「ごめん、遅くなった。」
「問題ない。まだ完全には現界していないようだからな。」
現地に行く途中で合流した竜司と、現状を確認しながら移動する。
「この気配だと、思ったより大物かもしれない。」
「大物だろうが小物だろうが、俺達のやる事は変わらん。」
「まあね。ただ、最悪、あれをやることも考えないと。」
「お互い、覚悟の上だろう?」
竜司の言葉に、苦笑するしかない優喜。これから相手をする存在は、基本的にどんな手段を使ってでも、絶対に仕留めなければいけない類の物だ。放置すれば、少なくともクラナガンは、人間どころか微生物すら住めない土地になるだろう。ただ生命の息吹が途絶えるだけならいい。百歩譲って、ミッドチルダが崩壊するだけならまだマシだ。最悪のケースだと、同じ種類の存在が自由に出入りするための門になったり、悪霊の類が大量発生したりした揚句、近い位置にある他の次元世界や並行世界にまで悪影響を与えかねない。
そして、その最悪のケースが行きつくところまで行きついた場合、全ての次元世界を崩壊に導く可能性もゼロではない。しかも、元々そいつらは、世界が崩壊しようと影響を受けない。ただ、己の感情や本能で好き放題動くだけだ。だから、何があっても仕留めなければならないのだ。
「ちっ!」
舌打ちしながら前から飛んできたレーザーを手でつかみ、そのまま投げ返す竜司。物理法則を全力で無視しているが、元々こいつらにそれを求めるだけ無駄ではある。
「初めて見るタイプのガジェットだね。」
「ゆりかごが生産すると言うやつか?」
「多分そう。」
「……雑魚に構っている暇は無いのだが……。」
「とっとと潰して先を急ごう。」
優喜達の意図を知ってか知らずか、遮蔽物を器用に利用して、実に嫌らしい感じで進路を塞ぐゆりかごガジェット。その形も今までの箱型やガジェットドールのような人型と違い、蜘蛛だったり鳥だったりと、やけに動物的なフォルムをしている。そして何よりも
「今までのやつに比べて、少々固いな。」
「一発当てた程度で落ちるほど、軟なつくりはしてないか。」
優喜達が適当に殴った程度では落ちないほどの、装甲とダメージコントロール能力を保有している。
「全く、どうせ単なる嫌がらせと足止め程度のつもりなんだろうけど、ピンポイントで鬱陶しいところをついてくるメガネだ。」
「後で制裁をするのだろう?」
「もちろん。」
「だったら、ここで半端に出し惜しみせずに、大技で一気に蹴りをつけるか。」
「だね。あれが余計な力をつける前に叩いてしまわないとまずいだろうし。」
そう言って、一気に気を練り上げる。新型ガジェットの群れは、地味に二人の二発目まで全滅せずに耐えた。
槍と槍が交差する。もはや何合目になるかも分からぬ打ち合いの末、ついに一方の槍が弾き飛ばされる。
「勝負あったな。」
「……殺せ。」
「俺は管理局員だ。交戦中の事故ならまだしも、勝負がついた相手を殺すいわれは無い。」
憎々しげに睨みつけるヴァールハイトの言葉を、一刀のもと切り捨てる。
「公務執行妨害で逮捕する。」
局員としての態度を貫くゼストの宣言。それに抵抗せず大人しく従うヴァールハイト。
「もっとも、ただの公務執行妨害だから、大して長く拘束される事はなかろうがな。」
「どういう事だ?」
「貴様のこれまでの行いに、法に照らし合わせれば重大な罪に問われるものがあったとしても、だ。こちらは、有罪を取れるほどの証拠を握っている訳ではないからな。検事に言わせれば、現行犯でもない限り自白だけで罪に問えるほど、立件のハードルは低くないそうだ。」
「……なるほどな。」
ゼストの言葉に、疲れたように一つ頷くヴァールハイト。
「……力も技も、俺の方が上だった。」
「認めよう。」
ヴァールハイトの言葉は、まぎれもない真実だ。素材が同じである以上、すでに全盛期からかなりの時間が立ち、肉体的に随分と衰えが目立つゼストと、まだ若く、それで居て十分な鍛錬と修羅場経験を積んだヴァールハイトでは、基礎能力では当然勝負にならない。そこを認めないほど、ゼストは自分が見えていない訳ではない。
「だが、勝てなかった。」
「経験の差、と言うやつを甘く見ない事だ。」
「……そうか。」
ヴァールハイトに頷いて、逮捕用の物理バインドを起動する。大人しく拘束されようとしたところで、近場に派手な地響きが起こる。
「どういうこと!?」
「どうした、アルピーノ?」
「次元境界が歪んでいます!」
「次元震か!?」
「今のところ、そこまでのエネルギーはありませんが……。」
メガーヌの報告に、考え込む様子を見せるゼスト。
「このタイミングで次元震、と言う事は……。」
