「ようやっと、終わったなあ……。」
広報六課の初年度一年分の報告書類をファイルに綴じて、ぐったりした表情でつぶやくはやて。すでに決裁も全て下りており、ここから先ははやての手を完全に離れる。ジェイル・スカリエッティによるクラナガン襲撃事件から、もうじき半年が経過しようとしていた。
まだどこも傷跡が深く、部隊機能が元通りの水準に戻っているところは少ないが、広報部に関しては、優喜や竜司、フォルクのように結構なダメージを受けていた連中も全員完全に復活しており、平常運転に戻って久しい。優喜達など、常人ならまだベッドに縛り付けられてしかるべきダメージを受けていると言うのに、呆れた事に事前の宣言通り三日で動き回れるようになり、半月かからず退院していたりする。
「やっと終わったね。」
「お疲れ様。」
お茶とお茶菓子を用意しながら、はやてをねぎらうなのはとフェイト。厳密にはまだ年度が変わるまで十日ほどあるのだが、この部隊で検証しなければいけない内容は、十日やそこらではこれ以上変わらない。上司の側も忙しい事もあり、活動報告を前倒しで進めることにしたのだ。
「まあ、言うてもまだ四月以降の企画やら五期生以降の育成計画やら、いろいろやらなあかん事はようさんあるんやけどな。」
「結局、継続が決まっちゃったもんね。」
なのはの言葉通り、広報六課は現状のシステムのまま、後二年ほど様子を見ることが決定した。いくつか成果が上がりつつあったことに加え、一年で結論を出すのは早すぎる、と言う事柄もかなり多かった事が理由である。もっとも、何もかも同じと言う訳ではない。外部協力者であった優喜達は、基本的に任期満了となって六課を離れる。この先は随時契約で、訓練だけ付き合う、と言う形に落ち着いている。流石に、いつまでも部外者を前線に出すのは、問題が多すぎるのだ。
また、当初の宣言通りなのはもアイドルをすでに引退し、新年度からは予備役に入る事も確定している。とは言え、流石にこれだけの戦力を完全に遊ばせておくのは問題が多い、と言う事で、頻度こそ激減すれど、たまには事件解決のために出撃する事にはなりそうである。
正直なところ、今の状況でなのはが引退するのは、イメージ的にも戦力的にも管理局にとって物凄い痛手なのだが、本人が希望しているものを無理にとどめるのは、それはそれでイメージが悪くなる。前々から、なのはがスイーツ中心の喫茶店をやりたがっていると言う噂は芸能関係を中心に幅広く流れていた事もあって、彼女の引退を止める事は出来なかった。
因みに、翠屋ミッドチルダ店の開店は、翠屋本店で一年ほど修行をしてからの予定だ。大学の方は、さすがに同じ市内に同じ人間が二人いるのはまずいだろう、と言う事で、きっぱり中退するつもりでいる。
「それにしても引退発表、えらい騒ぎやったよ。」
「ご苦労様。」
「ほんまに勘弁してほしいぐらいの騒ぎやったで……。」
通信がパンクするほどの騒ぎとなった引退発表の日を思い出し、うんざりした表情を見せるはやて。いまどきアイドルが一人引退する程度で、ここまでの騒ぎになるとは、本人含め誰もが思いもしなかったのだ。きっちり経過や理由を説明したと言うのに、週刊誌や下世話な三流新聞などでは、いまだに芸能界の陰謀説やWING不仲説、管理局内部の権力闘争説がささやかれている。
とは言え、WINGと言うアイドルユニットは解散したが、フェイトは単独でも活動を続ける。これは、フェイトが職務や当人の立ち位置上、予備役と言う形ですらまだまだ管理局から離れることは難しい事と、執務官になった動機から、やめると言う選択が最初から存在しない事が理由だ。フェイトの活動を考えると、アイドルと言う表の世界に影響力が大きい仕事は、とても都合がいいと言う事もある。
結局、いろいろと変わるところも出てくるが、はやてが胃薬と縁が切れない事も含めて、意外と変わらない部分も多いのが実情だ。
