その日、クラナガン中央公園はいつにない熱気に包まれていた。
「ステージ部分の強度は大丈夫か!?」
「強度チェック完了、問題ありません!」
「その機材はこっちです!」
「音響チェック入ります!」
午後六時に始まる広報六課結成記念公演。チーム・ロングアーチはその準備に大わらわだ。一応ステージそのものの構築は昨日のリハーサルの時点で一度終わらせてあったのだが、微妙な演出の変更がかかったことと、もしものことを考えての構造変更を行っているのだ。
演出の変更はともかく、リハーサルと本番でステージの構造を変えるのは当初の予定通りである。何しろ、広報六課には敵が多い。特に反夜天の書過激派の『闇の書を歴史から抹殺する会』は、それこそはやてとヴォルケンリッターを殺すために、観客だけでなく、本来無関係であるはずの公園の管理人や、ただ帰宅途中に通っただけの人間でも、自身のテロ行為に巻き込みかねない。そのリスクを少しでも減らすために、一度舞台を解体した上で、別構造で作って徹底的にチェックするしかないのだ。
とりあえず、爆発物に関しては、優喜の使う中和術をヒントに改良したAMFにより、人間が普通に仕掛けられる程度の爆弾なら無力化できる。もっとも、比較的最近完成した技術であり、テストではともかく実際に使う場合の安定性は、まだまだ信頼できるほどのデータが揃っていない。それに最新のA2MFが外部に流出していた場合、AMFそのものに干渉されてしまうため、小規模の爆発といえども完全に無力化できるとは限らない。それに、航空機やヘリ、次元航行船などの大物を突入させられた揚句に爆発させられてしまうと、さすがに現時点でのこの技術では防ぐことはできない。落下などの爆発や魔法が絡まない運動エネルギーを消す事は出来ないし、そこまでのエネルギー量の爆発の発生を防ぐほどの出力がないからだ。
一応、外部からの攻撃を防ぐために、夜天の書を使った大規模な結界を張る予定にはなっているが、物事に完璧はない。計画上、ナンバーズを誘導するためにあえて薄いところを作るが、そこを突破してくるのが彼女達だけとは限らない。そうしたもろもろもあって、とにかく前準備が忙しいのだ。
「いよいよやな。グリフィス君、進捗は?」
「舞台設置に関しては、今のところ大きな遅延はありません。」
「アースラのテスト飛行は?」
「今、システムの最終チェック中だそうです。」
「そっか。まあ、プレシアさんとすずかちゃんやし、そないに心配することもあらへんやろうなあ。そもそも、外部ユニットもついてない今のアースラを見て、L級次元航行船とはだれも思わへんやろうし。」
「武装が一切ない、と言う点が少々不安ではありますが。」
グリフィスの指摘に苦笑する。今回の場合、L級次元航行船の武装で攻撃するような事態になること自体が広報六課の敗北であり、そうなると今回のプロジェクトは完全に失敗することになる。ゆえに、今現在アースラに武装が無い事は、特に心配する要素ではない。
「公園自体の警備状況は?」
「不審者を三人拘束した以外は、特段目を引くような報告はありませんね。」
「了解。もうじきなのはちゃんらもこっち来るし、お昼食べたら最終リハーサルやから、そこから先しばらくの指揮監督は任せたで。」
「了解です。それはそうと八神二佐……。」
「何?」
何やら言いだし辛そうなグリフィスの様子に、何ぞ問題でもあったかと小首を傾げるはやて。
「あの、本当に僕もチケットのチェックをするのでしょうか?」
「言うた以上はやってもらうつもりやで?」
「……なぜ、ですか?」
「何でと言われてもなあ。おっさんどもが設定した元ネタ的に、モギリは絶対必要やねん。ほんまやったら前線に出る部隊長の男にやらせなあかんねんけど、フォル君は舞台に上がるから条件としてちょっとずれるんよ。せやから、いざっちゅう時に副官として全部の指揮を執るグリフィス君に、モギリという重要な役割を振ってん。」
「……そこからして、すでに分からないのですが……。」
「いざっちゅう時に以下略は説明の必要はないやろうし、モギリについてはそう言うもんやと思っとき。いわば伝統みたいなもんやし。」
第九十七管理外世界には、そう言う妙な伝統があるのだろうか。あまりにもはやての言葉が腑に落ちず、だが問い詰める度胸がある訳でもなく、チケットにはさみを入れる必要があるのはVIP席とSS席の人たちだけだと言うこともあって、とりあえず余計な突っ込みをせずに指示に従う事にするグリフィス。こうして、少しずつ日本に対する妙な誤解が広がっていくのだが、もともと突き詰めれば日本のゲームが原因である。この場合は、自滅というのが正しいのかもしれない。
「ほんならまあ、ちょっと打ち合わせしてくるわ。」
「分かりました。」
出すべき指示をすべて出し終えたはやてを見送り、後を引き継ぐグリフィス。広報六課全体の初陣は、刻一刻と迫っていた。
「なんだあの人数は……。」
「あんなに一杯の人の前でこの格好晒すのかよ……。」
開場五分前。黒山の人だかりとなった公園を控室の窓から覗いて、あまりの数に恐れおののくシグナムとヴィータ。
「剣の騎士ともあろう者が情けない話だが……。」
「……なんだよ?」
「この場にこの格好でいるだけで、どんどんSAN値が削られて行くような気がする……。」
「安心しろ。誰も情けねーとか思わねーよ……。」
烈火の将・シグナムの意外な言葉に、深く同意するヴィータ。普段なら散々からかい倒すであろうヴィータだが、今回に限っては同じ穴のむじなだ。シグナムにぶつける言葉は、そのままブーメランとなってこちらに帰ってくる。
