「何とか無事に終わったね。」
結成記念公演の翌日。事務作業をこなしながら、なのはが昨日の話題を振る。
「せやな。流石にいささかハードやったみたいで、三期生とスターズ、ライトニングは打ち上げに参加する体力はなかったみたいやけどな。」
「あれだけの規模の襲撃なんて、めったにないからね。」
「まったくや。よう頑張ってくれた優喜君には特大感謝やな。」
優喜が頑張った、というのは言うまでもなく、レトロタイプと呼ばれたドラム缶の、最初に出てきた一番大きな奴を仕留めたことだ。完全に独立したプログラムだったためか、自爆機能の解除にこそ失敗したものの、それ以外は攻撃の実際の威力から推定効果範囲、装甲を撃ち抜くのに必要な威力から隠し持った特殊能力の数々にいたるまで、一回の実戦でとれるであろうデータをすべて取ってくれていた。恐ろしい事に、ハッキングにより内部に残っていた図面データから制御プログラムまで全てコピーしてあり、少なくとも同じバージョンの相手ならば、どうとでも対処できると言いきれるだけの情報が集まっている。
反面、今まで最重要機密だった優喜の存在とその能力について、かなりのレベルで公になってしまったのが問題ではあるが、元々そろそろ新しいスキルについて、詳細を一般に周知するべき時期だろう、という考えだったので、それほど気にする必要はない。そもそも、レトロタイプを仕留めた程度の技では、優喜自身の本当の戦闘能力など理解できない。
「それで、速報値のレベルやけど、昨日のコンサートでの関連グッズの売り上げと、コンサート後の楽曲・映像のダウンロード数が出てるわ。」
「どんな感じ?」
「やっぱり、事前の予想通り、トップはWingやな。さすがに新記録更新、とまでは行かんかったけど、後輩らに一カ月ぐらいおごっても、お釣り来るぐらいの印税はあるんちゃう?」
「って、言われてもねえ。管理局に居る間は、お金なんてほとんど使う暇が無いんだし、あんまり私達だけ印税を稼いでも有り難味が無いよ。」
「そうやろうなあ。私があんだけ返済にお金回してやっていけてるんも、キャリアの忙しさと管理局の福利厚生のおかげやし。」
と、ノンキャリアで印税収入もない平の局員が聞いたら、間違いなくキレるであろう台詞をいけしゃあしゃあと吐きながら、手はひたすら書類の処理を進めていく三人。
「それで、私となのはがトップだったのは分かったから、二番目以下は?」
「二番目は、舞台でも大健闘やった優喜君や。仮面舞踏会の映像ダウンロードもすごいけど、ピンのブロマイドとか画像データとかが、ぽっと出の新人とは思えへん勢いやで。」
「って事は、チームで言うと青年部が二番目?」
「そうなるな。あの仮面舞踏会は反則やし。」
昨日、舞台袖から生で見た、「青年部」こと優喜・フォルク・アバンテの三人が歌い踊る仮面舞踏会を思い出し、思わず頬を染めるなのは達。カバー元である本家よりも、衣装を派手にビジュアル系に振った影響もあって、割と現実味のない光景を目の当たりにすることになったためか、他の広報部男性アイドルより黄色い声が多かった。伊達に、はやてに聞くだけで孕みそう、などと言わせたわけではなかったようだ。
「三番はアバンテで四番がカリーナやな。きっちり青年部の売り上げだけアバンテが勝っとる。」
と、割と順当な感じで売り上げが推移していく。番狂わせは優喜と青年部、そしてエリオとキャロの組み合わせだけ、あとは三期生の男性グループが、太鼓系を主体にするというイロモノ度合いがたたって最下位になった以外は、割とどんぐりの背比べという感じである。その太鼓グループも、舞台のパフォーマンスとしては十分以上に盛り上げていたし、ある種の男らしさが受けて、新人としてはかなり好調なスタートを切っているのだから、大コケしている、というほどでもない。
「良かった。スバルとティアナにも、ちゃんとファンがついてる。給料明細で釣って引っ張り込んだようなものだったし、これで滑ったら、言い訳が効かないところだったよ。」
「まあ、歌もダンスもちゃんとやれてるし、それにティアナの戦闘中の立ち回りが、自分の実力不足を理解した上で冷静に慎重に、かつ勝負かけるところは勝負かける、言う姿勢がクールに見えて、意外と女の子から人気が出たらしいわ。」
「あ~、あれについては、今日の休暇が終わったら、ちゃんと叱っておかないといけないよね。」
「まあ、そうやな。正直な話、あのレトロタイプに関しては、別段新米チームで仕留めなあかん理由はなかったし、あの後舞台で出番がある事を考えたら、あんな功を焦るようなやり方で仕留めるんやなくて、火力が足りてる他の人の手を借りれば良かったし。」
