そしてその夜……。俺は一人、部屋のベランダで月を眺めていた。
ギーシュたちは、一階の酒場で酒を飲んで騒ぎまくっている。
明日はいよいよアルビオンに渡る日だということで、大いに盛り上がっているらしい。
キュルケが誘いにきたが、俺は断った。
フーケが襲いに来るのを待ち構えている。
やることもなく、暇なので月を眺めていた。
「サイト」
振り向くとルイズが立っていた。
結婚の話するんだろ?
「私、どうすればいいかな?」
「へぁ?」
ちょ、上目遣いやめて、萌え死んじゃう。
「知ってるかもしれないけど、ワルド様に結婚しようって言われたわ」
「うん」
「どうしよう?」
「悩んでるなら断ればいいと思うよ?」
ルイズの顔に表情はない。
「私が結婚するって聞いてどう思った?」
「驚いたよ」
SIDE:ルイズ
「驚いたよ」
月をバックにしたサイトは輝いて見える。
「ふーん、それだけ?」
サイトは私のことをどう思っているのだろう?
周りの女の子にはやさしい。と、特にちっちゃいタバサに。
「すごく動揺した」
こいつでも動揺するんだ。もしかして私のことを……?
サイトが私から目を逸らすように窓の外に見た。
恥ずかしいからって目をそらしたのね。い、いけない使い魔ね。
サイトは急に私の方を振り向いて抱きついてきた。
「ル~イ~ズ~」
「ちょ、ちょっとだめよ!」
ヒョイっと抱き上げられて部屋の出口に連れていかれた。
アレ? ベッドじゃないの?
するとさっきまでサイトのいた窓際が粉々に破壊された。
「え? え? どうゆうこと?」
窓の先にいたのは、巨大ゴーレム。
肩に、誰かが座っている。
「フーケ!」
私は叫んだ。
「感激だわ。覚えててくれたのね」
フードの被った人物からは女性の声がした。
「女?」
「親切な人がいてね。わたしみたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、あなたたちの場所を教えてくれたのよ」
フーケは嘯いた。暗くてよく見えなかったが、フーケの隣に黒マントを着た貴族が立っている。あいつがフーケに私たちの場所を教えたのだろうか?
その貴族はしゃべるのはフーケに任せ、だんまりを決め込んでいる。白い仮面をかぶっているので、顔がわからないが、男のようだった。
「わははは、さらばだフーケ、余計なおしゃべりなんてしてるなんて間抜けな奴だ」
サイトはそう言って私をだきかかえたまま扉を蹴破り一階へ駆け出していた。
下りた先の一階も、修羅場だった。いきなり玄関から現れた傭兵の一隊が、一階の酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったらしい。
ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドが魔法で応戦しているが、多勢に無勢、どうやらラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。
「よ、元気?」
「サイト!」
キュルケが真っ先に俺に抱きついてきた。
「怖かったわ~」
「参ったね」
ワルドの言葉に、キュルケが頷く。
「どゆこと?」
「やっぱり、この前の連中は、ただの物盗りじゃなかったわね」
ギーシュは気まずい顔をしていたが俺がアイコンタクトで余計なことをいうなと制した。
「あのフーケがいるってことは、アルビオン貴族が後ろにいるということだな」
キュルケが、杖をいじりながら呟いた。
「……やつらはちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れたところを見計らい、一斉に突撃してくるわよ。そしたらどうすんの?」
「ぼくのゴーレムでふせいでやる」
「無駄なことすんな。それよりもさっさと逃げるゼェ」
「どうやって?」
タバサが聞いてきた。俺はちらっとワルドを見た。
「このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」
ワルドは低い声で言った。
タバサはそれで理解したのか自分と、キュルケと、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。
「じゃ、頼んだ。ギーシュ、君の活躍に期待している」
「え? え? ええ!」
ルイズとキュルケが驚いた声をあげた。
「今からここで彼女たちが敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目だってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」
ワルドがそういうとキュルケは納得したようだ。
「ねえ、ヴァリエール。勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだからね」
「わ、わかってるわよ」
「なんというツンデレ」
俺たちが通用口にたどり着くと、酒場の方から派手な爆発音が聞こえてきた。
SIDE:キュルケ
サイトはなんでギーシュに期待するのかしらと思っていた。
私は状況を確認する。
ここは酒場、私の系統は炎、ギーシュは土、タバサは風と水が使える。
なるほどね。四系統が揃ってるわけだ。しかも私とタバサはトライアングル。
ギーシュはドットだが、腐ってもグラモン家の息子。
負ける要素などないじゃない。
裏口の方へサイトたちが向かったことを確かめると、キュルケはギーシュに命令した。
「じゃあおっぱじめますわよ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ」
「揚げ物の鍋のことかい?」
「そうよ。それをあなたのゴーレムで取ってきてちょうだい」
「お安い御用だ」
ギーシュは、テーブルの陰で薔薇の造花を振った。
ワルキューレが厨房に向かって走る。
あれ? ギーシュってこんなにスムーズに魔法使えたっけ?
ギーシュのワルキューレが油の鍋をつかんだ。
「それを、入り口に向かって投げて?」
私は、手鏡を覗き込んで、化粧を直しながら呟く。
「こんなときに化粧するのか。きみは」
ギーシュが呆れた声で言った。それでもゴーレムを操り、言われたとおりに鍋を入り口に向かって、投げた。
「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ……」
油を撒き散らしながら空中を飛ぶ鍋に向かって、杖を振る。
「しまらないじゃないの!」
SIDE:フーケ
へぇ、なかなかやる。サイトが見込んでいる仲間だけあるってことかい?
