「起きたか。」
目を覚ましたディードが居た場所は、牢屋と言うには上等な設備の部屋だった。
「状況は、覚えていますか?」
「ええ。あの男に、一瞬で仕留められたところまでは、ですが。」
闇統べる王と星光の殲滅者の言葉に頷き、周りを見渡す。
「オットーは?」
「ついさっき、目を覚ましたところだ。」
「どのぐらい時間が経ちました?」
「三時間は経っていないぐらいだな。まだ夕方だ。」
与えられた情報を頭の中で整理し、とりあえず自分達が今拘置されている部屋を観察する事にする。
「……情報端末?」
「先ほど確認したところ、一応外部との通信は生きているようです。」
「もっとも、生きていたところで、今の外の情勢の確認以外には全く意味は無いがな。」
「……そうでしょうね。」
いくら外部と連絡がつく、と言ったところで、助けを呼べるわけではない。まだ作戦開始直後ならともかく、三時間もたっているならかなり状況も動いているだろう。現状がどちらにとって有利になっているかはともかく、その状況を動かすほどの実力は、この場にいる人間には無い。ならば、仮に助けを求めたところで、わざわざ戦力を割いてまで答えてくれはしないだろう。
「ディードも、起きたんだ。」
「オットー、体の調子は?」
「妙な力場のおかげでISの効果が出ないけど、それ以外は問題ないよ。」
オットーの言葉を聞き、自身のISを起動してみるディード。普段なら即座に両手に光剣が現れるのだが、言われた通り何らかの力場が邪魔をしており、確かに起動しているのに一向に効果が出ない。
「ざっと解析したところ、これはあの男が使う妙な妨害術、あれをAMFに組み込んだものだと思われます。」
「つまり、僕達にはどうにもできない、と言う事?」
「そうなりますね。デバイスも取り上げないのも、結局は持っていたところで私たちには何もできない、と言う事を向こうが理解しているからですね。」
星光の殲滅者がため息交じりに漏らした台詞に、力無い笑みを浮かべて頷くオットーとディード。
「それで現在、外はどういう状況になっていますか?」
「詳しくはその情報端末で調べて貰うとして、概要だけ説明しよう。」
「まず、最初にぶつけた地下組織連合の機械兵器は、現時点ではほぼ全滅しています。予想外に地上部隊が頑固に粘った事と、中盤あたりで投入された管理局サイドの新兵器が、かなり強力だった事が主原因です。」
「……所詮烏合の衆だから、初期配置の連中が全滅するのは織り込み済みだったけど、思ったよりもろかったね。」
オットーの感想に、苦笑がちに同意する闇統べる王。わざわざ宣戦布告をせずに、最初から不意打ちでクラナガンを攻撃させておけば制圧も夢では無かったかもしれない。だが実際には、所詮烏合の衆ゆえ、市街戦になってしまうと数のメリットを生かしきれない可能性が高かった。そのため、あえて管理局を誘い出すために広い郊外に陣どり、挑発してプレッシャーをかけたと言うのが実態だ。
「まあ、それでもなかなかの損害を与えられた事ですし、ドクター・スカリエッティの目的の一つは、達成できたと言っていいでしょう。」
「目的、とは?」
「そうか。お前達は稼働してから日が浅いから、あの男が今どういう考えなのかを理解していないのだな。」
「あなた達は、理解していると言うのですか?」
「完全に、ではありませんけど。」
管理局製のクローンである彼女達が理解していて、スカリエッティの手で作られた自分達が全く分かっていない、と言う状況が面白いはずもなく、表情が乏しいオットーとディードにしては珍しく、見て分かるほど険しい顔をしている。
「まあ、ゆりかごの事で忙しかったようだし、全員に自分の意志を徹底できなくても仕方あるまいさ。」
「それに、クアットロのように、理解しながら気の迷いと勝手に決め付け、わざと曲解して好き放題やっている人間も居ますしね。」
「あの姉は、正直どうでもいいです。と言うよりむしろ、一度痛い目にあった方がすべての人のためになります。」
ディードの言葉に、しみじみと頷く闇統べる王と星光の殲滅者。別にこの意見は、自分達が爆弾代わりにされそうになった事に対する恨みだけが理由ではない。
「それで、ドクターの目的って?」
「簡単なことだ。孤児院を巻き込んでの大規模テロや抗争をやらかしそうな組織を、全部まとめて排除する、もしくは大幅に弱体化させることだ。」
オットーの軌道修正に乗っかり、端的にスカリエッティの思想を答える闇統べる王。
「我々の立場なら、治安は良すぎず悪すぎず、管理局は有能すぎず無能すぎず、と言うのが一番いい。そこは理解しているな?」
「それぐらいは。」
