「ねえ、ティア。やめようよ……。」
「そうですよ、ティアナさん。無理してもなにもいい事はありませんよ……。」
「アンタ達に付き合え、とは言わないわよ。」
夜のトレーニング終了後、ジャージのまま出て行こうとするティアナを、スバル達三人は必死になって止めていた。
「ティア、焦るのも分かるけど、それ以上のトレーニングは逆効果だよ?」
「どうしてそう言いきれるのかしら?」
「優兄が、そんな余力を残すほど甘いカリキュラムを組んでる訳ないって。」
「そうですよ、ティアナさん。優さんは毎度毎度、これ以上やったら日常生活に支障が出た揚句に、トレーニングの効果を潰しかねないぎりぎりまでしごいてくるんですよ?」
「ティアナさん、大人しく優喜さんやなのはさんと相談して、ちゃんとしたカリキュラムを組んでもらってやりましょうよ。」
どうせ言っても止まらないだろう、とある種の諦観を持ちつつも、それでも必死になってティアナを引きとめようとする三人。ここ一週間、同じやり取りをずっと繰り返しているが、ティアナが聞く耳を持ってくれた事は一度もない。正直、無理をするのはティアナの勝手だし、無理をしなければいけない時もあるのだが、流石にその弊害が無視できなくなってきている。
一番大きな弊害は、歌やダンスのレッスンに関して、ティアナのミスが目立って増えてきたことだ。それぐらいの事で相方をなじったり見捨てたりするスバルではないが(なにせ、日ごろは自分の方がもっとたくさん迷惑をかけている)、いつか致命的な失敗をやらかさないか、そっちの方で気が気でない。
「ティア、デバイスの仮想シミュレーターなら付き合うから、さ。」
「あれやって、本当に強くなってると思うの?」
「でも、なのはさん達も、あれで戦術パターンを増やした、って言ってましたよ?」
「確かに、戦術パターンは増えるでしょうね。」
ティアナとて、その効能を否定する気はない。だが、戦術パターン以前に、そもそも取れるオプションが少なすぎる。六課の連中ときたら、揃いも揃って光学迷彩も幻影も通用しない連中ばかりだ。しかも、原理はよく分からないものの、リインフォースが夜天の書で同じ事をやってのけた時に、ティアナにもはっきりと本物と幻術の区別がついてしまったのだ。クロスミラージュやマッハキャリバーはきっちりと騙されていたと言うのに、である。一応、ナンバーズをはじめとした他の相手には通用すると分かっているため、とりあえず少しでも精度を上げるためにいろいろ工夫はしているが、いまいち戦術オプションとして組み込むことにためらいがあるのである。
そして、それ以外となると単純な射撃と砲撃しか能がない、というのが現状のティアナであり、しかも他の三人と違って、極端に機動力で劣る。単体ならティアナとキャロの足はそれほど差はないが、キャロにはフリードをはじめとした召喚術という補助移動手段がある。それがまた、チームとしても個人としても、取れる行動の選択肢を大きく奪っている。
飛行も高速移動魔法も現状での習得は困難だ。ならば基礎能力を底上げして、少しでも早く動き回り、少しでも遠くの相手をねらい打てるようにするしかなく、そうなるとティアナの知識では、基礎鍛錬を増やして体力をつけつつ、出来るだけ効率の良い体の動かし方を身につける、以外の手段が思い付かないのだ。
「でも、パターンを増やせるほど、あたしが取れる選択肢がないのよ。」
「ティア、少なくとも今は、全部一人でどうにかする必要はないんだよ?」
「分かってるわよ、そんな事。」
「分かってない!」
スバルの言葉を聞いたティアナは、少し悲しそうな顔で首を左右に振ると、そのまま強引にスバル達を押しのけてどこかへ走り去ってしまった。
「今日も無理でしたね……。」
「ああなったらティア、なかなか言う事を聞いてくれないから……。」
「レトロタイプを仕留めた手段を注意されたの、そんなに堪えたんでしょうか……?」
「それもあるとは思うけど、自分がこの部隊で一番弱いって思ってるから……。」
実際のところ、一番弱いという認識自体は正しい。だが、ティアナに求められているのは、個人の戦技の向上よりも集団での戦術強化、それも固定チーム以外の組み合わせにおける連携をどうにかすることだ。そこには、ティアナ個人の戦技はそれほど関係してこない。
「……なのはさん達に、相談かな?」
「多分、優さんが気がついてない、ってことはないと思うんですけど……。」
エリオの言葉に同意しつつも、優喜だと知ってて放置する可能性もある、と頭の片隅で考えるスバル。
「とにかく、明日どうにかしよう。」
「「了解!」」
結局、今日はもはや手詰まりだと判断し、やるべき事を先送りにするスバル達であった。
「ねえ、優喜君……。」
「ティアナの事、でしょ?」
「分かってるんだったら……。」