「それに、まだSAN値が削られて行くような気がする、とか言ってられるあたし達はましだぞ。あれ見てみろよ……。」
そう言って指をさした先には、リインハウスと書かれた段ボールの家が。隙間から舞台衣装のドレスのすそがはみ出ている。
「……窓に……、……窓に……。」
「リインフォース……。」
元ネタ通りであれば、明らかに正気を失いかけている台詞を吐いて部屋の隅でガタガタ震えているリインフォースに、思わずかける言葉を見つけられないシグナム。どうやら窓の外を見た時、開場待ちの人と目があったらしい。戦闘以外の状況では気の弱いリインフォースは、その緊張感に耐えられなかったようだ。
因みにここまで台詞が一つもないシャマルは、テーブルの位置から見えた窓の外の光景に、目をあけたまま気絶している。平常運転なのは、心身ともに子供で、立場が完全にマスコットであるフィーぐらいなものであろう。そのフィーはエリオ達のところで、フリードと遊んでいる。
「そーいや、フォルクはどうなんだろうな?」
「あっちのチームは舞台慣れしているアバンテがいるから、こちらよりはマシなのではないか?」
「あ~、それもそっか。それに、ユーキがこれぐらいのことで取り乱す訳もねーしな。」
「そう言うことだ。」
そもそも、フォルクも地味に人前に出ることには慣れている。歌って踊るのはこれが初めてではあるが、ぶっちゃけ彼らは、単に格好良く踊れていれば、少々歌が下手でも問題ない立場だ。オペラ系の歌を披露させられるシグナム達四人と比べれば、はるかに条件がいい。因みに、ザフィーラは基本的にアルフと同じく使い魔であるため、芸能活動は免除されている。そのために他のヴォルケンリッターから恨みがましい目で見られているのだが、晒し者になるよりましだと、本人は意にも介していない。
「しっかし、ちょっと残念だな。」
「何がだ?」
「リュージの奴がまだこっちに来てねーってのが。いたらいろんな意味で面白かっただろうにな。」
ヴィータの台詞に、言わんとすることを察して苦笑するシグナム。確かに竜司が舞台の上に立つ、というのは何かと面白そうな事ではある。個人的な要望としては、出落ち的にしょっぱなに出番があって欲しいところだが、そもそも育成期間やら何やらの都合上、どうせこちらに居たところで芸能活動には使われまい。せいぜいいざという時の予備兵力として、優喜ともども空き時間に顔を出す程度の立場に落ち着くだろう。
竜司については、残念ながら仕事の都合がつくのが六月末になりそうだとのことで、まだこちらには来ていない。妹の綾乃についても、折角受かった大学を中退するのはもったいない、ということで保留中である。
「自分ら、意外と余裕やな。」
「主はやて?」
「いつの間に……。」
「今さっきや。シグナムもヴィータもこの状況で無駄口叩ける当り、さすがに歴戦のつわものやな。」
はやてのからかうようなセリフに、慌てて首を横に振る二人。正直に言おう。決して余裕などない。
「いやいやいやいや!」
「無駄口でも叩いてねーと、正直自分を見失いそーなんだよ!」
「少なくとも、あれよりは余裕やん。」
そう言って指差した先には、段ボールにもぐりこんで「窓に窓に」と呟いているリインフォース。誰がどう見てもやばい。
「なんかやばい事になってるみたいやけど、窓に名状しがたいものでもおったん?」
「いや、どーにも窓から外を見た時に、誰かと目があったらしいんだ。」
「それであの状態か。前々から人見知りが激しかったんは確かやけど、何ぼ何でも豆腐メンタルすぎひん?」
「我々に言われても困ります……。」
「まあ、そうやねんけどな。」
ため息交じりに、どうやって逝っちゃってるリインとシャマルをこちら側に引きずり戻そうかと算段を立てつつ、他のメンバーの状況を口にする。
「正直、シグナムとヴィータだけでも正気でよかった感じやで。スバルらも三期生も、いきなりの大舞台に完全にテンパって落ち着きが無くなっとるし。」
「三期生も、ですか?」
「うん。まあ、先にデビューして怖さをしっとるから、却ってあかんかった見たいやねん。どっちかっちゅうとむしろ、キャロのほうが平気そうやったで。」
「あいつ、何気に怖いもん知らずだからなあ……。」
キャロの幼さゆえのタフさに、思わずため息をついてしまう。エリオではなくキャロの方が好奇心旺盛で怖いもの知らずだ、という事は意外ではあるが、むしろエリオのそういう繊細な部分がロングアーチのお姉さま方には好評なのだから、世の中一筋縄ではいかない。
「とりあえず、そろそろ準備に入った方がええから、とっととアースラに移動し。」
「分かりました……。」
「おら、シャマル、リイン! 諦めてとっとと死刑台に上がるぞ!」
「ま、まって! まだ心の準備が!」
「……窓に……、……窓に……。」
勇猛果敢の代名詞でもあったヴォルケンリッターの意外な弱点。それに思わず頭を抱えるはやて。どうにもこうにも、今後の先行きが不安な広報六課であった。
「八神二佐の前口上の最中に合図があるから、それが出たら出発、バリアジャケットは各自でタイミングを見て展開。展開のタイミングは着地直前。普段のやつじゃなくて舞台衣装の方だから、間違えないように注意してね。」
「舞台全体にフローターフィールドがかかってるから、飛べない子でも安心して飛び降りてね。」
開演十五分前のアースラ。全員揃ったところで、最後の注意を行うなのはとフェイト。冒頭の演出に変更がかかったため、もう一度ミーティングを行っていたのだ。
