教皇の即位三周年記念式典は、都市ロマリアから北北東に三百リーグほど離れた、ガリアとの国境付近の街アクアレイアで行なわれる。その期間は二週間。よくもまあ長いお祭りが好きな者達である。民族性とでも言うのか?そのアクアレイアへ向けての出発の準備に、ロマリア大聖堂は大わらわであった。水精霊騎士隊の面々はアンリエッタと共に御召艦に乗艦することになっていた。「遠足の準備は出発前日までに終わらせておくべきだ。そう思うだろう?」「一応護衛任務なんだが、準備を早く終わらせるべきなのは同感だね」俺達は御召艦に既に乗艦している。ギーシュやタバサなどがアクアレイアまでの旅のしおりを製作し、準備するものを書いて俺たちに配っておいたのだ。完全に遠足気分だが、何もなければ本当にただの遠足である。ギーシュとレイナールの二人は朝に達也によって用意された弁当を食べながら出発の時を待っていた。達也は事情があって別の艦に乗ってやってくるらしい。達也が騎士隊全員分の弁当を用意していた。弁当といってもサンドイッチが3つあるだけだった。タマゴサンドとチキン南蛮サンドと野菜サンドが全員分用意されていた。同行できないせめてもの詫びのつもりらしい。「しかし、下手をしたら命を落とすかもしれないんだよなぁ」レイナールが野菜サンドを食べながら呟く。そりゃあまあ、護衛任務である以上危険は勿論あるだろう。「ガリアとの戦争か・・・教皇を襲うというのが間違いならいいんだけどね」「間違いか・・・」火の無いところには煙は立たない。実際ガリアの手の者に襲われた経験があるギーシュはおそらくガリアは今回の式典で教皇を襲うに違いないと考えていた。あのような高性能な巨大人形を擁するのだ。あれが幾つもあると考えて良いだろう。一体だけでも化け物なのにあれがそれこそ編隊を組んで現れたら・・・!考えるだけでも恐ろしいがその可能性は十分にある。そのガリアの刺客をおちょくりまくりの存在が我が水精霊騎士隊副隊長と今しがたアンリエッタとアニエスの二人に連れられてやって来たルイズである。彼女はティファニアと共にやって来たが、彼女達は白い神官服に身を包んでいた。彼女達は巫女として式典に参加することになったとアニエスが説明していた。アンリエッタもアニエスも、ティファニアも誰かを探しているようだ。ギーシュはルイズの様子からして、ルイズは事情を知っているのかと思った。ルイズはとんでもないほどにやる気がなさそうな表情をしている。人が見ていなかったら鼻を穿っていそうな顔である。こんな奴を巫女として参加させて良いのか!?「あら・・・タツヤ殿がいませんわね・・・一体如何なされたのです?ルイズ、貴女何か知っていて?」「タツヤは別の艦で来るそうです。何でも大荷物があるからとか」「荷物?」アンリエッタは達也から何も聞かされていないので彼が持ってくる荷物の事を知らない。ルイズは達也から荷物の事を簡単に聞いている。説明によれば『デカイ』『重い』『ヤバイ』らしい。・・・・・・ちっとも分からん!?ちっとも分からないがとにかく荷物である事は間違いないらしく、達也はそちらの方に行っている。「まあ、一応同行はするようですし、心配要らないと思いますわ、陛下」正直ヴィットーリオへの半ば暴言とも言える発言から、達也はこの戦に参加しないと思っていた。しかし蓋を開けてみればガリアには借りがあるから参加はしてやるという。ただ、この艦にはいないというだけのことである。正直異世界の一般人であった達也をこれ以上この世界の戦争に巻き込むのは悪い事だとは理解しているのだが・・・。しかしそれは達也にとっては今更過ぎる反省ではないのか?一方、達也は大荷物のTK-Xを搬入できる大きさのフネに乗り込み、コルベールと共に調整を行なっていた。