達也が自分の世界に戻る方法が見つかった。ルイズとしては寂しくも歓迎するべき知らせであるのだが、どうやら上層部は難色どころか彼を必要としているようだ。だが、結局は達也が決める事なのではないか?自分としては違う世界の住人である達也には自分の世界で過ごすべきだと思っている。そう思ったルイズは達也に直接言ってみることにした。きっと、今すぐ帰らせろとか言うんだろうな・・・ルイズはそんなことを思いながら達也を探した。その頃、達也が副隊長を務める水精霊騎士隊はロマリアが誇る聖堂騎士達と険悪な雰囲気になっていた。きっかけは些細な事である。簡単に言えば、聖堂騎士達が、訓練中の騎士隊をからかったことが血の気の多い騎士隊の隊員達の誇り(笑)に傷をつけたのである。基本的にロマリアの聖堂騎士達の態度は尊大であり、常に上から目線である。なんだ、お前らのところの副隊長と殆ど一緒じゃん。ロマリアの聖堂騎士達はジュリオの罠にまんまと嵌って、必要以上に警戒しながら虚偽の任務に当たっていたのに、当のターゲットはあっさり城に案内されていた事に不満と憤りが溜まっていたのである。正直、ジュリオにその不満をぶつけるべきなのだが、彼は教皇の側近中の側近といえる地位である。なので立場的に弱そうな水精霊騎士隊に鬱憤をぶつける事にしたという訳である。要するに弱いもの虐めである。俺はその不毛な争いをパンを食べながら見学していた。雰囲気が最悪といってもこの場でドンパチは禁止されてるし、聖堂騎士も俺たちに対して危害を加えたらタダではすまないと思うのだが。挑発や煽りに対しては無視に限る。まあ、他の団員たちにはそれが出来なかったようであるが。普段冷静なレイナールですら怒りに顔を紅潮させているのだ。他の団員達が怒るのも無理ないか。「だから修道女の下着は黒と相場が決まっているって言ってるだろう!!?」「愚か者!修道女は汚れなき存在!純白に決まっているじゃないか!」「その汚れを包み込んでしまうという意味で黒とは考えられないのかよ!」「汚れを内包していない存在が修道女だ!」などと、かれこれ一時間近くも激論が繰り広げられている。黒派の水精霊騎士隊勢と、白派の聖堂騎士団勢が真剣な喋り場を開いています。黒派筆頭、マリコルヌは目を血走らせて黒のロマンを熱弁している。幼女が黒の下着を着ているだけでアダルティに見えるとかお前な・・・。一方、白派筆頭のカルロとかいう男は女性の処女性の崇高さを唱えていた。男はどの時代何処でも馬鹿であるが、どの世界でも同じのようである。「女性との接触に穢れを感じる筈なんだけど、そのせいで余計に夢を持っているようだね」俺と一緒に遠巻きで馬鹿な争いを見ていたギーシュは悲しそうに呟く。「達也。何故、人は分かり合えないのだろうか?」「まあ、世の中には様々な人がいるしな。人が分かり合うためにはそれを認識して様々な所で妥協や折り合いをつける柔軟さが必要だね」「何か普通に答えたね、君」「そもそも下着うんぬんであのような争いをする必要はないんだよ」俺はパンを食べ終えて、争いの場に向かい、息を大きく吸った。「諸君!聞け!」俺の大声に両陣営は振り向いた。「修道女の下着論議などもはや不要である。そのような事の為に我々が争うのは愚の骨頂!」「何だと!タツヤ、お前は僕たちのロマンを否定すると言うのか!?」「貴様はそれでも男か!?」「落ち着くのだ諸君。俺とて諸君のロマンについては理解しているつもりだ。修道女のあの長いスカートの中身は健全な男子の永遠のテーマである事は同意である。しかしだ!下着の色などという固定概念に囚われては貴様らに明日はないと宣言しよう!」「何!?どういうことだタツヤ!?」「下着の色など初めからなかったのだよ」「タツヤ!貴様は聖堂騎士の意見に同調すると言うのか!?見損なったぞ!」「ふん。そちらにも少しは話の分かる者がいたという訳だな」「落ち着け水精霊騎士隊の同士たちよ!考えてみろ。白も立派な色だ」「何!?」「そう言えばそうだな。ではどういうことだ?」「俺は此処に新たな仮説を唱える。修道女は悪も受け入れ、尚且つその穢れを失わない・・・ならばそもそも下着などは要らない!そう!修道女は履いていないのだ!」「「「「「な、なんだってーーーーーー!???」」」」」一同は驚愕に包まれる。その光景を想像したのか、鼻血を垂らすものまでいた。「しかし!しかしだ!修道女の肝心の理想郷は俺たちには見る事が出来ない!何故だ!結構きわどい所まで見えるのに!」