時は少しさかのぼる。
「術の方はどうなってる!?」
「今再開したところだ!」
マスタングのアジトでは、予想外の邪魔が入り、事態が膠着していた。
「ゆりかご産のガジェットを、着地までに阻止できなかったのが痛かったな……。」
「あれがなけりゃ、一回目の時点で結界が発動していただろうに、な。」
比較的順調に進んでいた他の突入部隊と違い、マスタング基地制圧部隊は残念ながら、不運にも二度も神楽を邪魔されてしまった結果、いまだに固有結界の展開までは至っていない。
最初の一回は、後数節で結界が発動する、と言うタイミングで、ゆりかごから発進したガジェットが一部隊、こちらの方に飛んできてしまったのだ。そのうち迎撃に失敗した一機が神楽を舞っているところに突撃をかけた結果、どうしても舞を中断するしかなくなり、体力回復のタイムラグもあって、再会したのは当初の予定を二分超えたところであった。
そして二度目はつい先ほど、ゆりかごからの砲撃が至近距離に着弾し、再び神楽を中断して防御をする必要が出てしまったのである。流石にフォートレスの機能を使ったところで、次元航行船やロストロギアの砲撃を正面からガードするのは無理がある。そんな真似ができるのは広報部トップの三人か、優喜と竜司ぐらいだろう。
「マスタングの動向は?」
「向こうさんも、ガジェットの対処に手を取られてるようで、流石に逃亡には至っていません。」
「不幸中の幸い、と言うところか……。」
「だが、完全に膠着状態です。さっきの砲撃でいくつかの脱出ルートはつぶれましたが、それは裏を返せば、残ったルートに戦力が集中する、と言う事ですからな。」
副官の言葉に考え込むティーダ。通路の狭さゆえに逃亡こそ阻止できているが、いい加減隊員にも疲れが見え隠れし始めている。油断するとそのまま押し切られて、取り逃がしかねない。かといって、他所から隊員を回してもらえる状況でもない。救いと言えば、いつの間にかゆりかごからの砲撃が止まっている事ぐらいか。
「あの子たちの術が完成するのを待つとしても、急かして早くなるものでもないからなあ……。」
三度目になる舞、その中盤に差し掛かっている子供達を見て、やきもきする気持ちを押さえてため息に代える。自身が突入するとしても、基本的な実力は経験を含めてもAA+。階級こそ佐官が見えてきているとはいえ、関わった事件のほとんどは戦闘以外のやり方で解決したものである。かなりの難事件をいくつも解決してはいるし、戦闘面でも侮られるほど実力が低い訳ではないが、現状を大きくひっくり返すほどでもない。
このままいけば、年内にも佐官待遇になるという点はなのはやフェイトも同じだが、向こうは逆に、戦闘を避ける事が出来ないような凶悪事件を、全て力技で解決している。難しい事件すべてを力技で解決している訳ではないが、十のうち八はテロだの大規模襲撃計画だのと言った、物によってはトップクラスの戦闘能力を持つ人間でも触るのを躊躇うような代物である。それを、調査中に嫌な引きで引き当ててしまい、しょうがなしに解決しているのだから、個人での危機対応能力が磨かれるのは当然であろう。任務達成率99.5%は伊達ではないのだ。
素質か大きく絡むとはいえ、彼我の力量差を自覚すると鬱になりそうだ。そんな風にわき道にそれかけた思考を立て直し、新しく湧いて出たゆりかごガジェットをストライクカノンで粉砕する。先ほどはデータ不足がたたり、当てる場所が悪く一撃で落とせなくて術を潰されたが、すでにどこを撃てば一撃で確実に潰せるかを見切っている。そして、この分析能力と攻撃精度こそが、ティーダ・ランスターをAA+に押し上げている重要な武器である。
「ちょっとばかり、頻度が増えてきた気がするな。」
「向こうも焦ってるのかもしれませんね。」
「まあ、ありがたい事に砲撃は止まってる。後はガジェットを迎撃し続ければ、俺達の勝ちだ。」
などとささやき合いながら、さらに追加で飛んできたガジェットを全て粉砕する。まだ来るか、と身構えたその時、
『実録拷問、恥刑。』
綺麗な女性の声が、何ともあれで何な単語を読み上げる。その言葉に、思わず動きを止めてしまうティーダ。慌てて構えを取り直し、ヤマトナデシコの方に視線を向けると、どうにか舞を止めずに済ませたらしく、何とも言い難い表情で神楽を続けていた。
「このナレーションは、一体何だって言うんだ?」
「分かりません。分かりませんが、内容から言って、魔女殿の差し金ではないですかね?」
「それはそうだろう、と言うか、それ以外ないんじゃないか、とは思うけど……。」
などと囁きあっているうちに、次々とクアットロのあれで何な性癖を淡々と読み上げ始める。その内容にどん引きしながら、少女達が大丈夫かと心配になりながら舞の様子を確認すると、先ほどとは違い、落ち着いた顔で踊り続けている。おかしいな、などと気にしていると、デバイスにメールが。
「……まったく、やけに気が利くデバイスだな……。」