「でもなのは、叱るのはいいけど、ちゃんと厳しい言い方出来る?」
「……私も、似たような無茶はあれこれやらかしてるから、厳しく言っても説得力が無いかも……。」
主にカートリッジとか、というつぶやきに苦笑せざるを得ないフェイトとはやて。なのはがカートリッジを使うときは、大抵状況が大ごとになっており、十発単位で撃発するようなことも珍しくない。とはいえ、それはちゃんと余裕や余力を見ての行動だ。ティアナがやったような後が無いやり方は、夜天の書再生プロジェクト序盤の頃に必要に迫られてやった程度で、今回のケースとは全く違う。
「それに、言うのはいいけど、本当にフォローなしで同じ状況になった場合、現状だとあれしか生還出来る手段が無い、って言うのも事実なんだよね……。」
「それはしゃあないやん。そもそも、大型ガジェットはまだしも、レトロタイプは地上の一般局員がどうにかできるレベルやあらへんし。まだまだ海の平均に毛が生えた程度のティアナが、無謀やいうてもあれに対抗する手段を見つけただけでも評価してええ。」
「でも、毎回保身無き零距離射撃で仕留めるって言うのも、ね……。」
「まあ、そこは今後の課題や。新人には強くなってもらうとして、それとは別に、地上の一般局員の底上げもできる類の装備を考えなあかんな。」
はやての意見に、渋い顔ながらも頷くなのはとフェイト。トップクラスのパワーバランスこそ管理局が他を圧倒しているが、底辺で比較すると、どうにも完全に犯罪者サイドに押され気味だ。それでもA2MFの開発が追い付いているおかげで、魔法を封じられて一方的に殲滅される、という事態は辛うじて回避している。
「それで、あのレトロタイプの開発者は分かってるの?」
「ほぼ確定してるんが一人おる。」
「誰?」
「エドワード・マスタング、通称マッド・マスタング。スカリエッティと同じ、技術型の広域指定犯罪者や。」
技術型の広域指定犯罪者。そう聞いて、なんとなく納得するものがある。
「因みに、その人の特徴は?」
「機械、それも兵器に特化したタイプで、いわゆる魔改造を得意とした技術者らしいわ。プレシアさんのプロジェクトFとかみたいに、基礎理論から完成させるような才能はないけど、既存の物を改造させるのはぴか一の実力を持ってるそうや。」
「なるほど。過去の犯罪履歴は?」
「まとめてある奴をもらってきてるから、後でデバイスに転送しとくわ。」
「お願い。で、レトロタイプの解析結果は?」
なのはの質問に、少しばかり困った顔をするはやて。
「まあ、ブレイブソウルが集めたデータを解析しただけやし、あくまでプレシアさんの意見やねんけど……。」
微妙に言いづらそうなはやてに、思わず書類の処理を止めて顔を見合わせるなのはとフェイト。
「基本的には、ガジェットドールの改造品らしいわ。」
「ガジェットドールの?」
「……何をどうすれば、あそこまで別物に化けるんだろう……。」
「私に聞かれてもこまるで……。」
日本製のSF作品に出てくるような、シャープでスマートな八頭身の人型をしたガジェットドールと、古き良き時代の四コマやギャグ漫画に登場していそうな、ドラム缶に手足が生えているだけのレトロタイプ。外見的には、全くかするところが無い。そもそも、ちゃんと二本の足で走る事も出来るガジェットドールと、ホバー移動で何のために足をつけてあるのかがよく分からないレトロタイプが、基本的に同じ構造というのは詐欺のような気がする。
「で、な。プレシアさんいわく、無駄が多いそうや。」
「無駄?」
「うん。まず、根本的に大型化してること自体が無駄の塊やそうでな。最初に出てきたでかい方のレトロタイプ、あのサイズやのに、いつもの世界の十メートル級の魔法生物ほどには、火力も耐久力も無いそうやねん。」
「……それは、無駄が多いと言われてもしょうがないよね……。」
「まあ、そもそも、ちっこい方でも大型のガジェットドローンよりでかいくせに、ティアナの物理打撃で装甲抜かれとった訳やし、構造に無駄が多い、っちゅうんも嘘ではないやろうなあ。」
はやての言葉に頷くなのはとフェイト。もちろん、だからと言って、ガジェットより弱いということにはならない。実際、大きくて重量もあっただけに、ガジェットドローンよりははるかにパワーがあり、それだけでも対処が大変だったのだ。
「で、一番の無駄がな……。」
「何?」
「あの魔法反射機能や。」