「なのはちゃんらの結婚式、どうするかも問題やな。」
「身内だけで、って言うのは……。」
「却下や。自分ら、経済的にも立場的にも、地味婚が許される人間やあらへんで。」
「だよね。」
なのは達の結婚は、引退コンサートの時に発表されている。これが、ミッドチルダでは珍しい重婚である事もあり、いろんなところが炎上したものだが、デビュー前からの九年越しの恋である事をはじめいろいろ非現実的な要素が絡み合った、非常に物語性の高い恋愛だった事もあってか、案外賛同者が多かったのが驚きと言えば驚きである。
賛同者が多かった原因が、優喜がお姉さま扱いされた事が大きかったのではないか、という説が否定しきれない点は御愛嬌、と言う事にしておこう。
「それで、忙しくてバタバタしとってよう分からへんなってるんやけど、ヴィヴィオの経過はどないなん?」
「今のところ、特に問題は無いよ。」
「さよか。」
フェイトの回答に、関連資料を確認しながら軽く相槌を打つ。実際のところ、プレシアが絡んでいる以上、状況そのものは改善されるはずだと信頼しているため、言葉ほどは心配していなかったりする。むしろ、修復中のゆりかごがどういう方向で落ち着くのか、その方がよっぽど心配だ。
因みにヴィヴィオの大人化に関しては、結局ある程度任意でコントロールできるようにする事で落ち着いた。感じとしては、体内のレリックとユニゾンする感覚が近い。どうせレリックを摘出できないのであれば、コントロールできるようにした方が問題が少ないだろう、と言う発想からである。この辺の訓練は、現時点ではとりあえず優喜が聴頸を教える事で対応している。
「まあ、体の方は問題ないんだけど……。」
「ん? なのはちゃん、それ以外に問題がありそうな口ぶりやけど、どないしたん?」
「ヴィヴィオね、大人モードで竜司さんの体を登りたがるんだ……。」
なのはの言葉に、思わず沈黙してしまうはやて。大人モードのヴィヴィオは、なのはやフェイトと勝負できるプロポーションの持ち主だ。風呂の時にもみしだいた感じから、形や大きさだけでなく柔らかさという点でも極上である事をはやては知っている。その体の持ち主が、大男をよじ登る、と言うのは……。
「なんやろう、そのごっつ羨ましい状況は……。」
「そういう問題じゃないって……。」
「そう言えば、レヴィも対抗してよじ登ってたよね。」
「ますます羨ましいやん。」
甲乙つけがたい容姿と体を持つ美女が、こぞってよじ登ろうとする。それを支えるだけの体格と強靭さが必要だとはいえ、おっぱいマイスターのはやてからすれば、女の身でも羨ましいと思ってしまう。もっとも、実年齢が幼女のヴィヴィオと、精神年齢が小学生男子のレヴィが相手では、そういう気分になったからと言って手を出すわけにもいかない。そのため竜司は、迫られているのに手を出せないと言う生殺しのような状況にずっと耐え続けている。こういう時は優喜の性欲の無さが羨ましい、と、真面目にぼやいていたのが印象的だ。
「竜司さんと言えば、はやて。」
「ん?」
「竜司さんとカリムさんがどうなってるか、知ってる?」
「今のところ進展なしやな。聖王教会も、JS事件の後始末はまだ完全には終わってへんし。」
この半年、ミッドチルダでJS事件の影響を受けなかった組織は、一つもないと言っていいだろう。なにしろ、スカリエッティとレジアスが表に出した資料は、一定以上の規模と社会的影響がある組織すべてに波及する内容だったのだ。おかげで今、裁判所は大忙しである。
影響があった組織の中でも際立って規模が大きい管理局と聖王教会、そしてミッドチルダ政府に関しては、ようやく関係者全員の起訴が終わり組織の改編の目途が立ったところだ。そのため、人員がほぼ変わらなかった現場はともかく、意思決定をする上の方はまだまだ混乱が続いている。
