「これで、祭りの準備は完了だね。」
「そうですね。しかし……。」
「どうしたのかね、ウーノ?」
「本当にいいのですか?」
「今更の話だよ。それに、ちょうどいい機会だから、向こうの御老人に、かつて私達と裏でつながっていた事に対する弁明を聞いてみようかと思ってね。」
突然の心変わりに目を丸くしているウーノに、手元の手紙を差し出すスカリエッティ。
「……これは、もしかして?」
「ああ。君が思っている通りの物だよ。これもそれも、皆そうだ。」
いまどき珍しい手書きの手紙。結構な数があるそれを、全部ざっと目を通す。
「我ながららしくは無いとは思うが、彼らの将来を考えると、レジアス・ゲイズがトップに居る管理局、というものに不信感を覚えてしまってね。」
「私たちが言うことではないとは思いますが?」
「ああ、そうだね。確かに、一方の当事者である私たちが言うべきことではないね。だが、それを踏まえた上で、彼らを作り出し、自分達の身が危ないとなると犯罪組織に押し付けた管理局について、信用しろと言うのが酷ではないかな?」
「そうですね。そもそも、管理局がまっとうな組織であれば、私達は存在していません。」
「そう言う事だ。いくら十年かけて綱紀を粛清したとはいえ、元々は目先の戦力に目がくらんで、違法研究を推し進めていた一派のトップだ。彼が、第二の最高評議会にならないとも限らない以上、そこを問いただして、場合によっては組織そのものを排除してしまわなければいけない。それに、私と同じような境遇に生まれ、同じように捨てられた彼らの事を、このまま闇に葬り去るのは、フェアではないだろう?」
スカリエッティの言葉に、深々と頷くウーノ。だが、一つだけどうしても腑に落ちない、と言うか腹にすえかねる、と言うか、そう言う座りの悪い感情がある。
「ドクターが決意をなさったのであれば、私は地獄の底まで従います。ですが、クアットロが好き放題やった工作を、そのまま使うと言うのは危険なのではありませんか?」
「今更の話だよ。それに、どうあがいたところで、我々単独で出来ることなど知れている。ならば、今後問題になりそうな連中を巻き込んで、管理局地上本部と総力戦を行う方が、まだしも勝算もあれば、後の結果が好転する確率も高い。」
「確かにおっしゃるとおりですが、さんざん好き勝手やっては失敗して、こちらに少なくない被害を出したクアットロの思うままに動く、と言うのは……。」
「何、全てが思い通り、と言う訳ではないよ。多分、あれの思惑通りに行く事はあり得ない。」
自信満々に言い切るスカリエッティに、どうコメントするべきか分からず沈黙するウーノ。正直なところ、今までの方針を覆して管理局に喧嘩を売る、それ自体はいい。だが、わざわざ自身の姿を晒して、リスクを背負ってまでするべき事なのか。しかも、首尾よくヴィヴィオを取り戻したとして、復元した聖王ゆかりのロストロギア、その本来の性能をもってしても、広報六課を、と言うよりWingを制圧できるとは思えない。
上手く新機能を起動できたとしても、それだけで何とかなるほど広報部の戦闘部隊は甘くないだろう。ヴィヴィオという人質までフルに活かして、それでもなお、勝算は薄いとしか言えない。
「ウーノ、トーレとチンクに、司法取引となりうる情報をすべて持たせて置いてくれたまえ。」
「ドクター、もしかして……。」
「事が事だ。勝算があるとは言い切れない以上は、後の事を考えておかなければいけない。彼らの事は、フェイト・テスタロッサなら悪いようにはしないとは思うが、彼女の考え方を知っている訳ではない。ならば、そのための保険として、こちら側の人間が、最低でも一年程度の更正教育で解放される程度にしておかねば、いろいろとまずい。十中八九、結果はこちら側の負けだろうし、我々だけがどうにか逃げ切ったところで、この規模で事を起こしてしまえば、ほとんどの得意先は組織そのものを維持する能力も失うだろう。」
「やけに弱気ですね……。」
「分析した事実を述べただけだ。それに、これも十中八九だが、私は今回の事を起こした責任者として、管理局に拘束されるだろう。まあ、社会にとって、という観点でトータルで見たベストは、管理局が膿を出し切りつつ、私を含めた今回関わるマフィアや過激派が一掃されることだろうがね。まあ、掃除しすぎたら今度は、居場所がない連中をコントロールしていた枷が無くなって、却って治安が悪化する可能性もあるが。」
「ドクター!」
「ウーノ。地獄の果てまで、ついてきてくれるのだろう?」
ドクターの殺し文句に、思わず頬を染めながら頷くしかない。
「さて、移動時間を考えたら、そろそろ出発しなければ、ね。」