「「え?」」
一番厄介だと思った機能が一番無駄だと言うはやての台詞に、思わず声をそろえて聞き返してしまう。
「あれな、どうも反射できる出力やと、元々装甲を抜かれへんらしいねん。」
「……それは……。」
「……確かに、無駄かも……。」
「まあ、ハッタリには使えるやろうけど、そのために出力を割くのは美味しくないわな。」
プレシアいわく、反射そのものはそれほど難しい技術ではないそうだ。プレシアが簡単だと言うぐらいだから、スカリエッティもその気になれば、今すぐにでもガジェットシリーズにも搭載できるのだろうが、出力を食う割には効果が薄いという欠点を解決できないのだろう。
その上、ティアナが証明して見せたように、反射出来る以上の出力の砲撃などを受けると、ほぼ減衰させることなく撃ち抜かれてしまう。
「簡単だっていうぐらいだから、プレシアさんも研究はしてたんだよね?」
「一応してたみたいやで。ただ、コストパフォーマンスの悪さに加えて、どっちかって言うと魔法犯罪者よりも質量兵器を使った犯罪の方が遭遇率が高い、っちゅう理由で、とりあえず研究を打ち切ったらしいわ。」
「……それもそっか。私が執務官として関わった事件も、比率は質量兵器の密輸とかそっちの方が多かったし。」
「それに、魔法犯罪者はAMFである程度無力化できるもんね。」
魔導師に対してAMFが効果的なのは、言ってしまえばお互い様だ。
「そう言うこっちゃな。とはいえ、無駄やいうても、大きい方のはカートリッジもユニゾンも無しで撃ったディバインバレットぐらいは反射出来とったみたいやから、優喜君を最初にぶつけたんは正解やったんは間違いないけど。」
「それって、要するに普通にバスターを撃ちこむぐらいでないと、装甲が抜けないからダメージが通らない、ってことだよね?」
「そうなるなあ。正直、三期生とかティアナとかの火力やと、ちょっと荷が重い感じやな。」
「単純な防御力は十メートル級の魔法生物より上ぐらい、か。」
一般局員には致命的だが、アバンテやカリーナが相手だと大して問題にならない程度、というところである。ぶっちゃけ、グランガイツ隊や教導隊が相手をするなら、全く苦戦することなく勝負が終わる。そのまま順調に強化が進んだところで、魔力攻撃をほとんどしないフォルクやアバンテには脅威にならないだろう。
「どっちか言うたら、量産されとる分、今回出てきた新型ガジェットの方が厄介や。A2MFが対策取られとるのはいつもの事やけど、今までのよりもAMF自体の出力が大きくて、効果範囲も広い。計測した感じやと、有視界戦闘やったら確実に効果範囲内や。」
「それはスカリエッティ?」
「本体出力の向上と、A2MF対策は多分そうや。ただ、その向上した出力でAMFを強化したんは多分、マスタングやと思うで。ついでに言うたら、そのバージョンを量産したんも、マスタングちゃうか、っちゅう話や。」
「根拠は?」
「スカリエッティやったら、向上した出力を本体の強化に回すか、妙なギミックを仕込んで対応を取りにくくするはずやからな。多分、マスタングが魔改造前の肩慣らしにいじった奴を、試験的に量産したんやないか、っていうんが、プレシアさんとドゥーエの意見やな。」
「ドゥーエも同じ意見なら、ほぼ間違いないよね。」
なんだかんだで、結局広報六課の幹部連中とは顔見知りになってしまったドゥーエ。ちび狸と評判のはやてはともかく、なのはとフェイトはいろいろとやり辛いらしく、頼まれるとつい、嫌とは言えずに余計な情報をプレゼントしてしまう、と、昨日の打ち上げ兼情報確認の席でぼやいていた。
「とりあえずはやて、そのマスタングって人の情報をお願い。私の方でもいろいろと探ってみるから。」
「頼むわ。なのはちゃんの方は、引き続き後輩連中をお願い。」
「分かってるよ。」
とりあえず、直近の方針が決まったところで、部隊長や小隊長の決裁が必要な書類がすべて終わる。
「そう言えば、今日はなのはちゃんらも一応オフのはずやけど、その恰好は何なん?」
「見せたい人がいないのに、おしゃれしてもね。」
「それに、昼前までは書類決裁に手を取られると思ってたし。」
人事部から泣きが入ったため、今日は本来はなのはとフェイトも一日休みだった。そのため、今の服装はジャージ姿である。実際のところ、昨日出動した人間のうち、今日休みになっていないのはフォルクとアバンテだけで、この二人はローテーションでアバンテが明日、フォルクが明日休みになる予定である。優喜は休みとは名ばかりで、紫苑とともに何かの話し合いに出かけているため、ここには不在である。