さらに、先の大規模襲撃で多数の殉職者をだした地上本部は、深刻な人手不足とも戦わざるを得なくなってしまった。まだリハビリ中で仕事に復帰できていない人員や、深刻な障害が残って再起不能となり、予備役に退かざるを得なくなった人材も少なくない。そこに加えて組織自体のイメージダウンも重なり、募集をかけても人が集まらないと言う厄介な状況が続いている。
幸いにして、JS事件によってクラナガンを拠点とする犯罪組織は九割がた壊滅しており、今現在は重大犯罪が激減している。それゆえに、際どいところながらもどうにか現場は回っている。残った一割も、どちらかと言えば毒を以て毒を制する種類の、堅気の人間を過度に食い物にするようなタイプでは無い組織ばかりであり、むしろこいつらまで駆逐すると、他所からもっと性質の悪いマフィアや何やらが入って来るのが目に見えているため、マンパワーが足りない事もあり、現時点では市民から相談を受けたケースか度を越した連中以外は放置している。
管理局を取り巻く状況も、レジアスの捨て身の証言により、管理局がいまだどれほどぎりぎりの状態で回っているのかが明らかになり、また、末端の人間がこのあたりの事情を全く知らなかったという証拠も多数集まっている。そういったもろもろの内部資料は、むしろこの状況で戦力確保のための違法研究をやめ、そう言った研究をしていた技術系犯罪者と手を切る方向に持ち込んだ現上層部のグレアム・ゲイズ派に関しては、一度そちらに転んだという事実を差し引いても+の評価をする人も出てきている。
やはり、誠意と信念を持って、私心を挟まずに行動していれば、たとえ一度重大な間違いを犯したとしても、ちゃんと一般の人の中にも評価してくれる人は出てくるのだ。
が、レジアスの裁判が忙しいと言う事は、関係者であるカリムも忙しくなる訳で、強力なライバルが出現していると言うのに、彼女は竜司を落とすための行動をなかなか起こせない日々が続いている。
「とは言え、状況が落ち着けば、一気に進展しそうな雰囲気はあるで。カリムの方には周囲の強力なバックアップもあるし、竜司さん自身、まんざらでもなさそうやし。」
「と言うか、カリムさんに言い寄られて完全にスルー出来るのって、優喜君みたいなタイプかおとーさんたちみたいなバカップルか、後は同性愛の人ぐらいなんじゃないかな?」
「それと重度のロリコンか二次元コンプレックス、貧乳こそ正義な平面スキーやな。」
つまり、どれでもない以上、竜司がなびかない理由が特にない。身分だの家柄だのを気にするタイプでもない以上、あの二人がくっつくのは、多分時間の問題だろう。障害があるとすれば、
「問題は、カリムさんがヴィヴィオに遠慮しちゃうかもしれない、って事だよね。」
と言う一点に尽きる。何しろ、ヴィヴィオは聖王である。本人がいくら否定しても、こればかりはどうしようもない。
「あ~、可能性としては否定できへんなあ。」
「ヴィヴィオも、何で竜司さんなんだろうね?」
「登りたなる、言うんは分かるんやけどなあ。」
「竜司さんも、どう対処していいか分かんない、って感じだよ。」
生れてはじめてのモテ期、それも手を出すのに微妙に問題がある連中に妙な形で言い寄られて、心底困惑している竜司。優喜に言わせると、あそこまであからさまに困っている竜司は、滅多に見られないらしい。優喜と違ってそこまで鈍い訳ではない竜司だが、女性とお付き合いした経験が全く無く、女性と付き合えるかどうかが絶望的な事もありそう言った作法について勉強する気も起きなかったため、どう対応していいか分からないらしい。豪傑風の外見とは裏腹に、優喜とは違った意味で色ごとに対して適性が無い男である。まあ、ヘタレと言う訳ではないので、そのうちあしらい方も覚えるだろう。
「まあ、そこは落ち着くところに落ち着くんじゃないかな。」
「案外、竜司さんもいろいろ押し切られて重婚に走る羽目になったりしてな。」