「ちょっといろいろ考え中。」
なのはとフェイトの咎めるような視線に苦笑しつつ、とりあえず思うところを整理する。正直なところ優喜としては、ティアナをそこまで丁寧に育てる理由もモチベーションもそれほどない。何しろ、今までの弟子と違い、年齢的に最低限の判断ができる程度には育っているし、体の方も大方成長が終わっている。ミッドチルダなら十分に自己責任という考え方が適用される年であり、今までのなのはやエリオ達のような年の子供と同じように、事細かにきっちりフォローして育てる必要があるのか、という点について、かなり疑問に思っているのだ。
とはいえど、行き詰っている人間を完全に放置して破滅するのを眺めているのは、それはそれで後味が悪い。最低限のフォローはするが、それを受け入れるかどうか、こちらの指示に従うかどうかまでは知った事ではない。こちらの指示が間違っていたならまだしも、言う事を聞かずに自滅した人間を助けるほどの情熱は、少なくとも二期生以降の弟子に対しては持ち合わせていないのだ。
正直、門下生も増え、フォローしなければいけない範囲も広くなり、それ以外にもいろいろと懸念事項を抱えて動き回っているのだから、子供ではない人間の暴走を全身全霊をもって止めるほどの余裕はない。近いうちにもっとたくさんフォローする必要がある人間がこちらに来る以上、自己判断で無茶をやっている人間を力づくで軌道修正するのは、他の誰かに丸投げしたいところである。
「まず、薄情な事を言わせてもらうなら、ね。」
「うん。」
「ティアナの年なら、体が出すシグナルを無視して無理を重ねる事については、その結果も含めて自己責任だと思ってる。」
「……優喜君?」
あまりに薄情な事を言い出す優喜に、思わず結構やばいレベルの殺気をにじませてしまうなのは。それを気にせずに言葉を続ける優喜。
「それに、オーバーワークで体を壊さないと分からない事、ってのもあるし、今のあの子みたいなタイプは、自分で失敗しないと理解しないだろうし。」
「優喜、体を壊さないと分からない事を、体を壊す前に理解させるのも、指導者の仕事だよね?」
「理想を言えばそうだけど、生憎と、こっちを信用してなくて聞く耳を持ってない相手に、言って聞かせる方法を持ってない。師匠ならどうとでもするだろうけど、ここら辺が僕の限界。」
信頼関係を築けていないと言うのは、双方に問題がある事がほとんどだ。今回の場合、正体不明の胡散臭い女顔、という第一印象を一向に修正できないティアナはもちろん、彼女の第一印象を理解していながら、特に対策をうっていない優喜にも大きな問題がある。こういう場合、本来なら肉体年齢も実年齢も年上の優喜が歩み寄って、いろいろと関係改善のために動くべきなのだろうが、残念ながら彼が面倒を見ているのはティアナ一人ではなく、また、請け負っている仕事の量についても、場合によってははやてを上回る事すらある。
結局のところ、優喜一人でこなせる仕事量ぎりぎりをどうにかさばいている、というのが現状である以上、どこかでなにがしかの不具合が出るのは当然なのだ。そもそも、なのは達やフォルク相手に随分と丁寧に指導していたり、あっちこっちから結構な無茶ぶりを特に文句を言わずに引き受けていたりするため勘違いされがちだが、優喜は本質的には、自身のための人間関係には一切気を使わないタイプだ。孤立しようが、誰から嫌われようが、基本的には全く気にしない。多分、なのはの部下ではやての今後の評価に関わる、という事がなければ、ティアナの事もかつてのクラスメイトと大差ない扱いをしていただろう。
「とにかく、この件に関しては、僕をあんまり当てにはしないでほしい。」
「……分かったよ。私達の方で、できるだけフォローする。」
「お願い。まあ、どうせ現状を維持しても壊れるまで無茶するだけだろうし、結構なリスクだけど鍛錬のレベルを上げてみようかとは思ってる。」
優喜の宣言に、思わずフェイトと顔を見合わせて、恐る恐る質問をするなのは。
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫とは言い切れない。正直、今やっても上手くいかなくて壊れる可能性は低くないと思ってる。」
「……それでもやるの?」
「現状だと必ず壊れるけど、鍛錬のレベルを上げても、壊れるとは限らない、ってところ。」
珍しく、優喜が自信なさげである。
「本音を言うと、今そのリスクを背負って鍛錬のレベルを上げるのは、正直避けたいんだ。」
「どうして?」
「竜司から連絡があって、来週ぐらいにあいつの身内が一人、こっちに来る予定なんだ。で、その子がものすごくフォローが必要な子なんだけど、今こっちに居る人間でそれができるのが、僕か紫苑しかいないんだよ。竜司自身は、さらにもう一週間ほど先になりそうだし。」