「この高さから魔法なしで飛び降りて、着地地点の制御は大丈夫なんですか?」
ステルスモードで隠れながら、なかなかの高さでスタンバイしているアースラ。その高度から着地地点を見下ろしてカリーナが質問する。彼女自身は飛行能力があるので、最悪逸れても自力で修正して舞台に降りられるが、広報部の半分は飛行的性が低いか全くない。普通に風に流されて、妙なところに落ちてもおかしくないのだ。
「それは大丈夫。アースラから制御するから。みんなは打ち合わせのタイミングでジャケットを展開することだけに集中して。」
「着地の時はちょっとだけ注意してね。あまり姿勢が崩れると、うまく着地できなくて恥ずかしい事になるから。」
なのはとフェイトの言葉に、緊張の面持ちで頷く一同。
「はい、みんなスマイルスマイル。」
「緊張するのは分かるけど、これから来てくれた人を楽しませなきゃいけないんだから、かたい表情は駄目だよ。」
トップアイドル二人に窘められ、無理やりにでも表情を柔らかくするよう努力する新人たち。それを横目で見ながら、少しでも場を和ませようとネタを振る事にするフォルク。
「二人ともえらく機嫌がいいが、そんなにこの公演が楽しみだったのか?」
「「うん。」」
「このぐらいの規模のコンサートなんて、慣れてるだろうに……。」
実に上機嫌に返事を返してくるなのはとフェイトに、微妙に呆れをにじませて突っ込むフォルク。
「だって、優喜君と一緒にこういうステージに立つのは初めてだし。」
「一生そういう機会はないかなってあきらめてたから、凄くうれしいんだ。」
「……はいはい、ご馳走さま。」
開演前だと言うのに惚気に入るなのはとフェイトに、思わず乾いた口調で突っ込みを入れるフォルク。外部にこそ漏れてはいないが、広報六課では優喜となのは、フェイト、すずか、紫苑の四人の関係は公然の秘密である。一応一定ラインの注意は払っているものの、別段積極的に隠している訳ではない上、付き合いの長い人間は長期にわたる片思いの事も知っている。とりあえず性教育が必要になるような行為に及んでいる訳ではないため、少々駄々漏れでも深くは突っ込まないのが、現在の六課での暗黙の了解である。
「しかし、優喜がこんな企画に協力するとは思わなかったぞ。」
「毒食らわば皿まで、というところかな。どうせ有事の際には、ブレイブソウルに痛いジャケットの装着を強要される訳だし。」
「友よ。今回のステージ衣装も、大差ないと思うのは気のせいか?」
「ステージ衣装は痛くて何ぼ、ってところもあるからね。普段からあれなら本気でただの痛い人だけど、芸事に関しては少々世間からずれてるぐらいがちょうどいい。」
優喜の言葉に、妙に納得してしまう一同。実際、こういうステージであまり普段着すぎる衣装というのも、見てる方からすれば興ざめだ。どこから突っ込んでいいか悩むほどけばけばしくオプションが付いた服でも、大規模なレビューの最後に出てくるなら、むしろある種のカリスマに直結する。
「むしろ僕としては、こんな素人が混ざって見苦しくないか、って方が気になってるけど。」
「「「「それだけはありえない!」」」」
リハーサルを見た女性陣が、口をそろえて言い切る。なお、企画をしたはやての評価は
「聞いてるだけで孕みそうや。」
である。治療の成果が出てか、長い事一般人以上ヴォーカロイド未満だの、テクニックは完璧だが心に響かないだのと言われ続けた優喜の歌が、恐ろし色気を発揮し始めたのが大きい。いまだに顔も声もどっちの性別でも通じると言うのに、このステージ中はまごうことなく男だったのだ。
「さて、そろそろだな。」
「……覚悟を決めっか……。」
「……リインフォース、そろそろ腹をくくれ。」
「……人の頭が平原のように……。」
「言うな、リイン……。」
いまだに往生際の悪い話をしているヴォルケンリッターに、思わず苦笑が漏れる優喜とフォルク。この分では、チケットの販売総数が十万を平気で超えたとか、そういう下手な事は言えない。
「はいはい、時間だから行くよ。」
飛び降りる順番が回ってきた事を告げ、容赦なくとっとと叩き落とす優喜。相手が全員、飛行魔法が使えるからこその暴挙だ。こうして、広報六課最初のイベントは、その幕を切って落としたのであった。
「いよいよだな。」
「クアットロ、進路とステルスは大丈夫なのか?」
「もちろんよぉ。そう簡単に見つかるほど、シルバーカーテンのレベルは低くないわ。」
「だといいんだけど。」
やたらと自信満々のクアットロに、思わず突っ込みを入れるセイン。その様子に苦笑を禁じ得ないトーレとチンク。見つかる見つからない以前に、どこからどう侵入する、という事まで全て事前に相手と打ち合わせが済んでおり、こちらの行動など最初から筒抜けなのだが、それを知っているのは、この場のメンバーではトーレとチンクだけである。
「そう言えば、新米の三人は、結局出さなかったんッスか。」
「さすがに、まだいろんな意味で仕上がっていないからな。姉としては、あのレベルでこの場に引っ張り出すのは忍びない。」
「それにセッテは、こちらの活動に意味を見出していない。あれは、戦闘機人としては、ある意味一番完成された人格をしているからな。歌って踊るなど、あれにとっては時間と能力の無駄にしか見えんだろうよ。」
「折角人格と考える頭をもらってるんだから、戦う事以外にも興味を持って欲しいんだけどね……。」