「妹達はすでに、スタンバイを終えています。後は、私が資料をまとめてトーレとチンクに預ければ、いつでも出発できます。」
「ああ。焦らなくてもいいが、手早く頼む。」
「分かっています。」
返事を返しながら、原理主義者の過激派をはじめとした、いわゆる害悪にしかならない種類の犯罪組織のデータを中心に、戦闘機人やガジェットなど、基本は違法研究が出発点だが、平和的な応用範囲が案外広い研究の資料などを、超小型ながらかなりの大容量のストレージに限界いっぱい詰め込み、トーレとチンクに託す。
「準備は完了しました。」
「わかった。では、聖王のゆりかご、いや、突撃ステージ・クレイドル、発進せよ!」
スカリエッティの号令に合わせ、基地のカモフラージュが解かれる。そして、せり上がってきたゲートから、重々しい音を立てて、これまた巨大な建造物がゆっくりと外へ飛び立って行く。
「さて、宴の始まりだ。」
既に見えなくなったゆりかごを見送りながら、スカリエッティはそうつぶやくのであった。
「どうしても行くのか?」
「ええ。」
「分かっていた事だが、いざその場に立ってみると、やはり納得はできない。」
「でも、理解はできているんでしょう?」
「ああ、残念ながらな。」
釈然としない顔をしているハーヴェイに微笑みながら、マドレは手元の杖を握り直す。愛用のブーストデバイスとは別に、新たに用意してもらったサブのデバイス。事情を知る二人には、そのデバイスの存在に嫌というほど現実を思い知らされてしまうため、どうにもその姿を直視できない。
「どうせ目的地はそう変わらん。途中まで送っていく。」
「らしくない事を言うわね、ヴァールハイト。」
「ただの気まぐれだ。最後ぐらいは問題ないだろう?」
「そんなところまでオリジナルに似てなくても。」
「言うな。」
苦笑気味のマドレに憮然とした表情で答えを返し、彼女がついてきている事を確認もせずに歩きだす。
「それじゃあ、ハーヴェイ。もう二度と会う事もないでしょうけど、元気でね。」
「君の残りの人生に、少しでもいい事があるように祈っている。」
「ありがとう。」
ハーヴェイの送る言葉に軽く返事を返し、そのまましっかりとした足取りでヴァールハイトを追う。二人の姿が見えなくなったところで、小さくため息をつく。
「まったく。世界と言うのは、こんなはずじゃなかった事ばかりだな。」
奇しくも、オリジナルであるクロノが漏らしたのと同じ言葉を吐き出すハーヴェイ。全くの別人格であり、完全に別の個人である彼も、結局は移植されたオリジナルの記憶や経験に、全く縛られないで済む訳ではないらしい。
「いつまでも感傷に浸っていても仕方がない、か。」
いつも一緒に行動していた彼らも、とうとう道を分かつ時が来た。ただそれだけの事だ。ならば、それぞれがやりたい事、なすべき事をするだけである。
「さしあたっては、ちびどもが余計な事をしないか見張るところからだろうな。」
ハーヴェイが本来やりたかった事は、どうやらこの機会にスカリエッティがやってしまうらしい。ならば、悪のマッドサイエンティストを父と慕う、変に純粋に育ってしまった彼の同類が、わざわざ負け戦のために無駄に罪を重ねないように骨を折るのが、兄的存在の役割だろう。
「全く、私も無駄にオリジナルに似てしまったものだ。」
功績が正当に評価されているか否かぐらいで、結局裏方的な仕事が多い点はクロノによく似ているハーヴェイであった。
「残してきた戦力、本当にあれだけで足りるのかな?」
「まあ、スカリエッティも、流石にナンバーズクラスから上は、何ぼ何でもそんな数は割かれへんやろうし、ガジェットクラスやったら、隊舎の防衛システムで十分やろう?」
「だといいんだけど、ね。」
「普通に考えれば、優喜一人でも過剰戦力だと思うのだが?」
「そうなんだけど、やっぱり、数は力だよ?」
竜司の言い分に対するなのはの言葉を、全く否定することなく頷いて見せるフェイトとはやて。いくら一騎当千の戦士といえども、カバーできる範囲は知れている。この手の拠点防衛に関して言えば、どれほど強い駒でも、一か所に足止めされてしまえば、必ず手薄な場所が出てしまう。
「どないにしても、連中のテレポートを即座に潰せるのんって、優喜君か竜司さんしかおらへんねんし、二人とも拠点防衛に回すんは明らかに過剰やろう?」
「そこなんだよね……。」
この件に関しては、なのはをはじめとした他のメンバーも、それこそアバンテ達が広報部に配属された頃から訓練をしているのだが、リンカーコア式の魔法になじみすぎたためか、一向にレベルが上がらない。辛うじてなのはとフェイトが六行ちょっとの詠唱で、はやてが三行程度の詠唱で、どうにかディバインバレット単発程度なら中和できるようになってきてはいるが、転移魔法を潰す用途には、一切役に立たない。