「それ、どんな子?」
「北神美穂って言う、竜司のいとこに当たる子なんだけどね。今小学校六年生、って言ってたかな? 両親がいなくて、竜司が小学校に上がる前から面倒を見てたんだけど、いろいろあってずっと不登校の引きこもりやってるんだ。向こうだと、竜司の家族以外じゃ、僕達竜司の同門と紫苑、それから師匠夫妻とその息子さんぐらいしかまともに話も出来ないほどの対人恐怖症だから、こっちに来て確実にフォローできるのは僕と紫苑だけ。」
「そっか……。」
またしても、実に難しい子供がこちらに来るようだ。多分、竜司がこちらに協力してくれる条件の一つであろうから、優喜にそっちのフォローをするな、というのは難しいだろう。
「まあ、その状況を打破できるかもしれないから、こっちに連れてくるか、ってことになったんだけど、ね。」
「どうして?」
「こっちは向こうと違って、いろいろと不思議なものが堂々と存在してるでしょ? 僕達が期待してるのは主にそこらへん。特に、フィーとフリードには、いろいろと頑張ってもらいたいところかな。」
「あ~……。」
「なるほど……。」
そういう意味では、ヤマトナデシコの三人目、崩壊した管理外世界の唯一の生き残りのミコト・フジョーも、期待を寄せる事ができる人材だ。何しろ彼女は、地球の物語で言うところのエルフの外見そのものなのだ。
「でも、それが状況の打破につながるかもしれないのは、どうして?」
「それはまあ、美穂の姿を見たらすぐ分かるよ。」
「そっか。」
「まあ、その美穂って子がどんな姿をしてても、竜司の身内なら別に驚く事ではない気はするよね。」
フェイトのコメントに苦笑しながら頷く。そろそろいい時間になってきた事を確認し、このまま妙な方向で空気が盛り上がらないように、とっとと夜の秘密会議を打ち切る事にする優喜であった。
「ティアナ、ちょっといい?」
「……なんでしょうか?」
「今から言う条件を飲むのなら、今日から訓練内容を一段上にするけど、どうする?」
優喜の台詞に、驚きの表情を浮かべて固まる新人たち。
「優兄、ちょっと待って!」
「何?」
「ティアは、訓練始めてまだ三カ月たってないんだよ!?」
「そうだよ、優さん! 無茶だよ!」
「僕も、本音を言うとまだ早いかも、とは思ってるんだけどね。」
スバルとエリオの抗議に一つため息をつきながら、この判断に至った理由を説明する事にする。
「今のまま続けても、実りがないまま故障するのが目に見えてるからね。」
「そ、それは……。」
優喜の言わんとしている事を理解し、反論できずに沈黙する三人。その様子にむっとしつつも、とりあえず下手に口をはさまない事にしたティアナ。
「正直言って、今訓練内容を引き上げても、上手くいく確率は三割ぐらいだと思ってる。」
「だったら、どうして?」
「現状のまま余計なトレーニングをするなって僕が言ったところで、ティアナは聞かないでしょ?」
「効果が見えない以上、独自に努力するしかない、という私の判断は間違っている、と?」
「そう言う事は、ちゃんと周囲の言う事を聞き入れて、自分の体調管理をきっちりできる人間が言うことだ。こういう言い方は好みじゃないけど、少なくとも、僕もなのはも、君よりは長く鍛錬を続けてきて、君よりはいろんな人間を育ててきてるんだ。その僕達の言う事を無視する以上、目先の成果にこだわった感情論ではなく、理論的に証拠を用意して否定して見せる事。」
いつになく厳しい優喜の言葉に、ぐっと詰まって下を向いてしまう。実際のところ、周りと比較して伸びているように見えないというだけで、竜岡式訓練法の成果自体は出ているのだ。単に、ティアナ自身が不信感から足りていないと勝手に判断して、勝手に自分でカリキュラムを組んでトレーニングを水増ししているにすぎない。
「そもそも、最初に言ったはずだよね。僕のトレーニング法は、基本的には毎日継続することが前提の、すぐに目立った成果が出たりしないものだって。」
「はい……。」
「毎日継続する上に他のトレーニングや実戦も入る以上、せいぜい絶対故障しないぎりぎりをちょっと超える程度にとどめないと、結局逆効果なんだよ。疲れを感じなくなったら、すでに故障に向かって一直線に進んでると思った方がいい。これも、最初に説明したよね?」
優喜の噛んで含めるような言葉に、反論できずに口ごもる。周囲を見ると、優喜が珍しく厳しい態度に出ているからか、驚愕の表情でこちらを見つめるスバル達が。
「ねえ、優喜さん……。」
「何?」
「あのボリュームで、絶対故障しないぎりぎりをちょっと超える程度、だったんですか?」
「正確に言うと、疲労を感じなくなるぎりぎり手前。本当はちょっとずつボリュームアップして、一カ月ぐらいかけてそのラインに持って行きたかったんだけど、今までそれだけの時間がもらえる事ってなかったから。」
