1.ある日の高町なのは
「ママ~、出来たよ~。」
「ん、どれどれ? うん、上手にできてるね。」
さまざまな都合が重なって予定された収録が伸び、丁度いいからとオフにされてしまったある日。夏休み真っ只中ゆえ大学もなく、忙しい合間を縫って課題もすでに終わらせていた高町なのはは、急に出来たオフの日を持て余して
「なのはさん、ホイップクリームって、こんな感じでいいですか?」
「うん、いい感じ。」
「生地の厚み、これぐらいに切ればいい?」
「もうちょっと薄い方がいいかな。」
いる訳ではなかった。六課で保護されている子供たちと一緒に、久しぶりに本格的なお菓子を作っているのだ。作っているのはクッキーにシュークリーム、ロールケーキなど。特にクッキーはプレーンの生地を星型や丸などに抜いた初心者向けの物から、ココアとプレーンを市松模様や渦巻きにしたオーソドックスなもの、果てはプロ仕様の難しい物までいろんなものを作っている。
言うまでもなく、子供たちが触っているのは型抜きをするだけの簡単なものか生クリームのホイップ、せいぜい市松模様や渦巻きになったクッキー生地を切りそろえるぐらいまでだ。流石にシュー皮などは初心者の手に負えるものではないので、全てなのは一人で鼻歌交じりで作っている。
「じゃあ、そろそろ焼こうか」
「ママ、どれぐらいで食べられる!?」
「十五分ぐらいかな?」
食堂にある業務用のオーブンに、たくさん並べたクッキーを入れてタイマーを設定する。なお、なのはをママと呼んでいるのは、先日クアットロをどつき倒して保護した聖王のクローン体である。名前はヴィヴィオというらしい。何故かなのはとフェイトをママと呼び、本当の子供のように懐いているが、なのはもフェイトもこんなでかい娘はいない、などと余計な事は一切言わず、十分に甘やかしながらも駄目な事は駄目だとしっかり教える、という、ある意味母親の鏡ともいえる態度で接している。
因みに、なのは達の洗脳の成果か、子供なりに一段違う親密さを感じ取ってか、優喜の事をパパと呼び、その流れですずかや紫苑もママと呼んでいる。初対面のプレシアをおばあちゃんと呼んだときなどは、プレシアが感激のあまり熱烈なハグをしていたのはここだけの話だ。一緒に作業をしているトーマとリリィにも、実の妹のごとくよくなついている。
今のところ、心身ともにこれといって大きな問題は起こっていない。しいてひとつだけ気になることをあげるとすれば、やたらと竜司の体をよじ登りたがる事と、そのときのヴィヴィオの目の色が、幼子の癖に女のそれに見えることぐらいだろうか。竜司に含むところはないが、年齢差と対格差がどれだけあるのかという、世間体の部分で少しばかり拒否感がある。主に竜司のために。
「こっちの方は、そろそろクリームを塗ればいいかな」
シュー皮にカスタードやホイップクリームを詰めていたなのはが、ロールケーキのスポンジを確認してそう宣言する。それを聞いた三人が、好奇心にあふれた視線を向けて、なのはの手つきを観察している。その視線を感じながら、手際よく必要な厚さにクリームを塗りのばしていく。
「くるくるっと、これで完成。」
魔法のような手つきでクリームを塗り終え、綺麗に巻き上げるなのは。そこそこの長さはあったのだが、宣言してから一分とかかっていない。量産を前提としたプロの技が光る。
「なんや、美味しそうな匂いがしてるやん。」
「はやてちゃんは休憩?」
「そんなとこやな。それにしても……。」
テーブルの上にならんだ作りかけと完成品の数を見て、思わず呆れたように言葉を継ぐはやて。
「またようさん作ったなあ。」
「元々、あっちこっちに差し入れする予定だったから結構多めに作ってたんだけど、この子たちに教えながらだったから、予定よりかなり量が増えちゃってね。」
「さよか。」