「私が一番気にしてるのは、優喜君が潰せる数を超える飽和攻撃が来たときなんだ。」
「飽和攻撃とは言うが、単なる砲撃程度ならば、ヴィヴィオを抱えていてもわざわざ中和する必要などないが?」
「竜司さん、優喜君が同時に消去できる魔法の数って、どれぐらい?」
「無詠唱なら同時に三種だな。発動までのタイムラグが最長でコンマ五秒、発動後のクールタイムが最長で一秒だ。」
「つまり、同時に、もしくはちょっとだけの時間差で四つ来たら、一つは取りこぼすんだよね?」
「そうなるな。」
判断が難しい事実を告げられ、難しい顔をする隊長三人。
「四人以上出来て同時に逃げるとかいう形になった場合は、三人は確保できると言う事になる訳やな?」
「そうなるだろうな。もっとも、ヴィヴィオも一緒に転送する、という形でやられたら、確保できるのは二人だけだろうが。」
「仮に優喜だけじゃなく竜司さんがいたら、どんな感じになる?」
「俺が消せるのは、一度に一つだけだ。どう頑張ったところで、二人が三人になるだけにすぎん。」
「そっか。難儀やな。」
フェイトの質問に対する竜司の答え、それに対して思わず唸る。
「せめて、夜天の書に蒐集出来れば、リインが使えるようになる可能性があるんやけどなあ。」
「ない物ねだりをしても仕方があるまい。向こうにはリインフォースにシャマル、ザフィーラ、さらには出向してきたギンガも居る。あの面子でどうにもできんのであれば、俺が居ようが居まいが、いや、全員揃っていようが出し抜かれるだろうさ。」
「ん、そうだね。」
「それよりむしろ、優喜を向こうに置かざるを得なくなったことで、青年部のメンバーがそろわない事の方が、興行的に痛いのではないか?」
「……厳しいところを突いてくるね。」
竜司の指摘に、思わず苦笑せざるを得ないなのはとフェイト。ぶっちゃけた話、別段お金を取る種類のコンサートではないのだが、それでも後のち映像ディスクや舞台裏を写したメイキングディスクは販売される。青年部の不在は、致命的ではないにしても、確実に売り上げに響くだろう。
「まあ、ヴィヴィオの身の安全には代えられへんし、どっちにしても、カリムの護衛として竜司さんがこっちにこなあかんのは変わらへん。それやったら、単品で最強の駒で、ヴィヴィオを守る動機があって、ヴィヴィオ自身も懐いてて言う事をよう聞く優喜君を置いとく以上の対策は、現状では無理や。」
「そうだね。」
結局のところ、はやての言葉がすべてなのだ。散々イタチごっこを続けた結果、もはやスカリエッティサイドのテレポート技術は次元世界最高の水準に達している。優喜と竜司以外の誰をそばに置いても、遠距離からの強制テレポートで回収されてしまえば意味がない。
「私としては、他にも気になる事があってね。」
「気になる事、とは?」
「シャーリーがね、最近ブレイブソウルの修理回数が増えてる、って言ってきてるんだ。」
「ブレイブソウルの?」
それは初耳だったらしく、怪訝な顔をしているフェイト。はやては報告だけは聞いていたが、どうせ何ぞ調子に乗って余計な事をしているだけだろう、と、特に気にしていなかったらしい。
「ただ壊れてるだけだったらいいんだけど、ちょこちょこと改造もしてるんだって。」
「改造、なあ……。」
「竜司さんは、何か知らない?」
「心当たりと言えば、最近優喜のやつと一緒に、空き時間に秘伝を撃って、ごちゃごちゃ何かを調べている事ぐらいだが?」
「「「秘伝!?」」」
なのは達の予想外の剣幕に、珍しく少したじろぐ竜司。そんな彼の様子にお構いなく、厳しい口調で詰め寄っていくなのは達。
「あんな物騒な技を使って、一体何をしているの!?」
「知らん。だがまあ、調べると言っていた以上、技の解析でもしているのだろうさ。」
「解析って、一体どんだけ物騒な事を考えてるんや?」
「物騒、物騒と言うが、あれは触らなければ効果は無いし、意外と倒せない相手も多いぞ? そもそも、物騒さで言えば、惑星破壊が可能ななのはのスターライトブレイカー最大出力の方が、はるかに物騒だ。」
「そこは否定しないけど、前にあれを使った優喜が、大変な事になってたんだから!」
そのフェイトの言葉に、否定しないのか、などと内心で突っ込みを入れつつ、とりあえず言葉を継ぐ。
「その時の優喜は、まだ身体が出来ていなかったのだろう? だとしたら当然の結果だし、そもそも、一日一発ぐらいなら、大したリスクなしで使える類の技だ。そこまで目くじらを立てる必要もあるまいさ。」