優喜の説明に、乾いた笑いを浮かべて納得するキャロ。いつも長くて二年ぐらいのタイムリミットで、最低限度の気功戦闘ができるように鍛えることを求められるため、いつもしょっぱなから心をへし折るような内容になりがちなのだ。
「話を戻すと、すでにオーバーワークで体を壊しかけてるティアナに、いきなり訓練内容を強化しても逆効果だとは思うけど、現状のままだったら絶対納得しないでしょ?」
「周りが自分以上にきつい訓練をしている以上、それ以上をこなさなければ永久に追いつけないのではありませんか?」
「できもしないと分かってるくせに、よく言うよ。それとも、たかが二カ月で何年も鍛錬を続けている人間を追い越せないと駄目とか、ふざけた事を言うつもり?」
「……そうは言ってません。」
「ティアナ、君が言っている事はそういうことだ。」
本当に珍しく、優喜が怒っているように感じる。だが、大本となっている、ティアナが持つ優喜への不信感はともかく、現状の言い分はどちらに理があるか、など考えるまでもない。
「正直なところ、うちの師匠じゃあるまいし、時間かけて強くなれば問題ない人間に、死ぬかもしれないようなリスクを背負わせてまで鍛えるのは主義じゃないけど、そこまでやらないと気が済まないらしいから、今回だけは主義を曲げる。」
「優兄!」
「先に言っておくけど、今度こそ僕の言う事を無視して勝手にトレーニングを増やして、その結果廃人になろうが死のうが一切フォローはしない。壊れたくなければ僕の指示には絶対従う。無視した場合の結果について、誰にも一切苦情は言わない。内容を強化するのはそれが条件だ。」
「……分かりました。」
「OK。だったら今から始めようか。スバル達は、いつものメニューをやってきて。」
「優兄……。」
「優さん……。」
不安そうな三人を追い出し、トレーニングルームへとティアナを連れ込む。後に思い出す度に己の愚かさと無謀さでのたうちまわる事になる、ティアナ・ランスターにとって地獄の日々はこうして始まったのであった。
「ランスター先輩、大丈夫ですか?」
ヤマトナデシコの一人、ミコト・フジョーが、ゾンビのような顔色になっているティアナに、心の底から心配そうに声をかける。記念公演からこっち、日に日に元気が無くなっていくティアナをずっと気にしていたが、今日の顔は、いい加減洒落が通じないところまで来ている。食事も進んでいないようだったので、意を決して話しかけたのだ。
「大丈夫。新しいメニューが、ちょっと想像していたのとは違う方向できつかっただけだから。」
「無理はしないでくださいね。」
「無茶はともかく、無理なんて一度もしていないわよ?」
「それならいいのですけど……。」
いろいろなストレスで微妙に心がささくれ立っているのが分かりつつも、本当に心配そうに見つめてくるこの小さな後輩には、流石に邪険な態度も取れずにいい加減な返事を返してしまう。ミコトのとがった耳が、どことなく元気なさげに下がっているのを見ると、罪悪感で胸が少し痛い。
朝のトレーニング開始前の優喜の言葉は、一切嘘偽りは含まれていなかった。単純に、今までのトレーニング内容を水増しするだけかと思っていたティアナは、今までとは違う瞑想中心の訓練を言いつけられた時、内心ではかなり失望していた。その考えがどれほど甘かったか、というのを一時間後に身をもって理解する羽目になり、その時のダメージがずっと今も尾を引いているのだ。
「でも、一体どのよな訓練であれば、ランスター先輩がそこまで調子を崩されるのでしょうか?」
「どのような、というほどの訓練じゃなかったのよね、見た目は。」
若草色の瞳でじっとこちらを見つめるミコトに対して、とりあえずある程度正直に答える事にするティアナ。すっかり冷めてしまった朝食を、義務感だけでどうにか口に運び、むせそうになるのを根性で押さえて飲み込む。冷めても美味なのが救いではあるが、胃袋は全く受けつけようとはしない。
「ランスター先輩、胃が受け付けない時は、無理に召し上がらない方が……。」
「分かってるんだけど、食べなきゃそれはそれで命にかかわりそうな予感がするのよ……。」
「でしたら、シャマル先生に相談なされたらいかがでしょうか?」
「……そうね……。」
どうにも食べきれそうにない朝食を諦め、スプーンを置いて席を立つ。せめてスープだけでも、と思ったのだが、結局は無理だった。それでも、メニューを洋食にしたため、オレンジジュースとコーンスープ半分を口にすることができたが、これが和食だったら、多分みそ汁を半分は無理だっただろう。
「ちょっと、見てもらってくるわ……。」
「分かりました。私は、ナカジマ先輩に伝えてきます。」
「ありがとう、お願いね。」