ハルケギニアでは超技術、達也にとっても最新鋭どころじゃない技術の結晶である10式戦車である。「ふむ・・・どうやらこの戦車というものは2、3人で乗る事を想定して造られているようだな」この新戦車はC4Iシステムなるものが搭載されているが、異世界においてこの性能はなんの役に立つのか?喋る剣コンビですらこの最新鋭の兵器を人間が造ったという事が信じられない様子である。紫電改の時も思ったが、こりゃ免許が必須だろう。喋る剣ですらかなり試行錯誤しながら説明してくれる。それによると、この戦車は40発ほどの砲弾が装填されていて、自動装填装置があり手間が余りかからないという。指揮・射撃統制装置に関しては走行中も主砲の照準を自動的にセットする自動追尾機能があるという。何それ凄そう。特にタッチパネル方式で主砲発射可能とか随分ハイテクである。この戦車はどうやら3人乗りであり、車長、砲手、操縦手の3名で乗り込むようだ。・・・誰が操縦するんでしょうか?誰が指示をするんでしょうか?機動性、火力、更に防御力も既存の戦車と比べ高水準。あれ?日本って平和主義じゃなかった?まあ、戦争を避けるためには仕方がないのだろう。抑止力ですねわかります。しかし三人乗りかあ・・・イメージとしては一人で無双というのもあったがやはり戦車においても皆で戦うコンセプトはあるようだ。やっぱり俺は乗らなきゃいけないんだろうね、この戦車。何たって貰ったのは俺だし。コルベール先生はこれを動かす事は何とか出来る逸材だが・・・「さて・・・タツヤ君。私はこの戦車向けのがそりんを作る作業に戻るよ」「あ、はい。有難う御座いました」「あのひこうきを見たときも驚いたが・・・これはそれ以上だな。私の今の知識では解明する事すら難しい」コルベールはTK-Xを見つめながら言う。「これをエルフではなく人間が作ったのか。人間もまだ捨てたものではないという事だな」「戦争用ですよこれ・・・」産業か技術などは戦争が起こると飛躍的に進歩するとか言うが、これを製作したのは変態技術国家ジャパンである。このような技術の結晶が消えてしまい、向こうでは大慌てなのだろうが、こっちも混乱するんだが。まあ、量産体制に入ってはいるだろうし、この新戦車は価格も良心的と聞いたことがある。これ一つがなくなったからって国が滅ぶ訳でもあるまい。有難く使わせてもらいたいが俺は戦車の乗り方など知らん。紫電改の時のように動かし方を喋る剣にレクチャーしてもらうか。俺は自分で作った弁当を食べながら、戦車の計器を弄り始めた。目的地のアクイレイアには結構早く到着した。教皇のご到着ということで民衆は大歓迎ムードだった。このアクイレイアの街は、石と土砂を使って埋め立てられたいくつもの人工島が組み合わさって完成した水上都市である。教皇とトリステイン女王が大歓迎されているのを俺は上空から眺めていた。戦車の動かし方は何となく分かった。後は試運転を重ねるばかりだ。しかし、まだ普通自動車の運転免許も取得していないのにいきなり飛行機や戦車の運転を先に覚えようとは考えてみれば無謀もいいところである。運転マニュアルなどあるわけもないので完全に喋る剣のナビだよりである。「ドリフトしてても同じ方向に砲弾が撃てるとか凄いなぁ」「敵さんからすれば厄介この上ないな。相棒、それで同乗者は決まったのかい?」「暇なそうな人がいたのでそいつらに頼んだ」「・・・・・・あのー、それって赤い髪の女性と青い髪の女の子の事ですよね?」喋る刀、村雨が確認するかのように尋ねてきた。正直異世界の超技術を前にして彼女達が理解を示してくれるのかはいささか疑問だが、車長と砲手は必要だしなぁ・・・。運転は俺がするしかないし。操作方法の説明は喋る剣と刀が出来るし・・・。