「竜司さんからしたらそうかもしれへんけど、こっちからしたらさすがにそれで済ますんは無理やで。特に、なのはちゃんとフェイトちゃんはなあ。」
「まあ、自分の男が無茶をやらかして、挙句に一週間は病院送りになったのはこたえたのかも知れん、と言う事ぐらいは分かるが、どうせ必要なら人の言うことなど聞かん男だ。ならば、せいぜいフォローする体制だけ整えて好きにやらせるしかあるまいよ。」
「竜司さん、明らかに人の事は言えんやろう?」
「まあな。」
いつものように、無駄に泰然とした態度で頷いて見せる竜司に、思わず力が抜ける一同。
「どちらにせよ、あれを使わねばならん相手などそうはおらんし、俺と優喜で合わせて四発撃てる以上、それで倒せん相手となるとぐっと数は減る。それほど心配する必要もなかろうさ。」
「そういうセリフを言っちゃうと、大体それをやっても勝てない相手が出てくるよね?」
「気にするな。言おうが言うまいが、出てくるときは出てくる。」
「いや、ちょっとは気にしようよ……。」
物騒な台詞を吐く竜司に、疲れたような口調で突っ込みを入れるフェイト。彼女が突っ込みに回ると言うのも、なかなかにレアな光景だ。そんなこんなをやっているうちに、そろそろお互いに持ち場へ移動する時間となり、一抹の不安を抱えながらもアイドル組と幹部組に分かれて行動を開始するのであった。
「パパー、パパー!」
「はいはい。肩車?」
「うん!」
構って構ってと懐いてくる娘に、しょうがないなあ、と言う感じで答える優喜。襲撃警戒中とは思えない緩い空気だが、別段油断している訳ではない。
「もうすでに突っ込まれた後だとは言え……。」
「何度見ても、パパって単語に、ものすごい違和感……。」
肩車にキャーキャー歓声を上げているヴィヴィオを見ながら、アルトとルキノがこそこそささやきあう。優喜とヴィヴィオはいつでも逃げ出せるように、比較的広い空間がありかつ非常口までに障害物が少ない格納庫で遊んでいるため、いざというときアースラを発進させる必要があるアルトたち格納庫待機組の雑談の種にされているのだ。
「と、言われているが、どうする?」
「どうしようもないでしょ?」
「いや、バリアジャケットを展開すれば、一応父と娘には見えるはずだぞ?」
「何、その物凄く痛い絵面……。」
ブレイブソウルの提案に、思わず顔をしかめてぼやく。因みに優喜の現在の服装は普段着のジャージではなく、御神流の基本にならった特殊繊維製の黒のインナーとスラックスを身につけ、その上から彼の気の色である赤のアーマージャケットを羽織っている。このジャケットは向こうの世界で彼の師匠が特別に作ってくれたもので、いくつかの特殊金属の繊維が織り込まれた、下手なバリアジャケットよりはるかに防御力が高い代物である。こちらの世界に居つくことが決まった段階で、優喜が琴月家の自身の荷物から持ち出してきたものだ。
解析して量産できないかとプレシア達の手で調べられたのだが、残念ながら使われている金属の製法が特殊すぎて量産できるような代物ではなく、辛うじて精製の目途は立ったものの、今布として織り上げるには一年や二年の研究では不可能と断定されてお蔵入りした。もっとも、バリアジャケットが持つ耐環境性がせいぜい耐熱性ぐらいしかないため、どちらにせよそのままでは低ランク魔導師の新装備としては使い物にならなかったのではあるが。
「呑気だねえ……。」
「僕に言われても困るよ。」
「今の様子をフェイトが見たら、きっと羨ましさのあまり泣くよ……。」
「それはどっちに対するやきもち?」
「両方に決まってるじゃないか。」
言いがかりに近いアルフの言葉に、思わず苦笑が漏れる優喜。リニスとともに、今日ばかりはこちらの警備に回った方がいいだろうと判断し、自主的に待機しているのだ。
「いつも無駄に忙しくて、デートする時間もヴィヴィオと遊ぶ時間も取れなくて、陰で結構泣いてるんだよ?」
「それを僕に言われても。」
「と言うかさ、あんたフェイトの彼氏だろう? たまには休暇を合わせて、デートの一つにでも誘ってやりなよ。」
「今期いっぱいは無理じゃない?」
「甲斐性のない台詞を吐くねえ……。」
「この場合、僕の甲斐性がどうより、フェイトが休めそうもない事の方が主原因なんだけど。」
肩車に喜んでいるヴィヴィオをあやしながら、そんな緩い会話を続ける。まだ公聴会もコンサートも始まっていないとはいえ、特別警戒中とは思えない空気だ。
「ねえ、パパ。」
「何?」
「パパって、なのはママとフェイトママの旦那さんなんだよね?」
「結婚してない間柄の男女の場合、夫・妻、とか、旦那・女房って言う表現が正しいのかどうかを検証するところからスタートになる問題だね。」