「どうしたんですか?」
「いや、何。あの子たちにこの放送が聞こえないように、今余計な音声はシャットダウンしてるんだと。声が聞こえにくくなるから、通信はこっちによこせとデバイスが言ってきた訳だ。」
「それはまた、気が利いてますな。あんな小さな子供に、こんな教育に悪い内容を聞かせるのは、正直避けたいですからな。」
「全くだ。」
などと言っているうちに、舞の方も再び、いや、三度目の大詰めを迎える。今度はゆりかごもガジェットもなぜか沈黙しているため、クライマックスで邪魔が入る、という事態は避けられそうだ。
「そろそろ固有結界が展開されるぞ。第五班、準備を!」
ティーダの言葉に全員が頷き、いつでも制圧に入れるように身構える。準備を終えた隊員達が見守る中、三人の姿に変化が現れる。
「……へえ。」
「あの子たち、将来はあんな風になるんだ。」
「一人ぐらい、息子の嫁に来てくれねえかね。」
最後の山に入った子供たちの体が、十代後半のそれに急激に変化したのである。この姿に成長するのであれば、三人とも確実に将来は約束されている、そんな見事な美貌が、真摯な表情で神楽を舞い続ける。
意外だったのが、現時点で一番小柄で肉付きが悪いミコトが、三人の中で一番グラマラスで肉感的な体型に変化した事であろう。背丈で言えばはやてには勝つがなのはには劣るぐらいだが、胸やら何やらはなのは達と勝負できるラインであり、やや小柄な分、むしろメリハリと言う面では非常に目立つ。ただ、背がそれほど高くない割に胸が大きいため、和服を着せると少々微妙な事になりそうな印象ではある。
逆に、現在最も発育がいいフォワードのマーチが、割とストイックな体型に育っているのも興味深い。ちゃんとそれなりの大きさの乳房らしきものはあるにはあるが、大小で言えば確実に小。貧だの微だのと言うところまではいかないが、平均は確実に下回っている様子だ。他の二人が大と巨に分類されるだけに、その落差が非常に目立ってしまう。在りし日のなのはとフェイトのような感じだ。
ちゃんと服を着ているのに、なぜそんな事が分かるのか。理由は簡単だ。大人の姿になる時に、大まかな輪郭だけとはいえ、完全にボディラインが見える時間があったのだ。バリアジャケットの展開と違い、変身に一秒近くかかっているため、一般局員程度の動体視力があれば、十分に確認できるのである。もっとも、ある種の芸術作品みたいなもので、たとえヌードといえどもその美しさに感嘆する事はあれど、エロスを感じる事は全く無かったのだが。
「くだらない事言ってないで、警戒しててください。」
「そうだぞ、お前達! これからマスタングとご対面だ! ガチガチに緊張しろとは言わないけど、ちょっと気を緩めすぎだぞ!」
リニスとティーダの注意に、思わず首を竦め、バツが悪そうな顔をする護衛班。だが、それも一瞬の事。結局その視線は神楽に注がれる。
「……! 来るぞ! 気を引き締めろ!」
ティーダの言葉に、美術品の観察をやめてもう一度身構える。その瞬間、辺り一面を黄金の稲穂が覆い、夕暮れだったはずの空に太陽が昇り始める。周辺に存在したビルだの施設だのがすべて消え去り、高天原と言う名にふさわしい、日本の原風景ともいえる風景に周囲が変化する。
「なるほど、これなら勝てる!」
全身に真っ赤な陽を浴び、照り返しで黄金色に輝く体。そこに湧き上がる圧倒的な力に、勝利を確信する。
「総員突撃! マスタングを確保するぞ!」
唐突に稲穂に囲まれ、戸惑う姿を見せていたマスタングとフィアットを、圧倒的な物量で捕縛してのける局員たち。悪あがきのために用意されたレトロタイプも、いつの間にやら全て粉砕されている。固有結果によって弱体化された機械兵器など、逆に強化された局員たちの前では大した抵抗もできなかったのだろう。
「な、何じゃこれは!?」
「くっ! まだだ! まだ捕まる訳にはいかん!」
突然の状況に対応しきれず、抵抗するそぶりを見せないマスタングと違い、もはや完全に体を取り押さえられていると言うのに、あらんかぎりの力を振り絞って抵抗するフィアット。あまりに激しい抵抗に、一瞬だけわずかに束縛が緩んでしまう。その隙を逃さずに力ずくで腕を引き抜き、顔を殴りつけようとして再び投げ飛ばされてしまう。その時、無理な抵抗により悲鳴を上げていたバリアジャケットが、限界を超えて部分的に避けてしまう。
結果として、大人になったマーチのそれよりさらにささやかながら、無いとは口が裂けても言えない大きさのふくらみが微妙に露出し、中性的な美男子では無く男装の麗人である事を周囲に知らしめてしまった。因みに、那美よりは若干大きい。
「犯罪者とはいえ、おなごに対する扱いとしてはちっとどうかと思うがのう?」
「ああいう抵抗の仕方をしたんだから、自業自得だろう。」
やけに大人しいマスタングの突っ込みに、やや憮然とした顔で返事を返すティーダ。固有結界があってもAMFの影響は消えず、流石にストライクカノンで撃つのも気が引けたために人海戦術で物理的に押さえこんだのが裏目に出てしまった形だ。