最近稼働したばかりの末っ子組、その中でも一番の問題児について、ため息交じりで語り合うクアットロを除く年長組。残りの二人、オットーとディードは単純に稼働時間の短さによる経験不足から、いまいち自我が薄いだけなのだが、セッテはそれなりに強い自我を持っているにもかかわらず、戦闘以外の事に一切興味を示さない。
「戦闘機人なんだから、戦うこと以外に興味が無くてもいいんじゃないのぉ?」
「それならガジェットで十分だろう。最新のガジェットドールは、基礎戦闘能力と判断力は我々に匹敵しかねない水準になっているからな。」
「戦って負けるつもりはないけど、目先の戦況を判断して取れる最善手を取る、ってだけだったら、自身の損傷も窮地の味方機も気にしないガジェットの方が有利だもんね。」
「そういうことだ。」
戦闘のみに特化するのであれば、最初から人格も自我も必要ない。目先の状況を判断する能力と、命令を理解するだけの知能があれば十分なのだ。そこを理解する気のないセッテでは、多分どれほど高い能力を与えられても、なのは達には敵わないだろう。彼女達の強さは、何も基礎スペックの高さだけにある訳ではない。意志の強さと魔導師として以外の自分を持っている事による余裕、そしていくつもの修羅場を乗り越えてきた経験が、スペック以上の実力を叩きだしている。今のセッテでは、多分どれひとつとして得られない。
「まあ、あれの事については、今回の件が終わってから考えよう。クアットロ、周囲の状況は?」
「今のところ、これと言って問題は無し。後は突入タイミングだけど……。」
「どうやら、向こうは一曲目が始まったところみたいだから、それが終わってからだな。」
「無粋にならないタイミングと言えば、それしかないわねえ。」
チンクの提案に、音楽を拾いながら答えるクアットロ。この時、怪しい人影が公園の外で様子をうかがっていた事を、ナンバーズ陣営は見つける事が出来なかった。
(なのは、フェイト、はやて。)
全員で歌う一曲目。その最初のAメロが終わったあたりで、優喜が部隊の最高責任者三人に声をかける。
(どないしたん、優喜君?)
(どうやら、お客さんらしい。)
(ほほう? この会場の探知機は何も拾うてへんけど、ナンバーズ?)
(一組は多分そうだと思う。当初の計画通りの挙動だからね。)
一組は、という言葉に眉をひそめる。何にせよまずは状況チェックだ。上空で待機しているアースラに連絡を取り、向こうの探知機で照合する。因みに、なのはとフェイトもちゃんと話を聞いているが、現在なのはのソロパートで、そのままフェイトのソロにつながるため、細かい事ははやてに任せて口を閉ざしている。こういう状況になれているとはいえ、歌をトチったら後が面倒だ。
(……ナンバーズらしき一団は発見してるけど、他におるん?)
(公園の外にね。多分、その前提で探さないと、見つからないんじゃないかと思うよ。)
(了解。ちょっと調べてもらうわ。)
(ん。大体の位置をブレイブソウルに転送させたから、参考にして。)
例によって例の如く、優喜の正体不明の探知能力であっさりと隠れている不審者をあぶり出す。彼らとて、さすがに公園の外に居るというのに、ステージで踊っている人間に位置を特定されるとは思わないだろう。
(……おった。こいつらか。)
(何をしでかしてくるかまでは分からないから、そっちで警戒お願い。)
(わかっとる。なのはちゃん、フェイトちゃん、もしもの事があるから、お客さんに分からへん程度に警戒しといて。)
((了解!))
間奏に入ったタイミングでのはやての指示に力強く返事を返し、フォルク、アバンテ、カリーナの三人には声をかけておく。それ以外のメンバーは目先の事に一杯一杯で、声をかけるのがためらわれるのだ。
そのまま、特に何事もなくラストのパートまで歌が続く。前奏に合わせて次元航行船が現れ、そこから次々と飛び降りてくる、という演出に度肝を抜かれた観客は、そのまま二十人を超える人数の見事なダンスとハイレベルな歌に飲まれている。十万を超える観客達は、早くも熱狂の渦に飲み込まれつつあった。
「広報六課のテーマソング『あなたへの歌』、結成記念公演スペシャルバージョンでした。」
「いかがでしたか?」
地響きのような拍手と歓声が、ステージ全体を包む。上はプレシアの実年齢を超える婦人から、下はまだ初等教育に達していないであろう子供まで、幅広い年齢層の観客が楽しそうにステージを見上げている様は、表現者としては何とも言えず幸せな光景である。
スペシャルバージョンと銘打っただけあって、参加している十組全グループにパートを割り当てたノーマルより五割近く長い曲になっているのだが、観客の皆様は終わるまでの間ずっと、最後まで楽しそうに聞いてくれていた。長い曲の場合、飽きさせない、さめさせないと言うのがなによりも難しいのだが、今回はどうやら、そのハードルを越える事が出来たようだ。
「ついに始まりました結成記念公演。」
「デビュー当初は、こんなに長く今の部署で今のお仕事を続けるとは思わなかったよね。」
「うん。三年もしたら飽きられて、引退してどこかの部署で普通の局員をしてると思ってた。」
しみじみと語るなのはとフェイトに、客席から声援が飛ぶ。
「デビューしてから今年で九年目。広報部の芸能人も、ずいぶんと人数が増えました。」
「今日デビューする子たちも居るので、私たちともども末永く可愛がってあげてください。」
そう言って、頭を下げたところで優喜から全体に念話が飛んでくる。
(そろそろ来るよ。気配から言って多分、ナンバーズ。)