どうやら、子供たちにいいところを見せたくて、かなり張り切ったらしい。
「しかし、朝の鍛錬してから、朝食のピークタイムと昼の仕込み時間避けて準備したんやろ? ようこんな量作れるなあ」
「そこはそれ、翠屋の厨房で鍛えられてますから。」
なのはがアイドルと学生の二足の草鞋の隙間を縫って、結構な頻度で翠屋の厨房に立っていた事は知っている。さらに言えば、乏しい時間をやりくりして、結構頻繁にあちらこちらへ差し入れのお菓子を作って持って行っているのも、六課では周知の事実だ。その経験が、生地を寝かせたり焼いたりというどうにもならないもの以外、限界まで作業時間を短縮する技につながっているようだ。
「ママ、すごいんだよ!」
「まるで魔法みたいに、いろんなものを次々と作るんですよ。」
「なのはさん、実はすごく家庭的な人だったんだな、って。」
「そらまあ、あの砲撃とか歌とか聞いたら、実は料理と裁縫が得意って言う事実はギャップがあるやろうなあ。」
「そこは、割とはやてちゃんも人の事は言えないとは思うけど?」
差し出されたロールケーキをつまみながら、にっと笑ってそうかもしれないと同意するはやて。実際のところ、チビ狸だなんだと呼ばれるようになってきてはいるが、はやてもどちらかと言えば、家事や料理に生きがいを感じるタチだ。
「ああ、幸せな味や……。」
「美味しい!」
とりあえず、ワイワイ話しながら、完成したロールケーキをみんなでつまむ。そうこうしているうちにクッキーが焼き上がり、オーブンから出されてさまされる。
「こらまた、立派な奴が出てきたなあ。」
「ヴィヴィオも手伝ったんだよ!」
「ほほう? どれがヴィヴィオの作品なん?」
「お星さまとお花!」
言われて、キッチンペーパーの上に等間隔で並べられたクッキーを眺める。すぐにヴィヴィオが言ったものがどれか理解し、正直な感想を言う。
「上手に抜けてるやん。」
「でしょ?」
生地を用意したのがなのはである、なんてことは言うまでもないので、ヴィヴィオが行ったであろう作業を褒める。実際、まだ小学生になったかならないかぐらいのヴィヴィオの場合、たかがクッキーの型抜きといえども、綺麗に抜くのは意外と難しい。
「……あかん、ここ居ったらぶくぶく太りそうや……。」
「そんなに気にしなくても大丈夫だと思うけど?」
「甘いで、なのはちゃん。私と自分らとでは、基礎代謝も日ごろの消費カロリーもけた違いやねんから。」
「そうなのかな? 結構魔法とか気功とかで楽してるから、そこまでではないと思うんだけど?」
「そこの認識の違いは、何時間かけて話し合っても、多分埋まらへんやろうなあ……。」
はやてのぼやきに苦笑するなのは。
「ママ、おねーさん、お腹ぽよぽよ?」
「お菓子食べすぎたらそうなるかも、っていうお話。」
「でも、ママもおねーさんもここはぽよぽよ。」
「この年でそこがぽよぽよやなかったら、女としてはいろいろショック大きいで……。」
そんな緩いやり取りをしていたら、妖精サイズの女の子が二人、ふよふよと飛んでくる。
「なんかうまそうな匂いがしてるじゃねえか。」
「なのはちゃんがクッキーを作ってるのですよ。」
「よかったら、持って行く?」
「いいのか!?」
その言葉に、喜色満面といった様相で、出来上がったクッキーの物色を始めるフィーとアギト。
「あんまり食べたらご飯入らんようになるから、三枚ぐらいにしときや~。」
「分かってるって!」
「うう。でも、ども魅力的なのですよ……。」
などとやっている融合騎たちを、ニコニコと眺めるなのは。あれこれ騒ぎながら、それぞれに三枚ずつを選んでそのまま食堂スペースに飛んでいく。
「やっぱり、私も欲望に負けて、二枚だけもらってくわ。」
「うん。どうぞどうぞ。」