「そう言う観点でいけば、昨今の状況はいろいろと問題が大きくなっていました。特に厄介なのが、失脚した最高評議会派の証拠隠滅活動です。あれのおかげで、パワーバランスがいろいろおかしなことになっていましたから。」
「その崩れたパワーバランスによって、情勢が制御不能な形で暴走しかけていたところに、クアットロやマスタングサイドの誰かに、今の戦力なら管理局を倒せるとそそのかされて、いろいろな理由で結託して行動を起こしていたのが、最近の機械兵器系の事件だな。」
マスタングが行動を起こし始めたころと、セッテ、オットー、ディードの最後期組の稼働後最終調整が終わったのが同時期。そういった要素もあって、オットーとディードが情勢に詳しくないのも、当然と言えば当然だったりする。セッテに至っては、自分はそういう情勢を理解する立場でも、そこから策を練ったり行動を決定する立場でもない、という理由で、はなからこういう話に興味を示していない。
「ここまで話せば、この事件に至るまでの経過は大体理解していただけるとして。」
「話を更に戻す。現在の状況だが、基本的にはゆりかごのガジェットと管理局の対決になっている。が、一時妙な生き物が出て来たらしくてな。そいつに対する対処で、関係者全員が手いっぱいになった時間帯があった。」
「関係者全員、と言うと、ナンバーズもですか?」
「そこまでは分からないが、少なくともゆりかごのガジェットは、そいつらの排除に動いていたようだ。」
「クアットロ姉様が、と言う事は無いだろうから、元から組み込まれていたプログラムの中に、そいつらと敵対する命令が混ざっていた、と考えるのが妥当そうだね。」
オットーの言葉に頷くと、話を切り上げるように言葉を続ける闇統べる王。
「とりあえず、現状確認はこんなものだ。もっとも、現状が分かったからと言って、何ができる訳でもないがな。」
「大人しくしておく、と言うのが妥当でしょうね。」
「と、いう訳にもいかないかもしれないよ?」
「あれの事か?」
「そう。向こうに隔離してある三人が、大人しくしてくれるのかな?」
今まで話に加わっていなかった雷刃の襲撃者。彼女がどこにいるのかと言うと、ややこしくなるため別室に隔離されていたのだ。別行動だった他のクローン体二人も、聞きわけが無いので一緒に隔離してある。
「雷刃の襲撃者については問題ない。別室に置いてあった映像をあてがったところ、猿のようにはまっているからな。」
「一体何をあてがえば、あれを黙らせられるの?」
「八時だよ、全員集合! と言ったか? 発見した時からずっと見ているが、時折爆笑している声と『志村ー! 後ろ後ろ!』と叫んでいる声が聞こえる以外は、実に大人しいものだ。」
爆笑している、と言う言葉に怪訝な顔をしてしまうオットーとディード。お笑い番組の映像なのだろうが、何故捕虜の部屋にそんなものを用意してあるのか、いまいちそこらへんのセンスは理解できない。
「後の二人は?」
「スカリエッティの意図を説明したら、大人しくなった。」
「了解。それならば、僕達は大人しく情報収集でもしておこうか。」
「そうだな。今更逆らって暴れて、無駄に刑期を長くする理由もなかろう。それに、あのメガネに対して、何の制裁も行わない、と言う事もなかろうしな。」
自分達の方針を決め、情報端末を起動しようとしたところで、急に外が騒がしくなる。
「何だ?」
闇統べる王の疑問、それに対する答えは、割とすぐに表れた。
「ガジェットか。」
「ゆりかごのもののようですが、ここは割と戦地の近くなのですか?」
「分からない。ただ、連中の艦の中では無い、と言う事だけは知っている。」
インターフォンのモニター越しの光景。その中で暴れている二機の蜘蛛型ガジェットを見て、新たな疑問について検討を重ねていると、そのガジェットが自分達の部屋の壁をぶち抜く。
「もしかして、これは……。」
「実は絶体絶命、と言うのではないでしょうか……?」
ISも使えず、魔法も発動できない。この状況でガジェットが攻撃を仕掛けてくれば、自分達には抵抗する手段がない。自分達を救助しに来た、と言う可能性はそれほど高くない事を考えると、良くてスルー、悪ければ一緒くたにやられかねない。
「ディード。魔法もISも無しで、ガジェット相手にどれぐらい粘れる?」
「遮蔽を上手く利用して三分程度ですね。オットーは?」
「同じようなもの。」