(みんな、いつでも戦闘態勢に入れるように警戒。ただしあの子たちがお客さまに危害を加えない限り、反撃は禁止ね。)
なのはの指示に、全員から了解の念話が届く。それを受けながら今日この場に居るグループを紹介し始めたところで、唐突に照明が落ちる。
「このコンサートは、我らナンバーズが乗っ取らせていただく!」
暗闇の中、トーレの声が響き渡り、同時に照明が復旧する。明かりが会場を再び照らすと、客席の上空に浮遊ステージが。それに気がついた観客が、大きな歓声を上げる。
「管理局広報部、あなた達の狼藉もここまでッス!」
「これからは、我らナンバーズの時代だ!」
やけにのりのりなウェンディに呆れつつ、棒読みにならないように注意しながら予定通りの台詞を継ぐチンク。そんな流れをぶった切って、微妙な空気を纏ったなのはがチンクに質問をぶつける。
「……ねえ、チンク。」
「……なんだ?」
「眼帯してるけど、目をどうかしちゃったの?」
「……単なるファッションだ。ついでに言うと、私の趣味でもない。」
「誰の企画は知らないけど、ゴスロリに眼帯ってすごいファッションだね……。」
何とも言えないセンスに、微妙にコメントに困っている様子のフェイト。秒殺で対決の雰囲気が消えさる。
「という訳で、特別ゲストのナンバーズです。」
「実はノーギャラ。」
「敵から施してもらうつもりはありませんわ!」
カリーナの余計なひと言に、思わず激しく反発するクアットロ。完全に六課側のペースに巻き込まれている。いくら六課側が最初から乱入される予定で段取りを組んでいた事を知らないとは言っても、あまりにも他愛無い。
「それじゃあ、せっかくなので次の曲はそっちの皆に歌ってもらおうかな?」
「えっ!?」
「というか、我々は一応犯罪者だと思うのだが……?」
「現在、証拠不十分で逮捕する口実が無いんだよ。」
「それとも、罰金刑で捕まってみる? その分予算が減って、ご飯にしわ寄せが来るんじゃないか、って思うんだけど。」
その台詞に、ナンバーズの視線がセインとディエチに集中する。いろいろな理由でたびたび市街地に買い出しに送り出されていた二人は、それなり以上の頻度でなのは達と遭遇しており、すっかり二人に餌付けされている。一応内情を漏らさないように注意はしているようだが、それでも食事事情ぐらいは筒抜けだ。
「セイン、ディエチ、お前達なあ……。」
「だって、クアットロやウェンディがまともに料理しないのは事実じゃない!」
「というか、あたしかディエチかチンク姉が食事当番のときじゃなきゃ、まともなご飯が食べられない事について、セインさんはとっても不満だ!」
いきなり情けない理由で内輪もめを始めるナンバーズ。これまで秘密のベールに包まれていた彼女達の日常背景、その中でも一番恥ずかしい事情が表沙汰になった瞬間であった。
「トーレ姉、ストイックなのはいいけど、せめて人として食べられるものを作れるように特訓すべきだ!」
「そーだそーだ!」
「ウェンディ、お前も人の事言えないだろうが!」
「ノーヴェに言われたくないっす!」
「あたしはさすがに、卵焼きを爆発させたりはしない!」
「あたしだってクア姉みたいに、卵焼きと称して油もひいてないフライパンに殻のまま卵を割らずに投入するような真似はしないッス!」
どんどん低レベルというか大惨事じみた話を暴露し始めるナンバーズに、会場は爆笑の渦に包まれる。そんな様子を生温い目で見守っていたなのはが、苦笑しながら釘をさす。
「みんながあんまりお料理得意じゃないのは分かったから、そろそろ歌に入ってもらっていいかな?」
「……済まない、見苦しいところを見せた……。」
「私達も、子供のころはあんまり得意だった訳じゃないから。」
上から目線とまでは言わないが、一流と言っていい力量を持っている人間の余裕のようなものを見せつけられ、どうにも戦う前から負けた気がしてならないトーレ。そのトーレの様子をさすがに哀れに思ったセイン達できる組は、いい加減つつくのをやめる事にする。
「申し訳ないけど、こっちの舞台に降りて来てくれるかな? そこだと見えないお客さんがいるし。」
「……分かった。」
「じゃ、ディエチ。曲の紹介お願い。」
「え? あたし?」
などと、紆余曲折を経て、ようやくナンバーズ乱入後の一曲目に入ろうとしたところで、会場全体に地響きが響き渡った。
「何?」
「もう一組のお客さん、かな?」
「ちょっと待っててね、駆除してくるから。」
状況を確認しながら、特に気追うことなく言い切ったなのはとフェイトを探るような目で見た後、トーレが口を開く。
「こちらを疑わないのか?」
「やり口が違うから、ね。ジェイル・スカリエッティは愉快犯だから、実験でもないのにこういう形で余計な被害を出すような真似はしないよ。それとも、本当に一枚かんでるの?」
フェイトの言葉に、苦笑しながら首を左右に振る。確かにナンバーズの父親であるジェイル・スカリエッティは広域指定犯罪者になるにふさわしい悪行を積み重ねてきたが、そのほとんどは非道な人体実験と、その結果としての大量虐殺だ。人の命を何とも思っていないのは確かだが、特に研究に影響もない被害を出すほど血に飢えている訳でもなければ、そこまでして始末したいほどに組んでいる相手も今は居ない。
人体実験のために多数の人間を拉致してきたのも事実だが、そのほとんどが紛争地帯で身寄りを亡くした、社会的にも精神的にも生きているとも死んでいるとも言えない人間ばかりだ。身元がはっきりしている人間をさらうようなリスキーな真似をするほど、スカリエッティはおろかではない。