アタシの隣に立った仮面に黒マントの貴族に、アタシは呟いた。
「ったく、やっぱり金で動く連中は使えないわね。あれだけの炎で大騒ぎじゃないの」
「あれでよい」
「あれじゃあ、あいつらをやっつけることなんかできないじゃないの!」
「倒さずとも、かまわぬ。分散すれば、それでよい」
「あんたはそうでも、わたしはそういかないね。あいつらのおかげで、恥をかいたからね」
しかし、マントの男は答えない。耳を澄ますようにして立ち上がると、アタシ告げた。
「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」
「わたしはどうすんのよ」
アタシは呆れた声で言った。
「好きにしろ。残った連中は煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。合流は例の酒場で」
男はひらりとゴーレムの肩から飛び降りると、暗闇に消えた。まさに、闇夜に吹く夜風のように、柔らかく、それでいてひやっとするような動きであった。
「ったく、勝手な男だよ。なに考えてんだか、ちっとも教えてくれないんだからね」
アタシは苦々しげに呟いた。男ってのはみんなこうなのかい?
SIDE:タバサ
彼はギーシュに期待するといった。彼が意味のないことを言うはずが無い。
キュルケの油を使った炎を見て思いつく。彼は言いたかったことはこのこと?
私はギーシュの袖を引っ張った。
「なんだね?」
「薔薇」
ギーシュが持った薔薇の造花を指差す。それを振る仕草を、私はしてみせた。
「花びら。たくさん」
「花びらがどーしたね!」
ギーシュは怒鳴ったが、すぐにキュルケに耳を引っ張られた。
「いいからタバサの言うとおりにして!」
その剣幕に、ギーシュは造花の薔薇を振った。大量の花びらが宙を舞う。
「花びらをゴーレムにまぶしてどーするんだね! ああ綺麗だね!」
ギーシュが怒鳴った。
私はぽつりとギーシュに命じた。
「錬金」
ゴーレムに張りついた花びらを『錬金』で油に変えた。
次にキュルケの唱えた『炎球』が、フーケのゴーレムめがけて飛んでいった。
一瞬で巨大ゴーレムはぶわっと炎に包まれた。
「やったわ! 勝ったわ! あたしたち!」
「ぼ、ぼくの『錬金』で勝ちました! 父上! 姫殿下! ギーシュは勝ちましたよ!」
「タバサの作戦で勝ったんじゃないの!」
SIDE:サイト・ヒラガ
「もう、いい加減におろしてよ!」
「だが断る。コッチのほうが早い」
ルイズをお姫様だっこして桟橋まできていた。
それに下ろしたらこの後ワルトの分身に襲われるんだお。
それにルイズの温もりを感じていたいんだお(^ω^)
くく、ワルド、悔しいか! ねぇ今どんな気持ち?
SIDE:ワルド
クッ、どうしてこうなった。
サイトに偏在で襲おうにもルイズが抱えられている以上危害は加えられない。
万が一にもルイズが傷ついてしまったら困る。
全くもって忌々しい使い魔だ。
「なんじゃこりゃああ」
港を見てサイトが叫んだようだ。
「なんだね、サイトくん。ここにくるのは初めてか?」
「おう!」
船に乗り込むまで物珍しそうにサイトはキョロキョロとしていた。
平民らしい部分もあるようだ。
僕も初めて来たときはこんな感じだったのかな?
懐かしい思い出が駆け巡ったが、すぐに切り替える。
「船長はいるか?」
「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」
僕は答えずに、すらりと杖を引き抜いた。
「貴族に二度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」
「き、貴族!」
船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んでいった。
なんだか久しぶりに貴族らしいことをした気がした。
SIDE:サイト・ヒラガ
魔法使えない今がワルド暗殺のチャンスじゃね?
船を浮かすために魔法は打ち止め中のワルド。
でもなぁ、ここで殺すと後々どうなるかわからん。
とりあえず保留で。
「うわぁ、ラピュタだ。」
「ラピュタ? アルビオンでしょ?」
浮遊大陸アルビオン。
ラピュタです。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
空気を読まないウェールズ率いる空賊が現れた。
「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」
俺は空賊に襲われる様をジーっと見ていた。
普通の空賊はどうだか知らないが、こいつらは統率のとれた動きをしていることがわかる。
軍隊のことは詳しくないがきちんと上司らしき奴の命令は聞いてるし、動きも鮮やかだ。
仮装パーティーに付けているような変装小道具よりも出来はいいが、やっぱり生で生えてるものとは違う。
「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」
頭の男、つまりはウェールズなわけだが、よく見るとヒゲとか偽物だ。
「おや、貴族の客まで乗せてるのか」
ルイズに近づき、顎を手で持ち上げた。
「こりゃあ別嬢だ。お前、おれの船で皿洗いをやらねえか?」
なんじゃそりゃ? 素直に娼婦やれとか、一発ヤラせろくらいは言ったらどうだ?
「下がりなさい。下郎」
「驚いた! 下郎ときたもんだ!」
普段は俺の言動にとやかくいうくせに自分はいいのか?
暴れる気も抵抗する気もないので素直に捕らえられておく。