残りの人間は、戦闘機人としての身体能力が無い事を考えれば、もっと分が悪いだろう。そう考えながら、最悪の事態に備え身構える。予想通り、ガジェットのカメラアイがこちらをとらえた次の瞬間、即座に攻撃挙動に移る。どの攻撃が飛んでくるかは不明ながらも、この状況でレーザーアイなど使われた日には、最悪の結果しか無い。故に、まずは相手の最初の攻撃を不発させようと、適当に使えそうな瓦礫やいすなどで、相手のカメラを潰しにかかる。視界の隅では、闇統べる王と星光の殲滅者も、何らかのアクションを起こそうとしているのが見える。
もっとも、結果から言えば、彼女達は特に行動する必要は無かった。なぜなら
「シールドバンカー!」
「ふん!」
ガジェットが攻撃をするより早く、ヴォルケンリッターが鉄壁の騎士と盾の守護獣が飛び込んできて、あっという間に粉砕してしまったのだから。結局、彼女達が命の危機を感じた時間は、それほど長くないのであった。
「悪い、撃ち漏らしてこっちに通した!」
「……一体、どういう状況でこいつらを仕留めそこなったのです?」
「名状しがたい生き物を始末した後、この二機が暴走して、な。」
「他の奴に手を取られているうちに、こちらまで抜けられてしまった、と言う訳だ。」
「名状しがたい生き物?」
あまりにもアレな表現をするフォルクとザフィーラに、怪訝な顔をする闇統べる王。その様子を見たフォルクが、その生き物の映像を見せる。
「……確かに、名状しがたいな……。」
「もしかして、ガジェットと共同であたっている相手って……。」
「ああ。空間の亀裂から発生する事までは分かっているんだが、結局これが何なのかはよく分かっていない。亀裂を作り出す奴は優喜達が仕留めたらしいんだが……。」
「亀裂に関しては、どこにどれだけ残っているのかが分かって無い上に、空間操作系のスキル・魔法を持っている人間もそれほどいなくてな。大本がいなくなったせいか、それほどわらわらと出て来なくはなったが、それでも散発的に出て来ては余計な被害を出してくれる訳だ。」
空間操作系、と言う単語を聞いて、オットーとディードの視線が闇統べる王に集中する。その視線の意味するところを理解し、少し考え込んだ末に口を開く。
「亀裂、と言うやつを見てみんことには何ともいえぬが、我なら塞げるかもしれんな。」
「本当か?」
「嘘は言わん。正直、あんなものが我が物顔でうろうろする世界など、気色悪くて願い下げだ。ゆえに、我が協力してやらん事もない。手が足りんのだろう?」
「そうか。それは助かる。」
「だが、場合によっては、星光の殲滅者と雷刃の襲撃者の力を借りる必要がある。奴らを連れていくことが、絶対条件になるが?」
必要な条件を提示し、相手の反応を確認する闇統べる王。言うまでもなく、この条件は嘘ではないが、絶対でも無いものだ。滅多な事で、闇の書の闇、その欠片三つがそろわなければ対処できないような空間のゆがみや亀裂は存在しないし、よしんば存在したとして、そんなものがある世界が、今のように平穏無事な状態を保つことなどあり得ない。言ってしまえば、保険であると同時に、相手がどの程度こちらの事を見ているか、どの程度切羽詰まっているのか、などを測るためのブラフのようなものだ。
「……どうするか。」
「フォルク。三対一、背後からの奇襲だとどうなる?」
「問題ない。」
「ならば、お前が一緒に行動する、という前提でなら、外に出してもかまわんのではないか? 幸いにして、うってつけの道具もあるしな。」
「そうだな。」
ザフィーラの言葉で考えをまとめ、さっくり結論を出す。
「お前達三人に協力してもらおう。」
「ほう? いいのか?」
「俺一人で、お前達三人を相手にして勝てるからな。」
「逃げる、と言う事は考えないのですか?」
「もちろん、それぐらいは考えてるさ。とりあえず、まずはお前達の相棒を呼んで来い。話はそれからだ。」
フォルクに促され、今だに全員集合に釘づけだった雷刃の襲撃者を呼びに行く二人。その間に、同じ建物の中にいる紫苑に、必要な道具を持ってきてもらうように連絡を入れる。
「しかし、あいつらの名前、どうにかならないのか?」
「どうにか、とは?」
「いちいち呼ぶ時に闇統べる王だの星光の殲滅者だの呼ぶのは、いくらなんでも仰々しい上に面倒だ。」
「適当に省略すればいいじゃないですか。」
「星光とか雷刃はまだいいにしても、闇だの王だのってのはさすがになあ。」
フォルクの言葉に、妙に納得してしまうオットーとディード。そこに、ようやくモニターから問題児を引きはがしてきた件の二人と、フォルクに呼ばれて道具を持ってきた紫苑が入ってくる。
「何の話をしていたのだ?」
「いや、お前らの名前、いちいち仰々しい上に長いから、どうにかならないか、ってな。」
「確かにな。いちいちあれを名乗っていれば、例のデバイスのように中二くさいなどと言ってくる奴も出てくるし、言われてみれば、面倒だな。」