「レヴィはともかく、ヴィヴィオまで囲うのはどうかと思うな、私。」
「せやけど、こういうのは本人次第やで。しかも、ヴィヴィオの場合、母親が駄目出ししても説得力無い状況やし。」
なのは達にさっくりとどめを刺して、お茶を飲み干して立ち上がるはやて。どうにか休憩時間をひねり出しただけで、まだまだやるべき事は山積みなのだ。
「ほな、ちょっくら他所の部隊と喧嘩してくるわ。」
「行ってらっしゃい。」
「頑張ってね。」
なのは達の言葉に手を振ってオフィスを出ていく。八神はやて支配人は、今日も大忙しであった。
「スバル、本当に良かったの?」
「ティアこそ、去年はあんなにぶーぶー言ってたのに。」
広報六課残留を決めたスバルとティアナは、お互いの選択肢に対して話し合っていた。
「あたしは、ここで目標を見つけたから、ね。そう言うスバルこそ、レスキューに行くの、夢だったんでしょ?」
「形はちょっと変っちゃったけど、ここでもできるって分かったから。」
レスキュー隊で活躍することが夢だったスバルと、高ランク魔導師になって執務官から艦長、提督へと上り詰めることが目標のティアナ。どちらも、広報部と言う選択肢はそれほど美味しいものではない。
「それにしても、デビューしたころはあんなに不本意そうだったのに、今じゃ立派に広報の一員だな。」
「あの頃の事は言わないでくださいよ、ウォーゲン二尉。」
恥ずかしそうなティアナに、思わず噴き出すフォルク。彼の場合、基本的にはやてとセットで動くため、はやてが広報を任される以上はフォルクも広報で活動する事になる。
「スバルじゃないが、どういう心境の変化だ?」
「今の流れが続けば、後十年もすれば竜岡式は十分な勢力になってるでしょうし、今のうちに吸収できる事は十分吸収しておく方がいいか、と思いまして。」
「まあ、そうだな。流石に内容がハードすぎるから、訓練の標準になるってのは難しいとは思うが、逆に言えば初期のうちから鍛えればそれだけアドバンテージになる。」
「それに、JS事件の時にはっきり理解しました。竜岡式の魔導師と一般の魔導師、混成部隊になった場合に前線で指揮できる人間は、まずそんなに多くは育ちません。」
「つまり、他所に出て普通に執務官を目指すより、ここで指揮官としてのノウハウを完成させた方が、強力な武器になる、ってか?」
フォルクの言葉に、不敵な笑みを浮かべて頷いて見せるティアナ。一般の部隊と竜岡式の部隊を同時に運用する場合、事前データに頼らずその場で隊員の能力を把握できなければ話にならない。。何しろ連中ときたら、作戦行動中にどんな突飛な真似をしてもおかしくないのだ。普通の部隊であれば、データと実績で大体の能力が判断でき、それが大きく外れる事はまず無いのだが、竜岡式の場合はデータに無い技をぶっつけ本番で生み出すのは当たり前、他人が使った技をその場でコピーしたり、飛べなかった人間が急に飛べるようになったりと言った事も珍しくない。
しかも、指示は守るが局員としてのセオリーは守らない事も多いので、そこらへんも理解して指示を出せなければ意味が無い。二期生以下の平均実質ランクAAAと言う飛び抜けた実力にごまかされがちだが、他の部隊と部隊行動が取りにくい本質的な原因は、この辺の行動原理の違い、と言うやつと能力の方向性に対する個人差の大きさによるものだ。
その事を理解し、かつ指揮と言う形でいかせるのは、現時点でははやてとティアナぐらいであろう。美穂もいい線は行っているが、まだ完治していない対人恐怖症を考えると、仮にこの道を志してくれても、指揮官として完成するのは相当先になりそうだ。故に、そこを追求し、磨きあげるのは、ティアナにとって悪い選択肢では決してない。
「ティア、本当は、給料明細の数字が惜しくなったんじゃないの?」
「それも理由としては大きいけど、さすがにそれが全てじゃないわよ。」