「あれでも、儂の孫じゃからな。あまり乱暴に扱わんでくれると助かるぞい。」
「ならば、抵抗するなって言ってやってくれ。」
「いやいや、そうはいかんでな。何しろ、儂ももうちょい抵抗する予定じゃし。」
固有結界が消えた事を確認し、そんなとぼけた事を言ってのけるマスタング。その言葉に嫌な予感がし、意識を刈り取ろうと慌ててストライクカノンを構えた時、余計な放送があたりに響き渡る。
『メガフュージョンスタート! 聖鎧王クレイドル、起動!』
その言葉と同時に、変形を始めるゆりかご。一瞬とはいえ、ついそちらに目を奪われる局員たち。その隙を逃さず、マスタングが叫ぶ。
「グレート世界征服ロボ、起動じゃ!」
その言葉と同時に、方々に転がっていたレトロタイプの残骸が一ヶ所に集まり、全長三十メートルはあろうかと言う巨大なドラム缶型ロボットに合体する。
「行けい、グレート世界征服ロボ! 管理局に目に物見せてやれい!」
マスタングの言葉に呼応し、目からビームのようなものを発射して薙ぎ払う世界征服ロボ。マッドサイエンティスト達の余計な最後っ屁に、思わず頭を抱えるティーダであった。
「くう!」
「流石に……、この規模の砲撃は結構厳しいわね……!」
クラナガン全域を覆う結界に対し次々と加えられる砲撃を、ユーノとシャマルは必死になって防いでいた。
「シャマルさん、夜天の書のバッテリーは!?」
「まだまだ十分持つわ! むしろ、エネルギーや出力よりも、さっきからのあれこれで、構造的に脆い部分が出てきてるのがまずいわ!」
「ごめん、修正が追い付かない!」
クラナガンを覆う結界は、結界魔導師に対してお手本に出来るほど効率が良く、かつ堅固な代物ではあるが、度重なる砲撃に加え、侵入してきた名状しがたいものやそれを呼び出すための亀裂、果ては内部からの妨害により、どうしても修復が追い付かないほころびが生じ始めていた。
実際のところ、今回敵対していた犯罪組織の多くは、事件開始直後の段階で、それなりの規模の人員をクラナガンにもぐりこませていた。それゆえに、外周部の防衛がかなり厳しくなると分かっていながら、市街の治安維持のために結構な数の部隊を割く羽目になってしまったのだ。特に、外周部の交戦開始と同時に結界内部で起こった同時テロは、精鋭である首都防衛隊の半分を対応のために割く羽目になり、その後の戦闘を非常にシビアなものにしていた。
救いがあるとすれば、結界内部の破壊工作は全て犯罪者によるものだった事ぐらいか。流石に今回レジアスに道連れにされる連中も、死なばもろとも、などと言ってクラナガンの防衛を邪魔する事はしなかった。全員が全くそう言う真似をしなかった訳ではなかろうが、元々の腐敗の原因が戦力不足を解消する方法論の問題だった事もあり、実際に動く人間はほぼ全員が、そう言う面ではまともだったために、シャマル達結界組の足を引っ張るような事態には至らなかったのである。
もっとも、だからと言って現状に余裕があるかと言えば、そんな訳は無い。いかにロストロギアの力を借りているとはいえ、そもそも個人が次元航行船やそれ以上の大きさの艦艇から放たれる砲撃を防いでいること自体、かなり無理があるのだ。ましてや、砲撃を放っている聖王のゆりかごも、夜天の書と同等レベルのロストロギアである。ほころびが生じている程度で済んでいること自体、ユーノやシャマル、そしてプレシアが用意した結界装置がどれほど優秀かを示していると言っていい。
「拙い、一ヶ所抜かれた!」
「市街地への着弾は防いだけど、ガジェットが何機か侵入したわ! ユーノ君、連絡を!」
「各方面への手回しはあたしがしておくから、ユーノとシャマルは結界の維持に専念して!」
本来なら物的にも経済的にも、破滅的な被害が出ていたであろう状況を、最小限の被害で切り抜ける二人。その二人を自然な形でサポートするアリサ。無限書庫司書長の右腕として、各方面に顔と名前が知れ渡っているからこそできるサポートであろう。
「フォルク達を呼び戻したが、これは拙いかもしれんな……。」
護衛としてシャマルのもとに残っていたザフィーラが、状況を見てぽつりとつぶやく。
「拙いって?」
「何機に抜かれたかは分からんが、私達だけでここをカバーしきれるかどうか、微妙なところだ。」
「……そんなに、あのガジェットって手ごわいの?」
「私たちにとっては手ごわくは無いが、相性が悪いと苦戦はする。それに、数で来られるとどうしても撃ち漏らしが、な。」
ザフィーラのその言葉に、納得することしかできないアリサ。そうでなくてもザフィーラには、広域攻撃の手段がなく、持ち合わせている攻撃手段全般、それほど威力がある訳でもない。誰かと連携しなければ、複数の方向から来た相手を完全に食い止めると言うのは難しいだろう。実際、先ほどはフォルクと言う似たような特性の相方と組んでいたため、どうしても一機仕留めきれず、捕虜を確保していた部屋に突入されてしまったのだ。