「だったら、もう一つの名前の方から取ればいいんじゃないかしら?」
「もう一つ、って、ああ。ロード・ディアーチェだったかそんな感じの呼び名の方か。」
フォルクの確認に一つ頷くと、とりあえずの提案として全員の名前を上げてみる。
「星光の殲滅者さんはシュテルさん、雷刃の襲撃者さんはレヴィさん、闇統べる王さんはディアーチェさん、でどうかしら?」
「悪くありませんね。」
「ボクは気にいったぞ!」
「我は別にそれで構わん。」
「じゃあ、それで決まり、だな。まずはこれを腕に巻いて、髪の毛を一本くれ。」
フォルクの言葉に怪訝な顔をしつつ、言われた通りにする。渡された紐のようなものを腕に巻き、髪の毛を渡すと、フォルクは受け取った髪の毛を人形のようなものにくくりつけ、何やらごちゃごちゃとやり始める。
「その紐は、発信機兼逃亡防止装置だ。逃げようとすると、この部屋のAMFと同じような障害がお前たちだけに発生する。こっちの人形はスケープドールと言って、お前達が受けたダメージを肩代わりする代わりに、この人形が受けたダメージをお前達に移す、という道具だ。」
「つまり、逃げたら能力を封じられた揚句、その人形でいたずらされる、と言う事ですか?」
「そう言う事だな。紫苑、実験頼む。」
「ごめんなさいね。」
フォルクに促され、三人に一つ謝ってから人形の背中を指先で軽くなぞる。次の瞬間、三人が順番に背筋をそらし、妙な顔で悶える。
「とまあ、こういうことだ。当然、効果が生きているうちに人形が壊れれば、お前達が死ぬ事になる。因みに解除方法は、人形が壊れる前に死ぬほどのダメージを受ける事。正規の使い方で壊れる分には、髪の毛の持ち主には悪影響は無い。」
もっとも、死ぬほど痛いけどな、と、あっさり言ってのけるフォルクに、思わず戦慄を覚える闇の書の防衛システムとナンバーズ。なお、フォルクは脅しでこう言ったが、一応安全システムのようなものは組み込まれているので、効果が生きている人形を壊したからと言って、髪の毛の持ち主が死ぬと言う事は無い。死ぬほど痛いが。
「なかなかに卑怯な真似をしますね……。」
「そう言うなって。あれが出て来てたら、これが無いと危ないんだし、な。」
つまり、今回スケープドールは、本来の用途に加え、逃亡防止のための行動制限にも利用されているのである。こういう事を平気で考えるあたり、ザフィーラも大概酷いと言うか黒い。
「じゃあ、行くか。」
「ナンバーズのお前達も、同じ条件でこのあたりの警備を手伝ってもらって構わんか? 後で報酬も出せる。」
「報酬?」
「ああ。なのはが作った菓子類、お前達に多少回しても十分だったはずだが、違ったか?」
「多分、打ち上げで食べるぐらいの量だったら余るはずだから、問題は無いわ。」
ザフィーラが提示した条件に、オットーとディードだけでなく、すでに協力を確約した三人の目も光る。
「それは、我らの分もか?」
「ええ。協力してくれる以上、出し惜しみはしないわ。なのはさんも、そう言う事を気にする人じゃないし。」
「よし、さっさと行くぞ鉄壁の!」
「私達は、どこを守ればいいのですか?」
「……えらい食いつきだな。」
報酬として提示した瞬間の、この豹変ぶり。あまりに物欲に正直な連中に、思わず顔を見合わせて苦笑する管理局組。彼らの協力により、亀裂の処理は大幅に加速するのであった。
「ディバインバスター!」
ゆりかご側面。名状しがたいものとそれが発生する亀裂を処理し、侵入口を探していたなのはは、まともに人が入れる隙間を見つける事をあきらめ、力技で突入する事を選んだ。まずは出てきたガジェットを掃除し、比較的薄そうな場所に照準、カートリッジなしの全力を叩き込んでみる。
「……傷一つついてない、とか……。」
『超高濃度AMFを観測。マスター、単なる砲撃で貫くのは少々骨が折れるかと思われます。』
「そっか。じゃあ、気功変換でどうかな?」
『今の威力比から逆算すると、気功変換のディバインバスターの場合、カートリッジを三発ロードしたうえで、小数点以下四桁未満の狂いで最低三発は叩き込まないと、穴らしい穴はあかないと思われます。』
「あの装甲板、そんなにすごいものなの!?」
『多分、このサイズの建造物にしか使用できない重量があるとは思いますが、その分エネルギー攻撃に対しての非常識な防御性能と、物理的に得られるであろう限界の強度を持たせることに成功したものだと考えられます。』
レイジングハートの言葉に、思わずげんなりとした表情を浮かべるなのは。いくらなんでも、ユニゾン状態のバスターで、かすり傷一つつかない装甲板の存在は想定外にもほどがある。