「そ、そうだ!だから僕たちはこうして議論を・・・」「諸君、世の中には見せるための下着もあるほどだ。下着を履いていたら下着の一部が見えるはずではないか?」一同はハッとした様子だった。「理解したようだな。そう!そもそも履いていないから下着など見えるはずも無いのだ!これは修道女、並びにあの修道服を製作した輩の巧妙な罠である!」「そ、そうだったのか!?」「し、しかしだ!それでは修道女はまるで痴女ではないか!お前は彼女達を愚弄するというのか?」「考えてみたまえ、聖堂騎士の諸君。彼女達は神や始祖に操を立てている。つまりはすでに神と始祖に純潔を奪われているのだ!」「「「なん・・・だと・・・」」」「その発想は無かった!」「嗚呼、何てことであろうか。あの身はすでに神と始祖の者と言ったばかりに彼女達は神に祝福という名の陵辱を知らぬ間に受けているのだ!そこに処女性はあるのか?否!あるものか!!彼女達は神と始祖に股を開いた痴女である!そんな痴女宣言を行なった者たちに下着などという崇高なものはもはやいらん!!」「つまり修道女の皆さんは神及び始祖ブリミルの女であり、その証として処女性を偽り、履いていないという訳か」「その通りだ。だが、覚えておきたまえ。これはあくまで仮説に過ぎない。しかし諸君、考えても見ろ。確かに神や始祖は偉大かもしれぬ。しかしだからと言って不特定多数、しかも万単位以上の女性と関係を持つことが許されるのか?聖職者としてではなく、男として諸君に問いかけ、俺の仮説発表は終わりとしたい。ご静聴感謝する」俺はそう言って一礼し、その場に座る。一同から大きな拍手を貰う。聖職者としてではなく男として嘆き悲しむ者達の心が一つになった瞬間だった。だが、しかしこのような感動的な光景に賛同しない者が現れた。「阿呆かアンタは!?」ルイズである。何しに来たんだお前は。「アンタを探していたのよ!全く・・・見つかったと思えば馬鹿な演説してるし。何が神に股を開いたよ!?何が履いていないよ!?」「お前は一時期履いていなかったろう」「ぎゃあああああああ!?それを言うな!?」「何やってるんだよ君たちは・・・・」ギーシュが呆れて呟く。ルイズは涙目で俺の腕をがっしりと掴んだ。「と、とにかく話したい事があるの。ここじゃなんだから部屋に行くわよ」「はあ?」妙に強引なルイズに引きずられるように俺は連行されていく。一体なんだというのだ?なお、俺が連行されていった直後、今度は修道女の理想郷に茂みはあるのか否かという議論が開始された事は後でギーシュに聞いた。自分達の部屋に帰ってきたはいいが、さっきからルイズは黙り込んだままである。さて、用件は何なのであろうか。真琴を譲れと言えば断る。長い沈黙の後、やっとルイズが口を開いた。「アンタが元の世界に戻る方法が・・・見つかったわ」「へ?」思わず間抜けな声を出してしまったが、それ程衝撃的な告白だった。待望の知らせに俺は小躍りしそうな精神状態である。だが、ルイズの表情は冴えない。「見つかったんだけど・・・肝心のその方法を使える人が・・・アンタを帰すのに難色を示してる」「誰だよそれ」「教皇聖下よ」「あの人が俺を元の世界に戻す方法を?」「ええ。虚無の魔法で『世界扉』っていうんだけど・・・それはアンタの世界と私たちの世界に穴を開けてつなげる魔法なの」「虚無魔法か・・・」虚無魔法はその効果は凄いが体力消費も凄い。ゆえに非常に疲れるため、ルイズとかはあまり使わないように心掛けているのだ。別の世界同士を繋げるほどの虚無魔法が消費する体力も相当なものだろう。本心としては聖地などに行かずその世界扉で帰りたいのだが・・・。今すぐ帰るわけに行かない。真琴より先に帰れるか!?ルイズめ、邪魔者の俺をさっさと帰して真琴を我が物にしようとするつもりだろうがそうはいかん。「私としてはアンタやマコトを帰してやりたいわ。でも世界はそれを良しとしていない。個人の願いと世界の願い、どちらを取ればいいと言うの?」「世界が俺たちを帰すのを良しとしてないと?過大評価も程があるぜ」「私も全く持って同感だけど、事実なのよ。アンタをそのままにすれば救える命もあるらしいって聖下や姫様は思っているみたいだけど・・・」「実際そんな考え俺には知ったこっちゃないよな。だがな、ルイズ。俺はまだ帰れん。真琴を先に帰す或いは一緒に帰るまでは俺はこの世界にいなきゃならない」「あんたが先に帰っても、ちゃんとマコトも帰すけど」「お前は今までの自分の言動をもう一度思い返して発言すべき」「人を犯罪者扱いするな!?」