ティアナの礼にふんわりと微笑むと、瞳と同じ若草色の髪をなびかせて、楚々とした態度を崩さずに、それなりに急ぎ足で食堂を出ていく。その後ろ姿を見送った後、かなりおぼつかない足取りでトレーを返却口に運び、食事を無駄にしてしまった事を謝ってから食堂を出ていく。
ふらふらと医務室に辿り着くと、シャマルはすでに点滴の準備を済ませていた。
「スバルかミコトから連絡があったんですか?」
「昨日の時点で、優喜君やなのはちゃんから連絡を受けていたから、多分こうなると思って、トレーニングが始まった時点で用意しておいたの。」
伊達に竜岡式と長い付き合いをしている訳ではない、ということか。ティアナの現状の実力では、訓練内容をレベルアップした場合、確実に医務室送りになる事は共通認識だったらしい。
「フォルク君でも、そのメニューに入ったのは始めてから四ヶ月半ぐらいしてからだったし、その時もひどい状態だったもの。」
認定ランクSオーバー、防御だけなら管理局でも十指に入り、特に正面からの攻撃を止める事にかけては、正規の局員の中ではNo.1と誰もが認める男ですら、今の段階に入るのにそれだけの時間を要したのだ。まだ絞り方が足りない上に、余計な事をしてオーバーワークになっていたティアナが、まともに耐えられるような類の物ではない。
「さ、横になって。」
シャマルに促され、素直にベッドに横になる。正直なところ、いい加減立っているのも辛かったのだ。素直に指示に従ったティアナの腕を取り、手早く点滴を打って毛布をかける。
「栄養剤を打っておくから、しばらく横になってて。終わったら、ドリンクタイプの総合栄養剤を出すから、それを飲んで昼まで安静にしておく事。いいわね?」
「はい。」
「素直でよろしい。」
本当に素直な反応を示すティアナに微笑むと、カルテを記入して、所属長であるはやてと直属の上司であるなのはに連絡を入れる。どうやら、双方ともに想定内だったらしく、すでにその前提で予定を変更済みだ、と返事が返ってくる。それがティアナにとっては非常に悔しく、情けない。
「ティアナちゃん、竜岡式のトレーニングが、どうして業務時間外にしかないのか、知っている?」
「……いいえ。」
「いろいろ理由はあるんだけど、一番大きいのは、それ以上やっても効果がないから、らしいわ。」
「効果がない……?」
「あくまでも私が聞いた話でしかないけど、朝と晩のそれぞれ二時間ずつで、疲労を感じなくなる手前まで一気に鍛えるから、それ以上やるとオーバーワークであっという間に体を壊すのよ。」
シャマルの言葉に、思い当ることがあって沈黙せざるを得ないティアナ。
「ですが、普通に結構な運動量のダンスのレッスンもありますし、頻度は少ないですが他の訓練もありますよね?」
「それを見越した上でメニューを決めてるのよ。それに、早朝にやってから晩まで本格的な訓練を入れないのは、ある程度疲れた状態で日常的な事を問題なくできるように体を慣らす意味と、仕事や勉強をしながら体力を回復できる体を作る、という意味もあるわ。実際、六課に来る前と比べて、疲れている時でも思考が鈍りにくくなったでしょう?」
「……言われてみれば。」
「竜岡式の最初の頃の効果って、地味で目に見えない部分が多いから、どうしてもハードな割に効果が薄い印象が先立つのよ。でも、本当は、その地味で目に見えない部分が、何をするにしても一番重要な要素になるのよね。」
シャマルの意見はいちいちもっともで、優喜相手に噛みついたときとはまた違った感じに、ぐうの音も出ずに降参させられてしまう。
「実際のところ、魔導師として最初に竜岡式で鍛えられたのが、なのはちゃんとフェイトちゃんだったからこそ、ここまで顕著に効果が表れた面が否定できないのが、この鍛錬法の難しいところなのよね。」
「どういう意味でしょうか?」
「簡単よ。普通の魔力容量Dぐらいの魔導師が、容量と回復力が倍になったところで、大した効果には見えないでしょう? それが成長期で、成長速度が三倍ぐらいになったとしても、ね。」
「……そう、ですね。」
高町なのはもフェイト・テスタロッサも、九歳の頃の鍛える前の魔力ですら、一般から見ると天才に分類できるだけのものを持っていた。そして、それゆえに、竜岡式、というより気功という技能の特性である、リンカーコアの魔力容量と出力、回復力を増やし、成長を爆発的に促進させるという効果がぞっとするほどの影響を見せたのだ。
これが、先ほどシャマルが例に挙げた、地上の平均ぐらいの存在であれば、二倍どころか三倍しても、成長周りの個人差で片付いてしまう程度でしかない。なのはとフェイトの伸びが、成長周りの個人差で片がつかないレベルだったからこそ、これほどまでに話が大きくなってしまったのである。