「小数点以下四桁の精度か……。」
『マスターなら、不可能ではありません。』
「まあ、多分そうなんだけど、ね。ただ、三発もロードした気功変換のバスターは、いくらなんでも連射が効かないから、その間に何か出てきたら照準が狂うかもな、って。」
『同意します。』
なのはの提示する問題点は、この場合かなり重要なものである。何しろ、長くてせいぜい三十秒程度のインターバルで新たなガジェットが発進し、そのうちの何機かはまっすぐこちらに向かってくるのだ。今も状況を分析しながら、向かってきた二機のガジェットを処理したところである。
「スターライトブレイカーは……、やめた方がいいか。」
『チャージに時間がかかる上に加減が難しいので、救出対象もろとも目の前の建造物を粉砕しかねない危険があります。』
「だよね。他に、何か手は無いかな?」
『もう一つの新機能を使ってはどうでしょう?』
「新機能?」
初めて聞く言葉に、新たに湧いたガジェットを粉砕しながら怪訝な顔をしてしまう。
『はい。マスターの長所をとことんまで伸ばすことを主眼にした、素晴らしい機能です。』
「嫌な予感しかしないけど、詳細を教えて?」
『了解しました。マスターの長所を伸ばすために新たに組み込まれたフルドライブシステム、その名もブラスターシステムです。』
名前からして、嫌な予感しかしないなのは。詳細を聞くうちに、どんどん顔が引きつっていく。
「なにそれ。要するに、攻撃力向上に特化した自己増幅の重ね掛け、って事だよね?」
『そう言う事になりますね。』
「それって、物凄い負荷がかかるよね。安全性は?」
『竜岡式で鍛えられたマスターの場合、無視できる、とまでは言いませんが、1や2でどうこうなる事はありません。たとえブラスター3でも十分許容範囲内でしょう。』
使いもしないうちから、やたら力強く言い切るレイジングハート。その言動に一抹の、どころではない不安を感じるなのは。
「そう言うのって、実際に使うと想定外のトラブルが起こるものなんだけどなあ……。」
何とも微妙な状況に、思わずぼやいてしまう。だが。
「他に、選択肢は無いか。」
総合的に考えて、他に選択肢など無い事はすでに分かっている。ならば、使えるものは何でも使うしかない。
「レイジングハート、ブラスター1!」
『ブラスター1。』
なのはの指示に従い、ブラスターシステムを起動するレイジングハート。撃墜してはまずい、と言う事で、とりあえず控え目にブラスター1である。とはいえ、それでもノーマルモードに比べて、何もしなくても威力は四倍だ。しかも、ブラスタービットなる子機が展開され、なのはの意志に合わせてノーコストで同じ威力の砲撃が発射されるため、手数も二倍である。
レイジングハートの言葉から、強烈な負荷が来ると身構えていたなのはだが、予想に反して、少し制御がやりにくくなったかな、程度の影響しか出ない。この程度なのか? などと首をかしげつつも、とりあえずまずは目先の壁をぶち抜くために、小数点以下四桁まで着弾点が一致するよう、ビットの照準を合わせる。そのまま、カートリッジを三発撃発して、元気よくとやけを起こしての中間ぐらいのテンションで砲撃を発射する。
「ディバインバスター!」
まだ余力を残しながらもガチガチに強化された砲撃は、一発目が装甲板を半ばまでえぐり、二発目によって人が二人以上通れるだけの大穴を空けてのける。
「……これ、大丈夫なの?」
『マスターのバイタルデータには、特に影響は出ていません。』
「そっちじゃなくて、こんなもの実装して、どうするのかな、って……。」
『そう言う事は、実装してから考えるものです。』
えらく行き当たりばったりな事を言い出すレイジングハートに、思わず頭を抱えながら内部に侵入するなのは。中枢まで届くほどではないが、思ったよりかなり大きく深くえぐってしまった穴を、自動修復機構が必死になってふさいで行く。
「ちょっと、カートリッジを減らしても良かったかな?」
『むしろ、なしでも大丈夫だったかもしれません。』
「やっぱり、この手のシステムは、ぶっつけ本番で使うものじゃないよね……。」
『緊急事態です。』
「というか、変な機能をつける時は、出来るだけ事前に話を通して欲しい、って言うのは贅沢かな?」
なのはの突っ込みに、鼻歌のようなものをうたってごまかすレイジングハート。このあたりは、明らかにブレイブソウルの悪影響であろう。
「さて、どっちかな?」
着地した地点から左右に伸びる通路を見まわし、案内標識の類を探す。概要からすれば、多分一人で補給・メンテナンスも含めた運用が可能にはなっているだろうが、それでも最悪の場合は避難場所にもなっていたらしい事を考えれば、あちらこちらに部屋だの通路だのがあるのも当然だ。