キュルケとタバサは初めて超技術の結晶に触れるのだ。混乱もするのではないか。まあ・・・砲撃はタッチパネルで簡単に出来るけど・・・。「にしてもよくもまあこんなデカブツを運べる飛行船がロマリアにあったな」「元々は難民への救援物資を大量に運ぶためのフネだったらしいけどな。積める量より運搬の早さを求めて今は小型化したフネが多いんだとさ。この戦車の重量以上の物資がこのフネには積めるんだけど、速度が遅いらしいんだよな」速度が遅ければ空賊に襲われる可能性が高い。折角の救援物資も奪われてしまっては元も子もない。そこでロマリアはこのような大きなフネで物資を運ぶより少し小さくても機動力があるフネを制作し、量産した。したがって教皇たちより先に出航したのに、まだ着陸さえ出来ていないのだ。このフネは。「あー・・・下は賑やかだなぁ・・・」ようやく降下する時には下にあんなにいた民衆の姿はまばらになっていた。お前らそんなに教皇と王女が好きか!?その日の夜。アクイレイアの聖ルティア聖堂では、会議室の円形のテーブルに、今回の作戦を知る者たちが集められていた。ルイズとギーシュはこの会議に参加できる権利を有していた為参加していた。達也の姿はない。彼は名目上は水精霊騎士隊の副隊長なので参加しないと言って会議をギーシュに押し付けていた。ルイズの隣にはガチガチになったティファニア、険しい表情のアンリエッタ、そしてアニエスがいる。彼女達の対面上にはロマリア側の関係者達がいる。今回の計画を聞かされたアクイレイア市長は事の重大さに身を震わせていた。今回の計画、色んな意味で正気の沙汰ではないのだ。「聖下・・・ガリアが聖下の御身を狙っているのはまことでありましょうか?」「まず、間違いありません。あのガリア王はハルケギニアの王になりたいのです。その為には、神と始祖、そしてこのわたくしが邪魔なのですよ」「だからといって聖下の御身を危険にさらすというのは承知できかねますな」「市長殿の憂慮は当然です。ですが我々は水をも漏らさぬ陣容で敵を迎え撃つ予定です」「予定はあくまで予定ですぞ?確定ではないのです。万全を期したはずが思わぬところで崩れ落ちた例は歴史を紐解いても数多くあったではありませんか」そう、例えば最近の話だ。アルビオン七万の軍が万全を期してトリステイン・ゲルマニア連合軍を追撃せんとしていたのにガリアの参入、サウスゴータの悪魔と言われる存在の奇襲によって彼らの目論みは崩れてしまったではないか。悪魔についてはその存在が噂になっているだけであまり分かっていないが、ガリアの参入で勝負が決したではないか。ガリアはハルケギニア最強ともいえる軍事力を持っている。生半可な対策で撃退できる甘い相手ではない。市長のその言葉に、ジュリオが立ち上がり、黒板に今回の作戦を書き始めた。「ガリアの恐怖。それは皆さんが知っての通り、まず魔法にあります。その対策として聖堂の周囲をディテクト・マジックを発信する魔道具を用いた結界で囲みます。無論、聖堂には杖を持ち込めませんし、何らかの方法で魔法を使おうとしても、使用したその瞬間に見破られます。勿論それだけではありません。教皇の周りにはエア・シールドを幾重にも張り、その御身を守ります。通常の魔法や銃ではどうにもなりませんね」「ではガリアが通常の武器ではないものを持ってきたときはどうされるのか?」そこである。ルイズとギーシュとティファニアはガリアが通常の兵器じゃないと思われる巨大人形を持っている事を知っている。あんなものの前ではエア・シールドなど紙に等しい。そして、そんなものを持っているガリアがこの機を逃すとは思えない。「その時は国境付近に配置した我が軍四個連隊九千とロマリア皇国艦隊が相手をするまでです」「国境付近ですと!?」市長は驚愕の表情を浮かべる。