今回はディードとオットー、それに後二人の捕虜と言う協力者がいるが、彼女達に関しては実力が未知数な上に、実戦経験で不安が残る。特に戦闘機人ではない二人は、特性の問題で対機械が苦手だと言っていた。そして、今稼働しているゆりかご産のガジェットは全機種に置いて、スカリエッティがマイナーダウンしてコピーした量産型ガジェットや、その変形版であるマスタング製のレトロタイプに比べて、大幅に装甲が分厚い。その上、オットー以外は揃いも揃って単体、もしくは少数相手に特化しており、広域探知ができるのもオットー一人と言う体たらくだ。
「どちらにしても、ここは市街地に近い。オットーの大技もそうそう撃てん。」
「そういう問題もあるのね……。」
「まあ、幸いにして、ここに居る民間人は全員六課の関係者で、全く戦闘能力を持っていないのはお前と紫苑だけだ。他のシェルターをガードする事を考えれば、ずっと気楽にやれる。」
「すずかは分かるとして、トーマとリリィも?」
「あの二人はエクリプス感染者とそのリアクターだ。流石に戦力にカウントは出来ないが、ガジェットから逃げるぐらいはできる。」
「なるほど、ね……。」
ザフィーラの説明に、複雑な顔をしながら理解を示すアリサ。フェイトの立場上、直接保護するような子供は、大概そう言う普通の人生は送れそうにない人間ばかりになるのはしょうがないとしても、ミッドチルダほど進んだ文明でも、少年兵の問題が解決していないと言うのは、なかなかにへこむ話である。
「とは言え、地球の基準だったら、お前も紫苑も、全く戦闘能力が無い、と言うくくりには入らないだろうがな。」
「あんたたちじゃあるまいし、丸腰の人間なんて基本、戦闘能力が無いって言うくくりで問題ないでしょ?」
「まあ、そう言う事だな。」
「何にせよ、あたしと紫苑さんはここで大人しく、ユーノ達のサポートをしておけばいいのね?」
「ああ。ここを陥落させたりはしないつもりだが、世の中に絶対という言葉は無い。もしこの部屋に侵入されたら、すぐに逃げられるように準備だけしておいてくれ。」
あまり考えたくは無い可能性を指摘してくるザフィーラに、真剣な顔で一つ頷くアリサ。もしもの時のための保険に関しては、紫苑が山ほど持ってきている。逃げるだけならどうにでもなるだろう。
などともしもの時の事を話し合っていたのが悪かったか、建物全体を大きな振動が襲う。
「まずいな、思ったより早い!」
舌打ちしながら駆けだすザフィーラを見送り、最悪の場合の脱出ルートをチェックする。ユーノとシャマルにも、いざという時は何もかも見捨てて逃げろと言い含められているし、この場に自分達が残ると言う事が、どれほど迷惑になるかも知っている。避難する時は他人を心配するより先に自分が安全圏に逃げる事が、誰にとっても一番ありがたいのだ。
もっとも、それを全員がわきまえているか、と言うとそうでもない。特に、他人の事を優先しがちな人間だと、誰かを見捨てて先に逃げる、と言う事に大きな抵抗を覚えるケースが多い。さらに、今回のような戦闘がらみだと、半端に力を持っていると余計な事をしがちだ。今回は全員関係者である上、自身のできる事と出来ない事をきっちり把握しているが、もし仮に、ここに一般人の魔導師が居た場合、避難せずに迎撃に出て、足を引っ張る可能性があった事は否定出来ない。
「アリサさん、トーマくんとリリィちゃんを見なかったかしら?」
「部屋にいないの?」
「ええ。荷物は残ってたから、遠くへは行っていないと思うのだけど……。」
「……まさか!?」
最悪の事態を想像し、思わず血相を変えて出て行こうとするアリサ。そのアリサを紫苑が押しとどめる。
「紫苑さん?」
「行き違いになるかもしれないから、アリサさんはここにいて。私がもう一度確認してくるから。」
紫苑の言葉に頷きかけたその時、再び建物全体を大きな振動が襲う。
「二人とも避難しなさい!」
「……トーマとリリィは、どうするの?」
「あの子たちなら大丈夫! ザフィーラに連絡はしてあるし、エクリプスが活性化してるみたいだから、いざとなったらエンゲージするはずよ! 大体の位置は把握できたから、いざとなったら旅の扉を開いて何とかするわ!」
シャマルの言葉に頷き、アリサの手を取って即座に避難を始める紫苑。この状況下で、トーマ達と自分達では、どちらの方がより危ないかなど、考えるまでもない。
そもそも、トーマもリリィも、保護された直後ぐらいに同じような状況で失敗し、美穂を巻き込んでしまった経験がある。流石に、この状況で勝手な行動をして、再び他人に迷惑をかけるほど学習能力が無い訳ではない。しかも、当時と違って今は、思いあまって勝手に飛び出すほど追いつめられている訳でもない。
とは言え、指示に従った上で明後日の方向に突飛な真似をするのも、子供と言うものだ。そこはトーマ達も変わる訳では無く……。