闇雲に探すのも効率が悪い。とりあえず、まずはサーチャーを飛ばしながら、多分存在するはずの、内部を守るガジェットの気配を探る。連中がたくさんいる場所が、すなわち侵入者に来て欲しくない場所であるはずだ。また、途中どこかに端末があるような場所があれば、そこからデータを吸い出すのも悪くない。
「……第一ガジェット発見。向こうにガジェットの格納庫か、来られると拙い場所があるはずだよね。」
『同意します。』
「だったら、まずはそっちから、だね。」
早くヴィヴィオを助けたいが、ここまで来たら焦っても意味がない。慌てる何とかは貰いが少ない。いくら広いと言っても限度はあるのだし、むやみに動き回らずに腰を据えてじっくり探した方が、結果的に早く見つけられるだろう。
「待っててね、ヴィヴィオ。すぐにママが迎えに行くからね。」
わらわら寄ってきたガジェットを粉砕し、数が多い方に歩きながらそんな事を呟くなのはであった。
「ホーミングランサー、ダブルファイア!」
ガジェットの群れをすり抜け、マニューバ・スプリットSでターンをしながら、ミサイル代わりのランサーをばら撒く。大量に迫ってきたガジェットが、次々にランサーの直撃を受け撃墜されていく。スカリエッティの本拠地が近付くにつれ、迎撃に上がって来る空戦型ガジェットの数が、目に見えて増えていく。
「ガトリングランサー、セット!」
割と久しぶりの空戦、それも大規模戦闘に、昔の勘を取り戻すように慎重に魔法を発動させながら、軽快にスコアを増やしていくフェイト。どちらかと言えば、自分のスコアがどうと言うより、一緒にスカリエッティのラボに潜入する事になっている、聖王教会の二人に対する援護としての側面の方が強い。何しろ、ヴェロッサはともかく、シャッハは経歴的にそれほどこういう潜入捜査の類をこなした経験は無い。流石に、援護なしで潜入させるのは心もとないのだ。
単純にスカリエッティを逮捕するだけなら、実際のところフェイト一人でも多分事足りる。わざわざシャッハとヴェロッサを連れていくのは、ある種の保険以上の理由は無い。何しろ、ヴァールハイトのようなスカリエッティの直接の協力者が、どの程度の人数いるのかすらはっきりしないのだ。フェイト一人で突入した場合、そう言った連中を取りこぼす可能性があるし、細かな証拠品の保全となると、多分一人では手が回らない。
今更スカリエッティが、そんなちゃちな証拠隠滅を図ったりする事は無いだろうが、もしもの時のために、保険をかけておくにこした事は無い。現場組と上層部での判断が一致した結果、シャッハとヴェロッサの出張と相成った訳だ。
「トマホークセイバー!」
フェイトの号令と同時に、ポールアックスの巨大な両刃の穂先が外れ、猛烈に回転しながら飛び回る。明らかに物理法則を無視した軌跡を描き、次々とガジェットを切り裂いて戻ってくる。グラマーではあるが、基本的には細身で華奢な、繊細な容姿の美女が巨大なポールアックスを振り回す。それ自体がすでに、何とも言えない種類のギャップを見せていると言うのに、その上でこの物理法則も何もあったものじゃない攻撃だ。
本人は何の疑問も無く使いこなしているが、最初にフェイトがこの武器を振り回している映像を見た時、シグナムなどは、アイドルとしてこれはいいのかと、結構本気で疑問に思ったものだ。もっとも、なのはのあれで何な砲撃も、フェイトの容姿や仕草とのギャップが大きい武器も、これはこれで非常に受けているらしいので、今となってはどれほど違和感を覚えても、わざわざそれを口にする人間は居ないのだが。
『テスタロッサ執務官。ヌエラ、アコース両名、潜入に成功しました。』
「了解。私もそろそろ、最後の仕上げを済ませて突入します。」
『了解しました。気をつけて。』
「そっちもね。」
互いに相手を激励し合い、それぞれの行動に移る。使い捨てとはいえ、優喜特製のステルス系アイテムを使っての潜入だ。フェイトが派手に陽動をかけた事も相まって、そう簡単に発見される事は無いだろう。もっとも究極的には、仮に見つかってしまっても、ある程度証拠品を確保した状態での脱出が出来れば、特に問題は無いのだが。
「さて、と。とりあえずまずは一度、全部掃除してから、だよね。」
視界を埋め尽くす、飛行型ガジェットの群れ。まずはこれを綺麗に片してしまわないと、話にならないだろう。とりあえず、バレルロールとともに、刻み込むようにガトリングランサーを発射して、手近にいる迎撃部隊の第一陣、その残りを全て始末する。