「今更無理やりとぼけなくても、広報部内では公然の秘密なんだからさ……。」
わざとらしい優喜のボケに、面倒くさそうに突っ込みを入れるアルフ。ぶっちゃけた話、なのはとフェイトが恋をしていることなど、芸能界でも割とバレバレの話だ。高等部に上がったぐらいの頃に、なのはがトーク番組中に誘導訊問に引っかかってポロリと漏らした、ということもあるが、そもそも積極的に吹聴して回っている訳ではないだけで、別段必死になって隠している訳でもないからである。
「まあ、ヴィヴィオの質問に答えるとすれば、いつ旦那さんになってもおかしくない関係、ってところかねえ。」
「そーなんだ。」
「そうらしい。ただ、まだ断言はできないところ、かな?」
「ふーん?」
「また、そう言う甲斐性の無い事を言って……。」
アルフの突っ込みに、苦笑するしかない優喜。ぶっちゃけた話彼らの場合、結婚しようと言い出せば、いつでも夫婦になれる状態ではある。何しろ、優喜とすずかは日本でも十分家族を養って行けるだけの資産もしくは収入があるし、なのはとフェイトはミッドチルダなら大金持ちだ。そもそも、食って行くだけなら時の庭園という強力な武器があるし、第一高町夫妻も月村夫妻もテスタロッサ家も、誰一人婚姻に反対する事は無い。せいぜい問題があるとすれば、紫苑の妹である瑞穂が、こっちで一夫多妻制を実行する事にいい顔をしない事ぐらいで、紫苑の両親も特に反対している訳ではないので、障害と言えるほどの事ではない。
「ねえねえ、デートって何? どんな事をするの?」
「……どんな事をするんだっけ?」
「……あたしに聞かないでおくれよ。」
ヴィヴィオの質問に、回答をたらい回しにする優喜とアルフ。ぶっちゃけた話、肉体関係を持つにいたるまで、デートと呼べるような事は何一つしないままだったのだ。元々そこに至らなければ、優喜が恋愛感情を理解できなかった以上、普通のカップルと同じステップを踏んで関係を深める、と言うのが不可能だったとはいえ、つくづく歪んだ関係ではある。
救いと言えば、関係者全員がそこを理解した上で行動しており、特に当事者であるなのは達が露骨なアピール合戦や牽制に走らず、まずは協力して優喜の体をどうにかしようと言う方向に動いたことだろう。おかげで、直接は無関係なクラスメイトなども多少はやっかんだりしながらも、当事者が解決する問題だと生温かい目で見守ってくれる事になった。そうでなければ、ラブコメ系の漫画や小説によくあるような頭の悪い行動にまでは至らないにしても、周りに余計な迷惑をかけて、優喜にしろなのは達にしろ、周囲から白い目で見られる事は避けられなかっただろう。
結局のところ、優喜の体が普通ではなかったからこそ、何をするにしてもまずはそこの解決から、という形で協力し合ったため、最終的に独占すると言う考えが無くなってしまった側面もある。そう考えると、日本人の常識からすればあり得ない形ではあるが、穏便に話が済んだのは怪我の功名と言えるのかもしれない。
とは言えど、そんな事情はヴィヴィオには関係ない。ヴィヴィオが知りたいのは、男女のカップルがどういう事をするのかであり、優喜達のような特殊事例ではないのだ。
「僕達にはよく分からないから、そこのギャラリーに聞いてみようか。」
「ええ!?」
「まだ彼氏がいない私たちに、その話を振りますか!?」
「ルキノはグリフィスと付き合ってるんじゃないの?」
「まだそこまでじゃないですし、そもそもこの部署でデートに行く暇なんてある訳ないじゃないですか!」
優喜達がどう説明するのかと聞き耳を立てていたアルトとルキノが、突然飛び火してきた話題に大いに焦る。しかも、知らなかった情報まで吹き込まれて、内輪もめの様相を見せ始める。
「って言うか、いつの間にそういう関係に!?」
「だから、まだそこまでは進んでないってば!」
「おっと、そろそろ公聴会が始まる時間だ。ヴィヴィオ、もうじきママ達の歌の時間だから、テレビ見ようか?」
「うん!」
年頃の乙女らしい内容で揉めている二人を放置し、気功探査の範囲と精度を上げながらテレビをつける。そんな中々にひどい優喜の対応を見て、思わず飛び火した二人が哀れになるアルフ。
「とりあえず、そろそろ仕事の時間だから、内輪もめは置いておこうか?」
「「それをあなたが言いますか!?」」
結局、見た目の雰囲気自体は、どこまでも緩い六課隊舎であった。
「いらっしゃい。」
「ドゥーエ姉様……。」
「まあ、来るんじゃないかとは思っていたから、ここで待っていたのよ。」