休みだと言われても、さすがに女同士でデートするような不毛な真似をする気力はなく、幸か不幸か日本は日曜であるため、大学もない。私服でおしゃれをして歩くと無駄に目立って、かえって疲れることもあり、今日はこれから、日課の訓練以外の時間は干物のようにだらける予定である。いかになのはとフェイトといえど、たまには人目を気にせず残念な行動を取りたい事もあるのだ。
「ほな、私はちょっと聖王教会まで行ってくるわ。多分、帰るんは門限踏み倒してからになると思う。」
「了解。」
「いってらっしゃい。」
疲れをにじませながらオフィスを出ていくはやてを見送った後、なのはとフェイトは予定通り、自室でごろごろいちゃいちゃするのであった。
「まったく、戦力の逐次投入なんぞやらかしおって、情けない。」
広報六課結成記念公演襲撃事件。その顛末をモニターで見ていた老人は、その結果を前に忌々しげに吐き捨てていた。失敗に終わる、それ自体は予想していた事だが、もう少し健闘しても良かったのではないか。そう言いたくなるほど、戦闘経過が不甲斐なかったのだからしょうがない。
「不機嫌だな、御老人。」
「フィアットか。奴らのやり口が、あまりに情けなくてな。」
「敗北したことが、かい?」
「いや、折角の戦力を逐次投入した揚句、重傷者の一人も出せずに壊滅したことがの。」
「壊滅したのは、予想通りだった、と?」
「おお。確かに儂がやつらに売りつけたロボは、トータルスペックでは現状出回っておる機械兵器の中では最強であろうが、所詮はプロトタイプの試作品ぞ。高町なのはとフェイト・テスタロッサが出てきておった以上、勝ち目なんぞあるはずがなかろう?」
自身の作品をあっさり破壊された割には、えらくさばさばしたもの言いだ。どうやら、作品にはあまり愛着や思い入れを持たないタイプらしい。
「とはいえ、あの愚か者どもも、多少は仕事をしたようじゃて、それだけは評価してもよかろうな。」
「仕事?」
「前々から裏社会で流れておった、管理局のミスターX、その一人であろう男を表に引きずり出した事じゃ。」
「本当に?」
「おお。今回の広報六課側の出撃者に、不自然な外部協力者が一人混ざっておっての。そやつが試作一号機を、データを取るだけ取った挙句、よく分からん原理の攻撃で、魔力も質量兵器も使わずに粉砕してのけおった。広報の連中の攻撃の中にも似たような癖の物があったことじゃし、こいつが管理局らしからぬ部隊の結成を裏で進めた一人、と見て間違いなかろう。」
マスタングの言葉に、眉を動かすフィアット。ミスターXという推測が正しいかどうかはともかく、あのいわくつきの部隊に、直接の戦闘員として関わっている外部協力者、などというのはいかにも怪しい。
「その男の情報は?」
「竜岡優喜、十九歳。高町なのはや八神はやて同様、第九十七管理外世界の日本国出身。かつて夜天の王の代理人として、管理局および聖王協会と接触した人物で、宝飾店ムーンライトの店主、ということぐらいかの。あとは、本当かどうかは不明じゃが、公式には非魔導師、ということになっておる。他にはせいぜい、普段はどう見ても女にしか見えんせいか、一部の人間にお姉さまと呼ばれている事しか分かっておらん。」
「……冗談がきつい。」
「わしとて冗談だと思いたいのじゃがの。残念ながら、こやつが儂の試作一号機を魔法も使わずに破壊してのけたのは事実じゃ。」
「……十メートルを越える機械兵器を、魔法なしで破壊する、か……。」
マスタングの嘘偽り無い報告にしばし考え込んだ末に、出てきた言葉は
「本当に人間か?」
である。
「さて。こやつが人の姿をした悪魔の類でも、儂はまったく驚かんがね。」
「一度、記録映像を見せてもらっていいか?」
「おお。穴が開くほど、見ればええ。」
映し出された戦闘記録を、本当に穴が開くほど見つめるフィアット。十メートル以上のドラム缶型ロボットを、派手なゴシック調の王子様系衣装を着た青年が殴っている。明らかに空を飛んでいると言うのに、バリアジャケット以外に魔力反応が計測されていない。
「バリアジャケットを展開しているから、非魔導師というのは嘘ではないのか?」
「じゃったら話は早いんだがの。」
そういって、何がしかの操作をするマスタング。
「装置の故障かもしれんが、こやつからリンカーコアの反応がなかったようでの。どうやら、バリアジャケットはデバイスのバッテリー、もしくは魔力炉を利用して展開しておるようじゃ。」