ヴィヴィオが型抜きをしたプレーンの物と、素人にはできない手の込んだものを一つずつもらって、そのまま支配人室へ戻るはやて。それを見送った後、十分に冷めたクッキーを、適当に小分けして袋に入れていくなのは。それを見て、お手伝いを再開する子供たち。
「そろそろ、他の人たちも休憩の時間だし、ちょっと配って来ようか?」
「「「は~い!」」」
「相変わらず、お見事で。」
「全く、下手に店で買うよりうまいんだよな、お前の作るお菓子って。」
「あはは。気に入ってもらえて何よりで。」
翌日。歌番組の収録スタジオで、出番が終わって控室で休憩中の事。折角だからと、昨日作ったシュークリームやクッキーをスタッフや出演者に振舞っていた。
「そう言えば、フェイトちゃんは昨日、なにしてたんだっけ?」
「私の方は、新しいぬか床を作って、いろいろ調整してたんだよ。あと、久しぶりに金山寺味噌とかも仕込んでたし。」
「お前も相変わらずなんだな……。」
「ここのところ忙しくて、あんまりそう言う仕込みができなかったから。」
フェイトの回答に、思わず呆れてしまうレディスバンドのリーダー。ソアラも苦笑を浮かべている。
「何にしてもこれ、十分に金が取れるレベルだぞ。」
「うんうん。売ってたら普通に買うかな。」
「因みに、いくらぐらいなら買う?」
「そうだな……。」
「あそこの店のクッキーがこのぐらいの量で……、となると……。」
冗談で聞いてみた質問に、割と真剣に考えてえらく生々しい値段を提示してくる。
「お店やるんだったら、そこらのスイーツより高めに設定しても、十分売れると思うよ。」
「常連になりそうな奴が、最低でも三十人はいるからな。」
「そうかなあ?」
こういうコメントはリップサービスが多いので、話三割ぐらいで受け止めるなのは。
「なのはの実家って、喫茶店なんだって?」
「うん。」
「だったら、自分の店を持つのって、憧れがあるんじゃない?」
「……正直言うと、ね。」
最近、自分の店、というものに対する気持ちが徐々に膨らんできている。ナンバーズやフェイトが保護している施設の子供、果ては先ほど一緒に仕事をした子役タレントとその保護者からも、多分お世辞ではないだろう評価を受けた事が、そのくすぶっている思いを、少しずつ大きくする。
「やっぱり、私の作ったお菓子や料理を、もっといろんな人に食べてもらいたい、って言うのはあるよ。それに、自分の実力を知るには、直接お金をもらって評価してもらうのが一番だし。」
「ま、そうだわな。」
「消費者は正直で、しかも容赦がないから。タダでもらったものにはケチをつけにくいけど、お金払うんだったらいくらでもいえるからね。」
リーダーとソアラの言葉に、真顔で頷くなのは。
「ま、すぐには無理だろうけど、その気になったら言って。これでも結構伝手とかあるから、いろいろ協力できると思う。」
「そうだな。お前達も、保護して面倒見てる子供とか増えて来てんだろう? この仕事も管理局の仕事もあんまり子供を育てるには向いてないし、二人のうちどっちかが、安全で時間を作りやすい仕事に転職するのもありだと思う。」
「……ん、ありがとう。」
「あ、先に言っとくけど、これでライバルが減ってくれたらありがたい、とか、そんなせこい事は考えてねえからな。むしろ、なのはぐらい実力がある歌手がやめちまうのは、正直あんまり嬉しくはない。」
「分かってるよ。」
リーダーの言い訳じみた言葉に、小さく苦笑を洩らしながらそう頷く。なんだかんだ言って、チャレンジしてみる決意だけは固めてしまった、そんなある日のなのはであった。
2.ある日のデバイス達
「……本当に、これをやるの……?」
「ああ。」
「……どうして私たちに……?」
「我々は、一応デバイスというくくりに入るからな。」
「それ、理由になってませんです。」
ヴィヴィオを保護してから、何日かすぎたある日の事。定期健診を受けていたデバイス達を集めて、ブレイブソウルが前々から温めていた企画を話した。
