アンリエッタは聖戦という馬鹿げた決断をしたロマリア教皇に既に怒りを覚えてはいた。しかしそれはまだ自制が効く程度の怒りである。ティファニアが怯えるほどの怒気を孕み、彼女は今怒り狂っていた。彼女を抑えるはずのアニエスも厳しい顔つきで正面に座るロマリア教皇を見据えている。彼女達がこれ程までに憤慨している理由は一つである。ジュリオが達也に銃を向け、撃った。達也は別に聖人君子ではないので殺されなかったからいいやとは考えずちゃんとアンリエッタ達にこの事を報告していた。考えてみれば当たり前である。味方のはずの者に銃を向けられて黙るというのがそもそも可笑しいのだ。「随分と味な真似をしてくれるではないですか、聖下」女王という立場を考えればこのように感情を剥き出しにして怒るのは誉められた行為ではあるまい。だが、ここまでされては流石に言わなければいけないだろう。使い魔がどうとか以前に彼は此方の国の騎士なのだ。領土も持っているのだ。簡単に命を奪われてはその領地の住民が困るのだ。「エルフとの戦いに備える為には適切な行為と思っていましたが・・・いささか認識が甘かったと感じてはいます」達也がガンダールヴではない以上、いらないと思って彼の暗殺をジュリオに命じたのは他ならぬ教皇本人である。ジュリオも乗り気ではなかったのだが、彼の嫌な予感は当たったようだ。もうこんな命令はやめてくれとジュリオからも釘を刺されたのだ。そもそも今回の戦争は、ヴィットーリオにとっても予想外の事が多かった。予想以上にロマリア側の損害が多かった事。ガリア側に投降しようという意思があるものが余りに少なかった事。更に言えばロマリア市民の聖戦の支持が日毎に減少気味になっていく事であった。攻め込んではいる。攻め込めてはいるのだ。だがその分、此方の損害は増える一方だった。無能王率いるガリア軍は何か此方を攻撃する大義を得ているようだった。このままではエルフと戦う以前にロマリアの戦力が壊滅してしまうかもしれない。そう思えるほど、敵軍のガリアの士気は高かった。「此度の聖戦も長期にわたればガリアが盛り返すでしょう。そうなれば更に多くの人々の血を流す事となります。エルフと戦うと息巻いていましたが、それ以前で挫けそうですわね」「耳の痛いところではありますが、だからこそこの戦いは早く終えなければなりません」この戦いを早急に終わらせればガリアの戦力も多量に飲み込むことが可能だ。そうなればエルフとの決戦にも臨むことができるはずである。それは正に皮算用というに相応しい考えだがヴィットーリオはこのガリアとの戦いに負けるなどとは微塵も考えていないようだ。アンリエッタは少なくともこの若き教皇を見ていてそう感じていた。・・・自分が私怨に駆られて戦った時はどうだっただろうか?自分は負けるとは微塵も思わず突き進み、戦後自分の愚かさを痛感したのではないのか。正直戦後の方が彼女は愚かな行為を行なっていたような気がするのだが突っ込むまい。と、人の事は言えないアニエスは密かに思うのだった。「とにかく聖下。貴方が我が国の騎士に手をあげた以上、わたくしはこの聖戦に加担する義理は御座いませぬ」「困りましたね。それでは貴女は我が軍の聖女やそれを護る騎士団を連れて引き揚げてしまわれると?」「そうしても文句は言えない行為を命じなさったのは貴方では?」「真に耳が痛いことですね。ですが現状それは無理な相談です。彼らを退かせるにはあまりにも彼らは活躍しすぎた」「・・・どういう意味です?」「言葉どおりの意味ですよ。この聖戦のシンボルに彼らはなってしまっています。ガリアはそのシンボルたる騎士隊やミス・ヴァリエールを狙ってくるでしょう。彼らが壊滅すればロマリア軍の士気も下がりますからねぇ」「・・・貴方は彼らを人質にしたおつもりですか?」「これはこれは人聞きの悪い。彼らが我がロマリアの命運を握る重要な一団であることは国境地帯での戦いで証明されました。そのような者達が更に戦うのは当然でしょう」「それがトリステインの騎士隊でなければ本当に素敵な事でしたのにね」「はっはっは。我が同志達にも奮闘していただきたいものです」ヌケヌケというこの教皇の目には悪気の欠片も無いのがアンリエッタの怒りに油を注ぐ。この期に及んでこの男は自分が正しい事をやったがどうも上手くいってないようだ程度にしか現状を見ていないのだろう。