「管理局の新型デバイスか?」
「もしくは例の魔女の作品か、案外発掘品の類かもしれんの。」
「……あの部隊のデバイスには、少数ながらユニゾンデバイスの機能を持った物がある。どの線もありえないと切り捨てることはできないか……。」
「そういうことじゃ。」
まったく持って面倒な連中だ、と言うつぶやきに、好々爺じみた笑みで答えるマスタング。
「しかし、この男、本当に人間か?」
「さてな。じゃがまあ、少なくとも戦闘機人の線は、多分無かろうて。」
「なぜ、そう言い切れる?」
「第九十七管理外世界での戸籍を洗ったが、管理局が介入した類の不自然さは無くての。そもそも、こやつのミッドチルダでの戸籍は、夜天の書再生プロジェクトの第二フェイズが始まってから登録されたものじゃし、それに、管理局には生きた人間を戦闘機人に改造する類の技術は存在せん。」
「魔女なら可能なのではないか?」
「さて、それはなんとも言えんのう。」
とぼけた口調で言い放つマスタングに、渋い顔を隠せないフィアット。最近のプレシア・テスタロッサ名義の発明品を見るまでも無く、狂気の世界から戻ってきた彼女の発想と開発力は、明後日の方向に突出しすぎて予想がつかない。
「……こいつの事は置いておくか。現状、データが少なすぎて判断出来ん。」
「だのう。」
「今後、どうするつもりだ?」
「どうもこうも、このまま適当に試作品をぶつけていくつもりじゃが?」
「奴らにか?」
「おお。あやつらは実にちょうどええ実験対象での。連中に通用するのであれば、基本的に大概の相手に勝てる、ということじゃ。」
爺の台詞に、懐疑的な表情を浮かべるフィアット。それに気がついたか、爺はあくまでも好々爺然とした笑みを絶やさずに話を続ける。
「どちらにせよ、スカリエッティのところのメガネの手前もあるし、連中以外に改良型のデータ取りに向いた相手もそれほどおらん。そういう意味でも、せいぜい手が後ろに回らん程度には、イロモノ連中にちょっかいを掛けるだけじゃよ。いわゆる、ヒットアンドアウェイ、というやつじゃな。」
「それは違うと思うぞ。」
「違ったかの?」
あくまでとぼけた態度のマスタングに、いい加減何もかも面倒になって来たフィアット。
「まあ、いい。お前がそのつもりなら、こちらも適当に使い捨てて構わん連中を見つくろって炊きつける。」
「そうしておくれ。世界征服ロボの二号機は、そう遠からぬうちに完成する予定じゃ。」
「その名前、どうにかならないのか?」
「マッドサイエンティストの野望なぞ、世界征服と相場が決まっておろう?」
マスタングの返事にいろんなことがどうでもよくなったフィアットは、特にコメントを残さずに、とっとと話を切り上げたのであった。
「予言の内容が変わった?」
「ええ。」
同じ日の午後。聖王教会に呼び出しを受けたはやては、何ぞの納品に来ていた優喜とともに、カリムの話を聞いていた。紫苑は現在、宝飾店ムーンライトの海鳴店で店番だ。因みに、ミッドチルダ店の店番はブレイブソウルである。彼女を携帯していない時の優喜は、ジュエルシード事件の頃に使っていた通信用デバイスであちらこちらと連絡を取っている。
「具体的には、どこがどんなふうに?」
「まだ、全ての解読が済んだ訳ではないのですが……。」
そう言って、新たに出てきた単語を告げる。
「二人の竜、か……。」
「ストレートに考えるんやったら、キャロの召喚竜の事やろうけど……。」
「二人、だからねえ……。」
「我々は、優喜さんと竜司様の事ではないかと考えています。」
「まあ、僕も竜司も、名前に竜って文字が入ってるから、可能性としてはなくもない。」
どちらにしても、物騒な話になりそうなのは、間違いない。
「偶像、守人に合わせ鏡の自分、ねえ。守人は首都防衛隊とかあのあたりかな? 偶像はまあ、六課の面子だとして……。」
「合わせ鏡の自分、って単語に、割といやな予感がするんやけど、ええかな?」
「嫌な予感?」
「うん。ここだけの話やねんけど、最高評議会が死んだあと、いくつかの局内の違法研究が、記録はあっても成果が見つかってへんねん。」
「もしかして、その研究成果の中に?」
「あるねん。プロジェクトFによる、有能な魔導師のコピーっちゅう奴が。」
はやての台詞に、思わず背筋に冷たいものが走る優喜とカリム。何が怖いかといって、間違いなくなのはとフェイトのコピーが存在するであろうことだ。コピー自体は怖くもなんともないのだが、それを見たプレシアの反応がとてつもなく恐ろしい。
「……出てきたとき、対処に困る話だよね。」