「今の段階で、あのメニューをこなせないのは、恥でも何でもないの。二期生と三期生は、一年かけてそのメニューに入ったのよ?」
「ですが、同じ事をやっていても、差が縮まる事はないのでは?」
「必ずしも追い付く必要もないとは思うけど……。」
劣等感を刺激され、とにかく焦りを隠せないティアナに対し、思わず苦笑してしまうシャマル。これは、フォルクの時以上に難儀そうだ。
「あなたの何倍ものメニューをこなしているからと言って、実力が何倍も伸びている訳じゃないわ。実際のところ、あのメニューのほとんどは、体力を落とさないようにするための物だし。」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。」
あまりに意外な言葉に、驚きの表情を浮かべるティアナ。
「それに、気功はともかく、それ以外はガンナーのあなたと相性がいいとは言えない物が多いし。」
「と、言いますと?」
「元々武術がベースだから、技が接近戦、それも素手で殴れる距離に偏りがちなのよ。キャロちゃんが喜々として使ってる発勁なんかが典型例だけど、気脈崩しとかも飛び道具でやるような攻撃ではないし。」
これが、優喜のような非魔導師ならともかく、なのはやティアナのようなケースでは、素直に非殺傷でぶっ放した方が早い。非殺傷設定の魔法だからと言って、必ずしも殺さずに済むと言う訳ではないが、気脈崩しも入れ方を失敗すれば重大な後遺症を残したり、下手をすれば殺してしまうこともあるのだからどっちもどっちである。せいぜい、AMF環境下や魔力切れ状態でも相手にダメージを与えずに制圧できる分、ティアナのような容量や出力がそこまで高くない人間にとっては、気脈崩しの方が多少優勢である程度だ。
「あなたは、二期生や三期生の子たちとは与えられた役割や期待されている内容が違うのだから、自分が強くなる事に対するこだわりをもう少しだけ押さえて、チームや部隊全体が強くなる道筋を見つけるのも、結果として自分を伸ばすことにつながるはずよ。」
「……善処します。」
シャマルの言葉に不承不承という感じで頷くと、用意されたドリンクタイプの総合栄養食を一息にあおり、もう一度体を横たえて瞳を閉じる。
目が覚めた時に用意されていた昼食は、フェイト特製の薬膳粥であった。
「ティアナを鍛えた感じで言える事は、すでに実戦を経験している一般の局員を鍛えるのは、無茶苦茶効率が悪い。」
「やっぱりそうなるか……。」
「これが、教導隊とかグランガイツ隊ぐらいのレベルならいいんだけどね。普通の地上局員ぐらいだと、きつさの割に効果が地味すぎて、多分モチベーションを維持できないはず。」
教導隊や首都防衛隊のレベルになれば、出力や展開速度、回復量などについて、小数点以下何桁の数値を争うような次元に達しているため、一般局員では認識も出来ないほどの変化ですら大きな成果と認識されるが、普通の武装局員はそうではない。
地上の局員の大半は、展開速度や反応速度を百分の一秒で争うような事件には関わらないし、そういう状況では無力である。出力が三倍になったところで、普通の手段ではAMF環境下でガジェットの装甲を貫く事は出来ない。魔力回復速度が何十倍になったとしても、使える魔法の性能がいいところチャージに時間がかかる威力Bの砲撃であるため、連射できるとしてもありがたみが薄い。
これが、エリオやキャロぐらいの年の子供なら、魔力容量DやEの子供が、最終的にAAに届きかねない勢いで育ったケースもあるため、それなりにモチベーションを維持しやすい。だが、成長期を過ぎると、とたんにリンカーコアを強化する性質が弱くなり、平均で二倍、いいところ三倍程度にしか強くならないのだ。幸いにして、ティアナはこの方面では、少なくとも地上の平均よりそれなりに上だったために、上手くいけば普通のAMFであれば小細工なしの魔力弾で貫ききれる可能性があるが、ほとんどの地上局員には、それは当てはまらない。
「ならば、どうするのが一番だと考えている?」
「まず、訓練に関しては、基礎体力をつける内容を一年ぐらいかけて、最低でも倍ぐらいには増やした方がいいと思う。」
「その程度でいいのか?」
「いい訳じゃないけど、あまり増やしても、故障者を大量に出すだけだしね。」
優喜の言葉に頷いて見せるゼストとゲンヤ。グランガイツ隊はともかく、陸士一○八部隊は地上の一般局員の部隊としては精鋭に分類されはすれど、あくまでも隊員の平均ランクはC程度である。その訓練内容は平均よりは厳しいとはいえ、教導隊や首都防衛隊には遠く及ばない。質・量ともにそのラインに乗せてしまうと、ついていけるのがギンガと、せいぜいカルタスぐらいしかいないのだ。