「何、なんだかんだ言って一緒に行動することが多い割に、何気にこの面子だけで何かをした事がないな、と思ってな。」
『当たり前です。』
『私とレイジングハートは、基本的に主の手元を離れる事は無いからな。』
「それに、レイジングハートとバルディッシュは、基本的に自立行動をするようには作られていないのですよ。」
ユニゾンも飛行移動も後付けの機能であるレイジングハートとバルディッシュは、基本的に主から離れて勝手に行動すると言う思想は無い。そもそも、手持ち式のデバイスとしては、ブレイブソウルがいろんな意味で特殊なのだ。
「だが、出来ん訳ではなかろう?」
『ええ。確かに不可能ではありません。ですが……。』
『サーの手元を離れて、そんな余興に手を貸すような余裕が、今の広報部にあるのか?』
「そんなもの、どうとでもなるさ。」
やけに強気なブレイブソウルに、いろいろと投げた雰囲気を纏うデバイス達。
「それにな。新参者のアギトを溶け込ませるのに、我々からこういう一見くだらない事を一緒にやろうとアプローチするのは、それなりに効果的だとは思わないか?」
「残念ながら、一理あるのですよ。」
「……だけど、企画を考えると、人数が少ない……。」
リインフォースの指摘に、にやりと笑って(アウトフレーム未展開なので、実際にどんな表情なのかは分からないが)、挑発的に言葉を継ぐ。
「大丈夫だ。美穂も巻き込む予定だし、そもそも私とレイジングハート、バルディッシュはデュアルコア仕様だ。二役ぐらいはできるさ。だろう?」
『残念ながら、不可能とは口が裂けても言えませんね。』
『こんな事に使う想定ではないが、な。』
ブレイブソウルの挑発的な一言に、しぶしぶと言う感じで答えを返す、今一乗り気ではないデバイス二機。
「では、何の問題もなかろう?」
「……残念ながら、思いつかない……。」
「ブレイブソウルの企画、という懸念事項を横に置いておくのなら、はやてちゃんもなのはちゃんもフェイトちゃんも、駄目とは言わないと思うのですよ……。」
「そう言う事だ。因みに、もう企画書を隊長勢に提出して、許可は取ってある。」
「……いつの間に……。」
「この話題の最中に、な。」
こういう事ばかり、無駄に効率よく話を進めていくブレイブソウル。能力の無駄遣いとはよく言ったものだ。おかげで、裏でそれなりに役に立っていると言うのに、全然仕事をしているイメージがない。
「では、アギトを呼んで、さっさと配役をきめようか。」
話を聞いてしまった時点で、すでに勝敗は決している。そう悟って、この駄目デバイスの口車に乗ってやる事にする。
「まずは加藤からだ。」
「「『『加藤!?』』」」
翌日の晩。無謀にも、配役と台本の読み合わせ程度しかしていない、というレベルで本番を迎えさせられるデバイス達。ぶっちゃけた話、純正ユニゾンデバイスの三人はともかく、ユニゾン機能付きと表現するほうが正しい三機に関しては、台詞や細かい挙動など、データインストールで基本的にとちる事は無いのだから、時間をかける意味が薄い、というのが実態だ。リインフォース達も普通の人間よりは記憶力がいいので、後必要となるのは舞台度胸だけである。
とはいえ、舞台度胸、という点では、美穂とリインフォースという二大人見知りが居ることを考えれば非常に心もとないが、こればかりは時間をかけてもどうにもならない。どうせ美穂は台本をそのまま朗読するだけだし、リインフォースはそれほど出番がある訳でもない。それに、こういうのは、尻を決めてぶっつけ本番という形に追い込んだ方が、往々にしてうまくいくものである。
そんな訳で、史上初のデバイス達が主体となったイベントが幕を開けたのであった。
「なんか、初っ端からいろいろと不安を誘うスタートね。」
「このBGM、非常にあれだよね……。」