夏ごろからの給料で、ついにティアナは奨学金を含めたいくつかの借金を完済した。それも、いざという時の蓄えを作りながら、だ。地味に執務官でエリートであるはずの兄より手取りが多いが、執務官の給料を知らないティアナは当然、そんな事実は知る由もない。
「何にしても当面は、二年でどの程度戦力を充実できるかと、広報って形で続けるべきなのか、って言う二つをが争点になるだろうな。」
「そうですね。」
「八神支配人も、大変ですね。」
「まあ、なんとかするだろうさ。」
あっさり気楽な事を言ってのけるフォルク。実際のところ、そう言った事務方の、それもトップとしての仕事はフォルクの担当ではない。あくまでも彼は、はやての心身を守るために聖王教会から派遣された人物であり、権限の面でもはやての仕事を肩代わりできはしない。もっとも、もう七年、一緒に行動しているのだから、何をどうすればはやての負担を軽くできるかぐらいは心得ている。防御だけが取り柄の小僧ではないのだ。
「それにしても、ナンバーズとかクローンの子たちとか、どうするのかしら?」
フォルクを見ていてふと思い出した事を、ぽつりとつぶやくティアナ。スカリエッティ一派に関しては、スカリエッティ本人とウーノ、トーレ、クアットロの四人以外は、とりあえず構成教育を受けた後、保護観察期間を経て社会復帰と言う、事実上の無罪判決が確定している。本来立場的にチンク達と大差ないトーレが刑に服することにしたのは、流石に三人だけでは納得しない人間も居るだろう、と言う事で、内部の反対派として止められなかった責任をとったのだ。
「まだ、完全に身の振り方が決まってる訳じゃないらしいが、クロノ提督のクローンは更生教育が終わったら、グレアム提督が養子にしていろいろ仕込むとは言っていたな。」
「チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの四人は、うちで面倒をみるみたいだよ。」
「ディアーチェ達三人は、リンディさんが養子にするんだって。」
「あ、師範。」
「おかえりなさい。」
更生施設から戻ってきた優喜が、ほぼ確定している情報を持ち込んでくる。
「プレシアさんが養子にするのかと思ったんですが、違うんですか?」
「これ以上、時の庭園直属の勢力が増えるのは、勘弁してほしいんだって。あの子たちも実力的には二期生とはれるぐらいはあるし、ね。」
「まあ、そうですね。」
ついでに言うと、リンディがエイミィ以外にも娘を欲しがった、と言うのも理由の一つである。
「あと、セイン、オットー、ディードの三人は、聖王教会に所属する事になる。他のクローンの子たちも、とりあえず大方養子縁組は決まりそうだって言ってた。で、今もめてるのがセッテの処遇。」
「セッテ、ですか?」
「とりあえず、意地張って実刑を受けようとしてたのはやめさせたんだけど、当人の希望に絡んで、ちょっとばかし勢力争いみたいな事が、ね。」
「勢力争い?」
「更生教育の最中に、どういう訳か料理と細工に興味を持ってね。で、意外とエンチャントの筋もよさそうだから、最初から希望してたディードと一緒に仕込もうかって言ってたら、どこが抱え込むかで喧嘩になったらしい。」
優喜の言葉に、ひどく納得する。エンチャントアイテムを作れる人材、と言うのは、竜岡式なんかよりずっと貴重だ。しかも内容が内容なので、下手に教えるのも怖い。優喜が、こっち方面の弟子は当分この二人だけ、と宣言してしまった事もあり、派閥争いが激しくなってしまったのだ。
「ま、最悪力技でうちの娘にすればいい、とかプレシアさんは言ってたけどね。」
意外に聞こえる事を言う優喜に、顔を見合わせるティアナ達。プレシアの発言は言うまでもなく、ディアーチェ達を取られた意趣返しである。
「何にしても、来年には保護観察期間に入るから、にぎやかになりそうだ。」
「そうですね。」
「ん~、なんか結構楽しみかも。」