アンリエッタはこれはロマリアの挑発行為であるという事は理解していた。この教皇は戦争を起こす気である。断言しよう。この男は戦争を嫌いと謳いながら積極的に戦争を起こそうとしている。きっとガリアの方から仕掛けさせ、大義名分を得ようというのだろう。だが国境付近に大軍を配置している事で事実上ロマリアの方がガリアに宣戦布告しているのだ。そしてガリアは恐らくこの戦に乗るのだろう。虚無の担い手のルイズやティファニアを襲撃した輩がこのような担い手が一同に集まる場を襲わない訳はないからだ。教皇の理想は知ったことではない。ここに来てしまった以上、自分はもう後には退けないのだろう。この教皇がルイズやティファニアをこのままあっさり帰すとは思えない。自分のやっている事にやましさなど微塵も感じていないのだ。どんな手を使ってでもこの二人は手元に置いておこうとするだろう。彼にとって、ティファニアは扱いやすいかもしれない。自分が彼女を守ってやらないといけない。ルイズは明らかに胡散臭そうな眼で教皇を見ているし、大丈夫なのではないか?さて、その教皇が持て余していそうな存在が自分の陣営にいる。水精霊騎士隊副隊長の達也である。人間の使い魔同士、ジュリオと話している所は何度か目撃するが、極めて友好的とは言えない。教皇に対しては明らかに否定的な意見を言っていた。そして教皇も彼を四の使い魔の中から外していた。教皇は達也を一体どう扱うつもりなのだろうか?伝説の四の使い魔ではない達也は戦略的価値に乏しいと判断しているのか?アンリエッタは目を細め、教皇ヴィットーリオを見た。ヴィットーリオはアンリエッタの読みどおりルイズとティファニアをあっさり手放す気はなかった。自分や彼女達の力は聖地奪還のために必要だと彼は確信していた。破滅の運命を栄光の未来に変えるために・・・簡単に諦める訳にはいかなかった。始祖ブリミルが残した四の四を集結させる。それは自分の使命でもあるのだ。だが、ガリアの担い手は自分の説得に耳を貸すような男ではなかった。更にトリステインの担い手の使い魔は四の四に値する使い魔ではない。アルビオンの担い手は使い魔すら召喚していない。使い魔を召喚していないアルビオンの担い手はいい。召喚すればいいのだから。ガリアの担い手は代わりが現れるだろう。残念だがこの戦で現在のガリアの担い手には退場してもらおう。そしてトリステインの担い手の使い魔。これも簡単な話だ。今回の戦は勝ってもらわないと困るので頑張ってもらうが、戦後の混乱のうちに人知れず退場してもらいルイズには新しい使い魔を召喚してもらえばいい。使い魔の再召喚は前の使い魔が死なないといけないのだから。あの場違いな工芸品を贈って信頼は得たはずである。世界の未来の為に彼らには一足先にヴァルハラに行って貰おうではないか。それで恒久の平和が訪れるのであれば安いものだ。恨まれると言っても少数に過ぎない。聖地を奪還する為の小さな犠牲である。このような地位になれば大局的にモノを見なければならないのだ。そう、確かに彼は世界の事を考えていた。確かに彼はこの世界の未来を憂いていた。確かに彼はこの世界の平和を願っていた。確かに彼は人々の幸せを祈る存在であった。故に彼は崇拝され、正義は彼にあるかに思える。実際ハルケギニア人の多くが彼を正義として見ているだろう。若き教皇は知らない。ガリアの王はハルケギニアの王の座など望んではいない事を。若き教皇は知らない。その使い魔を排除すれば次はトリステインが敵になる事。若き教皇は知るはずもない。自分が棺桶に今、片足を突っ込んだ事など。戦争の代償は自分にも降りかかるという事を彼は軽く見ていた。神様とやらはどうでもいい所で平等なのだと言う事を彼は理解していなかった。(続く)