「本当に、私たちが知っている西遊記なのかしら?」
一発目に流れたBGMが、早速子供たち以外の観客一同の不安を誘う。現実逃避するように淡々と台本を読み上げる美穂が、その態度で細かい突っ込みは後にしろと雄弁に語っている気がする。
「……ねえ、優喜君。」
「……何?」
「西遊記に、加藤なんて出てきたっけ?」
「人形劇やからなあ。」
なのはの質問に答えたのは、優喜ではなくはやてであった。
「どういうこと?」
「まあ、そう言う事や。と言うか、人形のデザインが、全てを説明してると思うけど?」
「……なんで、ド○フなんだろう……。」
「そらまあ、人形劇で西遊記、って言うたら、ド○フやから。」
はやての説明に、結局釈然としない物が残るなのは。とは言えど、なのは達が知らないのも無理はない。何しろ、ド○フの西遊記なんて、彼女達が生まれる前の物だ。彼らのコントすらほとんど見たことがないなのは達に、DVDなどの媒体で販売されていない物を知っていろと言う方が難しいだろう。
むしろ、なのは達にとどめを刺したのが
「「「志村~! 後ろ後ろ~!」」」
子供たちが一斉に、その掛け声を唱和した事であろう。
「……はやてちゃん。」
「……何?」
「エリオたちどころか、ヴィヴィオまでに何を仕込んだの?」
「子供は、ああいうベタなコントが大好きなもんやで?」
どうやらはやてとブレイブソウルは、裏で手を組んでやらかすだけやらかしたらしい。後で仕込んだものを見せてもらった時に、普通に素直に面白いと感じて爆笑してしまったのが、やたらと悔しいなのはとフェイトであった。
3.ある日のブレイクタイム
「リーダー、元気だしなよ。」
「このバンドが、リーダー抜きで成立しない事は、私たちが一番よく理解していますわ。」
三期生のガールズバンド・ブレイクタイムのリーダー、セレナ・アックオードは、今日もまたへこんでいた。
「リーダー、いっそメインヴォーカルやる?」
「それでもいいんだけど……。」
ブレイクタイムの楽器編成は少々独特で、リードギターとドラムが居ない代わりに、リコーダーとカスタネットが入っているのだ。この妙な楽器編成は、歌も含めて何でもこなすリーダーが、楽器だけはどれだけ練習しても身につかず、またリコーダー担当のミューゼル・フォードもリコーダーしか扱えるようにならなかった、と言うあれで何な理由からである。
そのため、ライブでは基本的に、ドラムパートは録音の物を使うしかないと言う体たらくで、地味に広報部の頭を悩ませている要素である。また、それゆえに、カスタネットなどと言う微妙なリズム楽器を使い、基本ダンスとコーラスパートを担当するセレナは、ファンからいらない子扱いされているのだ。
ならば、まともに歌えるのであれば、リーダーをヴォーカルに回せばいいのでは、とはだれもが思う事なのだが、それをすると今度は、他の三人と隔絶した歌唱力で全体のバランスが崩れ、今よりひどくなってしまうと言う問題がある。今、メインヴォーカルをやっているベーシストのパティ・レクサスも音痴ではないのだが、セレナのアシストでソロの三倍は上手に聞こえている、というのが実際のところである。これは、もう一人のメインヴォーカルをかねる、キーボードのエリーゼ・キューブも同じことであり、逆に彼女達をコーラスに回すと、足を引っ張るかかき消されるかの二者択一なのだ。
「とりあえず、いっぺんリーダー抜きのステージをやって、ちょっと記録してみようか。」
「そだね。ミューゼル。」
呼びかけに対して、リコーダーを上げて返事をするミューゼル。基本的にめったなことで声を出さない彼女だが、メンバーの中で一番人懐っこかったりもする。
「じゃ、レッツ・ミュージック!」