研究成果の確認のためにこういった襲撃事件を起こすにしても、やるとすれば適当な過激派武装組織に確認したい成果物を買い取らせた上で、適当に煽って自治組織や管理局、聖王教会の支部などに喧嘩を売らせることがほとんどである。今回みたいにわざと一般人に被害が出る形で行動を起こさせるのは、データを取る上で余計なノイズが混ざる、という理由で彼のやり口ではない。
少なくとも、管理局サイドもその程度には、スカリエッティの事を理解しているのだ。
「そうだな。我々も手を貸そう。」
「いいの?」
「うん。折角これからって時に水を差されるのは、非常に腹が立つから。」
ディエチの言葉に微笑み、ありがとうと告げるなのは。それに対して反応したのは、何とクアットロだった。
「勘違いしないでくださいな。こんな無秩序で美しくない襲撃を放置して、万一私たちにとっての金づるが減ってしまっては、後のちの計画に支障が出ますもの。それに、コンサートが中止になってしまえば、私たちが乗っ取ることもできなくなるじゃない。」
厭味ったらしいクアットロの言葉に、思わず生温い目を向けてしまうそれ以外の全員。人間というものに対して価値を認めていない彼女の事だ。言うまでもなくこの言葉は百パーセント本気で言った、まごう事なき本音の言葉である。だが、それを聞いた会場の反応は
『ツンデレ頂きました。』
である。客席から放たれたこの言葉に、実に不愉快そうな表情を浮かべるクアットロだが、それ以上決定的な言葉を言い放つ前に事態が動く。
「また、なんだか大層なものが出てきた。」
「え?」
「……なにあれ……。」
優喜の指摘に視線を向けると、そこには全長十メートルちょっとの巨大なドラム缶が。よく見ると手足が生えており、右手はマジックハンドに、左手はドリルになっている。てっぺんから五分の一ぐらいのところに溝があり、赤い光点が一つ、溝にそって左右に動いている。
「……ジェイル・スカリエッティはあんな物も作ってるの?」
「さすがに、もう少しセンスはあるはずだが……。」
あまりにもあまりな代物に対して、生みの親の名誉のために一応否定しておくチンク。初期型のガジェットの微妙にダサいデザインを思い出したか、否定の言葉に力が入っていないのは御愛嬌だろう。
「とりあえず、あのでかいのは僕が相手をするよ。どうにもジュエルシードの時と同じで、妙な機能が付いてる気配が濃厚だし、この状況で魔法反射でもされたら大惨事だ。」
「了解。ムーンライトとヴォルケンリッターは待機、それ以外のメンバーで細かいのを分散して叩くよ。ナンバーズのみんなも協力してね。」
「分かっている。どこを叩けばいい?」
『今からそっちに分布データ送るから、それ見て叩いてくれたらええわ。』
はやての言葉と同時に、会場に居るメンバー全員にデータが転送される。それを見て、素早くトーレが判断を下す。
「比較的大型が密集している南東を叩く。行くぞ!」
飛び出していくトーレの後に続くナンバーズを見送りながら、フォルクが呆れたようにつぶやく。
「二番目に目立つところを持って行くあたり、相当張り切ってんなあ。」
「くだらない事で感心してねーで、お前もとっとと動け!」
「分かってるって。俺は火力型が多い北東を担当する。アバンテ、そっちは新米どもを連れて南西を頼む。俺だとちっと火力が足りないから、終わったら援護よろしく。」
「了解!」
さっさと割り当てを決めて同じように飛び出していくチーム・ウィンド。それを見送ってからスターズとライトニングに向き直るなのはとフェイト。
「じゃあ、私達は北西を叩こう。」
「私は上空の連中を殲滅するから、フェイトちゃんはみんなの面倒を見ながら地上をお願い。私が戻ってきたら、今回の件の黒幕を捕まえにいって。」
「分かった。スターズ、ライトニング、状況開始!」
割り当てを決めて、戦闘用のバリアジャケットに切り替えながら飛び出していく残りの二チーム。六課全体の初ステージは、予想通り招かれざる客の対応に追われる羽目になったのであった。
(くっ! AMFが重い!)
戦闘開始直後にティアナが感じたのは、今までにないほどの魔法発動の重さだった。こちらのAMFが無効化されていない代わりに、クロスミラージュに搭載されたA2MFでは相手のAMFをキャンセルしきれないようだ。しかも厄介な事に、AMF自体の効果範囲が今までのガジェットのそれとは比較にならない。
「ティア、大丈夫!?」
「どうにか発動は効くけど、少し厄介ね……。」
そうぼやきながら、魔力弾の外周をさらに魔力でコーティングする。ヴァリアブルバレットやヴァリアブルシュートと呼ばれるその魔力弾は、A2MFやA4MFでAMFをキャンセルしきれなかった時のために、対抗手段の一つとして編み出された物だ。本命の破壊力の高い魔力弾を、入れ子式に結合強度にのみ特化した外殻で囲うことで、AMFの干渉から魔力弾本体を守って相手に直撃させるという、出力の足りない魔導師がテクニックで相手を制するためのやり方である。
無論、なのはもやろうと思えばできるのだが、それで対応するぐらいなら、最初からAMFの原理では干渉不可能な気功弾や気功砲に特性を変化させてぶっ放した方が早い。もっとも、難易度としてはヴァリアブルシュートよりも魔法の気功変換の方がはるかに上、というよりそれができるほど気功の腕を磨くこと自体が難しいため、一般人の参考には一切ならない。そもそも、技量が足りなければ初期のレイジングハートが大破するほど負荷がかかるやり方なのだから、選択肢に入れる種類のものではない。