元々、スカリエッティやクアットロはともかく、それ以外のナンバーズとは対立していた訳ではない。単純に、企画の上でライバルみたいな形になっていただけで、六課の誰一人として、彼女達に含むところは無い。個人的には好感を持っている相手も結構いる事もあり、かなり楽しみにしている広報六課のメンバーであった。
「エリオ、キャロ、こっちこっち!」
「ルーちゃん!」
「ルーテシア、久しぶり!」
久しぶりの全日オフ。エリオとキャロは、広報六課に入ってからめっきり顔を合わせる機会が減っていたルーテシアと、久しぶりに一日一緒にいる事にしたのだ。
「そう言えば、見せたいものって?」
「これよ、これ!」
相も変わらずテンションの高いルーテシアは、いきなり何ぞの魔法を発動させる。
「来て、飛蝗皇!」
「「えっ!?」」
エリオ達がよく知る名前の召喚虫を呼び出したルーテシアは、やたらと自慢げに胸を張ってみせる。エリオやキャロ同様、まだまだ第二次性徴の兆しは見えないが、それでも同年代の中では発育がいいため、そろそろ女性らしい体つきになる兆しは出始めている。が、そこは突貫型のキャロとそう言う面ではまだまだ子供のエリオの事だ。結構大人びた表情をするようになったルーテシアに、一切気が付いていない。
「私の新しい召喚虫よ。凄いでしょう!」
「ルーちゃん、その子……。」
「あの事件の日、主が死んで迷子になってたのを見つけて、契約してあげたの。私もまだまだ大した実力は無いから、還す間だけのつもりだったんだけど、相性が良かったみたいで、ね。」
「そっか……。」
エリオとキャロの表情を見て、何かに気がついたらしいルーテシア。真面目な表情になって、先ほどまでとは打って変わった静かな表情で質問を口にする。
「エリオ、キャロ。もしかして飛蝗皇の前の召喚主の事……。」
「うん、知ってる。」
「そっか。」
エリオ達につられて、どことなくしんみりとした顔になってしまうルーテシア。そんな彼女の肩を、ぽんと叩く飛蝗皇。
「でも、良かったよ。」
「ルーちゃんの事、お願いね。」
エリオ達の言葉に頷く召喚虫を見て、表情をほころばせる三人。とりあえず用事も済んだ事だし、流石にガリューに比べると何とも言い難い外見の彼を、街中をあちらこちら連れまわすのはいろいろあれな事になりそうなので、一つ礼を言って送り返すルーテシア。
「そう言えばルーちゃん、クラナガンを離れるって、本当なの?」
「うん。ママの体、環境のいいところにいた方がいいだろうって。」
先のJS事件で、メガーヌは名状しがたいものの攻撃を防ぎきれず、リンカーコアにダメージを受けてしまった。結果として、召喚師としての力はほとんど失われ、またその時に一緒に浴びた瘴気の影響で、クラナガンのような大都市では生活すること自体がかなり厳しい状態になっていた。呼び出していた召喚虫の制御も怪しくなり、送還もまともにできなくなったため、応急処置としてほとんどすべての契約をルーテシアが引き継いでいる。
とりあえず現在は隔離病棟でリハビリ中なので、すぐにと言う訳ではない。だが、ルーテシアが初等部を卒業する来年度には、すでに目星をつけてある無人世界に引っ越すことが決まっている。流石に何もせずに生活する事は出来ないので、自然を売りにしたリゾートコテージを親子で経営する事にしたらしい。この辺の費用はキャロを指導してくれた礼と言う事で、プレシアが出資することが決まっている。
「そっか、さびしくなる。」
「大丈夫。転送装置もつけてもらえるし、時の庭園とは定期的に取引もするし。」
「落ち着いたら言ってね。」
「みんなで遊びに行くから。」
「その時は、ちゃんとお金出して泊まってね。ガリューも飛蝗皇も呼んで歓迎するから。」
「「もちろん!」」
ルーテシアの冗談めかした言葉に、にっこり笑って頷くエリオとキャロ。ぶっちゃけた話、二人の口座にも使っていないお金はたくさん眠っている。友達のために宿泊代を出すぐらい、大した負担ではない。