「エクリプス反応増大! エンゲージしたのかしら?」
『すまん! 残骸の中に隠れていた子機が、そっちに向かっている!』
「もしかして、あの子たち!?」
シャマルが声を上げると同時に、施設内で大きなエネルギー反応。数秒後に飛び込んでくるトーマ。
「トーマ、戦闘したでしょう?」
「ご、ごめんなさい! 変なちっこい機械に追い回されて、挟み撃ちされそうになったから……。」
どうやら、逃げるのに失敗して、排除と言う手段を取っただけのようだ。もう一つ、二人の名誉のために補足説明しておくと、別段勝手に部屋を出歩いていた訳ではなく、たまたま紫苑が確認しに行った時に、二人ともトイレに行っていただけである。戻ろうとした直後に振動が襲ったため、さっさと紫苑達と一緒に避難しようと考えて、豪快に道に迷ったのだ。もっと正確に言うなら、とっさの事でパニックを起こし、一般的な避難経路に従って移動してしまったのである。
避難ルートが違う事に気がついたのが二度目の振動の時で、このまま外に脱出するのはさすがに危ないと判断して戻ろうとしたところ、三機ほどのガジェットの子機と遭遇し、逃げているうちに雪だるま式に増えてしまったため、最後の手段としてエンゲージして、ディバイド・ゼロで一掃したと言うのが、これまでの顛末だ。
「まあ、今回は先走って戦おうとしたとかそういう訳じゃないし、他に方法が無かったのならしょうがないわ。」
状況を理解したシャマルが、ため息交じりに二人を許す。とは言え、フェイトがうつったかのような引きの悪さは、将来がやや心配になるのは事実だが。
「結界の修復は完了。とりあえず、避難は必要なさそうだね。」
「みたいね……。」
実録拷問・恥刑という単語が聞こえたところで、状況の推移を把握するユーノとシャマル。いつの間にか、歌が止まっている。何となく嫌な予感がして、子供達の耳を塞ぐ紫苑とアリサ。いろいろ察して外部からの放送をシャットダウンするユーノ。そこに、
「これを捕獲したんだけど、どうしよう?」
家猫ほどのサイズの蜘蛛型機械を抱えたすずかが入ってくる。どうやら、トーマ達を追い回していた子機と言うやつらしい。
「捕獲したって、大丈夫なの?」
「動力と制御周りは縁を切ってあるし、制御周りのハッキングと掌握も済ませたから、多分勝手に動く事は無いと思うけど。」
「すずか。もし復活したら危ないから、念のために解体しておきなさい。」
「了解。」
「今現状で、この場で余計な改造とかするのは禁止よ。分かってるわよね?」
「大丈夫だよ、アリサちゃん。言われなくても、ばらすだけだから。」
そう言いながら、プレシアに教わりながら作った万能工具デバイスを立ち上げ、やたらと手際よく解体作業を進めていく。ブレイブソウルのツールフォルムを参考にしているだけあって、ハッキングから組み立て解体まで、実に幅広く活躍する。
「そう言えば、すずかさん。どうやって捕まえたの?」
「一族の力を使って攻撃される前に距離を詰めて、ツールでハッキングしたんです。その後、念のために電源ラインを全部切り離して動けなくしたんですよ。」
無駄に高度に力と技を融合させたやり方だ。
「それにしても、さすが古代ベルカ。凄い技術力。」
解体しながら感心してのけるすずかに、苦笑を浮かべながら何一つコメントしない紫苑。その様子を興味深そうに見ていたトーマとリリィに対し、簡単にマッドサイエンティスト式機械工学の講義を始めるすずか。この時の体験がもとで、トーマもデバイスマイスターをはじめとした機械関係の資格を取る事になり、フェイトが保護した子供たちの中では最も理系に強くなるのだが、それは後の話である。
『こっちは殲滅した! そちらは大丈夫か!?』
「ええ。トーマとすずかちゃんが全部無力化してくれたわ。」
『トーマか。先走ったのか?』
「単にトイレに行って戻って来る途中で道に迷って遭遇、逃げ切れなくて始末したそうよ。』
『そうか。』
どうやら心配しなくていいらしいと判断したようで、心底安心したように息を吐くフォルク。
「因みに、今ここですずかちゃんが、その子機を分解して遊んでるわ。」
『この手の機械兵器にとっちゃ、ある意味天敵みたいなもんだからなあ……。』
フォルクとシャマルの会話が聞こえていたらしく、分解する手を止めて苦笑しているすずか。そろそろいいかと外部の放送を復活させると、
『聖鎧王クレイドル、起動!』
『グレート世界征服ロボ、起動じゃ!』
マッド二人が吠えている声がちょうど聞こえてくる。
「うわあ。なんかマッドサイエンティストにとって、ある種の憧れを感じさせる言葉が聞こえてきたよ……。」
「むしろ、プレシアさんがその手の物を用意していない事の方が驚きね……。」
アリサの突っ込みに目をそらすすずか。
「やっぱり、何か用意してるのね……。」
「多分、すぐ分かると思う。」