セレナ以外が位置についたところで、いつもどおり演奏を始める。やはり、予想通りコーラスで支えてもらわないと、どうしても高音部分の不安定さや、低音部分の迫力不足が目に付く。ステージ全体で見ても、長身で手足が長く、メリハリが利いた体型のセレナがいないと、いまいち締まらないものがある。
「やっぱり、リーダー抜きだとしっくり来ないよね。」
「難しいですわね。」
パティの言葉に、エリーゼも困ったようにうなずく。セレナが何か楽器を覚えれば話は早いのだが、この件に関してはどういうわけか、なんでも器用にこなすリーダーが破滅的な不器用さを発揮してしまうのである。せめてドラムでいいから覚えたいと本人も必死なのだが、いまだに実を結ぶ気配はない。
「やっぱり、あたしたちがコーラスに回れるぐらいまで特訓するしかないか~。」
「長い道のりです。」
「それもありがたいんだけど、私は戦闘でも要らない子扱いされてるから……。」
「そりゃ、支援魔法って地味なことが多いからな~。」
セレナも広報部に配属されるだけあって、資質の面では多大な問題を抱えている。攻撃魔法の制御にとことんまで適性がなく、発動はできるがまっすぐ飛ばす以外のことはできず、威力の調整も不可能なのだ。かろうじて非殺傷設定はできるのだが、命中精度に問題がありすぎる上、フレンドリー・ファイアの危険が大きすぎるため、単独か、なのは達クラスの間同士と組ませる以外では、攻撃要員として投入できない。そのくせ、魔力量と出力は一流レベルなので、かなり扱いが難しいのである。
しかも、セレナの支援魔法はなのは達と同じ、つまり出力で無理やりごまかしてやる感じであり、広報部で鍛えられるまでは、才能はあるが実用に耐えるレベルになるのは絶望的、と思われていた人物なのである。管理局に限らず、こういうパターンで素質が死んでいる人物は結構いるらしい。
「もう少し、ダンスが派手になるように考えてもらおうか。」
「そうですわね。」
などといっているうちに、出動要請がかかる。
「みんな、出動!」
「「「了解!」」」
出動要請のときは、ミューゼルも声を出すらしい。十代前半の元気よさを持って、今日も今日とてブレイクタイムは戦いに赴くのであった。
「数が多い!」
濃い声でぷるぁ! ぷるぁ! と叫びながらにじり寄ってくるレトロタイプの群れに、疲れをにじませながらパティが衝撃音波を発射し続ける。
「リーダー! 増幅魔法をお願いしますわ!」
エリーゼの言葉にうなずき、最大性能の増幅魔法を発動させる。
「私が砲撃を使えば、ちょっとは数を減らせると思うけど……。」
「場所が悪すぎますわ! リーダーの砲撃は、もっと開けた場所じゃないと!」
「そうなのよね……。」
困り顔のセレナに、申し訳なさが微妙にこみ上げてくる。だが、リーダーの攻撃魔法は切り札であると同時に、弱点でもあるのだ。難儀なことに、彼女たちの得意技配分では、こういったやや狭い場所で雑魚がわらわら出てくるシチュエーションには向かない。しかも、こいつらは出動してみないと、どれだけの物量を用意してきているのかが分からない、というのも痛い。せめて、もう少し障害物が少ない開けた場所か、もしくは一対三から四程度の数に収まる場所に誘い込めればよかったのだが、相手の誘導に失敗して、一番不利なシチュエーションで戦闘に入ることになってしまった。
それでも周囲に被害が出ていないのは、セレナが有り余る出力と魔力量を生かした力技で、やたら巨大なバリア魔法を方々に張り巡らしているからである。だが、これまた見た目には地味であるため、彼女がどれだけ貢献しているのか、一部の実力者以外には理解してもらえない。なお、言うまでもなく、広報部で身に着けた特殊技能がなければ実現不可能である。
「出力をあげたバリアを重ねがけして、砲撃で一網打尽、とか?」
「自分のバリアを自分で撃ち抜くだけじゃないかな?」
「駄目か~。」