陸士一○八部隊でその程度なのだから、急激に、それも過激に訓練のボリュームを増やしても、なにもいい事はない。しかも、竜岡式の訓練内容は、やっている事こそ地味な基礎鍛錬ばかりであるものの、その内容は管理局一ハードな教導隊をもってして、顔を引きつらせる代物だ。もっとも、竜岡式から気功を抜いた程度の差しかない御神流にしたところで、アメリカ海兵隊の人間が「クレイジー」と天を仰ぐレベルなので、管理局だけがぬるい訳ではないのだが。
「しかし、ここにきて、実に考えさせられる話ばかりになってきたものだ……。」
「長年魔導師ランクにばかり目を向けて、訓練内容や戦術で状況をひっくり返す工夫、というやつがほとんどの部隊に欠けている事に気がつかなかったとは、な。」
グレアムとレジアスのため息交じりの言葉に、頭をかきながら、苦い顔で自分達の恥を自己申告するゲンヤ。
「まったく、情けねえ話ですがね。基礎鍛錬なんざいくらやっても、ランクの高い犯罪者や強力な質量兵器相手には無力だってあきらめて、なあなあで済ませちまってた部分があったのは否定できねえ事実です。」
「首都防衛隊はさすがに違いますが、一般の部隊には、どうせ訓練して隊員の実力を上げても、海に引き抜かれて何も残らない、という意識があって、陸士学校の訓練をそのまま惰性で続けている部隊も少なくありません。」
「それは、我ら本局の人間の過ちだね。申し訳ない。」
ゲンヤとゼストの言葉を受け、これまた苦い顔で頭を一つ下げるグレアム。だが、その謝罪を手で制して、レジアスが否定の言葉を告げる。
「たとえ、実力をつけたものが海に引き抜かれるとしても、だ。部隊一つを丸々引き抜くことなどさすがに出来ん以上は、何人引き抜かれようと、新たに来たものが必ず一定以上の実力を身につける仕組みを作っておけば問題なかったのだ。そういった意識がなく、訓練内容の充実にそれほど労力を割いてこなかったのは、地上本部の怠慢だ。」
「そう言った検討は、全くしてこなかったの?」
「してこなかった訳ではないが、広報部の事があるまで、低ランクの魔導師が単独でAAランク以上の高位魔導師に勝てる可能性があるなど、誰も考えていなかったからな。それに、これは儂らの不明ではあるが、最高評議会の連中や、犯罪組織の手先をあぶり出して排除するのに意識が向きすぎて、足元の事がおざなりになっていたのも事実だ。」
「あと、地上の案件のほとんどは、基本的にゃ人海戦術でどうにかする類のもんだ。同じランクなら市井の魔導師より強くある必要はあっても、海の連中みたいに最低ラインがA、なんてレベルに鍛える必要は薄かった、てのもある。第一、目が出ねえと分かってる人間をそこまで鍛えて、事件の時にガタが来て動かせねえとか、本末転倒もいいところだからな。」
レジアスとゲンヤの言葉に納得すると、ここまで一言も口を開かなかったプレシアに視線を向ける優喜。
「僕個人の意見としては、短期的に効果を出すためには、装備の充実の方が手っ取り早いと思ってるんだけど、プレシアさんの方でどうにかなる目途は?」
「まだ、生産設備の設計も終わっていないけど、とりあえず量産の目途が立ったものはあるわ。」
プレシアの言葉に、優喜を除くその場の人間全員の表情が変わる。
「どんなものか、聞いてもいいかね?」
「物としては単純よ。入力部分をなくしたジュエルシード、その劣化コピー品ね。性能としては周囲からある程度勝手に魔力素を吸収して充電する以外は、純粋にただのエネルギー結晶よ。」
あまりに物騒な台詞に、グレアムとレジアスの目つきが鋭くなる。
「それは、大丈夫なのか?」
「大丈夫にするために、入力部分を外したのよ。それに、所詮劣化コピー品だから、容量も出力も、オリジナルの万分の一にも満たないわ。」
「それでも十分すぎる。目途が立ったと言うが、本当に安全に生産できるものなのか?」
「大前提として、絶対事故を起こさない物は存在しない、という事は理解しておいてもらうとして、とりあえずリスク自体は許容できる範囲に収まるはずよ。」
プレシアの自信たっぷりの言葉に、真剣な顔で頷くトップ二人。
「とはいっても、さすがに量産については、今年どうにかなると言うものでもないけどね。」
「ふむ。参考までに、そのジュエルシードのコピーは、現在いくつあるのかね?」
「五十ほどね。失敗作や製法違いの物も含めるなら、二百程度はあるかしら。」
「失敗作はどうするつもりかね?」
「実験が終わったら、壊して捨てるつもりよ。」
プレシアの返事に、心底安心する一同。彼女の事だ。失敗作といっても性能が悪いとは限らない。それに、ジュエルシードのコピー品というのが問題で、たとえその性能がオリジナルの十万分の一未満でも、下手をすれば百万都市一つを廃墟に変えかねない。
「因みにプレシアさん、組み込む装備の予定は?」