「さて、辛気臭い話はこれで終わり。今日は目いっぱい遊びましょ!」
「うん!」
「まずどこにいく?」
なんだかんだ言って、子供達は明るく元気であった。
「ようやくと見るべきか、思ったより早かったと見るべきか……。」
「俺は、むしろ良くこの日が来たな、と思っているよ。」
高町家のリビングでは、久しぶりに男性陣が勢ぞろいして、酒を酌み交わしていた。もっとも、恭也は割と酒に弱く、優喜は一応まだ未成年と言う事で、がっつり飲んでいるのは士郎だけだったりするが。
「親としての本音を言うならば、なのはには普通の結婚をして欲しかったところだが、ね。」
「管理局に関わってる以上、もとからこっちで普通の結婚って言うのは厳しかったんじゃないかな?」
優喜の指摘に、苦笑して頷く士郎。正直なところ、親としてはかなり複雑な心境である。優喜の事情が事情ゆえ、ミッドチルダでの重婚と言うのは一番ましな落とし所だろう、と言うのは分かる。だが、嫁同士が親友だと言っても、自分の娘が何人かの一人になる、と言うのはどうしてもかなり抵抗がある。
「それにだ、とーさん。俺はむしろ、美由希の方を気にせにゃならんのではないか、と思ってるんだが?」
「そうなんだよなあ。翌日に残るような飲み方はしてないとはいえ、この話が決まってから、ずっとやけ酒かっ食らってるんだよなあ。」
「あれもそれなりに美人だし、性格も悪い訳じゃないのに、どうしてあそこまで男に縁が無いのやら。」
「婚活とかには向いてないからなあ、美由希さん。」
高町美由希、二十七歳。そろそろいきおくれ、と言う単語がちらつき始めている。思えば、大学がタイムリミットだったのかもしれない、とは当人の弁である。
「出稽古とかは行ってるんでしょ?」
「ああ。だがなあ。」
「強すぎて、男がみんな引いてるんだとよ。」
「うわあ、情けない。」
優喜の容赦のない一言に、思わず吹き出す士郎と恭也。実際のところ、ずっと一緒に修練をしていた、とかそういう関係でもない限り、自身が武術や武道を志していて、自分よりはるか上の実力を持った相手に懸想できるかと言うと、プライドの問題もあるのでなかなか難しい。しかも、美由希の場合、ひとたびスイッチが切れると、フェイト同様妙にポンコツなところが目につく女性であるため、そんな女に手も足もでないという現実がよけい惨めな気持ちにさせてしまう、と言うのも痛い。
かといって、翠屋の従業員は女性が多く、いくら常連でも客とそういう関係になるには店がはやりすぎている。知人の紹介や見合いと言う手も無い訳ではないが、士郎や恭也、赤星の知り合いは大体美由希の知り合いだし、優喜達の同級生とか言いだすと、さすがに年が離れすぎている。一応デイヴィッドやアルバート、CSSのメンバーなども動いてくれてはいるが、逆にワールドワイドすぎてか、なかなか前に進む気配は無い。
最近は守りに入り気味で、おひとり様でどうやって老後を凌ぐかとかそういう本が愛読書になりつつある美由希。こういうのは縁の問題とはいえ、出来ればどうにかしてやりたいとは周囲の人間の共通意見だ。
「まあ、美由希の事はなるようにしかならないとして。」
「アリサちゃんとユーノ君については、現状どういう感じか知っているか?」
「あの二人は、アリサが大学卒業したら結婚するって。」
「まあ、妥当なところだな。」
「子供の事もあるから、ユーノもどこぞの国で戸籍作って、そこの大学教授って事にするらしいよ。」
管理外世界だなんだと言ったところで、ミッドチルダ政府も管理局も、それなりに影響力は持っている。流石に地球ぐらいの文明レベルになっている世界の場合、全く関わりを持たないと言うのも危険なので、いくつかの国や施設とは秘密裏に関わりを持ち、今回のような状況のために戸籍だの社会的身分だのを偽造できるようにいろいろやっているのである。リンディ達が特に問題なく海鳴に根を下ろし、住民票の類が必要な行動を普通にとれているのも、言うまでもなくミッドチルダ政府と管理局の伝手だ。