まあ確かに聖戦なんぞそんな精神じゃなければやってやろうと思わないのだが。「何はともあれ彼らは我が側の看板を背負ってしまった。そのような存在に私たちは手を下すつもりは御座いませぬ。敵がどう考えるかは知りませんが」「開き直りと思えますね。生殺与奪の権利をガリアに委ねるとでも?馬鹿馬鹿しい!そもそもガリア側はルイズやタツヤ殿の命を何遍も狙っているというのに!」「己の運命は自ら切り開くものと思いませんか?アンリエッタ殿」「それを貴方がいいますか・・・!!」ヴィットーリオには考えがある。この戦いを勝利で飾り、ジョゼフを消した後、タバサ辺りを女王に据えてガリアを操ろうという姑息な画を描く事を。そうすることがエルフから聖地を奪還し世界を救うための絶対条件なのだ。姑息だろうが卑劣だろうが世界を救うためならこんな事もする。聖人君子のような博愛精神では世界は救えない。少々の犠牲を払ってでも大多数を生かす。至極当然のことではないか。既に時期女王に対して先手は打っている。後はこの餌に彼女が食いつくのを待つのみ。何、報告では彼女は彼に良い感情を持っているらしいし、それを利用すればいい。夢のような時間をくれてやる代わりに彼女には自分達の願いを聞いて欲しい。ただそれだけの事である。だが、ヴィットーリオはミスを犯していた。そのミスは至極単純である。若き教皇はこの期に及んで彼の性格を分かっていなかった。さて、ヴィットーリオの言う彼女、タバサは自分にあてがわれた部屋の中でベッドに横たわっていたのだが、先程自分の元に達也がやって来た。寝巻き姿でいいのかどうか迷ったがタバサは達也を招きいれた。「・・・どうしたの?」「ゴメンな。こんな夜中にさ・・・。話があるんだ」「話・・・?」「ああ。俺たちはやっとの事でこのガリア王国にやってこれたな。お前の憎い仇のいる、このガリアに。俺たちがここまで来たのもお前の復讐の手伝いがしたいからだ。その為には、俺たちと同じ紋章をつけてたほうが便利なんじゃねぇかと思ってさ。水精霊騎士隊に入って欲しいなーって思ってるわけよ」タバサは怪訝な様子で達也を見た。目の前の達也はどうにもこうにも爽やか過ぎる。そして自分の知る彼は復讐の手伝いをしたい等言う男じゃない。しかしそれは分かっているのに胸躍る自分もいた。「・・・すまない、無理を言ってしまったな。話ってのは、もう一つ。単に会いたかったんだ。きっと、好きだからかな?」この言葉でタバサはこれが夢か何かだと確信した。夢でなければどんなにいいのか。だがしかし、あの男は夜中に女性の部屋にお忍びでただ会いたいからと侵入する男ではない。まさか自分を欺く為に何者かが見せている幻覚だろうか。タバサがそう思って目の前の達也をどうにかしようと思っていると。「クックックックック・・・」底冷えはするが何だか聞き覚えのある笑い声が響いてきた。「だ、誰だ!?」「誰だとォ?お前は自分の姿の大元も分からんのかァ~?ンッン~?いかんね君。それは許されざるべき愚行だろう」なぜか口調は無駄に紳士ぶっているがこの声は、自分の知っている彼だった。「俺の分身のような性格の分際で、何をナンパしとるか!くっせェ台詞吐きやがって!俺のキャラをとろかす気か!とろかすなら雪●にでも行ってろ!」「お前は!俺の邪魔をする気か!?」「クックックック・・・貴様はなぁにをしようとしていたぁ?おっと言わんでも良い!ずばり接吻後良い子の皆様にはお伝えできない行為を働くつもりだったのだろう?俺にはお見通しだ。だがそのような爽やかでバベル建設の要因になりそうな危険な行為をこの俺が許す訳あるまい・・・邪魔?喜んで!」「貴様ぁ・・・!!未発達の女性との行為が誰得とでも言うのか!?」「犯罪臭がプンプンだぜこの野郎め。タバサ」私の知っている彼は私に語りかけた。・・・で、何故かそこで目が覚めた。ああああああああ!?肝心な所で!??しかし夢というのはそんなものであり、タバサが幾ら二度寝を敢行しても同じ夢は見れなかった。な、何てことだ・・・!!幾ら夢の中とはいえそりゃあ余りに外道でなかろうか。「・・・酷い夢」タバサはベッドの上でポツリと呟くのだった。一方、自分が夢の中で脚色されまくっているとは全く知らない達也は、カルカソンヌの北方に流れるリネン川付近にいた。ここではロマリアとガリア両軍が川を挟んでにらみ合いをしていた。