「そっちも大体決めているわ。AEC兵器のプロトタイプを適当に借りて、それをベースに生産性と整備性を重視した、出来るだけ非魔導師でも使いこなせるものを目指して開発する予定よ。」
「そのプロトタイプを借りる交渉は済んでるの?」
「ええ。向こうもうまくいけばそのまま正規採用される可能性があるのだから、かなり積極的に売り込んできているわ。」
いつの間にか勝手にそこらへんの交渉を済ませているプレシアに苦笑すると、一応必要な事を確認する優喜。
「知らない間に結構話が進んでるけど、勝手にそこまでやってしまって大丈夫なの?」
「問題ない。」
「元々、プレシア君にはそこらへんの権限を与えているからね。」
勝手に正式採用を決める権限まで与えていたとは驚きだが、管理局側から依頼している上にやっている事が違法研究ではない以上、ある程度好き放題できる権力を与えた方が面倒が少ないのだろう。
「量産はともかく、プロトタイプが完成するのはいつぐらいかね?」
「最初の一機が完成するのは夏前、大体同じぐらいに三機程度は出来上がる予定よ。一部隊分程度が完成するのは秋口といったところかしら。」
「完成品のテストはどうするつもりだ?」
「最初の三機が完成したところで、戦技教導隊とグランガイツ隊、それから陸士一○八部隊に一機ずつ支給してテストしてもらおうかしら。」
予想外の言葉に目をむくと、恐る恐る質問をぶつけるゲンヤ。
「戦技教導隊とグランガイツ隊はともかく、何でうちの部隊なんです?」
「最終的に一般の地上部隊が使う前提なのだから、あなた達に渡すのは当然でしょう?」
「高町の嬢ちゃんにテストさせるんじゃねえんですか?」
「あの子にテストなんてさせたら、どんな仕様になるか分かったものじゃないわ。それとも、地上部隊にエース仕様の新兵器を配備するべきだ、と考えているのかしら?」
「……確実に持て余して、余計な被害を出しかねませんな。」
ゲテモノ化しているレイジングハートの仕様を思い出し、げんなりした表情で答える。それを見て苦笑を返すと、現在計画中の試作品データを公開する。
「とりあえず、とり急ぎこのあたりから一つ、汎用性の高いものを選んで取りかかるつもり。調整の幅を広げたいから、試作第二弾はなのはやフェイト、はやてにもテストをしてもらう事にするわ。もっとも、あの子たちには実戦で使わせるつもりは全くないけど。」
「……そうだな。これ以上あの子たちに新兵器を持たせて、余計なイメージを広げる必要もあるまい。」
「そもそも、AEC装備自体、あの子たちには必要のない代物だからね。」
プレシアの言葉に苦笑し、一応計画に承認印を押すグレアムとレジアス。
「犯罪者相手の実戦テストは、一部隊分が揃ったところでやりたいところね。」
「分かった。その時は、こちらでそれ相応の部隊を選定しておこう。」
「お願いするわ。」
「後は、広報部と一般部隊の連携、および広報部内での複数部隊の同時運用、か。」
「そっちはまだまだ、って感じだね。外部との連携はカリーナが頑張ってるみたいだけど、せめてこれぐらいはできてほしい、って言うのをことごとく外してくれてるみたいでね。」
優喜の台詞に、苦笑しながら同意するゲンヤ。まだギンガが所属している陸士一○八部隊はマシな方で、半々よりやや分の悪い確率ではあるが、最低限の部隊行動は取れるようになってきている。だが、他の部隊になると、能力不足に加え反発もあって、最初から二期生だけで全部やってしまった方が早い、という結論に至ってしまうのだ。
「内部の方は内部の方で、期待の星のティアナが周りとのレベル差に当てられて、当初何のために部隊に呼ばれたのかって目的を忘れてるし。」
「お前の弟子だろう? どうにかならんのか?」
「こればかりは、すぐにはどうにも。ここを乗り切れた、って自信がつけば、少しは落ち着くと思うんだけど……。」
「まあ、向上心があるだけましだろう。正直、余程でない限りは、あの環境に放り込まれて追いつこうとあがけはしない。」
「あがきすぎるのが困りものだけどね。とりあえず、場合によっちゃ壊れるかもしれないから、その時のための準備はお願い。正直、やることが多すぎて、そこまでは僕の手に余る。」
優喜の言葉に一つ頷くと、計画リストに新たな有望株の選定を追加する。この場にはなのは達と違って、ティアナが無理をして壊れたとしても、優喜を責める人間はいない。こういう事は自己責任だし、周囲に飲まれて壊れるのであれば、所詮それまでの人間だからだ。第一、陸士学校を出て一年以上実務をしているのだから、ある程度の体調管理はしてもらわないと困る。
「何にしても、時期は分かんないけど何か起こるのは確実なんだし、そこまでに出来るだけ形にしよう。」
優喜のまとめの言葉に頷くと、それぞれの仕事に戻る裏方一同。全ての事象は、新人たちの心境などお構いなしに、深く静かに進んで行くのであった。