すずかの言葉に、げんなりした表情を見せるアリサと苦笑するしかない紫苑。状況確認のために外周部の様子を写したモニターに映っているそれを、子供達があこがれのこもったきらきらした目で見ている。プレシアの計画について全てを知るすずかは、その様子を見守りながら、いろんな意味で常識をブレイクされるであろう人々のために、心の中で十字を切るのであった。
「連中の様子は?」
「流石に観念しているようだよ。」
管理局地上本部。無駄な悪あがきをしていた連中の捕縛が終わり、やれやれと言った感じで会議室に戻る一同。状況が状況なので、今更公聴会の続きなどできはしないが、今後の事に関して、最低限の打ち合わせは必要だ。
「さて、今後問題になるのは、だ。」
「後任の人事について、儂一人の首で、どこまで収められるか、だな。」
「そうだな。リンディ君とレティ君は経歴的にも立場的にも、基本的に今回の件にはノータッチだから問題ないにしても、だ。」
レジアスの問いかけに対し、難しい顔をしながらオーリスの方を見るインプレッサ。オーリスがレジアスの副官についてから十年以上たっている。最高評議会によってスカリエッティと手を組まされたころまでさかのぼれば、まだオーリスは入局してそれほど経っていないため無関係ではあるし、彼女が副官に抜擢された頃には、すでに抜き差しならぬところまで関係が進んでおり、当時二等陸尉だった彼女に出来ることなどたかが知れていた。
だがそれでも、上司が犯罪者と癒着関係にある事を知り、ほかにどうしようもなかったとは言えど、周囲に露見しないように隠蔽工作をしていたとなると、さすがに無罪放免と言う訳にはいかない。たとえこの件に関しては、内部告発のシステムが事実上死んでいたとしても、オーリス自身には全く利益が無かったとしても、共犯の罪を無かった事には出来ないのだ。
「どうにか、降格程度で収める事は出来んか?」
「関与の度合いにもよるが、これまでの実績を踏まえれば、懲戒解雇までは行かずに済むのではないか、とは思っている。流石に、どう頑張っても佐官のままではいられないだろうとは思うが……。」
「いくら犯罪行為に対する懲罰人事といえども、二等陸士や三等陸士まで降格する、と言うのは、今回の場合はやりすぎだろう。ましてや、上司の罪を一緒にかぶって懲戒解雇、などとなれば、下にいる者はますます委縮して、かえってこういった問題を隠そうとしかねない。」
グレアムの言葉に頷く人事関係者。警察や軍のような種類の組織では、部下が上司に逆らうのは簡単なことではない。ティアナのようなケースはむしろ例外であり、彼女のケースにしても、そこら辺がかなり緩い広報部でなければ、減俸程度では済まない種類の行動である。
それに、裏方的な地味な仕事が多かったとはいえ、オーリスは有能さに関しては管理局全体に知られた存在だ。親の七光という陰口も少なくは無かったが、彼女が上げた実績に関しては、それでどうにかできる種類の物など何一つ無い事は、ちょっと頭が回る人間なら、認めざるを得ないものばかりである。
そんな彼女が、配属された時にはもうどうにもならないところまで進んでおり、竜岡優喜と言うイレギュラーの手を借りなければ改革の余地すら見つけられなかった問題で完全に排除されてしまうのは、人手も人材も足りていない管理局にとって、痛手で済むレベルではない。第一これまで管理局は、かなり重い罪を犯した人間でも、有能で社会にとって有益であり、かつ更生の意志と見込みがあれば、保護観察の名のもとに局員として雇用してきた経緯もある。もう何年も前に手を切っており再犯の可能性もない以上、懲戒解雇をした上で刑務所に叩き込むのは、ダブルスタンダードにもほどがある。
「まあ、三等陸尉ぐらいまでの降格と二年程度の減俸、裁判終了後二カ月の謹慎と言ったところか?」
「その程度で済むのならば、正直ありがたい。」
「何にしても、正確なところは裁判が終わるまで決められない。他の連中と違い、君達はいろいろと状況が複雑すぎる。」
「全く、当時の自分をくびり殺してやりたい気分だ。」
何やら書類を作りながらのレジアスの韜晦を聞き流しつつ、どうにか回復した通信で、裁判所や聖王教会、ミッドチルダ政府など外部の組織と今後について打ち合わせをするインプレッサ。これをやっておかねば、話が前に進まない。特に、他の連中と違いレジアスは、単に犯罪者として断罪するには功績が大きすぎ、普通に裁判を進めるのは問題がありすぎる。グレアムとともに、裁判官にもシンパが多い人物でもあり、それゆえに裁判官の選定から慎重に行わねばならない。
「……なんだ、この映像は?」
いろいろ打ち合わせを進めていたインプレッサが、うめくような声でつぶやく。
「どうしたのかね?」
インプレッサの様子がおかしい事に気がついたグレアムが、怪訝な顔で尋ねる。ここまで、かなりえぐい資料を見てもまるで動揺したところを見せなかった鉄面皮が、驚くほど揺らいでいる。
「何でもない、とは言わんが、退官する貴官らに見せても意味は無い。」