ティアナが撃ち出したヴァリアブルシュートは、コアを貫きはしたものの、完全に戦闘不能にするにはやや威力不足だったようだ。もしかしたら、本体に届く前に外殻を食いつぶされたのかもしれない。それを見たエリオが、別の二体を串刺しにしたまま穂先を撃ち出し、ティアナが仕留めそこなった相手に止めを刺す。
「ティアナ、今回は撃破に関しては無理しなくていいから、エリオ達三人をどう動かせば効率よく制圧できるかを重視して。」
バルディッシュの新フォーム・アックスフォームでガジェットドールを薙ぎ払いながら、そんな風に指示を出すフェイト。因みにアックスフォームはアサルトフォームを置き換えたもので、形としては両刃の巨大な斧刃を持つポールアックスである。思想としては魔力刃を使えない状況で多数の重装甲の相手を粉砕する事を目指した、薙ぎ払いに重点を置いた物理攻撃形態だ。強度だけでレヴァンティンを正面から粉砕するフォームとは、これの事である。
「キャロ! スバルに攻撃力増強を! スバル! 正面から大型が来るから止めて見せなさい! 何なら仕留めてもいいから! エリオは取り巻きを排除の後、スバルが止めてる大型を撃破!」
「「「了解!!」」」
ティアナの指示を聞き、一糸乱れぬコンビネーションで動く。キャロからのブーストを受けたスバルが、正面に頑丈なシールド魔法を発動させながら、マッハキャリバーの最高速度で突っ込んで行く。その勢いに弾き飛ばされたガジェットドール二体を粉砕し、スバルに追いすがるエリオ。そこにキャロが物理的な鎖を召喚し、大型を絡め取って動きを制限する。
両腕のリボルバーナックルを回転させ、目にもとまらぬラッシュで大型のガジェットドローンを削っていくスバル。だがAMFの影響も大きく、何より装甲の分厚さと躯体の頑丈さに阻まれて、フェイトがやるように鮮やかには仕留められない。
「はあ!!」
スバルのラッシュで装甲を削り取られ、露出したコアをエリオが貫く。相手を蹴り飛ばして槍を抜くと、ついに目の前の大型が動きを止めた。
「ティア、次は!?」
指示を要求するスバルに答えず、二発の多重外殻弾を撃ち出すティアナ。直後に爆発。どうやら、エリオが排除したはずの取り巻きが、ちゃんと仕留めきれていなかったらしい。
「す、すみません!」
「大型を仕留める邪魔をさせない、って目的は果たしてるから気にしないの! 次は一時の方向! キャロ! ちょっと数が多いから、フリードで焼き払って!」
「はい!」
AMFの重さゆえ、どうにもパンチ力が足りない。厄介な状況に歯噛みしながらも、フェイトが練習用に回してくれる適度な数のガジェットを仕留めて回る。合間に息を整えながら他のポイントの状況を確認すると、三期生のいるあたりはアバンテが似たようなやり方で後輩達の面倒を見ていた。頭数もAMF環境下での戦闘能力もこちらとは段違いであるため、そろそろ駆逐が完了しそうだ。
単独で足止めに回っているフォルクは、というと、火力不足だとうそぶきながらも、これまたティアナ達四人がやるより早く敵の数を減らしている。基本的に相手の火力を逆手に取る形ではあるが、その挙動には随分余裕が感じられる。正直、他からの援護が必要だとは思えない。
ナンバーズは、実戦経験からして三期生やティアナ達とは段違いだ。機械を埋め込まれた肉体ゆえのパワーと、姉妹である事を生かしたコンビネーション、そして何より戦闘機人の売りであるISにより、危なげなく大型ガジェットを粉砕して回っている。
上空に関しては、そもそもかけらも心配する必要はない。桃色の砲撃が空間を薙ぎ払い、撃ち漏らしをこれまた桃色の弾幕が完全に粉砕する。仮にシューティングゲームだった場合、あれを突破しろとか言うのはバランス調整を一切していないとしか思えない光景だ。
つまるところ、この戦場で最も弱いチームは自分達であり、最も弱い駒はティアナ・ランスターに他ならない。分かっていた事とはいえ、実戦の場でここまではっきりつきつけられると、ショックも大きい。せめて、少しでも足を引っ張らないようにと頑張ってはいるが、中々うまくは行かない。
「九時の方向に────!」
新たなガジェットを殲滅するための指示を出そうとした直後に、大きな地響きが響き渡る。とっさに目の前の相手を牽制しつつ状況を確認しようとすると、そこに優喜からの通信が。
『レトロタイプを仕留めた。原形を残すように仕留めたんだけど、中和術が間に合わなくて自爆を防げなかった。申し訳ない。』
『それはしょうがないよ。』
『だが、お前が相手したにしては、時間がかかったな。』
『限界まで目一杯データを取ってたからね。今からブレイブソウルがまとめた奴をみんなに送るから、これから出てくる奴の参考にして。』
十メートルを超えるサイズの戦闘機械を相手に、目一杯データを引っ張り出した上で、周囲に被害を出さないようにして五分程度で仕留める。口で言うのは簡単だが、余程隔絶した実力が無ければ実行は難しい。研修中に隊長陣が漏らした、正面からの一対一で、竜岡優喜に敵う人間は六課にはいない、という言葉の意味を嫌でも理解してしまう。
どうにか驚愕を押さえつつ、目の前のガジェットの集団を殲滅したところで、反射的に明後日の方向にヴァリアブルシュートを撃ち出す。何かとぶつかり、爆発。
「ティア、どうしたの!?」
「分からない! でも、何かいる!!」