「……そうですね。無条件で殺す、などというわけにもいきませんし、かといって野放しにするのもややこしいですし……。」
「まだ、そうときまった訳ちゃうで?」
「こういうときは、最悪の事態を想定しておいた方がいいよ。」
因みにこの場合の最悪の事態とは、ロボトミー手術を施された、人格の存在しないフェイトの体がわらわらと出てくる事である。はっきり言って、フェイトのコピーがオリジナルを超える事はまずあり得ないが、怖いのはそこではないのだ。
管理局のアイドルと同じ姿をした、表情も感情もない肉人形。そんなものを管理局が作っていた、ということ自体が大問題であり、一般局員の士気などあっという間に崩壊するだろう。その上、フェイトのコピーという事は、アリシアのコピーでもある。そんな形で、狂気の世界に踏み込むほど愛した娘を汚された魔女が、何をしでかしたところでおかしくはない。
「なあ、カリム、優喜君。」
「はい?」
「何?」
「それ、想定してどうにかなる問題なん?」
「そこが問題なんだよ。」
優喜の言葉に、ため息をつくしかない一同。
「まあ、救いなんは、一種類のコピーは残っとっても一人二人らしい、言う事ぐらいや。」
「そうなの?」
「らしいで。基本的に、高位魔導師のクローンを作っても、必ずしもリンカーコアを持つとは限らへんらしいし。」
「……まあ、プロジェクトFが母体なら、そうなるだろうね。」
管理局最強の魔導師の一角を占めるフェイトは、本来リンカーコアをもたなかったアリシアのコピーだ。この一点を持って分かるように、リンカーコアは遺伝子に依存しない。
「まあ、その一人のために、何百人のアリシアちゃんが外に出る前に処分されたか、とか考えたら、やっぱり怖いんは怖いけど……。」
「……考えても仕方がないよ。」
「……そやな。カリム、他には?」
はやてに促され、気を取り直して続きを話すカリム。
「狂人に悪賊の群れに機械仕掛けの巨人、ってか。」
「これは簡単だね。」
「マスタングにレトロタイプの事やろうな。悪賊の群れっちゅうんは……。」
「テロ組織とかマフィアの類が、何らかの形で結束して動く、ってことでいいんじゃない?」
「しか、あらへんわな。」
今までと違い、ひねりようがない単語にあっさり結論が出る。特に異論をはさむための情報もないため、促されるままに続きを述べるカリム。
「最後が、無限の欲望、黒の偶像、王、ゆりかご、白の偶像、鎧、魔女、鉄槌、です。」
「無限の欲望と魔女はまあ、スカリエッティとプレシアさんでいいとして……。」
「黒の偶像、白の偶像ってのは、多分フェイトちゃんとなのはちゃんかなあ。そんで、王にゆりかご、ってか……。」
「そこが分からないと、鎧って言葉も下手な解釈は出来ないよね。」
「せやなあ……。」
今までになくあいまいで、とっかかりが少ない単語に、どう頭をひねればいいのか思い付かず、ただひたすら唸り続けるしかない三人。
「ねえ、カリムさん。」
「なんでしょう?」
「この予言、単語だけ?」
「はっきり解読できたのは、今のところ単語だけです。」
「いつもみたいに、詩文って形にはなってへんの?」
「これまで話した単語以外は、かなり文字がかすれています。写し取って画像解析をかけても、最低で三通りぐらいの文章になってしまう上に、いまいち意味が通じないために解析が難航しています。」
苦い表情とともに告げられた言葉に、思わずため息が伝染する。
「いつになく役に立たんなあ……。」
「全くです。最近、そうでなくても予言の揺らぎが大きくなって、妙にいろいろ投げ出したような文章になっている事が多いと言うのに……。」
「まあ、元々、予言なんて当てにするもんじゃないし。」
「そうは言いますが、このまままともな予言を得られなくなってしまうと、私の立場や存在意義がなくなってしまいます。」
「そんな事はないんじゃない? たかが年に多くて二回か三回の、それも元から解読や解釈の精度に難がある予言のためだけに、わざわざ高い給料を払って人を抱え込んで、幹部としての権限を与えるほど、聖王教会も酔狂じゃないでしょ?」
優喜の言葉に、苦笑しながら頷くはやて。言うまでもなく、カリム・グラシアは予言が無くとも、幹部として有能だ。そもそも、優喜の言葉通り、過去にはもっと解釈に困る予言があったことも少なくない。予言詩文はスキルとしてはレア中のレアだが、扱いとしてはせいぜい、テレビの朝の番組の占いよりは当てになる、程度のものである。その程度のために、実力もないのに幹部として遇するほど、聖王教会の地位は安くない。