だって真琴を一人残すにはこの世界は危険すぎる。シエスタや孤児院の皆がいるからいいかも知れないが、この幼女愛好者が黙ってはいられないと思います。そんな事はさせません。「ま、とりあえずガリアの王様だっけ?あれを何とかすれば一旦落ち着くんだろう?その時に帰ればいいさね。エルフと事を構える気は俺はさらさらないしな」ガリアについてはすでにスルー出来ない状況みたいだから。実際命を狙われているようだし、真琴を残して帰れば真琴に目をつけられるかもしれない。それだけは避けたいんだよ。俺としては。「アンタが戦う事はないのよ?」「俺だけが戦う訳じゃねぇだろうよ」前と違ってたった一人で多数を相手取る訳ではない。頼りがいがあるのかと言われれば疑問符がつくが仲間がいる。一人ではできない事でも数がいれば何とかなるのかもしれない。一人よりかはかなりマシだ。よく皆を巻き込みたくないとか格好いい主人公様が言うが、俺はそんなに強い訳でもないし。何のために一緒に訓練してきたと思っているんだろうか。共に戦う為だろう。俺一人苦労するのは嫌なので皆さんも苦労してください。「ルイズ。俺たちだけが戦う訳じゃねぇんだ。皆で戦って皆で勝とう」ルイズはハッとした様な表情になる。教皇が虚無が神の力やらとかいうから錯覚していたが、戦争は自分達だけが頑張っただけで勝てるわけじゃないのだ。達也が七万を壊滅状態に追い込んだのもそれまでの連合軍の戦いの積み重ねや運が重なり合ってやれたことだ。たった一人の英雄のお陰で勝てるほど戦争は甘くない。「そうね。やるからにはガリアの奴らをギャフンと言わせましょう!」「ああ。本当は何もないほうがいいけど、そうもいかないみたいだからな」降りかかる火の粉は払う。ガリアのお偉いさんが心変わりして戦争しないっていうならいいが、現実はそう上手く行かないだろうよ。戦争のドサクサで俺も狙われるだろうし、ならば受けてたつことも必要なんじゃないのか。戦争は嫌だが、嫌だから戦いを放棄するのは違うんじゃないのか?違う気がする。「俺たちは出来ることをやろう。人間にできる事なんて精々そんなことくらいさ」俺は自分に言い聞かせるように言った。悲しみを知りたい。涙を流したい。ただそれだけの理由で自分を愛していると言った女を刺し殺してみた。手塩にかけて育てた薔薇園も燃やしてみた。だが、泣けなかった。心も何も感じなかった。如何すれば俺は泣けるのであろうか。心が震えるであろう事は粗方やってみた。だが泣けない。狂王と呼ばれる男、ジョゼフは退屈そうな表情を浮かべ、自身の心を動かしそうな事を考えていた。そんな彼の前にミョズニトニルンが報告に来た。「ヨルムンガルドが十体、完成したとの報告がありました」「そうか」「それともう一つ。担い手が三人、ロマリアに集結しております」「ほう・・・。それは豪華な事だ。よろしい。ヨルムンガルドを武装させて軍団の指揮を執れ」「御意」姿を消すミョズニトニルンを見るとジョゼフは伝声用の鉄管を取りあげた。風魔法が付与された、声を遠くに伝える為の魔道具である。携帯電話というより内線電話のような代物である。「両軍艦隊司令に繋げ」ジョゼフは世間話でもするかのような軽さで言った。「両用艦隊、軍港サン・マロンにおいて軍団を搭載しろ。目標はロマリア連合皇国。宣戦布告?いらんよそんなもの。全てを潰せ。全てだ。同盟?ああ、それはどうでもいい。貴様らは以後、反乱軍を名乗れ。意味が分からん?気にするな。これは高度な政治的判断なのだからな。陰謀という奴だよはっはっはっは。上手くいけばロマリアはお前らにやるから。ああ、そうだ。本気だとも。そうだ。いいな」そう言ってジョゼフは管をテーブルに置いて、またも退屈そうに玉座に腰掛けた。ロマリアとの戦争をする気かと話し相手の提督は言ったが、今からするのは戦争ではなく虐殺なのだ。そう、俺は俺にこのような力を与えた神ごとロマリアを虐殺するのだ。神を、兄弟を、民をどれだけ殺せば俺は泣けるのだろうか?世界を潰せば俺は泣けるだろうか?その罪に俺は泣けるだろうか?嗚呼、俺は人だ。人だからこそ人として涙を流したいのだ。なのに口からは笑い声しか出てくれない。愉快でもないのにだ。嗚呼、泣いてみたい。涙を流してみたい。嗚呼、世界は退屈だよ。シャルル。何か面白い事はないだろうか。ジョゼフがそう思っていた時、世界のどこかでクシャミをする人間とダークエルフがいたのは言うまでもない。(続く)