「今回関わっているいずれかの組織、そのやり口と言う可能性は非常に高いですね。」
「ナカジマ、一番近い部隊は我々か?」
「そうですね。それに、二番目に近い部隊も、まだ機械兵器との戦闘を継続しています。」
「ならば、考えるまでもないな。」
槍のカートリッジを再装填し、地響きの発生地点に向かって移動を開始しようとするゼスト。後に従うグランガイツ隊。そこに、初めて見る機種の機械兵器が、大量に空から降りてきた。
「どうやら、簡単には行かせてもらえんらしいな。」
「ならば、簡単に行かせてもらえる人間に任せてもらえるか?」
「ヴァールハイト?」
「心配せずとも、生きていれば必ずこちらに戻ってくる。刑を受けるためにな。」
ヴァールハイトの表情を見て、一つ頷くゼスト。治安維持組織の一員としては間違った行動だが、そもそも一般市民に危害を加える種類の犯罪者ではない。それにもとより、相手の性格を考えれば、ここで逃げるという選択を取る事は無い事は間違いない。とは言え、野放しにしたとみなされると問題があるため、一応発信機の類は取りつけておく。
「そいつらはなかなか手ごわい。機体強度もAMFも段違いの強さだし、そもそも動きが全然違う。今までの連中と同じつもりでかかれば、痛い目を見る事になるぞ。」
「忠告、感謝する。」
必要と感じた警告を、手持ちのゆりかご産ガジェットのデータとともに送り、そのまま全力で現場に向かって駆け出す。その姿を見送った後、新たに表れた強敵を駆逐しにかかるグランガイツ隊であった。
「そんな!?」
燃え上がる孤児院。その光景を見た瞬間、マドレは絶望の声を上げてしまう。
「あなた達、どこに行っていたの!?」
思わず呆然としそうになった時、路地から初老の女性が駆け寄ってくる。
「院長先生! ご無事でしたか!」
「マドレさん? あなたがこの子たちを見つけてくれたの?」
「正確には、こちらの管理局員の皆さんが、ですね。私はここに連れてきただけです。」
そう言って、エリオとキャロを紹介する。そのまま、現状について質問を重ねる。
「それで、何があったのですか? 他の先生や子供達は?」
「他の子供たちや職員は、クラナガンが包囲された時点で、シェルターに避難済みです。残念ながら、何があったのかは、私も分かりません。この子たちだけ、いつの間にかいなくなっていまして、つい先ほど探しに戻った時に、この光景を目にしたもので……。」
「わるいかんりきょくをやっつけにいったんだ!」
「……そう言う事……。どうやら、ずいぶんとご迷惑をおかけしたようで……。」
この非常時に、無謀な子供の相手をさせてしまった。その罪悪感と指導者としての力不足を恥じる気持ちに押され、エリオとキャロに対して深々と頭を下げる。
「そんな事より、早く避難を!」
「そうです! これをやった人がまだ近くにいます!」
「大正解。」
エリオとキャロの言葉に、にやけた声と砲撃で答える謎の人物。声色から、成人男性らしい。とっさに砲撃を爆発頸で弾き、槍の穂先を飛ばして反撃する。
「ガキのくせに、いい反応じゃねえか。」
攻撃をあっさり無効化して、反撃までやってのけたエリオに対し、口笛を鳴らしながら感心して見せる。
「どうして……。」
「ん?」
「どうして、こんな事を?」
再び攻撃を仕掛けに入った男は、マドレの言葉に、一旦手を止める。
「どうして、だって?」
マドレの質問に、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて、悪意をたっぷり込めた言葉を吐き出す。
「決まってるじゃねえか。ゴミは焼却処分にしなきゃいけねえよな。」
「ごみ? この子たちが?」
「ああ。ミッドチルダ人でもねえ親なしが、ミッドチルダの金でのうのうと生きてるなんざ、どう考えてもおかしいだろう? だから、ゴミ掃除をしようとしたんだよ。」
あまりの言葉に、二の句がつげずに固まるマドレ。その様子に気をよくしてか、そのまま己の主張を続ける男。
「ミッドチルダ人以外は全部ゴミ。ミッドチルダ人でも、他所の世界の生れの人間も、全部ゴミ。当然、ミッドチルダ人以外と付き合ってる連中も、全部ゴミだ。」
「その理屈だと、このクラナガンはゴミためだ、と言いたいのかしら?」
「ああ。てめえらみたいなのが、ミッドチルダを汚して壊してゴミためにしたんだ! 治安が悪くなったのも、浮浪者が増えたのも、全部ゴミみたいな他所の世界の連中が入ってきたからだ! だから、俺達はその諸悪の根源である時空管理局をぶっ壊して、ゴミための象徴の孤児院を、全部焼こうとしてんだよ!」
