マチルダは俺の頼みを聞いてくれなかった。
「お休みください」
「なんで?」
「アルビオンの孤児院が心配なので様子を見てきます」
「まじか~?」
「言っとくけど本当に孤児院の様子見てくるだけだからねっ! ウェールズの事なんか探しやしないよ」
「なんというツンデレ」
別にテファのために休み上げたわけじゃないんだからねっ!
朝からルイズがどうかしてた。ついにお着替えフラグがなくなってしまったのだ。
「向こうむいてて」
「えー」
「向こうむいてなさいって言ってるの!」
「ついにお兄ちゃんのこと異性として意識し始めたか」
「だれがお兄ちゃんだって?」
「サーセン」
杖を向けられたので素直に謝っておく。
アルヴィーズの食堂。あまり俺とは縁のないところである。
飯は厨房で貰っている。
朝飯はルイズが終わるまでお預けなのだが別に気にしちゃいない。
「今日からあんた、テーブルで食べなさい」
「マジで?」
「いいから。ほら、座って。早く」
ルイズの隣に腰掛けた。
そこにいつも座っている。マリコルヌがあらわれて、抗議の声をあげた。
「おい、ルイズ。そこは僕の席だぞ。使い魔を座らせるなんて、どういうことだ」
「ほら、人間のような豚さんがああ言ってるぞ?」
「誰が、豚だ!」
ルイズはきっとマリコルヌを睨んだ。
「座るところがないなら、椅子を持ってくればいいじゃないの」
「ふざけるな! 平民の使い魔を座らせて、僕が椅子をとりに行く? そんな法はないぞ! おい使い魔、どけ! そこは僕の席だ。そして、ここは貴族の食卓だ!」
虚勢だとわかる。ちょっと震えているし。
ギーシュに圧勝し、フーケから盗品を奪い返した俺はなんとメイジ殺しらしい。
そうゆう噂になっているのだった。
おまけにルイズたちと数日学院を留守にしている間に、なにかとんでもない手柄を立てたらしい、ということさえ、昨日の今日なのに噂されていた。
「震えてる。初めてなの? 大丈夫、優しくするから」
「ひっ」
「バカいってないで、マリコルヌ、さっさと椅子持ってきなさい」
マリコルヌは椅子を取りにいくために、すっ飛んでいった。
「な、なにヘンな目で見てるのよ」
「お兄ちゃんって言ってみて?」
一度でいい、くぎみーボイスで言われたかったのだ。さあ、俺を萌えさせてくれ。
「ぶざけんな!」
「ですよねー」
チキショウ、チキショオオオー。
SIDE:ルイズ
何がお兄ちゃんと言ってみてよ。バッカじゃないの?
教室に向かう。
私が教室に入ると、すぐにクラスメイトたちに取り囲まれた。
私たちは学院を数日空けていた間に、なにか危険な冒険をして、とんでもない手柄を立てたらしい、ともっぱらの噂であったからだ。
ふふふ、何もしらないで。
気分は良くなった。
キュルケとタバサとギーシュの周りも、やはりクラスメイトの一団が取り囲んでいる。
あー、気分がイイわ。ゼロと呼ばれ続けられていた私は初めて優越感に浸っていた。
「ねえルイズ、あなたたち、授業を休んでいったいどこに行っていたの?」
腕を組んで、そう話しかけたのは香水のモンモランシーであった。なんで私に?
見ると、キュルケは優雅に化粧を直しているし、タバサはじっと本を読んでいる。
タバサはぺらぺらと話すような性格じゃないし、キュルケもお調子者ではあったが、何も知らないクラスメイトに自分たちの秘密の冒険を話すほど、口は軽くない。
クラスメイトたちは、押しても引いても自分のペースを崩さず何も話さない二人に業を煮やし、ギーシュと新たにあらわれたルイズに矛先を変えた。
ギーシュは、取り囲まれてちやほやされるのが大好きなはずだったが、頑として口を開こうとしなかった。
なんでよ?
残る矛先が決定したクラスメイトは再び私を取り囲み、やいのやいのやり始めた。
「ルイズ! ルイズ! いったい何があったんだよ!」
「なんでもないわ。ちょっとオスマン氏に頼まれて、王宮までお使いに行ってただけよ。ねえギーシュ、キュルケ、タバサ、そうよね」
キュルケは意味深な微笑を浮かべて、磨いた爪の滓をふっと吹き飛ばした。
ギーシュは頷いた。
タバサはじっと本を読んでいた。
取り付く島がないので、クラスメイトたちはつまらなそうに、自分の席へと戻っていく。
みんなして隠し事をする私に頭にきたらしく、口々に負け惜しみを並べた。
「どうせ、たいしたことじゃないよ」
「そうよね、ゼロのルイズだもんね。魔法のできないあの子に何か大きな手柄が立てられるなんて思えないわ! フーケから盗品を奪い返したのだって、きっと偶然なんでしょう? あの使い魔が……」
「ロールちゃん。悔しくても嫉妬しない。いじめカッコ悪い」
「誰がロールちゃんですって?」
サイトが私をかばってくれている。ロールってあの見事な巻き毛のことよね?