物理的な投擲武器を魔力で作り上げ、直接投げつけることで行っていた細かなフォローの手を止めず、却下された意見を名残惜しそうに没にしていると、人を小馬鹿にするような声が。
「ふん。音に聞こえた広報部といえども、出来損ないを抱えたチームの一つや二つはあるか。」
自分達が優勢だと見たらしく、今回のテロ行為を指揮しているらしい男が、ニタニタと笑いながらわざわざ姿を見せる。
「出来損ない?」
「ろくな支援もできん女を出来損ないといって何が悪い?」
ろくな支援ができていないのはもともと支援が専門ではないのだから仕方がないのだが、そんなことは敵対者には関係ない。
「今も、こんな初歩的な手段で追い詰められている。そこの出来損ないがまともな魔導師なら、もっと楽だったのになあ。」
いやらしい笑みを浮かべながら、そんな戯言を言ってのける男に、殲滅する手を止めずに、どうしたものかと顔を見合わせる一同。ぶっちゃけた話、今劣勢なのはセレナがどうとかそういう問題ではなく、単純に対応を間違えて多対一の状況を強制させられているからだ。本来、今居る場所は籠城や敵の分断に向いているため、上手く立ち回ってさえいれば、少数相手の制圧力は管理局でも指折りの彼女たちが苦労する相手ではないのである。ここら辺はむしろ、経験不足からくるチーム全体のミスだ。
「腐った管理局でその立場に居る、と言う事は、余程上手く立ち回ったらしいな。どうせ、その男好きする嫌らしい体で、色仕掛けでもしたんだろう? まだガキのくせに、好き物そうな顔をしている。」
流石に一方的な言葉は、比較的温厚なセレナでも頭に来たらしい。顔は先ほどまでのどこかとぼけた表情を保っているが、その雰囲気は見る見るうちに冷たくなっていく。
「ほらほら、どうする? 脱いでその股を開けば、もしかしたら命だけは助かるかも知れんぞ?」
徹底的に馬鹿にしきったその言葉に、セレナの堪忍袋の緒が切れた。コントロールがいろいろ甘いから、もっと形になるまで絶対に使うな、と言われていた魔法を発動する。
地面から凶悪な威力の極太の魔力砲が発射される。狭い空間で密集陣形を取っていた小型レトロタイプは、ひとたまりもなくその破壊光線に飲み込まれていく。突然の事に泡を食っている指揮官に、一足飛びで近付いていくセレナ。
「あまり、人の事を色情魔みたいに言わないでくださいな。」
冷ややかに笑いながら左手で男の額をむき出しにし、右手のカスタネット型デバイスを振りあげる。抵抗しようにも、距離を詰められた段階で気脈を崩されており、身動き自体が取れない。そのまま容赦なく振り下ろされたカスタネットは、鈍い音を立てて容赦なく男の眉間に食い込む。
「リ、リーダー!」
「それやっちゃ、ただの汚れに!」
「色ボケだと思われてる時点で、失うものなんてないわ。」
なんともまあ、切れた笑みを浮かべるセレナ。その表情が、まだ十二歳だとは思えないほど妖艶で、思わず動きを止めていろんな意味で生唾を飲み込んでしまう一同。指揮官が攻撃を受けてもなお攻撃していたレトロタイプまで、どういうわけか動きを止めてカメラアイをセレナに向けて固まっている。
「……リーダーだけを汚れにはしない!」
「今こそ、ブレイクタイムの結束の強さを見せるときですわ!」
頭をかち割られて気絶した指揮官を放置し、動きを止めているレトロタイプの眉間を砕きに行ったセレナを見て、ようやく我に返る他のメンバー。もっとも、言っている内容からすると、思考は戻っていても、正気には戻っていない雰囲気がひしひしと伝わってくるが。
「今日はサバトだ!」
「徹底的にやりますわよ!」
「お~!」
古きよき時代のロックミュージシャンのごとく、力いっぱい楽器を振り回してレトロタイプを粉砕していくブレイクタイム。相手の言動やらなにやらに問題があったこともあり、さすがにこの日の映像はお蔵入りになるのであった。