男の言葉に、思考が完全に冷える。多分、その経歴を見れば同情の余地が見いだせなくもないのだろう。大概こういった差別主義者と言うやつは、それなり以上に裕福か、かなりの貧困層かのどちらかだ。そして、男の身なりから察するならば、多分貧困層の方であろう。
また、男の言葉ではないが、移民と雇用・治安の問題は、常に切っても切り離せない関係にある。特にミッドチルダはベルカ人を筆頭に、戦争や次元災害で元いた世界が崩壊し、完全に行く場所が無くなった難民や、さまざまな理由で元居た世界から飛ばされてきた迷子の受け皿となっている。そのため、移民とミッドチルダ人の人口は拮抗している。こうなって来ると、当然雇用の奪い合いも起きれば、文化の違いによるいさかいも増える。基本的に難民だからか、まだ、ミッドチルダは地球と違い、移民側が溶け込む努力と歩み寄る努力をしており、また、失われた祖国の文化を伝えるための自治区もあるため、社会問題になるほどの事にはなっていないが、それでも対立が完全になくなる訳でもない。
ミッドチルダの場合、移民だから優遇されたり、逆に安い給料でたたかれたりと言うのは無く、また、最近は景気が悪いと言う訳でもないが、一応それなりの失業率はある。取り立ててミッドチルダ人の方が失業率が高い訳ではないが、先住者である彼らに、こうした不満がたまりやすいのはどうしようもないだろう。
この男はそういった不満を凝縮した類の民族主義過激派組織に所属している、もしくはそう言った組織にそそのかされて事を起こしたと考えて間違いない。この手の自身の不遇を全面的に他者に転化する思想は、最終的には同じ人種・民族でも生れた土地や職業に対する差別に向かうだけなのだが、それが分かれば、いや、分かっていてもこう考えなければやっていけないと言ったったところか。
きっと、複数の人種・民族の交流による軋轢は、人類が永久に解決できない最大の問題の一つなのではないか。そんなある種の絶望を感じさせる一件だ。
「さて、ゴミ掃除の続きをしますかね。」
そう言って、砲撃を放つ。目標はエリオとキャロ、では無く……。
「くっ! やっぱり!」
「早く避難を!」
当然のごとく、院長と子供たちである。キャロがシールドではじき、エリオが男の注意をそらす中、慌てて立ち去ろうとして新たな砲撃に阻まれる院長。
「他の連中まで来ちゃったか……。」
「囲まれてますね……。」
先ほどと類似の状況。敵の数はやはり二十人程度。違いは、こちらには防御力の高いスバルも、射撃の名手であるティアナも居ないことと、敵の平均ランクが妙に高いことだろう。護衛対象がいなければ余裕で制圧できる相手だが、一般人を殺すには十分な攻撃力を持っている。一発でも後ろに通してしまえば終わりだ。フリードを攻撃に回すにしても、大人の姿では攻撃力が過剰で、子供のままだとパワーが足りない。むしろ、その耐久力を生かして防御に回した方がまだマシだ。
「エリオ君、キャロちゃん。少し、時間を稼いでくれない?」
「……手があるんですね。分かりました。」
「任せてください!」
マドレの言葉に元気よく手を上げると、一気に大規模防御結界を展開するキャロ。少しでも注意をそらすために、ひたすら衝撃波で牽制するエリオ。子供二人の手ごわさに舌打ちしつつ、攻撃の密度を上げていく男たち。エリオ達には永遠とも思える三十秒程度の膠着の後、ついにマドレの術が発動する。
「来て、飛蝗皇!」
魔法陣から現れたのは、五メートルを超える人型のイナゴであった。彼(?)は、呼び出したマドレを気遣うそぶりを見せながら、魔力弾と砲撃の雨にその身を晒し、腕を軽く一振りする。次の瞬間、賊の攻撃がすべて綺麗に消え去り、大量の黒いイナゴが現れる。
「手間をかけて悪いけど、間違っても殺さないでね。」
マドレの言葉に一つ頷くと、そのまま呼び出したイナゴをけしかける。雲霞のごときイナゴの群れが男達に殺到し、蹂躙していく。時間にしてせいぜい二秒程度か。イナゴ達が去った後には、全ての魔力と毛を食いつくされた男達の集団が。年端もいかない子供たちに配慮したのか、バリアジャケットはともかく、私服には傷一つついていない。
「むごい……。」
「えぐい……。」
「このぐらい、当然の報いでしょ?」
飛蝗皇を呼び出したのがよほどこたえたのか、やけにしわがれた声でエリオ達のつぶやきに応えるマドレ。その時、一陣の風が吹き、一連の攻防で捲れかけていた彼女のフードを巻き上げる。素顔が露わになったマドレを見て、その場にいた全員が絶句する。
「驚かせてしまったかしら?」
「マドレさん、その姿は……?」