矢玉や魔法も無論飛び交っていたが、一番飛び交っていたのは・・・「ガリアはカエルを使った料理があるらしいが信じらんねぇな!」「黙れや腐れ坊主ども!人の国のこと言えるのかよ!パンもワインも不味いじゃねぇか!!」「良質の料理を味わいたいならトリステインへ!」・・・何だか勧誘のような台詞が混じっていた気がするが気にしないでおこう。異文化の料理をけなすのはまあ戦争だから仕方ないのであろうか。まあ確かにロマリアのパンは美味いとは言えなかったが。しかしカエルか。食用のカエルって普通にあるからこれはガリアはおかしくは無いだろう。というか人の国の食文化にケチつけてやるな。余計なお世話だから。そういう訳なのでパンを愛する俺としてはこの不毛な争いに参加する事は避けていた。しかしこうにらみ合いが続いては物凄く暇だ。更に戦争中ともあって俺たちの精神が消耗していくのは当然だ。それを避けるためには心を癒すとまでは言わないがともかく娯楽が必要なのである。だが、ここは戦場である。どのような娯楽があると言うのか!「いいのか?ギーシュ」「・・・どういう意味だ?」「その選択にお前は後悔しないのかという事だ」「何だと・・・!?」「クックックック・・・ギーシュ・・・早く選べよ・・・クックックック・・・」ギーシュは己の選択を信じていた。だが、一体どういうことだ?相手のこの不気味なまでの余裕・・・。自分の選択は間違っていない筈である。しかし絶対とは言えない。彼がそう思ったその時、自分の中の弱気な部分が彼の心を侵食していった。嫌な汗が流れる。呼吸も乱れ、心拍数も上がる。生唾を飲み込もうとしてギーシュは気付いた。口内が恐ろしく渇いている。恐怖をしていると言うのか自分は!?自分の選択が間違っているかもしれないという事に恐怖しているのか?・・・・・・ギーシュは目を閉じ、最愛の女性の姿を思い浮かべた。そうだな、モンモランシー。僕は間違わない。僕は僕を愛してくれる君の為に勝利を・・・掴む!「取ったァァァァァァァ!!!」ギーシュが己の運命を掛けて選択したカードは・・・『Joker』「ウグアアアアアアアアアアアアア!!!!!??」「うえっへっへっへ!!どうだ悔しいかァー!ギーシュよ!何やら真剣に悩んでいたようだがその思考は全て無駄!考えるだけで無駄!無駄の嵐なのだー!!」マリコルヌは歓喜の咆哮をあげた。ギーシュは可哀相に握りこぶしを大地に打ちつけ男泣きをしていた。単なるババ抜きにどんだけ本気なんだお前ら。「ふふん、甘いわねギーシュ。こういうのは直感を信じるのよ」ギーシュを見下すように笑うルイズはギーシュが力なく持つカードに手を伸ばした。「この私の運命を切り開く力は直感によって成り立っているのよ!」高笑いをあげながらカードを選択したルイズ。空に向かってカードは掲げられる。『Joker』「・・・・・・お・・・あ・・・?あ・・・?」余りのショックに言葉が出ない聖女。そうだね、お前はいっつも厄介事に愛されているよね。ギーシュはゆらりと顔をあげてルイズを指差し笑った。「はっはっはっはっは!甘いのは君だなルイズ!直感で行動する前にまず考える事も重要なのだよ!!」「そうです。やはり貴女を達也君の主とするには不安だと分かりました」「・・・いいたい放題言ってくれちゃって・・・!!タツヤ!さっさと引きなさいよ!」「はいはい。そらよ。はい、フィオ」「割とあっさりしてるんですね・・・さてどちらを引きましょうか・・・」「フィオ」「はい?」「どちらのカードにも俺の想いが込められている。右のカードには強い情念が、左には強い愛情がな。どちらを選ぶかはお前次第だ」「・・・どういうつもりですか?」「いや、何だ。お前は後カードは一枚しかない。万一俺の手札にお前の望む札があるのは望んでいるのと違う気がしてな」「・・・そういう意味での想いですか。わかりました。このフィオ、達也君のその割り切れない態度を一蹴し、めくるめく世界へアイキャンフライするために運命を引き当てます!私のこの右手に今、精霊たちの力が宿ります!はァァァァァァァ!!!」凄まじき執念と情念を込めて彼女は愛のための選択をした。引いたのは彼の愛情が篭る左のカード!『Joker』「図ったな・・・図ったな達也君!!」「精霊たちの力(笑)」「うわあああああああ!!!恥ずかしい!!恥ずかしすぎる!!ぬあああああああ!!」