ドクターの手を借りて時の庭園に潜入したオットーとディードは、そこに待ちうけていたドゥーエの姿に、思わず戸惑いの声を上げた。
「姉様、どうしてここに?」
「言ったでしょう? 誰かは来ると思っていたからよ。」
「そうではなくて!」
「そっか。あなた達は、私がドクターと決別した事を教えられていないのね。」
直接の面識はない妹達を見て、思わず納得したようにつぶやく。
「決別、ですか?」
「ええ。流石に、諜報型の私までステージに立たせようとするのには、ちょっとついていけなくなってね。まあ、その前から優喜にいろいろ握られてて、実質的には裏切ったのと大差ない状態にはなっていたのだけど。」
優喜、という言葉に、思わず体がびくりと反応するオットーとディード。どうやら、なかなかのトラウマになっているようだ。
「どうやらその様子だと、なかなかにこたえたみたいね?」
「……何の事ですか?」
「しらばっくれても無駄よ。優喜にお仕置きされたんでしょう?」
「「……。」」
あまりにストレートな物言いに、どうにも反応に困ってしまうオットーとディード。
「心配しなくても、その件に関しては、私はあなた達の大先輩よ?」
「姉様、それは威張れる事ではありません。」
ドゥーエの台詞に、思わず無表情のまま突っ込んでしまうディード。
「あらら、つれないわね。さんざんいろいろやられた私としては、他の戦闘機人だとどうなるのか、って言うのが知りたいだけなのに。」
「今、ここで話すようなことではないでしょう?」
「そんな事言わずに、ね。どうだった? もしかして、すごく良かったとか?」
ドゥーエの台詞に何を思い出したのか、無表情ながら青ざめるオットーと、顔を真っ赤に染めてややうるんだ瞳で明後日の方向を向くディード。その様子で大体のところを把握する。
「あらあら。ディードはずいぶんと気に入ったようね。」
「……そんな事実はありません。」
「別に隠さなくてもいいのよ?」
「妹を勝手に変態認定しないでください。」
「言うじゃないの。」
チェシャ猫のようににやりと笑いながら、じわじわと二人をいたぶっていくドゥーエ。妹達をいじる楽しさに内心では、やっぱり自分はSなんだと安心していたりするのは、ここだけの秘密である。
「まあ、ディードがMだろうが変態だろうがこの際問題ないとして。」
「私は変態でもMでもありません。」
「じゃあ、もう一度同じ事をやってもらえるって言われたら、どうする?」
「……。」
「ディード、悩んだら負けだ。」
「と言うか、その反応の時点ですでに、答えなんて出てるわよ?」
あまりに素直な反応を示すディードに、思わず突っ込みを入れてしまうオットーとドゥーエ。やはり、自我の確立が甘い段階で優喜にぶつかった挙句、ちゃんと人格を確立している人間でも無事では済まない彼のお仕置きを受けたのは、いろいろまずかったらしい。当時すでに諜報員として十分な自己を確立しており、並の人間より強固な人格をしていたドゥーエがここまで揺らぐぐらいだ。知識や身体の機能はともかく、それ以外の面では人の言う事に逆らわない乳幼児、と言うレベルのオットーとディードには、いささか刺激が強すぎたようだ。
「まあ、冗談はこれぐらいにしておいて。」
「本当に冗談だったのですか?」
「何をされたのかに興味があった、って言うのは本当だけど、この会話自体は冗談と言うか、単に妹達の成長ぶりを確認するための軽いジャブ、と言うところかしら?」
「ジャブで妹を変態認定しないでください。」
「あら。クアットロなんて、私の中では駄メガネ扱いよ?」
「そこは否定しないので、好きなだけ認定してください。」
「なかなか言うわね、オットー。」
どうやら、優喜にお仕置きをされるきっかけとなった前回の任務について、オットーは相当根に持っている模様だ。それだけの自我を確立していると見るか、根に持つほどひどい目にあったと見るかは微妙なところである。
「とりあえず、話が進まないから、そこら辺は置いておくわ。」
「そうですね。」
「置いておくのは構いませんが、妹を勝手に変態認定するのはやめてください。」
「一応言っておくけど、ここにはヴィヴィオは居ないわよ?」
「その言葉を信用するとでも?。」
「変態認定を取り消してください。」
しつこく訂正を求めるディードをスルーして、話を進める二人。
「別に信じる信じないは勝手だけど、この時の庭園は、それなりにうっとうしいトラップが結構仕掛けてあるわよ。主にクアットロ向けに。」
「それは、なかなかに陰湿そうですね……。」
「オットー、さっさと引き返しましょう。」
「信用するの?」
「嘘だとしても、別に私たちが損する訳ではありませんので。」