見た目で年齢を答えるなら、七十歳は過ぎているだろうその容姿に、乾いた声を漏らすエリオ。プレシアとどちらが年上か、という問いには、十人いれば十人がマドレと答えるだろう。数週間前に会った時とは比べ物にならぬほど老いた彼女に、エリオもキャロも動揺を隠しきれない。
「私が、メガーヌ・アルピーノのクローンだ、と言う事は知っているわね?」
「……はい。ルーちゃんも、そういう人が居る事は知ってます。」
「ああ、オリジナルの娘ね。オリジナルともども、一度ぐらいは会ってみたかったけど、流石に機会はなさそうね。」
「そんな事……。」
否定しようとするエリオとキャロに対して首を左右に振り、話を続けるマドレ。
「私は魔導師として以前に、そもそもクローンとして失敗作だったの。普通の人間より再生能力に劣り、劣化が早い身体。特に魔力を使うとダメージが大きく、一定ラインを超えると急激に老化と身体の崩壊が進む事が分かって、失敗作として廃棄されるところだった。フェイトさんが最高評議会を排除するのが後一週間遅かったら、私はここには立っていないでしょうね。」
「……その体、どうにもできなかったんですか?」
「多分、誰にもどうにもできなかったでしょうね。ドクターが延命処置として、レリックを使った肉体改造を行ったけど、それでもこの年まで生きるのがせいぜいだった。いろいろやったのだけど、先々週ぐらいから身体の崩壊が進み始めて、ね。」
マドレの言葉に、一つ疑問が生じる。その疑問を、遠慮なく突っ込んでみる事にするキャロ。
「だったら、飛蝗皇さんを呼び出さなければ……。」
「どちらにしても、私の身体はもう長くは無いの。それに、さっきから次元の壁が妙な感じで、嫌な予感がするわ。キャロちゃんも、気がついてるんでしょ?」
「……はい。」
「だから、彼を呼んでおいたの。彼なら、私が居なくなっても、しばらくはここを守ってくれるはずだから……。」
その言葉が終わる前に、マドレが激しく咳き込む。慌てて駆け寄ろうとして、手で制される。
「ここはもう、私と彼だけでいいから、あなた達は自分の仕事に戻って。」
「でも……。」
「行こう、エリオ君。」
何かを言いかけたエリオを止めたのはのは、何とキャロだった。
「キャロ?」
「このあたりにはもうその手の気配は無いし、この人たちを拘置所に送り込まなきゃいけない。それに……。」
「それに?」
いまいち納得がいっていない様子のエリオの耳に、結論部分を小声でささやく。
「……マドレさん、自分の体が崩れていくところを、人には見られたくないと思う……。」
「……そっか。そうだよね……。」
もはや、エリオとキャロの目にも、マドレの気が消えかかっている事がはっきり見える。ここまでくれば、本人の言う通り長くは持たないだろう。そして、自然な死に方ではない以上、その過程はきっと凄惨なものになる。マドレほどの美人が、そんな姿を人に晒したい訳がない。
「それじゃ、僕達は行きます。」
「ありがとうございました。」
「さようなら。」
フリードの背に乗り、犯罪者たちをぶら下げて立ち去るエリオとキャロを見送り、子供達を避難場所へ送り届ける。残りの命を使って他の孤児院を確認しに行こうとして、次元の壁がおかしなことになっている事に気がつく。
「これが、私の最後の魔法になる訳ね。」
突如亀裂が入った空間を、マドレは崩れる体を必死で支えながらふさぐのであった。
「見事に分断されたわね……。」
地下道の天井を見上げながら、ため息交じりに呟くティアナ。雑魚を秒殺で制圧し、エリオ達と合流しようとしたところで、唐突に足元から初めて見るタイプの、恐ろしく頑丈な機械兵器が現れたのだ。どうやら、起動トリガーが入るまでは動力反応すら起こらないらしく、今までどれほど探知しても発見できなかった。優喜ではあるまいし、さすがに休眠状態にある機械の気配を読めるほどの技量も無く、見事に不意をつかれて分断されてしまった。
どうにか逃げ回りながら全部仕留めたものの、随分魔力もカートリッジも使った。合流しようにもマッピングする余裕もなかった上に、あちらこちらが崩落しているため手元の地図も当てにならない。しかも、崩落個所のいくつかは今の戦闘で出来たものであり、おかげで通れないどころか危なくて近寄れない場所も少なくない。いっそ、天井を抜いてワイヤーアンカーで外に出るか、などとなのはあたりが考えそうな事を検討しながらあたりを確認していると、ちょうどいい具合に外に出られそうな穴があった。
「周囲に動体反応の類は無し。ここから出ましょうか。」