「クックックック・・・ババ抜きとは高度な心理戦を必要とされる娯楽・・・。俺がルイズのカードを引いた時点で無反応だった事に安心した事がお前の敗因だ」「さ、流石です・・・達也君・・・この私を出し抜いたばかりではなく間抜けな主のフォローまで果たすとは・・・!ですが・・・私も終わりません」フィオは後ろ手でマリコルヌに2枚の手札を突きつけた。「さあ、哀れな子豚マリコルヌ。あなたの選択は二つです。敗北の札を取るのか、はたまた栄光の札を取るのか・・・ちなみに敗北の札は右です」「・・・な、何だって・・・!?宣言しただと・・・!?」マリコルヌは目の前の修道服を着た女の発言に混乱した。この女、勝負を捨てているのか!?いや、まさかこの女は達也との一騎討ちを望んでいるのか?しかし目の前の女の表情は読めない。無表情である。彼女の言葉が真実だとすれば右がババだ。しかしそう思わせて左が・・・いやしかし裏を読んで・・・マリコルヌは考えた。これは心理戦だ。心理戦では女がらみでは劣勢の自分だがこれはたかが娯楽ではないか・・・!「さあ・・・どうするのですか?『坊や』」「僕は決断力のある大人だ!坊やなどではない!そして大人はそのような甘言に惑わされない!!」マリコルヌは左のカードを引き当てた。『Joker』「なん・・・だと・・・!?お前は・・・嘘をついたのか!?右と言ったじゃないか!?」「ええ、言いましたよ・・・ですがそれは私から見た『右側』です」「お・・・おのれええええええええええ!!!これだから現実の女はあああああ!!!ギーシュ!!引け!!」マリコルヌが手札をギーシュに向けたその時、川の真ん中に位置した中州から盛大な歓声が起こった。先程から一騎討ちの会場となっているその中州では血生臭い決闘が行なわれているのだろう。まあ、参加する気は全く無いが。そういうのはロマリアとガリアでやれ。元々トリステインはゲストみたいなもんだから。「悪いがマリコルヌ・・・これで勝負ありだ!」「何ィ!?ババを引かぬだと!?」「・・・・・・・」ギーシュは無言である。ああ、どっちにしても合う札が無かったんだな。続いてルイズは安心したようにギーシュの札を取る。ハートの9とスペードの9が揃ったようだ。ルイズは上機嫌で俺に手札を向ける。俺は黙ってルイズの手札から1枚抜き取る。あ、揃った。「あがりだ」「何ですと!?私の達也君とのマンツーマンでの勝負が!何をやっているのですかルイズ!」「勝負は時の運よ?さあ・・・ババ抜きを続けましょう」「いや、今戦争中だから、形だけでも参加しようね君ら」レイナールの冷静な呟きは誰も聞いていなかった。時は少し遡り、カリーヌが達也の屋敷の地下において真琴を見失っていた頃。当の真琴は今まで歩いた事も無い赤い通路を歩いていた。彼女は彼女なりに帰り道を記憶した上で探検をしているのだが、それも怪しくなってきた。「トランプのマークがついたドアかぁ・・・ここは来た事ないなぁ・・・」ワクワク半分ドキドキ半分で扉を開いた。そこは全体的に薄暗い部屋だった。しかしながら真っ暗というわけではなく、埃っぽくもない。ゴチャゴチャした雰囲気はなく、杖や水晶玉などが置かれていた。水晶玉は薄暗い部屋の中でも分かるぐらいにキラキラしている。「きれーい・・・」真琴が水晶玉を手に取り観察していると、部屋の奥から、「久々の人間ね・・・。まあ、小さな女の子だけど」「ふえ?」真琴は辺りを見回してみたが人の気配はない。「こっちよこっち」声のするほうに真琴は近づいてみた。その先には青い宝石がついた杖が安置されていた。宝石がピカピカと点滅し、それと同時に杖から声が聞こえてきた。「何はともあれ久々の話し相手だわ。人間、私の話し相手になってちょうだい」高圧的に杖は言う。だが真琴は目をキラキラさせて喋る杖を取り上げた。「うわー!杖が喋ったわー!」「そりゃそうでしょうよ。私はインテリジェンスなワンドなんだから。喋るに決まってるわ。そんなことも知らないの・・・?」「面白ーい!」喋る杖をぶんぶんと振り回す真琴。「ちょっと貴女!待ちなさいな!はしゃぎすぎよ!?もっと丁重に扱ってよ!?全く私の創造主のような娘ね・・・!魔力は高いのに杖の扱いは杜撰だなんて・・・やめて!傷が付くから!?」そんな杖の願いも空しく、真琴はそれから数分間感動に我を忘れていた。これが因幡真琴と喋る杖の出会いとなった。(続く)