「と言う訳にもいかない。明日には何の権限もない予備役とただの犯罪者になるとはいえ、一応現時点では私とレジアスがトップだ。場合によっては、我々の決裁が必要となる。」
「……そうだな。今日までは一応、貴官らがトップだったな。」
グレアムの言葉に納得し、気をしっかり持つようにと釘を刺してからその映像を見せる。画面の中では、名状しがたいものが触手で地上局員を串刺しにし、干物にしながら溶かしていく様子が映し出されていた。
「……これは……。」
「……もしや……。」
「何か知っているのか?」
「詳細までは知らん。が、心当たりがない訳ではない。」
その他の資料映像で、ガジェットの攻撃も局員の魔法も一切通用していない様子を見せる同種の生き物について報告され、それが広報部が行う一部の攻撃のみダメージが通ると分かった時点で、とある確信を持つグレアムとレジアス。
「貴官らの心当たりと言うのは?」
「竜岡式、その原形となった武術が、一体何を相手にしていたか、だ。」
「ストライクアーツでもあるまいし、魔法の類がほぼ存在していない世界で発達したにしては、いろいろな面で過剰な武術だったからね。魔法も使わずに軽く叩いただけで五十メートルクラスの魔法生物を始末できるような武術、ミッドチルダですら使い道なんてそう無いだろうと思っていたけど……。」
「『あれ』を相手にするため、と言うのであれば納得できるな。」
グレアムとレジアスの言葉に、頭を抱えつつも納得するしかないインプレッサ。実際のところ、魔法とは違う方向で、生身で扱うには過剰な威力を持つ竜岡式の武術については、インプレッサもその使いに関して疑問を持ってはいたのだ。
「……今、聖王教会から連絡が入りました。『あれ』の親玉は、優喜君達が仕留めたそうです。」
「そうか……。」
リンディが受けたその報告を聞き、安堵のため息をつく一同。当座この件について考える必要が無くなったのは、正直とてもありがたい。とは言え、一度出現した以上、全く対策を考えない、と言う訳にもいかない。
「……今後、『あれ』が出て来た時の対策は、出来ているのか?」
「出来ている訳がなかろう。まずはデータを解析せん事には、どうにもならん。」
「……まったく、頭が痛い話だ。」
「まあ、優喜君達の話によれば、それほど頻繁に出現するようなものでもないそうなので、対策に目途をつけるぐらいの時間はあるかと思いますわ。」
リンディのフォローに、再びため息を漏らす。頻度が低い、と言うのは実際のところ、何の慰めにもならない。千年に一度の災害が連続して起こらない、などとは誰にも言えないのと同じ事である。
「トップから退くのはともかく、私が隠居するのは、もう少し先の方がよさそうだね。」
「そうだな。引き継ぎの問題もあるが、何より儂は容疑者として被告人席に立たねばならん。現状でもできる範囲の事はやるつもりだが、裁判が始まってしまえば、それ以上は手助けをしてやれんからな。」
スカリエッティに対して誓った事を、一切違えるつもりは無いレジアス。司法取引の類をやれば刑を軽くすることはたやすいが、それは自身も含めて、いろんな相手に対する裏切りになる。この十年、正義のためと称していろいろ汚い事もやってきたが、だからこそこういう時は誠実であらねばならない。
だが、部分的に自己満足も入った誓いであることも自覚している。そのため、現時点でフォローできる程度の事が原因で業務に支障が出ないよう、いろいろ引き継ぎや協力要請はしておく必要がある。大方はグレアムに丸投げの形にはなるが、紹介状やら何やらを用意するぐらいはできる。
そうやって、あくまでも次元世界と現場の局員のために動き続けるレジアスに対し、敬意をもって接する検事達。書類上は大きな罪を犯し、その名誉を回復するような出来事も無いまま晩年を迎えるレジアスだが、社会的、歴史的には地上の治安と一般市民の平和な生活のため、己の名が傷つくこともいとわずありとあらゆる手段を講じた英雄にして、組織を形成する末端の人員のために全てを差し出した無私の人物として、グレアムとともに歴史に名を残すことになる。
妙に厳粛な雰囲気で淡々と事後処理が進んで行く会議室。だが、外の状況が状況である。その雰囲気がいつまでも維持できる訳がない。空気が変わったのは、ある単語が放送されてからであった。
『実録拷問、恥刑。』
「……誰の差し金かは知らんが、また妙な事を。」
呆れを含んだレジアスの言葉に、苦笑を浮かべるリンディ。三人のマッドサイエンティストの誰かがやらかしたことだろうが、十中八九状況証拠以上の事は分からないようになっているのだろう。
「……どうやら彼女は、よほど腹にすえかねたらしいね。」
「……まあ、どうせどう手繰ったところで、本人はおろか、その協力者まですら辿り着かんだろうよ。」
「……これをやらかした人間に、心当たりがあるのか?」
「誰の差し金か、は内容を聞いて確信した。だけど、実行犯は知らない。」