「アリサちゃんも、完全にあちらの人間になるのは厳しいからなあ。」
「すずかもそうだからね。だから、こっちの戸籍上は、すずかと夫婦になる訳だし。」
少子化に悩む夜の一族が、貴重な次世代をよその世界に取られる事を、よしとする訳が無い。元々日本にいる限りは一人しか嫁を取る事は出来ないし、どうせ生活の大半をミッドチルダで送る事になるのだから、とりあえず子供が出来た場合、一番日本での戸籍が重要になりそうなすずかと、形の上だけでも結婚しておこう、と言う事で話し合いはまとまった。エリザから、必要なら一夫多妻制の国の国籍も取れるよ、などと悪魔のささやきを言われた事もあったが、地球での相続周りは実質すずかの子供以外はあまり意味が無くなりそうだ、と言う理由で他の三人とは事実婚という形で済ませることにした。日本に紫苑の戸籍がない事も、事実婚でいいじゃん、となった理由の一つだ。
「向こうでの結婚式はどうするんだ? 俺達も参加できるのか?」
「こっちではどうするつもりだ?」
「向こうの結婚式は、今はやてが色々企画中だって。流石になのは達の立場上、身内だけの地味婚ってのは厳しいらしい。こっちはもう、いろいろややこしい事になりそうだから、婚姻届と一族の人たちを招いての食事会だけでいいんじゃないか、ってエリザ先生やさくらさんと決めた。」
「一族の人間か。お前なら問題は無いだろうが、ややこしい奴もいるから気をつけろよ。」
「さくらさんにも言われた。もっとも、エリザ先生に言わせると、子供の頃から長年すずかに血を流しこまれてきてるから、発情期が無い事と血が必要じゃない事以外はほぼ一族と変わらないらしいし、長老たちは多分何も言わないだろうって。正直、自覚症状は全くないけどね。」
優喜の回答に、思わず微妙な表情を浮かべる士郎と恭也。エリザによると、こういうケースは珍しいとはいえ、全く無かった訳ではないらしい。体質的に相性がいいと、ごく微量血が混ざっただけで夜の一族に変わってしまう事があり、これが吸血鬼の血を吸って眷属を増やす、という俗説につながったのではないか、と言う話である。優喜の場合、相性が良かったと言うより気功ですずかの血をなじませた結果、体質が変化したと言うのが実際のところであろう。
とは言えぶっちゃけた話、夜の一族になっていようがなっていまいが、優喜が化け物の領域にいること自体は変わる訳でもなく、単に妙な属性が一つ増えたにすぎない訳だが。
「何の話?」
微妙な空気になったところに、時の庭園からいろいろ回収してきたなのは達が顔を出す。
「ん? ああ、結婚式の話と、僕の体の事。」
「体の事?」
「僕の体質が、夜の一族に近くなってるって話。」
「そうなの?」
優喜の言葉に、すずかに視線が集中する。その視線を受けたすずかが、苦笑しながら一つ頷く。発情期が無い、と言うのは多分、優喜が元々抱えていた問題と相殺されたのだろう。そういう意味では、すずかがこっそり地道に続けていた行為は、優喜の治療にとっては実に効果的だったと言える。
「まあ、別にどうでもいいかな。」
「いいのか?」
「うん。」
あっさりどうでもいい事にしてしまうなのはとフェイト。紫苑は最初から、優喜がどういう生き物であっても気にしていない。
「でも、ゆうくんと結婚かあ。」
「少し、不思議な気持ちね。」
「うん。こういう話は、ずっと先の事だと思ってたし、少し前までは優喜とこういう関係になるなんて夢のまた夢だったし。」
フェイトの言葉に、しみじみと頷く三人。
「ねえ、優喜君。」
「なに?」
「一杯家族を作って、みんなで幸せになろうね。」
なのはの言葉に、淡く微笑んで頷く。天涯孤独だった少年は、たくさんの家族を手に入れたのであった。