルフの女の冷たい瞳であった。「た・・・タツヤーーーーーーーッ!!!!!」リネン川付近に聖女の絶叫が木霊した。(続く)