方針が決まれば即行動。クロスミラージュのワイヤーアンカーを撃ち出し、いつもの要領で外に出る。相当遠くまで追いやられたらしく、ティアナの探知範囲にはスバルもエリオ達も居ない。連絡を取ろうにもやたら強力な通信妨害が入っており、ついでに言えばAMFもかなり重い。
「……誰?」
とりあえずGPSで位置だけでも確認しようとマップを開いたところで、複数の気配がティアナの探知範囲に入る。気配の室から行って、何が来たのかは予想がつくが、あえて質問をする。
「誰、とは御挨拶だな。」
「知らない仲でもないよね?」
予想通り、ナンバーズのメンバーが、ティアナの前に現れる。
「今忙しいの。用があるなら後にしてくれない?」
「そう言う訳にもいかなくなった。」
いらだちに任せて吐き出したティアナの言葉に、申し訳なさそうに返事を返すチンク。
「悪いが、クアットロにこれ以上余計な事をさせないためにも、本気で勝負を挑ませてもらう。」
「セインさん、こういうのは趣味じゃないけど、今回ばかりはちゃんとやらないとヴィヴィオがねえ。」
「ごめんね。恨んでくれてもいいから、ちょっとだけ付き合って。」
「負けても恨んだりしないッス。勝っても悪いようにはしないし、戦闘は非殺傷でやるッス。だから、全力で来て欲しいッス。」
ナンバーズの勝手な言い分に、思わずため息が漏れる。正直なところ、先ほどまで面倒な相手とさんざんやりあって結構消耗している。その上でナンバーズは基本的に格上だ。それと四対一で戦え、などと言うのは実にしんどい。実戦と言うのはそんなものではあるが、それにしても、この状況はひどい。
「……行くぞ。」
ティアナが何かを言う前に、チンクが容赦なくナイフを投げてくる。反射的に撃ち落とし、距離をあけようとする。バックステップをしようとした瞬間、いきなり地面から現れた手に足首をつかまれ、思いっきりバランスを崩す。そこに飛んできた砲撃を身体をひねってどうにか回避し、牽制を兼ねたヴァリアブルバレットを発射。ディエチに届く直前でウェンディのボードが割り込み、そのままティアナを押しつぶそうとする。
「割とフライング気味だったのに、全部よけられちゃったか。」
「流石は広報部ッス。」
感心しながら次の攻撃に移る。その様子に内心で舌打ちしながら、とにもかくにも立て直しを図らねばならないと、必死になって隙を探す。正直、ここまでの連携はそうお目にかかる事は出来ない。これ以上となると、なのはとフェイトのコンビネーションぐらいしかないだろうが、あっちはそもそも単品でも勝負にならないほどの実力差がある。
「いつまでも調子に乗ってんじゃない!」
何度目かの攻防の末、どうにか気配を読んでセインの足つかみを回避し、同時に大量の魔力弾をばら撒いて砲撃を潰す。そのまま流れるような動きで砲撃を放とうとして、ウェンディから投げ落とされたナイフを大きく飛んで避ける。次の瞬間、ナイフが大爆発を起こし、ティアナが立っていたあたりをえぐる。
「非殺傷だったんじゃないの!?」
「人にあたっても怪我しないようになってる、多分!」
「多分ってそんないい加減な!」
チンクのあんまりな台詞に全力で突っ込みを入れながら、どうにかリロードしたカートリッジで弾幕を張り、ホバーダッシュと光学迷彩で建物の陰に隠れる。
(流石になのはさん達とカトゥーン的追いかけっこを続けてきてるだけあって、新人が正面から一人でたたきつぶせる相手じゃないわね……。)
とにかく完璧な連携で、じわじわとこちらを追いつめてくる。何より格下を相手にしているという油断がない。地獄のフルコースを経験しているからどうにか防げるが、多分普通の局員だったら、ティアナよりランクが一つ二つ高くても、下手をすれば秒殺されかねない。同士討ちを誘ってディエチの砲撃を誘導し、ウェンディのボードに反射されて戻ってきた時には、冗談抜きで負けを覚悟した。辛うじて避け切って今に至るものの、流石に反射角まで計算して誘導する能力も余裕もない。もっとも、なのはなら普通にやってのけそうではあるが。
(とりあえず感じから言って、広報の皆と違って幻術を見破る手段は持ってなさそうね。)
状況を打開するとなると、そこしか突破口は無いだろう。問題は、どこから潰すか、だが。
(ややこしい相手としては、セインとウェンディね。後の二人は技量はともかく、攻撃手段は比較的素直で防ぎやすいし。)
まず確定しているのが、自分の技量ではウェンディに砲撃をしても無駄だ、と言う事。下手にそんな真似をしようものなら、反射されて自滅しかねない。
(と、なると、幻術でセインを引っ張り出して砲撃で仕留めて、チンクかディエチを落として手数を減らすのが最善策、かしら?)