あまりにもあまりな感じの微妙な内容に、何とも言えない顔で話し合う三老人。音の感じから言って、明らかに今読み上げている訳ではない以上、声の主を探したところで犯罪に問うのは難しいだろう。何しろ、犯罪と言ったところで名誉棄損に過ぎず、基本的にその手の物は被害者が訴えて初めて成立する類の物だ。それに、録音である以上、読み上げた人間は頼まれて笑わないように読み上げただけで、こういう用途に使われるとは思わなかった、と言われてしまえば共犯関係に認定するのも難しい。仲間内の冗談で使うつもりだと聞かされた、と言う言い訳が説得力を持ってしまうタイプの内容なのも、共犯認定が難しい理由だ。
「情報ソースがどこかは考えるまでも無いにしても、よくもまあこれだけくだらない割に致命的なネタをたくさん用意できたものだな。」
「性癖がらみは、どうしてもオープンにされるとダメージが大きいからね。」
クアットロがもだえる声と、その原因ともいえる変態的な内容のナレーションを聞きながら、ため息交じりに語りあうしかない一同。そのうち、凄まじい音とともにクアットロの悲鳴が聞こえ、その直後ぐらいにナレーションが最後の一つを読み上げ終える。
「どうやら、ゆりかごの制圧は終わったようだね。」
「余計な事を散々やらかした愚か者の末路としては、妥当なところなのだろうな。」
「……それで終わらせていいのか?」
インプレッサの突っ込みを聞き流し、書類への署名を続けるグレアムとレジアス。やるべきことは山ほどあるのだ。
『メガフュージョンスタート! 聖鎧王クレイドル、起動!』
『グレート世界征服ロボ、起動じゃ!』
「やれやれ、往生際が悪い。」
「だが、それで済むのか? 名前から言って、十中八九は巨大ロボットの類だと思うが?」
「多分、プレシア君が何かを用意しているだろう。」
マッドサイエンティスト達の最後っ屁を聞いたグレアムとレジアスの反応に、思わず頭を抱えたくなるインプレッサ。広報部に関わるうちに、この二人はずいぶんと図太くなってしまったようだ。
「噂をすれば、と言う感じだね。」
「ふむ。魔女殿は、一体どんな隠し玉を用意しているのやら。」
丁度プレシアから入った通信を見て、落ち着いた態度で画面を開く二人。流石に短時間でいろいろ一気に起こりすぎた上、一つ一つが無駄に斜め上を突っ走っているため、ややついていけていない感じのインプレッサが哀れだ。
『アースラに組み込んだ奥の手を起動したいから、許可を頂戴。』
「奥の手、か。詳細は?」
『今データを送っているわ。』
「受け取った。……質量兵器ではないか。」
『直撃させれば、周囲に影響は無いわ。それに、元々あの手の大型兵器が出て来て、普通のやり方では手に負えないと判断した時のために、大気圏内で粉砕する手段として用意したものだから、都市を破壊したりとかいう用途には使えないよう、いろいろ細工もしてあるし。』
管理局が質量兵器を原則禁止している理由に対し、きっちり抜け道を用意しておくプレシア。実際のところ、都市を大きく破壊したりするような用途には、もとの構造の時点で向いていないのは事実だ。外せば全く影響なしとはいかないにしても、人口密集地でスカりでもしない限りは、死者が多数出るような状況にはなるまい。
何しろ、このマッドサイエンティストが用意したものは、火薬すら使わない、純粋な意味で質量を武器にするタイプの兵器なのだから。
「まあ、いいだろう。気になるところはいろいろあるが、儂が突っ込める程度の事、貴様が対策を取っていないはずがなかろうからな。」
『では、許可が下りた、と言う扱いでいいわね?』
「ああ。問題が起こった時は、儂が責任を負う。今更、一つぐらい増えたところで大したことは無い。」
『了解。じゃあ、確実に直撃させられるように、六課の子たちに頑張ってもらう事にするわ。』
そう言って通信を切ったプレシアを、恐ろしいものを見るような目で見送るインプレッサ。こういう連中と付き合っていれば、今回ぐらいの事なら驚きもしなくなるのも、当然と言えば当然だろう。
「……本当に、大丈夫なのか?」
「どうせ郊外だ。外したところで市街地には、せいぜい震度四程度の振動が行くぐらいだろう。」
「流石に、運悪く外した先に誰かいた場合、その誰かは命がないだろうけど、ね。」
「そんなもの、一定ラインより上の威力を持つ兵器の流れ弾なら同じだ。」
マッドサイエンティストと付き合う、と言う事が、どういう事なのかをまざまざと思い知らされるインプレッサ。もっとも、今回の場合、何がどう転んだところでもはや、無辜の一般市民が犯罪者の愉しみのために無意味に大量虐殺される、という流れにはなりようがないため、いろいろ気楽な事を言っている面はあるのだが。
「さて、スカリエッティもマスタングも捕まったようだし、後は事後処理のようなものだ。」
「儂らがトップであるうちに、決済を済ませられるものはすべて済ませるぞ。」
地上と海の英雄は、あくまでも平常運転であった。