目的を達成できないかもしれない、という点では損をするのではないか、と思わなくもないドゥーエだが、多分この二人は言われたからやっているだけで、割とどうでもいいのだろう。
「そもそも、姉様がここにいる以上、ここに備蓄されているであろう食料やお菓子類に手を出す事は出来ない、と言う事です。つまり、陛下が居ようがいまいが、私たちにとっては無駄足である事は変わりがありません。」
「目的はそこなのね……。」
一体どれだけ強固に胃袋を掴まれているのか、とことんまで気になる話だ。
「罠がなかったところで得られるものはなく、罠があったとしたらそのまま汚れに一直線。どちらにしても、得るものが一切ない事に変わりはありません。」
「汚れと言いきる根拠は?」
「クアットロ姉様にお仕置きをする以上、どうせ三流のお笑い番組のごとき汚れか、性的な意味での汚れかのどちらかのネタを仕込んでいるに決まっています。と言うか、それ以外であの根性が曲がった姉様に対する報復になり得る手段はありません。」
「ディード、あなたも地味に根に持ってるでしょう?」
「これ以上、汚れ扱いされたり変態認定されたりするネタを提供するのは、本気でとことん嫌なのです。」
無表情で淡々と、だが実に嫌そうに青年の主張のような感じで宣言するディード。その様子に、さすがにちょっといじりすぎたかも、と、少しばかり反省するドゥーエ。
「と言う訳で引き返しましょう。」
「そうだね。残念ながら、ドクター本人でもなければ、ここのセキュリティを抜いて研究資料を盗み去るなんて事は不可能だろうしね。」
「ここのセキュリティシステムはブレイブソウル相手に鍛えているのだから、ドクター本人でもそう簡単にはいかないわよ?」
「ならばなおの事、です。」
「時間も無駄にした事だし、さっさと次の目的地に行こう。」
「はいはい。一応忠告はしておくけど、ヴィヴィオのそばには優喜が居るわよ?」
「想定内です。」
「あの根性がひん曲ったクアットロ姉様が、それを見越した計画を立てているそうです。」
そう言い残して立ち去るオットーとディードを見送り、心の中で十字を切る。クアットロが考えたと言う以上、根性が悪くて汚い上に、確実に優喜とプレシアの神経を逆なですること間違いなしだ。上手く行こうが行くまいが、直接関与した二人もクアットロも、ただで済むと言う事はあり得まい。
ドゥーエのその予想は、比較的近いうちに現実となるのであった。
「このコンサートは、我々ナンバーズが占拠する!」
開演の一曲を歌い終え、最初のトークが終わりにさしかかった頃、割と定番となったその宣言とともに、ミッドチルダの空を巨大な建造物が覆い尽くした。
「……あんな大きなものがここまで侵入してきてるのに、誰もその事に気がつかなかったとか結構不味くない?」
「……そうだよね。もう少し防空体制をどうにかした方がよさそうだよね。」
気配探知とデバイスからの連絡、そして六課隊舎で発進準備を整えているアースラからの通信。それ以外に、この空飛ぶ巨大建造物の存在を認識している連絡がこなかった事に、一抹の不安を感じるなのはとフェイト。公聴会の会場となっている会議室でも、新旧トップとはやてが頭を抱えている。
これが、単に連絡を受けてから確認したため、わざわざ見つけました、という連絡が不要だと思った、と言うのであればまだ救いもある。だが、通信から聞こえてきたのは、その存在を疑うものか、探知できていない事を告げるものばかり。コスト面の問題が多い事もあって、まずは個人レベルの装備を充実させるところからスタートせざるを得なかった事が、ここにきて見事に裏目に出ている。
とは言え、彼らの名誉のために言っておくなら、クラナガンの全ての部隊は、スカリエッティかプレシア、広報六課およびその関係者、後はせいぜいマスタング以外が使うステルス系システムなど、基本的にものともしないだけの設備を持ち合わせている。地上本部のシステムにしても四月に更新したばかりの、正式採用できる水準の物としては最新鋭で最高性能の物だ。単に、スカリエッティサイドが広報六課を標的にしていたため、ステルス系に限らず実験段階のシステムの進化が異常に速いだけなのだ。
「クアットロが居ないようだけど、どうしたの?」
「あの駄メガネなら、堂々とボイコットだ。」
「全く、もっとナンバーズの初期ロットだと言う自覚が欲しいっすよ。」
トーレの言葉に、ウェンディがぼやいて見せる。実際のところは、ある意味初期ロットであると言う自覚がありすぎるからこそ、周りから駄メガネ扱いされるレベルで空気を読まない余計な事をやらかす訳だが。
(高町なのは、フェイトお嬢様。)
(トーレ?)