とにかく、こちらの動きを、予想外の形で物理的に封じてくるセインは厄介だ。彼女を仕留めるだけでも随分と楽になる。幸い、今の休憩でフェイクシルエットを量産できる程度には魔力が回復した。ならば、やるだけやってみるしかないだろう。
覚悟を決め、四人分のフェイクシルエットを用意する。まずは最初に考えたプラン通りに動かし、その反応で相手がどの程度幻術に対応できるか測る。上手くいけばそのまま仕留める。失敗してもデータは取れるから、無駄にはならないだろう。そう目論み、隠れている場所から相手から見て三十度ほどずれた場所から幻影を走らせる。食いついてくるかと思いきや、これといった反応を見せず、冷静に牽制程度の攻撃を飛ばす程度で終わらせる。
釣り上げるために砲撃のモーションを取らせたところ、見極めるようにナイフを爆発させてくる。不自然にならないように回避運動を取らせ、幻影の砲撃を放つが完全に無反応。予定を変更して、もう一人の幻影をビルの上に出現させ、ディエチに向かって砲撃を放つ。それと同時にチンクを狙って、光学迷彩でコーティングし、さらに魔力反応をごまかす術式を加えた不可視の砲撃を放ったところ、見事に本命の砲撃だけウェンディに反射されてしまう。
「なかなかいい線はついているが、幻術を使ってくると分かっていれば対処の仕方はある。」
「あの程度の時間で動ける距離なんて、最初から大体分かってるッス。」
「それに、ちょっと幻術の動きが荒くて不自然だった。流石にあれに引っかかるのは、あたし達の沽券にかかわるかな。」
油断してこない、経験豊富な格上ほどやり辛い相手はいない。取れる手段を否定され、どうにも頭を抱えながら場所を移動する。とりあえず、ディエチの特性もあってか、ティアナが隠れている場所に強襲を仕掛けてくる事はなさそうだが、それでも完璧なだけではない、アドリブの良く効く連携については、攻略の糸口すら見当たらない。まだ仕掛けてこないのは、いたぶっているからではなくこちらの状態を探っているからだろう。
せめて、相性の悪いウェンディだけでもいなければ、まだ取りうる手段は無くもない。だが、ウェンディのボードは、まっとうなガンナーにとっては致命的な代物だ。流石にガンナー相手には絶対的な性能を誇っているように見えるボードも、いくらなんでもなのは相手には無力ではあろうが、同じガンナーと言ってもなのはとティアナでは、技量も経験も出力も段違いだ。ぶっちゃけ、このまま順調に成長したところで、ハンデなしでぶつかり合って勝てる日が来る事は無いだろう。そんな人物を持ち出して対処法を検討しても、まったく無意味である。
「観念して、せめて一矢報いれるように突撃するしかないかしら……。」
思わず口から洩れた弱音。それが、ティアナが現在置かれている状況だ。連携に対して何度かつけいる隙らしきものを見つけ、そこから割り込んで反撃してはいるが、そのたびにアドリブの効いた切り返しに翻弄されている。なのはのように、砲撃を曲げる事が出来ればあるいは、と思わなくもないが、流石にぶっつけ本番でそれをやるのは怖すぎる。もっとも、レイジングハートなんかはしょっちゅうそう言う事をやっているらしく、たまに本人も知らない種類の魔改造が施されていて戸惑う事があるそうだが。
「そろそろ、あぶり出させてもらうッスよ。」
ウェンディの処刑宣言を聞き、覚悟を固めて飛び出そうとしたその時、彼女達の前に一輪のバラが。
「あぶねえッス!」
「このバラは確か……。」
いきなり飛んできたキワモノ的な攻撃。それに意識を奪われ、反射的に飛んできた方向に目を向ける一同。そこには予想通り、うざい空気を纏ったアライグマのぬいぐるみを肩に乗せ、ビルの上で決めポーズを取っているミドルティーンの少女が。
「美少女仮面ルナハート、愛とともに参上です!」
「やっぱりか!」
「このタイミングで出てきたってことは……。」
「姉が思うには、多分一番美味しいタイミングを計ってたんじゃないか?」
「セインさんもそう思う。と言うか、流石広報部。美味しい出番を外さない!」
好き放題言われて思わず苦笑を浮かべ、とりあえず濡れ衣だけは晴らしておく事にする。
「一番美味しいタイミングを計ってたわけじゃなくて、ここに着いたら丁度ティアナが何か始めたところだったから、割り込んでおかしなことになっちゃまずいと思って結果を見守ってたんだけど、ね。」
「それを美味しいタイミングを計ってるって言うんじゃないかな、と、セインさんは心の底から思う訳だが。」
「それを言われればそうかもしれない、かな?」