「サンダーレイジの射程だと、ちょっとつらい?」
『多少焼け残りが出る程度でしょう。保険を用意しておけば、一手で綺麗に終わらせられるかと。』
「そっか。だったらそれで。」
主従で物騒な会話を済ませ、サンダーレイジの射程へ。保険としてあちらこちらにフォトンスフィアをばら撒いておき、補助魔法を重ね掛けしたサンダーレイジを、着弾点を指定して発動させる。
「カートリッジ・ロード! サンダーレイジ・オーバードライブ!」
本来のサンダーレイジより攻撃範囲を拡大したそれが、雲霞のごとく押し寄せる飛行型ガジェットを飲み込み、焼き尽くしていく。バルディッシュの予想通り、効果範囲からほんの少しだけはみ出していた数機を除き、ガジェットの群れは綺麗に掃除されていた。
辛うじて難を逃れたその数機も、外周にばら撒かれたフォトンスフィアが、容赦なくランサーを吐き出して、あっという間に破壊しつくしていく。準備開始からわずか数秒で、フェイトの迎撃に出ていたガジェットドローンは全滅した。
「次が出てきたら面倒だから、出てこれないように出入り口をたたいた方がいいよね。」
『同意します。』
「あそこかな?」
『先ほどの映像と照らし合わせた結果、九十%の確率で、格納庫につながる発進口だと推測されます。』
「だったら、あそこを叩けば、発進できる数は相当減るはず、か。」
実際のところ、鬱陶しいと言うだけで、別段ガジェットの殲滅は必須では無い。それはつまり、必ずしも出てこないようにする必要は無い、と言う事でもある。最終的には自身か他の部隊の誰かが始末しなければいけないとは言え、放置して潜入を優先しても問題は無いのだ。
だが、後始末を考えると、動けるガジェットは減らしておいた方がいいだろう。そう結論を出し、新たに動き出す前に行動を起こす。
「サンダースマッシャー!」
あまり派手にえぐりこむと、クレーターの底の穴から発進してくるかもしれない。そんな余計な事を考え、プラズマザンバーブレイカーではなく、構造物破壊に使うには難のあるサンダースマッシャーを発動させる。予定通り、ちょうどいい具合に隔壁をひずませ、さらには過電流によるショートで施設の駆動系を破壊する事に成功する。
「突入前の仕事は、こんなものかな?」
『同意します。』
破壊の限りを尽くし、その成果をざっと確認してそんな事を言ってのけるフェイト。その言葉にあっさり同意するバルディッシュ。今更の事ながら、つくづく見た目や性格と、やってる事のギャップが大きい女だ。
「じゃあ、突入するから、サポートはよろしく。」
『了解しました。』
この手の潜入ミッションは、もはや何度こなしたか数えるのも面倒なぐらい経験している。最初から迎撃態勢を取られている状況も、それほど珍しくなかった。長年追いかけっこを続けていた相手とはいえ、特に何か感慨を抱いたり、気負ったりと言う事もない。と言うより、そんな風に考える理由がない。
何度も成功させたこれまでの潜入捜査同様、気追う事もなく、かといって油断する事もなく、平常心でいつも通りラボに入っていくフェイトであった。
「敵の数は!?」
「判明しているだけで、小型三百、中型が五十はいます!」
「時間稼ぎか、往生際の悪い!」
マスタングのラボ近く。四組程度に分かれて突入するぞ、と言う話になったところで、ついに彼らがこっそり追加生産してあったレトロタイプが、管理局の目的を阻止すべくわらわらと現れたのだ。
「フォートレスとストライクカノンの性能なら、超大型が出てきても制圧は可能だけど、流石にこの数はちょっと時間がかかるか。」
出てきた数とそのデータを見て、顔をしかめるティーダ。戦力の逐次投入は愚策ではあるが、今回みたいに狭い場所に小さい奴が大量にわらわらいる場合、互いに分断された状態で必然的に逐次投入するのと変わらない状態になる。こうなって来ると、余程個々の実力差が大きくない限り、基本的には数が多い方が勝つ事になる。
今回の場合は、個々の実力差が大きいケースに当てはまるため、数で圧倒的に劣る管理局サイドが負けるかと言われるとそんな事は無いが、相手の数が数だ。制圧には相当時間がかかるし、その隙に逃げられる可能性は決して低くない。
「隊長! 『あれ』がまた出てきました!」
「えっ!?」
部下の女性隊員が発した言葉に絶句し、示された方を見るティーダ。彼女の言葉通り、そこにはさっき殲滅したはずの名状しがたいものが。まだ十分に距離があるため、攻撃を受ける心配は無いが、あれの攻撃はなかなか洒落にならない。主に食らった時の死に方の面で。
「ミコト、このあたりの亀裂は、全部塞いだんだよね?」