(今後のために、こちらから渡せるだけの情報を渡す。)
(……投降する気になったの?)
(どう転んだところで、もはや先はないとのドクターの判断だ。その上で、二人に頼みたい事がある。)
表向きトークを続けながら、裏で念話を使って会話を続ける三人。トーレの申し出に、客席からは分からないようにさっとアイコンタクトをとり、不自然にならないようにこっそりはやてと連絡を取る。はやてだけでなく、グレアム、レジアス、リンディ、レティの四人からも許可を得た上で、密談をそのまま続ける。
(クアットロにこれ以上余計な事をさせないため、事が起こってすぐに投降、と言う訳にはいかない。だから、その事も含めてここから先の事は、ナンバーズの実働組に関しては、私とチンク、そして当然のことながらクアットロ、この三人以外については責任を問わないでもらいたい。)
(……確約はできないけど、出来るだけ善処はするよ。もちろん、あなたとチンクについても、ね。)
(感謝する。それと、奴を欺くために、我々もどうしても全力で戦わなければならない。だから、たとえ死にそうになっても文句を言わないから、全力で叩き潰しに来てほしい。)
(了解。)
あくまでも妹達の事に心を砕くトーレに、少なくともウーノとクアットロ以外のナンバーズについては、可能な限り穏便に事が終わるように話を進める事を決意する。
(あと、それと。)
(ん?)
(これについては別段どちらでもいいのだが……。)
(何かな?)
(後で竜岡優喜に、一つ文句を言いたい。妹達に、おかしなことをするな、とな。)
おかしなこと、と言う単語に、頭の中がクエスチョンマークで一杯になるなのはとフェイト。その様子に気がついたらしいトーレが、補足説明を加える。
(前回の襲撃事件、あの時にセッテとオットー、ディードの三人が、奴にお仕置きという名目で何か妙な事をされたらしくてな。それ以来、あの子たちの様子が非常におかしい。特にディードがおかしくてな。お仕置き、という言葉に妙に期待したような反応を示しては、その内容にがっかりして見せたりする。セッテも度合いは違うが近い傾向があり、オットーは逆にその言葉に過剰に怯える。)
(優喜、一体何したの……。)
(私が知りたいぐらいだが、ドゥーエいわくはツボを突かれたらしい。)
(なんか、すごく納得した……。)
優喜が突くツボと言うやつは、実にいろいろな効果があるらしい。しかも、戦闘機人に対しては、とりわけその効果がおかしな方向に変質しているらしく、優喜本人も、突いてみないとどうなるかが分からないようだ。
(まあ、そこはとりあえず置いておこう。最初の行動は、このコンサートが終わってからの第二部、市民代表からの公開質問の時に起こす。そのつもりで準備しておいてほしい。)
(了解。)
トーレの言葉に同意をし、受け取ったデータを全員で共有する。その間も何事もなかったかのようにコンサートが進む。幕間のトークの間にデバイスの設定を調整し、着々と準備を整える。正直なところ、現時点で単独行動をしているクアットロが何をするのかがはっきり分からないことが不安要素ではあるが、本来この手の事態は情報がないのが普通なのだ。贅沢を言ってはいけない。
『さて、そろそろ茶番は終わりにしようか。』
コンサートが終わり、公聴会の第二部に入ろうとしたあたりで、予定通りすべてのモニターがスカリエッティに乗っ取られる。
『私は、ジェイル・スカリエッティ。無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)などと呼ぶものもいる。もっとも、じぇい☆るんと名乗ったほうが通りがいいかもしれないね。』
人を食った態度で話し始めるスカリエッティ。その様子を何事かと見守る各地の一般市民。
『今日は、時空管理局の罪を断罪しに来た。』
この一言が、グレアム・ゲイズ二大巨頭体制に置ける最後の、そして最大の事件の幕開けとなった。
あとがき
ナンバーズ最後期組のお仕置き結果は、サイコロを振って決めました。ディードがあんな感じなのは、別に巨乳だからとかそういうのは一切関係ありません。