「まあ、とりあえず。こういうときはユーノとアリサだ。」
「申し訳なくはありますが、それしかないでしょうね。」
「さて、どないな風に調べるか、やな。」
「大雑把にあたりをつけるとしたら、王とゆりかごの組み合わせ、だろうね。」
「そうですね。珍しい組み合わせですし、該当するものがあれば、それが正解だと考えて問題ないでしょう。」
カリムの言葉に頷くと、今日も休日出勤だとぼやいていたユーノと連絡を取る。
「ユーノ、今大丈夫?」
『優喜? 大丈夫だけど、どうしたの?』
「急ぎってわけじゃないけど、ちょっと調べてほしい事が出てきたんだ。」
『珍しいね。君が調べ事を持ち込んでくるなんて。向こうとの行き来ができるようになったから、もう無限書庫には用がないかと思ってたよ。』
「その節は、随分とお世話になりまして。」
などと、気安い間柄の軽口をたたき合った後、本題に入る。
「王とゆりかごって単語の組み合わせの、伝承もしくはロストロギアが無いかを調べてほしい。」
『また、妙な組み合わせだね。どういった経緯でその話が出てきたのか聞いても?』
「ちょっと待って。話していいか聞いてみる。」
カリムに視線を向けると、一つ頷いてくる。それを見て、ざっと事情を話す。
「聖王教会の予言でね、その組み合わせが出てきたんだ。他はともかく、そこだけは手持ちの情報じゃ分からないから、ちょっと調べてほしい。」
『了解。今は急ぎの資料請求もないし、ちょっと調べてみるよ。」
「お願い。こっちでも新しく分かった事があったら連絡するよ。それと、人手が足りなかったら、紫苑にそっちに行ってもらうから、その時は遠慮なく言って。」
『ありがとう。まあ、まだ大丈夫そうだから。じゃあ、何か分かったら連絡するよ。』
そう言って通信を切るユーノ。通信が切れたのを確認すると、少しばかり考え込む優喜。
「どないしたん?」
「うん。聖王教会とスカリエッティの組み合わせで、何か忘れてる気がしてね。」
「スカリエッティ? あれは教会にはこれと言ってちょっかい出してなかったと思うんやけど?」
「ここ何年かは、ね。十年単位だと、何もないとは言い切れない。」
「まあ、そうやけど。」
はやての言葉が終わる前に、十年単位、という自らの言葉で、引っ掛かっていた何かの回答にたどり着く。
「そうだ、思いだした。」
「何かあったのですか?」
「あったと言えばあった。僕がドゥーエを引っ掛けたのって、聖王教会だった。」
「「……え?」」
優喜の非常にまずい発言を聞き、思わず冷や汗がたれるはやてとカリム。
「ちょいまち。」
「何?」
「それ、いつの事なん?」
「夜天の書再生プロジェクトが立ち上がってすぐくらいの事だよ。具体的には、なのはとフェイトが麻薬密輸組織のアジトにフォローなしで突入させられた直後。」
「そんなに前の事ですか……。」
なかなかにまずい話を聞かされ、顔が引きつるのを押さえられないカリム。
「その時ドゥーエが何の目的でここに来てたかは聞いてないけど、スカリエッティにこっちの事がばれるのを遅らせるために、わざとその時やってた事は阻止してないんだ。」
「という事は、その時何をしてたかが問題、っちゅうことか。」
「うん。今回の予言に直接関係があるとは限らないけど、もしかしたらヒントになるかもしれないから、一応確認だけはしておいた方がいいかな。」
「そうですね。」
掃除が必要なのは、なにも管理局だけではないらしい。痛む頭を押さえながら、優喜にドゥーエと連絡を取ってもらう。
『どうしたの?』
「今大丈夫?」
『セーフハウスに戻ったところだから、特に問題はないわ。それで、何の用?』
「大したことじゃないけど、僕が君を引っ掛けた時、聖王教会でシスターの格好をしてたよね?」
『ええ。』
あまり思い出したくない話題を振られ、少々顔をしかめながらも正直に頷く。それを見たカリムとはやては、思わず深いため息をついてしまう。この後のごたごたを考えると、本当に頭が痛い。
「あの時、何の目的で聖王教会に?」
『そう言えば、聞かれていなかったわね。あの時は、聖骸布についている聖王オリヴィエのDNAをいただきに行っていたのよ。』
「どうやって?」
『担当していた司教がいわゆる生臭坊主だったから、色仕掛けでね。体は許していないから、安心して。』
「いや、別に気にもしてないけど。」
『あら、残念。因みに私、この仕事は長いけど、何気に本番は未経験だったりするのよ?』