爆風が晴れた先には、召喚魔法陣から出てきたばかりのレトロタイプがいた。大きさは五メートルにやや届かない程度。大型ガジェットよりは大きいが、先ほど優喜が始末した奴よりは小さい。先ほどティアナが迎撃したのは、こいつの実弾砲らしい。何故来るのが分かったのかと言われても、なんとなくそんな気がした、としか言えないのが辛いところだ。
「ティアナ、気をつけて! そいつは低威力の射撃魔法を反射してくる可能性がある!」
「分かりました!」
フェイトの呼びかけに答え、頭の中で戦術を組み立てる。低威力の射撃魔法を反射する、という事は、現段階でのティアナの攻撃は、無意味ということだ。となると、攻撃の主軸はスバルとエリオ、場合によってはキャロにも前に出てもらい、発勁で内部にダメージを通してもらう事になるかもしれない。
そこまで考えて、手の中にあるクロスミラージュに視線を落とす。ゴーレムぐらいなら粉砕できるだけの強度がある、という言葉が真実であれば、あのドラム缶の外殻を物理的な打撃で貫通出来るかもしれない。そして内側なら、魔法反射が起こらない可能性もある。近接攻撃の威力増幅はあまり練習していないカテゴリーだが、試してみる価値はあるだろう。
「スバル、エリオ! 基本的には今まで通りでいけるわ! キャロは二人の能力を増幅後、死角から打撃! あのカメラアイからのレーザーと、頭頂部に仕込まれた大砲に注意して!」
「「「了解!」」」
三人に指示を出し終えると、フェイクシルエットとオプティカルハイドを同時起動する。六課に来る前は一瞬で同時起動というのはなかなかハードルが高い真似だったのだが、基礎体力がついた事による集中力の向上ゆえか、気功による魔力量の増加が効いてか、今ではそれほど難しい作業ではない。
スバルのパンチがドラム缶の外殻をへこませ、できた継ぎ目の隙間をエリオがストラーダで抉って広げる。スバルに肉薄したドリルの一撃を、フリードが細いアーム部分に噛みつく事で防ぐ。成竜の体重による一撃で姿勢を崩したところを、キャロが呼び出した鎖が絡め取って動きを封じ込める。
レーザーで鎖を切断している間に、いつの間にか死角にもぐりこんだキャロが、内部浸透系の打撃をこれでもかというぐらい連打する。魔法でいろいろ増幅してはいるようだが、所詮は十歳児の打撃だ。ノーダメージではないものの、戦闘に支障が出るほどの威力はないらしい。
そう、威力不足なのだ。このサイズの相手を近接攻撃で簡単に仕留めるには、スバルやエリオでも足りない。最低ラインでカリーナ程度の攻撃力がないと、一体仕留める前に息切れしてしまう。実際、三期生も攻撃力が足りずにてこずっているようだし、ナンバーズも楽勝とまではいかない。比較的余裕で仕留めているのは、盾をぶん投げて質量で押し切ったフォルクぐらいだが、ぶっちゃけ近接攻撃の火力はフォルクの方がカリーナより強いのだから、当然と言えば当然の結果である。比較的、なのは他のガジェットの相手をしながらだったからにすぎない。
最初からこいつが出てきていれば、スバル達でも大して問題なく仕留められただろうが、残念ながらやや格上といえる相手との十分近くの戦闘で、新米チームは少なからず疲弊している。体力はまだまだ余裕だが、魔力とカートリッジの消耗が痛い。そして、新米チームで一番重い一撃を放てるのはティアナだが、下手にぶっ放して反射されては目も当てられない。
なので、一か八かの賭けになるが、本気の一撃を叩き込むための手順を踏む必要がある。その事は念話で伝えているし、そもそも現状では、ティアナは居ても居なくても同じだ。なので、堂々と一撃にかけるための準備に充てる事にする。
「てえい!!」
フリードの一撃でぐらついたドラム缶。その隙を逃さず、木の上から飛び降りる。全体重をクロスミラージュの柄に乗せ、威力を限界まで増幅した一撃を奴の頭部に叩き込む。大きく装甲板がひしゃげ、露出した内部に二丁拳銃を叩き込む。
「カートリッジ・フルロード!」
二丁のマガジンに残っていた、四発のカートリッジが撃発される。今まで扱った事もない膨大な魔力が発生し、ティアナの体に恐ろしい負荷をかける。制御余力を少しでも稼ぐため、オプティックハイドもフェイクシルエットも解除する。
「ファントムブレイザー!!」
暴発しそうになる魔力を、必死になって砲撃の形にまとめ上げる。それを、バックファイアも気にせずに解き放つ。魔力を反射しようとする力場の抵抗を突き破り、内部を完全に食らいつくす砲撃。動力炉の爆発に巻き込まれ、地面にしたたかに叩きつけられるティアナ。
「ティア!」
「敵の沈黙を確認するまで動かない!」
必死になって姿勢を立て直しながら、こちらに寄って来ようとするスバルを制する。ティアナの警戒は、だか幸運な事に杞憂に終わった。何しろ、ドラム缶は爆発により、原形をとどめないほど破壊されつくしたのだから。
『こちらライトニング1、犯罪者の確保に成功。』
「敵残存勢力なし。状況終了、お疲れ様。」
『なのはちゃん、フェイトちゃん、勝利のポーズを決めてへん!』
「は?」
『そんなのあったっけ?』
『それがお約束言うもんや!』
最後にどうでもいい事でひと悶着あったものの、状況開始から十分四十七秒、フェイトとなのはの宣言により、広報六課結成記念公園襲撃事件は、死者・負傷者ゼロ、物的被害極小で幕を閉じたのであった。
あとがき
クアットロの口調がうまく表現できない……。
余談ですが、現段階ではナンバーズはAMF無しで二期生よりやや強いぐらい、三期生やスバル達相手だと、同数ならAMF無しでも圧勝できるぐらいの実力差があります。伊達になのはとフェイト相手にタイムボカンやってたわけではない、という事です。