「キャー! 見事に敵に言いくるめられてるカリーナちゃん、素敵ですわ!」
とりあえずやかましいプリンセスローズを放置し、折角割り込んだのだからとティアナに声をかける。
「ティアナ、ウェンディがいなければどうにかできるでしょう?」
「え、ええ。」
「だったら、凡人同盟として、給料明細に心動かされる後輩のために、このルナハートが一肌脱ぎましょう。」
「きゃー、カリーナちゃん! もう普通に提督クラスより収入が多いくせに、妙にみみっちくて庶民的なところに惚れますわ!」
「いちいちうるさい!」
うざいデバイスを一喝して黙らせ、手慣れた動きで魔法を起動、炎を纏った体当たりでウェンディを戦場から排除する。その様子を見て気合を入れたティアナは、ぶっつけ本番で今まで一度も成功していない大技に挑戦する事にする。まずはフェイクシルエットを二体そばに発生させ、光学迷彩を解いて突入する。
「今度は本人が出てきたか!」
走って距離を詰めてくるティアナの気迫に、どれか一人は必ず本物だと確信するチンク達。だが、小刻みに入れ替わりながら駆け寄って来る姿に、どれが本物かを絞りきれない。まとめて攻撃しようにも、地味に牽制弾が邪魔で狙いを絞りきれない。そのまま三人のティアナは三方に分かれ、ホバーダッシュを起動して弾幕とともに距離を詰めてくる。
「どれが本物か分からないなら……!」
「全部攻撃すればいい!」
その叫びとともに、全てのティアナに攻撃を殺到させる。流石にフェイクでは実体のある攻撃を潰せる訳もなく、偽物に殺到した攻撃はそのまま全て素通りし、地面に当たって土煙を舞いあがらせる。一方、本物に向かった攻撃は弾幕に全て迎撃され、ティアナ本人には一切のダメージを与えられない。
「くっ! 止められなかったか!」
「駄目! 速すぎて流石に足を掴めない!」
投げたナイフを完全に撃ち落とされたチンクと、ディープダイバーによる足つかみをミスしたセインが、思わず悲鳴を上げる。窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、今まで見せた事の無い気迫とともに行われている一連の動作は、油断していた訳ではない彼女達でも、結局止める事は出来なかった。
同等以上の速度があるウェンディなら、最初の突撃の段階で牽制弾を放たれる前に潰せたのだが、そのウェンディは現在、ルナハートに翻弄され、きっちり追い詰められている。むしろ、ウェンディが居ないからこそ、ティアナがこんな思い切った真似を出来た、とも言える。
「後輩の活躍を見るために、さっさと蹴りをつけさせてもらいます。ファタ・モルガーナ!」
蜃気楼と言う意味の必殺技を起動し、多数の分身を出現させてスタイリッシュに攻め立てる。レヴァンティンに追加されたものと同じ種類の技だが、あちらと違い器用貧乏を地で行くカリーナの場合、応用範囲が非常に広くて使い勝手が良かったりする。
「があ!」
分身したカリーナが、スタイリッシュなコンビネーションで放つ大技のフルコース。それによりしたたかに打ちのめされたウェンディが、意識を飛ばされ墜落する。
その様子を視界の隅でとらえながら、ほんの少し注意が逸れた隙に至近距離まで迫っていたティアナに対応しようと、手に持ったカノン砲で殴りかかろうとするディエチ。だが、予測した進路をそれ、入れ違うようにすり抜けられ、大ぶりのその一撃は見事に空を切る。そのまま駆け寄ってきたチンクの傍をすり抜け、明後日の方向に走り去る。
「えっ?」
不思議な挙動に戸惑いの声を上げるのも一瞬。即座に体勢を立て直し反撃に移ろうとして、
「きゃ!」
「あう!」
ティアナから飛んできた正体不明の弾を食らい、完全に体が硬直する。ティアナが放ったのは、気脈を乱す性質をもった気功弾だ。優喜に頼みこんで稽古をつけてもらい、最近になってようやく普通に手から飛ばせるようになったそれは、射程距離がせいぜい五メートルほどしかない上に、未熟さゆえにちょっとした遮蔽物で弾かれてしまうため、砲撃とは違った理由でウェンディのボードの前では無力だ。
だが、服やナンバーズのボディスーツ程度なら、そのちょっとした遮蔽物には入らないため、上手く隙をつければ十分に効果を出すことができる。
「ちょ、何!? 何であんたみたいに半年しかいないのが、そんな面妖な攻撃を!?」
「さて、ね!」
セインの戸惑いの声に軽く応え、今までネックになっていたターンの動作に入る。今までにない集中力でターンピックを発動させ、地面に打ち込むタイミングを見極める。
(今!)