「ぷぷ、ロールちゃんっていい名前じゃないの」
「なんですって?」
「喧嘩するなよ」
「あなたが悪いんでしょ?」
「だが、似合ってる。モンモランシー、君の髪はきれいだね。語尾にぱよってつけるときっと可愛い」
「ぱよ?」
モンモランシーは赤くなってしまっていた。
サイトは本当に話を逸らすのがうまい。感心していると、教室にミスタ・コルベールが入ってきた。
SIDE:コルベール
「さてと、皆さん」
フーケの一件やアンリエッタ姫の婚姻、どうでもよかった。
私は政治や事件にはあまり興味がない。
興味があるのは、学問と歴史と……、研究である。
だから私は授業が好きだった。自分の研究の成果を、存分に開陳できるからである。
そして本日、革命的な発明品を生徒に披露できる。
でんっ! と机の上に発明品を置いた。
「それはなんですか? ミスタ・コルベール」
生徒の一人が質問した。
やはり見ただけではこの発明品のすごさがわからないか。
そんな中ただ一人感嘆の表情をした人物を見つけた。
サイト・ヒラガ。
『平民の賢者』と奇妙な称号を得ている彼にはこの素晴らしさがわかったらしい。
「えー、『火』系統の特徴を、誰かこのわたしに開帳してくれないかね?」
そういうと、教室を見回す。教室中の視線が、キュルケに集まった。ハルケギニアで『火』といえば、ゲルマニア貴族である。その中でもツェルプストー家は名門であった。そして彼女も、二つ名の『微熱』の通り、『火』の系統が得意なのであった。
うむ、彼は答えないのか。
「情熱と破壊が『火』の本領ですわ」
「そうとも!」
私は続ける。
「だがしかし、情熱はともかく、『火』が司るものが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、『火』は使いようですぞ。使いようによっては、いろんな楽しいことができるのです。いいかねミス・ツェルプストー。破壊するだけじゃない。戦いだけが『火』の見せ場ではない」
「トリステインの貴族に、『火』の講釈を承る道理がございませんわ」
「嫌味だねぇ。アレをガラクタだと思ってる内はまだまだ」
私は嬉しくなる。やはり彼はこの発明品の素晴らしさを分かっている。
「ダーリン、その妙なカラクリはなんなの?」
キュルケは、きょとんとした顔で、机の上の装置を指差す。
「うふ、うふふ。よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と、火の魔法を使って、動力を得る装置です」
クラスメイトはぽかんと口をあけているが、私は続けた。
「まず、この『ふいご』で油を気化させる。
すると、この円筒の中に、気化した油が放り込まれるのですぞ」
私は円筒の横に開いた小さな穴に、杖の先端を差し込んだ。
呪文を唱える。すると、断続的な発火音が聞こえ、発火音は、続いて気化した油に引火し、爆発音に変わった。
「ほら! 見てごらんなさい! この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる!」
円筒の上にくっついたクランクが動き出し、車輪を回転させる。回転した車輪は箱についた扉を開く。するとギアを介して、ぴょこっ、ぴょこっと中からヘビの人形が顔を出した。
「動力はクランクに伝わり車輪を回す! ほら! するとヘビくんが! 顔を出してぴょこびょこご挨拶! 面白いですぞ!」
「ブラボー!!」
ぼけっとする生徒をよそ目に彼は立ち上がり拍手をくれた。
誰かがとぼけた声で感想を述べた。
「で? それがどうしたっていうんですか?」
「アレの偉大さをわからん馬鹿は黙ってろ。見てわからん奴には言ってもわからん」
私は嬉しくなり説明を始めた。
「えー、今は愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、たとえばこの装置を荷車に載せて車輪を回させる。すると馬がいなくても荷車は動くのですぞ! たとえば海に浮かんだ船のわきに大きな水車をつけて、この装置を使って回す! すると帆がいりませんぞ!」
「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」
生徒の一人がそういうと、みんなそうだそうだと言わんばかりに頷きあった。
「諸君! よく見なさい! もっともっと改良すれば、なんとこの装置は魔法がなくても動かすことが可能になるのですぞ! ほれ、今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して、断続的に点火できる方法が見つかれば……」
「先生、言ってもわからぬ馬鹿ばかりにはもうこれ以上は意味ないっす。それよりも、それはエンジンって言うんですよ。いや、マジであんた天才だわ」
「えんじん?」
私は聞いたことの無い言葉に頭を傾げる。
「そうです。エンジンです。ここにいるバカどもはそれの価値をわかってませんが俺には宝に見えますよ」
「何を?平民が偉そうに」
「ふん、ならこの発明品の有能性を説明出来るか? ん~、できるんだろ~?」
「そんなのただのガラクタだ。有能性なんてないね!」
「だからお前はアホなのだ」
彼は生徒の一人に有無を言わせない気迫で言い放った。
その時、ミス・タバサが手を上げた。
「何かねミス・タバサ?」
「私には彼の言う価値がわからない。だが、彼が価値があると言ったのならそれはきっとすごいこと。だからそれのすごさを教えて欲しい」
教室がざわめく。そして授業の終了を知らせる音が鳴り響いた。
「ミス・タバサ、ミスタ・サイト。授業はここまでのようだ。よかったら夜に私のところに来てくれたまえ」
そう言い残して私は発明品を持って教室をでていった。