反応を確かめるように余計な事をほざくドゥーエ。因みに、嘘は言っていない。
「だったら、今後のためにも、ちょっとすずかに相手してもらったら?」
『え゛?』
「今週当たりすずかがあの周期だし、毎回期間が終わるまで相手をするのもしんどいし、新しい生贄はなのは達も大歓迎だと思うよ。」
『ちょ、ちょっと? 冗談……、よね……?』
「百パーセント本気。という訳で、明日ぐらいに迎えに行くから、覚悟を決めてね。」
『いや、あの、私、結婚するまでは清い体で居たいかな、って……。』
「安心して。僕達は立ち会わないし、いろいろ新しい世界は見られるだろうけど、貞操って意味じゃ清いままで居られるから。」
相変わらず、ドゥーエ相手には無駄に容赦がない優喜。その様子に、心の中で十字を切るはやて。前回の時に、休暇の最中に襲われて、見ちゃいけない種類の新しい世界を散々見せられた揚句、せっかくの休暇を疲労困憊するために潰す羽目になった事を、今更ながらに思い出したのだ。男を知るとひどくなる、とは聞いていたが、あれほどとは思ってもみなかったはやては、毎回あれの相手をして、普通に翌日仕事や学業をこなしているなのは達のタフさに、尊敬の念を新たにしたものである。
「とりあえず、ドゥーエさん。」
『な、何かしら?』
「女の勘、ちゅうんはこわいもんでっせ。」
『……何を言いたいの?』
「この間ね、アリサちゃんが冗談で、すずかちゃんが見てないところで優喜君に色仕掛けをやったんですわ。」
『……オチは聞きたくない……。』
あの時のアリサも悲惨だった。貞操という意味では汚されていないのだが、間違いなく何かは汚された。
「まあ、どっちにしても、すずかのあの周期、って単語の意味を説明もしてないのに知ってる時点で、いずれは口封じも兼ねて生贄にするつもりだったから。」
『……泣いていい……?』
「勝手にどうぞ。」
やる、といった以上、優喜は間違いなくやるだろう。通信が切れた画面を見つめながら、心の中でドゥーエの冥福を祈るはやてとカリム。カリムは直接すずかから説明を受けた立場なので、いけにえにされる心配はない。実はちょっとだけ、どんな事をされるのか興味があったのはここだけの話だ。
「さて、これであの予言の『王』ってのは聖王の事だって確定した訳だ。」
「せやな。ドゥーエさんの尊い犠牲のおかげで、話が一歩前に進んだことやし、ユーノ君に連絡やな。」
「ついでに、もう少し聖王教会の内部を綺麗にしましょうか。流石に、聖遺物の担当者がハニートラップに引っかかっていたなど、放置しておける問題でもありませんし。」
「あとで、グレアムさんかレジアスさん経由で、教会内部の怪しげな人たちを連絡してもらうようにしておくよ。」
「お願いします。」
小さくため息をつくと、お茶を入れるために立ち上がるカリム。普段は彼女が手ずから入れるなどという事はあり得ないのだが、今回は話の内容が内容だ。最初にティーセットを持ち込んだ後は、シャッハすら立ち去っている。
「彼女からの情報で、再々組織の掃除はしていたのですが……。」
「この分だと、管理してるロストロギアの確認もしておいたほうが無難だろうね。」
「もちろんです。しかし、十年近くもこんな大事な話を隠していたとは、彼女も人が悪いですね。」
「基本的には悪女だからね。」
優喜に簡単にしてやられる彼女の、どこが悪女なのかと言いたいところだが、普段のドゥーエはその評価も間違っている訳ではない。単純に、出会いが出会いだけに、優喜相手には苦手意識があり、余計なところで気追って中途半端な攻撃を仕掛け、無駄に反撃を食らってしまうのである。カウンターの名手に、いい加減な攻撃をしてはいけない。
「全く、この忙しい時に大掃除をする羽目になるとはなあ……。」
「知らずに放置しておくよりはいいんじゃない?」
「まあ、そうですけど。……とりあえず救いなのは、当時の担当幹部は全員、すでに別の件で失脚、更迭されている事ぐらいですか。」
「どうせ、それも証拠隠滅を兼ねて、ドゥーエさんが誘導したとかそんなんやろ。」
「案外、もう始末してるから話さなかっただけかもね。」
そんなこんなで、聖王教会も無駄に忙しくなるのであった。なお、ドゥーエに対するお仕置きは滞りなく実践され
「……この屈辱は、いずれ何かの形で返すからね……。」
「とか言いながら、妙に嬉しそうやけど、ドゥーエさんって何気にドM?」
「そ、そんな事はない、はず、だといいな……。」
はやてに思いっきりM疑惑をかけられるのであった。
あとがき
マッド爺は好きですか?