「はい。ただ、見落としが無かったとは断言できませんし、私の探知範囲外から流れてきた場合、さすがに分かりません……。」
「あ、ごめん。せめてる訳じゃないんだ。ただ、確認はしておかないと、って思っただけだから。」
ミスを怒られたかと思ってしょげかえるミコトに、思わずあわててフォローを入れるティーダ。正直なところ、この場にいるメンバーはおろか、管理局全体で見ても、ミコトの探知範囲を超える探知能力を持っている人間は数えるほどだ。そのほとんどが広報部に集中しているという点については、今更突っ込むまでもない話なので置いておく。
そのミコトが見つけられないのであれば、他の誰にも見つけられない。しかも、相手はこれが初陣の、年齢がまだ二桁にも達していない少女だ。本来なら後三年ぐらいは修行して、それから初舞台を踏む予定だった彼女達を、無理を言って貸してもらったのはティーダの方だ。たとえ、はやてが無理やり貸し付けたと言っても、借り受けたのは自分たちなのだから、文句を言ってはいけない。
第一、すでに三人は十分すぎるほど仕事をしている。彼女達がいなければ、最初に名状しがたいものが出てきたとき、無傷では済まなかっただろう。それだけ考えても、今回の事ぐらいはマイナス査定にはならない。
「とりあえず、余計な事をされる前に始末しようか、って早いな……。」
ティーダが攻撃支持を出す前に、すでにリーフの破魔矢が名状しがたいものを撃ち抜き、消滅させていた。技量や体格の問題もあり、機械兵器には今一効果が薄い彼女達の攻撃ではあるが、こういった物理攻撃がいまいち効きにくい奴には、抜群の効果を見せる。
「ミコト、どうですか?」
「……現在の私の探知範囲内に、亀裂が無い事は確認できました。」
「でしたら、範囲外から流れてきた、と考えてよさそうですね。ランスター隊長、どうしましょうか?」
ミコトとリーフの会話を聞き、少し考え込む。
「探知範囲を広げたりは、できるのか?」
「出来ますが、少し時間がかかります。」
「どのぐらい?」
「神楽を舞う必要があるので、五分程度でしょうか?」
微妙なラインだ。
「質問を変えよう。君達の能力で、マスタングの捕縛を助けるものはあるかい?」
「フルドライブで神楽を舞って、固有結界を展開すれば、逃亡を阻止したうえで場の不利を覆すことができます。」
「それは、どれぐらいかかる?」
「現在の私たちの力量では、結界が発動するまで、やはり五分少々舞う必要がありますね。それに、結界が発動してからもずっと舞を続けなければ、即座に効果が途切れてしまいます。また、発動前に邪魔が入れば、当然最初から舞をやり直す必要があります。」
どうやら、使い勝手の面で言うとあまりよろしくは無いらしい。とは言え、どちらも五分程度の舞が必要、となると、わざわざ名状しがたいものを探すためだけに五分潰すのは、あまり意味がある行動ではないような気がする。
「フルドライブの方、他に何か注意事項は?」
「一応現在はプロテクトがかけられていますので、最低限、八神支配人とハラオウン部長の許可が必要になります。八神支配人の許可自体は最初から降りてますので、支配人経由でハラオウン部長の承認をもらえればすぐにでも始められます。」
ミコトの説明を聞き、プランを固めるティーダ。最後にもう一つだけ、確認を取る必要がある事を思い付く。
「そっか。後もう一つ。」
「何でしょうか?」
「その固有結界、『あれ』には通用するの?」
「むしろ、『あれ』にこそ一番効果がありますね。」
リーフの即答に、プラン通りに行くことを決める。
「じゃあ、悪いけど、そのフルドライブでの固有結界、お願いできないかな? どうせ五分やそこらで状況は変わらないだろうし。」
「了解しました。」
「後、ミコトは、マスタングの動向を教えてくれると助かる。まだ、把握できてるんだよね?」
「はい。皆さんのデバイスに、逐一データを送るように設定します。」
ミコトの返事を聞き、作戦の成功を確信する。元々、手間がかかる事と逃がす可能性がある事以外、現在の状況で問題になるような要素は無い。逃がす可能性が潰せるのであれば、時間がかかるのは問題ない。
「五班はヤマトナデシコのガード! 絶対に神楽の邪魔をさせるな! 一から四班はミコトのデータを見て、マスタングが逃げられないように、逃走経路を潰すように動きながら戦闘。出来るな!」
「「「「了解!」」」」
「ここが正念場だ! あのマッドサイエンティストを、ここできっちり捕まえるぞ!」
ティーダの指示に従い、きっちり己の配置につくフォートレス隊。こうして、三つの突入チームは、それぞれにこの事件における正念場に突入するのであった。