己の気の流れ、重心の位置、地面の硬さ、ピックの角度。その全てが理想的なタイミングを見切り、思い切ってピックを地面に刺す。今までは姿勢を崩し顔面から地面に突っ込んでいたが、今回は理想通りの軌跡を描いて、速度を落とすことなくターンする事に成功する。
そう、ついにティアナは、初めてアサルトコンバットの第一関門を突破したのだ。そのまま速度を落とさず一気にセインに突っ込んで行き、いつの間にか二兆件中からロングバレルモードにモードチェンジをしていたクロスミラージュの柄でセインを殴り飛ばす。
「いった~!」
硬いグリップで殴り飛ばされた揚句のはてに、爆発頸でチンクとディエチを巻き込むように吹っ飛ばされたセインは、思わず痛みにうめく。ティアナの動きの鋭さに、ディープダイバーの発動を失敗したのだ。
「って、ちょっと!」
「それはいくらなんでもひどい!」
「負けを認めるから、やるならこの姉だけに!」
痛みにうめきながらティアナの方に目を向けると、いつチャージしていたのか巨大な砲撃を構え、足を止めて今にも発射する様子を見せていた。
「残念ながら、ここまでがワンセットなのよ!」
クロスミラージュのカウントダウンを聞き、ゼロになった瞬間に容赦なく引き金を引く。
「スターライト・ブレイカー!」
決定力不足を嘆いていたティアナが、なのはからスパルタ式で仕込まれた必殺技。オリジナルのそれに比べれば随分ささやかな威力ではあるが、言うまでもなくたかが戦闘機人に叩き込めば、単なるオーバーキルでは済まない代物だ。
「うわあ……。」
思わず呆れて、引いたような声を出してしまうカリーナ。自身も一応使えるとは言え、コンビネーションの最後にぶっ放すとかは、流石に考えた事もなかった。と言うより、あんなものを撃たなくても、大体勝負がつくからだ。
「……いろんな意味で痛いッス……。」
カリーナが後輩の行動に呆れたような声を出していると、意識を取り戻したらしいウェンディが妙なぼやきを漏らすのを聞きつける。
「それはどういう意味かな?」
「殴られて痛いって言うのもあるッスけど、ああいうスタイリッシュなのは、セイン姉ぐらいストイックな体型か、逆にあそこの凡人二号ぐらいグラマーで無いと、いまいち様にならなくて痛いッス。」
「……気にしてるのに、気にしてるのに……。」
「痛い、痛いッス! 謝るから勘弁してほしいッス!」
ウェンディの言葉に、思わずレイピアの柄でガスガス頭を殴りながら、いわゆるレイプ目でぶつぶつつぶやくカリーナ。彼女の名誉のために言っておくと、カリーナはボリュームこそはやてにすら一枚劣るものの、細身ながらメリハリの利いた、非常に綺麗なボディラインをしている。絶対値こそ小さめだがカップ値は意外と大きく、むしろ平均よりバストサイズは上だと言っていい。とは言え、決して貧乳では無いとはいえど、グラビアアイドルをするには少々胸が足りず、逆にファッションモデルには胸が出すぎている上に背が少々足りない。そう言うどっちつかずなところがまた凡人くさくて本人は結構気にしているのだが、トータルで見れば下手に体型が偏ってるよりも魅力的に見える、と言う事には気が付いていない。
「あの、ルナハート。それぐらいにしておいた方が……。」
「うん、そうする。」
ようやくこちらの世界に戻ってきたカリーナを見て、安堵のため息をつくティアナであった。